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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』37

 リディと伊佐治からの話をすべて聞き、リディの両親と大叔父夫妻は深く深くため息を吐き出した。

 そうしてこれまでの話を聞かせてくれた。


 大叔父や父親を含む王家の人間は、例の家訓を基にした訓練で「王族なんてめんどくさい」「他にやりたいやつがいるならいつでも押しつける」と思っている。が、『押しつける』にしても「誰でもいい」わけにはいかない。

 なんせ王という仕事には多くの生命に対する責任が伴う。愚かな人間に任せたのでは自分達の引退後の『楽しい庶民生活』がぶち壊されてしまう。多くの生命を、生活を、尊厳を護ることのできる人物であることが最低条件。我欲にまかせ好き勝手やりたい放題やるような人間には任せられない。

 我欲まみれであっても、それが国民にとって良い結果をもたらすならばいい。もしくは公私をはっきりと分けていて、公の面では国民のために働くのならば。


 大叔父によると、これまでも何人もが「他の貴族に王という仕事を押しつけよう」としてきたらしい。「やりたいやつがやればいい」と。

 しかしその「やりたいやつ」がことごとく「自分のことしか考えないやつ」だったため、現在までナイトランジェン王家は続いている。


 現王の同世代である現在の宰相も、若い時から「王に成り変わろう」というのがミエミエだった。「自分が国政を支えている」「自分ならもっとできる」と。

 とはいえ「王を蹴落として自分が王になろう」とまでは考えていない。だからクーデターを起こすとか王を殺そうとかいうことは考えていない。あくまでも現体制のなかで「自分がよりうまい汁を吸うこと」だけを考えている。

 そういう、与えられた器の中でしか物事を考えられないあたりが「小物」だと、「王にふさわしくない」と現王族から思われている。


 その上この男、選民思想がひどい。一般市民にも人権があると知っていても理解はしていない。おまけに贅沢が大好き。贅沢好きなのは経済を回すことになるから構わないけれど、そのために領民に重税を課すのは間違っている。そのことに意見してきた人間はありもしない罪を着せて(おとしい)れ、賄賂を寄越す人間ばかりを重用する。こういう思考の人間が上に立ったら国民すべてが不幸になる。


 たとえ宰相といえどすべての交渉権や決定権があるわけではない。今は王であるリディの父親が宰相の手綱を握っている状態。

 他の国は知らないが、聞いた限りだとリディの母国(このくに)における王様は日本で言う総理大臣、宰相は官房長官という印象。

 宰相には官房長官がやるような国内の重要っぽい仕事を任せている。議会や各部署の調整をしたり、貴族間のバランスを取ったり。それはそれで内政の重要なポスト。だが、外国とやり取りする外交は冒険者を兼務している弟を責任者に、軍の掌握は別の弟を責任者とし、宰相が手出しできないようにしている。司法のトップは元王族なのでこちらも宰相は手出しできない。

 自分に手出しできないところがあるのも宰相はおもしろくないらしい。が、王家はそれに気が付かないフリをしている。あんまりなことをやらかしたら即罷免しようと探ってはいるが、証拠がない。


 脱税も収賄も犯罪だ。が、証拠がない。証人が欲しくとも自分の罪を認めることになるので捕まらない。悪口や不平不満を言う程度では罪に問えない。「気に入らないから」と宰相に任じないこともできない。議会の決定をないがしろにすることは王でも、王だからこそ許されない。

 そうして議会で承認された男を宰相として任じ、現在も宰相としている。おそらくはかなりの数の議員が、もしかしたらほぼすべての議員が、宰相の息がかかっている。だが法治国家を名乗る以上、独裁政治のようなことはできない。そんなめんどくさいことはしたくない。自分のせいで国が滅びたなんてなったら寝覚めが悪いからがんばって王をしてるけど独裁するほどのファイトはない。


 かと言って宰相をはじめとした犯罪者を政治の中枢に置いておくのは気に入らない。そんなの『楽しい庶民生活』ができなくなる。なのでいわゆる『王家の影』に色々探らせてはいる。

 宰相も他の貴族も色々やらかしている。それは掴んでいる。が、どれも『これ!』といった証拠がない。裏帳簿のようなものも、メモ一枚も残していない。証言者を確保したくても誰も罪を認めず、証言者となることもない。なので現在まで放置している状況が続いている。


 宰相の娘がリディを(おとし)めていた件も把握していた。婚約者である隣国王子への手紙を秘密裏に捨てていたことも、王子からの手紙や贈り物を盗んでいたことも。しかし手紙は本人自ら燃やしていて、現場を押さえない限り立証できない。そしてそんなヘマを宰相の娘はしない。王子からの贈り物は「偶然似たものを買った」と言い逃れされる。


 孤児院などへリディが手配した支援金を着服した件も、最初は宰相である父親を巻き込んで着服した。怪しんだリディが手形を切れば自ら「王女に頼まれた」と財務課に足を運び現金を受け取り、そこからちょろまかして残りを孤児院などに手渡していた。それも「王女が出してくれないから代わりに自分がお小遣いから出した」と受け取れるような言い方をして。

 リディが「おかしい」と気付いて、振込でも手形でもなく自分で現金を手渡すようにしたときも、受け取る側の担当者を丸め込んで着服するよう手配した。もちろん一緒に着服する担当者は書類を改ざんしているし証言することもない。


 他にも色々やらかしている宰相の娘。極めつけとしてリディを転移陣で消し、隣国の王子妃に納まった。


「ホントろくでもないね」マコが怒りを隠すことなく吐き捨てる。

「そんな悪いひと、頭の毛根が死滅してツルッパゲになればいいのに」


「『つるっぱげ』?」

 キョトンと復唱するレイに気付かないマコはさらに吐き捨てる。


「ううん。ツルッパゲよりもマダラハゲのほうがいいかも」「そっちのほうがみっともないよね」

「『まだらはげ』……」


「いっそ頭にキノコ生やしたらいいんだ」「『悪いヤツ』ってわかりやすくていいかもしれない」

 座りきった(くら)い目でブツブツ言うマコ。レイがそっとマコの腕に手を添えた。それでようやくマコはハッとし、いつもの笑顔を取り戻した。

「ごめんね。大人として不適切な発言だったね」「今のは聞かなかったことにして」

 笑いかけるマコにレイは黙ってうなずいた。


 そんなマコに苦笑していた伊佐治が、リディの両親と大叔父夫妻にマコ主導の「リディを陥れた王子と侍女にザマアする計画」のことを明かした。


 リディアンム商会と東大陸中央教会の関係者が広めている噂のこと。期待される効果。

 神様方が嬉々としてマコの『願い』を叶えてくれていること。結果、王子も妃もショボい不幸が重なっていること。


 このことはリディにはまだ明かしていなかった。なのでリディは驚いた。

「マコ」

「だってリディ! ボク、ムカついてるんだよ!」

 リディがなにか言うより先にマコがまくし立てた。


「リディが素敵なひとだって、出逢ったばかりのボクにだってすぐにわかった」「そんなリディを無人島に送るなんて」「二十年近くいじめてたなんて」「王子様も侍女さんも非道いよ!」「ボク、許せない!」


「リディはやさしいから仕返しなんて考えないと思う」「だからボクが仕返ししてやるんだ」「リディをいじめた悪いヤツを、ボクがいじめぬいてやるんだ」


 (くら)い目つきで断言するマコ。レイもウンウンと強くうなずいている。そんなマコとレイにリディは目を丸くし。


「―――もう。マコったら」

 クスクスと軽快に笑い出した。


(わたくし)はマコが思うほど清廉潔白ではないわよ?」

「……だってリディ、最初に会ったときに言ったじゃない。『仕返ししなくていい』って」

「あら。私『仕返ししない』なんて言ってないわ」

「え?」

「言ったでしょう?『意地でも生き延びて楽しく愉快に暮らすことが仕返しだ』って」


 にっこりと微笑むリディ。


「私、今『しあわせ』なの」

「あんなひと達も、これまでの過去も、どうでもいいくらい『しあわせ』なの」


 その笑顔に嘘はないとわかる。マコは毒気を抜かれポカンとしていた。


「あんなひと達のことなんて、今日話題に出るまですっかり忘れてたわ」

「だからマコが『仕返し』なんて、貴重なマコの時間を使うことないのよ」


 茶目っ気たっぷりなリディの笑顔に、マコはわかりやすく不満を顔に乗せた。


「確かに私はあの瞬間まで、王子も、侍女だった宰相の娘もそれなりに信頼していた。幼い頃から共に過ごし、信頼関係を築いてきたと思っていたわ」

「『裏切られた』って思った。自分の甘さに悔しくなった」


「だからこそ『生き延びてやる』って、『それが私の仕返しだ』って思ってたの」

 マコが口を開くより早くリディは下がった視線をマコに戻し、にっこりと微笑んだ。


「『仕返しだ』って思ってたけどね」


 不満そうなマコに困ったように微笑み、リディは続けた。


「マコ達に助けてもらって。話を聞いて。温かいご飯をいただいて。他愛もない話をしてるうちに、だんだんと変わっていったの」


 そうしてリディは愛おしさをその目に浮かべ、ひとつひとつ語った。


「ヒデさんが毎日毎日びっくりすることを仕出かして」

「考えたこともないことを聞かれて。全然答えられなくて」

「私、『世界の見方』がどんどんと変わっていったの」


「『違う世界に生まれ変わった』ようだと思ったの」


「今の私にとって、王女だった頃のことは過去のことなの」

「『生まれ変わる前の世界』のことなの」

「だから正直、王子のことも侍女のこともどうでもいいの」


 本心から『どうでもいい』と思っているとわかる、さっぱりとした口調。


「私がそばにいたいのはイサジさんやマコやレイや、皆様や中央教会の皆様のところ」

「私が生きたいのは皆様のそば」

「だからマコがあんなひと達のことに心を砕くこと、ないのよ?」


 にっこりと笑顔を向けられ、マコがおかしな顔になっている。

 リディに愛されているのはうれしいが、王子と妃への仕返しを止められて不満。そんな相反する感情に、どんな顔をしたらいいのかわからないらしい。


「―――とはいえ」

 そんなマコにリディが話しかける。


「あのふたりが今『立場がなくなってる』って聞いて―――スッとしちゃった」

 いたずらっぽく微笑むリディにマコが目を丸くする。


「私もマコと同じね」「案外意地悪だったみたい」


「うふふ」と笑うリディに「そんなことないよ!」と返すマコ。

「当然の反応だよ!」「あのふたり、もっと非道い目に遭えばいいんだ!」

 気炎を吐くマコにリディは笑う。


「ありがとうマコ」「私のために怒ってくれて」

「大好きよ」


「ボクもリディが大好きだよ!」

「れいも! れいもまま、すき!」

 ぎゅうぎゅうと抱き合うふたりにレイまで合わさり団子のようになっている。微笑ましい光景にリディの両親と大叔父夫妻が涙ぐんでいた。


「リディがこんなにしあわせそうに……」

「よかった。本当によかった」

「皆様、ありがとうございます」

「今後ともどうぞリディをよろしくお願い致します」


「もちろんです」「私の生涯をかけて大切にします」伊佐治がさらっと応える。


「そういえば」団子になっていたマコがご家族に顔を向けた。

「王子様たちの現状はこの国には伝わってないんですか?」


 俺達は神様達から逐一王子と妃の状況を教えてもらっている。先日は見事な劇を披露してもらった。それによると王子と妃は国中から総スカンを食らっているらしい。

 王子と妃のせいで物流が(とどこお)っている。商売が成り立たない。いくつもの条約が破棄された。誰も彼もが王子と妃に怒りを向けている。

 国の上層部などは「王子と妃は大々的に、(おおやけ)に、わかりやすく処罰しなければ」「庶民にも聖女様にも伝わるよう罰せなければ」「でなければ国が滅ぶ」と危機感を抱いている。


 そんな状況をリディの母国の『リディに対して相応しくない対応をした』と自覚しているヤツらが知ったならば、神罰を恐れて証言しそうなもんだけどな?


「もちろん、色々な話が伝わってきています」


 そもそも話が広がっているから王子の国の隣国であるリディの母国の人間も、隣国と商売をやめたり旅行に行かなかったり引き揚げてきたりしているわけで。


 だからこそ『リディのことを「足りない王女」とバカにしていた連中』は肩身の狭い思いをしているし、報復を恐れている。


 ちなみに国同士の条約を破棄したのは「リディを()めたから」。王子と妃の結婚式に招待された時点でリディからの手紙が届き一部始終を把握していた。なので、王子の国の上層部や担当者が何を言っても「リディが勝手にやったこと」なんて寝言をほざいても、問答無用で破棄してきた。「真実はいつか明らかになります」「そのときに後悔めされないよう」と捨て台詞をつけて。


「―――じゃあ、こういうのはどうですか?」

 少し思案したあと、ニヤリと笑うマコ。悪い笑顔でもキラキラと輝いている。俺の妻は素晴らしすぎる。



   ◇ ◇ ◇



 マコの立てた策に、当のリディは「そこまでしなくても」と()めた。が、リディの家族が賛成し、レイもやる気になってしまったため、最後はリディも承諾した。


 そのままザッと概要を打ち合わせ。詳細はまた詰めることとし、この日はお開きになった。


 東大陸の中央教会に戻り、サルーファスをつかまえ報告と相談。「素晴らしい!」「さすがはマコト様!」大絶賛のサルーファス。それはそれは楽しそうに詳細を詰めていく。「これはこうしましょう」「こっちはここに手を回して」「いやあ! 忙しくなりますねぇ!」

 そう言いながらもツヤッツヤの笑顔を見せるサルーファス。嬉々として教会内と商会への連絡に走っていった。


 大法皇や側近達、神様方とも打ち合わせ。話を通し筋を通し打ち合わせを重ねた。


 そうしてリディの母国の大教会へ。事前にリディの父親とサルーファスの手の者から話を通してもらい、大教会の一室に転移陣を準備。定刻に起動し、全員で転移。サルーファスをはじめとした数名もついてきた。「皆様にお願いしても忘れられるので」と撮影班を編成しやがった。


 なるべく人目につかないよう、極秘で行動。大教会(ここ)の大教主と側近達には話を通してある。それ以外の大教会内部の人間にはナイショ。どこで誰が誰とつながっているかわからない。一応大教会(ここ)の大教主と側近達は神様方の調査により「シロ」とされた。なので味方に引き入れた。


 そうしてこの地の土地神様の神殿へ。土地神様だけでなく他の神様方もやって来られた。

(いと)()』の無事の帰還に土地神様は涙を流してお喜びになられた。「助けられずすまなかった」とも。

 そんな神様にリディは逆に感謝を捧げた。「これまで慈しんでくださりありがとうございました」「御心をくだいていただき感謝しております」「皆様の御加護のおかげで助かりました」「素晴らしい皆様が駆けつけてくださいました」「愛する家族ができました」「(わたくし)は今、とても『しあわせ』です」


 リディが捧げる感謝と祈りに、神様方は大感激。「ウチのリディは世界一!」と大騒ぎになってしまった。

 伊佐治とレイも挨拶をし、リディが歌を、伊佐治が剣舞を奉納。これまた大喜びされた。


 約九か月前に婚姻のため国を出るときに、リディは『王族が土地を離れるときの神事』を済ませて出て行った。通常であれば、結婚式によって新たな土地神様に受け入れられ、その国の神の庇護下に入る。が、リディは結婚式をしていない。なのでリディは『無所属』の状態だった。が、レイが生まれ、多くの神様方から「『あらたな神』の両親」と指名されたことで、レイの守護者であり庇護下に入った。

 そのご報告もし、伊佐治と夫婦となりたいこともお伝えし、どちらも承認された。祝福とともに。


 それからマコの策を説明。お騒がせすることを謝罪。ご迷惑をおかけする可能性があることも。

 が、神様方は逆にお褒めくださった。「いいぞいいぞ」「是非ともやれ」

「楽しみにしている」とまで言われ、マコとレイが張り切ってしまった。


 通すべき筋を通し、根回しもした。準備は着々と進んでいる。さてさて、どうなるかな?



   ◇ ◇ ◇



 リディの両親と面会した二日後。

 ついに伊佐治に隷属印が刻まれた場所に足を踏み入れた。


「自分も連れていけ!」とうるさかったサルーファスは、前日から俺達の島に泊まり込んだ。現在レイの神殿を復興するための調査隊が滞在している。そこにサルーファスと仲間の撮影班が機材と共にお泊り。早朝からの移動に全員ついてきた。


 久十郎がリディと伊佐治からだいたいの場所を聞き、転移陣を仕込んでいた。なので移動は一瞬。降り立ったそこは小高い丘だった。


 なんでも敵の本陣だったらしい。伊佐治が言っていた。

 木立に囲まれた、少し開けた場所。なるほど、映画やなんかで見た戦国時代の本陣っぽい。こーゆーところに陣幕張って本陣にして軍議開いたりするんだよな。


 平和な現在はただの広場。特別瘴気も感じないが特別清浄というわけでもない、どこにでもありそうなのどかな土地。

 さて、ここで三百年前のことを覚えていて、尚且つ伊佐治に刻まれた隷属印の『条件』を知る存在を見つけないといけないわけだが、どうするかな。


 視線と霊力探知だけで周辺警戒を終えた俺達。野生動物とかも特に問題なさそう。

「すみませーん!」突然レイが大声をあげた。

「ぱぱのことしってるひと、いませんかー?」


 レイの声に反応したのか、レイの存在に興味をひかれたのか、神様やら眷属やらがわらわらと出てきた。

 と、ひとり? 一体? 一柱(ひとはしら)? の神様だか精霊だかどなたかの眷属だかわからない存在が、伊佐治が腰に下げている剣に気が付いた。

「魔剣だ!」

 その声をきっかけにわらわらと伊佐治の剣を見に来られる。

「これって、昔ここで隷属印刻まれた男が持ってた剣じゃないか?」

 ひとりの発言に息を飲む俺達に構わず、集まった神様達は好き勝手に話し出した。

「そうだそうだ。あの剣だ」「あの男はもったいなかったなあ」

 やいやいと話していた神様達のひとりがふと気付いた。

「あれ? この前風の神様から聞かれたのって、もしかしてあの男のこと?」

 ん? と動きを止めた神様達。そこでようやく剣を下げている男自身に気付いた。


「こいつじゃないか!?」

「そういえば風の神様が言ってた!『かえってきた』って!」

「そんなことがあるのか!?」

「でもちいさくないか?」

「人違い? それともあの男の子孫?」


 わあわあと大騒ぎになってしまった。

 東大陸にしょっちゅう来て顔見知りになっていた神様達が今回ここまでついてきていて、まわりの神様達に諸々の事情を説明。そうしてどうにか伊佐治の隷属印の『条件』がわかった。


『アーガンの国王と軍師に絶対服従すること』『ティンに関わるすべてに味方しない』このふたつだけ。


 この事実に当の伊佐治が驚いていた。

「たったふたつ!?」「しかもそんな『条件』!?」

 そうは言うがおまえ。戦略的には有用な『条件』だと思うぞ? このふたつだけで相当な制限がかけられる。これ考えたヤツはなかなかやるな。


 神様方もだからこそ覚えていた。「魔剣を持つほどの男にどんな『条件』をつけるのか」と注視していて、たったふたつでほぼ言いなりにできる『条件』に「舌を巻いた」と。印象深かったからこそ三百年経っても覚えていた。


 詳細を覚えていた神様方が教えてくれたところによると、この『条件』を考えた軍師とやらは伊佐治がもっと弱ってからさらに『条件』を加えるつもりたったらしい。転移直後に魔法で拘束してツノと牙を折り、その隙に隷属魔法をかけた。それでも伊佐治は強かった。ココロが。魂が。だから食事を与えず、ようやく与えた食事に薬を混ぜた。それでも伊佐治は期待したほど弱らない。それならと子供達と前線に送った。かつての味方を殺させることでココロを折ろうと。それでも折れなければ同行させた子供達を伊佐治の目の前でひとりずつ殺そうとしていた。それが伊佐治も子供達も崖から落ちて行方不明。軍師は荒れて、報告に来た部隊をその場で手打ちにしたという。


「てことは、伊佐治『落ちて』ラッキーだったな」

「だな。『落ち』なかったらどんだけの地獄を味わわされたかわかんないな」

「一緒に落ちた子供達もよ。即死したのか、例の英雄のように生き延びたのか、違う『世界』に『落ちた』のかはわかんないけど、少なくともそのまま戦場に連れて行かれたよりは尊厳が守られたはずだわ」


 仲間達の感想に、伊佐治はどこか呆然としていた。ずっと『罪』だとおもっていたことが、逆に子供達の尊厳を救う結果になっていたかもしれないなんて。

 そんな伊佐治にリディがそっと寄り添った。こっそりと手をつなぎ、呆然と顔を向ける伊佐治と視線を合わせた。励ますように微笑みうなずくリディ。伊佐治の表情がじわりと変化する。

 ぐっと口を引き結び、伊佐治はつながれたリディの手を握った。その瞳に強い光を宿した。


「さあ。イサジさん」リディが歌うように軽やかに呼びかける。

「隷属印を解呪しましょう」


「おう」「頼む」

「おまかせください!」


 誇らしげに微笑むリディに伊佐治も笑顔を向ける。これまでに見たことのない、軽やかな笑顔。なんだか伊佐治が遠くにいってしまったようですこしだけさびしさを感じた。が、『伊佐治が救われた』『重荷が取れた』とわかって、さびしさ以上に安堵が浮かんだ。


 そんな俺の気持ちを察してくれたのだろう。マコが寄り添って手を握ってくれた。

「よかったね」

 軽く手を引いて自分に向かせ、そっとささやくマコ。

「きっと大丈夫だよ」


「そうだな」ちいさく返し、俺もマコの手を握った。



   ◇ ◇ ◇



 周囲に結界を展開し、リディが清めの儀式を行う。結界内が清められた。見学の神様その他諸々の皆様もワクワクと見守る中、リディは厳かに術の準備を進める。

 ひざまずいた伊佐治の前に立つリディ。ひとつ、またひとつと祝詞が捧げられ陣が展開し魔力が注がれる。


「あなたにかけられた『条件』は『アーガンの国王と軍師に絶対服従すること』『ティンに関わるすべてに味方しない』」「これを受け入れますか」

「受け入れません」「こんな『条件』、拒絶します」


 伊佐治が宣言した途端、変化が起きた。

 わかりやすいようにと上半身裸になっている伊佐治の胸の上に刺青(いれずみ)のように陣が浮かび、光った。

 母と祖父が一部破壊したために欠けたそれに、少しずつ、少しずつヒビが入っていく。

 全体に細かいヒビが入ったところにリディが高位の神々に「この契約の解除を願います」と『願い』をかけた。応えるように天から強い光が落ちる。伊佐治の胸の陣が砕け散った。その伊佐治にリディが光魔法をかける。伊佐治の身体全体が光り輝く。浄化は成功したらしい。


「あなたに押し付けられた『名』は『(ウナ)(トリア)四番(クァットル)』」「この『名』を、東大陸中央教会所属の大神官リディの『名』において破棄します」「これを受け入れますか」

「受け入れます」


 伊佐治の身体が内側から光る。


「改めてあなたの『ほんとうの名』を返します」

「あなたの『名』は『イザーディアス ズィアム ティン』」

「これを受け入れますか」


「受け入れます」


 リディの宣言を受け入れた伊佐治に、反応があった。

 身体が内側から光る。額のツノが太く長くなる。身体つきもひと回り大きくなった。筋肉質な身体がさらに厚い筋肉に変化する。

 そこにさらに最上位の解呪魔法をリディが展開。―――伊佐治の身体を光が包む。その光が伊佐治に吸い込まれた。しばし身体の表面を光がゆらめいていたが、やがてパッと散った。


「―――隷属印解呪、成功です!」


 リディの宣言にわっと沸き立つ。よかった。マコとレイの拍手を皮切りにあちこちからの拍手が重なった。


 ホッとした様子のリディがひざまずいたままの伊佐治と視線を合わせる。微笑み合うふたり。と、伊佐治が左胸に右手拳を当てた。


「隷属印を解呪いただき、ありがとうございます」

 改まった台詞に沸き立っていた周囲が動きを()める。

 注目の中、伊佐治は言葉を続けた。


「この機会に、我が『名』―――『イザーディアス ズィアム ティン』の『名』を捨てたいと思います」


 うなずくリディに伊佐治もひとつうなずき、ニヤリと笑った。


「希望する新たな『名』は―――『イザーディアス  ズィアム 伊佐治 西村』」



   ◇ ◇ ◇



 隷属印解呪がほぼ確実となったとき。レイがおかしな踊りで加護をかけたあと。ふと伊佐治がこぼした。

「『名』を取り戻せるのはありがてぇが……」「六十年ずっと『伊佐治』だっから、『伊佐治』でなくなるのは寂しいなぁ」「せっかくサトがつけてくれた『名』だしな」


「確かに」

「俺も伊佐治が『伊佐治』でなくなるのは寂しい」

「いや別に『伊佐治』でなくなっても、『イザーディアス』? になっても俺達は『伊佐治』って呼べばいいじゃないか」

「それもそうか」


 そう話していたとき。マコが問いかけた。


「『こっち』には改名ってないの?」

「ん?」

「日本でもアメリカでも、結婚や養子縁組なんかで名字が変わるよね」「改名の話も聞いたことある」「『こっち』にはそういうの、ないの?」


「結婚で名字が変わるのは『こっち』にもあることはあるが……」「『名』を変えるのは、そういえば聞いたことねぇなぁ」


「リディはどうだ?」問いかけられたリディも「聞いたことがない」と答える。


「そっかあ」言い出しっぺのマコはあっさりと納得した。

「『ほんとうの名』を返却して隷属印解呪したあとで改名したらいいんじゃないかって思ったんだけど」


「たとえばどんな『名』に?」面白がっているらしい伊佐治が質問する。


「『イザーディアス ズィアム ティン』が伊佐治さんの本名なんだよね」

 うなずく伊佐治にマコが続ける。

「なら、『イザーディアス ズィアム 伊佐治 ティン』とか」


「『名』に入れ込むわけか」

「それくらいなら『アリ』な気がするな」


「フム」伊佐治も乗り気になったらしい。「明日大法皇達に意見を聞いてみよう」となった。


 で、翌日。

 大法皇と側近達に改名について聞いたら「まれにある」との回答。

 隷属印解呪のために『本来の名』を返却したあとならば「問題ないだろう」とのこと。


 この『世界』では基本的に、子供が生まれたら教会で神官に祝福を授けてもらう。そのときに『名』を呼ぶことで魂に『名』が定着する。もちろん戸籍なんかもあるが、この『教会での祝福』がなにより重要視されている。

 なので、結婚で改姓する場合、教会で元の姓を解除し、新たな姓を刻む。それが結婚式という儀式。

 離婚する場合も教会で離婚の儀式をし、改姓する。養子縁組なんかも同じく。


 この儀式、高位神職ならできる。なので修行と勉強をして資格を得たリディもできる。


「それなら」と改名に乗り気になった伊佐治。「ついでに『ティン』の『名』を捨てたい」と言い出した。


「『ティン』の『名』は、将官になったときに押し付けられたものなんだ」

「『イザーディアス』て『名』は母親の村の名をそのままつけただけ。『名無し』じゃあ管理が面倒だからって当時の執事長がつけたって聞いてる」

「『ズィアム』てのは俺の上官の名字」

「俺みたいな犬っころ同然のガキの面倒を見てくれたひとで、出世して名字が必要ってなったときに『良かったら使いな』って許可してくれた」

「だから、あの頃『ズィアム』を名乗るヤツは多かったよ」

「で、どうにか生き延びてなんでか将官になったとき、王宮のヤツが俺が『お手付き子』だって気付いちまって。で『王家の旗印にちょうどいい』ってんで『ティン』の『名』を押し付けられたんだ」

「もうティン王家もティンという国もない」

「それなら俺もこんな『名』、捨てられるなら捨てたい」


 大法皇の側近達が色々調べ検討した結果「問題なし」となった。

 もちろん隷属印解呪のために一度はその『名』を授ける必要がある。が、解呪後ならば、本人の希望する『名』をつけ直すことは「可能だ」と。


「じゃあどんな『名』にしようか」

 そうして相談した結果、最終的に出てきたのが『イザーディアス ズィアム 伊佐治 西村』。


『レーイダーン(しん)の父親』に任命されてるんだから『レーイダーン』を入れては? という意見もあったが「『レーイダーン(それ)』はレイの『名』だから」と伊佐治が辞退。『イザーディアス』は知れ渡っているのでそのまま。というより、リディが『イザーディアス』の『名』を捨てることを嫌がったので伊佐治が折れた。

 リディは感情を見せるようなことをしなかったが、元とはいえ特級退魔師だった俺にはホンのわずかの変化が読み取れた。そして伊佐治もリディのわかりにくい変化をしっかりと読み取った。

 あとでマコにこぼしたら「『愛』だね!」とキラキラしていた。


『イザーディアス』も『伊佐治』も名前にあたる。「これからリディ様と結婚するのですなら家名がいりますよ」と側近達にアドバイスされ、伊佐治が出してきたのが『西村』の名字。


「俺にとっての『家族』はヒデ達だから」


「ダメか?」

「ダメなわけないだろ」「親父も母さんも喜ぶだろうよ」

「だよな」


 リディもレイも賛成。もちろんマコは大喜び。

「結婚したらリディも『西村』になるんだよね!?」「てことは、ボク達みんな『西村の子』になるんだよね!」「リディと『姉妹』になれるんだ!」


 厳密には違うが、帰国直後から散々『西村の子供達』に構い倒されてきたマコには『同じ西村』(イコール)『きょうだい』の図式が出来上がってしまっていた。あまりのマコの喜びように誰一人否定もツッコミも入れられず、晴れて伊佐治の名字は『西村』とすることに決定した。


 その後なんだかんだと話していて、『ズィアム』の名字をくれた上官が伊佐治を『お手付き子』の『犬っころ』から『人間』にしてくれた恩人だと判明。「それなら『ズィアム』の『名』も残せば」「恩人の功績も人柄も伝え残すべきだよ」「語り継がれることで恩返しになるんじゃない」仲間達や大法皇と側近達からも勧められ、最終的に長ったらしい名前になった。


 ということで、作成中の伊佐治の戸籍も、正式に授けられたらこの名前に修正するよう手配中。



 とはいえすべては隷属印解呪と改名ができるかにかかっているんだが。

 さてどうだとふたりを見守った。



   ◇ ◇ ◇



「希望する新たな『名』は―――『イザーディアス ズィアム 伊佐治 西村』」

 そう宣言した伊佐治にリディが応える。

「承認します」


 と。


 伊佐治の身体を光が包んだ。

 その光が伊佐治に吸い込まれ、しばし身体の表面を光がゆらめいていた。が、やがてパッと散った。


「―――成功です」

 リディがホッとしたのを隠すことなく微笑む。

「今日から貴方は『イザーディアス ズィアム 伊佐治 西村』です」

「ありがとうございます」


 頭を下げる伊佐治。終わったと察したウチの連中がわっと駆け寄った。

「おめでとう伊佐治!」

「やったな!」

「リディ、ごくろうさま」「よくやってくれたわね!」「ありがとう!」

「これで伊佐治さんも『西村の子』だよ!」「ボクの『おにいさん』だからね!」


「悪かねぇな」抱きついてきたマコの言葉に笑い、わしわしと頭を撫でる。そのまま伊佐治は俺達を見回した。


「これからも俺は『伊佐治』だ」

「おまえたちの『家族』だ」

「改めて、よろしくな」


 何度も何度も万歳三唱する俺達に釣られ、集まった神様方も一緒に万歳して喜び合った。レイが大喜びで伊佐治に抱きついていた。



   ◇ ◇ ◇



 あの隷属印は伊佐治のチカラを随分と封じていたらしい。特に魔力を。なので、それが解呪されたと同時に封じられていた魔力やらなんやらも開放された。

 それで魔力の塊であるツノが太く長くなった。魔力が身体中を巡ったことで筋肉が増え、身体の厚みが増した。

 それまでも欧米人並みのデカくてゴツい身体だったのに、さらにひと回り大きくなってしまった伊佐治。


 服を注文している仕立て屋が悲鳴をあげた。


 伊佐治は仕立て屋にめちゃくちゃに叱られ、デカい身体をちいさくさせていた。

なにかと多忙になり、制作に手が取れなくなってしまいました(泣)


誠に勝手ではありますが、しばらくおやすみさせていただきますm(_ _;)m


再開予定は来年の三月頃を考えています

その頃にまたのぞいていただけるとうれしいです

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