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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』35

 四月にこの『世界』に『跳ばされた』俺達。

 思いもかけず長居をしている。


 一か月目。生活拠点を整えた。


 二か月目。島の全容を明らかにした。ついでに魔王と邪神を討伐した。


 三か月目。交易を求めて島を出た。


 四か月目。東大陸に上陸。図書館に入り浸り東大陸生活を満喫した。


 五か月目。ポーランに出会い中央教会に連れて行かれ『御遣い様』の遺した文書の翻訳をすることに。マコは転移陣と隷属印の研究。成果が現れ『聖地復興プロジェクト』が発足した。


 六か月目。トモの一歳の誕生日の翌日、レイが顕現。伊佐治とリディが結婚を前提としてお付き合いすることになった。

 伊佐治の隷属印解呪にチャレンジしては失敗。

 翻訳作業がきっかけで『俺達の世界』の料理を作るプロジェクトが立ち上がり、久十郎と暁月はそちらに。そのせいで麻比古のストレスが増えた。

 完成した料理の試食会は大盛況。サルーファスが一般に広めるよう動いた。


 七か月目。料理や道具類を広めるために商会を立ち上げることに。様々な調整の結果、リディアンム商会が立ち上がった。とはいえサルーファスに丸投げなので俺達はそこまで忙しくない。

 約二か月かかったが翻訳作業はひとまず終了。あとはポーラン達が辞書作ったりまとめたり研究論文書いたりする必要があるらしいが俺は関係ないからお役御免。やっと解放されたと思ったのも束の間、サルーファスに捕まってあれこれ道具類やらなんやらを作らされた。反対に『こちらの世界』の道具類を紹介してもらい有意義な時間となった。

 隷属印について神々からの見解をもらい、リディが高位神職になるための修行をはじめた。同時に西大陸へ行くために動きはじめた。



   ◇ ◇ ◇



 西大陸行きを本格的に実行することになったのはリディアンム商会が正式に立ち上がった数日後。俺達がこの『世界』に来て七ヶ月半が過ぎていた。


 サルーファスが「リディアンム商会の船に乗せてもらえば」と言ってくれたが、どれだけ早くても二か月はかかる計算。

 なので、俺達独自に移動することにした。


 俺達の島から進んだところにある、交通拠点となる大きめの島。そこから西大陸直行便が出ている。

 その大きめの島へは転移陣を仕込んでいるので一瞬で移動できる。そこから西大陸直行便で西大陸に行き、転移陣を設置しながら伊佐治が隷属印を刻まれた場所を目指すことになった。

 誰が行くか話し合った結果、久十郎に決定。久十郎なら高速飛行で移動できる。麻比古が狼になって駆けてもいいが、たとえ隠行を取ったとしても街道を狼が走るのはマズいだろうと久十郎になった。


 その久十郎が最初の島に転移した日のこと。


 慎重派の久十郎は情報収集の重要さを知っている。なので船に乗り込む前に冒険者ギルドを訪れた。情勢に問題はないか。航行に問題はないか。そんな話を聞こうと受付にギルドカードを出した。

 すると名前を確認した受付係から「あなた達に会いたいと待ってるひとがいる」と聞かされ、そのままギルドで待っていた。


 ギルド職員の連絡を受け飛んで来たのは、リディの手紙を託した二人組の冒険者だった。

 

 久十郎も俺と暁月と一緒にリディの手紙を依頼するときに同席していた。

 あれから五か月ちょい。無事にリディの手紙を届けたことを報告すべくこの島に戻ってきたと。律儀なことだな。現地の冒険者ギルドでも完了報告は済んだのに。


 夕食後の久十郎からの報告にそう言えば「完了報告だけじゃないんだ」と返ってきた。


 リディの手紙を託した冒険者ふたりは、二か月ちょいかけてリディの大叔父のところへたどり着き、リディからの手紙を手渡した。

 手紙に込められた魔力で親しい者には「本人からの手紙」とわかる。行方不明になっていた大姪(おおめい)の手紙に大叔父とその妻は驚き、涙を流して無事を喜んだ。ふたりの冒険者を引き止めどんな様子か根掘り葉掘り聞いた。どこで会ったのか依頼の経緯を話し、「お元気そうでした」「強そうな、頼りになりそうなひとが一緒でした」と話し、「これから東大陸に行くと言っていた」と明かした。

 リディが手紙にも書いていたし、聞かれて当然の質問だから開示の許可は出していた。


「これで仕事は終わり」完了報告書にサインをもらい安心した冒険者ふたり。が、これで終わらなかった。


 大叔父から連絡を受けたリディの両親と兄が山小屋に飛んで来た。そこでまた同じ話をする。姉がいるという国へ行くよう依頼され姉に会い同じ話をする。両親と兄も、姉も、リディのことを「とても心配していた」「無事なことをとても喜んでいた」。

「どうにかリディに会いたい」「無理なら助けてくれたであろうひとに会いたい」「けれど自分達は国から離れられない」

 そこでふたりの冒険者に依頼をした。「リディ本人、もしくは同席したひとを連れてきて欲しい」「無理ならばせめてこの手紙だけでも渡して欲しい」


 そうしてふたりの冒険者は、いくつもの手紙を持たされた。

 真面目なふたりは誠実に依頼を果たそうと考えた。「東大陸に行く」と言っていた。じゃあ自分達も東大陸に行こう。けれど東大陸は広い。東大陸のどこに行くかは聞いていない。それならあのひと達がたどったであろう道を進んでみよう。あちこちで聞き込みをしていけばどこかに目撃情報や冒険者ギルドでの依頼達成情報があるだろう。ひとまずは出会った島まで戻ろう。


 そうして数日前に島に上陸。冒険者ギルドに達成報告をしたあと事情を話し「もし顔を出したら教えて欲しい」と頼んでいた。そこにたまたま久十郎がギルドに顔を出した。


 あと数日は東大陸へ渡るための準備で島に滞在するつもりだったふたり。久十郎と面会し、互いの事情を話した。タイミングの良さに感謝し、リディ宛の手紙を久十郎に渡した。


「できれば自分達と一緒に西大陸のご家族のところに行って欲しい」「自分達が通行手形代わりになるらしい」

 突然「紹介されて来ました」と言っても信用ならないと。たとえ紹介状を持っていてもそれが他人から奪ったものではないという保証はない。だからこそ顔を合わせ信頼を寄せたふたりの冒険者に連れてきて欲しいと。

 あんな家訓を受け継ぎ守っている一族だけあって、どこまでも疑り深いらしい。


 だが説明されれば疑り深くなるのも当然と言える。どのたとえも無い話じゃない。

「一旦持ち帰り仲間と相談する」と別れた久十郎。「どうする?」と問いかけてきた。


 リディ本人は高位神職の修行をはじめたばかり。「今は修行を優先させたい」と言う。

 暁月は料理研究で忙しい。久十郎が西大陸ルート開拓のために抜けたので暁月はさらに忙しくなった。

 俺は俺で毎日サルーファスや研究者技術者につかまっている。この状況で抜けたらサルーファスのツノが伸びちまう。


「じゃあ久十郎が同行するか?」「どうせ目的地は同じだし」

「だが飛ぶことで通常よりも高速で進める久十郎だから西大陸ルート開拓を託したのであって、通常速度で移動するなら久十郎が行く必要はないだろう」

「それなら久十郎は料理開発に残して欲しい」


 喧々諤々(けんけんがくがく)の話し合いの結果、麻比古が冒険者ふたりに同行、久十郎は当初の予定どおり西大陸ルート開拓を進めることに決めた。

 伊佐治はレイの護衛がある。定兼はなにかあったときのために俺のそばにいて欲しい。マコはダメ。俺のいないところで男と旅なんて、許せるわけないだろう。


「それなら俺が行こう」麻比古が名乗り出てくれた。

「リディが修行にかかるようになって、マコとトモはヒデと一緒にいるだろ」「それなら俺が護衛についていなくても大丈夫だろ」「定兼も伊佐治もレイもいるんだし」「ご家族と面会できるとなったら転移陣で来たらいいだろ」


 ということで、翌日。久十郎が麻比古を冒険者ふたりに紹介。念の為にリディからも紹介状を書いてもらった。

「俺達の仲間」と信じてくれた冒険者ふたり。麻比古とすぐに意気投合し、三人で楽しく移動している。


 麻比古もレイが顕現してからずっとストレスにさらされていたのが物理的に離れることができ、気の良いふたりと楽しく旅ができて、すっかり元気を取り戻した。定期的に送られてくる連絡札からは生き生きした様子がうかがえる。よかったよかった。


 麻比古と冒険者ふたりが楽しく進んでいるのに対し、久十郎は高速飛行でガンガン進んでいる。久十郎は久十郎で「最近はここまで思いっ切り飛ぶことはなかったから気持ちいい」と満足げ。毎日毎日飛行速度や飛行距離を更新しようと張り切っている。


 そのおかげで西大陸に設置する転移陣はどんどん増えている。サルーファスにも情報を共有し、『聖地復興プロジェクト』の教会関係者を送り届けている。


 有能なサルーファスなので、いきなり訪問するようなことはしない。まずは普通の宿屋に宿泊し、そこを拠点として有力者や関係機関に来訪したい旨を手紙で知らせる。数日して先触れの人間をやり最終日程調整をかけ、それから教会関係者を訪問させている。手紙を出して訪問するまでの間は現地の情勢その他を調査。同時にあちこちに根回しもする。そうやって『聖地復興プロジェクト』の拠点を作り活動する。


 いくつもの町でそんなことをし、問題なく受け入れられ、活動をする東大陸中央教会関係者。『聖地復興プロジェクト』だけでなく、マコ主導の『リディを陥れた王子と侍女にザマアする計画』も進めている。


 俺達がこの『世界』に来てもうじき九か月。『御遣い様の再来』『勇者様』『聖女様』の話は東大陸中央教会では広く知られ、リディと伊佐治の恋を描いた小説は大ヒット。西大陸に派遣される神職達は当然リディの味方で、王子と侍女へ不満が向くよう嬉々として動いてくれた。


 その甲斐あってか、王子と侍女――今はもう妃だったな――は、じわりじわりと責め続けられている。神様達もマコも大喜び。


 西大陸の東端の港からはリディアンム商会の商人達が商品と共に噂を広げ。西端からは久十郎の転移陣でやって来た教会関係者が小説と共に噂を広げ。徐々に徐々に王子の国へと迫って行った。



   ◇ ◇ ◇



『こちら』の年末に当たるある日。

 ようやく麻比古とふたりの冒険者が最初の目的地に到着した。


 久十郎の転移陣はすでに伊佐治に隷属印を刻んだ場所にも、リディの母国にも王子の国にも設置されている。それを越えてさらに東へも進み、結局西大陸東端にまで到達した久十郎。北へ南へと飛び回りながらだったのに東端までたどり着くとは。

「少し調子に乗りすぎたな」いつも冷静沈着な久十郎がめずらしく照れ笑いをしていた。

 どうも思いっ切り飛ぶのが楽しかったらしい。で「つい調子に乗った」とかで、俺達の予想よりもかなり早く西大陸を制覇してしまった。


 片や麻比古は普通の冒険者ふたりのスピードに合わせての移動。縮地のできる俺達から見たら「のんびり」としか表現できないスピードなので、なかなかに時間がかかった。


 約一か月半の旅程を経てたどり着いたのはリディの姉が嫁いだ国。リディの母国よりも西に位置しているので、両親よりも大叔父よりも先に面会となった。


 冒険者ふたりが通行手形代わりとなり、麻比古と面談したリディの姉。薬師ギルドに所属する薬師として冒険者ギルドの面会室に現れた。護衛として夫を連れて。

 互いの自己紹介が終わるなり姉は麻比古に頭を下げた。麻比古が恐縮して困り果てるくらいに感謝してくれたらしい。


 先行した久十郎と神職達により『御遣い様の再来』『リディアンム商会』などがすでに伝わっていた。

「あれは妹のことか」ストレートに問われたので「そうだ」と答えた麻比古。ひとしきり盛り上がり解散になったタイミングで、姉にだけそっと耳打ちした。「リディに会わせることはできる」「ただし内密に」


「是非とも」即答した姉。「教会に行く予定がある」「そこで会えるか」こっそりと打ち合わせをし、面会日時と場所が決まった。


 面会場所はその国の大教会。王子と妃が教会に詣でることは珍しいことではなく、元々参拝が予定されていた。話を通していたそこの大教主の手引きで応接室に姉夫婦と麻比古が入り、人払いをしてから転移陣を設置。

「仮にも一国の王子妃を転移陣に乗せるわけにはいかない」とリディが主張し、麻比古の連絡を受け転移陣で移動した。もちろん俺達全員で。


「―――リディ!」

 突然現れた俺達に姉が息を飲んだのは一瞬。すぐにリディに駆け寄った。


「リディ! 本当にリディなのね!? 無事!?」

 肩をつかみ頬を挟み、あちこち確認しペチペチと触れる姉に、リディは困ったように微笑んだ。

「ご心配を「心配したわよ!」

 リディが全部言う前にかぶせてくる姉。さらに文句と説教をまくしたてる。なるほど。この姉がいたからリディは反論しない大人しい性格になったんだな。


 その勢いで姉はあれこれぶちまける。

「最初『消えた』って聞いたときには『ついにあの王子を見限って逃げたんだ』と『ようやく動いたか』って思ったのに」「『転移陣を起動させて』なんて」「『へんなところで好奇心旺盛なんだから!』って呆れたのよ」「それがなに!? あの馬鹿と愚物に嵌められたって!」「もう、お人好しなんだから!」「だから言ったじゃない!『あの女を近くに置くな』って!『さっさと罷免しろ』って!」「この馬鹿! お人好し! 呑気!」


 どこで止めたらいいのかと手をこまねいていたら「まあまあそのへんで」と男が姉を止めた。姉の夫と紹介されたこの国の王子だった。


「改めまして」妻を引き剥がした王子が俺達に頭を下げた。

義妹(いもうと)をお救いいただき、ありがとうございました」「また本日は本人に逢わせていただき、ありがとうございます」


 丁寧な挨拶に俺達も頭を下げる。改めて互いに自己紹介をし、リディから経緯が語られた。


 ちなみに転移してすぐにこの部屋に時間停止の結界を展開した。『むこう』ではできなかった術が『こっち』ではできる。ダメ元でやってみてできたときは喜んだ。が、すぐに伊佐治から「俺達の許可なしでの使用禁止」を厳命された。「こっそり使ってもわかるぞ」「勝手に使ったらメシ抜きだぞ」散々に脅され、これまでは使っていなかった。が、今回は逆に「使ってくれ」と伊佐治から頼まれた。

 込み入った話になること、王子夫妻がそんなに時間取れないことを配慮したものだった。さすが伊佐治。よく気が回る。


「時間は気にしなくていいよ」と最初に告げたときは驚いていた姉夫婦だったが、リディの話を聞くうちに時間のことは頭から抜けたらしい。姉は美しい顔に絶対零度の笑みを浮かべていた。が、話が進み伊佐治とレイが紹介されると「まあ!」と目を輝かせた。


「あのイザーディアス将軍しか頭になかったリディが! 婚約者の王子よりもイザーディアス将軍が好きだったリディが!!」「『現実の男性』と『お付き合い』なんて!」

「そ、それは「そのうえふたりで『あらたな神』の両親に選ばれるなんて! すごいわねリディ! ねえあなた!」

「そうだねえ」

「改めまして。レーイダーン(しん)様。リディの姉でございます」「どうぞお見知り置きを」

「あい!」「よろちく!」

「まああああ! なんて可愛らしいのでしょう!」

「あの、(ねえ)さ「私達も早くこんな可愛い子を授かりたいものですねあなた」

「そうだねえ」

「イサジ様も皆様も、ご存知かもしれませんが、このリディはそれはそれはイザーディアス将軍一筋で」「将軍のために隣国に嫁ごうというくらい、幼い頃から将軍一筋なんですよ」


 そうして、リディが『イザーディアス将軍』にハマったために生み出されたあれこれについて教えてくれた。イザーディアス将軍の姿や服装が知りたいと隣国の服飾史を調べ当時の鎧や武器を調べ、そのついでに自国のものも調べ、結果いくつもの失われていた技術が復活した。隣国で復活した布や刺繍は今では正装に欠かせない。自国ではいくつもの染料が復活した。鎧に使われた組紐も復活。「イザーディアス将軍が身につけていたものを自分も身近に使いたい」と工夫し、組紐を使った髪飾りを開発。今では立派な特産品となっている。

 イザーディアス将軍が身につけていた鎧の素材を調べ付与されていた魔法を調べ復活させた。その金属は軽量でありながら硬度もしっかりあり、母国の軍の装備に採用された。「自分でも使いたい」と工夫し、フライパンや鍋に転用。熱伝導率が素晴らしく料理人に喜ばれた。

 イザーディアス将軍が乗っていた馬を調べ馬具を調べ、日常使いできるものに転用。孤児院を支援していたと聞けば「自分も!」と孤児院を支援。子供達に教育の機会を与えていたと聞けば「自分も!」とさらに支援。

 とにかくイザーディアス将軍が大好きで尊敬してあこがれていた。そんなリディが復活したり開発したりした商品や仕組みがいくつもあると。けれどどれも始まりはあまりにもささやかで、リディの功績だと知るひとは少ないと。


 実務に関わった親世代以上はリディの功績をちゃんと理解して敬意を払ってくれるひともいるけれど、リディの同世代はそのすごさが理解できない。だから「足りない王女」なんて見当違いの悪口を言う。自領に富をもたらしたのが誰かも知らず。


「もったいない」「あの愚物が情報操作してリディの価値を貶めてたのよ」「本来ならもっと認められて褒められて当然なのに!」


 プンプン怒る姉にリディは困ったように微笑むだけ。これがいつものやりとりなんだとわかりすぎるほどにわかる。


「なんでリディは侍女さんクビにしなかったの?」

「表立った問題を起こしていなかったからですわ」


 マコの疑問にリディが口を開くより早く姉が答える。


「表立って悪口を言うことはない。そもそもわかりやすい悪口を言わない。明らかな職場放棄をするわけでもない。なので、罷免する理由がなかったんです」

「妹の予算を着服しているらしいという疑いはずっとあったのですが、肝心の証拠がつかめなくて」


 リディは基本素直で善良なので、証拠がないイコール『やってない』と信じようとしていた。が、姉は昔から「あいつ根性悪い」「リディを利用しやがって」と憎らしく思っていた。リディにも両親にも「あいつは追い出せ」「リディのそばに置くな」と何度も言った。けれど『宰相の娘』であり『高位貴族の娘』である娘を、明らかな罪もないのにクビすることはできなかった。


「私や母が『気に入らない』『不愉快』という理由で罷免しては、こちらの品格を問われてしまいますので」


「……………王族って大変なんだね……………」

「そうなのです。大変なのですよ」

 何故かリディではなく姉が答える。


「だからこそリディはイザーディアス将軍に傾倒してしまったのかもね」

「『信念ある正義のひと』だものね」

「は?」


 姉と夫の意見に、思わずといった様子で伊佐治が声を漏らす。が、姉は気付くことなく一方的に話を続ける。

「リディが散々イザーディアス将軍の話を聞かせたもんだから、私も覚えてしまって」「けどそのおかげで私、このひとと結婚できたのですよ」

「このひと、女嫌いで有名だったんです」「あちこちの王族や高位貴族の娘とお見合いしても全然興味なしで」「私とのお見合いでもつまんない顔で座ってたんです」

「『なにかお好きなことはありますか?』って聞いたら、私達を引き合わせた弟が『戦国武将が好き』って暴露して。『それならティンのイザーディアス将軍はご存知ですか?』と話を振りましたら途端に態度を変えて」「そこからはずーっとイザーディアス将軍の話で盛り上がって」「そのうちに他の話もするようになって」「私が『薬師続けたい』というのも認めてくれて」「それで結婚に至ったのですのよ」


「イザーディアス将軍は私達の『縁結びの神様』ですよ」夫が照れもなく言い切る。言われた伊佐治は顔が引きつっている。


「リディが『イザーディアス将軍大好き』になったからこのひとが私に心を開いてくれたのですよ」

「ありがとうリディ」笑顔を向ける姉にリディは黙って微笑みを貼り付けている。俺達も『イザーディアス将軍』について語るかどうか迷い、互いに目配せしていた。と、レイが姉に向け声をあげた。


「ぱぱが『イザーディアス将軍』だよ!」

「「……………は?」」


「ぱぱ、ほんとのなまえ、イザーディアス」「えらいかみさまのちからでちがう『せかい』にいたの」「ままを助けるためにかえってきたの」「ぱぱになってくれたの!」


 ポカンとする姉夫妻。仕方なく伊佐治が事情を話した。三百年前のイザーディアス本人であること。紆余曲折あって違う『世界』で六十年過ごしたこと。今回のリディのピンチに仲間ともども召喚されたこと。


 姉の夫があれこれと質問し、伊佐治は澱みなく答えていく。ときには訂正する。それで夫婦は目の前の妹のお付き合い相手がイザーディアス将軍本人だと信じた。

 姉の夫は大興奮。握手をせびり晩餐に招待した。握手には応じた伊佐治だったが晩餐は遠慮した。


「こんなことがあるなんて!」「まさに『神の奇跡!』」姉の夫はひたすらに大興奮。

「よかったわねリディ!」「まさかこんなことが起こるなんて」「ずっと好きだったひとと結ばれるなんて!」「おめでとう! おめでとうリディ!」大興奮の姉はリディを抱き締める。


「―――遅くなりましたが、この場をお借りして申し上げます」

 伊佐治が居住まいを正し、姉夫婦にまっすぐ向き合った。はしゃいでいた姉夫婦もピッと姿勢を正し、王子と妃の様相を作る。


「かつてイザーディアスと呼ばれていた男が、リディアンム ディ ラ ナイトランジェン嬢の姉上と義兄(あに)上にお願い申し上げます」

「あなたがたの大切な妹様を、私の妻として迎えることをお許しください」

「『名』を失った、なにもない男ではありますが、全身全霊をもって生涯をかけて大切にすると、誓います」


 男の俺が見てもしびれるほどのカッコ良さ。誠意ある態度に姉夫婦は興奮からか感動からか頬を染め、リディは真っ赤になって震えている。


「―――こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」

 リディの姉がにっこりと微笑む。優雅な笑みだと思った。


「どうぞ妹を『しあわせ』にしてやってくださいませ」

「おふたりが夫婦として結ばれることを、マグニズィアムヌの王太子ファスファラスと、その妻ベリリアンムが祝福致します」

 姉の言葉に続けて夫も言祝(ことほ)ぎをくれる。ていうか、王太子だったのか。えらいひとじゃないか。


 とにかく姉夫婦に承認をもらい、伊佐治もリディもホッとしたようだ。「ありがとうございます」とふたり並んで頭を下げ、見つめ合い微笑みあった。お似合いだなくそう。


「いつまでいられるの?」「城に寄って」姉も夫も引き留めにかかったがリディは首を振った。

「今がんばってることがあって、修行中なの」「麻比古さんが転移陣を使えるから、大叔父様のところも実家も、今回みたいに呼び出してもらう予定なの」


「東大陸の中央教会がかつての『聖地』を復興させようと今がんばっていて」

 その話は姉夫婦にも届いていたらしい。「知ってる」「聞いてる」とうなずいた。


「だから近いうちに簡単に行き来できるようになると思うの」

「そうなったら、またお邪魔させて?」

「そのころには私の修行も終わっているはずだから」


「絶対よ?」「約束よ!」姉に何度も念押しされてリディは笑顔でうなずいた。


「もうそろそろ帰らなきゃ」きりがないと踏んだらしい暁月がそっと声をかけてきた。時間停止をかけているから実際はいくらでも時間はとれる。が、長くなればなるほど名残惜しくなるだろう。いいタイミングで声をかけてくるあたりはさすが暁月。空気が読める。


 姉夫婦も名残惜しそうにしながらも了承した。

「せめてこちらの神殿に一緒に参拝することはできませんか?」姉が提案してきた。

「リディは今や『聖女様』で『あらたな神のお母様』なんでしょ?」「『聖女様が参拝くださった』っていうだけでも箔が付くから」

「イザーディアス将軍にお会いできた奇跡を神に感謝したいしね」姉の夫も言う。

「ほかのとちがみさま、ごあいさつ、したい!」レイまでそう言い出し、全員で神殿に参拝することになった。


 時間停止の結界を解除し、全員で応接室から出る。扉の前で待機していたここの教会関係者と姉夫婦の護衛達が増えた人数にギョッとしていた。


「こちら、東大陸からわざわざお越しくださった、『あらたな神』とそのご両親、そして『御遣い様』方である!」

 威厳ある声で姉の夫が紹介してくれる。さすがは王太子。声に説得力がある。全員がザッと膝をつき頭を下げた。


「大教主。皆様が神殿へご参拝くださる。案内を」

「ははーっ!」


 教会関係者は大喜びで案内してくれた。そりゃそうだ。サルーファスの教育を受けた東大陸教会関係者からあれこれと話は届いているだろうからな。


 全員で一番メインの神殿に参拝。なんと土地神様だけでなくあちこちの神様が来てしまった。しょっちゅう神様に会っている俺達はいつの間にか『視る』ことも『聴く』こともできるようになってしまった。が、まさか東大陸の中央教会以外でも『視える』し『聴こえる』なんて。


「こんちゃー」「れーいだーんれす!」「よろしくー」

 レイの挨拶を受けてくれ祝福をくれた神様方。リディに「よく来た」と喜び歌をせびられた。快く要望に答えるリディ。三曲歌ったところで伊佐治からストップがかかった。


 神様が集っているからか、リディの歌の効果か、神殿がえらく神聖な空気になってしまった。この教会関係者が涙を流して感動している。いいのかこれ?


「リディの歌を止めるならおまえもなんかしろ」ひとりの神様が伊佐治に無茶振りをした。

「そう言われましても」苦笑する伊佐治。

「剣でもあれば剣舞をご奉納するのですが、あいにくと今は持参しておりませんで……」


 定兼が『戻ろうか?』と目で問いかけたが『黙ってろ』と伊佐治に目で制された。

「なのでまたいずれ」「本日はこれにて失礼させていただければ幸いでございます」


 どうも伊佐治、三百年前の将軍のときも神事の勉強をしていたらしい。本人が言っていた。「戦闘後『場』を清めるのは将軍の役目だった」って。

 最近教会に出入りしていることで、俺達全員自然とあれこれ身につけている。イヤでも神様が(から)みに来るから覚えざるを得ないというか。

 だから伊佐治が奉納剣舞ができることを俺達全員知っていたが、これ以上引き伸ばされても困る。伊佐治の言うとおり、とっとと撤退しよう。


 そう思って黙っていたのに。


 姉の夫が爆弾をぶち込んだ。


「イザーディアス将軍の剣て、魔剣じゃなかったですっけ?」


「魔剣!?」定兼のテンションが一気に上がった。

「魔剣!?」姉の夫の声に跳ね、伊佐治につかみかかる定兼。「ぁ゙ー」と伊佐治は遠い目をする。


「どんなに離れていても呼べば手元に戻るって聞きました!」

「ホント!?」

 姉の夫も定兼もキラキラした目を伊佐治に向ける。


「昔はそうだったが」「もう無理だろ」「三百年前の話だぞ?」「そもそも俺は『名』を失った」

 伊佐治が色々言っていたが、定兼に「呼んでみて!」と押し切られた。


「………仕方ねぇなあ」「一回試すだけだぞ?」

 しぶしぶと言う伊佐治。「離れてろ」と指示され定兼が飛び退く。姉夫婦も、定兼も、リディも、レイも、教会関係者もキラキラした目で伊佐治を見つめる。ちなみに護衛は神殿の外。


 ひとつため息を落とし、伊佐治は瞼を閉じて精神集中をした。

 シン。空気が張り詰める。

 祭壇を背に、伊佐治は右腕を肩の高さに上げ、手を広げた。


「―――来い。コゥボルトゥ」


 一拍。二拍。三拍。―――変化なし。

 伊佐治がフッと(わら)ったことで詰めていた息を吐き出した。

 伊佐治は伸ばしていた腕を下ろし、ひょいと肩をすくめた。

「―――な? ダメだったろ?」「いくらなんでも三百年も経ってたら―――」

 そう話していたとき。


「―――きちゃ!」

 レイの叫びに続き、他の神様方も「来た!」「来たあ!」と喜びの声をあげる。ついには「わあぁぁあ!!!」と大歓声になった。

 なにが、と思ったそのとき。


 バァン! 閉じられていた神殿入口の扉が吹っ飛び、光の塊が飛び込んできた!

 あっと思う間もなくソレは伊佐治に突撃! 驚愕を張り付けながらも伊佐治は右手でソレを受け止めた。


 光が収まったとき、そこにあったのは一振りの日本刀。

 唖然として握る伊佐治にぴったりの寸法。見事な刀身。ゆるく立ち上がる魔力が歓喜を示す。


「「「わああああ!」」」神様方の歓声があがる。

「けん、きちゃ!」「ぱぱのけん!」「かっちょいい!」拍手するレイにつられたのかトモまで手を叩く。

「これが………『魔剣コゥボルトゥ』………。イザーディアス将軍の愛剣………!」

 リディも、姉の夫も理解するにつれ興奮が高まっている。

「奇跡だ」「奇跡が起きた」教会関係者は手を合わせ拝んでいる。


「……………俺を、覚えていてくれたのか………コゥボルトゥ……………」

 伊佐治のつぶやきに応えるかのように剣が淡く光った。伊佐治の目尻にも光が浮かぶ。

 ハッとしてまばたきでそれを散らし、伊佐治はニンマリと笑った。


「―――暁月。このあとまだ時間はあるか?」

「無くても都合つければいいわよ」


 明るく答えた暁月に伊佐治が目を細める。

「―――ならば、愛剣をこの手に戻していただいた奇跡に感謝して」「剣舞をご奉納致します」


 そうして見事な剣舞を披露した伊佐治。カッコ良すぎて言葉も出ない。なんだそのカッコ良さ。

 集まった神様方はやんややんやと大喜び。レイもトモも大喜び。リディと姉の夫は同じようなキラキラした顔で伊佐治を見つめていた。

 剣にまとわせた魔力が、一振りするたびに辺りに散る。キラキラと粒子になり漂う。銀河を従えたような伊佐治に目を奪われる。

 最後に剣を天に突き上げ、魔力を奉納。神様方は大喝采。大変にご満足いただきこの日の奉納は終わった。

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