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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』27

 無人島生活は快適に続いている。


 そう。続いている。

 未だに帰還の目途が立っていない。


 とはいえなんだかんだと楽しく暮らしているので不満はない。毎日新しい発見がある。『向こう』に戻ったら試してみたいことも山ほど。

 ありがたいことに気候も京都とさほど変わらない。いろいろ手作りしながら工夫を凝らしながら楽しく暮らしている。




 最初のひと月は拠点にしている最初の転移地点を中心に活動していた。生活拠点を整え安定して生活できるようにするのを第一に。


 自給自足もどうにか目処が立った。かつての住人が育てていたらしい野菜や小麦が生き残って野生化していた。ありがたいことにちょうど実りの季節。記憶を頼りに小麦を収穫し粉にした。果実を使って天然酵母を作った。そうしてできた焼きたてのパンに感動した。

 肉魚は現地調達。骨や皮は素材にした。いつかなんか使えるかもしれない。岩塩やハーブなども見つけた。サバイバル生活は変わらないが、居住環境と食生活が安定したことでかなり文明的な暮らしができるようになった。



 次のひと月は島の全容を明らかにするべく動いた。

 拠点から出発し、徐々に徐々に行動範囲を広げていった。転移石作ってよかった。片道だけ進んで一瞬で帰還できるのはかなり大きい。転移する前に転移石を仕込んでおけば翌日はそこからスタートできる。これで地形と生態系と瘴気の状態を調査しながら地図を作りながらガンガン進んだ。


 進みながら浄化もほどこす。浄化したところは結界石を置いておけば再び瘴気に(おか)されることはない。ついでに言うと瘴気に(おか)されたモノも入れない。

 そして、浄化をほどこした野生動物や虫なんかが出ていくこともできない。


 今回俺が取った浄化方法は、一定距離の円状に結界を展開、その結界の内側を範囲指定して全体を浄化する領域完全浄化。円状の内側の存在は草木も土も虫も動物もまとめて浄化する。空中も地中も範囲内なので浄化される。で、浄化が済んでからその円状を保つように結界石を置く。展開していた結界と同じく、一定距離の円状に結界を展開するよう術式を書き込んだものを結界の中心に置いたら俺の展開していた結界を解除しても結界が保たれるという仕組み。

「最初なら結界石置いてから浄化すれば」マコに問われたが、瘴気まみれのところで結界展開するのと浄化済のところで展開するのとでは結界石の負担が違う。当然浄化済のところのほうがパワーが少なくて済む。それはつまり定置した結界石の()ちが違うということ。

 俺の説明にマコもリディも納得していた。「やっぱり大聖者様では」とかリディが言っていたが「ただの研究者だって」と返しておいた。


 マルをどんどんくっつけていくことで浄化範囲を広げていく。拠点から始めた浄化はかなりの範囲に及んできた。


 調査の結果、野生動物だけでなく虫なんかも瘴気に冒されていた。それは大気中に瘴気が漂っていること、エサとなる草木が瘴気に冒されていることを示している。なので領域完全浄化で浄化した野生動物や虫が、同じく領域完全浄化で浄化され状態が安定した場所に留まれば、俺達が使う時にいちいち浄化かけなくてもいいということ。つまりは俺の仕事が減るということ。うむ。素晴らしい。


 結界石で守られているからマコやリディが探索や採取をしても大丈夫。野生動物なんかの危険はあるから必ずウチの誰かが護衛についてるが、瘴気で不調をきたすことはない。

 採取したものもそのまま使っても大丈夫。浄化をかけまくる前はいちいち俺が浄化をかけるのを待って使っていたが、その必要はなくなった。


 マコはトモを連れ、リディや伊佐治に教わりながら転移陣の調査をしたり果樹や草花を見つけたり、久十郎や暁月と料理に挑戦したりと、楽しい無人島生活を送っている。


 マコの快適な生活のためにも、幼いトモの健康のためにも、せっせと全体浄化をかけては結界石を置いている。島中が浄化されれば結界石の必要もなくなるだろう。



 しかしなんでこの島こんなに瘴気まみれなんだろうな?



 リディに色々質問したところ、瘴気だらけの土地というのは「東大陸はわからないが西大陸には一定数ある」らしい。

 俺達の『世界』にも『(よど)み』とか『良くない場』とかあったように、この『世界』にも『瘴気の湧き出す場所』は何箇所かあることが知られている。そういう場所は魔物が湧く。なので定期的に魔物狩りをしている。国や地域によって騎士団が担当したり冒険者が請け負ったりと違いはあるが、魔物も一定の需要があるので『瘴気の湧き出す場所』はそのまま適切に管理されている。


『魔物』にはいくつか種類がある。リディと伊佐治が教えてくれた。


 ひとつは『瘴気の湧き出す場所』から湧き出すモノ。

 ひとつは既存の動植物が瘴気に冒され魔物化したモノ。

 ひとつは神々からの罰として、あるいは何らかの要因により魔物に作り変えられたモノ。


 それらの魔物が交配して生まれたものがいるかどうかは伊佐治にもリディにも「わからない」。


『魔物』と『魔物でないもの』の違いは「『魔核』の有無」。

 瘴気の影響を受け続ける、あるいは魔物に作り変えられると、心臓が『魔核』と呼ばれる鉱石のような物体に変化するのだと。この魔核は魔道具の核にも成るので高額で取引されるのだと。魔道具に必要だからこそ『瘴気の湧き出す場所』は『魔物を生み出す場所』として管理されている。


 魔物が多すぎると瘴気が増えすぎて人体に影響が出る。そうならないように常に瘴気量を観測し森の間伐をし魔物を間引いている。

 なかなかうまくできてるんだな。その観測機器、どうにか手に入れられないかな。ていうか俺も観測させてもらえないかな。


「姉が嫁いだ国に数箇所あったはずです」「お願いすれば見学はさせてもらえると思います」

「よしすぐ行こう。どこだ? 西大陸だよな」

「ここですね」

「今はそれは置いておけ」「島の全容を明らかにするんだろ」


 伊佐治に叱られ話の続きを聞く。

 とにかく現在知られている『瘴気の湧き出す場所』は適切に管理されている。リディは実際行ったことはないのでどんな場所なのかは体験したことがない。だから知られている『瘴気の湧き出す場所』とこの島に違いがあるかどうかは「わからない」。そこまで詳しく調べたことがないので、知られている『瘴気の湧き出す場所』の面積がどのくらいの広さなのか、どの程度の瘴気の濃さなのか、そういったことも「わからない」という。


 俺の質問に「わからない」しか答えられず「不勉強で申し訳ありません」としょげるリディ。ウチの連中が口々になぐさめる。

「こっちこそごめんなさいね。ヒデは研究者だから、細かいことが気になるのよ」

「普通に暮らしてたらヒデみたいな質問思いつかないよ」

「リディは十分知識豊富だ」

「ヒデはいっつもこうなんだよ」「ひとを困らせる天才なんだ」


 最後は「(ヒデ)が悪い」でまとめられた。ひどくないか?

「まあ仕方ねえ」「そういう細かいことに気付けるからこそ研究者になれるんだ」「いつか役に立つかもしれないから、今の疑問はどっかにメモしときな」

 伊佐治に頭をわしわしと撫でられ機嫌を直し、言われたとおりメモを作る。もりもり書いていたら何故かリディがまた「不勉強で申し訳ありません」としょげていた。なんでだろうな?



   ◇ ◇ ◇



 ともかく、『瘴気の湧き出す場所』というものが存在する『世界』だということがわかった。魔物と魔石についても理解した。おそらくはこの島にも『瘴気の湧き出す場所』があり、その影響で島中が瘴気まみれになっているんだろう。そんな島で生息するものは皆魔物化していると、そういうことだろう。

 だからあちこちに落ちてる鉱石に術を入れられると。ただの鉱石じゃなくて魔石だったから。おそらくは自然死したり弱肉強食で喰われたりしたものの心臓部分が残って、あちこちで見つけられるんだろう。


 ならあんまり浄化しまくるのはマズいか?


「どうだろうな。無人島だったんだから関係なくないか?」

「誰かが上陸していた気配は見当たらなかった」「少なくとも十年は放置されている島だろう」「それなら誰かが利用しているということもないんじゃないか?」

「俺らも魔石がどうしても必要なわけじゃないし。ヒデの浄化で魔物は普通の野生動物に戻ってるから食料が無くなる心配もないし。浄化しまくってもいいんじゃないか?」


 そう。どういうわけか、俺の浄化で動植物の魔物化が解ける。

『向こう』では魔物なんていなかったからそんな効果があるなんて知らなかった。


「『こっち』では術のかかりがいいだろ」「高霊力な土地だからヒデの術もパワーアップしてるんじゃないか?」

「『こっち』で使ってる魔法とヒデの使う術はちょっと違うんだよ」「それでそんな効果が出るんじゃないか?」

 確かに。多分そうだろうな。パワーアップしてる異世界の術だから『こっち』の魔法ではあり得ない効果が生まれてるんだろう。


 ちなみにリディに「魔物を浄化したらどうなるか」を確認したが「そんな事例を聞いたことがない」という。伊佐治も「わざわざ魔物を浄化する必要があるなんて考えたこともなかった」と言っていた。つまり魔物は魔物として使っていたと。瘴気の影響を除去するなんて「考えたこともなかった」と。

「不勉強で申し訳ありません」またリディがしょげて謝罪してきた。



 浄化前と浄化後の鹿を解体して内臓から筋組織から比較したが、浄化によって胸の魔石は普通の心臓になっていたし、筋組織に含まれる霊力――『こっち』では魔力だった――の量にも変化があった。もっとも霊力量に関しては計測機械がまだできていないので、あくまで俺達の体感だが。


「試しに」と、浄化前の、瘴気に冒されたいわゆる魔物肉を食べてみた。塩かけて焼いただけのシンプルな焼肉。………なんていうか、独特のエグみと臭みがある。

「魔物肉は適切な下処理が必要だと聞いたことがあります」

 その『下処理』で肉に含まれている瘴気を抜くんだなきっと。


 霊力を取り入れるカンジはある。おそらくは魔物化した動物のほうが魔力が多いからだろう。さらにリディの話を聞くと、食用でなく薬や道具にするときはそれ用の下処理があるらしい。きっと含まれている魔力を利用するんだろうな。


 で、それはどうやるんだ? どの程度の魔力が利用できるんだ? 他に利用できる方法はあるのか? そもそも下処理ってのは何をどう使ってやるんだ?

「それはまたいつか聞け」「今は『島中浄化しても問題ないか』って話だろ」


 ああだこうだ話し合った結果、島のどこかに『瘴気の湧き出す場所』があるのだろうと結論付けた。このまま探索していけば「いつか見つけられるだろう」と。

 今の調子で浄化していくのは「問題ない」と判断。どうせ俺達しかいない。なら俺達が暮らしやすいように改変してもいいだろう。



 この島は「どこの国にも属していないはず」とリディが言う。

「昔はトリアンム教教会の領土という扱いだったはずです」


  未踏の地を目指した神職(実質修験者)達によって転移陣を設置された『聖地』は、未踏の地だけあってどこの国にも属していなかった。西大陸に限っては地図上で「この国の領土」とはっきり区切ることができたので、教会の領土にするかその国の領土のままにするかを都度話し合い決めていた。が、そんな辺鄙な土地に暮らすのは『聖地』を守る管理者だけ。税収も特産物も期待できないとあって、ほとんどは教会の所有物となった。

 現在は『聖地』はほぼすべて『忘れ去られた存在』。おそらく教会では記録が残っているだろうが、転移陣が使えない現在、わざわざ管理に出向くことは「考えにくい」とリディも言う。俺達も同じ判断。


「それなら俺達の好きにしていいだろう」「どうせ誰も確認に来ることなんてないだろうし」

 そう話していたら麻比古が気が付いた。

「けどリディが送られたみたいにまた誰か送られてくる可能性はないか?」


 指摘されれば確かに。が、リディ自身が「それはないと思います」と否定した。


「私の知る限り、流罪として『聖地』へ罪人が送られたのは、約百五十年前の隣国の王族が最後です」

「戦乱期に衰退していたトリアンム教が徐々に力を取り戻していったのがちょうど百五十年ほど前でして。『我らの聖地を罪人の墓場のように扱うのは』と強い遺憾の意を示したため、流刑として『聖地』へ罪人を送ることは無くなったと聞いています」

「トリアンム教は東大陸でも信仰されているそうです」

「なので、東西の大陸どちらからも誰かが送られてくる可能性は低いと思います」


「聖職者? 神職? そんなヤツが来る可能性は?」

「それは―――確かに『ない』とは言えません」


 俺の質問にリディもハッとし、しょげる。がすぐに伊佐治が口をはさんだ。


「けどこれまでに来た形跡はないよな」「てことは、わざわざ誰か来ることはないんじゃねえか?」

「確かに」久十郎も口を出す。

「最初に探索した状態から考えるに、かなりの期間放置されていることは明らかだ」

「生活痕がなにもなかったもんね」

「なら俺達の好きにしていいんじゃないか?」


「可能性だけの話だが、リディが『跳ばされた』転移陣を使われる可能性はあるよな」

「誰か来たらそのときは『最初からこの状態でしたよ』ってしらばっくれたらどうだ?」

「「「それだ」」」


 伊佐治の名案に全員一致で賛成。ということで遠慮なく好き勝手に浄化しまくることにした。

「領土を主張されたら」の仮定には「家賃でも住民税でも払えばいいだろう」「そもそもそんな主張をしに来るヤツなんていないだろう」との伊佐治の意見に全員賛成。

 航路からもかなり離れてるから俺達がいることに誰も気づいていないだろうし。今後も好き勝手させてもらおう。


 そうしてせっせと探索し、狩りをしたり収穫したりし、快適な無人島生活が続いている。

 いつ帰れるんだろうな。ここはここで楽しいんだが。



   ◇ ◇ ◇



 ある日、島の山頂近くの森の奥で神殿らしき建物を見つけた。朽ち果てたそこにウゴウゴした低級妖魔がいた。


 人語を解するソレが言うには、ソレはリディがいつか言っていた「流刑にされた隣国の王族」だった。

 王位簒奪を狙ったが失敗しこの島に跳ばされた。うらみつらみでさまよううちにこの神殿にたどり着いた。ここはいわゆる奥の院。神力がより強い場所。そんな場所でこいつはうらみつらみを吐き出し「自分の生命を(にえ)にするのでこの世界を滅ぼしてくれ」と『願い』をかけた。

 その場で首を掻っ切り絶命した男。血で(けが)された神は邪神にに堕ちた。


 それでなくても人々がいなくなり『祈り』を受け取れなくなっていた。神威は落ち朽ちる寸前だった。そこにかけられた強い『願い』と『対価』。穢され邪神と成った神は『願い』を叶えるために男の魂を壊れた身体にとどめ、魔王として生まれ変わらせた。


 悪意と邪気を吐き出す存在に成った魔王のせいで瘴気が生まれるようになった。魔王が生まれて約百五十年。その間にこの島は瘴気に満ちた島に成った。だから土地も水も動植物も鉱物もなにもかもに瘴気が含まれている。


『世界』にとって幸いだったのは、ここが絶海の孤島だったこと。大陸のどこかでこんなことやらかしたら大陸中を瘴気に染めていただろう。

『願い』をかけた神が弱っていたこと、だから魔王に成ったとはいえ弱っちかったこと、他に取り込める生き物――うらみつらみをもった人間―――がいなかったこと、海という広大な流動体に囲まれていたこと、これらの要因のおかげで瘴気は島のみ影響を与えるにとどまっていた。


 島にはこいつの前にも数人の流刑者がいたらしい。残っていたそいつらの無念も取り込み瘴気に染まった野生動物も取り込み、魔王は徐々に徐々にチカラをつけていった。今はまだ低級だが、もう百年二百年したら中級に成るかもな。


 無人島なら放っといてもいいんだが、今は俺達が住んでるからな。瘴気だらけの島じゃあマコの体調に良くない。トモの成長にだって悪いだろう。


 ということで討伐。ギャアギャア煩いこと言ってたが無視して定兼を一振り。弱っ。ついでに邪神に堕ちた神も滅する。ここまで穢れたら滅するほうが親切。俺、ある程度の浄化はできるが神レベルの存在を清めるのはさすがにムリだわ。ごめんな。


 魔王に成った存在達と邪神の魂送りをする。浄化の儀式をして場を清める。これでこの島の『瘴気の湧き出す場所』は無くなった。


 朽ちた神殿の裏手が水源だった。念の為に鉱石を加工して作った浄化装置をセット。これで結界石解除しても勝手に浄化していくだろう。

 神殿再興しないとな。ここ『場』になってるから放置できない。めんどくせぇな。けどまあ仕方ないか。


 転移石を神殿に仕込んで帰還。「毎日浄化しないとまずそうなんだけどめんどくせえ」夕食後の報告会で正直に言ったら「自分がやります」とリディが名乗り出てくれた。「特に技術も能力も必要なくて水と花替えて祈るだけ」と説明してたからやる気になってくれたらしい。面倒なのに、いい子だな。


 最初に転移した神殿と森の奥の神殿。ふたつの神殿の世話をリディが受け持ってくれることになった。毎朝水と花を替え祈りを捧げてくれている。

 奥の院の水源で水を汲み、ついでに浄化装置に不具合がないか確認。そこで花も摘んでふたつの神殿に捧げてくれている。ついでに掃除もしてくれている。えらい。えらすぎる。


 なにかあってはいけないので必ずふたり以上で行くことを義務づけた。そしたら伊佐治が護衛に名乗り出てくれ、リディと一緒に祈りを捧げてくれている。掃除もしてくれている。

「俺が生きていられるのも、ヒデのところで楽しく暮らしてるのも、神様のおかげかもしれないからな」「言ってみれば恩返しだ」そう笑っていた。


 

   ◇ ◇ ◇



 異世界生活まる二か月経過。三か月目に突入。

 生活基盤は整った。自給自足もどうにかなりそう。島の全容も明らかになった。


 島の隅から隅まで探索した結果、生態系の把握ができた。ちょいちょい初見の動植物はあるが、基本ウチの裏山とほぼ変わらない。


 なんで絶海の孤島で鹿や猪がいるのかと思ったら、どうも各地とつながったまま放棄された転移陣を通って来たらしい。


 神職むしろ実質修験者達によりヒトの近寄れない場所にも転移陣が設置されていた。戦乱の世になり転移陣は使用制限され放棄されたが、そんな辺鄙(へんぴ)な土地のものまで厳しく破棄しなかった。で、放置された転移陣から野生動物がランダムに移動し、こんな絶海の孤島にも居着いたと。


 なんでそれがわかったかといえばリディの知識。

 つかまえてきた山羊と鳥の中に、限られた土地にしか生存が確認されていない種類の特徴があることに気付いたリディが推察した。多分間違いないだろうな。


 最初はこんな絶海の孤島に動物がいるのは、かつての住民が飼っていたものが野生化したんだと思っていた。豚や鶏なんかはそれで間違いないだろう。が、転移陣で迷い込んできたものもかなりいそう。


 その転移陣は経年劣化と自然消滅で使えなくなっている。マコが解読を試みているが二か月経った今のところはまだ調査段階。マコには悪いが期待はしていない。俺的には『マコのおもちゃ』。気が済むまで遊べばいい。


 元の『世界』への帰還も目処が立っていない。

 時間を変え場所を変え、時々挑戦しているがまったくの無反応。『次元を超えても使える通信機』も反応なし。三百年後の月が重なる満月の日まで待つなんてできるわけもなく、他の条件が重ならないかと時々挑戦している。


 一番確実なトモの『境界無効』だが、現在までのところ本人の意思で使えたことがない。それでもなにかが引き金になればと色々声かけをしている。「じーさんばーさんに会いたくないか?」「蓮と誠一郎が会いたがってるぞ」「アイス食いたくないか?」「おこさませんべい好きだよな」「あの店の豆腐はどうだ?」


 言ってるうちに俺達のほうが食いたくなり帰りたくなる。トモはといえばわかってるのかわかってないのか意味不明な喃語(なんご)を発するのみ。


 そんな状況下で、問題がふたつ表面化した。



 ひとつめ。トモが俺とマコのことを「おとうさん」「おかあさん」でなく「ヒデ」と「マコ」と認識している。らしい。


 生まれる前からマコはトモに「おかあさんだよ」「おとうさんだよ」と話しかけ、トモに対しては俺のことを「おとうさん」と語っていた。が、『跳ばされて』丸二か月。ほぼ全員が俺とマコのことを「ヒデ」と「マコ」と呼ぶ状況で、トモもそれを覚えてしまったらしい。


 何故気付いたかといえば、トモが言葉らしきものを発するようになったから。


 体感時間で生後八か月になったトモ。順調に成長し、最近はつかまり立ちをはじめている。ついこの間ハイハイができるようになったと思ったらあっという間に高速ハイハイを習得していた。それに続いてつかまり立ち。すぐに歩き出すぞこいつ。

 異世界に来たというのに関係なくモリモリ飯を食いしっかり寝る。大物だ。

 そんなトモが最近はなんとなく意味ありげな音を発するようになった。


「あーぃこ」「あぁちゅち」「ぅじゅーおー」「あーぁね」「いあい」「いりぃ」

 麻比古、暁月、久十郎、定兼、伊佐治、リディ。それぞれに向かってそう呼んでいた。

 一度や二度なら「たまたま」「そう聞こえただけ」と思えるが、何度も何度もとなるともうわかってやっているとしか思えない。「天才だ!」「すごいぞ!」ウチの連中は馬鹿ばかりなので手放しで褒め称える。高い高いされてきゃっきゃと喜ぶトモ。そのトモが俺とマコを「いえ」「あこ」と呼んでいる。


「『おとうさん』だろ」と言い聞かせても「いえ」と呼び捨て。このやろう。

「俺だってガキの頃は親父のこと『父さん』て呼んでたぞ」ついぼやいた俺に、抱き上げ目線を合わせていたトモが首をかしげる。


「おやい?」

「親父」

「おやい」

 ふむ。みたいにうなずく赤ん坊。


 俺の呼び方が「親父」になった。なんでだよ!


「これは相当頭いいぞ」「下手なこと言ったら全部覚えるぞ」ウチの連中も震えあがった。「ヒデもかなり頭いい赤ん坊だったが、それ以上かもしれない」「気をつけないと術でもなんでも覚えちまうぞ」

「まさかそんな」と笑ったが、連中真面目な顔で首を横に振った。


「おまえ一歳になるかならないかのときに隠形使ったんだよ」

「『いなくなった!』って大騒ぎになった」

「ひとりで立てるようになったら玄治が型さらうの完璧に真似してた」

清秀(きよひで)が練習してた『火』の術を先に習得してボヤ騒ぎ起こしたの、二歳だったっけ?」


 清秀は俺のじーさん。母の父。学者肌なひとでいろんな術を収集研究していた。俺の師匠のひとりでもある。

 記憶に無いそんなエピソードを披露され「だからトモも気をつけよう」なんて注意喚起を受けた。


 そんなある日。

「おやい」と呼び『抱け』と手を伸ばしてくるトモに諦め「はいはい」と抱き上げた。そのまま隣のマコに「俺が『親父』ならマコは『お袋』だな」と話した。

 トモには話していない。なんの気なく言っただけ。なのに気付いたらマコを「おううろ」と呼んでいた。


 ……………。


「もう! ヒデさんのバカ!」「みんなに『注意しろ』って言われてたのに!」

「そんなまさか、ちょっとマコと話しただけのこと覚えるなんて思うかよ」

「それだけトモくんが頭いいってことだよ!」「ああもう! トモくん!『おかあさん』だよ!『おかあさん』て呼んで!?」


 マコも俺達も修正すべくがんばった。が、一度インプットされてしまえば上書きは受け付けないらしい。かたくなに「おううろ」とマコを呼ぶ。最後はマコが諦めた。かなりがっくりきていた。すまん。本当に申し訳ない。




 ふたつめ。『元の世界』の食い物が食いたくてたまらなくなった。


 トモの『境界無効』を引き出すべく「アイス食いたくないか?」「おこさませんべい好きだよな」「あの店の豆腐はどうだ?」などと言っているうちに俺達のほうが「あれ食いたい」「そろそろあれが出る季節だよな」なんて思い出し食いたくなってしまった。

 どうにかならないかと暁月と久十郎が苦心してくれたが、絶対的に材料と道具が足りない。


 たとえばアイス。

 鶏卵は手に入る。野生化していた鶏をつかまえ、鳥小屋を作り飼育しているので毎朝玉子のある生活になっている。が、牛乳がない。

 島にいるのは山羊。残念ながら乳牛はいなかった。山羊乳と玉子で挑戦してくれたが「なんかちがう」感がすごかった。


 ちなみに冷やすのは早い段階で作っていた冷凍庫で冷やした。冷蔵庫冷凍庫は豊かな生活の必需品だろう。ちなみにエアコンも扇風機も作った。電子レンジは今挑戦中。


 電気の代わりに霊力が使えた。これも祖父がどこかから教わり再検討した術のひとつ。『俺達の世界』ではかなり燃費が悪く使い物にならなかった。が、こちらの『世界』は高霊力に満ちているからか十分に電気代わりになった。ついでに霊力を蓄えておける鉱石を発見。電池ができた。


 電気的なエネルギーを得たことで生活レベルが格段に上がった。前述の家電もできたしハンドミキサーもできた。久十郎と暁月が喜んでくれ、アイス作りに挑戦してくれたわけだが結果は前述のとおり。


 そもそも砂糖がない。甜菜(てんさい)かサトウキビがないかと探したが見つからなかった。現在は無限収納に入れていたストックを使ってくれている。


 米も見つからなかった。今は見つけた小麦を米と一緒に炊いたり、小麦を粉にしてパンやうどんを作ってくれたりして少しでも米の消費を抑えようと苦心してくれている。


 岩塩があるので差し当たりの味付けも生命維持もできるが、豊かな食生活を知っている現代日本人にとっては物足りないのも正直な気持ち。


 いつ帰還できるかわからないが、豊かな生活のために交易が必要だろうと意見が一致した。自給自足できないならば余所から仕入れればいい。


 他にも欲しいものはある。布製品はさすがの俺でも作れない。今は無限収納に入れていたシーツや寝具、洋服を使っている。リディはマコのものを使わせている。

 洗濯用の洗剤もボディーソープやシャンプーや基礎化粧品も作ったが、森に入ったり作業したりとしていればくたびれてくるのは当然のこと。そろそろ夏服出すか、それともなんか考えるかと話をしていた。

 なによりトモが日ごとに大きくなっている。今着ている服もそろそろ限界が近い。無限収納に入れていた服は少し大きいサイズまでで、すぐに使えなくなることは俺でもわかる。


 そんなわけで、外部と接触することを考えることになった。



   ◇ ◇ ◇



 案はある。

 時々遠くを船が通る。二か月の観測により、定期的に通る船を確認している。十日に一度通る船、十五日に一度通る船。あとはランダムなのが数隻。

 久十郎が大鷲形態になったうえで隠行を取り、船に乗り込む。航路までは「問題なく飛べる」と久十郎。定期便のようだから最悪戻る船で帰還すればいい。


 だが俺の作る転移石が使えるかの検証もしたいので持って行ってもらい、どこかに寄港したらそこで転移石の動作実験をしてもらう。ついでに通信装置の使用可能限界も実験したい。


 色々検討しあれこれ追加し、久十郎は飛び立った。十日に一度通る船を目視できた日。断崖絶壁から飛び立つ久十郎を全員で見送った。


 しばらくしたら通信装置が反応した。「乗船完了」久十郎の声が届く。ひとまず成功だな。

 島の端から端までは検証していたがそれ以上の距離はどこまでいけるかわからない。隠行で行動し寄港地を調べた久十郎からのメッセージを受け地図を広げる。次の寄港地は島。大陸まではまだかなりある。


 数日後。寄港地に着いたと連絡が入る。この距離でも問題ないな。やっぱり『世界』の霊力量の関係かな。

 検証していたら久十郎が戻ってきた。転移石も問題なしと。なるほどなるほど。


 寄港地の森に転移石を埋め込んで来た久十郎。転移石ですぐに寄港地に戻り、再び船に乗り込んだ。


 そうやって寄港するたびに転移石を設置し船を乗り換え、かなり大きな島までたどり着いた。

 隠行で調査した久十郎。帰還して島の様子を報告してくれた。


 交易がさかんな島らしく生活必需品はほぼそろう。食料品も豊富。残念ながら米はなかった。砂糖はあったが高額。

 リディが話していた各種ギルドがあった。その島からあちこちへの航路が展開されていた。西大陸への直行便もあった。

 東大陸への航路はなかった。が、西寄りの島への航路はあったので、そこから西へ西へと乗り継げば東大陸へも行けそう。


 リディの国は内陸地だったので航路までは詳しくなかった。それでもその島のことは知っていて「ここですね」と手書きの地図を示した。

 久十郎が航路が描かれた地図を持ち帰った。それと比べても遜色ないほどリディの手書き地図は精密で正確。すごいな。


 この距離で転移石が使えた。通信装置も問題なし。となると、これをこーしたらこの距離はいけそう。西大陸の端なら直行できないか? この霊力量ならいけると思うんだがな。


 あれこれ検証。西大陸に行くかどうかは置いといて、ひとまず食料と服を買いに行くか。


 ウチの連中が人間の姿になるときの術を使い、ツノと牙のある姿に変化(へんげ)する。久十郎情報によると髪色や服装は色々あったが「ツノと牙のない人間はいなかった」。つまりはツノと牙がないと異端視される。伊佐治とリディによるチェックを受け合格をもらった。


 まずは様子見として俺と久十郎と暁月が転移。転移先は人気の無い森。かなりの距離を跳んだ。

 地軸の傾きがあるから緯度が同じでも経度が違うと色々違う可能性がある。俺達の島と違いがあるかな。ちょっと測定を……「それはまた今度」「今は探索と買い物が先」


 暁月に叱られ、念の為隠行をとって街へ向かう。先に探索していた久十郎を先頭にあれこれ確認していく。いかんせん文化も常識も違う。まずはそれらを調査。貨幣はなにを使っているか。貨幣単位は。価値は。物価は。やりとりの方法は。挨拶は。


 なんとなく理解したので人気のない場所で隠行解除。帰還した久十郎の話から用意していた着物姿で街に出る。下半身はズボンを履き、その上に着崩した感じに着るのがここのスタンダードっぽい。堂々と歩けばおかしいくらいに気にされなかった。


 そのまま冒険者ギルドへ。「登録証を海に落とした」「新規登録したい」あらかじめ決めていた設定で受付に行けばあっさりと登録が済んだ。

 わざわざ鞄に入れてきた薬草や鉱石を売りに出し現金を手に入れる。そうして市場に出かけ、必要物資を調達した。


 大きな島なだけあるのか、いろんな国や地域から人間が来ているらしい。服装や肌の色でそれがわかる。翻訳機のおかげで言語も理解できる。耳に入ってくる音は数種類ある気がするが、方言とか(なま)り程度の差。基本は同じっぽい。昔むかし転移陣で世界中つながってた影響で言語の共通化ができているらしい。


 そしてこの『世界』でも人間は人間のようだ。いいヤツもいれば妖魔と見間違えるようなドロドロしたヤツもいる。

 トラブルは御免なので気配の気持ち悪いヤツは避け、善良な気配のヤツだけに声をかけ対応してもらう。おかげでどこでも気持ち良く買い物でき色々教えてもらえた。


 米は東大陸にあるらしい。「見たことはないが別の島で出会った東大陸の船乗りが話していた」と、たまたま言葉を交わした船乗りが教えてくれた。じゃあ次は東大陸目指そうか。それとも先に西大陸行ったほうがいいか? 帰って相談だな。


 ここはここで収穫があった。まさかコーヒーが手に入るとは思わなかった! 久十郎は生姜とニンニクに喜んでいたし、暁月は女物の服に喜んでいた。他にもめずらしいものや必要なものを色々見つけ、有意義な探索となった。

位置的なものがわかりにくいかもしれないので、こちらで改めて

地球で言うアメリカ大陸が西大陸、ユーラシア大陸が東大陸、太平洋のど真ん中にヒデ達のいる島があります

リディの『世界』で一般的に使われている世界地図は、地球で言うイギリス中心の世界地図です

なので、右(東)に東大陸(ユーラシア大陸)、左(西)に西大陸(アメリカ大陸)が描かれています

ゆえに「東大陸」「西大陸」と呼ばれ、定着しています


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