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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』28

 転移石を設置しながら行動範囲を広げ、ついに東大陸に上陸した。俺達がこの『世界』に来てから丸四か月経っていた。


 船を乗り継ぎ上陸するたびに転移石を設置し転移できるかテスト。船に乗り込み先を進む者と島に残り情報収集と買い物をする者、二手に分かれそれぞれに行動。そうして約二か月かけて東大陸にたどり着いた。転移石をこれでもかと作った甲斐があった。


 どれがどこの(つい)の石かわからなくなるくらい転移石を設置した。マコとリディがわかりやすく整理してくれたおかげで今のところ混乱はない。


 四か月経っても『元の世界』への帰還の気配はない。すっかり夏になって植生も天体も変わった。暑さはそれなり。エアコン作っててよかった。製氷器も作っててよかった。新たに作ったかき氷器が大活躍だ。



   ◇ ◇ ◇



 東大陸を目指したのは理由がある。


 ひとつは食料品。米と砂糖が欲しい。米は東大陸にしかなかった。他の島では栽培されておらず流通もほぼなし。必然東大陸に上陸する必要があった。


 東大陸最初の港町。市場に足を踏み入れてすぐに米があった! 海苔も味噌も醤油もあった! 寒天と鰹節まであるとは思わなかった!


 どうも過去に俺達の『世界』か、似たような『世界』から来た人間がいたらしい。『御遣(みつか)い様』と呼ばれていて、伝説がいくつも残っていた。


 東大陸には西大陸にあったような戦乱はなかった。おかげで転移陣全盛の頃からさらに進んだ文明が広がっていた。同時に過去の文献も残っていた。


 ちなみに東大陸全体が単一国家。王政ではなく各地の代表者が集められ国政を動かしていく合議制。言ってみたら『各地の代表者』がイコール『各地の王』になる気もするが、そこらへんの細かいことは俺には関係ないからスルーで。

 とにかく五百年以上平和な大陸を維持している。らしい。


 文明が発達しているからか『御遣(みつか)い様』のおかげか、一般市民にも学問の門戸がひらかれている。子供は全員基礎学校に通い、希望者は上の学校に進学する。識字率は百パーセントという。ホントならすごいことだ。


 だからだろう。地方都市であるこの港町でも、本屋も多いし図書館もデカい。

 おまけに絵本から娯楽本、入門書から専門書まで幅広く揃えてある。本好きにはたまらない空間にテンションが上がる!


 これが東大陸を目指した目的のふたつめ。


 島々を移動しているときに「学問なら東大陸」「すごい図書館がある」と聞いた。で、転移陣を調査しているマコが「行きたい!」と希望した。


 四か月経ったがマコの転移陣解読は進んでいない。陣を書き写した紙を壁に貼り付け毎日にらめっこしているが「わかりそうでわからない」らしい。

 まったくわからなければ諦めもつくのだが「なんかわかりそう」「もーちょっとで解けそう」な気がするので「諦められない」「もう少し粘る」らしい。なんとなく言いたいことは理解できる。


 その突破口になればと東大陸の図書館を目指した。

 東大陸に上陸し最初の港町。近辺探索を終え安全が確認されてからマコを連れて港町の図書館へ。新規登録して蔵書の海に(ひた)る。魔法について、魔法技術について、各種陣の作製について。入門書から専門書までよりどりみどり。俺も自分の知っている『術』との相違点を確認したり魔法技術と俺達の使っていた科学技術の比較検証をしたりと楽しい時間を過ごせた。


 マコはマコで幼児向けの魔法の入門からはじめて魔法技術の専門書を読み込んだ。それだけでは「足りない」と魔法の歴史を学び魔法技術の歴史を紐解き各地の文化を調べた。古典とされる文学作品も読んだ。神話も『御遣(みつか)い様』の伝説も調べた。


 会話は島々を巡る間に翻訳機を時々切って習得していった。文字も多少は読めるようになっていたが、さすがに専門書となると難しい単語が多い。伊佐治とリディに教わりながら読み進めていった。

 とはいえ読んでいるうちに習得した。日本語と文法が同じだったので助かった。



 島から出るときは全員『変化(へんげ)の術』でツノと牙のある姿に変えている。おかげでどこに行っても見とがめられることはない。


 ウチの連中は元々変化はできていた。その応用でツノと牙をつけただけなので大した苦労もなくできていた。いつもの青年姿にツノと牙があるだけ。対する俺はこれまでに『変化の術』は使えなかった。術の基本は理解していたが術の行使に必要な霊力が足りなかった。まあ必要がなかったからすぐあきらめたせいもあるかも。しかしここは『世界』の霊力量が多い。おかげでこれまでできなかった術が使えた。なんとマコまで『変化の術』が使えた。マコはいつもの姿にツノと牙をつけただけ。が俺は「ついでだから」とマコと同年代に見える若い姿を取っている。マコと並んで鏡をのぞけば驚くくらい違和感がない。どこから見ても『ごく普通の夫婦』。こんなふうに並び立てるなんて。なんだかじんわりと『しあわせ』が沁みていく。こんな機会をいただけるなんて思わなかった。ありがたいなと感謝が湧いた。

 


 噂に聞いた「すごい図書館」ではないが、この街の図書館でも十分。ほぼ毎日図書館に通いふたりして本を読みふけり書き物をしている俺とマコ。ふたりとも集中すると周りも見えなくなるし時間もわからなくなるからと必ず誰かがついてくれている。基本はリディと伊佐治。この『世界』の人間だからなにか突発的な出来事があっても比較的対処可能だろうと選ばれたが、結果的に言語の先生として活躍してくれた。


 俺達が図書館に入り浸っている間、他の連中はそれぞれに動いていた。冒険者ギルドの依頼を受けたり。食材や道具類を調べたり。食堂をはしごして料理研究したり。


 生活資金は島の産物を売却することで得られた。無限収納に取っておいた薬草や鉱石、動物の皮や骨が現金化できた。なんでも取っとくもんだな。

 それ以外にも依頼を受け報酬を得たりして軍資金は豊富にある。それぞれに充実した東大陸生活を送っていた。


 トモはまだ赤ん坊なので図書館に連れて行けない。なので日中はウチの連中が交代で面倒みてくれている。早い話が島で留守番。


 ある日マコがハッと気付いた。「みんなに頼ってばっかりになってる!」「これじゃダメだ!」「トモくんと過ごす時間が少ない!」

 俺はまったく気にしてなかったが、マコ的には捨て置けないことだったらしい。

 そこからは図書館は半日だけにしてなるべくトモと過ごすようにした。



 東大陸に着いて半月。この『世界』に来てもうじき五か月。『俺達の世界』の暦では晩夏にあたるが実際の季節はまだ夏。もうすぐ生後十一か月になるトモは伝い歩きをマスターしていた。ひとりで歩くのもすぐに違いない。恐ろしい。


 ツノやキバが目立つのは「もう少し大きくなってから」らしい。なので大きめのバンダナを鉢巻きのように額に巻くことでごまかせている。


 そんなトモを連れ、港町の公園で遊んだり海辺を散歩したりする。たったそれだけのことでもマコは感動している。「ヒデさんありがとう」と何度も言う。

「ずっとあこがれてた」「ずっと夢見てた」「夢がかなった」「ありがとう」


 トモと手をつなぎ歩く練習をしたり。砂浜に座りこんで砂山を作ったり。赤ん坊特有の意味の分からない行動をマコと観察したり。離乳食を食わせたり。

 そんなひとつひとつをマコが喜んでくれる。満たされていると伝わる笑顔に俺も満たされていく。しあわせで満たされて、なんだかこのままの生活でもいいんじゃないかなんて思うこともある。




 そうやってトモと過ごしているとき、マコがトランス状態になることがある。出産前は時々あった「『キラキラ』が見える」状態。トモがマコの腹にいたとき夢で視た、万物に数字が浮かんでいる光景を眺めているらしい。


 しばらくボーッとしたあとでバリバリと紙に吐き出す。すべて吐き出し落ち着いたら俺に解説してくれる。物理学に通ずるものがたくさるある。「これが『特殊能力』か」と震える。まさにマットの言うとおり。『天からの贈り物(ギフト)』としか言いようのない能力。こんなものを目の当たりにされると、やはりマコは研究所にいたほうがいいのではと思う。


 だがトモと俺と『ごく普通の家族』として過ごすことがマコの『しあわせ』であることも間違いない。どうすればいいのか悩む。が、今ここでどうこう言ってもどうにもならないことも間違いない。なので帰還できないことを言い訳に、毎日マコとトモとのんびり過ごしていた。



   ◇ ◇ ◇



 リディの家族へは早い段階で手紙を出した。


 島から船を乗り継いで行った最初の大きな島から西大陸直行便が出ていた。それに乗って西大陸に行くかとリディに聞いたが「家族に無事を知らせるだけで十分」と本人が決めた。


「皆さんは『オコメ』が欲しいのですよね」

「ならば先に行くべきは東大陸でしょう」

「西大陸では『オコメ』を聞いたことがございませんので」


 なので、冒険者ギルドで真面目そうな冒険者を紹介してもらい、面接して信頼できそうと判断したそいつらにリディの手紙を託した。


 二十五、六歳に見える二人組の男の目の前でリディは髪の毛を一房切った。

 毛先から十五センチほどの場所をしっかりと紐で結び、三つ編みを作る。そうして結んだ紐の少し上を切った。

 組紐のようにも見える三つ編みを手紙と一緒に封筒に入れ、しっかり封をして息を吹きかけた。そうすることで魔力を染み込ませる。親しい人間にはそれで「本人だ」とわかる。らしい。ちなみに手紙にも同じことをやっていた。


 冒険者の目の前で髪を切り手紙の封をしたのは『間違いなく本人のもの』と証言してもらうため。「元気でいた」と伝えてもらうため。


 宛先は例の山小屋を管理している大叔父。そりゃそうだ。なんのコネも身分もない男がいきなり王様にお手紙届けるなんて無理だ。


 相場よりかなり高い金額を依頼料として渡し、それとは別に必要経費として船代とメシ代宿代も渡す。「こんなにもらえない!」と驚くふたりに「これはキッチリ仕事してもらうための必要経費だ」「ちゃんと休める宿に泊まって、キチンと食事をとれ」と説明した。

「これで『体調不良で届けられなかった』『遅くなった』なんて言い訳、できないからな」と脅せば「間違いなくご本人に手渡しします」と約束してくれた。


 ズルをするような人間はなんとなくわかる。あのふたりには真面目で誠実な気配しかしなかった。実際冒険者ギルドの評価も高かった。なので多分大丈夫だろう。

 とはいえ『絶対』がないのはどこの『世界』も同じ。まあ「安否確認だけできればいい」とリディが言うから今はこれで良しとしよう。まだ帰還できないようならそのうち西大陸にも行けばいい。



   ◇ ◇ ◇



 東大陸の海辺の町に着いてすぐ。図書館に通いつめることになり、拠点となる家を借りた。冒険者なんてものがいる『世界』だからか港町だからか、一戸建ての賃貸物件があった。借りたそこに転移陣を仕込み、島と行き来している。


 東大陸の家は玄関のようなもの。基本通り抜け。食事も寝るのも変わらず島の家。とはいえなんかあったらマズいので、夜は交代で最低ひとりは東大陸の家で待機している。


 リディに頼んでいる神殿と奥の院の世話は毎日しないといけない。俺もたまーに確認に行くが、なんか『場』が落ち着いてない。最低でも安定するまでは毎日行ってもらわないといけない。

 それもあって生活のメインは島、買い物や図書館には港町に行く生活になっていた。



 そんな生活を続けていると自然と顔見知りが出来ていった。図書館で。買い物に行った店で。トモを遊ばせる公園で。挨拶程度のやりとりの相手もいれば一言二言交わす相手もいる。


 島ではアメリカの自宅にいたときの姿で過ごしている俺達だが、島を出るときはツノと牙のある姿に変えている。そのときに「ついでだから」とマコと同年代に見える姿を取っているためにトモと三人でいると親子だとすぐに理解してもらえる。トモがコピーレベルで俺と瓜二つなので誰一人疑問に思うことはないらしい。『向こう』では初対面の相手からは「おじいちゃん」とか「娘さんとお孫さんですか」とか言われていたから地味にうれしい。


 文明レベルも文化レベルも高い社会だからか、子連れだと特によく声をかけられる。それにマコが喜ぶ。マコを喜ばせることができて俺は満足。

 子育ての情報を教えてくれたり、トモをあやしてもらったり、意外にも社会に受け入れられ、穏やかな生活を送っていた。



   ◇ ◇ ◇



 ある日図書館でよく会う男と海辺のカフェで遭遇した。「偶然ですね」「同席してもいいですか」三、四十代に見える学者風のその男に同席を許可し、互いに名乗りあった。

 トモにおやつを食わせながら俺達も軽食を食っていたところだった。


 なにを調べているのか問われマコが答えた。

「古い転移陣について調べてる」「ヒントにならないかと他のジャンルも調べてる」


 そしたら男が教会図書館を勧めてくれた。「転移陣に関しては昔から使ってる教会が詳しい」「専門の研究機関もある」と。この港町の教会にも併設図書館はあること、もしそこで足りなければ中央都市にある教会本部の図書館が一番古くて大きいことも教わった。


 男はその教会本部図書館の研究者だという。

御遣(みつか)い様』についての研究をしていること、地方都市になにか残っていないかとあちこちに足を伸ばしていることを明かしてくれた。


「教会の研究者なので、転移陣についても多少ならわかります」「古代文字もちょっとかじってます」そう言う男にマコが「よかったらちょっと話聞いてもらえませんか」と頼んだ。


 行き詰まってるマコの気分転換にこのカフェに連れてきていたので、アドバイスを求める気持ちも理解できた。なのでノートを差し出すマコを止めなかった。相手の男もイヤな感じしなかったし。


 が。


 マコのノートを見た男の気配が変わった。

 息を飲み視線を鋭くする男。食い入るようにノートを凝視し、ついにはノートをわしづかみ顔の前に持って行った。


「これは」「この、文字、は」

 プルプル震える男に、ようやくノートの文字が日本語だったと気付いた。やべぇ。マズった。

 どう誤魔化そうかと思ったのは一瞬。

 それより早く男は自分の鞄からノートを取り出し、俺達の前に広げた。


 そこには、つたない日本語が書いてあった。


「同じ、です、よ、ね?」


 キラキラ――否、ギラギラした目を俺達に向ける男。元とはいえ特級退魔師のこの俺が気圧(けお)された。


 強制連行された先は教会。防音の徹底した部屋に連れ込まれ、洗いざらい吐かされた。異世界から『跳ばされて』来たこと。こちらの魔法にあたる術が使えること。その術を使った転移陣で島とここを行き来していること。仲間を島に『跳ばした』昔の転移陣を調べていること。ついでに隷属印についても話した。


「神よ!」

 俺達の話を全部聞いた男は叫び、祈りを捧げた。


御遣(みつか)い様』は約三百年前の人物。ある日突然この『世界』に現れ、戦争寸前だった東大陸をまとめあげた。米をはじめとした農産物の生産高を上げ、味噌や醤油といった調味料や料理を伝え、学校や役所をはじめとしたシステムを整え社会福祉を徹底させ、現在の合議制による単一国家を作り上げた。


 その人物が遺したノートは解読不明な文字で書かれている。彼の没後から研究が続いているが、三百年経っても糸口ひとつ見つけられていない。


 目の前の男――ポーランは『御遣(みつか)い様』研究者のひとり。なんとか解読しようとした結果、言語学に詳しくなった。なので古代文字もわかる。


 俺達は『御遣(みつか)い様』のノートの解読、ポーランには転移陣と隷属印の解読。互いの研究を交換する形で協力することで話がついた。


 ポーランの持っていたノートは原本の写しだった。コピー機も複写魔法もないらしく、神職や研究者が見様見真似で日本語を書き写したもの。それでヨレヨレしてんのか。欧米人が書いた日本語みたいだと思った。

 俺の使ってる『複写の術』を教えたら「きみは馬鹿か」と怒られた。「そんな特別な魔法を簡単に他人に教えるな」と。


 それから懇々(こんこん)と、懇々と『複写の術』の危険性を説明された。

「まだ若いから気が付かないのかもしれないけど、気をつけろ」そんな説教をしてくるから「俺きみより歳上だよ」とバラした。

「術でこの『世界』の人間に見えるように姿を変えてる」「そのついでに若い姿にした」そう明かし術を解いた。


 ポーランが絶叫した。


「つ、つ、ツ、『ツノナシ』………!『御遣(みつか)い様』と同じ………!」

「『姿を変える』!?『外見を若くする』!?」「そんな魔法が………!?」


 完全防音の部屋でよかったな。マコとふたり耳を押さえる俺に対し、最後はポーランは泣き出した。

「馬鹿あああ!!!」「そんなとんでもない魔法、簡単に明かすなあああ!!!」


 この状況でも昼寝中のトモは一切起きる様子を見せない。大物なのか図太いのか。


 騒ぐポーランをなだめ、翌日からの協力を約束した。「可能ならば翻訳して欲しい」とポーランが言う。なら伊佐治に頼もう。俺は日本語読めるけど『こっち』の文字書くのはまだ無理。それとも俺が読み上げるのを誰かに書き取らせるか?


「できれば写本じゃなくて原本が見たい」と提案したら「上に相談してみる」と返された。そりゃそうか。

 ひとまずまた翌朝会うことを約束して解放された。島に帰還して全員に説明。「ヒデが『大丈夫』と判断した人間なら大丈夫だろう」という謎の信頼のもと協力を許可された。


御遣(みつか)い様』のノートの解読は伊佐治が協力してくれることになった。「おまえが読んだのを書き取らせるのも悪くねぇが、万一知られてマズいことがあったらいけない」と。さすがの配慮に素直に納得した。


 マコの転移陣研究にはリディが同行してくれることになった。マコとリディは伊佐治の隷属印を解呪しようとしている。「転移陣のついで」と伊佐治には言いながら、隷属印解呪を本気で検討している。だからこそ神話や昔話にまで手を広げて調査していた。「教会ならもっと詳しくわかるかも」とふたりは期待している。


 伊佐治が三百年前の有名武将だと判明してしばらくはリディの様子がおかしかった。が、毎日共に過ごすうちにそれは落ち着いた。しかし落ち着いたら今度は『素の伊佐治』に惹かれていった。らしい。


 それまでもリディの伊佐治に対する好感度は高かった。けどそれは俺達全員に等しいもので、『神使様』が『頼りになる年長者』に変化した後も、敬意はあれど特別な熱はなかった。

 伊佐治が実は『ずっとあこがれていた武将』だったと判明したときも、リディの瞳にあったのは憧れと敬意だけだった。


 それが徐々に、徐々に変化していった。


 大きな要因として考えられるのは、毎日の参拝。

 ふたりで奥の院へ赴き神殿を清め祈り、ふもとの神殿も清め祈る。毎朝のその習慣が、少しずつふたりの距離を近づけた。


 これらの解説をしてくれたのはマコ。そのマコが見るに伊佐治も「まんざらでもなさそう」らしい。


「久十郎に続き伊佐治まで取られるのか」ついボヤけば「ヒデさんにはボクがいるでしょ」「ボクで我慢しといてよ」とマコがなぐさめてくれた。



   ◇ ◇ ◇



 翌日。

 約束の時間に全員でおもむく。当然全員ツノと牙のついた変化(へんげ)姿。前日に説明していたので大人数でも赤ん坊連れでもポーランが驚くことはなかった。

 使用許可を取ってくれていた転移陣で移動。着いた先は中央都市の教会本部。


 ちなみに東大陸は転移陣が普段使いされている。駅やバス停のように、行き先に応じた転移陣のある部屋へと向かう。管理人が互いの転移陣にいて連絡を取り合い、往路復路がぶつからないようにしている。


 ポーランには前日、他の人間には「古文書解読に協力してくれるひとを見つけた」とだけ説明するよう口止めしておいた。俺達の事情を話したのはポーランだから。他の人間は信用していないしできない。そんなことをポーランに言えば「もっともだ」と納得してくれた。そういうことに気が回るようになったのも年の功だな。


 三百年解読の糸口もなかった文書を読める人間というのは貴重。そして教会関係者以外に貴重な『御遣(みつか)い様』のノートの原本を見せるとなると、直属の上司だけでなく教会のトップにまでお伺いを立てないといけないというのは俺でもわかる。「解読する」と言いながら貴重な資料を汚したり盗んだりするヤツもいるだろうからな。


 だから今朝会うなり「上の人間に会って欲しい」というポーランの意見にも同意した。

 転移陣で移動した建物を出て、ポーランにうながされるままについて歩く。応接室らしき場所に案内され椅子に落ち着いた。伊佐治と麻比古と久十郎は俺達の後ろに立ったまま。万一を警戒して護衛をしてくれている。


 ちょっと待っただけでポーランが『上の人間』を連れて戻った。穏やかなじーさんと偉そうなオッサン、それと小太りのオッサン。順に、この宗教で一番偉い大法皇、この教会で一番偉い教主、ポーランの上司で『御遣(みつか)い様』研究室のトップ。その後ろからもゾロゾロと入室してきた。


 ………気持ち悪いのが何人かいる。


 挨拶もそこそこに「なんで読めるのか」「本当に読めるのか」と質問された。が。

「そいつとそいつ、そいつには話したくない」

 拒否した中には『教会で一番偉い』と紹介された男もいたからか、ポーランが泡を吹きそうな顔をした。が無視し「大法皇(あんた)ポーランの上司(あんた)のふたりだけならばすべて明かす」と告げた。

 拒否した男も含めて集団でギャンギャン騒ぎ立てたから「なら帰る」と部屋を出るべく立ち上がった。さっさと扉に向かう俺にウチの連中が追随した。あわてたのはポーラン。


「ポーランには協力するけど、あいつらは駄目だ」「あいつらは気配が気持ち悪い」断言する俺になにを思ったのか、大法皇が折れた。


 大法皇とポーランの上司、ポーランとウチの連中だけになった部屋に、念の為にと結界を展開。ポーランが泣いた。

「馬鹿あああ!!!」「なに簡単に魔法使ってんだ!!!」「なんでここで魔法使えるんだよおぉぉお!」


 なんか対魔法のナニカが使われているらしく、普通は魔法が使えないらしい。俺が使ってるのはこの『世界』の魔法じゃないから対象外なんだろうな。

 そう説明したらポーランが頭を抱えたまま床に丸まった。ウチの連中がそんなポーランをなぐさめ大法皇に頭を下げていた。

「ごめんな。ヒデはいつもこの調子なんだよ」

「人間関係とか上下関係とか全然理解できないんだ」

「数々のご無礼、申し訳ありません」

「いかんせん世間知らずの研究者でして、世渡りも協調も関係なく、周囲への配慮もできません」

「どうぞご容赦くださいませ」


 特にリディと伊佐治は大法皇に対して(ひざまず)き両手を胸の前で交差させ深く深く頭を下げていた。三百年経っても儀礼的なものは変わらないんだな。


「呑気かあんたは!」「謝れ! 大法皇様に謝罪しろ!」「申し訳ありません! 申し訳ありません!!」

 俺に向け泣き叫び、大法皇に向け土下座をするポーラン。騒々しいやつだな。

「あんたのせいだ馬鹿あああ!!!」


 何故か「おまえは黙ってろ」と伊佐治に指示された。なんでだろうな?


「このふたりになら全部明かしてもいいのか?」伊佐治に確認されたのでうなずく。説明はできないが、このふたりはポーランと同じ感じがする。マットと同じ、どこまでも善良な人間の気配。


 俺の返事を受けた伊佐治が「他言無用に願います」と前置きし、俺達とリディの事情を説明をする。俺のことは「こちらで言う聖職者」「戦闘もできる武闘派」「だからこそ周囲の気配に敏感」「善良な人間とそうでない人間の見分けがつく」と説明。「彼の『見る目』は間違いがない」とまで言い切る。そうか? 自分で言うのもなんだが、単なる好き嫌いだと思うぞ?


 俺達が『異なる世界』から『跳ばされて』来たこと、おそらくは『御遣(みつか)い様』と同じか類する『世界』から来たことを、大法皇は何故か信じた。そしてリディが西大陸のとある国のお姫様であることも。


 なんでも大法皇は『神の声が聴こえる』らしい。で、約半年前に『神の声』を『聴いた』。

「『(いと)()』が()められた」「助けに行け」

 そう言われてもどこに行けばいいのか誰を助ければいいのか、たずねても答えはもらえずただ「助けろ」「助けろ」とだけ『聴こえる』。困り果てた大法皇は世界情勢を調べるよう命じた。おかしな異変がないか、突然の変化がないか。なにかあればそこが神々のおっしゃる「『(いと)()』のいた場所」だろうと。

 ところが三日目の朝「『(いと)()』のもとに『助けびと』を送れた」「もう安心」と言われた。「役立たず」とも。

 よくわからないが『(いと)()』問題は解決したと大法皇は判断した。御力になれなかった件は貢物をたくさんすることでご容赦いただいた。


 そのときに指示していた調査の結果が約半年経った今でもぽつりぽつり届いている。最近届いたのは西大陸のとある国で輿入れしてきた王女が消えた話。伊佐治の話とも合致する。ならばこのお嬢様が西大陸の王女で、他の皆様が神々のおっしゃった『助けびと』だろう。大法皇は信じた根拠をそう説明した。


 思わぬところから俺達がこの『世界』に来たことに『高位の存在』が関わっていたこと、リディが『(いと)()』であることが証明された。


「てことはなにか? 俺達はリディを助けるためにこの『世界』に連れて来られたのか?」

 思わず口にすればリディが顔色を悪くした。


「申し訳ありません!」すぐさま謝罪するリディを伊佐治とマコがなだめる。

「リディは悪くないよ! 悪いのは王子様と侍女さんだよ!」

「ああ。リディを助けることができてよかった」

「そうだ。間に合ってよかった」

「それに島の暮らしは楽しい」

「リディもいい子だしね」

 ウチの連中も口々にリディをなだめる。


「ボクはリディに出逢えてよかったよ!」

「リディみたいな素敵なひとが友達になってくれて、家族になってくれて、うれしいよ!」

「リディに逢わせてもらえたんだもの。神様に感謝しなくちゃ!」


 笑うマコにリディは涙をにじませた。がすぐにまばたきで散らし、綺麗な笑顔を返した。

「私もマコに出逢えて、うれしい」


 抱き合い喜びを分かち合う娘達をかわいいなあと見守っていたら「おまえは反省しろ」と何故か叱られた。なんでだろうな?


「『リディを助ける』というタスクはクリアされたのに、なんで俺達は帰れないんだろうな?」

「他になにかやらせたいことがおありなのかもしれないな」

 俺のつぶやきに麻比古が答える。

「それか『リディを手放したくない』とか?」

「あり得る」


 俺達は帰還時にリディも連れて行くつもり。それが気にくわないのか。はたまた他の理由があるのか。

「それこそ『神のみぞ知る』だろう」

 麻比古にそう言われたらそのとおり。

「『なるべく早く帰してくれ』ってリディからも頼んどいてくれ」と頼み、その話は一旦終えることにした。



 そうして大法皇権限で俺達に『御遣(みつか)い様』のノートやメモの本物を開示する命令が出された。

 ポーランと上司に連れて行かれた先にあったのはボロボロのノート。三百年経ってるんだから当然か。だからこそ研究者は写本で研究していたと。ポーランが持っていたのは写本の写本の……何回重ねたかわからない写本をポーランが写本したものだと。


 そんな写本だったからザッと目を通しただけでは解読しきれなかった。ところどころ読めるがミミズがのたくったような場所が多かった。なので原本の開示を求めたというわけ。


 しかしこの原本、三百年経っているだけあって下手に触れたら痛めそう。ポーランに頼んで同じくらいのノートを用意してもらう。原本と新品のノートを左右に置き、『複写の術』で内容を丸ごとコピーする。これで写本で崩れた文字も原本で解読できる。


「な、なに、を」「なに、が」

 プルプル震えるポーランと上司に『複写の術』について説明。もーちょっと精度上げられたら物質そのものを複写できるんだろうが、俺は書かれたものをコピーするのが限界。じいちゃんでも無から有の錬成は再現できなかった。理論は組み立てられていたが霊力量の関係で無理な術式になっていた。


 ここは霊力量が多いので術の効力が底上げされている。俺だってこれまでの『複写』は目視した一枚ずつしかできなかった。が、ちょっと試しに「一冊丸ごと」とやってみたらできた。CTやMRI、3Dプリンタなんかをイメージして、ノートの一枚一枚裏表スキャンして写すように。まさか成功すると思わなかった。イメージがしっかりできていたからか、『世界』の霊力量が違うからか。これなら今までできなかった術ができるかもな。ちょっと試してみようか。


「試すのはまた今度な。今はこれ全部コピーするのが先だろ」

 伊佐治にうながされせっせと『複写』する。ポーランがぎゃあぎゃあ騒いでいたが麻比古と久十郎がなだめていた。ポーランの上司は何故か俺に向け手を合わせていた。「『御遣(みつか)い様』の再来」とか言うから「ただの研究者だよ」と返したが理解していないような顔をしていた。なんでだろうな?


 念の為ポーランや他のヤツが写本したものと俺が『複写』したものを一ページずつ確認させた。間違いなく全部複写できていた。やれやれよかった。ポーランと上司がすごい顔になっているが放っとこう。



 全部のノートやメモを『複写』し終えたので今日はここまで。次はマコの希望する転移陣と隷属印の研究に関わる部署へ。ここへも大法皇の命令が通っていて協力体制ができていた。

「古文書解読の協力者」と紹介された俺達。集められた人間をザッとみたが、特別気持ち悪いのはいない。ここならまあマコを置いてもいいか。


 俺が許可を出したことで伊佐治達がホッとしたのがわかった。なんだよ。そこまで心狭くないよ。多分。

「そうじゃないが、まあそういうことにしとけ」

 よくわからないが、念の為に初日は全員で見守り。マコもリディも研究者達とすぐに打ち解け、互いに意見交換を交わしていた。

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