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第四十八話 再修行開始

 フジとツヅキに話を聞いてもらい、泣きに泣いてはげまされ、気持ちが上向いた。


 俺は彼女を諦めない。

 諦めた『フリ』をしておく。

 そうして彼女のそばにいられるだけの強さを身につける。

 何年かかっても。何十年かかっても。

 いつか必ず、彼女のそばにいる。


 やるべきことを定めたらココロに芯が入った。

 あとはやるだけだ!



 フジとツヅキに重ねて礼を言いログアウトし、風呂に入った。

 熱い湯にしっかりと浸かった。

 身体が芯からポカポカして、また元気になった気がした。


 その勢いでハルに連絡を入れた。

『話がある』と連絡したら、すぐに転移で来てくれた。

 別に明日でもかまわなかったのに。まあせっかく来てくれたんだ。話を聞いてもらおう。



 俺の顔を見るなりハルは目を丸くした。

 なにか言いたげな顔をして口を開けたがすぐに閉じた。

 そして、フッとやさしく微笑んだ。


 そんなハルの表情はめずらしくて、相当心配かけていたのがわかって、なんだか申し訳なくなった。

 が、気付いていないフリをしてベッドに座ってもらった。


 俺はパソコン用の椅子に座り、ハルと正面から向き合った。


「俺」

「彼女を、諦められない」


 ハルは何も言わない。

 ただじっと俺を見つめてくる。


 叱るでも馬鹿にするでも責めるでもなく、ただしずかに俺の話を聞いてくれるハルに勇気づけられるように言葉を重ねた。


「今すぐどうにかできるとは思っていない。

 でも、いつか。

 いつか彼女の役に立ちたい。

 いつか彼女に『好き』って言いたい。

 その『いつか』のために、修行は続けたい。

 時々でいい。俺に修行つけてくれないか?」


 ハルは「……そうか」と困ったように微笑んだ。


「『出会ったからには協力する』と約束したからな」

 そんなふうに言って、協力することを約束してくれた。


「蒼真様を悪く思わないでくれ」

「あのひとは、僕達が誰も言わないことを言ってくれただけなんだ」


 それは理解していたので「わかってる」と言った。

 ハルはちいさく笑った。



「正直、僕もどうするのがいいのかわからないんだ」

「お前を姫宮のそばにいさせることが、いいことなのか、悪いことなのか」


 ベッドの上で胡座(あぐら)を組んで、困ったようにハルは言った。


「お前がそばにいたらあのひとは安定する。よく眠れて体力も維持できる。

 だが、蒼真様の心配されるように、お前がそばにいたらあのひとはお前を守ろうとする。

 傷つくお前に傷つく」


 そのことは俺も理解できるので、黙ってうなずく。

 ふと思いついて聞いてみた。


「……『先見(さきみ)』はできないのか?」


 ハルの『先見』は未来予知と言ってもいいレベルだという。

 それならば今後俺がどう行動すればいいかの参考になるのではないかと聞いてみたのだが、ハルは腕を組んで渋い顔をした。


「『先見』も万能ではないんだよ」


『視える』ものと『視えない』ものがあるという。

『そのとき』にならないと『視えない』こともある。

『視えた』とおりにならないこともある。


 竹さんはハルよりもはるかに上のレベルのひとなので、ハルの『先見』では『視えない』ことがほとんどらしい。


「試しにやってみてくれ」と頼んだら、ハルはアイテムボックスから色々な道具を取り出して並べた。

 俺の生年月日、彼女の生年月日を使って相性占いのようなことをした。

 俺達の相性は「とてもいい」という。さすが『半身』。

 ただ、将来のことは「よく視えない」という。

「『男次第』とだけ出ている」


 つまり、俺ががんばれば、将来があるかもしれないということか。


「『将来(さき)がない』と出なかっただけいいよ」と笑うと、ハルはパチパチとまばたきをした。


「……お前、変わったな」

「そうか?」

「前向きになった」

「そうかな?」

「以前のお前なら合理的に判断して、可能性が低いことは切り捨てていたろう」

「そうかな?」

 そう言われればそうかも?

 だが。


「竹さんに関することは、何ひとつ諦めたくないんだ」


 ポロリと本音がこぼれた。


「どれだけ可能性が低くても。

 どれだけ絶望的でも。

 ホンのわずかでも可能性があるなら、それに賭けたいって思うんだ」


 フジやツヅキに言われた話をすると、ハルは感心したように目を丸くしたあと、にっこりと笑った。


「良い友人に恵まれたな」

「そうだな」


「俺、友人運はいいみたいだ」

 そう言ってにっこりと笑ってやると、目の前の『友人』は俺の真意に気付いたらしい。

 ぶすっと口をへの字にした、いつもの照れ隠しの顔になった。




 ハルが帰って、ようやくベッドに横になった。

 童地蔵を抱いて寝るのがすっかり習慣になってしまった。


 竹さんの霊力が込められているからか、幼い頃の記憶のためか、この地蔵を抱き締めているだけでホッとする。


「……そばにいたいよ」

 そっと頭をなでる。

 額でキラリと光る白毫は、昔の竹さんが作った霊玉。


 願いを込めて、そっとなでる。


「竹さんのそばにいられるくらい強くなりたい。

 竹さんを支えられるくらい強くなりたい。

 今はまだ全然だけど、強くなって、いつか竹さんのそばにいたい」


『青羽』は十歳から修行して、二十五歳で一流と呼ばれていたという。

 俺は物心つく前から修行している。

 これからも修行を続ければ、どうにか竹さんの今生の生命があるうちに間に合わないだろうか?

 もし間に合わないなら、来世生まれてくるまで待つ。

 彼女が再び生まれてくるまでとなると時間的余裕ができる。

 それならなんとか彼女のそばにいられるだけのチカラがつくんじゃないだろうか?


 いつか。いつか、きっと。


「……強くなりたいよ」

 ぎゅう。

 抱き締めて、強く願う。

 すると、胸がほんのりあたたかくなった。

『がんばれ』『がんばれ』と励ましてくれている気がする。

 童地蔵の額の白毫か。俺の胸の守護石か。

 もしかしたら両方かもしれない。

 ふと、このふたつの石につけられている付与を思い出した。


 霊的守護と物理守護、毒耐性と、運気上昇。


 運良く強くなれたらいいのに。

 そんな甘えたことを考えてしまい、自分で自分がおかしくなった。


 強くなることに楽な道なんてない。

 近道だってない。

 そんなことは重々わかっている。

 それでも、願わずにはいられなかった。


「――強くなれますように」

「竹さんのそばにいられるくらい、強くなれますように」

 半ば冗談で、半ば本気で、ふたつの霊玉に『願い』を込める。


 竹さんのそばにいられるように。

 竹さんにふさわしい男になれるように。

 竹さんを支えられる男になれるように。


 いくつもいくつも願っているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。




 翌日。

 数日留守にしていたから、ザッと掃除をする。

 軽くいつもの修行をして、身体が問題なく動くことを確認した。


 俺が寝込んでいる間に世間はゴールデンウィークに突入した。学校はしばらく行かなくてもいい。

 ハルと相談して、ゴールデンウィーク期間中ずっと修行をつけてもらうことにした。


 竹さんにはナイショにしておいてくれると約束してくれた。もちろん黒陽にも。

 あのうっかり亀のことだ。どこでうっかり口を滑らせるかわかったものじゃない。


 竹さんには「ヒロを鍛える」とだけ説明して、あの『(まが)』のときの地獄の修行のときのように山の中で修行をつけてくれることになった。


 竹さんが寝泊まりしているから今回俺は通い。

 ヒロの朝飯が終わった頃合いに合わせて北山に行き、修行か終わったら帰る。

 夜は自分ちの裏山で以前白露様がくれた宿題をする計画だ。



 竹さんは竹さんで忙しくしているらしい。

 俺から霊玉を受け取ったあと、南の『要』である朱雀様にひとつにまとめた霊玉を渡した。

 その調整で数日かかりきりになっていた。

 やっと手を離しても大丈夫と安倍家に戻ったときに、俺が鬼に襲われた。

 そこから竹さんは俺につきっきりになっていたという。


 ずっとそばにいて霊力を流してくれていた。

 ずっと治癒をかけてくれていた。

 疲弊して倒れるほど心配してくれた。


 そこまで想ってくれてうれしい気持ちもある。

 でも、心配をかけてしまった申し訳なさ、そこまでの負担を彼女に強いてしまったくやしさに打ちのめされる。

 情けなさにヘコむ。


 そんな俺の肩に、ハルとヒロが両側からポンと手を置いた。

 何もかも悟りきったような顔にさらにヘコむ。くそう。



 俺に別れを告げた竹さんはがむしゃらといえるくらいに働いているという。

 京都の周囲の結界の調整。

 外が強化されたことで中の結界に影響がでていないかの確認。

 俺を襲った鬼が出てきたような『狭間』が出そうな場所はないかの確認。


「見てて痛々しいけどね」

 ヒロがポソリとつぶやく。


「なんでそこまで必死に仕事してるか、本人がわかってないっていうのが、また痛々しいんだ」


 ヒロが言うに、俺に別れを告げたあと、竹さんは落ち込んでいたらしい。

 アキさんが聞き出したと。

「俺に会ったら迷惑になる」と自分に言い聞かせていたと。


「なんでそこまで自分に言い聞かせないといけないのか、わかってないんだよねぇ」


 はあ、とヒロはため息をつく。


「よかったねトモ。『好き』って思ってもらえてて」

「……………は?」


『好き』? 誰が? 誰を?


 ――――――竹さんが、俺を!?


「―――!! ―――!?」


 驚きすぎて声にならない叫びを上げる俺をヒロとハルは馬鹿を見る目で生ぬるく見つめてくる。


「竹さん、トモのこと『やさしくて良いひと』だって言ってたって」

「―――!!」


 そうなのか!? そんな、本当に!?

 顔が赤くなっているとわかる。心拍数がエゲツないことになっている。

 信じられなくて、でも声がでなくて、ヒロに、ハルに身振り手振りで問いかけると、ふたりともうなずいた。


「―――!!」

 なんだそれ! めちゃめちゃうれしい!


「記憶は封じられていても『半身』だと無意識に感じているだけかも知れないがな」

「トモが竹さんに向けるほどの『好き』じゃないとは思うけどね」


 ふたりがごちゃごちゃとなにか言っているが、関係ない!

 竹さんが俺のことを少しでも良く想ってくれているなら、それだけで十分だ!


 ああ。うれしい。 

 胸が熱くなる。

 身体中に燃料が投下されたみたいだ。


 俺、がんばる。

 いつか彼女にもう一度『好き』と言う。

 受け入れてもらえるかわからないけれど。

 いつか、いつか必ず。


『願い』を込めて、胸の霊玉をぎゅっと握りしめた。




 初日はヒロとふたり以前のような修行をした。

 ハルが少しだけ幻術をかけてくれた。


「とにかく霊力空っぽになるまで戦え。

 で、空っぽにして回復。

 少しでも霊力量を増やせ」


 言われるままに回復薬を飲む。

 座禅をして霊力を圧縮する。

 少しでも彼女に届くように。

 いつか彼女に届くように。




 修行二日目。


 通いなれた北山の離れへの道を縮地で駆ける。

 駆けながらも考えるのは彼女のこと。


 どれくらい修行を積めば彼女に届くだろうか。

 どんな修行をすれば彼女に届くだろうか。


 正直、気持ちがあせる。

『長くて五年』ハルの言葉が時々ジワリとココロをむしばむ。


 でも。


 ツヅキが言った。

「諦めさえしなければ『願い』はいつか叶う」

「どんな形でも」


 そう。大事なのは『諦めない』こと。

『願い続ける』こと。

 

 彼女のそばにいたい。

 彼女を支えたい。

 彼女を『しあわせ』にしたい。


 どんな形でも。何年かかっても。 


 そのためにできることを、今。


 諦めず、努力すれば、いつかきっと『願い』は叶うと信じて。



 考え事をしながら走ったからだろうか。

 ふと気付くと、いつもと違う場所に立っていた。


 通い慣れた道だからと惰性で駆けていたせいで、どこでいつもの道をそれたのかわからない。

 わからないが、この霊力の濃さからいってもう安倍家の敷地内なのは間違いなさそうだ。


 ぐるりと辺りを見回す。同じような木々の連なる、どこにでもありそうな山の風景。

 目印になるようなものは何もない。


 ……仕方ない。上から確認しよう。


 トトッと樹を駆け上がり、風を使って高く高く飛び上がった。

 そのまま風を使って空中に留まる。

 このくらいはあの『(まが)』と戦う前からできていた。


 さて、なにか目印はないか?

 ぐるりと見回したが、建物ひとつ見当たらない。

 困ったな。

 幸い太陽が出ているので方角はわかる。

 頭の中に地図を出して、だいたいの予測を立てる。


 方角的にあの辺りに民家があるハズなんだけど……。


 頭の中の地図と目の前の山の情報が一致しないことに気付き、ふと、ひとつの可能性が思い浮かんだ。



 ……あれ? 俺、やらかした?


 いつの間にか、どこかの『境界』を越えてた?


 サーッと、血の気が引いていく。



 俺には特殊能力がある。

『境界無効』。

 どんな結界でも『異界』でも関係なく侵入してしまう。


 結界や異界を展開している存在というモノは、たいていは俺達人間よりも高位のモノ。

 神や神使、(ヌシ)などと呼ばれる存在であることが多い。

 そんな場所に勝手に侵入するということは、その相手に対して無礼をはたらいているということ。

 モノによっては『喧嘩を売っている』ととらえられても文句は言えない。

 そのくらいの問題行為。

 それこそ殺されても文句は言えない。


 言ってみれば見知らぬ他人がいきなり窓から家に侵入するようなものだ。不法侵入だ。泥棒だ。犯罪行為だ。警察案件だ。


 結界や異界に入ると出てこられないことも多い。

 うまく出てこられても時間軸がズレていることがある。そうなると元の世界に戻っても百年経ってるとかフツーにある。浦島太郎がいい例だ。


 俺はこの『境界無効』の能力のせいで物心つく前から厄介事に巻き込まれてきた。

 正確には俺のこの能力が厄介事を呼び寄せたと言えるのだろうが。

 俺を育ててくれた祖父母がこの街でも指折りの能力者だったおかげでなんとかここまで生きてこれた。


 いつもなら『はいった』らすぐにわかる。

『はいった』とわかった瞬間に動きを止め、それ以上侵入しないようにする。

 そうして『はいった』ときと逆の動きをして、一歩も(たが)わず、そっと、そっと抜け出す。


 そうやって厄介事から逃れられるようになっていった。


 なのに、今日はまったくわからなかった。

 ボーッとしていたからか? 油断しまくっていたからか?


 戻ろうにもどこから『はいった』のか、もうわからない。

 あれ? これ、かなりヤバいんじゃないのか?

 俺、元の『世界』に戻れないんじゃないのか?


 引いた血の気がさらに引いていく。


 や、ヤバい。

 ヤバいヤバいヤバい。


『竹さんのそばにいられるように強くなる』どころじゃない。

 二度と竹さんに会えないかもしれない!


 冗談じゃないぞ!

 こんな形で『二度と会えない』なんて、嫌すぎる!!


 ハッと自分の霊力が乱れていることに気が付いた。

 落ちつけ、落ちつけ。

 無理矢理深呼吸をして霊力を整える。身体を循環させる。うん。問題なく流れてる。身体も問題ない。


 とりあえず、やることはなんだ。

 現状把握。情報収集。

 ここがどこか。帰り道はどこか。


 もしかしたらこの『異界』の『(ヌシ)』がハルの知り合いという可能性もある。

 そうだったら突然侵入した無礼を謝り倒して帰り道を教えてもらおう。


 そこまで考えて、ハッと思い出した。

 そうだ。緊急連絡用の札!

 これでハルに連絡を取ればいい!


『異界』から札が届くかはわからないがやるだけやってみようとアイテムボックスから札を取り出した。


 と。そのとき。



「……………トモ?」



 突然名を呼ばれ、顔を向けた。

 そこには青いちいさな龍がぷかぷかと浮かんでいた。

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