第五十話 『異界』の『主』
話をしながらぷかぷか浮かぶ蒼真様についていく。
「この『世界』、かなり広いですね」
「そうだね」
「これだけの『世界』を維持できるというのは、白露様の孫というこの『世界』の『主』は、相当の霊力量ですよね?」
「それもあるけど」
蒼真様はぷかぷか進みながら答えた。
「特殊な陣を組んであるんだよ。
白楽の霊力だけでなく、この『高間原』に住む人間みんなの霊力を使ってこの『世界』は維持されてる」
……………今、気になるワードが出てきたぞ?
それは、俺が聞いてもいいワードなのか?
迷ったが、ツッコむことにした。
「……この『世界』、『高間原』というのですか」
「そうなんだよ」
蒼真様はなんてことないように笑う。
「そもそも白楽がこの『世界』を創ったきっかけが『高間原を再現したい』って理由だったから。
まあみんな自然に『白楽の高間原』って呼ぶようになっちゃったよね」
そして蒼真様は「あくまで推測だけど」と前置きして教えてくれた。
「ぼくらが『落ちて』きた五千年前、この『世界』の霊力量は元いた『高間原』よりは少ないけど、まあ、まだそれなりにあったんだ。
高間原は魔の森に囲まれてたからね。
あの森が高霊力の宝庫だったから、そんなところに囲まれてたから、霊力量も多かったんだろうね。
でもこの『世界』にどんどん高間原からひとが移動してきて、使う霊力量が生み出される霊力量を超えるようになったんだろうね。
『世界』を取り巻く霊力量が減ってきたんだ」
「その頃はまだ『災禍』もこの『世界』にいるなんて思ってもない頃で、ただただ『暮らしやすい世界を作ろう』ってみんなでがんばってるときだった。
『落ちて』きたときから白の国の研究者達がこの『世界』を知るために定点観測してて、それで気が付いた。
そうでなかったら気が付かないレベルで、少しずつ、少しずつ『世界』を取り巻く霊力量は減っていった」
現代の二酸化炭素問題みたいだな。
二酸化炭素排出量が増えて世界の二酸化炭素処理量や酸素排出量よりも上回ったことにより温暖化が進み問題になっている。
高間原から霊力を使う人間が次々と移動してきて霊力使用量が増えたことで霊力生産量を上回ってしまい、この『世界』全体の霊力量が減っていったと。
理解したことを示すためにうなずくと、蒼真様は話を続けた。
「研究者達が、そりゃあ楽しそうに研究に励んだよ。
『世界』の霊力量が減ることにより人間に影響があるか。
霊獣やらの『ヒトならざるモノ』への影響は。
霊力量の減少を止めることはできるか。
霊力量を増やすことはできないか」
どこの『世界』の研究者も同じなんだろうな。
とにかく、様々なひとが様々に研究をしていた。
白露様の孫という白楽という人物も、研究者のひとりだったという。
「白楽が若いときにはまだ元の高間原を知っているひとがたくさんいたから。
そのひと達から話を聞いていた白楽は『いつかこの世界に元の世界のような高霊力を巡らせたい』って、いつも言ってた」
そして蒼真様はちょっとかなしそうに笑った。
「――そうすれば、いつか白露さんの『呪い』が解けるんじゃないかって、言ってた」
――きっと、子供の頃に言ったのだろうな。
そう、思った。
きっと子供の単純さで思いついたんだろう。
元の『世界』とこの『世界』では霊力量がちがう。だから白露様の『呪い』が解けないんじゃないか。ならば霊力量さえ戻れば『呪い』も解けるんじゃないか。
きっと成長するにつれ、事態はそんな単純なことではないと理解しただろう。
それでも『世界』の霊力量を維持することがなにかの役に立つかもしれないと研究を重ねたのだろう。
「――そのひと、白露様が大好きだったんですね」
そう言うと「そうなんだよ」と蒼真様は笑った。
「白露さん面倒見がいいから、いつでもどこでも大人気だよ」
「アハハー」と笑う龍に「でしょうね」とつられて笑う。
「で、白楽が思いついたんだよ。
『世界』の範囲が広すぎるから効果がわからない。
限られた『世界』で実験検証してはどうか。って」
なるほど。一理ある。
「それで『異界』を創った?」
「そう」
蒼真様はぷかぷかと進みながら話を続ける。
「最初はそんなに広い『世界』じゃなかったんだよ。
それが、条件を変えて実験するためにちょっと広げ、常駐して調べるためにちょっと広げ、他にも実験したいっていうひとの希望にこたえて広げ。
で、研究馬鹿ばっかりだったもんだからここに住み着く人間がひとりふたりと増えていって、手狭になったってまた広げて。ってしてるうちにだんだん広くなった」
「……………」
……………そんな簡単に。
確かに『異界』を創るのは理屈と霊力量があればできるとは聞いたことあるが。
俺はできないから広げるのが簡単なのかどうなのか判断ができない。
「そのうち白楽も維持するのが大変な広さになってきて『あーこれマズいなー』って話になって。
『それならここにいるものみんなの霊力も使おう』ってことになって、陣の研究をして成功したのが今のこの『世界』」
「……………」
……………そんな簡単に。
新規の陣の開発なんて、トンデモナイ知識と技術と霊力が必要だろうに。
え? 五千年前はそんな天才ばかりの世界だったのか?
「最初に高間原から『落ちて』きた世代が第一世代。
白楽達この『世界』で生まれたのが第二世代。
第二世代の子供の、第一世代を知らない世代が第三世代。
そのあたりまでは『白楽の異界』のことを知ってたからしょっちゅう出入りしては研究のために場所もらったり交流したりしてた。
でもだんだん世代を重ねるうちに生まれてくる子供の霊力量が少なくなっていって。
そのうちにこの『世界』のことは忘れられていった。
ぼくらが『落ちて』千年くらい経ったとき――最初に『災禍』の存在に気が付いたとき、滅びる国から逃げようとしたひと達を白楽達は自分達の『世界』に受け入れたんだ。
それから迫害を恐れてこちらの『世界』との交流を断った。
そうして、この『白楽の高間原』は、ひとつの『世界』として独自に発展していったんだ。
この『世界』のなかで夫婦が生まれ、子供が生まれた。
その子供が大人になってまた夫婦が生まれ子供が生まれた。
そうやって、もう何世代も繋がっているんだ」
「……そうなんですか……」
かろうじてそう言ったが、どうしても気になって思い切って切り出した。
「……白楽というひとは、どうしてそんなに長命なのですか?」
話を聞いていると、高間原の人間も俺達と年齢感覚や寿命は変わらないように感じていた。
だが、その白楽という人物は、どう考えても五千年近くは生きていることになる。
守り役達のように『呪い』を受けているのか。
はたまたなにか別の方法があるのか。
もしも寿命を延ばす術なんてものが存在するのなら、ぜひ教わりたい。
そうすれば転生を繰り返す竹さんをずっと待ち続けることができる。
そんな期待を込めた質問に、蒼真様はちょっと困ったように笑った。
「……まあ、なんていうか、白楽の研究の成果っていうか……」
どう説明したらいいかと迷う様子を見せた蒼真様。
するとそこにひらひらと一匹の蝶が飛んできた。
揚羽蝶のようだが、色合いがちがう。
真っ白で、ところどころ虹色に輝いている、不思議な蝶。
その蝶が蒼真様のそばでホバリングをはじめた。
「蒼真様」
年配男性の声が蝶から響いた。ということは、この蝶は式神か。
「白楽? 起きてたの?」
驚いたような蒼真様の声に驚く。
『白楽』? 今話していた!?
黙って様子をうかがっていると、蝶と龍は楽しそうに話を始めた。
「ちょうど今起きたところです。
報告を受けていたら、貴方様がいらしていると聞きまして。
もしお時間がございましたら、いかがでしょう。姫様方の様子などお聞かせ願えませんか?」
「うん。いいよー。――あ、ただ」
蒼真様はチラリと俺を見て、蝶に話しかけた。
「ひとり『向こう』からの『迷い人』を連れてるんだ。
そいつも一緒でいい?」
「もちろんです」
快く了承してくれた蝶に蒼真様は「じゃああと二箇所確認したらそっちに行くよー」と別れた。
「白楽のとこに行くなら急がなきゃ。行くよ」
蒼真様がスピードを上げたのであわててついていく。
「もーちょっとスピード上げていい?」と問われたので了承する。と、かなりの速さになった。
縮地までにはいかないがついていく俺に蒼真様は一度チラリと確認しただけであとはさっさと移動した。
山の中を二箇所ほど確認して採取をし、川で魚を取った。
「手土産もなしじゃ悪いからね」と軽く言い、どこかへ向かった。
それにしても。
広い『世界』。豊かな自然。人間だけでなく野生動物や魚までいる。
こんな『異界』、そうはないぞ?
「……この『世界』を、白楽というひとが創ったんですよね……」
思わずそうこぼすと「まあ、基本はね」と蒼真様は軽く言う。
「ここまでの間に色々あったから。
白楽だけじゃなくて他の研究者も色々創ったり『向こう』から取り込んだり。
まあベースは白楽の霊力だけど、術や陣によるところもあるしね」
「……たとえ術や陣があったとしても……これだけの『世界』を維持し続けることができるなんて……」
普通では考えられない。
そんなことができるのは『神』とか『主』とかのレベルだ。
「………それ、相当な霊力量ですよね………」
どんだけの霊力量だ。
なのに蒼真様は「そう?」と軽く言う。
その様子にふと感じた。
「――高間原ではそのくらいの霊力量、普通だったりします?」
もしや竹さんも黒陽もこのくらいの『世界』を維持できるほどの霊力量なのだろうか。
だとしたら、追いつけるなんて夢のまた夢ではなかろうか。
ジワリと弱気が出てきた。
だが蒼真様は「いやー」と明るく答えた。
「さすがにこのレベルはなかなかいないよー。
王とか各国のトップレベル並じゃないかな?」
各国のトップレベル。
というのは。
「……ちなみに……」
聞かなきゃいいのに聞かずにはいられなかった。
「竹さんは……」
「あのひとは別格」
蒼真様はさらりと答えた。
「歴代の王にもいないレベルで霊力量が多い。
だから霊力過多症で苦しんでた。
その霊力を制御できて使いこなせたら、あのひとは高間原の歴史に残るひとになったに違いないよ」
「―――!」
そんなにすごいひとなのかあの女性。
ただかわいいだけのお人好しじゃないのか。
――そのレベルにならないと、追いつかないと、彼女のそばにいられない――?
現実を突きつけられて青くなる俺に、蒼真様があわれむように言った。
「だから言ったろ?『実力差がありすぎる』って」