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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』26

 伊佐治の過去を聞いた翌日。

 朝からリディが挙動不審。


 リビングに降りてきて伊佐治を目にした途端、声なき叫びをあげ両手で口を押さえた。そのまま顔を覆い、プルプル震えるリディ。

「? おはようリディ。どうした?」

 伊佐治に声をかけられ飛び上がる。


 ……………めちゃくちゃテンション高いのが俺でもわかる……………。


「ずっと『あこがれ』で『支え』だったんだって」

 マコが耳打ちしてくれる。


「このひと月で伊佐治さんに好感持ってたところに『実はあこがれのひとでした』ってわかったもんだから『どうしたらいいですか!?』って昨夜からあんなになっちゃってる」


 そのせいで俺は昨夜マコをリディに取られた。朝イチで文句を言おうと思っていたのに、当人のあまりの状態に何も言えなくなってしまった。この俺が。


「リディ。挨拶しないと」

 見かねたマコに耳打ちされたリディ。ばね人形のようにピンと直立不動を取った。

「お、はようごさいますイサーディアス将軍!」

 ガバリと九十度のお辞儀をし、直立に戻った。その顔は真っ赤。目もうるんでいる。


「メジャーの選手に対面した子供みたいだな」

 定兼の言葉に「それだ」と納得する。


 そう。どういうわけか色恋を感じない。感じるのはただただ尊敬と憧れ。俺やマットが学生達から向けられるような視線と感情をリディから感じる。

 そんなリディに「まいったなあ」と伊佐治は頭をボリボリと掻く。


「その『名』はもう無くしたものだ」「今の俺は『伊佐治』だから。これまでどおり『伊佐治』と呼んでくれ」

「はい! 将軍!」

「その『将軍』もナシな」


 笑いながらでっかい手でリディの頭を撫でる伊佐治。ああ、おまえ、そんなことしたら、ホラ。リディ、卒倒寸前だぞ?


「おっと。お姫様には失礼だったな」「ごめんごめん」

 そうじゃないぞ伊佐治。リディは大喜びだ。両手で顔を押さえてんのは赤い顔を隠すためか? それとも鼻血が出そうなのか?


「よかったね」マコに耳打ちされて高速で首肯するリディ。コンサート会場や野球場周辺でこんな光景みたことあるな。そうか。伊佐治、スターだったのか。妙に納得できる。


 そんなリディに「仕方ねえなあ」と笑う伊佐治。特に気分を害した様子も気にした様子もない。伊佐治がいいなら俺に言うことはない。そのまま朝食の席についた。



「そういえば、リディは伊佐治のことを『本で読んだ』って言ってたよな」

「はい」

 朝食中に定兼に質問され、リディが答える。

「どんなふうに伝わってんの?」

「おい」


 興味津々なのを隠しもしない定兼に伊佐治が制止の声をあげた。が、リディがパアッと笑顔になったので口をつぐんだ。


 なんだリディその満面の笑顔。好きなスターの話振られたファンそのままじゃないか。

「ボクも聞きたい!」「私も!」マコと暁月までノッてきて、リディはペラペラと話を披露した。

 どこどこの(いくさ)で無双かました話。どこそこの戦での戦略。民間人とのあれこれ。キラッキラの笑顔でしゃべり続ける。

「なんでそんな美談になってんだよ」「もうやめてくれ……」伊佐治が頭を抱え机に沈んだ。


「『三国志』の武将の話みたいだな」

「日本の戦国時代にも有名武将たくさんいるよな」

「すごいな伊佐治。有名武将だったんだな」

 仲間達のからかいまじりの称賛にも「からかうな」と顔を上げない。


「だから伊佐治は俺達の扱いがうまかったんだな」

「………まあな」

 定兼の言葉にようやく目だけを向ける伊佐治。


『どういうことですか!?』と言いたげな視線――キラッキラな眼差しを向けられ、定兼が説明する。


「俺は日本刀なんだけどね」

「このとおり」と刀に戻り、すぐにまた人間形態に戻る定兼。リディはあまりの驚きに固まってしまった。

「一応今は『ヒデの刀』なんだけど、よく伊佐治にも使ってもらうんだ」

『伊佐治』の名が出た途端再起動し、聞く姿勢に戻るリディ。「ふんふん」と首肯だか鼻息だかわからない相槌? を打っている。


「伊佐治は最初から『刀を扱いなれてる人間』だったよ」「動きに無駄がない。刀を腕の一部として使いこなしてる」「(おれたち)の能力を最大限引き出し、活かしてくれる」「こんな剣士、滅多にいないよ」


 べた褒めの定兼に伊佐治は苦笑し、リディはキラッキラの目で頬を赤く染め聞き入っていた。

「あの! あの! どのようなご活躍があったのでしょうか!」

「リディ」

「聞きたい?」

「定兼「はい!」リディ!」


 怒鳴る伊佐治に定兼が笑い「あとでゆっくり話してあげるよ」とリディと約束していた。

「ボクも聞きたい!」

「マコまで……」

「いいよー。あとでゆっくりね」

「きゃあ!」「やったあ!」


「俺も話してやる」「もちろん私も」「伊佐治の武勇伝ならいくらでもあるな」「おまえたちまで………」

 麻比古、暁月、久十郎にまで裏切られ伊佐治は再び机に沈んだ。


 伊佐治エピソードが聞けると喜ぶリディにマコが声をかけた。


「そういえば、この『世界』では伊佐治さんの最期ってどう伝わってるの?」「捕虜になって崖に落ちて死んだことになってるの?」

 マコの質問に「それはですね……」とリディが話をはじめた。



  ◇ ◇ ◇



「『イサーディアス将軍は副官の裏切りで敵軍アーガンに捕らわれた』まではどの説も同じなのですが、その後が数説ありました」

「ひとつは捕らえられて即処刑された」

「ひとつは牢獄に囚われ続け、そのまま牢の中で亡くなった」

「これには実は物証がありまして――イサーディアス将軍の愛剣と『イサーディアス将軍を捕らえていたときに折ったツノと牙』が残っているんです」


「え!?」

「折ったツノや牙を取っておいたってこと!?」

「はい」


 驚きツッコミを入れる周囲にうなずき、リディは話を続けた。


「アーガン王都にいた王へと送られています。『イサーディアス将軍を捕らえた証』として」

「ツノにも牙にもそのひと特有の魔力が宿っていますから。戦場で相まみえた者ならば証明することはできました」

「イサーディアス将軍は有名な武将でした。アーガンを滅ぼしたテルーア軍は発見した将軍の遺物を廃棄することなく所持し、征服地のひとつであるかつてのティン王城で保管していました」

「その後も旧ティン国の地は何度も支配者が代わりました。支配者が代わっても将軍の遺物はそのまま保管され受け継がれていきました」

「旧ティン国の地は現在、私が嫁ぐ予定だった隣国であるキャルスィアーム王国となっております」

「将軍の遺物は王家の宝物とされ、宝物庫で保管されているそうです」


「………まさかと思うけどリディ………」

リディの説明におそるおそるというように暁月が問いかけた。


「その宝物が――伊佐治の刀とツノと牙が見たいからその国に輿入れしようとした、なんてことは………」


 にっこり笑顔で口を閉じ固まったリディに、全員がなんとも言えない顔で黙り込んだ。


「………私がイサーディアス将軍のことを知ったのは隣国から派遣された教師による王太子妃教育でして………」


 隣国から王太子妃教育のために数人の教師が送られてきた。語学をはじめとする授業のひとつに歴史があった。まあ当然だな。

 で、隣国の歴史を学んでいるときに伊佐治――イサーディアス将軍の逸話を知り、どっぷりハマった。隣国に『イサーディアス将軍の遺物(本物)』があると知り、輿入れする日を待ち望んでいた。


「普通は『王子様と結婚するのが待ち遠しい』んじゃないの?」

「………正直申しますと、王子個人とはあまり交流がなくて………」


 手紙を送っても返事が来ない。誕生日などのプレゼントを送っても返事がない。当然あちらからの手紙もプレゼントもない。数年に一、二度会うことはあったがそのときも手紙の話もプレゼントの話も無く、話しかけても返事もない。お互いなにが好きなのかなにに興味があるのかも知らない。


「『子供の頃から親しくしてた』って言ってなかった?」

「一度も顔を合わせることなく結婚することに比べれば、幼い頃から度々顔を合わせるのは『親しい』になるかと思っていたのですが……」

「「「……………」」」


「よくそれで結婚する気になったね」

「途中で破談にならなかったの?」

「政略ですので………」


 二国間の物流人流を増やすための婚姻だと。友好政策だと。王族に生まれたからには仕方ないと。

「ですが、イサーディアス将軍の本物の遺物を身近に拝見できるのです」「それだけでも恵まれていると思っていました」

「「「……………」」」


 ………あれだ。『歴史オタク』。

 そうか。リディ、高貴なお姫様だと思っていたが、単なる歴史オタクだったのか………。


 転移陣で『跳ばされ』る前に「身を清めては」と提案されたときも「もしかしたらイサーディアス将軍の遺物を拝見できるかもしれない」「将軍に拝謁するならば身を清めるのは必須」と風呂に入ることに同意し支度を命じたと。

「王族に挨拶する」だけだったら「晩餐会でご挨拶するから今は必要ない」と断っていた。けれどまだ日の高い時間だったから「うまくいけば宝物庫を見せてもらえるかも」と期待してしまい、まんまと侍女の計略にハマってしまったと。


 ……………。


「……………あれだな。『好奇心は猫を殺す』」

「どんだけ伊佐治が好きなんだ………」

「お恥ずかしい限りでございます………」


「こほん」とひとつ咳払いをし、まだ赤みの残る顔ながらもリディは話を続けた。


「イサーディアス将軍のその後ですが、もうふたつあります」


 耳を傾ける俺達にリディが続けた。


「途中までは一緒なんです」

「捕虜として捕らえられた将軍は、アーガンの奴隷兵器とともに戦場へと送られる途中、崖から落ちた」

「そのまま亡くなったという説と、生き延びてどこかでしあわせに暮らしたという説があります」


「なんでそんな話が伝わってるの?」

 マコの疑問はもっともだ。アーガン側からしたら失策だろう。そんな話隠しただろうに。いやまてよ。日本の戦国時代でも案外そんな逸話も残ってるよな。『ひとの口に戸は立てられぬ』というやつかな。


「それがですね」

 そう思っていたらリディは意外なことを話した。


「ティンとアーガンを滅ぼしたテルーアの武将のなかに、そのとき将軍と一緒に崖に落ちた子供達がいたんです」

「!」


 ガタリと伊佐治の椅子が鳴る。真偽を問う目線にリディは力強くうなずいた。


「昨夜のお話のときに申し上げればよかったのですが」「申し訳ありません」伊佐治に向けそう言い、目を伏せ謝罪の意を示すリディ。

「いや」「それより先を聞かせてくれ」

 伊佐治に()かされ、ひとつうなずいたリディは続けた。


「元アーガンの奴隷兵器だったその子供達は、崖から落ちましたが運良く木がクッションになり生き延びました」

「生き延びた子供は三人」

「合流した三人はほかの子供や助けてくれた大人を探しました。が見つけられず、そのまま逃げました」

「そうして偶然テルーアの商人に保護され、紆余曲折あって軍人になりました」

「自分達を虐げたアーガンへの復讐を誓い、成し遂げたのです」


 段々と熱を帯びる語り口調に引き込まれていたが、リディ自身がハッと気付きひとつ咳払いをした。


「この三英雄のお話も熱いのですが、それはまた別の機会に」


 そう言い置き、再び落ち着いた調子で語り出した。


「その三英雄の話として『おおきなひと』の逸話が残っております」

「過酷な環境に生きていた彼らのもとにある日突然現れた『おおきなひと』」


 全員が無言で伊佐治に目を遣る。当の伊佐治はじっとリディを見つめていた。

 気の弱い人間だったら泣き出しそうな厳つい顔ににらま――否、見つめられてもリディは表情を変えることなく、変わらず落ち着いた調子で話を続けた。


「―――『そのひと』はほかのニンゲンと違い、自分達をやさしく撫でてくれた。ひとりひとり抱き上げてやさしく抱き締めてくれた。そんなことをされたのははじめてで、当時は一体なにをされているのかわからなかった。ただ、とてもあたたかいこと、チカラが抜けていくのだけがわかった」

「頭を、身体を撫でてもらううちに、『感覚』というものが現れていった。それまでは『感覚』すら知らなかった。『ぬくもり』というものもそのとき初めて知った。魔力を注いでもらい、循環させてくれたおかげで徐々に『感覚』が出てきた」

「『ごめんな』『おおきなひと』はそう言って涙を落とした。落ちた涙で濡れた自分達の顔をぬぐってくれた。『よくがんばった』そう言って笑ってくれた。やさしい表情を見たのはそのときがはじめてだった」

「『おおきなひと』が自分達を『兵器』から『ニンゲン』にしてくれた」


 リディの語りに伊佐治が息を飲んだ。

 リディはそのまま静かに物語の続きをつむいだ。


「あの日。鎖につながれてただただ延々と歩かされていたとき。崖の一本道で仲間が鞭打たれた。自分達にとってそれは『いつものこと』だったけれど、『おおきなひと』は怒った。怒って、次から次へと鎖を斬り兵士を崖下に落とし自分達を救ってくれた。あと少しというところで隷属印を発動され、全員崖下に落ちてしまった」

「空中に投げ出されたとき。強い『思念』を感じた」


「『生きろ』『どうか幸福(しあわせ)に』」


「―――そのときは意味がわからなかった。ただ強い『思念』と魔力が自分達を護ってくれた。それだけはわかった―――」


 物語を暗唱していたリディが間を作る。


「それから紆余曲折あって二国を滅ぼし、アーガン王城を占拠した三英雄のひとりが城内を確認していたときに、イサーディアス将軍の愛剣と『イサーディアス将軍を捕らえていたときに折ったツノと牙』を見つけました」


 そうまとめ、省略した物語の続きを語る。


「―――そのツノと牙を目にした瞬間、身体の中を稲妻が走った。『あのひとだ』『あの「おおきなひと」だ』―――」


「三英雄のひとり、アーサニークの言葉です」

「ツノと牙に残っていた魔力でわかったそうです」

「その瞬間、幼い頃抱きしめられ撫でられた感触が蘇ったと。かけられた言葉を思い出し、ようやくその意味を理解したと」

「英雄アーサニークはその場で号泣したそうです」

「そうして彼らの恩人がティンの将軍イサーディアスだと判明し、三英雄によりイサーディアス将軍の逸話が明かされたのです」


 最後は目を潤ませながらリディが語り終えた。

「イサーディアス将軍と三英雄の逸話………。胸が熱くなります……」拳を握り陶酔するリディを余所に、伊佐治はどこか呆然としていた。


 やがて伊佐治はドッと背もたれに身体をあずけた。呆然と天井を見上げているからだんだん心配になって声をかけようとしたとき。


「……………そう、か……………」


 ポツリと。

 言葉を漏らした。


「――――――そうか――――――」


 ため息のような言葉を落とし、伊佐治は黙って天井を見つめていた。

 やがてのろりと片手を動かし、その手で目を覆った。そのまま動かなくなった伊佐治にリディがそっと語りかけた。


「―――あなた様の行動が、子供達を救いました」

「あなた様の行動が、この世界の歴史を変えました」

「あなた様こそが『英雄』であると、私は思っています」

「三英雄を救ったのですもの。『英雄』では足らないかもしれません」

「実際三英雄の国であるテルーアが周辺地域を治めていたときには『英雄』や『武勇の神様』として讃えられていたそうです」

「銅像も建てられていたそうですが」


「銅像!?」

 ギョッとした伊佐治がようやく顔を見せた。前のめりにリディに向かう。リディは困ったように残念そうに眉を下げた。


「残念ながらその後の戦乱ですべて壊れてしまったそうです」

 その言葉に伊佐治は心の底から安心したように脱力した。


「『イサーディアス将軍の遺物』をアーガンからかつてのティン王城に移し丁重に保管するとしたのも三英雄です」

「ティンの王族によって意図的に消されていた将軍の逸話を探し出しまとめ広めたのも三英雄です」

「三英雄の活躍により、かつてのティンの地は『軍神イサーディアスの聖地』として広く知られることとなりました」


「『聖地』!?」

 ギョッとする伊佐治にリディがキラキラの笑顔で「はい!」と答える。


「『軍神イサーディアス』を祀っていた神殿もあったと記録にはあったのですが、現存するかは未確認です」

「もしかしたら旧ティンであるキャルスィアームのどこかに残っているかもしれないので、視察を名目に探し出そうと思っていたのですが」


「そんなもん探さなくていい」

 即座に却下する伊佐治。というかリディ、ホントに伊佐治目当ての結婚だったんだな。政略だから断れなかったとしても、さすがに結婚相手が可哀想になるレベルで行動原理が『イサーディアス』中心だな。


「『軍神』だって」

「すごいな伊佐治」

「やめてくれ」


 定兼と麻比古のからかいにうんざりする伊佐治。


「どっかに銅像や絵姿が残ってないかな」

「見つけたいな」

「やめてくれ」


「仮に見つけたら即刻破棄しろよ」

「えええええ!?」


 途端に叫ぶリディ。

「お許しを!」「駄目だ」「せめて一目!」「だ め だ!」伊佐治と言い合う必死な様子に笑いが起きた。



   ◇ ◇ ◇



 今日も今日とて周辺探索と素材食材探し。だいぶ浄化が進んできたので拠点の近くは女性陣が、未踏破の場所を俺達が探索している。ちなみにトモは女性陣と一緒。マコがおぶって行動するときもあれば俺が作ったベビーカーに入れて移動することもある。


 王女なのに意外とたくましくサバイバル生活についてくるリディが不思議である日聞いてみた。


「本来は秘匿しているのですが、皆様はこの『世界』の方ではないので構いませんよね」

 そう言ってリディが明かした。


「私の国の王族は『万一のための演習』が必須なのです」


 戦乱の時代は下剋上の時代だった。小国が合わさり分かれ併呑され大国になり現在の形に落ち着いてからも大なり小なりの謀反や反乱はあった。下剋上の兆しも。


 そんな中を生き抜いてきたリディのご先祖。

『どれほど忠実な家臣であっても信用してはならぬ』

『庶民になったとしても、未踏の地や荒野に放り出されたとしても、生きぬけるだけの知恵と技術を身につけよ』

 このふたつを家訓として遺した。


 この家訓は王とその直系家族のみに課せられる。なので従兄弟達は知らない。はず。当然宰相もその娘も知らない。はず。


 王とその家族には年に数度、一週間からひと月の休暇がある。

 その休暇を郊外や直轄地で過ごすのは王族の恒例行事。最低限の護衛と世話役のみを連れて休暇を過ごす。その護衛と世話役も滞在場所に到着したら休暇を与えられる。そこでの護衛と世話は現地の者が請け負うから。早い話が同行する護衛と世話役にとっても小旅行を兼ねた休暇になる。


 この『現地の者』、元王族。

 先々代の王の弟の直系とか。先代の王の弟――現王の叔父とか。


 何故か。

 そこに転移陣があるから。


 郊外や直轄地の王族の別邸を管理するのは王にならなかった王族の仕事のひとつ。たいていは隠居扱いの元王族の仕事。が実際は王族に『庶民になったとしても未踏の地や荒野に放り出されれたとしても生きぬけるだけの知恵と技術を身につける』ために存在している。


 別邸には転移陣がある。その転移陣を使い別の建物に移動。そこは深い森の中に建てられた山小屋。そこで暮らし庶民の生活を体験する。

 そこではすべて自力で行わなければならない。護衛も世話役も管理人もいない。火を(おこ)し水を汲み野菜を育て収穫し料理をする。洗濯も掃除も自分達で行う。

 必要であれば森を散策し恵みをいただく。それを自分達で使ったり町に売りに行ったりする。買い物だって自分達で行う。そのときの費用は自分達で収穫したものを売ったお金。そう。国庫からも王族の費用からも金は出ない。そんなことしたら会計監査を通じてバレるから。


『どれほど忠実な家臣であっても信用してはならぬ』の教えは厳格で、どんなちいさな子供でも「家族以外には絶対に言ってはいけない」と骨の髄まで教え込まれる。具体的には山小屋での寝物語で過去の実話を臨場感たっぷりに聞かされる。そうやって「隙を見せてはならぬ」「山小屋(ここ)のことは絶対ナイショ」などなど叩き込まれる。そうして秘密を守るための工作に励む。


 王族が山小屋で過ごす間、保養地には影武者を配置。背格好の似たそれぞれの影武者がそれっぽく過ごす。屋敷に籠もりきりではなく、乗馬をしたり散策をしたり「来てますよ」アピールも欠かさない。

 その影武者も元王族とその直系。元は同じ血筋だから似ていることもあり、ある程度は仕草や化粧でごまかせる。どうしても適任がいない場合は魔法で姿を変える。

 そうやって、いわゆる『王の影』と呼ばれる組織がカモフラージュしている間、本物の王族は市井に放り出されても生きていけるだけのスキルと根性を養う。


 リディの姉は薬草に興味を持ち、ついには薬作りをするようになった。休暇の間に採取をし薬を作り町に卸していた。

 そんな姉にこき使われたリディと兄。おかげでリディはこの島に来て薬草の見分けも、どう収穫しどの部位を使うかも知っていた。ただ実際に薬にしていたのは姉なのでリディは調薬はできなかった。


 王太子でもある兄は姉にこき使われて森に入るついでに狩りもするようになった。兄が色々狩ってきていたのでどれのどの部位が食べられてどの部位に毒があるかリディは知っていた。ただ解体は「うまくやらないと価値が落ちる」とやらせてもらえなかったのでリディはできなかった。


 兄は十歳になると冒険者ギルドに登録し、冒険者として活動するようになった。

 王である父の弟のひとりが冒険者活動をしており、その叔父に弟子入りする形で活動していた。


「王弟が冒険者!?」驚く俺達にリディは説明した。


『庶民になったとしても未踏の地や荒野に放り出されたとしても生きぬけるだけの知恵と技術を身につける』ために山小屋で庶民の生活を体験する王族。当然というか必然というかたくましくなり、同時に独特の考えを身につける。

「王族なんて面倒」という、身も蓋もない考えだ。


 常に政争や暗殺の危険に(さら)され過重労働を押し付けられプレッシャーをかけられる。自分のしたいことをしたいようにする自由はなく、常に民のために動かなければならない。経済を回し政治を回し外交をし慰問をし神事をし………。


 王族に生まれた子供はふたつの家訓と共に『王族の義務』も教え込まれる。王族として生きるためにどれほどの下支えがあるのかも、神と民への感謝も、いわゆる『高貴な者の義務(ノブレスオブリージュ)』も。

 それでも『自分の力で暮らし生きる自由』を知っているから「『王族』としての暮らしは窮屈だ」と感じる者が出る。むしろほとんどの者がそう感じる。結果『王の押し付けあい』という、他国ではあまり起こらない現象が毎世代起こる。


 そして押し付けられた者(たいていは長男)が仕方なく王になる。王にならずに済んだ王のきょうだいは嬉々として王を支え続ける。王を引き受けてくれた感謝と少しの申し訳なさとともに。

 臣下に下り政治的に支える者。学者や研究者となる者。表向きは隠居したことにして保養地の管理人となる者。冒険者や薬師、商売人になる者。そんな彼ら彼女らが次代の王族が『庶民になったとしても未踏の地や荒野に放り出されれたとしても生きぬけるだけの知恵と技術を身につける』教育に協力している。


 臣下である貴族達役人達はそんなこと知らない。なので自分の利益を求めてそれぞれ狙いをつけた王族を担ぎ上げるために取り巻きになる。リディについていた侍女もそんなひとり。ちなみに侍女の兄はリディの兄についていた。


『どれほど忠実な家臣であっても信用してはならぬ』の教えがあったため、友人のひとりと認識はしていたが心から信頼することはなかった。が、まさか自分の知らないところで婚約者である隣国の王子と『恋仲』と言い合うまでの関係を作っていたとは思ってもいなかった。

「やっぱり家訓は正しいですね」ため息まじりにそんなことを言う。


 とにかく毎年一定期間山小屋暮らしをしていたおかげでひとり無人島に放り出されても生き延びるだけの知恵があった。体力も魔力もあった。

 飲料水は魔法で出した。火を熾すために最適な枝の見分けもついた。着火は魔法でできた。拠点にふさわしい場所を選定する知識もあった。

 そうやって生き延びるためにがんばっていたリディ。が、さすがに疲れ果て、日が暮れると『暗い場所でひとりきり』という状況に心細くなった。昼間に見つけた教会らしき建物の祭壇らしき場所で(わら)にも(すが)る思いで祈りを捧げていたら突然俺達が現れた、と。


 話に納得していた俺と違い、ウチの連中は口々にリディを褒めた。「だから私達が現れるまで生き延びていられたのね」「よくがんばったな」「素晴らしい家訓だな」「リディの努力が実になったんだな」


 褒められリディは照れくさそうにしながらもうれしそう。

 と、マコがリディに問いかけた。


「リディはおうちに帰りたい?」

「ご家族に会いたい?」


 そんなこと聞かれると思わなかったのだろう。リディはちいさく目を見開いた。がすぐに表情を戻す。この微妙な差が判るのは俺が退魔師として厳しく厳しく教育されたからだろう。おそらくは普通のヤツなら表情の違いに気付かないに違いない。こういうことができるあたり、やっぱりリディは王族なんだと思う。

 そのリディは少しの無言のあと、にっこりと微笑んだ。


「家族には会いたいと思います」

「きっと心配しているでしょうから。無事だと知らせられるならば知らせたいです」


 なんでそんなことを言うのかと思ったら、これまたリディはあっさりと明かした。


「王城には王族の生死を知らせる魔道具があります」

「生まれたときに血液と魔力を登録するんです」

「なんでも昔むかし臣下に陥れられ死んだことにされた王族がいたそうで」

「五年間自力で生き延び帰還したその王族が『王族の生死を明らかにする魔道具』を作らせたそうです」


「……………殺伐としてんね……………」

 思わずといった調子でマコがつぶやく。が、リディはあっさりとしたもので「今はそこまででもないですよ」と笑う。

『いやきみ実際今現在陥れられて死んだことにされてるよね』というツッコミは誰も入れられなかった。


「本人と神職の立ち合いのもと、正式な手順を踏めば登録の解除ができます」

「登録解除して王族を抜けた方々もおられるそうです」

「ですがほとんどの方は市井に降りられても登録はそのままで――亡くなったときに自動的に登録が抹消されます」


「私も姉も他国に輿入れしましたが登録は残っております」

「なので、隣国から『私が行方不明』と連絡を受けても私が生きていることは家族にはわかります」

「ただ、魔道具をもってしてもわかるのは『生死』のみでして」

「『どこにいるか』を示す魔道具は別にあって常に携帯することを義務づけられていたのですが、湯に入る支度をと外されてしまいました……」


 自分の迂闊さを反省するようにうなだれるリディ。

「なので家族は心配していると思います」

「生きていることは間違いないだけに、どこでなにをしているか、怪我や病気をしていないかと心配していると思います」


『庶民になったとしても未踏の地や荒野に放り出されたとしても生きぬけるだけの知恵と技術を身につける』ための生活のおかげで家族間の距離は近い。なので家族仲は良く、共に暮らしていた両親と兄弟だけでなく、数年前に他国に嫁いだ姉ともいまだに仲が良いとリディが言う。


「どこかで無事なこと、元気で楽しく暮らしていることを伝えられたらとは思います」


『楽しく暮らしている』という言葉にホッする。目を遣るとウチの連中もリディの言葉に気付いていて、互いに目配せしながら微笑を浮かべていた。


「ですが、『帰りたい』とは思いません」

「ここでの皆様との暮らしが楽しいので」

「もし皆様が『元の世界』に戻られるときには、ご一緒させていただければと存じます」


 そこまで言い切ったリディは、ふと不安を浮かべた。


「―――最初にお誘いいただいたのは、まだ有効ですか………?」

「もちろんだよ」


 きっぱり言い切る俺に、リディはホッとして微笑んだ。


「リディはもう『ウチの家族』だからな」

「置いて行ったら俺がマコにどやされる」

 わざとそう言えばマコが「そうだよ!」と笑う。


「リディがいいなら、ずっと一緒にいようね!」

「ええ! もちろん!」「ご一緒させてください!」


 キャッキャと手を取り喜ぶふたり。かわいい光景に俺もウチの連中も自然と笑顔になる。


 マコとリディは同い年の二十二歳。最初の夜に疲れ果てたリディを世話してからマコはリディを『妹』認定してしまった。親しく接し詳しい事情を知ってからは尚更。今では『妹であり友人』という認識。


 マコには同い年の同性の友人はいない。大学の同級生は男ばかりだったし、高校までは友人を作るような状況ではなかった。『俺の攻略』で親しくなった同性はアンナを筆頭に年上ばかり。なので『同い年の同性の友人』にマコは浮かれている。


 それはリディも同じらしい。例の侍女をはじめ数人の『友人』はいた。が、「マコほど信頼できるひとはこれまでいなかった」と言う。


 詳しく聞けば『王女』の立場で『特別親しい友人』を作るわけにもいかず、そもそも『家訓』のせいで臣下を心の底から信頼することはできず、表面的に接してきた。他愛もない話を聞いたり相談をしたりされたり行動を共にしたり。


 それに対し俺達は『神使様』で『絶対的に信頼しても大丈夫な存在』としてリディの前に現れた。その後『神使』の誤解は解けたが信頼は揺るがず、むしろガンガン生活環境を整えていく俺達に信頼度は爆上がりし、なかでも同性で同い年のマコとは仲良くなった。今では姉妹のように親友のようにふたり一緒に行動している。俺がヤキモチを焼くくらいに。


 とはいえマコがうれしそうなので俺も反対はしない。リディには嫌な気配がまったくない。ただひたすらに清浄で純粋。『(いと)()』に選ばれるのも納得。それに俺のことを「マコが愛してやまない旦那様」と認識している。なので俺が同席するときは必ずマコを俺に返してくれる。ならば俺が文句を言うことはない。


「リディならウチの母さんも親父も気に入るだろ」

「なら連れて帰ったときのために言葉教えるか?」

「いや翻訳機があるから大丈夫だろ」

「それより『紐』作れよ」「トモがいつ『跳ばされる』かわかんないんだから」


 それもそうだと翌日から『紐』作りに従事。道具屋の隣で何本も作るのを見ていたのと高霊力な土地のおかげでどうにか俺ひとりでも作成に成功。リディにプレゼントした。


「皆様と『おそろい』ですね」

「『家族』の一員になれたようで、うれしいです」


 満面の笑みを浮かべるリディに、俺達も自然と笑顔になった。

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