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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』33

 この『世界』は京都と同じく多神教。なので、いろんな神がいる。


 最高神トリアンムはこの惑星全体の土地神という扱い。なのでこの惑星のどの場所も干渉できる。


 それぞれの場所にそれぞれの土地の神がいる。レイも土地神。俺達の島を守護する神として生まれた。

 土地神は普通、自分の管轄する土地から動かない。動けない。祠なり神殿なりに御神体が(まつ)られ、そこに宿る。レイはトモの情報をスキャンしたことで自らが宿る『核』を自分で動かせるようになった。それで土地を離れても動くことができている。


 とはいえ土地神であることに変わりはないので、毎日の島の神殿での祈りは必要。リディと伊佐治と三人で毎朝奥の院と麓の神殿の二か所で祈りを受け、土地に神威を注いでいる。


 土地神以外にも『火の神』『水の神』『風の神』などの自然を司る神、『愛の神』『武勇の神』などの人間の要望から生み出された神がいる。それらは基本土地に縛られていない。なので、最高神トリアンムと同じく好きな場所に出入りできる。一応それぞれを祀る神殿があるし、神殿にいることもあるが、それとは別に存在する神域にいるほうが多い。そしてその神域からは惑星のありとあらゆるところが感知できる。


 つまり、俺達の島でも中央教会でも、神々にとっては『出入り自由』ということ。


『あらたな神』であるレイのところに、なにかしらの神がしょっちゅう遊びに来られる。ついでにトモの相手もしてくださる。ありがたいのはありがたいが、周囲が恐縮しまくっている。


 特に麻比古。どう対応していいのか気にし過ぎ、頬がげっそりとこけた。麻比古はマコとリディとトモの護衛としてついているから離れるわけにもいかず、かといって神様にフランクに接することもできず、ひたすらに緊張を強いられ精神を削られている。申し訳ない。


 レイが来たばかりのときはまだ暁月も久十郎も一緒だったので麻比古のストレスも比較的少なかった。が、料理開発にふたりが取られてしまった。ひとりで護衛をしなければならないプレッシャーと神々と間近に触れるプレッシャーで麻比古は哀れなことになってしまった。気の毒がったマコが狼形態になった麻比古をブラッシングしてやったり、暁月と久十郎が優先的に麻比古の好物を作っている。


 そんな周囲に関係なく神々はやって来てはレイとトモを構ってくださる。ときには開発された料理に舌鼓を打つことも。神様、料理食えるんだな。俺達の開発した新しい道具に興味を示す方もあればリディに歌をせびる方もおられる。神様方は好奇心旺盛だ。


 時々は声が『聴こえる』。教会や神殿は「一応神域に近い」とかで「『声』が通りやすい」らしい。そして神様方が頻繁に訪れると神の気配が増して清浄になり、さらに『聴こえ』やすくなると。


 そんなたびたび訪れる神様方にマコが隷属印について質問した。結果、「『(いと)()』の夫のため!」「『あらたな神』の父親のため!」と、張り切って手助けしてくれた。



   ◇ ◇ ◇



 この『世界』に来て伊佐治の過去を聞いてから、マコはずっと伊佐治の隷属印を解呪しようと色々調べている。東大陸に来たのも解呪法調査のため。が、東大陸では使われた記録がなかった。縁があり東大陸一の研究機関である中央教会に出入りするようになり、知の宝庫と讃えられる中央教会付属図書館の閉架書庫の本まで閲覧させてもらえるようになった。その甲斐もあって島にあった古い転移陣の解読はできた。が、肝心の隷属印解呪は手がかりがなかった。


『剣と魔法の世界』といつか伊佐治が称したとおり、この『世界』には魔法があり瘴気があり魔物がいる。そのために『呪い』なんてものは普通にあり、それを解呪するのも教会の役割。瘴気を祓ったり『呪い』を受けた部分を解呪したり治療したり。

 俺達の『世界』の病院にあたる治療院というのがあり、そこでは内科外科と同じ扱いで浄化解呪専門の科がある。マコとリディはそこにも足を運びいろいろと教わってきた。


『隷属の印を刻まれている』イコール『奴隷』というのはマコも知っている。伊佐治本人からも聞いたし、図書館で読み漁った本にも書いてあった。

 西大陸で用いられ伊佐治に刻まれた『隷属印と通称されている呪い』は東大陸にはなかったが、かつて奴隷制度があった時代には奴隷にそれとわかる印を刻んでいた。


 現在の東大陸では奴隷制度は完全廃止されているけれど、それでも『伊佐治に刻まれた隷属印を解呪したい』と他人に明かすのは『伊佐治が奴隷だった』と示すことにつながる可能性があり、マコもリディも抵抗があった。なのでどうにか自分達で解呪方法を習得し、自分達が伊佐治を解呪するつもりで調査研究を行っていた。


 ちなみに『一般的な浄化』『一般的な呪いの解呪』は、やり方を教わったリディが習得した。リディは仮にも王女であり王子妃候補だったので、ありとあらゆる教育をほどこされていた。元々光魔法の適正があったこと、ある程度の魔法を習得していたこと、そして魔力量もそれなりにあったことで浄化も解呪も習得に至った。リディは張り切って島の自宅で伊佐治にかけた。が、特に効果なし。がっかりするマコとリディを伊佐治がなぐさめていた。



 その数日後。レイが顕現し、話し合いの勢いで大法王と腹心に伊佐治の過去を暴露してしまったうっかりなマコ。「もう隠しておくことないよね」と、勢いのままに隷属印解呪について相談した。


 大法王ですらも隷属印の存在は知らなかった。それでも「やるだけやってみましょう」と快く受けてくれた大法皇。中央教会で一番清浄な『祈りの間』で挑戦してくれた。かなりの大魔法が展開された。なのに、解呪できなかった。

 じいちゃんと母が伊佐治を助けるために術を一部破壊した。そのせいで術が変質してしまったらしく、最上位の解呪魔法でも解けなかった。


 伊佐治本人は「まあ仕方ねぇな」「あのときあのまま心臓潰されて死んでたよりはいいよ」とケロリとしたもの。

 それでもマコは諦められなかった。方法は合っているはずだ。術が一部壊れていることがいけないなら、術を修復するとかなにか他に方法があるはずだ。そうマコは考え、研究を続けた。


 そのうちにレイのところに神様達が遊びに来るようになった。そしてマコが「図々しくも(麻比古談)」神様達に質問した。「伊佐治さんの隷属印、どうやったら解呪できますか?」


 「『(いと)()』の夫のため!」「『あらたな神』の父親のため!」と神々は張り切って色々声をかけた。そうして隷属印について覚えている神を見つけ出し、マコのところに連れてきた。

 そのとある神からまず教わったのは、隷属印の刻み方。


 隷属印を刻むときにはまずツノと牙を折る。そして『名』を奪い新たな『名』をつける。ここの人間にとってツノと牙はそいつの魔力が固まったもの。これを折るということは体内魔力を乱すということ。場合によっては魔力が半減することもある。魔力が不安定になったところに「おまえは〇〇ではない。〇〇だ!」と術者の魔力で『名』を奪い上書きする。要は『そいつ』という存在を変質させるというわけ。

 存在が変質したばかりの不安定なところに『条件』を魂に刻み込む。この『条件』には逆らえない。魂に刻み込まれるから。


 こんな魂に作用するような人権を侵害する術をかけるようなヤツが考える『条件』なんてロクなもんじゃない。十中八九相手を『隷属』させるもの。だもんでこの『魂を縛る術』が『隷属印』と呼ばれるようになった。


「実際、隷属印を刻まれたら心臓の上に判を押したような文様が現れる」教えてくれた神様がおっしゃった。伊佐治の胸にもリディが『名』を呼んだときに浮かび上がっていた。それもあって『隷属印』の呼び名が定着したらしい。


 隷属印はいわば『契約』。なので、基本は契約者である術者と被契約者である当人との間で締結も解除もされる。が、そんな非人道的な契約を素直に解除するような術者も雇用主もいないわけで。


 まだ奴隷が普通にいて隷属印がガンガン使われていた時代。かなり理不尽に奴隷に落とされる人間が多くいた。とある神職がそんな状況に胸を痛め「それはあんまりだ」「どうか救いを」と神々に訴えた。その神職が神々から愛された『(いと)()』だったこと、自分のほとんど全部の魔力を『対価』として捧げたことから『願い』が受け入れられた。

 で、高位の神職が神に『契約解除』を『願い』、光魔法で浄化することで魂に刻まれた『条件』を消し去る。そうして『押し付けられた名』を破棄し『奪われた本当の名』を改めて授ければ、契約を『なかったこと』にできる。そういうふうに神様が『(ことわり)』を改定した。


 つまり、隷属印を解呪するために必要なことは次の四っつ。

『奪われた本当の名』『押し付けられた名』『神に認められた高位の神官』『光魔法による浄化』。


 解呪のための陣や(しゅ)、手順も教わったマコとリディ。『奪われた本当の名』も『押し付けられた名』もわかっている。『神に認められた高位の神官』と『光魔法による浄化』は大法王がいる。「これでもう一回チャレンジしてみて!」と大法王に依頼。が、結果はやはりダメだった。

 

 これには解呪方法を教えた神も驚いた。そして、プライドを刺激されたのか探求心をくすぐられたのかはわからないが、西大陸でいろいろと調べてくれた。

 その神が他の神々とも検討した結果、伊佐治の隷属印を解呪するには「どんな『条件』のもと結んだか」という情報が必要だろうという。


 俺達の『世界』でもそうだが、『術』というものは基本、かけた術者が解ける。かけた術者以外が解けることもあるが、それはその術を知っていて解き方を知っているから、もしくは術自体をぶち壊す能力があるから。


 伊佐治にかけられた隷属印も、本来ならば解呪できるのは隷属印を刻んだ術者。が、三百年経っているので当然術者は死んでいる。ならばどんな術式なのかを調べて解こうとしたわけだが、残念ながら失敗。隷属印が一部破壊されていたから。


 で、神々が伊佐治の身体も含めあちこち調べ検証した結果「魂に刻み込まれている『条件』が陣の破棄を妨害している」ことが予測された。


 隷属印の解呪方法は間違っていない。神という存在にかけて『(ことわり)』が定められているから。

 高位の神職が神に『契約解除』を『願い』光魔法で浄化する。これが『魂に刻み込まれた条件』を消去することになる。そして『ほんとうの名』を刻みなおすことで隷属印の解呪となる。


 伊佐治の場合はこの『契約の消去』ができない状態になっている。


 それは祖父と母による「陣の一部破壊」のせいもあるが「かけられてから長期間経っていること」「本人が隷属印を受け入れていること」が「『条件』を魂に根付かせている」

 だから、隷属印を刻んだ『条件』を調べ、それを伊佐治本人が拒否する必要があると。心の底から強く拒否し『条件』を否定することが、魂から『条件』を引きはがすことになると。

 そうして『条件』を引きはがすと同時に高位の神職が神に『契約消去』を『願い』光魔法で浄化。『ほんとうの名』を刻みなおせば隷属印の解呪となる。神々はそう予測を立てた。


 もちろん「あくまでも予測」「やってみないことには成功するかどうかわからない」。それでも「やってみる価値はある」と、マコもリディも判断した。


 その『条件』は、当然ながら伝わっていない。が、「長く存在している土地神ならばもしかしたら覚えているかもしれない」「もしかしたら風の神や眷族達が小耳にはさんだことをそのへんで漏らしたのを覚えているモノもいるかもしれない」と、神々は再び西大陸まで調査に行ってくれた。


 しかし、さすがの神様方も三百年前の話となると「刻まれた本人を見てみないと思い出せない」らしい。

 伊佐治が隷属印を刻まれた当時は「何十人も何百人も隷属印を刻んでいた」とかで、「そのなかのひとりと言われてもわからない」「もしかしたら本人をみたらわかるかもしれない」と。


 なので、最終的には西大陸の伊佐治が隷属印を刻まれた場所へ行く必要がある。



「ちょうどいい」

 報告を聞いた伊佐治は西大陸行きに乗り気になった。

「リディのご家族にご挨拶がしたい」「リディの元気な姿をご家族に見せたい」と。


 ということで、西大陸行きを本格的に実行することになった。



   ◇ ◇ ◇



 西大陸行きを決めたと同時に、リディが『高位の神職』になるための修行をはじめた。光魔法の上位魔法の習得も。


 伊佐治の隷属印解呪のために西大陸に行くならば、解呪できる光魔法持ちの高位神職も同行しなければならない。が、大法王に付き合わせるわけにはいかない。本人は「行きますよ」と気楽に言ってくれているが、「ヒデサト様の転移陣があったらすぐなので」と言ってくれているが、やはりリディや伊佐治からしたら申し訳なさが先に立つらしい。で、リディが思いついたのが「自分がやればいい」というもの。

「自分が高位神職の資格を取って上位光魔法を習得すれば、自分がイサジさんを助けられる!」


 マコの転移陣研究は終わった。隷属印解呪の研究は目途が立った。あとは自分が必要なスキルを習得するだけだ!

 リディは毎日教会に通い、高位神職になるための修行に励んでいる。座学、実技、奉仕活動。どれにも手を抜かず取り組んでいる。「これなら年明けの試験に間に合いそう」とは指導教官でもある大法王の側近の言葉。「元々知識も能力もお持ちでしたから」


 リディの修行はレイにもいい影響を与えているらしい。土地神であるレイへリディから注がれる霊力――こっちでは魔力か。魔力の「質が上がった」と。そしてレイのところに遊びに来る神様達にもその恩恵は届いていると。

 神様達はますます「リディ大好き!」になってしまった。どんどん『本物の聖女』になっていく。まあ誰にも迷惑かけないからいいか。健康管理だけは気を付けるように伝え、リディのやりたいようにさせることにした。



   ◇ ◇ ◇



 西大陸行きを本格的に実行することになった。

 リディアンム商会が正式に立ち上がった数日後。

 俺達がこの『世界』に来て七ヶ月半が過ぎていた。


 サルーファスがリディアンム商会の参加者の中で貿易に強い商会に商品販売を任せている。数社が西大陸に向けてのルートを持っているので「そこの船に乗せてもらえばいい」と言ってくれた。


 が、その航路は東大陸の西端と西大陸の東端を結ぶもの。東大陸の中央都市から西大陸の伊佐治が隷属印を刻まれた場所までとなると、どれだけ早くても二か月はかかる計算。そんなの面倒。


 というわけで、俺達独自に移動することにする。


 俺達の島から進んだところに、交通拠点となる大きめの島がある。そこから西大陸直行便が出ている。

 俺達はその島から東大陸を目指したので西大陸へは上陸しなかった。が、その大きめの島へは転移陣を仕込んでいるので一瞬で移動できる。


 久十郎が単独で大きめの島から西大陸直行便に乗り込んだ。約二週間の船旅を経て、西大陸西端の都市に着いた久十郎。転移陣を設置。

 東大陸の中央都市からほぼ惑星の反対側にあたる西大陸の都市までの転移は、できるかどうか心配だったが、『世界』の霊力量が多いおかげか俺の転移陣でも転移できた。すげえ。


 西大陸西端の都市から伊佐治が隷属印を刻まれた場所までは飛んで移動。大鷲の久十郎は一日でかなりの距離を進む。時々街に降りては人型で市場を散策したり料理に舌鼓を打ったり、なかなかに楽しく移動していたらしい。転移陣を仕込んで夕方に帰宅するのだが、毎日お土産を持って帰ってくれた。


 久十郎が転移陣を仕込みながら移動しているので、それを使って俺達も西大陸に行った。

『聖地再興プロジェクトチーム』のメンバーが西大陸の教会にプロジェクトの説明をし協力を要請する。近い教会を拠点とし聖地を目指す。西大陸でも神官達は活発に動いた。


 俺の転移陣はあくまでも『俺達が使う用』なので、物流に利用したりはさせない。そういうのは色々面倒なルールが必要だろう。商会のほうで再構成するなりなんなりしてくれ。


『俺達が使う用』とはいえ、大法皇直属には利用を許可している。もちろん都度俺の許可を得てもらうが。

 というのも、マコ主導の「リディを陥れた王子と侍女にザマアする計画」のため。

「本人にダメージ与えないと!」「どれだけ東大陸に広まっても、本人が知らなかったら意味ない!」

 というわけで、マコはサルーファスという有能な参謀とともにせっせと西大陸に種を()いている。


 その『種』とは、言わずと知れたトリアンム教会とリディアンム商会。


『聖地再興プロジェクトチーム』が教会に行き滞在する折に「東大陸に聖女様がおられる」「百五十年前に現れた魔王と邪神を滅ぼした」「『あらたな神』のお母様であらせられる」と話をする。教会関係者だけでなく、交流する一般市民にも。

 それだけでなく、食堂で、市場で、ギルドで、ひとの集まるそんな場所で世間話として話をする。


 かつて東西の大陸は転移陣により結ばれていた。その影響で言語の共通化ができている。ただ、数百年の交流断絶期の間に各地で独自に発展し、多少の違いはある。とはいえ方言とか(なまり)程度の差なので、東大陸の人間が西大陸各地でしゃべってもそこまで苦労なく会話が成立する。


「聖女様は元々西大陸の王女様」「輿入れした国の王子に陥れられて邪神の島に跳ばされた」「そこに勇者様御一行が顕現され、魔王と邪神を滅ぼした」「勇者様御一行のひとりと恋に落ち、結ばれ、聖女様は『あらたな神』のお母様となられた」


「それが書かれているのがこの本!」

 そんなふうに(すす)められたら本好きは手に取る。東大陸語で書かれているが西大陸各地の人間にも一応読める。そして東大陸屈指の作家による恋物語にのめり込み、また別のひとにオススメする。


 そうして話は西大陸中に広がっていく。

「あんな素晴らしい聖女様に危害を加えるなんて、キャルスィアームの王子は非道い」「聖女様の素晴らしさを見抜けなかったキャルスィアームの王子は無能」そんな話がじわりじわりと広がっていく。

「聖女様が輿入れしていたら西大陸はもっと豊かになったに違いないのに」「西大陸(じぶんたち)にも聖女様の恩恵がもらえたかもしれないのに」そんな話もじわりじわりと広がっていく。


 その頃にはリディアンム商会の商品が西大陸にも届いていた。例の東大陸の西端と西大陸の東端を結ぶ航路を経て各地に広がっている。久十郎の上陸ルートとは逆だが、ファイトある商人達のおかげでいくつかの商品とリディアンム商会の名は西大陸西端にも届いていた。


 当然「聖女様の御名前を冠する商会」と気付く。


 商会関係者はまだ西大陸東端の街までしか来ていなかったが、教会関係者は俺の転移陣を使って西大陸各地に現れるようになった。腹黒サルーファスに『色々』仕込まれた教会関係者が。


 そうして義憤に駆られる者、リディアンム商会に擦り寄りたい者、教会とリディアンム商会の怒りを買いたくない者、『得られたかもしれない利益を失った』とありもしないことに怒りを持つ者、様々な思惑が西大陸に広がった。小説や神官から聞いた話に出てきた王子と侍女に対し嫌悪や敵意を抱かせた。


 少しずつ、少しずつ、王子の国は物流が(とどこ)るようになっていた。

 それは「王子のせいだ」とあちこちから責め立てられて王子はまいっているらしい。



 そんな報告に大喜びなのがマコとサルーファス。

「ざまあみろ!」「リディをいじめた罰だ!」

「いやあ! いいですね!」「愉快愉快!」

 サルーファスよ。おまえそれは神官としてどうなんだ?


 だが遊びに来る神々によると、西大陸の神々もこの動きに「喜んでいる」という。


 リディの母国の神々はリディのことが昔から大好きだった。

 リディの母親が熱心な信者で、城に併設された拝殿に毎日詣でてくれていた。物心つく前からリディもそれに同行し、祈りを捧げてくれていた。

 かわいい幼児が毎日来てくれて、祈りを捧げてくれる。そりゃあかわいい。しかもこの幼児、魂が清浄で素直な性格。そんなのもう『(いと)()』にするよね。


 そうしてリディは弱冠四歳にして国の土地神の『(いと)()』となった。本人も周囲も知らないうちに。


 土地神だけでなく、リディの国を取り巻く神々は誰も彼もリディを好きになった。「だってかわいいもん」「めちゃくちゃいい子だもん」

 そしてそれを神々の集まりのときに自慢した。「ウチにこんなかわいい子がいるんだよ!」


「かわいいんだから自慢したいじゃないか」とはこの話を聞かせてくれた『風の神』。そこからいかに幼いリディがかわいかったかの話を聞かされた。俺はウンザリだったが、マコとレイ、伊佐治は楽しそうに聞いていた。


 とにかく『ウチのかわいい子』自慢をしていたら「いいなあ」とあちこちからうらやましがられた。その声をたまたま『聴いた』神官が、例の王子の国の首都にある大教会で一番偉い教主。

「そんなにいい子で、しかも『神の(いと)()』ならば、我が国の王子に輿入れしてもらえばどうだろうか」「『(いと)()』が王子妃ゆくゆくは王妃になれば、我が国はさらに豊かになるに違いない」

 そう考え王様に進言した。国一番の教会の教主の進言に王は賛成。「政治的にも年齢的にもちょうどいい」と婚約を打診。承諾された。それがリディ五歳のこと。


 これがおもしろくなかったのが例の侍女。宰相の娘として蝶よ花よと育てられ、一族のお姫様として君臨していた侍女にとって『ホンモノのお姫様』であるリディは、三歳の初対面時から『目の上のたんこぶ』だった。

 リディの姉は年齢が離れすぎていたので対象外だった。が、同い年のリディは違う。宰相の娘はリディに対し勝手に敵意を抱いた。

 そこにリディに隣国の王子との婚約話が出た。申し込みにやって来た隣国の王と王妃と王子。「せっかくなので同年代と交流を」と設けられた席に兄と共に参加し、間近に王子を見た。幼いながらもカッコいい王子に一目惚れした宰相の娘。よりリディが憎らしくなった。


 そこで宰相の娘は策を練った。どうにかしてこの王女に成り代わってやろうと。そうして学友になり侍女になり、王女の悪い噂を流した。王子に宛てた手紙は握りつぶし王子から届く手紙も握りつぶす。「王女が嫌がるから代わりに自分が書く」「自分はあなたが大好き」と書いた手紙を王子に宛てた。

 さすがに怪しんだリディが別の者に手紙を託したときも先回りして手を回し回収。同じように握りつぶした。


 リディが王女予算から孤児院へ寄付しているのを知れば、父親に頼んでそれを横領。すべて横領すればさすがにバレるからと四分の一を孤児院に、残りを自分と父親の懐へと入れた。

 孤児院から「もう少し協力してもらいたい」と直接訴えられたリディが「おかしい」と調査を命じ自分でも動いたが、これも先回りして調査員を買収したり嘘の会計報告書を作ったりして誤魔化した。


 学校に通うようになれば周囲をうまく誘導してリディのイメージを下げた。わざと自分を卑下したり「王女に無理矢理やらされた」などと言いながら、リディを『足りない王女』とし、自分に同情を向かせ価値が上がるように仕向けた。

 そんな工作が効かない人間もいたが、そういう面倒な人間は父親に頼んで学校に来れなくした。

 そうやってリディを孤立させ、自分が操りやすい状況を作り上げた。


 そんな宰相の娘に対し、当然神々は怒っている。「いつ天罰を与えてやろうか」と手ぐすね引いている。が、神々にも規則がある。神だからこそ、自分の気分や好悪で動くことは許されない。せめて被害者であるリディが「どうにかして」「あいつ懲らしめて」と『願い』をかけてくれたら動けるのに、リディは良い子なのでそんなことは願わない。ただただ「自分が至らないから」「不勉強だから」と己を責める。そしてさらに努力を重ねるリディ。そんなところも愛おしいけれど、「さすが我らが『(いと)()』」「清らかに成長して」と思うけれど、ヤキモキするしイライラする。

 侍女の父親である宰相も横領はもちろん他にも色々やらかしていて「あいつらいつか痛い目に遭わせてやる」と神々はずっと密かに思っていた。


 そして神々の怒りの矛先は婚約者である隣国の王子にも向いていた。「いくらあの女が暗躍しているからといって、あそこまで騙されるのってどうなの?」「リディ本人を見れば『おかしいな?』って気付くでしょう」「騙されてるとはいえあの態度は非道い!」

 それでもリディ本人が「政略結婚なんてそんなもの」と受け入れているから、神々は振り上げた拳をおろすことができない。勝手に罰することも婚約破棄させることも『制約』にひっかかる。せいぜい『聴こえる』大教会で一番偉い教主に文句をぶつけるくらいしかできない。


 神々に文句をぶつけられる、王子の国の大教会で一番偉い教主が都度王や王子に進言した。が、王子はまったく聞く耳を持たない。「あいつマジ駄目」と神々は見放している。それでもリディが『イザーディアス将軍』にどっぷりハマり、『イザーディアス将軍の聖地』である王子の国に輿入れすることを楽しみにしている。だからリディの母国の神々も、しぶしぶではあるけれどお嫁に出すことを認めていた。


「とはいえ王子をどうにかしろよ」「ウチの『(いと)()大事にしろよ」と王子の国の神々と教主に文句を言いまくるリディの国の神々。言われた王子の国の神々も教主に文句を言う。他に『聴こえる』関係者がいないから教主(そいつ)に言うしかない。

 ふたつの国の神々から散々に文句を言われ、困った教主が王に相談した。王の判断は「もう少し時間が経てばどうにかなるんじゃないか」。早い話が問題を先送りにした。

 結果、日本でいう高校を卒業したら輿入れ予定だったのが大学卒業後になった。


 普通王族で『二十歳過ぎて結婚』というのは「まずない」らしい。特に女性は二十歳過ぎたら『行き遅れ』と言われると。けれどリディは好きな歴史学の勉強ができて大満足。高校卒業してすぐ輿入れするなら歴史の勉強は諦めないといけないと思っていた。個人的に『イザーディアス将軍』について研究するつもりではいたけれど、学問として専門的に学ぶことは諦めていた。それが四年もがっつりどっぷり学べてリディは大喜び。『(いと)()』が喜んでくれて感謝を喜びを捧げてくれて神々もご満悦。文句が減って王子の国の教主も一安心。


 ところがリディが大学を卒業し、輿入れしないわけにはいかなくなった。

 王子の態度は問題ありだけど『イザーディアス将軍の聖地』で研究することをリディが楽しみにしている。リディの母国の神々も、しぶしぶではあるけれどリディを送り出した。リディの『しあわせ』を願って。


 受け入れる側である王子の国の神々はリディが来てくれるのを今か今かと楽しみに待っていた。数年に一度交流として来てくれたときに教会に来てくれたリディを王子の国の神々もすっかり気に入っていた。王子の態度は問題ありだけど、そのぶん自分達が大事にしよう。幸いこちらの教主は自分達の声が『聴こえる』。しっかりと言い聞かせ、不便のないよう取り計らせよう。


 そうしてやって来たリディを祝福した神々。離宮に入ったのを見届け、いつ神殿に来てくれるかなと楽しみに待っていた。王城の拝殿でもいいよね。早く会いたいよね。結婚式ではいっぱい祝福してあげようね。様々な神々がそう話していた。


 ところがリディが消えた。


 一部始終を見ていた『風の神』『木の神』その他諸々の神々。ブチ切れた。

 けれど神々が直接王子や侍女や術者に手を出すことはできない。それは『制約』に反する。

 神々にできるのは『聴こえる』教主に文句をぶつけること。こんなことを仕出かした馬鹿について調べること。消えたリディを探すこと。リディの母国の神々に平謝りに謝ること。

 そして。

 自分達よりも上位の神々に助けを求めること。


 神には神の規則がある。勝手に現世に、俗世に関わることはできない。犯罪があっても、殺人があっても、戦争が起きても、関わることはできない。


 だからリディを助けることができなかった。やらかした馬鹿共を制裁することができなかった。

 嘆き悲しむ神々が声を挙げたことで、上位の神々が動く条件が整った。そうして『(いと)()』を救うための人材を他の『世界』に求めることができ、俺達をみつけ召喚した。


 その俺達がリディを保護し、家族として過ごすようになり、リディ自身が毎日楽しく過ごし『しあわせ』と感じていることに、上位の神々も、リディの母国の神々も輿入れ先の神々も「とっても喜んでる」し「感謝している」。

 そのうえマコが「リディを陥れた王子と侍女にザマアする計画」なんてものを立ち上げ、憎っくき王子と侍女を懲らしめられそう。「是非とも頑張ってくれ!」「もっとやれ」と応援してくださっている。と、遊びに来た神々が教えてくれた。


 その遊びに来た神々もリディのことが好きになっている。『あらたな神』ことレイのことをかわいがってくれ愛情を注いでくれた。島のふたつの神殿を清めて祈りを捧げてくれた。中央都市の教会のいろんな神殿にも祈りを捧げてくれた。リディとリディアンム商会のおかげで教会は儲かって祈りも増えた。『聖地再興プロジェクト』もはじまり仲間の神々が元気になれそう。リディのおかげでこの『世界』すべてがいい方向に進んでいる。

 それにリディの魂は清浄で気持ちいい。見た目も笑顔もかわいい。リディは歌も上手。孤児院や幼稚園で読み聞かせするのも上手。もう『みんなのリディ』でいいんじゃない?『聖女』でいいんじゃない!?


 そんなふうに盛り上がっていると。

 だからこそマコ主導の「リディを陥れた王子と侍女にザマアする計画」に、どなたもが期待していると。


 ……………。


 幸か不幸か、リディ自身はそんな神々の思惑は知らない。これまでになにがあったかも知らない。そのへんは配慮のできる神々。なので、リディ本人はただ純粋に日々に感謝し神々に感謝している。そんな清らかなリディを神々はますます好きになる。「清らかなリディに汚い話は聞かせられない」「けど誰かにぶちまけたい」と俺達にぶちまけくださる。「『リディを陥れた王子と侍女にザマアする計画』の参考になれば」と色々教えてくださる。

「期待しておるぞ!」「がんばれ!」と励まされ、マコとサルーファスがますます張り切っている。火に油を注いでどうすんだ。神としてそれはいいのか。


「『制約』には反していない」「問題ない」

 けど『勝手に現世に、俗世に関わる』ことになるんじゃないですか?

「『勝手に』じゃない」「マコトからの問い合わせに答えただけ」「マコトの希望に応えただけ」

 なるほど? 確かにそうとも言える。


 マコは「絶対に王子様と侍女さんを懲らしめる!」「ありとあらゆる手を使って、王子様と侍女さんを苦しめる!」そう決意を固めていた。

 今のマコのそれは『誓願』に近い。だからこそ神々が反応できると。


 まあ俺がとやかく言うことじゃないだろう。マコに危害がかからないならそれでいい。やりたいやつがやりたいように好きにしてくれ。

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