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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』36

 伊佐治が愛剣を取り戻した。


 東大陸の中央教会に帰還し、すぐに大法皇と側近達に報告した。

「見たかった!」サルーファスが悔しがった。


「写真撮ってないんですか!? 動画は!?」

「撮ってるわけないだろう」

「なんてこと!!!」


「常に携帯しててくださいよ!」「『これは!』というときにはちゃんと待機しておいてください!」「ああもう! 次は私も同行しますからね!」


 プンプンわめくサルーファスに呆れるしかできない。「はいはい」とテキトーに返しておいたら機嫌を直し「剣を見せてください!」と伊佐治におねだりした。


 無限収納に入れていた愛剣を取り出し机の上に置く伊佐治。()()の状態で置かれた刀からは独特の迫力が感じられる。


「こちらはイサジ様がお使いになっていた当時のままですか!?」

「多分な」

 机の上の刀を確認しながら伊佐治が答える。


 この剣は『魔剣』。魔剣とは文字通り『魔力を持った剣』。魔力の濃い場所の鉱石を使い、刀鍛冶が魔力を込めながら打ち、さらに持ち主が魔力を込め育てる。魔剣が誕生するパターンは他にもいくつかあるらしいが、伊佐治の剣はこのパターン。

 で、刀鍛冶に打ってもらったときにいくつもの魔法も付与してもらった。その中に『研ぎ要らず』と『原状回復』があった。なので、どれだけ刀身に血がべったりついても、普通なら刃こぼれするような状態でも、込められた伊佐治の魔力が剣に残っている状態ならば、最初に刀鍛冶から受け取った状態に自動で回復すると。


「俺が剣を奪われたときは戦闘後だったから、刀身に血がべったりついていた」「それがここまで綺麗ってことは、付与されてる『研ぎ要らず』と『原状回復』が働いたんだろ」「まだ俺の魔力が残ってるみたいだしな」

 

 剣を見つめながらふんふんと聞いていたサルーファスが顔を上げた。

「鞘は?」

「ん?」

「鞘はないんですか?」


 サルーファスの質問に「さあなあ」と伊佐治が苦笑を浮かべる。と、リディが目をキラキラさせたまま口を挟んだ。


「鞘も剣と一緒にキャルスィアームの宝物庫に保管されていたはずです!」「剣と鞘は(つい)の存在。魔力を帯びた魔剣は、同じ魔力をまとった鞘でないと納められないと聞いたことがあります!」

「ということは、鞘もイサジ様が呼べば来るということですか!?」サルーファスが期待に満ちた目を伊佐治に向ける。


「とはいっても、コゥボルトゥは呼んだことはあるが、さすがに鞘は呼んだことねぇからなあ」


 伊佐治の話によると、剣は投擲に使ったりやむを得ず手放したりと『呼ぶ』ことが何度もあった。が、鞘は剣帯に吊るして()いていたので常に身につけており『呼ぶ』ことはなかった。

 だから「呼べるかわからない」と説明したがサルーファスは納得しなかった。


「ダメ元で一回挑戦してみませんか!?」「呼ぶだけ呼んでみてください!!」


「呼んでみてもいいが、さすがにそりゃあ無理だろうよ」「コゥボルトゥが来たのは同じ西大陸だった」「東大陸にいる今はさすがに距離がありすぎる」

 伊佐治は呆れたようにそう言ったが、サルーファスは「一回だけ!」「試しに!」と引かなかった。


「仕方ねぇなあ」


 伊佐治は基本気が良いので、年少者に駄々をこねられたら聞いてやる。俺も何度もワガママ聞いてもらった。

「屋内では危険だから」と庭で挑戦することになり、全員で移動した。



   ◇ ◇ ◇



「そもそも納刀されてなかったのか?」

「ん?」

「剣。保管するなら鞘に入れて保管するだろ」


 少なくとも実家にいる刀達はそうだ。白鞘(しらさや)かそうでないかの違いはあれど、大抵は鞘に納まっている。ちなみに定兼は()()。本体を包んでいる自分の霊力が鞘替わりになっている。


「多分だが」と前置きし、伊佐治が説明したところによると。


『己の(あるじ)』を定めた魔剣は、その(あるじ)以外には基本使えない。鞘に入れたら抜けるのは(あるじ)だけ。

 伊佐治が剣を奪われたときは戦闘中。連戦で疲れたところを副官に()められて簡易転移陣で敵本陣まで飛ばされた。伊佐治が状況判断するよりも早く拘束魔法で拘束されたため身動きがとれなくなり、ツノと牙を折られた。そのときに手にしていた剣も()いていた鞘も魔法で封じられた。だから(いさじ)でなくても動かせた。

 けれど剣を鞘に納めたら「もう抜けないだろう」というのは当時の常識レベルで誰しもが思い至ることだった。本陣から離れた場所にいた王に献上するときにそれはまずい。

「で、納刀しなかったんじゃねえか?」

 伊佐治の説明は納得しかない。博物館とかでも剥き身と鞘と並べて展示してるしな。リディによると現在の宝物庫でも俺達の『世界』と同じ形で展示してあったらしい。あくまで伝聞だが。


「魔法で封じられてたのに、よく剣を呼べたな」

「さすがの拘束魔法も三百年は効果がもたなかったんじゃねえか?」

「なるほど」

 確証はとれないが、あり得る話ではある。


「剣が呼べたなら鞘にかけられた拘束魔法も切れてる可能性が高いな」

「だからって呼べるとは限らねえがな」

 苦笑を浮かべる伊佐治としては『多分ダメだろう』と思っているのがわかる。それでもサルーファスもリディも、レイや定兼までもが期待しているからと挑戦するだけ挑戦してやると。気の良い伊佐治らしい。



 執務室のある建物と神殿の間の広い庭に出て「どこがいいかな」と話していたら、この教会の各神殿の神様達、よく遊びに来ている神様達が「なんだなんだ」と寄ってきた。

「西大陸にあるこの剣の鞘を呼んでみようと参りました」大法皇の説明に、伊佐治が手にした()()の剣を持ち上げ神様達に見せる。


「魔剣じゃないか!」「めずらしい!」神様達は興味津々。特に鍛冶の神様と武勇の神様が「見せろ」「貸せ」と伊佐治にまとわりついている。大人しく神様に剣を渡せば「おおおおお!」と大喜び。その反応に他の神様達も眷族達も「見せて!」「見せて!」と大騒ぎになった。


「なるほど。魔剣ならば適当な鞘というわけにはいかないな」「剣と(つい)の鞘があるはずだな」「鞘に納めておかねば剣が休めないな」そんな話をする鍛冶の神様と武勇の神様に、他の神様達が興味津々でさらに話を聞く。


 最近では大法皇の腹心達も神様達の声が『聴こえる』ようになっている。これだけ大勢の神様がしょっちゅう出入りしてるせいで、俺達だけでなく親しく接する腹心達にも影響が現れた。

 神様達がキャッキャと話すのをサルーファスが目をランランとさせて『聴いて』いる。またなんか悪だくみしてるぞあいつ。


 散々伊佐治の剣で楽しんだ神様達。ようやく伊佐治に剣を返した。

「確かに西大陸にまでは声も魔力も届かないかもしれない」神様達が話し合った結果、風の神様が全面協力してくれることになった。


 リディから鞘が保管されているであろう場所を聞き、眷族に命じて向かわせた風の神。しばらくしたら「見つけた」と言ってきた。さすが神様。

「ここまでに眷族を配置した」と風の神様。「これで鞘まで声が届く」


「これでイケる!」神様達はウキウキワクワク。「さあ呼べ!」「すぐ呼べ!」と大騒ぎ。

「と言われても、どう呼べばいいですかね?」伊佐治が首をひねる。

「『コゥボルトゥ』はこの剣の『名』ですし。『コゥボルトゥの鞘』でいいのでしょうか?」

 鍛冶の神様と武勇の神様に問いかければ「それでいいはずだ」とのお答え。


「剣を突き出して『鞘、来い』でもいいかもしれぬ」

「なるほど」


 そちらのほうが伊佐治的にしっくり来たらしい。

「では」と剣を構え、精神集中に入った。


 瞼を閉じ集中する伊佐治。ザワリと覇気が立ち上がる。

 サルーファスは録画機器を構えていた。もうひとりの若手はカメラを。抜け目ないな。


 麻比古を除く俺達、大法皇と側近達、そして神様達に囲まれ、注目を集めた伊佐治は瞼を開いた。

「鞘よ、来い!」

 気合とともに剣を突き上げる伊佐治。ゴッと魔力が立ち上がる!


 が。


 シーン………。


 剣を突き上げたまま固まっていた伊佐治だったが、あまりの反応の無さにフッと構えを解いた。

「………やっぱり、無理だったな」

 伊佐治はそう(わら)った。俺達も『まあそうだよな』と諦めムードになった。が、サルーファスは動画撮影を()めない。

 と、風の神様がなんかブツブツ言ってるのに気付いた。なにを言ってるのかと注意すると。


「………来てる。来てる。来てる!」「来い来い来い!」「よし! よしよしよし!」

 次第に声が大きくなる風の神様に、周囲も再び期待を取り戻していった。

「よし! 海を越えた!」風の神様の叫びに「おおおおお!」「わああああ!」と歓声が上がる。風の神様と眷族達が興奮からか補助のためか踊り出す。

「来るぞ!」「もうすぐだ!」「来い来い来い!」

 風の神様達の舞い踊りと囃し立てる声に他の神様達も調子を合わせる。

「来い来い来い!」

「「「来い来い来い!」」」

「来い来い来い!」

「「「来い来い来い!」」」


 お祭り騒ぎに呆然としていた伊佐治だが、ハッと立て直し剣を突き上げた。

「来い!」

 伊佐治の叫びに呼応するかのように剣から魔力がドッと立ち上がる。次の瞬間。


 ドン!

「「「わああああ!!!」」」

 雷が落ちたような衝撃と同時に神様達の歓声が上がる。

 伊佐治が頭上に突き上げていた剣に、見事な鞘がはまっていた。


「ぱぱのけん!」「さやついた!」「かっちょいい!」大興奮のレイ。つられているのかマコに抱かれたトモも興奮して暴れている。

 当の伊佐治はどこか呆然としていた。それでも腕を下ろして鞘に納まった剣をじっと見つめていた。

 どこか感極まったような、興奮しているような伊佐治。口がわずかに震えている。


 そんな伊佐治に構うことなく神様達が突撃した。

「見せろ!」「おお! 素晴らしい!」「これで抜刀してみせろ!」

 散々に迫られ、伊佐治が抜刀する。「おおおおお〜!」と再び大歓声。レイもトモも「かっちょいい!」と大興奮。


 そのままの勢いで剣舞を披露した伊佐治。奉納された剣舞と魔力に神様達は大喜び。

 神様達のテンションが上がったせいでこのへん一帯の魔力がまた上がった。神気も満ちて、ほとんど神域に成っている。いいのかこれ? 色々大丈夫か?

 そう思ったが、まあただの人間の俺が気にすることじゃないかと思い直し放っとくことにした。


 剣舞を終えた伊佐治は鞘に納まった剣を帯に差し入れ、深々と拝礼した。

「すべて皆様方のおかげです」

「感謝してもしきれません」

「ありがとうございます」


「特に風の神様とご眷族様方におかれましてはご助力いただきありがとうございました」

「皆様方のご助力なしには鞘を戻せませんでした」

「ありがとうございました」


「どのように御礼申し上げればよいか…」

 頭を下げたまま動かなくなった伊佐治。そこに目を潤ませていたリディがレイを抱いたまま駆け寄った。

 伊佐治の横に並び、同じように頭を下げた。

 リディを隣に認めた伊佐治が少しだけ顔を向けた。が、すぐに頭を深く深く下げた。


「れいからも、おんれーもうしあげましゅ!」

「ぱぱのけん、もどしてくれて、ありがとじゃいましゅ!」

 リディの腕から抜け出したレイがすっくと立ち、神様達にペコリと頭を下げた。


「よいよい」「我らも楽しませてもらった」「また剣舞を奉納せよ」「リディも歌を頼むぞ」

 口々にお応えくださる神様達に、伊佐治とリディはさらに深く頭を下げた。


 そんな姿を見ていたら、俺もなにか御礼をしたくなった。特に風の神様に。風の神様達が手伝ってくれなかったら伊佐治の声が届かなかっただろう。

 なにがいいかな。風……風……花吹雪とか……?

 うーんうーんと考えていて、ふと、思いついた。


 そうだ。ちょうど新年になるし、(たこ)揚げしたらどうだろう。『御遣い様』こと新井太助は自国の文化はあまり広めていない。他が忙しくてそれどころじゃなかったのかもしれないが。

 風に乗せて遊ぶ凧なら、風の神様達にも喜んでもらえないだろうか。

 あ。ランタンを飛ばす国もあったな。あれもいいかも。綺麗だし。ちょっと試しに作ってみるか。



   ◇ ◇ ◇



 この『世界』は魔法が当たり前にあるせいで、自然科学分野の利用があまり進んでいない。家電は魔力を使った魔導具だし、物やひとを運んだりするのも魔法に頼っている。それはそれで便利だし問題ないんだが、だから逆に凧みたいな自然の力を使ったものが少ない。子供向けの、蝶や妖精の形に切り抜いた紙を魔法で飛ばす遊び道具はある。他にも魔法を使ったあれこれはある。が、意外にも紙飛行機とか凧はなかった。

 だからこそ神様達も珍しがるんじゃないかと思うんだが、どうかな。


 解散してからサルーファスに頼んで材料を集めてらう。普通の凧はすぐできた。試しに飛ばして微調整をする。その段階でも風の神様や眷族達が「なにそれ!?」「おもしろい!」と喜んでつきまとってきた。喜んでもらえたならよかった。


「なんですかそれは!?」サルーファスまで釣れた。解説したらポーランが飛んで来た。

「母国の正月定番の遊び」「書いてあったろ?」

 太助の望郷ノートには凧揚げも羽根突きも書いてあった。翻訳してたときはザッとイラスト解説しただけだった。他にも翻訳しないといけないものがあって忙しかったから。それを実演しているとあってポーランだけでなく他の学者達まで来た。


 何故か凧作り教室を開くことになった。四角や三角や大きいのやちいさいの、いろんな凧を作り、絵心のあるヤツに絵を描いてもらう。飛ばし方の指導もし、練習を重ねた。

 ついでだと連凧も挑戦。風の神様達が大喜び。空を舞う連凧の周りで楽しそうに飛んでいた。


 同時にランタンも試作。これはサプライズにしたいから室内で実験。重さやバランスを検討し、火事にならないよう配慮し、落ちた先で迷惑にならないよう自然に還る素材を使い(最終的に魔法で回収することになった)などと工夫を重ねた結果、なかなかのものができた。


 サルーファスに頼んで人手を手配してもらい、大量作成する。無地でもいいが、せっかくなのでトリアンム教のシンボルである五弁の花と、風の神様のシンボルを紙に印刷してもらう。

 伊佐治とリディが風の神様やその眷族をはじめとして神様達への感謝をランタンひとつひとつに書いていった。それを見た神官達も一緒になって願い事や感謝を書いていく。おお。なんか祭りっぽいな。



 そうして新年を迎えた。

 一日目の昼。大教会の広場で凧揚げをした。神官達が凧作りブースを作り凧揚げの指導をし、参拝客も凧揚げに親しんだ。「『御遣い様』の故郷の新年恒例の遊び」と銘打ったからか、先にやっていた神官達が楽しそうにしていたからか、けっこうな参加者が凧揚げを楽しんだ。風の神様も眷族の皆様もたくさんの凧に喜んでおられた。

 連凧は俺しか飛ばせなかった。大凧は伊佐治が力技で上げた。どちらも神様達にも参拝客にも喜ばれた。


 五日間の新年期間中毎日凧揚げをした。ついでにとコマ回しと羽根突きと福笑いも伝えた。カルタは文字教育のために太助が伝えていた。飴を受け取り凧を揚げ、今年は例年よりも多くの参拝客が来たという。多くの祈りが捧げられ神様達は大喜び。多くの寄進やお賽銭があり教会関係者も大喜び。もちろん参拝客も喜んでいる。よかったよかった。


 新年期間最終日にあたる五日目の夜。神様達に「もろもろの御礼です」とお伝えしてランタンを空に放った。風の神様と眷族の皆様だけでなく、どの神様達にも喜んでいただけた。

 神官達の協力によりかなりの数のランタンができていた。それを次から次へと飛ばす。外国の有名なお祭りにも匹敵する見事な光景に、神様達も教会関係者も大喜び。事前にサルーファスがあちこちに周知していたこともあり、市民も喜んでくれた。



   ◇ ◇ ◇



 東大陸中央都市で新たに行われた新年行事は話題になり、世界中から問い合わせがあった。らしい。

 仕事のデキるサルーファスが先導し、記録写真と動画を撮っていた。それをまとめたものをあちこちに披露したとかで、来年以降も行われることが決定した。

「観光客も期待できます!」「さすがヒデサト様!」


 デキるサルーファスはリディアンム商会経由で凧とランタンの販売を計画していた。教会に来て奉納するシステムも。

「他の時期にもやりたいですが、頻繁にやるとありがたみが減りますから」「新年限定にすべきでしょうね」

 そういうサルーファスについうっかりお盆の灯籠流しの話をしてしまった俺。当然根掘り葉掘り聞かれ作らされた。太助のいたときの京都にはなかった風習だから『御遣い様』のノートにはなかった。作りは簡単だからすぐできた。この『世界』にも日本のお盆に該当する行事があるので「そのときにやります!」とサルーファスが張り切っていた。



 そのサルーファスが伊佐治の剣をえらく気にしていた。職人を何人も寄越して剣を調べさせていた。伊佐治は基本気が良いので好きに調べさせていた。

 まさか『こちら』の二月末にあたる『武勇の神様の祭日』に合わせて『勇者様の宝剣レプリカペーパーナイフ』『勇者様の宝剣形しおり』を売り出すとは。『勇者様の宝剣形御守り』をラインナップさせるとは。


 魔王と邪神を討伐したのは俺で、そのときの剣は定兼なんだが、いつの間にか伊佐治がコゥボルトゥで討伐したことになっていた。俺が逃げ回ってたせいなんだけど、それ、いいのか?


「ご不満でしたら訂正しますが」

「問題ないならそのままで」

「問題しかねぇだろうが」


「だって俺、表に出たくないし」

「俺はいいのかよ」

「イサジ様はもうすでに新年のお披露目で出られたじゃないですか」「聖女様の夫であり『あらたな神』のお父上なのですから! ジャンジャン表に出てください!」

「まだ『夫』じゃねえよ」「たく、おまえらは」「仕方ねぇなあ」



 伊佐治が魔剣とその鞘を呼び寄せたとき、流れ星のように高速で駆けつける剣と鞘を目撃したヤツが案外多くいた。西大陸でも東大陸でも「あれはなんだ」「もしや不幸の兆しでは」と騒ぎになったため、新年の挨拶のときに大法皇がちょろっと明かした。

「年末にあった流れ星は『あらたな神』様のお父上になられた御方の愛剣」「聖女様の危機に異世界からお越しくださった勇者様御一行のおひとりの愛剣が、(あるじ)のもとに馳せ参じたもの」「勇者様によりこの『世界』の魔王と邪神は滅びた」「あらたな年はあらたな『世界』のはじまりである」


 例の『リディを主役にした恋愛小説』は世に広く広まっていた。その読者には「聖女様と結ばれたお相手」のことだとすぐに理解できた。

 なので、最初は「不幸の兆し」とか言われた流星は「幸運の象徴」と言われるようになった。

 運よく剣と鞘の移動を目にした者は「見た!」と自慢し、どんどん話に尾びれ背びれがついていく。

 そこにサルーファスが『勇者様の宝剣シリーズ』を投げ入れた。そりゃあもう飛ぶように売れ、すぐに欠品。『幻の品』とまで言われ、リディアンム商会関係者とサルーファスがうっはうっはと喜んでいた。


 仕事のデキるサルーファスなので、利益の一部をちゃんと伊佐治に渡していた。「いらねえよ」断ろうとした伊佐治にサルーファスは告げた。


「これでリディ様とイサジ様のお揃いの衣装を作ってください」「結婚式の衣装はリディアンム商会の利益からだして現在準備中ですが、披露宴の衣装がまだです」「ついでに神様方へ奉納するときの正装も作ってください」「できればレーイダーン様もおふたりとお揃い衣装が欲しいですね」


 そう言われたら伊佐治には断れない。サルーファスの紹介でリディと衣装の打ち合わせをし、注文した。もちろんレイのぶんも。衣装だけでなくアクセサリーも下着も小物も、と注文品はどんどんと増えた。


「マコト様もリディ様とお揃いの衣装を作られてはいかがでしょう」

 サルーファス。おまえ天才か。


 というわけでマコと俺の衣装も注文。それならついでにとウチの連中全員の衣装を仕立てることになった。

 なんかサルーファスに()められてないか? 掌の上でころがされてないか??


「リディとお揃いなんて、うれしい!」「ヒデさんありがとう!」

 マコが喜ぶならまあいいか。


 伊佐治の衣装は剣帯をつけ帯剣するの前提のデザインになった。今後も稼ごうというサルーファスの考えが透けて見える。


 その魔剣は毎日伊佐治が型をさらい魔力を注いでいる。三百年ぶりに(あるじ)と定めた剣士のもとに戻れて剣も鞘も「とっても喜んでる」。

 そう話してくれたのは定兼。同じ剣の付喪神(つくもがみ)として意思疎通ができるらしい。

「もう数十年したら完全に付喪神(つくもがみ)になれるんじゃないかな」

 付喪神(つくもがみ)の定兼によると、伊佐治の剣と鞘は三百年ずっと伊佐治のことを想っていた。長く想い続けたことで付喪神(つくもがみ)になりかけていると。

 思いもかけず付喪神(なかま)に出逢えた定兼も大喜び。しょっちゅう伊佐治の剣に話しかけている。剣のほうも定兼が色々教えてやるのがうれしいらしい。嫌がる素振りはみえない。


 そんなこんなで賑やかな新年を過ごした。

 その間にも麻比古とふたりの冒険者は次の場所に向け進んでいた。



   ◇ ◇ ◇



 新年が明けてしばらくして。

 依頼二か所目。山小屋を管理している大叔父のところに麻比古達が到達した。


 大叔父のところに麻比古を連れて行ったことで冒険者ふたりの依頼は完了。報告書にサインをもらい、数か月共に旅をした麻比古と抱擁を交わし惜しみながらも別れた。


 大叔父の管理する山小屋に転移陣を設置させてもらい島に帰還した麻比古。打ち合わせたことを報告してくれた。


 大叔父からリディの両親に向け連絡を送った。元々数日後に山小屋訪問予定だったので、その日に合わせてリディと会いたいと。


 指定された日はリディの高位神職試験の二日後だった。「その日なら」とリディも了承。麻比古があちらとこちらを行き来して調整を重ねた。


 リディの試験は合格。無事高位神職の資格を獲得。翌日には大法皇から直接最上位の解呪魔法を教わった。

「これでイサジさんを助けられる!」リディは張り切っている。「両親との面会が終わったらすぐに解呪に向かいましょう!」


 そうは言っても、伊佐治が隷属印を刻まれた現地に向かい、当時のことを覚えているモノを探し、その中でも伊佐治に刻まれた隷属印の『条件』を覚えているモノを探さなければならない。うまくいけばいいが、最悪『条件』を覚えているモノが誰もいないことも考えられる。

 リディにそう話し「あまり期待しないほうがいいよ」と言えば、わかりやすくしょんぼりした。


「そうですよね」「それでも」

 が、リディはすぐに再起した。

「それでも、可能性はゼロではありません」「(わたくし)は私にできる限りのことをやるだけです」


 グッと拳を握るリディ。強い子だなと改めて感じた。

「無茶すんなよ」そんなリディに伊佐治は困ったように笑いかけた。

「リディが無茶して体調崩すほうが俺はかなしい」「俺は別に解呪できなくても構わないんだからな」「それよりもリディのほうが大事なんだから」


 やさしい眼差しに見つめられ、机の下で手を握られ、リディが頬を赤く染める。だが伊佐治よ。それは制止にはならないぞ。(かえ)ってやる気に火を注いでいるぞ。


「じゃあうまくいくように、れいがおいのりする!」

 椅子に座っていたレイがガバリと立ち上がり机によじのぼり、真ん中で仁王立ちになった。両手を挙げバンザイのポーズになり、クネクネと不思議な踊りを踊り出した。

「こううんを〜」「こううんを〜」「うまくいけ〜」「うまくいけ〜」おかしな祝詞(のりと)? を口にしながらひとしきり踊り、最後に伊佐治とリディに向け両手を突き出した。

「ぱぱのれーぞくいん、なくなりますようにー」「うまくいきますようにー」


 ……………レイの手のひらからふたりに魔力が注がれてるんだが。これ『加護』だろ。こんなちび神でも加護を授けられるとは。ちびでも神ということか。


『神の加護』を授かったふたりは『運気上昇』を付与された状態になったと言えるだろう。これなら運良く物事が進むか?



   ◇ ◇ ◇



 リディの両親との面会日。

 麻比古の合図に、全員で転移した。


 転移した先は大叔父の管理する山小屋のリビング。突然現れた俺達に目の前に並んだ全員が目を丸くしていた。


 こちら側はレイとトモも含む全員。あちらはリディの両親と大叔父夫妻の四人。側近も護衛もなし。そして四人全員が平民にしか見えない素朴な服装をしていた。


 両親も大叔父夫妻も、本物のリディを目の前にし無事を喜んだ。お互いに自己紹介をし、リディから事情説明。両親からは王子との婚約は白紙になっていること、伊佐治との『結婚を前提としたお付き合い』も『結婚』も「祝福する」と認めてもらった。


 先日面会した姉夫婦から両親と大叔父夫妻にある程度の情報は伝わっていた。今回の話し合いはその真偽の確認がメイン。俺達と面談し「嘘はない」とわかってもらい納得してもらえた。よかったよかった。


 リディが『聖女』と呼ばれ扱われていることを両親達も知っていた。姉夫婦からの情報もだが、リディの母国にもサルーファスの息のかかった東大陸中央大教会の神官達が滞在しているし、リディアンム商会の息のかかった商人も入っている。例の小説も広がっている。


 そして両親は現在のリディの母国の状況を教えてくれた。


 なにも知らない一般市民は『聖女様の母国』として自国に誇りを持つようになった。リディが支援していた孤児院や教会は「聖女様が昔からご支援くださっていた」ことを誇りとし、「やっぱり!」「あの方は素晴らしい方だと思っていた!」とドヤっている。

 リディが『イザーディアス将軍』にハマった結果恩恵にあずかった人々も「あの方は幼い頃から目の付け所が違った」「やはり素晴らしい方だった」と得意げにしている。


 一方で、リディのことを「足りない王女」とバカにしていた連中は肩身の狭い思いをしている。


 リディの同年代は、例の侍女(今は隣国の王子妃)の暗躍により、リディのことをずっとバカにして(さげす)んでいた。

 ところが例の小説により真相が明らかになった。「宰相の娘が暗躍して聖女を(おとし)めていた」と。

 東大陸関係者からも同様の話が流れてくる。同時に「聖女様のおかげで東大陸に恵みがもたらされた話」も。


「もしかして自分は、自分達は、間違ったことをしていたのではないか」ようやくそう思い至った若者達。親世代、祖父母世代に探りを入れた。そしたら出るわ出るわ、王女の功績が次から次へと。

 しかも知らないうちに自分達もかなりの恩恵を受けていた。在学中のあれもこれも、それもこれも、『宰相の娘のおかげ』と思っていたものはすべて王女のおかげだった!


 ようやくあれこれに気付いた若者達。「王女に謝罪を」と言う者もいれば「王女に合わせる顔がない」と言う者も。そして一部の者は「聖女になった王女から報復されるのでは」とおそれている。つまりは『報復されるだけのことをした自覚がある』ということ。


 ちなみに、リディの一歳歳下の弟も『反省している側』。年齢が近いがゆえに宰相の娘の()いた話をがっつり聞かされ、若いがゆえにあっさり信じてしまった。


 これまでは不貞腐れた態度を取ることだけで反抗を示していたが、周囲からは「思春期だから」と判断され生温く見守られていた。

 ところがこのたび諸々判明し、自責の念に打ちひしがれた弟。あまりのつらさに兄に自白した。これまで姉をどう思っていたか。なにをしてなにをしなかったか。


 結果、武闘派の兄にがっつり説教され絞られ、現在は「軍で性根を叩き直せ」と一兵卒として放り込まれている。

 弟王子はもうすぐ大学卒業予定だった。が、さっさと試験を受けさせ大学を卒業させた。そして表向きは「大学院で研究を続けている」ことにし、年明けから平民の身分で陸軍にぶち込まれている。


「弟もこの山小屋で根性鍛えたんじゃないのか?」

『なのに騙されてたのか』つい呆れが漏れた俺に、両親と大叔父夫妻はにっこりと微笑んだ。


「ええ。ですので、平民用の兵舎での生活も問題ありません」

 ドスの効いた笑顔にお怒り度合いが透けて見える。弟の状況は推して知るべしだな。


「あの子のことを見抜けなかった私達も悪いのです」母親が「ごめんなさいねリディ」と謝罪する。

「いえ。仕方のないことかと」「私も見抜けませんでしたし」「彼女はかなり狡猾に動いていたそうなので」


 そうして「イサジさんが神様方から伺ったそうですが」と神様達が俺達にぶちまけた話を披露した。



 リディの姉夫婦との面談を終えたあと。「リディの功績が『なかったこと』にされている」と知った伊佐治が、俺達を集め相談を持ちかけてきた。

「リディに『これまでなにをされてきたのか』を話そうと思う」「どうだろうか」と。


 知らなければリディは綺麗な世界で生きられる。けれどそれではリディはいつまでも(あなど)られたままだ。リディの名誉を回復するためにも、リディの功績を知らしめるためにも、なにがあってどう(おとしい)れられてきたのか知るべきではないか。

 自分がリディを護ることはきっとできる。リディになにも知らせず報復することも自分ならばできる。けれどもし万が一それをリディが知ったら。『自分のためにイサジさん()が報復した』と知ったら。そのほうがリディは傷つくんじゃないだろうか。

 それにリディは見かけによらず案外たくましい。さらに王女として育てられただけあって、上位者らしい客観的で冷静な判断ができる。

 それならリディに本当のことを伝え、一緒に対処するほうがいいんじゃないだろうか。


 たとえ話をすることでリディが傷つきかなしんだとしても、自分もマコもレイもいる。きっと今のリディなら清濁併せ呑んで乗り越えることができると思う―――伊佐治はそう言った。



 あれはどうだ、こうなったらどうする、色々に話し合い、年が明けてリディの両親と面会が決まったときにリディに色々打ち明けた。

 予想通りリディはショックを受けていた。が、表面上はそれを見せず、冷静沈着に質疑応答を重ねた。

 その後、リディは伊佐治の部屋で長いこと話をしていた。いつもは別々のそれぞれの部屋に戻るのに。

 いつもはリディにくっついているレイがその夜はトモにくっついて俺達の部屋で過ごした。


 翌朝のリディはいつも通りのリディだった。もちろん伊佐治も。ナニをシたのか、どんな話し合いがあったのか、まったく察することができなかった。元とはいえ特級退魔師のこの俺が。


 ともあれリディは伊佐治に支えられ、またひと回り強くなった。

 そうして高位神職の試験を受け合格し、両親および大叔父夫妻との面会に臨んだ。

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