第四十九話 蒼真様と『異界』
「……………蒼真様?」
俺はさぞかし間抜けな顔をしていることだろう。
ポカンとしたままたずねると「うん」と返事があった。
「お前こんなところでなにしてんの?」
蒼真様もポカンとした顔で指を向けてきた。
「え? 蒼真様? なんで?」
「それはこっちのセリフだよ! なんでお前がここにいるの!?」
「いや、その、迷い込んでしまったみたいで……」
しどろもどろに説明した。
安倍家の離れに向かっていたこと。
俺が『境界無効』の特殊能力を持っていること。
ボーッとしたまま走っていて、気が付いたらここにいたこと。
「あー」と蒼真様は呆れ果てたように声をもらした。
「ここは蒼真様の『異界』ですか?」
目の前のちいさな龍が『主』なのかとたずねてみたら「ちがう」と言われた。
「ここの『主』は別にいる。
ぼくはここに薬草園を作らせてもらってるだけ。
たまに来て、手入れしたり採取したりしてるんだ」
ということは。
「ここから出られるんですか!?」
「まあね」
蒼真様の言葉に「ほーっ」とチカラが抜けた。
よかった。最悪の事態からはまぬがれた。
蒼真様がじっと俺を見つめているのに気が付いた。
「……お前、元気そうだね」
「はあ。おかげさまで」
普通に返事をしたあとでハッとした。
そうか。この龍には俺がへこみまくっているところを見られている。
あれだけ落ち込んだ俺が元気にしていたら、こういう反応になるのも致し方ないといえるだろう。
なんとなく居心地が悪くなったけれど、それはそれとして礼は言うべきだろう。
「その、色々とご心配をおかけしました。
ご助言、ありがとうございます。
色々考えたのですが――」
うつむきそうになる顔をぐっとこらえ、蒼真様をまっすぐに見つめた。
「――俺、竹さんを、諦められません」
蒼真様は黙っていた。
じっと見つめてくるその目をそらさないように、さらに言った。
「何年経っても、何十年経っても構いません。
いつか彼女のそばにいられるために、がんばることにしました」
蒼真様はじっと俺を見つめていた。
が、ボソリと言った。
「……それ、竹様に言ったの?」
「言ってません。会ってもいません」
「黒陽さんには?」
「言ってません。黒陽にも会ってません」
尚も黙る龍に、こちらから勝手に話しかけた。
「俺が弱いことは十分承知しています。
竹さんのレベルには到底届かないことも。
俺がそばにいては迷惑をかけることも。
だから、強くなるまでは彼女の言うとおり会いません。
会わずに、彼女を諦めたと思わせておきます。
それで、いつか強くなったときに、会いに行きます」
俺の無謀で穴だらけの計画を暴露しても蒼真様は黙っている。
「ハルとだけは話をしました。協力を約束してくれたので、修行をつけてもらうつもりで今日も向かっていました。
そしたら迷い込んでしまって……」
ちょっと情けなくて尻すぼみになった俺に、蒼真様はようやく表情を変えた。
呆れたようにため息をつき「そっか」とちいさくつぶやいた。
「お前前世も『そう』だったんだもんな。
そっか。じゃあ、まあ、好きにすれば?」
つん。とそっぽを向く龍が、それでも認めてくれたことに意外なほど勇気づけられた。
「ありがとうございます」と礼を言うと「別に」と反対を向く龍。
照れているのが丸わかりの様子に、思わず笑みが浮かんだ。
「とりあえず、今回はぼくが連れて帰ってやるよ。
でもその前にぼくの用事を済ませてもいい?」
「もちろんです」と答える。
「よろしくお願いします」と頭を下げると、蒼真様はようやく俺のほうを向いてうなずいた。
「ついでだからちょっと手伝え」
「はい」
言われるままにあとをついていき、着いた場所は温室だった。
現代日本で見るようなガラス張りの立派な温室に驚いていると、蒼真様は当然のように扉を開けて中に入っていった。
「こんにちはー」
「あ。蒼真様。お久しぶりです」
中にいた数人の男女が蒼真様の声に駆けつけてくる。
年配の男女がひとりずつ。四十代に見える女性がふたり。五十代にみえる男性がひとり。
皆一様に青みがかった髪色をしていた。
「お客様?」
四十代の女性に声をかけられて、あわててペコリとお辞儀をする。
「蒼真様にお世話になっております。西村と申します」
そう名乗ると「『ニシムラ』?」と不思議そうに首をかしげられた。
「『向こう』の人間だよ」
「「「えええ〜ッ!!」」」
蒼真様のナゾの説明に一同は色めき立った!
「えー! そうなんだ! 何歳?」
「じ、十六です」
「『向こう』では背は高いほう? 低いほう?」
「高いほうです」
「普段何食べてんの? 主食は何!?」
「主食は基本米です。たまにパンとかも食べます」
「米か!」
「パンて何!?」
「ええと、小麦を粉にしたものをこねて焼いた食べ物で……」
何故か取り囲まれて次から次へと質問される俺の前に蒼真様が身体をねじ込んだ。
「はいはーい。そこまでー。詳しくはまた今度ねー。
今日はちょっと急ぐから。
薬草の状態見せてー」
「「「えー」」」
「『えー』じゃない! はい! 仕事仕事!」
ちいさな手をパンパンと打つと、集まっていた人達は散り散りになった。
蒼真様はザッと全体を確認し、いくつか採取し自身のアイテムボックスに入れた。
その場にいた人達にいくつか指示を出して温室を出たあとは何箇所も畑を回り、研究室のような建物に行った。
そのどこでも温室のようなやりとりがあり、俺は多くの人達の好奇の視線にさらされた。
「なんですかアレ」
ようやくふたりきりになり、どこかへ向かって歩きながらようやく質問できた。
ぷかぷか浮かんだまま移動する蒼真様は楽しそうに笑っていた。
「『こっち』の人間は『向こう』の人間を見ることなんてないからな。めずらしくて仕方ないんだ。
おまけに今会ったのは青藍のなかでも研究熱心というか、探究心旺盛な人間ばかりだから……」
「………『青藍』?」
それは、以前黒陽が話していた国の名ではないか?
竹さん達が元いた『世界』の、東の国の名ではなかったか?
俺が気付いたことに蒼真様も気付いた。
ちょっと驚いたように空中で動きを止めた。
「……知ってるの?『青藍』」
「黒陽に聞きました。
高間原の東にあった国ですよね?」
のろりとうなずく蒼真様に、ふと思いついたことを聞いてみた。
「……この『異界』の『主』は、誰ですか?」
もしや、高間原にいたときの王なのではないか?
守り役達が不死の『呪い』を受けたように、何らかの方法でこの『世界』にやって来て、五千年生き続けているのではないか?
そんな荒唐無稽な考えが浮かび、蒼真様をまっすぐに見据えた。
俺の視線を受けた蒼真様はちょっと驚いたように目を大きくした。が、すぐにクスリと笑った。
「残念ながら『青の王』ではないよ」
そうなのか。
予想がはずれた。
じゃあ誰だ? どちらにしても高間原の関係者だろう。
この『世界』をとりまく霊力量は、元いた『世界』よりも多い。
呼吸をするだけで身体の中に霊力がたまっていくのがわかるくらいに。
しかも先程から連れ歩かれているだけでもかなりの広さだ。
それだけの『異界』を展開できる『主』ともなると、神とか神使とかのレベルだと思うのだが。
「ここの『主』は、白の一族のひとり。
白露さんの孫にあたるひとだよ」
ぺろりと明かす蒼真様だが、俺は驚きのあまり足が止まってしまった!
「孫!? 白露様に!?」
「あれ? 聞いてない?」
ぶんぶんと首を振って何も知らないことを示すと、蒼真様はなんてことないように教えてくれた。
「高間原から『落ちて』きたのは、ぼくらだけじゃないんだ。
『落ちた』ぼくらを目印に、高間原にいた人間みんな『渡って』きたんだ。
四方の国の王達も、民も、連れてこられる限りは連れてきたって聞いてる。
その中に白露さんの子供もいた」
「――そうなんですか」
そんなことあの亀言ってなかったぞ。
じゃあもしかして。
「――あの」
ためらいながらも、気になっていたので思い切って聞いてみた。
「黒陽の家族は――」
蒼真様はキツイ顔になった。
「黒陽さんの奥さんと娘さん達は『黄』の王に殺された。
息子さん達は魔の森から湧き出た魔物との戦いで亡くなったって聞いてる」
「―――!」
息を飲んだ。
「――それ――黒陽は――」
「知ってる」
蒼真様はさらに顔をキツくして俺をにらみつけた。
「竹様には言うなよ。あのひとは知らない」
「――わかり、ました」
黒陽の奥さんと娘達は竹さんの側仕えだったと聞いた。
きっと一番そばで共に過ごしたひと達。
殺されたと知ったら竹さんはかなしむ。
『自分のせいで殺された』と、また罪を背負い込む。
蒼真様はキツイ顔のままうつむいて、ポツリと話してくれた。
「白の王がおっしゃった。
『亡くなった者の魂も連れてきた』と。
高間原で輪廻を巡っていた魂は、この『世界』の輪廻に組み込まれた。
だからきっと、みんな、この『世界』のどこかで、生まれ変わっては死んでいると思うんだ」
『そう信じたい』というような蒼真様に、知らず眉が寄った。
ぷるりと首を振った蒼真様は、パッと顔を上げた。
もう普段どおりの顔になっていた。
「もしかしたらお前も昔は高間原の人間だったのかもしれない。
――竹様の『半身』なんだから。そうだろ?」
ニヤッと笑う蒼真様はいたずらっ子のようだった。
そう言われたらそうだと思えて、なんだかおかしくなってちいさく笑った。




