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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』31

 神々により「近いうちに『元の世界』に帰す」との言質をいただいた。それも「『跳ばされた』すぐの時間に帰還できるよう取り計らう」と。嘘を言っている気配はないのでひとまずは信用してもいいだろう。

 帰還の目途が立ったことで安心した。やっぱ「いつ帰れるか」「本当に帰れるか」と不安だったからな。ここはここで有意義なんだが、『むこう』にもいろいろあるからな。


 ダメモトで「長くてもあと半年以内に」と要望をぶつけた。こちらも「考えてみる」との言葉を引き出せた。

 ならば残りの滞在期間でやるべきことをやり、やりたいことをやりきるようにがんばろう。

 まずはこの『あらたな神』の扱いの確認だな。


「『護るように』と言われましたが、具体的にはどうお世話すればいいんですか?」


 浮かんだ疑問をぶつければ「普通の人間の子供と同じように育ててもらったらいい」と言う。


 神々の話をまとめると。


 俺が滅した魔王と邪神。『魂送り』して『場』を清めたが、その霊力が島の奥の院に残っていた。それで『場』が安定していなかった。

 そんな不安定な『場』をリディと伊佐治が毎日清め『祈り』を捧げていた。その行為が『神を生む』土壌となった。


 そもそもリディは『(いと)()』と認定されている人物。言ってみれば神職と同義。そんなリディが高霊力ただよう『場』で毎日毎日『祈り』を捧げたら、そりゃあ神のひと柱も生まれると。


 しかも俺が島の隅から隅まで浄化しまくった上に奥の院で『清めの儀式』をし、さらに水源に浄化装置つけたもんだから、めちゃくちゃ清らかな島になった。

 魔王がいたときは島という隔離された場所なせいでそれ以上瘴気が広がらなかったが、同じ理由で他所(よそ)から穢れが流入することなく俺がかけまくった浄化が(たも)たれ、その上でリディと伊佐治が祈りを捧げるものだからどんどん清浄になっていった。


 かつて『聖地』と呼ばれていた頃以上の清浄さ。そこで神へと捧げられる『(いと)()』の『祈り』。いつ『あらたな神』が生まれてもおかしくない条件はそろっていた。

 そこに『愛し児(リディ)』が『子供が欲しい』なんて『願い』を浮かべたものだから、島全体が『願い』を叶えようとはりきった。


 結果。『あらたな神』の爆誕。


 普通は百年二百年『祈り』を捧げ続け、少しずつ形作られていくらしい。が、『愛し児(リディ)』による具体的なイメージにより爆誕したのがこの『あらたな神』。


 とはいえ生まれたばかりでまだ存在としては弱かった。だから『祈り』に満ちた奥の院から出られなかった。そこに俺が依代(よりしろ)を提供したことで『核』ができた。さらに『愛し児(リディ)』が『こんな子供が欲しい』とイメージしたトモ本人がいた。『あ。この子ね』とトモをスキャンして生体情報をゲット。ついでにトモの持っている知識もゲット。そうして『両親』というもの、子供は両親に似た姿となること、父親を『パパ』、母親を『ママ』と呼ぶことなどを知り、伊佐治の外見でリディの色をした外見を取った。


 外見はこの『世界』の普通の子供だが、当然中身は違う。が、生まれたてなのは変わらない。しばらくは愛情をしっかりと注いでやってほしいと指示された。奥の院と麓の神殿にはこれまでどおり毎朝祈りを捧げて欲しいこと、そのときにはこの子供も同行させて欲しいことも。


 現在の子供は、言ってみれば定兼と同じ。『核』を魔力で包むことで実体を作っている。なので食事を取らなくても魔力と祈りがあれば生きられる。が、せっかくなので人間の食事も味わわせて欲しいとのこと。アレルギーとかタブーとかはないらしい。


 そして神々はリディに申し付けられた。

《『名』をつけてほしい》


「そんな大役、無理です!」リディは震え、首がちぎれそうなくらい横に振った。

「島の神なんだから島の名前でいいんじゃねえか?」

 伊佐治の意見にリディも含め全員一致で賛成した。


 俺達のいる島の名前は『レーイダーン島』。ということで、子供の『名』も『レーイダーン』となった。


 日本の神だったら『なんちゃらの(みこと)』ってつけるが『こちら』ではそういうのはないらしい。そういや主神も『トリアンム』だけだったな。


「『名』はそれでいいとして、呼ぶのに『レーイダーン』なんて長いな。『レーイ』……いや、『レイ』でどうだ?」


「不敬だろ!?」麻比古が噛みついてきたが当の子供が「れい!」「ぼく、れい!」と喜んで受け入れた。

 集まっていた『高位の存在』も賛成らしい。《承認》《賛成》と伝わってきた。


《では、我らが『あらたな子』を頼むぞ》

《レーイダーンよ。また会おうぞ》

《しっかり修行して、良き神となるのだぞ》

「あい!」


「ばいばーい」と手を振るレイ。そうして来たときと同じく強く光って神々は消えた。



   ◇ ◇ ◇



「いやー、よく無事だったな」

「言いたいことはそれだけか!?」


 率直な感想を述べたら麻比古に叱られた。なんでだろうな?


 リディに抱かれたままのレイがたどたどしい単語で訴えたところによると、途中からレイが俺達を護ってくれていたらしい。それで身動きとれたり反論できたりしたと。

「そっか。ありがとなレイ」「助かったよ」

 頭を撫でてやれば得意げにレイが笑う。


「……………おまえの図太さが今ほどうらやましいと思ったことはないよ……………」

 麻比古が床に突っ伏し頭を抱えている。どうした?


 と。

 マコがふらついた。

 あわてて抱き寄せ支えたが、顔色が悪い。そりゃそうか。あんな高霊力をぶつけられたら、いくらこの『世界』に来たことで能力かさ上げされているとはいえ、一般人のマコにはキツイに決まっている。


「私の執務室へ参りましょう」「薬湯を用意させます」

 大法王の言葉に甘え、全員で移動した。



   ◇ ◇ ◇



 念の為全員に薬湯を出してもらう。いわゆる回復薬。あたたかいものを腹に入れるとホッとする。なんだかんだ俺もダメージくらってたんだな。

『あらたな神』であるところのレイが全員を高霊力から守ってくれていたらしいが、それでも最初の降臨時の衝撃はすごかったもんな。

 しかし、大人がこんな状態なのに、なんでトモは平気な顔してんだ? 図太いのか、大物なのか。


 そうつぶやけば「子供だからだろう」と麻比古が言う。「幼い子供は『神に近い存在』だ」「『神降ろし』できる子供も多いし、神や御遣いを『視る』ことのできる子供も多い」「トモも幼いからこそ無事だったんだろう」

 説明されれば納得。


 口直しの甘い菓子をいただきながらおかわりをもらう。今度は緑茶。これも『御遣い様』こと新井太一が広めたもの。煎茶もほうじ茶もあった。今出してくれたのは玉露だな。さすが大法王様に出されるものはレベルが違う。


 美味い茶と菓子でようやくマコも回復した。じゃあ話し合いを再開しようか。

「私の側近も話し合いに加えてもよろしいでしょうか」

 大法王が、腹心のふたりとサルーファス、合わせて三名を「参加させたい」と言う。

「まあ、この三人ならいいよ」


 これからいろんな根回ししてもらわないといけないだろうし。朝の騒ぎも治めてもらわないといけないし。また説明するのも面倒だし。

 大法王が指名するだけあって、この三人は特に大法王への忠誠心が(あつ)い。とことん善人な大法王をサポートできるだけの清濁併せ呑む有能さも覚悟もある。この三人ならこれからする話を聞いて、いいように取り計らってくれるだろう。


 俺の許可を得、三人以外を退室させた大法王。俺達と大法王と側近三人だけになった部屋に結界を展開した。これで安心。

 そうして改めてなにがあったか、今朝からの話をした。この伊佐治そっくりでリディの色をまとった幼児が『あらたな神』であること。俺達が半年を目途に『元の世界』に帰還できそうなこと。


「ひとまずお話は理解致しました」大法皇に意見を求められた腹心のひとりが疲れ果てた声で答えた。がすぐにキラリと目を光らせ全員を見回した。

「つまり」


「イサジ様、リディ様のおふたりが、こちらに顕現された『あらたな神』であらせられるレーイダーン(しん)様を、ご両親としてお育てくださると、そういうことで相違ございませんでしょうか」


「「『両親』!?」」


 ギョッとするふたり。が、リディの膝の上のレイは「あい!」と元気よくお返事をした。


「となると、おふたりは『ご夫婦』と成られるということになりましょうか」


「ふ!」

 リディが真っ赤な顔で絶句する。伊佐治は息を飲んで固まった。そんなふたりに声をかけた腹心だけでなく他の腹心達もウチの連中もニヤニヤしている。大法王だけは善意しかない笑顔でニコニコしている。


「いかがでしょうかヒデサト様」

 そう言われても、俺はどうにもしようがないよ。

 なのに「そうだね!」「そのとおりよ!」とマコと暁月が賛成の声をあげる。


「いいよねヒデさん!」て言われても、どうしたらいいんだよ。


「―――悪いが、そりゃあ無理だ」


 苦笑を浮かべ、伊佐治が言った。はっきりと。

 その言葉にマコは息を飲み、リディは傷ついた顔をした。

 なにかをこらえるように口を引き結ぶリディに、膝の上のレイもなにかを察したらしい。「まま」ちいさく呼びかけ、そっと抱きついた。そんなレイにリディはハッとし、取り繕った笑顔を向ける。


 隣のふたりのやり取りを伊佐治は黙って見守っていた。やさしい、愛おしいものを見守る目で。


 無自覚かよ。ニブいことに定評がある俺にだってわかるぞ。


「なんで『無理』なの?」

 マコの声は非難の色に染まっていた。まっすぐに伊佐治を見据え、さらにマコは責め立てる。


「なにが『無理』なの?」

「リディと伊佐治さんは同族でしょ?」

「ならいいじゃない」

「ボクとヒデさんみたいに年齢(とし)が離れすぎてるわけじゃないし」

「そりゃ伊佐治さんは三百年前のひとかもだけど、それこそ関係ないでしょ?」

「今ここに生きてるんだから」


 マコの言葉を伊佐治は黙って聞いていた。

 が、マコが口を閉じたところで淡々と返した。


「マコだってわかってんだろ?」

 困ったように(わら)い、続けた。


「リディは一国のお姫様だ」

「いつか誤解が解けたら、(しか)るべき立場に戻さないといけねえ」

「俺なんかと一緒にいていい人物(ひと)じゃねえよ」


(わたくし)はもう王女ではありません」

 マコが口を開くよりも早くリディが反論した。


「私は『捨てられた』のです」

「もう『王族』である必要はありません」

「今の私は『ただのリディ』です」

「皆様の『家族』です」

「もう二度と母国に帰るつもりも、嫁ぐ予定だった国にも戻るつもりはありません!」


 リディは語った。強く、懸命に。

 普段の穏やかさをかなぐり捨て、必死に伊佐治に訴えた。


「私は『王族』ではなく『ひとりの人間』として生きたいのです」

「叶うならば、皆様と共に生きたい」

「イサジさん。―――貴方のそばで、生きたいです」


 熱のこもった眼差しで伊佐治の目を見つめるリディ。頬を染め、それでも真剣に訴える。

 リディに抱きついたままのレイが顔だけ伊佐治に向け、強くうなずく。


「ぱぱ」「まま、ぱぱすき」「れいも、ぱぱすき」「いっしょ、いたい」


 レイにまで訴えられ、伊佐治は眉を寄せた。

 しばらくじっと黙っていたが、がっくりとうなだれた。膝に肘をつき、片手で頭を抱えた。

「はあぁぁぁ……」ため息を吐き出し、ボリボリと頭をかいた。


「―――俺はリディの横に立つには相応(ふさわ)しくねえんだよ」


 ポツリとこぼし、伊佐治は頭からおろした掌をじっと見つめた。


「たくさんの人間を殺した。この手は血に濡れている」

「謀略だってたくさんしてきた。リディやヒデには言えないようなこともたくさん」

「綺麗なリディの隣に立つには、俺は汚すぎるんだ」


「俺はリディに相応しくない」

「レイの『父親』になる資格もない」

「レイの世話はもちろんする。が、あくまで『家族の一員』としてだ」

「『昔のヒデ』と同じ。護衛のひとりとして、世話役のひとりとして、護るし、面倒みるよ」


「それじゃダメか?」


 太い眉を下げた情けない表情で、伊佐治はリディに問いかけた。口を引き結ぶリディに困ったように(わら)い、レイに目を向ける。潤んだレイの目にやさしい笑みを贈り、続いて俺に、マコに、仲間達に目を向ける。


 隣のマコが必死に計算しているのが伝わる。どう論破してやろうか、どう切り込めば伊佐治を納得させられるか、必死で考えている。

 そりゃ伊佐治がリディに惹かれてるのは俺でもわかるよ。リディが伊佐治を好きなのなんてバレバレだし。ふたりが並んでるのは『お似合いだ』って思うよ。伊佐治取られたみたいでさみしくなるけど。けど伊佐治の生き方を決められるのは伊佐治だけ。その伊佐治が『両親』としてではなく『護衛』『世話役』として接したいと言うなら、そうしたらいいんじゃないか?


 そんなことを思いながら黙っていたら、リディが口を開いた。


「私は戦場を知りません」

「戦乱の時代がどんな生活だったか、本当には知りません」

「それでも私は知識として知っていることがあります」


「そんな中でも貴方は高潔であったと」

「たくさんのひとを助けてきたと」


 強い眼差し。射抜くように、リディはまっすぐに伊佐治に目を向けたていた。堂々とし自信に満ちた態度はまさに王女。

 普段の穏やかさを捨て懸命に訴えるリディに、伊佐治は()されていた。何かを逡巡し、そっと目を逸らした。


「………えらい美談に変えられてんな」

 

「作り話だよ」「汚いところを伏せてあるだけさ」

「そうかもしれません」


 皮肉に語る伊佐治にリディは冷静に返す。


「戦乱の時代は凄惨だったと、理解できます」

「ですがそれが貴方の人間性を否定するものにはなりえません」

「『そういう時代だった』と、『生きるために必要だった』と、誰もが判断すると考えます」


 マコがウンウンと激しく首肯する。麻比古も。久十郎と暁月は黙っていたがその目が肯定していた。


「それを言うなら俺だって同じだ」定兼が静かに言った。

「俺だって血に濡れてる」「俺こそ血塗れだ」「伊佐治は俺を『汚い』と言うか?」


「………おまえが言うのは反則だろうよ………」

「『反則』もなにもないだろ」


 真顔を笑顔に変え、定兼が伊佐治に重ねる。


「俺も同じだ」

「『世界』は違えど戦乱の時代を生きた」

「その俺が断言するよ」

「おまえは汚くなんかない」

「頼りになる俺達の仲間だ」

「俺達みんなの兄貴分だ」

「そんなおまえには王女くらいでないと並び立てないだろうよ」


「そうだろ?」笑顔で問いかける定兼に伊佐治は目をすがめた。が、他の仲間達はイイ笑顔で首肯した。


「定兼の言うとおり」

「良いこと言うじゃない」

「元とはいえ将軍様だもんね! 英雄だもんね! 王様の子供だもんね!」「王女様でないと釣り合い取れないよ!」


 拳を握り力説するマコ。大法皇と腹心達が固い笑顔になっている。あ。これ絶対あとで聞かれるな。バラしていいのか? マコめ。迂闊な発言して。あとでお説教だな。


 だがこの理屈も伊佐治のココロを動かすには足りなかった。伊佐治はゆるく首を横に振り、目を伏せ言った。


「俺は剣も『名』も失った男だ」

「剣も『名』もいりません」


 すかさず返すリディに、伏せていた目を上げ向ける伊佐治。驚きに開かれたその目をまっすぐに見つめ、リディはやさしい笑みを浮かべた。


「私が『好き』になったのは『今の貴方』です」

「剣も『名』もない、英雄でも伝説でもない、『今の貴方』が、好きなんです」

「『共に生きたい』と、『隣にいたい』と、『願う』んです」


 綺麗な笑みを浮かべたリディに、伊佐治が目を、ココロを奪われている。退魔師としての観察眼がそれを見抜く。

 視線を返されたリディは自信満々に微笑んでいた。が、なにかを思い立ったらしくちょっと目を陰らせ、だがすぐに強い眼差しを取り戻し伊佐治と目を合わせた。


「私とて『足りない王女』と言われ続けておりました」

「『足りない』同士、おぎないあって生きればいいのではないでしょうか」

「もちろん、私に貴方をおぎなえるとは思えませんが……、隣に立つくらいは、できると、思うのです」


 そこまで言ってリディは口を閉じた。「まま」「がんばって」リディの腕の中のレイがちいさくささやく。さっきからリディがらしくなく主張しまくっているのはレイがなんかしてるからか。リディに霊力を流しているのがわかる。レイの補助がリディに勇気を与え、励ましている。生まれたてとはいえ、さすがは『神』といったところか。


 ぎゅ。レイを抱き締め、リディは口を開いた。


「貴方の隣に立たせてくれませんか」

「共に生きさせてくれませんか」


 まっすぐな視線。見つめ合うふたりに、伊佐治がどう返事をするのか固唾をのんで見守っていた。

 誰も声ひとつ出せない。指一本動かせない。緊張で張り詰める空気の中、ようやく伊佐治が動いた。


 のろりと顔を伏せ、息を吐き出した。長く、長く。


「―――それ以上言うんじゃねえ」


 全員が息を飲んだ。駄目だった。伝わらなかった。リディが歯を食いしばる。目に涙が浮かぶ。

 マコが立ち上がろうとするのを腕を引き()めた。怒りに染まった目を俺にぶつけるマコ。


 と。


「―――俺の言うことがなくなっちまうだろ?」


 どこか楽しそうな伊佐治の声に、全員が再び息を飲んだ。


 ゆっくりと顔を上げる伊佐治。目も、鼻も、赤くなっていた。


「俺にも少しくらいカッコつけさせてくれよ」


 くしゃりと笑うその目が潤んでいる。初めて見るやさしい表情に、至近距離で射抜かれたリディが真っ赤になった。

 そんなリディの手を取った伊佐治。リディがあわあわしている間に立ち上がり、リディの手を引き立たせ、自分はその場に片膝をついた。


「リディアンム ディ ラ ナイトランジェン嬢」


 片腕にレイを抱いたリディをまっすぐに見上げ、伊佐治は笑顔で言葉をつむいだ。


「『名無し』な上に隷属印まで刻まれた、なにもない男ですが、貴女を愛する栄誉をお与え願えますか」


 男の俺が見ても映画のワンシーンのようなカッコ良さ。まさしく王女と騎士。隣のマコは真っ赤になって両手で口を押さえている。感動してんのか、叫ばないようこらえているのか。

 麻比古達も満面の笑顔。大法皇達もキラキラした顔でふたりを見守っている。


 ギャラリーに見守られる中、リディは涙を落とした。ポロリと、一筋。


「―――貴方は『なにもない男』ではありません」

「素晴らしい家族をお持ちです」


 ただただ綺麗な笑顔でリディが断言する。

 その笑顔に、その言葉に、伊佐治が目を見張る。

 そして。


 でろりと、伊佐治の表情が(とろ)けた。

『かなわねぇなあ』声にならない言葉が読唇術で読めた。

 そうして伊佐治は表情を整え、ひとつうなずいた。俺達を誇ってくれるとわかる首肯に、胸のどこかが熱くなった。


 リディは無言で伊佐治の手を引き、その場に立たせた。頭ひとつ以上違うからリディはずいぶんと見上げないといけない。それでも目を合わせ、リディはふんわりと微笑んだ。


「素晴らしい家族を持つ、素晴らしい男性であるイサジ様に、なにも持たないリディがお願い申し上げます」

「どうぞ私を貴方様の『お相手』に選んでくださいませ」

「今すぐでなくて構いません。いつか『妻』としてくださいませ」


「―――だから、全部言うんじゃねえよ」

「カッコつかねえなあ」


 くしゃりと笑い、伊佐治は重ねたリディの手を握り、反対の手でさらに包んだ。


「リディ。好きだ」

「いつか俺と夫婦になってくれ」


「―――はい!」


 リディが返事をするなりあちこちから割れんばかりの拍手が鳴る。「おめでとー!!」マコが涙を流しながら叫び、リディのもとへと駆け出した。察した伊佐治がリディの腕からレイを受け取る。ほぼ同時にマコがリディに抱きついた。


「よかったね!」「よかったねリディ!」「おめでとう!」

「ありがとうマコ」「ありがとう」


 抱き合い涙を流し喜ぶふたり。ふたりを微笑ましく見守っていた伊佐治にレイが抱きついた。

「ぱぱ、ありがと」「まま、うれしい」「レイも、うれしい」「ぱぱがぱぱになってくれて、うれしい」

「―――礼を言うのは俺のほうだ」


「レイがリディの背中を押してくれてたんだろ?」

 さすが伊佐治。気付いてたか。


「ありがとな」

「ごめんな。弱虫で臆病な男で」


 片腕で抱いたレイの頭を撫でる伊佐治。


「レイは俺が『父親』でいいのか?」

「ぱぱがいい!」

 不安げな問いかけにレイは即答し、伊佐治の首にしがみついた。


「―――そっか」

 そんなレイの背中をやさしい手つきでポンポンと叩き、頭を撫でてやる伊佐治。いつもトモにしてくれているそのままをレイにもしている。


「ぱぱ、だいすき」

「おう」


 その笑顔に、ふと、ひっかかった。

 これまでの伊佐治よりもなんだか明るいというか、身軽になったというか―――。

 感じたものの正体を掴もうとしていたそのとき。


「ままもだいすき!」「れい、うれしい!」

(わたくし)も―――ママも、レイが大好きよ!」


 レイが伊佐治からリディに移動し、抱き締めてもらっていた。

「勇気をくれてありがとう」「レイのおかげよ」

「れい、えらい?」

「えらいわ!」

「ああ。レイはえらい」

「えへへへへ〜」


 リディに抱かれ伊佐治に頭を撫でられレイはご満悦だ。すっかり親子の様相を呈している。


 ていうか。


「なんでレイは『パパ』『ママ』言うのに、トモは言わないんだ?」


 レイが顕現するにあたり俺が出した依代(よりしろ)を『核』とし、リディが思い描いたトモ本人をスキャンした。そうすることでこの幼児の姿を取り、言葉も話せるようになった。


 トモをスキャンしたときに『トモ(そのこども)の持っている情報を手に入れた』と神々の説明があった。

 教会付属の幼稚園に行かせてもらったり周りの大人に声をかけてもらったり街を散策したりと、トモはトモなりに知識が増えていた。言語も習得してきている。なので同じ月齢姿のレイが暮らすのに違和感は抱かれないだろう。これからトモと共に知識を増やし語彙を増やし様々なことを学び楽しみ人間性を深めていけばと、そういうことだろう。少なくとも俺はそう判断した。


 それはつまり。

 レイが持っている知識はトモも持っているということ。

 トモをスキャンして知識を得たと言うんだ。そういうことだろう。


 ならなんでこいつは俺とマコを『親父』『お袋』と呼ぶんだ!?


「おまえ知ってたんじゃないか」「『パパ』『ママ』でなくても『おとうさん』『おかあさん』て呼べよ」

 話し合いの間ずっと俺の膝にいたトモに文句を言ったが無視された。

「おい」こちらに向きを変え抱き上げ目線を合わせた。が、プイッと顔を逸らされた。このやろう。


「では改めまして」

 俺とトモの一触即発の雰囲気を察したらしい、最初に話を振った腹心が声をかけてきた。

 全員の注目を集めた腹心はにっこりと笑顔を見せた。


「イサジ様、リディ様のおふたりが、こちらに顕現された『あらたな神』であらせられるレーイダーン(しん)様を、ご両親としてお育てくださると、そういうことで相違ございませんでしょうか」


 ふたりは顔を見合わせ、同時に腹心に向け答えた。

「「はい」」


「あい!」

 リディに抱かれたレイまで手を挙げ答えるものだから部屋中が笑顔になった。

「よろしくお願いします」大法皇がふたりに頭を下げる。ふたりは居住まいを正し返礼していた。


「おふたりがいつくっつくかと思っていましたが」

「あのままだと永遠に無理でしたね」

「レーイダーン(しん)様のおかげですね」

「となると、レーイダーン(しん)様はレーイダーン島の土地神様というだけでなく、縁結びにもご利益があるということでは?」

「まさに。恋愛成就または恋愛運上昇のご利益もありそうですね」


 腹心達が勝手なことを言っている。が、あながち間違いじゃなさそうな気がする。

 え? 恋愛運欲しさに島に若者が押しかけてくるとか? やめてほしいんだが?


「ところでひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」

 そんな腹心達の話に気付かない大法皇が、伊佐治とリディに声をかけた。


「先程マコト様がイサジ様について気になることをおっしゃられましたが」「そのことについて詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」


 マコが目に見えて顔色を悪くした。

「ぼ、ボク、」「ダメだった?」涙目で俺にすがりついてくるマコ。キョドキョドと暁月に、久十郎に救いを求める。全員から苦笑を返され、マコがさらに顔色を悪くした。


「ああ。気にすんなマコ」「ちょうどいい機会だ」

 当の伊佐治はあっさりとしたもの。嫌がる様子も気にしている様子も見えない。


「ただ単に話す機会がなかっただけ」「正直信じられない話だと思うし」

 そう前置きし、伊佐治は自分のことを大法皇と腹心達に話して聞かせた。三百年前の西大陸で将軍をしていたこと。一応当時の王の子供なこと。といってもいわゆる『お手つき子』で、孤児同然の育ちだったこと。戦に明け暮れていたこと。副官の裏切りで敵に堕ち、剣を奪われツノと牙を抜かれ『名』を奪われ隷属印を押されたこと。奴隷となり戦場へ連れて行かれる途中で崖から落ちたこと。おそらくは『御遣い様』と入れ替わる形で俺達の『世界』に『落ちた』こと。俺の両親に助けられ、そのまま居付き、俺が生まれてからずっと世話してきたこと。隷属印の関係か、六十年外見が変わっていないこと。


「なるほど」

 いくつか質問した大法皇と腹心達は伊佐治の話に納得した。


東大陸(こちら)には西大陸の歴史はあまり伝わっていないのです」「不勉強でお恥ずかしい限りです」

「いやいや、俺だって東大陸の歴史は知らなかったから」「俺のことを知らなくて当然だ」


 互いに頭を下げ合う大法皇と伊佐治。


「ですが、それならなおのこと」

「今すぐご結婚されてはいかがですか?」


 大法皇の善意しかない提案にリディは顔を赤く染め、伊佐治は苦笑を浮かべた。


「我々は皆様は『御遣い様』と同じ『我らとは違う種族の方』だと思っておりました」


 そういや翻訳作業に入るときに、伊佐治が「西大陸の言葉がわかる」「ただし三百年前の」とは説明したが、「なんでわかるのか」説明してなかったな。そして「伊佐治だけは元はこの『世界』の人間」てことも説明してなかった。

 俺達が「術で外見を変えてる」ことは説明したし、俺は術を解いた姿も披露した。が、そういえば「伊佐治はそのまま」とは伝えてなかった。

 伊佐治も含めた俺達が「『違う世界』から来た」ことは説明していたから、全員『違う種族』だと思っていたと。そりゃそうか。こちらの説明不足だったな。


 たとえ伊佐治が『違う種族の相手』でも、リディが伊佐治を好きなのは大法皇はじめ教会関係者にはミエミエだったと。伊佐治もリディに惹かれてるのはバレバレだったと。「皆様がいつか『元の世界』に帰るときには一緒についていく」とリディが日頃から言っていた。なら異種族でもいいじゃないか。さっさとくっつけばいいのに。教会関係者みんなそう思っていたと。そうなのか。いつの間に。

 そんな内情をバラされ、リディは両手で赤くなった顔を隠し、伊佐治は困り顔で頬をかいた。


「それがイサジ様は元々この『世界』の方で、我々と同種族だとなれば、マコト様もおっしゃられたとおり、『(いと)()』であらせられるリディ様との婚姻になんら障害はないと愚考致しますが」


「いかがでしょう?」

「とは言ってもなあ」

 大法皇の言葉に伊佐治は困り顔。


「俺は戸籍もなんにもない」

「そこはこちらがどうとでも致します!」サルーファスが勢いよく答える。


「そもそもそのうちこの『世界』からいなくなるだろうし」

「ならばなおのこと。こちらにいらっしゃる間に挙式すべきではないでしょうか!?」


 サルーファスよ。目がカネにみえるぞ。金儲け大好きなサルーファスには様々な計画が浮かんでるに違いない。


「リディ様の戸籍はすぐに問い合わせ致します」「イサジ様の戸籍はないと考え、新規に作成致します」「西大陸とのやり取りになるため、ひと月はお時間いただかなければなりませんが、最優先で手続き致します!」


「そもそも皆様は『御遣い様』なので、戸籍などという俗世の決まりにこだわる必要はないのでは?」

 別の腹心がそう言ったが「そういうわけにはいかねえ」と当の伊佐治が首を振った。


「俺はともかく、リディに瑕疵(かし)をつけるようなことをさせられねえ」

「この『世界』にいる以上、守るべき法はキチンと守るべきだ」


 そういうところ伊佐治はうるさいんだよな。キッチリしてるというか。

 なによりリディを大切に思っていることが伝わってくる。そんな伊佐治にリディが感激している。リディよ。表情がよく出るようになっちまって。


「ですがベアーリアムス様のおっしゃることも一理あります」サルーファスが言う。「戸籍とか手続き的なことはあとでも十分間に合います!」


「入籍前に挙式する事例もよくあります!」「近いうちに中央教会の神殿で式を挙げましょう!」「式を取り仕切る斎主は、不肖このサルーファスにお任せくださいませ!」


「いや、サルーファスはまだ若輩だ。私が受け持ちましょう」

「いや! 是非私が!」

「待て待て待て待て」

 腹心同士で争いが始まりかけたのを伊佐治があわてて止める。


「それよりもなによりもリディの家族に挨拶に行って認めてもらわねぇと」「それからでないと入籍も挙式もできない」


 伊佐治らしい潔さに腹心達も納得した。

「リディもそれでいいか?」問われたリディはまた伊佐治に惚れ直したらしい。自分がどれだけ伊佐治に大切にされているかを悟り、伊佐治が自分と結婚する気だと示され、赤くなった顔を両手で押さえ感動に打ち震えていた。


「そうですね」「衣装も手配する必要がありますしね」サルーファスがそう納得する。


「とりあえず戸籍については動きますね」「時間がかかることなので」サルーファスが申し出た。これには伊佐治も納得し、リディとふたり「よろしくお願いします」と頭を下げていた。

大法皇も側近達も全員マコ主催『リディの恋の応援隊』隊員です

神様から「助けろ」と言われるほどの『愛し児』だというだけでも教会関係者には好感度高いリディ

(大法皇の側近達には、調査を命じた関係上リディのことを明かしています)

トモが大法皇と遊ぶときに同行してきたり、普段からちょっと顔を合わせたり、リディと関わりが重なるにつれ好感度がさらにアップ

「あんないい子、恋が実ってしあわせになってほしいよね」

リディが伊佐治好きなのは誰から見ても丸わかりなので、教会関係者みんな応援していました

特に大法皇とその側近達(一部若者を除く)は、リディのこと孫のような目で見守っています

「早くくっつけばいいのに!」「やきもきする!」

「青春だなあ」「純粋だなあ」


今回腹心がかなり無理矢理ぶっ込んでふたりが結ばれ、ぶっ込んだ腹心はあとで大法皇含むいろんなひとから褒められました

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