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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』29

 大法皇との面会をした翌日。

 島で朝のルーティンを済ませ全員で港町へ。ポーランと教会で落ち合い転移陣で中央都市の教会へ。俺と伊佐治、定兼は『御遣(みつか)い様』の文書翻訳、マコとリディ、麻比古、久十郎、暁月は転移陣と隷属印研究へ向かう。


 本当なら同じ部屋で作業したかったが「隷属印解呪の研究をしていること伊佐治さんにバレたくない」とマコが言うので別室での作業になった。


 一応作業は日本で言う九時から十五時までにしてもらった。もちろん途中昼食に一時間の休憩を入れて。でないとトモとの時間がなくなる。それはマコにとって譲れないこと。

 トモに昼メシを食わせ昼寝をさせ起きる時間がいつもだいたい十五時なのでこの設定になった。


「俺とマコだけ離脱して伊佐治とリディを残せば」と言ってみたが「俺だけに押し付けんな」と伊佐治に文句を言われたら大人しく従う他ない。


 もちろんポーランは渋った。が「子供との時間を優先したい」とマコの訴えに最後は了承した。


 ポーランは独身。だが兄と妹がおり、甥姪がいる。その甥姪がちいさいときにも研究にのめり込んでいて「気が付いたら大きくなってた」「『おじさん誰?』と素で聞かれて泣いた」らしい。

「おまえも同じ道を辿(たど)るところだったよ」「マコに感謝しろ」何故か俺がウチの連中に説教された。なんでだろうな?



 俺達の都合で一日の時間制限をかけたが、時間内はしっかり働こう。まずは軽く目を通してみる。


御遣(みつか)い様』の文字は楷書で書かれているものもあるが草書で走り書きされているものも多い。おまけに古い字体もくずし字もある。伊佐治は俺が学ぶ横で日本語を習得しただけなので草書は読めない。早々に降参した。


 俺は祖父から古文書読解も叩き込まれているので、この程度の草書やくずし字ならまだ読める。ということで、俺が伊佐治に読みやすい字で書いたものを伊佐治が西大陸語で書く、という面倒くさい作業が必須となった。伊佐治ひとりに押しつけるつもりだったのに。


 西大陸語と東大陸語はほとんど同じ。ただ伊佐治が使うのは三百年前の西大陸語なので現在の東大陸語とは若干違う。らしい。

 ポーランは『御遣(みつか)い様』の研究のために古語も習得しているので問題なく読める。


 だから文字によっては『御遣(みつか)い様』(日本語草書)→俺(日本語楷書)→伊佐治(昔の西大陸語)→ポーラン(現在の東大陸語)と、四段階を踏まないといけない。めんどくせえ。


 どういうふうに翻訳するかポーランと上司と相談。結果、白い紙に一文のみを『複写』し、その横に俺が読みやすい字で書く。その横に伊佐治が西大陸語で書き、さらにその横にポーランが東大陸語で書く。それをひたすら繰り返すことになった。

 三人が横並びで座り、流れ作業でこなしていく。図解やちょっとした細かいメモまで翻訳解説を入れていかないといけないので(ポーランに懇願された)、一ページ翻訳するだけでもかなり時間を取られる。


 翻訳作業をしながらポーランは辞書を作っている。

 俺達がリディのために異世界から招かれた存在であること、いつかは元の『世界』に帰ることはポーランに明かしていた。大法皇の話でそれが裏付けされた。だから、万が一すべて翻訳しきる前に帰ったときのためにと作っている。そういうこと思いつくあたり「こいつ頭いいな」と思う。


 幸いなことに文法は同じ。なので文字さえ解読できたらさほど大変じゃない。はず。ポーランはこれで言語学の第一人者らしいからまあどうにかするだろう。俺が気にすることじゃない。というわけで、せっせと与えられたタスクをこなした。



   ◇ ◇ ◇



 この『世界』主流の筆記用具は筆だった。リディによると西大陸は羽ペンが主流らしい。これも『御遣(みつか)い様』の影響かな。

 俺達にも「よかったらこれ使って」と一式が提供された。けどいちいち墨()るのめんどくせえ。自前のペン使おう。


 ボールペンにポーランが食いついた。「神の世界の道具!」とか言うから作り方を図面にしたらまた「馬鹿」と(なじ)られた。「こんな簡単に機密を明かすな!」


 初対面から二十代の姿を取っているからか、ポーランは俺のことを歳下扱いする。だからか、こうしてギャンギャンと説教してくる。

「俺きみより歳上だよ?」と何度言っても理解しない。困ったヤツだ。

 けど説教してくるのはポーランがいいヤツという証でもある。俺の知識を利用して金儲けしようと思えばできるだろうに、ただひたすらに俺の身の安全を心配してくれる。そんなポーランだから「協力しよう」と思えるんだがな。


 それはさておき、ボールペン作るか。文房具作るメーカーに知り合いいないか?


 ポーラン個人の知り合いはいなかったが、教会に文房具を卸している商会の責任者を大法皇の側近が連れて来た。

 中央教会は規模が大きいので文房具ひとつ取っても数社が入っていた。数人と面会し「こいつなら」という男を選ぶ。

 ボールペンと、ついでにシャーペンも作ってもらおうと業者の男に図面を渡したら「あんたは馬鹿か!」とやっぱり怒鳴られた。なんだよ。この『世界』の男は怒鳴らないと気が済まないのかよ。


「これは世界を変える発明だぞ!?」「どれだけの利益が出るか予測できないのか!」

 ポーランと同年代の四十代に見える男は唾を飛ばし机をダンダン叩く。


 そうは言ってもこれからインクの調整やら安定して作れるシステム作らないとできないものだし。俺そういう面倒なことしたくないし。図面はあってもイチから開発するのと変わりない。


 そう説明したが男は納得しない。なんでだろうな?

 ハッとひらめいた。

 そうか。まずは鉛筆作らないと。一足飛びにボールペンとシャーペンてのは無理があったな!

「そうじゃない! そうじゃないだろこの馬鹿!!」

「発明品を増やすなああああ!!」


 頭を抱え叫ぶふたり。おかしいな? なんで俺叱られてるんだろうな?

 そしてなんで伊佐治と定兼が謝ってるんだろうな? よくわからないが放っといて俺は翻訳進めよう。



   ◇ ◇ ◇



御遣(みつか)い様』の遺したノートは、ほぼ日記だった。ポーランと上司が大騒ぎ。

「歴史が裏付けられた!」「あの逸話にこんな裏話が!」


 そして意外なことに、俺達とも接点があることが判明した。



 この『世界』で『御遣(みつか)い様』と呼ばれている男は、戦死したと伝えられた『マコの御神木』の守護者だった。



 なんでわかったか。

 ご丁寧に住所と名前が書いてあったから。


 新井(あらい) 太助(たすけ)

 それがかつての『マコの御神木』の守護者であり、この『世界』で『御遣(みつか)い様』となった男。


 マコとマコの両親の調査をしたときに『マコの御神木』の守護者についても調べていた。その名前と住所が一致。なんてこった。戦死したんじゃなかったのか。



御遣(みつか)い様』のノートによると。


 京都市郊外で生まれ育った男。若くして祖父から祠と御神木の『守護者』を受け継いだ。

 男の生きた時代は世界大戦が行われていた時代。男も兵役から逃れられず戦地へと送られた。

 戦地でかなり過酷な目に遭った。戦闘もキツかったがそれよりも軍による非人道的な行いが男の精神を痛めつけた。具体的には書かれていなかったが、上官や上層部への怒りがにじんでいた。


 ある日ついにブチ切れ上官に向かって行った。逆ギレした上官に突き飛ばされ、川に落ちた。

 死を覚悟し、それでも理不尽なあれこれへの(いか)りは燃え続け、強く強く『願い』をかけた。


『死にたくない』『生きたい』

『こんな戦争、やめさせたい』


 気が付いたら知らない部屋だった。知らない言語を話す集団が自分をのぞきこんでいた。知らない言語でも言っている内容はわかった。


 男は精神系能力者だった。

 だからこそ戦地で精神的負担を強いられた。非人道的な行いが男の精神を痛めつけた。戦争を憎み、生き延びて戦争を止めたいと願った。


 男は「神殿の『祈りの泉』に突如現れた」と説明された。「どこから来たのか」「どうやって侵入したのか」色々聞かれた。「日本から来た」「京都から来た」と言っても伝わらない。精神系の能力が増幅されていたらしく、違う言語でもこちらの言いたいことは伝わった。が、『日本』という国も『京都』という都市も知っている者は誰一人いなかった。


『神隠し』のことは男も知っていた。『落人(おちびと)』のことも。なので「己が『落人(おちびと)』として異なる『世界』へと迷い込んだ」と理解した。


 男はそのまま教会に保護された。神官達に教わりながら言語を習得し生活習慣を覚えていった。穏やかな日々は傷ついた精神を癒やしていった。が同時に「こんな穏やかに暮らしていてはいけない」という焦燥も(いだ)いていた。


 戦争を()めなければ。どうにか『元の世界』に戻って戦争をやめさせなければ。

 そう思っていたある日、世界情勢についての話を聞いた。


『転移陣』というもので世界中どこでも一瞬で行ける『世界』だったが、数十年前から不正や利権の独占、汚職が進み、転移陣の使用が制限されるようになった。現在は神官に限り転移陣が使用できているが、別の大陸では全面的に使用禁止になっている。それは大陸がいくつもの国に分裂し、戦争状態になっているから。

 この大陸でもいつ戦争状態になるかわからない。有力者や有力団体が互いの利益や権利を主張し話し合いが行われているが一触即発で、いつどこが爆発して戦争になるかわからない。

 そんな状況だからどこも食料の買いだめに走っている。そのせいで物価は上昇の一途。転移陣が使えないから昔のような物流も止まっている。神に祈りを捧げているが、正直どうなるかわからない―――。


 その話を聞いた男は「雷に撃たれた心地がした」。「己がここに来たのはこのためだ」「この世界の戦争を()めるためだ」そう叫び「上層部に会わせてくれ」と突撃した。


 男が「神殿の『祈りの泉』に突如現れた」ことは誰もが知っていた。その男が突撃「己の使命を悟った」「神に遣わされたのだ」と叫び突撃してきたものだから教会上層部は驚き、それでもその言葉を信じた。手を尽くして各方面の有力者に男を会わせた。

 男は必死で駆け回った。「戦争は駄目だ」と訴えた。「他の方法を考えよう」「貴殿ならばできるだろう」「子供達を苦しめないでくれ」正論をぶつけ自尊心をくすぐり情に訴え、ひたすらに真摯にひとりひとりとぶつかり合った。その苦闘が日記につづられていた。


 そうしてどうにか戦争を()めた。東大陸は現在も続く合議制社会となった。

 その後も世の中を良くするために働いた。社会福祉、教育、医療。次から次へと問題提起し有力者達にシステムを作らせた。同時に食料事情にも口を出し農林業畜産業漁業改革まで起こした。


 結婚はしなかった。自分は『ツノナシ』で「この『世界』の人間とは種族が違う」と思っていた。それでも数十年の月日を生き、多くの信頼できる人間に囲まれ、しあわせな晩年だったらしい。



「同郷人だわ」ポーランと上司に明かせば驚かれた。すぐさま大法皇に報告が行き、本人が飛んできた。『御遣(みつか)い様』と伝えられている男は俺達の『世界』では約七十年前に戦死したと伝えられていること、妻を護ってくれていた御神木の『守護者』だったことを話した。何故か俺が『御遣(みつか)い様の再来』とか言われ拝まれた。なんでだろうな?


「せっかくだから」と『御遣(みつか)い様』の墓に案内してもらい、全員で冥福を祈った。特にマコは一生懸命に祈りを捧げていた。

「せめて遺品だけでも祖国に還してあげたい」マコの提案に、神殿宝物館に所蔵してあった遺髪の一部を譲り受けた。俺の無限収納に入れておけば突然帰還となっても忘れず持ち帰れる。

 大法皇をはじめ教会関係者もなんか感動していた。「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。



   ◇ ◇ ◇



御遣(みつか)い様』改め新井太助は筆まめな男だったらしい。戦前戦中の人間だからか本人の性格か、毎日几帳面に日記をつけている。

 どんなことがあったか、誰に会ったか、どう思ったか。

 それ以外にも備忘録や誰にも言えなかったであろう愚痴、二度と帰れない故郷について、家族や友人についても吐き出していた。日本語だから誰にも読めないだろうと思ったんだろう。かなりぶっちゃけたことが書いてあった。そのおかげで住所氏名年齢や家族構成、ここに来た経緯(いきさつ)なんかが判明したんだが、あちらこちらへ向けた罵詈雑言も書き殴ってあった。

 これ翻訳するのマズくないか? イメージ壊れないか?


 内容をまとめ、ふんわりぼかして伝え「全部キチンと翻訳するか」「個人的な感情は翻訳しないで隠しておくか」ポーランと上司に「方針を決めてくれ」と投げた。教会上層部だけでなく神学者や歴史学者、法律関係者、政治関係者などなどを巻き込む大激論が起こった。らしい。最終的に「できるならばこの機会に全部キッチリ翻訳してほしい」で意見がまとまった。「公表するかどうかは内容を確認してまた議論する」と。


「それなら」と片っ端から『複写』しては翻訳していく。スラングは伊佐治とポーランが話し合っていい感じに翻訳しているらしい。とはいえ、京都の田舎で『守護者』していたような男だから基本は綺麗な日本語を使っている。京都独特の表現なんかは伊佐治が細かい解説を入れ、わざと古語で現したりしてるらしい。芸が細かいなポーラン。


 その流れで『御遣(みつか)い様』が生まれ育った土地がどんな場所だったのか、どんな文化歴史があったのかなどを話すことになった。ポーランと上司以外の学者が数人追加され、宗教について、気候について、根掘り葉掘り聞かれた。



御遣(みつか)い様』のノートやメモには『元いた世界』への望郷の念も書かれていた。各地の祭礼のこと、冬の雪遊びや夏の川遊び、そんな記載が出るたびに解説が必要になった。


 同時に「あれが食べたい」「これがあれば」という記載も多かった。かなりがんばって再現しようとした結果が農林業畜産業漁業改革になり、鰹節や昆布を使った出汁が広まったり、巻き寿司やあんこが普及した。が、太助が生きている間に満足いくレベルにはならなかったらしい。


 たとえば羊羹(ようかん)。あんこはできた。寒天もできた。作り方を伝え、菓子職人と共に試行錯誤した。が、太助の満足いく羊羹にはならなかった。

 たとえばカレー。スパイスを集め調合に挑戦したもののことごとく失敗。肉じゃがとクリームシチューはできたがビーフシチューもハヤシライスもできなかった。


 太助は京都市郊外の農家の出。戦前戦中を生きただけあってある程度の知識はあった。が、専門の菓子職人でも料理人でも技術者でもないただの農家の息子にはゼロから作るスキルも知識もなかった。

 飴はともかく、ポン菓子なんて専用機械がないとできないよ。綿菓子も同様。


 そんなことを言っていたらポーラン達が「きみたちならできるか」と聞いてきた。俺は祖父から「なんでくん」と渾名(あだな)をつけられた幼少期からなんでもかんでも調べていたし、道具や機械は分解しまくり自作しまくっていたからたいていのことは再現できる。綿菓子もポン菓子も機械は作れる。が、当然材料や作業場所が必要。そもそも時間だっている。

 そう説明し「できないことはないけど、協力してもらう必要がある」と返した。そしたら翌日にはプロジェクトチーム立ち上げてきやがった。


 料理に関する必要な機械や道具は俺が作ったり図面書いたりするけど、基本はウチの料理担当の三人が対応。

 ウチの三人は渡米すぐの頃にあれこれ苦心してくれたので様々なノウハウを持っている。当時アメリカでは売ってなかった羊羹もどら焼きもザラメゴリゴリのカステラも作ってくれた。


 その頃の再現のように三人は駆け回った。教会に通うようになって約一か月経っていた。なんらかの危害を加えられる可能性を心配してマコとリディの護衛に久十郎達を置き定兼を俺のそばに置いていたが、研究者達とも親しくなった今、差し当たり問題はなさそう。それでも念の為に麻比古はマコとリディの護衛をし、他の三人は料理作りに奔走した。あっちこっちと交渉し材料と道具と職人を集め試作を重ねた。


 プロジェクト開始から二週間後。いくつかの満足のいく料理ができた。


 俺達が食いたがっていたからとアイスを作ってくれた。シャーベットもプリンも牛乳かんも! そして太助が恋焦がれた羊羹。一般的な羊羹と水羊羹、わらび餅まで作ってきた。

 あまりの美味さにしびれた。「これだよ! これ!!」叫び歓喜する俺達に感化され、同席していたやつらもおそるおそる口に入れた。


 大歓声があがった。


 できた料理はすべて『御遣い様』の墓にお供えした。きっと喜んでいるだろう。食べたがってたもんな。

 ついでに神棚にもお供えされた。大法皇が祈りを捧げ「どうぞ」とすることで神々にも届いた。らしい。意味わかんねぇな。さすが異世界。

 神々からは「非常にお褒めいただいた」と大法皇がホクホクしていた。「今後も期待しております」とか言われても知らないよ。ウチの連中に言ってくれ。


 ウチの三人は引き続き料理開発に協力することになった。「まだチョコレートができてない」「バターもいる」「ケチャップもお好みソースも作りたい」「ラーメンと焼きそばは必須だろう」言われれば確かにそのとおり。今後ともがんばってくれ!



   ◇ ◇ ◇



 大法皇は俺から見ても善良な人間。こんなに善良でよく宗教団体のトップでいられるなと最初は思った。霊力量――こっちでは魔力量か――が多いのと『神々の声』が直接『聴ける』からかと思っていたが「それだけじゃない」と教えられた。


 俺にその話をしたのは大法皇の側仕え。二十歳すぎに見える若い男だが仕事がデキる雰囲気のある男。実際仕事がデキる。


 俺が「ボールペン作るか」と言い出したときに教会に文房具を卸している商会の責任者を連れて来たのがこのサルーファス。

「皆様のお世話係をさせていただきます」と翻訳作業初日から俺のところにくっついている。書き込む用紙が減ればいつの間にか補充し、のどが渇いたと思えば飲み物を出してくる。翻訳に夢中のポーランと上司の横で翻訳されたものを確認し、必要があればあちこちへ報告をしている。


 翻訳作業中の解説や雑談、俺が作るもの提案するもの、ウチの連中が作る料理、そんなあれこれを書き留め書類にしていくサルーファス。「世間に広めてもいい」と思ったものは適切な会社に割り振り開発させる。それも律儀に俺達に許可を得て。ちょっと聞いただけでも開発分野は多岐にわたっている。「一業種のみが利益を得るのではなく、様々な業種がまんべんなく利益が得られるようにしている」らしい。有能だな。


 サルーファスはこの中央都市の代表者――総理大臣や大統領にあたる職――の孫。大法皇は祖父の兄。つまり大法皇は政治家の一族の出身。

 本人の資質に加え、強い実家の後ろ盾があるから『大法皇』たり得ると。なるほど。


 それにしては善良が過ぎるほど善良なんだが?


 一族の中でひとりだけ毛色の違った大法皇。ひたすらに善良で素直な気質に「この子は政治闘争は無理だ」と早々に後継者からはずし「別の道を進ませよう」と決めた家族。本人も「自分には政治の世界は無理」と思っていたので喜んで離脱。そうして進んだのが神官の道。

 幼い頃から『ナニカの声が聴こえる』と相談し教会に出入りしていたこともあり、あっさりと神官に。修行を重ね『神々の声』が直接『聴ける』までになった。


 物心つく前から善良で素直な子供を大法皇の家族は心配した。心無い誰かに(ないがし)ろにされるのではないか、集団生活で食い物にされるのではないか。政治闘争の渦を泳いでいる家族には「我が家の癒し」が利用され傷つけられ搾取されるのが手に取るように予想できた。

 そこで幼い頃から護衛を兼ねた側近をつけた。大法皇は「友人」「幼なじみ」「ぼくがぼんやりしてるから世話してくれるいいひと」と思っているが、実際には実家が手配した人間。大法皇本人はそうとは知らず、ただ善良にまっすぐに進み続けた。

 そんな大法皇だから側近達を大事にした。当然側近達の大法皇への好感度は上昇の一途。ありとあらゆるものからガッチリ護り、結果順当に出世し、大法皇の座を得た。

 大法皇となってからも世間の汚いモノからは側近達が護っている。ひたすらに純粋に真摯に神々に仕える大法皇を神々も気に入っていて、『聴こえる』のをいいことになんだかんだとしゃべりにきたり頼み事をしたりする。大法皇は生真面目にそれを叶えようと側近達にお願いする。そうして事前に対策できたあれこれや、未然に防げたもろもろがあるらしく、今代の大法皇は世間からの信頼も信仰も(あつ)いという。

 

 とはいえ大法皇と同年代の側近達はいい年齢(とし)で、そろそろ体力面で厳しくなってきた。「体力のある若い世代も欲しい」となり、数年前に数人が新規採用された。そのひとりがこのサルーファス。大法皇の実家から送られた「大法皇の実務をサポートするための優秀な人間」のひとり。


 その優秀さを遺憾無く発揮した男。俺が初日に「話したくない」「気持ち悪い」と指摘した連中についてすぐに調査に踏み込み、横領や恐喝、書類偽装、不平等な優遇、パワハラセクハラその他諸々を(あば)き出し、正当な裁判の場に引きずり出し断罪。根回しも諸手続きも(とどこお)り無く行った。「教会の(うみ)を出せました」とイイ笑顔で言っていた。


 以前から「あやしい」「おかしい」と調査をしていた。が、決定的な証拠が無く手が出せなかった。そこに俺が「気持ち悪い」とはっきり示したのを「『御遣い様』の御神託である」とか言い張って強制調査に踏み込んだ。これまでは恐れて証言できなかったやつらも「御神託があったならあいつはもう手出しできないだろう」と次から次へと証言してくれ、あっさりと立証できた。

 次々に牢に送られる状況に危機感を抱いたらしいグレーな連中が、原因となった俺達に八つ当たりをしようとしていたらしい。それを俺達に被害が及ぶ前に取り押さえ「『御遣い様』に危害を加えようとした」件で牢に送った。


 それ、俺達、利用されてないか??


「結果的に見ればそうとも言えないこともないかもしれませんね」

 なんだその曖昧模糊な言い回し。政治家かおまえ。


 ともかく、そんな仕事ができて腹黒で暗躍することが好きで幼い頃から大伯父である大法皇が大好きで大法皇を護るための覚悟が決まってる体力のある若者であるところのサルーファスは、俺達が『御遣い様』関連で出す諸々についても適切に割り振って行った。


「皆様の利益はこのくらいですかね」ある日出してきた試算にはとんでもない額が書いてあった。

「『御遣い様』が『特許』というものを徹底なさいました」「知的財産権が保証されます」


 とはいえ当の太助は調味料の作成方法も印刷技術も肥料のレシピもすべて「神々からの知恵」として無償で世の中に広めている。ならば俺達もそうするべきだろう。

「ボクらがお金をもらうよりも、そのぶん安くして世界中のひとが気軽に使えたり食べられたりしたほうがボクはうれしいな」「そしたら屋台やレストランで『向こう』のものが食べられるってことでしょ?」マコもそう言う。


 それに俺達の提案するものは「これで終わり」じゃない。料理にしても道具にしても開発が必要だし、安定供給のためのシステムを作らないといけないし、世間に広めるならばその物流システムやらなんやらも必要だろう。

 もしかしたら俺達の提案した知識のせいで新たな争いが生まれる可能性だってある。広めるならば、争いを起こさず、今在る職人や店の仕事を奪うことなく、うまいこと広める必要がある。そういうのは俺達では無理。専門家に丸投げするしかない。

 そして、勝手なこと言うやつよりも、そういう実務者や裏方が大変なのは俺でも知ってる。


 そんな話をしたらサルーファスは納得して引いた。

 が、しばらくしたら「新しい商会を立ち上げました」と言ってきた。

「様々な業種の様々な立場の者が共同出資し、当中央教会が中心となって皆様のお伝えくださった品々を広めます」

「『御遣い様の御慈悲』とし、庶民でも手を出せる金額になるようにします」

「転移陣を使い東大陸中で展開します」

「各地の特色を活かし、東大陸すべてに恵みが行き渡るようにしました」


「ご覧ください」と渡された計画書に目を通す。政治学も経済学も専門じゃないが、なかなか良くできてると思う。

「俺達は『いつかいなくなる人間』だから」「きみの好きにしたらいいよ」

 そう答えたら「ありがとうございます」とサルーファスは笑った。

「で、ご相談なのですが」


 商会の名前をつけろと言う。


『御遣い商会』『トリアンム商会』『教会商会』色々出したがすべてサルーファスに却下された。なんでだろうな?

「どなたかのお名前をお借りできませんでしょうか」「私としては開発者であらせられるヒデサト様かクジューロー様のお名前が良いかと愚考致します」

()だよそんなの」

 ソッコー却下したら、マコがハッとした。


「リディの名前は?」


「リディはこちらの神様方の『(いと)()』なんでしょ?」

「リディの名前を冠したら神様方もお喜びになられるんじゃないかな」

「ボク達が『ここ』に来たのはリディがきっかけでしょ」

「てことは、この『世界』にヒデさんの知識を広めるきっかけはリディってことになる」


「なるほど」「良いお考えですね」サルーファスは賛成の構え。が、当のリディが抵抗した。そりゃ嫌だよな。


「けどリディ。考えてみてよ」

「東大陸に商品と商会が広まったら、いつか西大陸にも伝わるでしょ?」

「そのときにリディの名前を冠した商会の名前をご家族が聞いたら『ああ、リディは東大陸で生きてるんだな』ってわかると思うよ」


 マコの意見にリディは納得。そうして俺達発信の諸々を扱う『リディアンム商会』が生まれた。


「それにね」リディが席を外したタイミングでマコが俺達とサルーファスだけに言った。

「リディを(おとしい)れた王子様と侍女さんが商会の名前を聞いたら『リディが生きてしあわせにしてる』ってわかると思うんだよね」

「そのときに後悔するか知らんぷりするか知らないけど、『ざまあ』にはなると思うんだよ」


 ニヤリと悪い顔で(わら)うマコ。そんなところも惹かれる! 俺の妻は最高だ!

 マコの腹黒意見にはウチの連中も大賛成。事情を明かしているサルーファスも賛成した。

 尚リディには内緒。マコもリディには腹黒な面を見せないようにしている。俺には全部見せてくれる。俺、愛されてるから!


「それならこういうのはどうですか?」

 サルーファスがリディをモデルにした小説を提案してきた。

「有名作家が知り合いにいます」「彼女なら素晴らしい作品に仕上げてくれるでしょう」「時間はかかりますがいつか西大陸にも広まれば、リディ様の誤解も解けると愚考致します」


 大法皇が命じた調査によると、例の王子様の国ではリディについて「わがままで奔放な王女」「わがままが過ぎて自国を追い出された」「寛大な王子が妃として引き取ってやった」「許可なく勝手に秘宝を持ち出し消えた」「とんでもない悪女」と伝わっている。そして「同行してきた侍女が王女の代わりに王子と結婚する」「ふたりはわがままな王女に振り回されているうちに愛を育むようになっていた」「結果として王女がいなくなったおかげで『真実の愛』が実った」と広まっていると。王子と侍女の筋書通りに進んでいるらしい。


 リディの母国ではどういう話になっているのか、リディはどういう扱いだったのかも聞いてみた。サルーファス(こいつ)なら抜かりなく調査しているだろうと踏んで。


 リディは母国では「足りない王女」と言われていたと。姉、兄、弟は素晴らしいのに、第二王女は「地味でなんの成果もあげない」「月に一度孤児院に行くことで周囲に『王族の勤めを果たしているアピール』をしている」と。そして「侍女になんでも押しつけるわがままな王女」だと思われている。


「それ絶対侍女さんが暗躍してるでしょ」

()められてんなリディ」

「リディの性格上、善いように良いように受け取ってたんじゃないか」

「リディが自己評価低いの、そのへんもありそうね」

「ご家族はなにも動かなかったのかな」

「敢えて放置してた気がするな」

「あー。例の『家訓』か」


 リディが祈りの間に行っている間にウチの連中とマコとでサルーファスの報告を聞いていた。リディには聞かせられない話が出るだろうと予測してそうしたが、案の定というか、予想以上の話が出てきた。


「ならなおさら『リディアンム商会』広めて小説広めてリディの名誉を挽回しなきゃ!」

 マコのやる気に火がついてしまった。ウチの連中も、何故かサルーファスまで。


「リディ様が生きてしあわせに楽しく暮らしていると知ったとき、王子と侍女はどういう顔をするでしょうね」

「さぞや良い声で()いてくれるでしょうね」

「キャルスィアーム国民もどんな反応をするでしょうか」


「楽しみですね!」イイ顔で微笑むサルーファスは神官としては失格なんじゃないだろうか。いや善良が過ぎる大法皇の側近としてはこれ以上ない人材か。


 ともかく、商会の名称は『リディアンム商会』と決まった。扱う商品は食品や料理レシピ、文房具調理器具などの生活日用雑貨、などなど。


 基本は中央教会主導とし「『御遣い様』の御知恵を広く民に還元する」ことを主義とする。そのために特許は取らず、誰でも閲覧利用可とした。そのかわりに単価を安く。庶民でも手に取れるように。広く『世界』に広まるように。


 高級路線と庶民路線にどう違いをつけるかも提案した。開発と製造を委託する会社や職人に、高級路線の者、庶民路線の者、それぞれを選び託したとサルーファス。基本ができて浸透したら新規参入も起こるだろう。そしたらまたさらに市場が豊かになり、俺達が考えもしなかった新しい製品ができるだろう。


 なんと言ってもこの『世界』には魔力があり魔法がある。だから俺達の『世界』よりも展開幅が広い。そのぶん思いつかれなかったいわゆる隙間産業的なものを伝えていく。


 九時から十五時までは『御遣い様』の翻訳と解説をしていたが、約二か月かけてすべて翻訳した。ポーラン達はここから色々作業をするという。

 ポーランからは解放されたが、今度はサルーファスをはじめとする商人や職人に囲まれるようになった。あれはあるかこれはあるかと話をし、現物を見せたり図面を書いたりする。試作を確認する。俺も『こちら』の機器を紹介してもらう。


 俺の研究テーマは『視える』とはどういうことか、『視える』『視えない』の違いを明かすこと。その一助になりそうなものが色々とあった。

 リディがいつか言っていた『瘴気量を観測する機械』をはじめとした瘴気関係の機器。魔物素材を使ったあれこれ。


 この『世界』にはカメラやビデオもあった。俺達の『世界』と違い魔力を含む素材を使ったもの。魔力豊富な場所で採掘された鉱石を真円に磨き、専門の魔導具師が魔法を付与して記録媒体を作る。それを出力する道具も見せてもらった。

 どの機器も魔導具師立ち合いのもと分解させてもらい解説してもらい、非常に有意義な時間となった。


 魔導具師や職人達とは互いの『世界』の道具や機器の話で盛り上がった。結果、新商品が次々と誕生。サルーファスが喜んでいた。


 サルーファスの知り合いだという政治学社会学経済学をはじめとする学者達と話をする日もある。俺達の『世界』の社会システムについて。歴史について。戦争の形とそれがもたらした悲劇について。開発と自然環境破壊、それに伴う公害について。医療知識と様々な病気について。治療について。


 多岐にわたる話題。善が必ずしも善とならないこと、結果によっては新たな悲劇を生み出すことをしっかりと伝えた。つもり。

 俺達の伝えたもののせいでこの『世界』に新たな火種を生み落とす可能性があること、そんなこと俺達は望んでいないことも伝えた。『御遣い様』こと新井太助も同じことを懸念していたし、だからこそ太助は火薬については「絶対に明かさない」と遺していた。


 今回翻訳したときにそのことも伝えた。そうは言っても、いつか誰かが開発することは考えられる。だからこそ俺はサルーファスが連れてきた、俺が「こいつなら大丈夫」と思えた学者達に伝えた。組成から作り方から効果から生み出された悲劇からなにもかも全部。


「どうか俺達の『世界』で起きた悲劇を起こさないでくれ」

「『御遣い様』の――新井太助の『願い』を叶えてくれ」

「『戦争のない世の中を』『平和な暮らしを』それが太助の『願い』」

「きみたちにならそれができると、『御遣い様』の『願い』を託せると、信じている」


 学者達だけでなく同席したサルーファスをはじめとする神官達まで感動したような顔をしていた。が、そんな大した話してないぞ? 俺のせいで悲劇が起こったら寝覚めが悪いから責任押しつけただけだぞ?


「それがおまえの本音だろうが、黙っとけ」「やる気に水を差すな」

 伊佐治にそう言われ黙っておいた。

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