【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』30
前回のラストから時間をかなり戻します
教会に日参するようになった頃からスタートです
教会に日参し、俺達は翻訳作業、マコチームは転移陣と隷属印解呪の研究をはじめた。
それぞれに新たな発見があったり面倒事が発生したりと色々あったが、どうにか残業することなく時間どおりに退出できている。
十五時にそれぞれの研究を終え合流。おやつを食ったあとは中央都市を散策。トモを連れ公園で遊んだり買い物をしたり。ときには教会付属の幼稚園的なところに遊びに行かせてもらったり。同年代と接するのはトモにも刺激になるらしい。微笑ましい光景にマコとリディがデレデレになっている。
なんと大法皇と遊ぶことも。
大法皇は大法皇だけあるのか魔法の達人。全属性使えるらしい。その魔法を駆使してトモと遊んでくれる。花を降らせたり氷の結晶を舞わせたり。『風』を使ってトモを持ち上げ疑似飛行をしてくれたり。
トモは『金』の属性特化。さらには『金』のなかでも『風』特化とあり、この遊びに大喜び。何度も何度もおねだりし、大法皇にすっかりなついた。
「また明日も遊びましょうね」大法皇のほうもなつかれてまんざらでもないらしい。仕事の邪魔になるんじゃないかとリディが心配したが「大法皇様にもちょうどいい息抜きになるのでありがたいです」と側近達が喜んでいた。ならいいかとたびたび遊んでもらっている。
ちなみにマコとリディの研究中のトモは、部屋の一角に場所をもらい遊んでいる。麻比古、暁月、久十郎の誰かひとりがトモにつき見守りながら相手をしてくれている。神官達が月齢に合わせたおもちゃを差し入れしてくれ、充実したスペースとなった。積み木をしたりボール遊びをしたりと、トモはトモで楽しく過ごしている。
そうして二週間が過ぎた頃のこと。
『キラキラ』のおかげか本人の努力か、はたまた専門家の協力のおかげか。マコの転移陣解読はほぼ完成までたどり着いた。実際に転移できるかは「やってみないとわからない」。
隷属印解呪はもう少し検討が必要。東大陸では使われた記録のないものらしく、最悪西大陸の教会研究者に協力を仰がなくてはならない可能性もある。
転移陣に関しては「再設定が必要だろう」と教会関係者が話し合いの結果結論づけた。
俺達の拠点としている島のように、かつての神職が訪れ転移陣を設置した『聖地』がいくつも放置されていることがリディの話で明らかになった。
改めて資料を調べたところ、東大陸の『聖地』にも忘れ去られたものがあることが判明。『聖地』を『聖地』として再興するためのプロジェクトチームが発足した。らしい。
『聖地』に設置してある転移陣は、当然古いもの。放置されていたなら俺達の島のもののように経年劣化や風化で壊れている可能性が高い。新しいものを設置し直すか古いものを修復するかは「それぞれの状況を確認してから」となった。
いずれにしても、今回のマコの研究が役に立つことは間違いない。教会関係者がマコを崇め奉っていた。
当のマコは「パズルが解けてすっきりした!」と満足そうに笑っていた。教会関係者が泣いて感謝するような偉業を達成した自覚もなく、ただただ解けたことを喜ぶマコ。
東大陸に上陸してもうじき二か月。
俺達がこの『世界』に来てもうじき六ヶ月になる日のことだった。
◇ ◇ ◇
『こちら』の一年は約四百日。正確には三百九十六日。俺達のいた『世界』はひと月三十日か三十一日の十二か月だったが『こちら』はひと月三十三日の十二か月。なので、俺達のカレンダーとはズレがある。ちなみに俺がカウントしているのは『俺達の世界』の暦での日にち。まだ数か月しか経っていないから数週間のズレで済んでいるが、何年も過ごしていたら月単位でズレが出るだろう。そうなる前に帰還できるといいんだが。
一応俺達の『世界』のカレンダーでカウントしたトモの一歳の誕生日に誕生日パーティーをした。
この『世界』に来て六ヶ月が経過した。
島で家族だけで祝おうと思っていたのに、あちこちから「どんな料理を出すのか」「どんな風習があるのか」とやいやい言われ、仕方なく教会の部屋を借りてパーティーをすることになった。
「『御遣い様』のおひとりであらせられるトモ様の特別なお祝いとあらばトリアンム教全体で祝福すべき」とか大法皇が言い出したがそれは全員一致で却下した。
久十郎先導で餅つきをし、一升餅と小餅を作った。
餅の材料も道具もすでにあった。そこは『御遣い様』が浸透させていた。
街で祝い着を買い、トモに着せた。俺達もちょっといい服にしてパーティーの雰囲気を出した。
前日から飾り付けをした。その飾りも『俺達の世界』のもの。輪っか飾りを作りガーランドを作り『一歳おめでとう』と書いた横断幕を作り。
「適当でいいんだよ」「お祝いの気持ちがこもってたらそれで」「『ここまで無事に大きくなってありがとう』と祝えばそれでいいんだよ」俺の意見に手伝ってくれた神官達が「どこの国でもどの『世界』でも同じなんですね」と笑っていた。
料理担当の三人が事前に材料を用意し下ごしらえをし、当日は朝早くから張り切って御馳走を作ってくれた。
赤飯や煮物、鯛の尾頭付き、紅白なますにお吸い物。他にも華やかな料理を出してくれた。大法皇も神官達も商会関係者も「美しい!」「美味しい!」と驚いていた。
トモ用のお祝い離乳食も用意してくれていた。茹で人参を星形にくり抜き皿に並べ、一口サイズに丸めたおにぎりには海苔で顔を描き、他にも茹で野菜や豆腐や茹でた魚や果物で見事なプレートを作っていた。子供のいる参加者が「すごい!」「かわいい!」「綺麗!」と食いつき写真を撮ったりスケッチをしたりしていた。が、そんな周囲に忖度することなくトモがペロリとたいらげた。間に合わなかった数人が膝から崩れ落ちていた。
風呂敷に包んだ一升餅をトモに背負わせる。赤ん坊にはかなりの重さのはずなのに平気な顔で立ち、二歩三歩と歩いた。「すごいぞ!」「天才だ!」いつも通りに馬鹿丸出しのウチの連中に手放しで褒められてご機嫌になっていた。
『選び取り』というのを「やる」と伊佐治が聞かず、色々と好き勝手に書いたカードをトモの前に広げた。欲張りなのかなんなのか、四枚も取った。これ、合ってんのか?
手にしたカードは『退魔師』『パソコン』『エンジニア』『研究者』。
『退魔師』を選んでるのは偶然なのかなんなのか。まあお遊びだからな。
リディが母国に伝わる祝福の歌を歌ってくれた。無事の成長を願うおまじないもしてくれた。
マコと一緒にトモの面倒をみてくれているリディはすっかり『第二の母親』だ。マコと一緒になってトモをかわいがり一喜一憂してくれている。
もちろんウチの連中もトモをかわいがってくれている。特に伊佐治は俺よりも父親らしくトモを構っている。
「ヒデのときもああだったわよ」
「面倒見がいいもんな」
「あんな厳つい顔して子供好きなんだよ」
暁月達がこっそりと教えてくれる。「昔のヒデと伊佐治を見てるようだ」と。
自分もあんなふうに愛情を注がれてきたのかと思うとうれしいやら気恥ずかしいやらでくすぐったくなる。どんな表情をしていいのかわからない。
トモが生まれたときから「伊佐治をお手本にしなさい」と暁月にアドバイスされ、伊佐治を参考にしながらトモの面倒を見ている。時には伊佐治達からの指導も受ける。そうしてどうにか父親らしくできている。はず。
「いいんだよそれで」
「毎日毎日過ごしているうちに『父親になる』んだよ」
伊佐治がはげましの言葉と共に頭を撫でてくれる。他の連中も笑う。
パーティが終わったあとは中央神殿の祭壇へ。大法皇自ら祝福を授けてくれた。
島に帰還してから神殿と奥の院の両方に詣でた。中央神殿のときと同じくトモの無事の成長に感謝し、この半年の無事に感謝し、できれば早く帰還させてくれとお願いをした。
◇ ◇ ◇
トモの誕生日の翌日。
早朝だというのに「緊急事態発生」の連絡が入った。
なにか起こったときのためにと全員に色々なアイテムを持たせている。そのなかのひとつが『霊力を込めると全員に救援依頼の通報が行くアイテム』。
誰がどこから通報しているかも感じ取れるようにしてあるそれによると、通報者は伊佐治、場所は奥の院。
リディと伊佐治は今朝もいつものように奥の院に向かった。伊佐治がついていながら通報しないといけない事態とは一体。
バタバタと転移陣のある場所へ向かえば全員が集まってきた。マコもトモを抱いたまま駆けつける。
「マコとトモは残れ」と言ったが「一緒に行く」と聞かない。マコも『伊佐治からの通報』の異常度を理解している。『リディになにかあった』と。
押し問答している時間が惜しい。「なにか起きたら私が連れて逃げる」と暁月が言うので全員で奥の院に向け転移した。
奥の院入口から祭壇へ駆け込む。と。
「! ヒデ! みんな!」
「た、たすけてくださいぃぃ〜」
リディを抱き上げる伊佐治の周りを光の珠がヒュンヒュンと飛び回っている。時々擦り寄るような動きをする。まるで仔犬がじゃれているよう。
邪悪な気配は感じない。むしろ清らかな気配しかしない。精霊とかそういうヤツか?
邪悪さを感じないからこそ伊佐治も乱暴な対応に出られず救援依頼を出したのだろうと理解した。
念の為周囲を確認。この光の珠以外は特に変わりない。―――いや。
―――前回確認に来たときにはまだ不安定だった『場』が、安定している―――?
俺がキョロキョロと周囲を確認している間にも光の珠はうれしそうにリディにまとわりつく。リディを抱き上げている伊佐治にも。
と、固まっていた麻比古がガバリとその場に平伏した。
「『神』だ」
「「「え??」」」
「この光。『神』だ」
「「「え???」」」
『正確ー!』とばかりに点滅する光の珠。リディに擦り寄ろうとして伊佐治の手にガードされ、結果伊佐治の手に擦りついている。
なんでこんなモノが出現したのか。
とりあえずなにがあったのか聞いたが、ふたりとも「よくわからない」と言う。
「いつも通りに掃除をして花と水を替えて祈りを捧げたら、突然コレが現れた」「特に敵意も邪気も感じないから滅するわけにもいかず」「逃げようとしたがついてくる」「神殿から出ようとしたら出口をふさいで邪魔をしてくる」
で、やむを得ず救援依頼を出した、と。
この光の珠が出現して十分といったところか。
「ホントにいつも通りだったのか? なにかいつもと違う行動を取らなかったか?」
「取ってない。………はずだ」
俺の質問に伊佐治が答える。リディもコクコクとうなずく。
「じゃあ、いつもと違うこと祈ったりしてない?」
マコの質問にリディがわかりやすく動揺した。
俺達と出会って半年。すなわち王女をやめて半年。最近リディは感情や思考が表に出るようになってきた。
思考が読める態度は王族や貴族としては失格と言われるだろうが、俺達や教会関係者相手にはそんなもの必要ない。
最初そんな態度をしたときには動揺し謝罪したリディだが、マコが「普通にしてくれてうれしい」「より『家族』みたいでうれしい」と喜ぶものだから、どんどんと素直に感情を出すようになった。
最初は退魔師の訓練をしてきた俺くらいしか読めなかったリディの感情が、今では誰もが読めるようになっている。
今もわかりやすく動揺しているのは誰の目にも明らか。全員からの『言え』の圧に、リディはしぶしぶといったように口を開いた。
「……………実は……………」
だんだんと顔が赤くなっていっているリディ。どうした??
「……………昨日のトモくんのお誕生日会が楽しくて………」
「トモくんがすごく可愛くて」
「それを、つい、思い出して」
「『いつか私も、トモくんのように可愛い子供が欲しい』と、願って、しまいました……………」
伊佐治に抱かれたまま両手で顔を隠し、プルプル震えるリディ。耳が真っ赤だ。リディが『誰との子供』を望んでいるのか俺ですらわかってしまう。
俺なんかよりもそういう機微のわかるウチの連中には当然伝わっているはず。それなのに伊佐治はいつも通りの表情のまま。
「つまり、リディの『願い』に反応して現れたモノってことか?」「『リディの子供になりたい存在』もしくは『リディの子供として遣わされた存在』ということか?」
いやお前今はそれじゃないだろう。
俺ですらそう思ったのに、伊佐治はいつもの調子で「どうだ?」と聞いてくる。
「………その可能性は高いな」しぶしぶ答えれば他の連中も口を開く。
「差し当たり害はなさそう」
「麻比古が『神』だと言うならば大法皇なら詳細がわかるんじゃないか?」
「リディにまとわりついてるし、このまま中央教会に行ってみたらどうだ?」
「だが神殿を出ようとしたら邪魔するんだ」
「ちょっと試してみてくれ」と頼み、伊佐治がリディを抱いたまま出口へ向かう。光の珠もリディにまとわりついたままついていった。が、神殿を出ようとしたら回り込んで押し戻そうとする。
「なるほど」
「神殿を出たくないのかな」
「神殿を出ると存在が消えるとか?」
「なんか依代が必要とか?」
「依代か。なんかないかな」
無限収納に入れているものを適当に出していく。と、以前島で拾って加工した、大きめのまんまるい鉱石があった。
この『世界』に来たばかりの頃。島を探索していて見つけたもののひとつ。水晶のように透明な石に、『俺達の世界』の水晶と違いがあるか、加工ができるか、色々実験したもの。調子に乗って真円にできるか試してみたらできた。
これなら真円だし透明だし適度に魔力を含んでるし浄化済だし、いけるんじゃないか?
「リディ。これ持って」
リディに鉱石を持たせると『なになに?』とでも言うように光の珠が鉱石に近寄り様子をうかがう。と、スゥッと鉱石に入り込んだ!
しばらく発光していたが、やがて淡く光る状態で落ち着いた。
「成功かな?」
「どうだろうな」「安定はしてる気がするが」
リディに近寄り鉱石の様子をうかがう。―――おかしな気配も危険な感じもなさそう。
「これならリディが持って出られないか」
「ちょっと試してみよう」
伊佐治がリディを抱いたまま再び出口へと歩く。トモを抱くマコの横に来たとき。光る鉱石にトモが興味を示した。
「りでぃ」「ぴか」マコに抱かれたまま手を伸ばすトモにリディがやわらかく微笑む。
「だめよトモくん」「あぶないからね」
「そうだよトモくん」「あとでね」
マコもトモを離そうと下がった。なのに。
「! トモ!!」
あっと思ったときには鉱石から伸びた淡い光がトモを包んだ!
俺達が反応するより早く光はトモから離れ鉱石に戻る。解放されたトモはびっくりしているが特に異変はなさそう。
鉱石からパアッと淡い光があふれた。もやもやとうごめき、やがてトモと同じシルエットになった。
「子供に、なった………?」
ポカンとつぶやくリディ。少しずつ光が収まったあと、リディの腕にいたのはトモと同月齢に見える男の子。
何故『男の子』とわかったか。すっぽんぽんだったから。
額にはちいさなちいさなツノが二本。口元にはちいさな牙がのぞく。その顔立ちは伊佐治に瓜二つ。が、瞳の色は紫、髪は黒。リディの色をまとっていた。
幼児はキョロキョロと周囲を見回し、俺達を視認する。そして最後にリディと目を合わせ――にぱーっ! と、笑った。
「まま!」
リディに向け幼児が笑顔で呼びかける。
「ま、ママ!?」
戸惑うリディににぱりと笑い、幼児は呆然とする伊佐治を見つけ呼びかけた。
「ぱぱ!」
「「パパ!?」」
驚く周囲に構うことなく、ミニチュア伊佐治(仮)はリディに抱きつき頬ずりをした。
「まま、だいすき!」
「〜〜〜!!」
あまりの愛らしさにリディが陥落した。ぎゅうっと幼児を抱き締め自分から頬ずりする。
「り、リディ! 失礼だぞ!」何故か麻比古が動揺している。リディを抱く伊佐治は困り顔をするだけで止める様子はない。
「ひとまずこれならば神殿を出られるか?」久十郎の問いかけに出口へ向かう。と、問題なく神殿を出られた。
「じゃあこの子――この、子? を中央教会に連れて行こう」「大法皇にみてもらおう」
俺のまとめに全員がうなずいた。
「リディの体調はどう?」「目眩とか気持ち悪いとかない?」
暁月の確認に「大丈夫です」と答えるリディ。
そこでようやくリディは伊佐治に抱かれたままだと気付いたらしい。ハッとして赤くなった。
「い、イサジさん」
呼びかけに伊佐治もハッとする。
「お、おお」戸惑いながらも「おろしても大丈夫か?」とリディを気遣う。
幼児を抱いたままリディがようやく自分の足で立つ。そのまま全員で家に戻った。
すっぽんぽんの幼児にトモの服を着せ、朝食。腹ごしらえしないと。このあと絶対長くなる。
ミニチュア伊佐治(仮)も食べたがったが「下手に人間の食べ物を与えないほうがいい」と麻比古が止めた。本人は「たべたい」と不満そうだったが念には念を入れ大法皇に確認してからとすることにした。
◇ ◇ ◇
「緊急事態が発生した」「今日は翻訳も研究もできない」「大法皇にすぐ会いたい」毎朝転移陣まで迎えに来てくれているサルーファスに会うなり告げた。緊急事態と伝わったらしく、サルーファスはすぐに駆け出した。翻訳チームマコチーム両方に連絡をし、大法皇に先触れを出しに行ってくれた。おかげですぐに大法王に面会できた。
念の為にとミニチュア伊佐治(仮)は大きな布でくるみリディが抱いていた。適度な暗さと包まれる感覚がよかったのかはたまた疲れたのか、布でくるんでリディが抱いたらすぐに寝てしまった。移動中静かだったからちょうどよかった。
顔を合わせた大法皇のほうもなんだか忙しそう。側近達がバタバタし鬼気迫った雰囲気。それでも俺達のほうを優先してくれた。「大法皇にだけ話をしたい」と伝えたら快く許可してくれた。
「できれば『祈りの間』でお願いしたい」めずらしく麻比古が横から口を出す。なにか察したらしい大法皇がすぐに移動してくれた。
人払いをし俺が結界を展開し、ようやくリディの抱く布を開け放った。現れた幼児に大法皇はすぐさま膝をつき両手を胸の前で交差させ頭を下げた。
大法皇をどうにか座らせ、なにがあったか話した。大法皇からも話があった。
大法皇は『神々の声』が『聴こえる』。その大法皇がいつものように朝の祈りを捧げていたら突然『声』が『聴こえた』。
「あらたな『子』がうまれた」というそれを大法皇は正しく理解できた。『神が生まれた』と判断した大法皇。「どちらにお生まれになられたのですか」とお伺いしても「うまれた」「うまれた」しか言わない。どうしたものかと側近達に報告し、各地の教会に問い合わせをしていたところに俺達が飛び込んできたと。
のんきに朝飯食べてたわ。申し訳ない。
話の流れで、元々島にいた神は邪神に堕ちていたので魔王を名乗る低級妖魔もろとも俺が滅したこと、『魂送り』をして浄化もしたこと、奥の院と麓の神殿でリディが毎日祈りを捧げていることも話した。
大法皇が絶句してしまったそのとき。リディの腕の幼児が目を覚ました。俺の声がうるさかったか?
「起こしちまったか? ごめんな」
声をかけたが幼児は気にすることなく辺りをキョロキョロ見回している。
と、祭壇に気付いた幼児。
「きたー」「こんちゃー」誰に向けてかは知らないが、手を挙げ頭を下げた。
と。
パアァァァ!
祈りの間の天井があり得ない明るさで光った!
わかる。高次元体が『降りて』きている!
ひと柱、ふた柱ではない。幾柱もの神々が消えた天井の向こうからこちらに『降りて』くる。高霊力対策として着けている簡易の結界展開装置が自動展開している。が、いつ壊れるかわからない。それほどの『圧』が頭上から降り注ぐ!
話し合い前に展開していた俺の結界は一瞬で消え失せた。これほどの高次元体相手では、元とはいえ特級でも太刀打ちできるわけがない。しかもそれが幾柱も。
『圧』に押し潰されるように跪き頭を垂れる。他の連中も、大法皇も頭を下げ平伏していた。リディに抱かれた幼児だけは平伏するリディから逃げようとモゾモゾしながら高次元体に向け手を振っている。
《うまれた》《うまれた》《あらたな家族》
《おめでとう》《ようこそ》《祝福を》
口々に幼児に語りかけ祝福を与えている。俺、精神系能力者じゃないのになんで『聴こえる』んだ!?
《我らがあらたな子が中継をしておる》
ご丁寧にこちらの思念を『読んで』お答えくださる。ちらりと周囲をうかがえば、ウチの連中も、マコもリディも『聴こえている』らしい。同じように顔を上げ、互いに顔を見合わせていた。
《まずは褒めてつかわそう》《異世界よりの『たすけびと』よ》《よくぞ我が『愛し児』を助けてくれた》
先程とは違う声が語りかけてくる。
《我らがきょうだいを救ってくれたことも感謝する》《よくぞ苦しみから解き放ってくれた》
別の声がそんなことを言う。それは俺が滅した島の邪神のことか?
どの声も、男か女か、若いか年配かわからない。頭に直接響いている。なにも答えることもできず、ただ頭を下げ続けた。
《このたびはあらたな子を生み出した》
《さすがは『愛し児』》
《とはいえこの子はまだ生まれたばかり》
《あらたな子が独り立ちするまでそなたたちが護るように》
「いやそれは困ります」
とんでもない言葉にギョッとして反射的に口に出していた。麻比古が死にそうな顔色になったのが視界の隅に見えたが無視し、どこにかわからないが訴えた。
「いつをもって『独り立ち』とされるのかは知りませんが」「こっちにはこっちの都合があります」「いい加減帰らせてください」
はっきり言えば、あちこちからギャンギャン返ってきた。
その話をまとめると。
そもそも『御遣い様』こと新井太助がこの『世界』に『落ちた』のは太助の『願い』が原因。
『マコの御神木』とその祠の『守護者』だった太助は祠の主と御神木からの加護を受けていた。
その太助の、生命を賭けた本気の『願い』に、祠の主と御神木が応えた。物理的な距離は関係ないらしい。どれだけの結びつきがあるか、どれだけ強い『願い』をかけられるかが問題だと。『守護者』に成るくらいの男で、主達による直接の加護があったから強い強い結びつきがあり、その『声』が届いた。
太助のピンチにたまげた祠の主と御神木。「太助を助けて!」と自分達よりも上の存在に訴えた。
必死の訴えに上が動き、どこかに『縁』がないか探した。と、丁度同じタイミングで『落ちて』いる人間がいた。その『世界』の『管理者』――目の前の『高位の存在』――に確認すれば、死なせるには惜しい人物。「ちょうどいい」と、ふたりの『世界』を交換することにした。
そのまま位置を入れ替えたのではふたりとも死んでしまう。なので「ちょっとズラして『落とした』」。
そうして太助は東大陸の中央教会の『祈りの泉』に『落ちた』。
太助と『入れ替わり』で俺達の『世界』に『落ちた』のが、伊佐治。
「一緒にいた子供も数人巻き込んでしまったせいでバランスが崩れ、『落ちる』年代も場所もバラバラになった」という。だから伊佐治が『落ちた』のも太助が『願い』をかけた約十年後だった。出現場所も『マコの御神木』を狙ったのに、ちょっとズレて静原家にほど近い山中になったと。太助も西大陸の神殿に『落とす』つもりだったのに、ちょっとズレて東大陸の神殿になったと。
……………『ちょっと』……………。
………まあ、ツッコミはあとにしよう。
とにかく「そもそもはそっちの『世界』の要望を受け入れたのだから、次はこっちの言うことを聞け」と主張しやがられる。
「それはリディを助けたことでチャラでしょう」と反論したが「それは確かに助かったがそれだけでチャラにするほど自分達は安くない」みたいなことを言いやがられる。
『愛し児』のピンチに「どうにか助けたい」とあれこれ動いた神々。「そういえば昔、他所の『世界』の『願い』を受けて『住人の入れ替え』をした」と思い出した。
「あのとき『違う世界』に行った者ならば理を阻害することなく『愛し児』を助けられるんじゃないか」と思いついた。
試しにどうしているかのぞいてみたら、なかなか強そう。おまけに一緒にいる者達は全員強者。これなら『愛し児』を助けられる!
神々の声が『聴こえる』ことの多い幼児を連れているところも、その幼児が『境界無効』の特殊能力をもってることも都合がいい。これなら『入れ替え』なしで全員呼べる。
なんか面倒くさい『制約』があるらしい。そりゃそうだな。『高位の存在』の気分でポンポン動かれたら俺達下々はいい迷惑だ。
とにかく、そうして俺達を『呼んだ』。「良い仕事をした」「褒めてつかわす」何故か上から褒められた。『何故か』じゃないか。上の存在だったわ。
「ですが帰らせてもらわないと」「このトモには定められた『お相手』がおります」「少なくとも思春期までには『元の世界』に帰らせていただかなければ『お相手』と結ばれません」
「そんなの知らない」「こっちで別の相手を選べばいい」好き勝手おっしゃりやがる。これだから上の存在は。
「それなら『お相手』も『こっち』に連れてきてくださいよ」「それならまあ、考えてみます」
『考えてみる』だけで『決定する』わけじゃないがな。
ダメ元での提案に『高位の存在』は乗り気になった。《ちょっと待て》《調べてみよう》
サワサワしていたが、突然ギョッとした空気になった。
《『高間原』の『黒の姫』―――!?》
《あの噂の!?》
《この幼児も『高間原』の者だと!?》
《五千年――いや、三十万年――!? もっと――!? ヒトの身でそれほど長く存在する魂とは―――!》
《これが噂の『半身』か――!》
なんかザワついている。『たかまがはら』? それが開祖様の手記にあった異世界の『名』か。
そして『開祖様の奥様』は他の『世界』でも有名人なのか。どんな女性だ。そんな女性に見合う男にこいつを育てるなんて、できるのか?
《なんと! こちらのふたりも『半身』ではないか!》突然俺とマコに向け声がかかった。
《しかも『魂』が結びついておる》
《こんなヒトがいるとは!》
《こっちの男も『半身持ち』だ!》
《なんと!》
《しかもこちらの三人は『高間原』の末裔ではないか》
《これは『高間原』の担当者にバレたらマズいのではないか?》
会話から察するに、『高間原の担当者』はかなり長く存在している。『高間原』が――自分達の管理する『世界』が滅びても存在するなど「普通ではあり得ない」。なのに、強いチカラを持つ巫女が己のほぼすべての霊力を対価としてさらに上の存在に『願い』をかけ、滅亡する『世界』から俺達の『世界』へ引っ越しさせた。神々だけでなく、輪廻している魂すらも。
長く存在するモノが発言力が強いのはどこの世界でも同じらしい。
そんな『高間原の担当者』に『開祖様の奥様』は愛されていると。ひと柱だけでなく数多くの神々の『愛し児』だと。そんな『奥様』を連れてくるなど言語道断。そしてそんな『奥様』の『お相手』であるトモを『こちら』に留めておくことも「バレたら非常にマズい」と。
さらに言えば、なにやら『世界』を股にかける『厄介な存在』があるらしく、ソレと『奥様』は「強い因縁で結ばれている」。もしもトモをここに留め、なんらかの要因で『奥様』が『こちら』に来たら。その『厄介な存在』まで『こちら』に来るのではないか。それはマズい。『ソレ』のためにいくつの『世界』が滅びたことか。
そんな話の結果、「近いうちに『元の世界』に帰す」とのお言葉をいただいた。
「可能であれば『跳ばされた』時間に戻して欲しい」「『こちら』で過ごしたのと同じ時間経過で帰されたら、その間『向こう』では行方不明として騒ぎになる」そう注文をつければ「もっともだ」と納得され、『跳ばされた』すぐの時間に帰還できるよう取り計らってくれることもお約束いただいた。
ただしうまれたばかりの『あらたな子』が落ち着くまで今しばらく『こちら』で協力するよう求められた。
『跳ばされた』すぐの時間に帰還できるなら、多少は仕方ないか。こちらも伊佐治の隷属印解呪がまだできてないし。
「あまり長くなると戻ったときにトモの成長に齟齬が出る」「長くてもあと半年以内にどうにかしてくれ」と注文をつけた。が、『世界』をまたぐ転移は「色々と条件や制限がある」らしい。それでも「なるべく早く帰還できるよう考えてみる」との約束を引き出した。