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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』23

 帰還用の転移札に霊力を込め、起動。―――が、変化なし。


「転移、できない―――?」


 それからも色々挑戦してみたが一切反応しない。人数を変えても込める霊力量を変えても同じ。


 この転移札を作ったひとりである道具屋が言っていた。「次元を越えるレベルで使えるかはわからない」。つまりは現在(いま)がその『次元を越えるレベル』の事態ということ。


 試しにと『次元を超えても通話できる通信機』で連絡を試みた。が、こちらも無反応。

「マジか」「万事休すだな」

 あれこれ検証し王女にも聞き取りをしたところ、今夜はこの『世界』の「特別な夜」だということが判明。三つある月がひとつに重なる「三百年に一度の夜」だと。

「そういえば俺が『落ちた』ときも月がひとつになる日だった」伊佐治がつぶやく。

 俺達のいた『世界』では満月だった。『こちら』も満月。つまりはそういうことだろう。


「―――てことは、次に転移できるのは三百年後ってことか!?」

「そこまではヒデ達が生きていられないぞ」

「いや待て。こっちにはトモがいる」「トモの特殊能力が発動したら嫌でも転移するだろ」

「うまいことこれまでいた『世界』に『跳ぶ』ならいいがな」

「こわいこと言うなよ」


 ああだこうだと話し合ったが、最終的には「トモは必ず『奥様』のところに帰るだろう」「ならばいつかは必ず元の『世界』に戻る」という話で全員納得した。

 仮にトモがひとりで『跳んだ』としても、俺達につけている『紐』があれば自動的に一緒に『跳ぶ』だろうと。


「明日になるか十年後二十年後になるかはわからないが」「ひとまずは生活環境を整えることかな」


 トモが『境界無効』の特殊能力保持者だと判明したとき、万が一を考え色々と想定し準備してきた。なにもない荒野や山中に投げ出される可能性もあったし海中に放り出される可能性もあった。それを考えたらこの環境はありがたいくらいだ。


 今は夜。抜けた天井から見事な満月が見える。星も見えるが配列は当然俺の知るもとの違う。伊佐治に「覚えてるか」と聞いたところ「思い出すから待て」と返ってきた。

 腕を組み瞼を閉じうんうんうなりながらおかしな動きをする伊佐治を放置し、改めて周囲の確認。石造りの床は経年劣化らしい割れや植物のせいででこぼこ。同じく石造りの壁は一部崩落しているものの風をしのぐには十分だろう。麻比古と久十郎と三人でざっと場所を作り、マコも加わって無限収納に入れていたテントを組み立てた。

 周囲の確認に向かった暁月と定兼によると、遠くの森に獣の気配がある。それが野生動物なのか妖魔なのかは「わからない」。


「全体的に霊力も濃いけど、瘴気も感じるの」


 特に森らしき木々の奥に濃い瘴気を感じると。『ナニカ』がいるのか、そういう土地なのかは「わからない」。が、そこら中に瘴気がただよっているせいで野生動物か妖魔かの判断がつかないと。


「念の為に周囲に結界石を置いてきたわ」「野生動物も魔物も虫も入ってこないはずよ」「こっちの『世界』のモノに効くかは夜が明けてみないとわかんないけど、やらないよりはましでしょう」

 確かに。

 礼を述べ、次にどうするか検討。時計があれば時間がわかると思いつき、無限収納に入れていた時計を出す。外していた電池をセットしていてふと『こちら』の時間感覚を確認すべきかと気が付いた。


 うなっていても思い出せないと判断したらしい伊佐治が王女に話しかけ色々とやりとりをしていた。そこに混ぜてもらい、一日何時間か、一年は何日かなどを聞いていった。

「なんとなく思い出してきた」と言う伊佐治によると、一日は「多分同じくらい」、昼夜の間隔も「ほぼ半々」、一年は「四百日くらいじゃないかと思う」。つまりほぼ同じ感覚で過ごせばいいと。


 話をしている間に気の利く久十郎と暁月が簡易コンロを組み立て湯を沸かし、茶を煎れてくれた。「寝る前だから」と麦茶。こうしてると異世界だなんて思えないな。

 王女は初めて目にする飲み物におっかなびっくりしながらも口をつけ、ほうっと息を吐いた。


「おいしいです」

「口に合ってよかった」


「これもどうぞ」と暁月が差し出したのは雑炊。常温保存できて湯を注ぐとできあがるサバイバルフーズを無限収納に入れていた。

 昨日の昼飯以降なにも食べていないらしい王女に配慮して胃にやさしい食い物を選択するあたりはさすが。おかゆにしなかったのは食文化がわからないからだろう。


「………いただいても、よろしいのですか?」

「もちろん。私達も食べるから」

 そう言って同じものをそれぞれに渡してくれる。確かにバタバタしたから小腹がすいている。いい匂いを知覚したら途端に腹の虫が騒ぎ出した。


「いただきます」さっさと受け取り食い始める俺達につられるように王女も器とスプーンを受け取り、おそるおそる口に運んだ。

「―――おい、し………!」

 目を丸くし口を手で押さえ上品に驚く王女に『してやったり』と得意になる。俺がすごいんじゃないけどな。日本の食品メーカーの勝利だけどな。


「ゆっくり、しっかり噛んでおあがりなさい」

 暁月に言われ「はい」と答える王女。俺達の真似をしてふう、ふうと冷ましては口に運ぶ。と、ポロポロと涙を落としだした。


 そりゃそうだよな。極限状態だったよな。さすがの俺でも同情した。

 面倒見のいい伊佐治は尚更だったんだろう。いつも俺達にしてくれるようにでっかい手で王女の頭をわしわしと撫でた。

「もう大丈夫だ」「しっかり食いな」「ただし、ゆっくりな」

 ニカッといつものように笑う伊佐治に、王女も泣きながらも満面の笑みで「はい」と答える。


「ひとまずこれ食ったら今日は寝よう」「明日明るくなってから周辺調査しよう」

「きみにも色々情報提供してもらいたい」そう告げれば「もちろんです」と王女は答える。

 改めて自己紹介をし、王女のことも「リディ」と呼ぶことにした。『リディアンム』なんて長い。


 そのリディはマコと暁月と三人でひとつのテントで寝ることに。要は女部屋。マコがいないと俺はさみしいんだが「傷ついた女の子のためだよ」「我慢してね」と諭されては五十過ぎたオッサンとしては我慢するしかない。

 念には念を入れ、男達で交代で夜番をすることにした。蝋燭も灯し続ける。トモを含めた男テントに入り、寝袋で寝ころぶ。

『こっち』の季節が何なのか、そもそも四季があるのかなどは明日聞き取りするが、差し当たり暑くも寒くもない。それだけでもありがたい。トモは重ねた毛布を敷布団にし、ブランケットをかけて寝させた。最近は夜起きることはないから朝までぐっすりだろう。あれだけ大騒ぎしたしな。

 女テントからはきゃっきゃと楽しそうな声が聞こえていた。が、すぐに静かになった。さすがに疲れたんだろう。

 これからどうなるのか、いつまでいるのか、わからないが、できる限りのことをしていくべきだろう。

 なにをすべきか頭の中で組み立てているうちに眠りに落ちていった。



   ◇ ◇ ◇



 翌日から精力的に動いた。

 リディから色々聞き取ったところ、こちらにも四季があり、今は春のはじめだという。つまり俺達のいた『世界』の日本とほぼ同じだな。


 建物の周囲に展開していた結界が効いたのか、夜の襲撃はなかった。ただ森の奥に濃い瘴気を感じる。そのせいかそういう土地なのかはわからないが、俺達のいる場所も瘴気がただよっている。瘴気が含まれてるのがこの『世界』の常態なのかと思えばリディは「そんなことはない」と言う。「ここはなんだか息苦しい」と。


 念の為簡易結界に追加で結界を展開して身を守り周囲を探索。あっちもこっちも瘴気まみれ。この土地特有の環境か? 調査が必要だな。


 建物のすぐ近くに桜の木があった。満開に咲き誇っている。


 満月と桜。これがふたつの『世界』を結び付け、俺達を呼び寄せたな。

「これだから春はイヤなんだよ」「トラブルばっかりじゃないか」

 ついぼやいた。同行していた麻比古も定兼もうんざりしたようなあきらめたような顔をしていた。


 リディは王女として王子妃としての教育を受けており博識だった。無限収納に入れておいた紙と筆記具で世界地図を書いてもらう。伊佐治も、本人的には約六十年前のことを思いだしながら補足する。リディのいた国。輿入れした王子の国。どのルートを通って移動したか。その所要時間。伊佐治が「馬車の速さは俺達の『世界』と変わらない」と言っていた。三百年の間に技術革新があったかと確認したが「特に聞いたことはない」とリディ。つまりは時速は同じと考えていい。地形について詳しく聞き、予想速度と時間から距離を出す。


 転移したときの転移元と転移先の時間に変化があったか。季節の違いを感じたか。リディの主観体感しか判断材料はないが、そこまで距離を『跳んで』いない。同緯度、近い経度の転移だろう。


 久十郎が大鷲形態であちこち飛び回り、ここが島だとわかった。島の地図を久十郎が書く。リディが最初に話した断崖絶壁と森が確認されたこと、森はかなりの広範囲なこと、森の中に野生動物と妖魔らしき生き物がいる気配がしたことなどを報告してくれた。

 幸いなのは川をみつけたこと。これで水源が確保できる。飲用にできるかどうかは要確認だな。


 久十郎の目視の範囲では島内に集落も人間も「確認できなかった」。つまり現在は無人島。なので船が寄港することはない。

 他の大陸も島も「見えなかった」。が、遠くに船が見えたらしい。ならば最悪狼煙(のろし)かなにかで助けを求められるかな。

 着岸できそうな砂浜も久十郎がみつけてきた。ついでに釣りができそうなポイントも。「あとで釣りに行ってくる」と楽しそうに言っていた。


 この日の朝食もサバイバルフーズ。お湯を入れたらできる白米と味噌汁と缶詰。リディは米を知らなかった。この『世界』の食文化について教わる。中世ヨーロッパと同程度と判断した。味噌と醤油持っててよかった。

 他にもあれこれと話を聞く。聞けば聞くほど常識が違う。面白くて仕方ない。

「物理法則は同じか? ちょっと実験してみよう」「観測が必要だな。観測機器入れててよかった」「まずは空気の成分だな」「ああ、霊力量調べられる機器早く作りたい」


 マコを助手にあれこれと確認していく。空気に含まれる成分。それぞれの含有量。太陽光線の成分と含有量。土壌の成分。草の生育状態。ボールを投げて空気抵抗や重力、物理法則を調べる。

 マコの計算力のおかげで計算機を出さなくてもどんどんと数値化される。ああだこうだとふたりで楽しく調査していたら「飯を食え」と伊佐治に殴られた。


 どうも何度も呼ばれていたらしい。全然知らない。首根っこをつかまれ食卓に連行される。食いながら他の連中がどうしていたか話を聞く。リディが転移させられた転移陣を確認できた。他にも似たようなものがないか調査したところ、陣らしきナニカをいくつかみつけたと。


 飯を食ってからセットしていた日時計を確認。几帳面な久十郎に俺達の『世界』の時計で一時間ごとに位置を印してもらっていた。これでだいたいの方角と時間がわかった。引き続き印を久十郎に頼む。


 その久十郎にに川の水を汲んできてもらいその成分も調査。上流、中流、下流の三か所。暁月のアドバイスで瘴気の有無も調べたら、どこも瘴気を含んでいた。

「そういえば井戸があった」というのでそっちも見に行く。枯れていたが『水』と『土』の術を使ったら噴き出した。何も考えずにいつもの調子で術を行使したが『こっち』でも使えるんだな。


「それなら」と今度は術が使えるかの検証をする。五属性どの術も問題なく仕えた。むしろいつもより威力が強い気がする。さすが高霊力な土地。

 そういえばこの『世界』全部が高霊力なのか? それともこの島だけか? またリディをつかまえ質問。


「質問はあと! 先に井戸を使えるようにして!」暁月に叱られ調査。水質は問題ないが瘴気を含んでるな。浄化をかければ飲めるが、いちいち浄化かけるのめんどくさいな。

 ポンプを作ろう。浄化装置組み込めばいちいち浄化かけなくて済む。材料は朽ちてころがっていたあれこれを再利用。そうだ。この材料の材質も調べないと。あ。石の成分も調査しないと。

「いいから早く井戸作って!」


『水』の術で水を操作して一旦止める。吹き出したときにある程度は一緒に押し出されたが、朽ちて内側に落ちた石を内壁に組みなおす。身体強化の術を使えば重い石も小石と同じように扱える。セメントどうしよう。砂と石から錬成。おお。イケるイケる。

 伊佐治が梯子(はしご)を作ってくれた。それを利用しながら下から上へと内壁を組んでいく。伊佐治と麻比古の手伝いもあり、あっという間に井戸ができた。


 セメントが完全に乾くのを待つ間にポンプを作る。錬成術の応用で成型。機構は頭に入ってる。必要な部品も。ゴムパッキンは手持ちの材料を成形しなおして使用。浄化装置は水口部分につけよう。フィルター状にして定期的に交換すればいいだろう。フィルター通せばついでに水質自体も良くなるよな。じゃあ何枚かフィルター通す仕組みにしよう。


 ああして、こうして、とやっているうちにセメントが乾いた。これならいいだろう。残骸から察するにこれまではつるべを使って汲み上げていたらしく、配管がない。なんか使えるものないかと相談し、無限収納に入れていたものをとりあえず出してみる。と、いつ入れたのかわからない謎の材料が出てきた。


「中学生くらいのときに手当たり次第に実験機器作ってただろ」「そのときなんでもかんでも買いあさってたやつじゃないか?」

 そういえば洋一が来てすぐの頃「部屋を片付けろ!」「片付けないなら全部捨てる!」と脅されて、とりあえず床に散らばってたもの全部無限収納に突っ込んだな。

「なんでも取っとくもんだな」「帰ったら洋一に自慢しよう」

 いい考えだとも思ったのに、何故かウチの連中は「余計な事言わず黙っとけ」と言う。なんでだろうな?


「まあいいや」と放置し、使えそうな材料と道具をピックアップ。伊佐治達にも手伝ってもらい、いいカンジの配管ができた。

 あれこれをセットし、『水』の術で止めていた水を開放。うまいこと溜まっていく。ポンプも組んで完成。試し押ししたらすぐに水が出た。水質にも問題なし。


「ついでに水道作れない?」

 確かにあったら便利だよな。うーん、ああしてこうして……できるな。

 その前に拠点を決める必要がある。トイレや風呂などの水場を決めないと。

 今日のところはトイレは野外で済ませているが、やはり文明的なトイレが欲しい。そうだ。先にトイレ作ろう。


「トイレもいいけど(かまど)作ってよ」「調理台も欲しい」

 それもそうだ。毎日サバイバルフーズじゃあ在庫が尽きる。そういえば魚って食えるヤツか? 野生動物も食えるのか調査しないと。生態系も調査が必要だな。

「調査はいいから。また今度俺達がなにか狩ってくるから」

 そう押しとどめられ、仕方なく竈作りに従事する。無限収納に米はある。飯盒(はんごう)もある。簡単な焚き火台でも石を組んだだけの竈でも料理できるだろうが、どうせなら煮炊きできるちゃんとしたやつを作りたい。昔の家庭にあったようなやつ。ちゃんとしたやつを作っておけば久十郎と暁月がうまいメシ作ってくれるだろう。


 台所の候補地は暁月が調べていた。俺達が転移した場所はやはり教会の祭壇だった。「なら居住区域がどこかにあるはず」と周辺散策をし、居住区域らしき残骸をみつけていた。

 竈があったと思われる場所もあった。これなら作りやすいな。材料ころがってるし。


 どんなのがいいか、どのくらいの大きさ高さにするか話し合い、早速製作に取り掛かる。板欲しいな。ちょっと取ってくる。

「俺達が行くから。おまえはここで作業してろ」


 仕方なく元竈があったあたりを片付け更地にし、『土』の術を使って表面を固める。しっかり固くしたのでコンクリートみたいになった。耐火はこれで十分だろう。

 粘土製の竈をイメージして作り出したが(わら)がない。ちょっと代わりになる草がないか探してくる。


「そこまでこだわらなくていいから」「煉瓦式じゃダメなの?」

 なるほど煉瓦なら作れる。そのへんの土を集めて『土』の術で耐火煉瓦を作る。『火』の術で耐火強度を確認。うん。なかなかいいのができた。量産し、コンクリ土台の上に組む。暁月の要望に従い組み上げ、排気管もつける。

 そうだ。そもそも屋根と壁作らないと。

「それはまた明日」「今日はまず料理できるようにして」


 せっせと竈をつくっていたら伊佐治と麻比古と定兼が戻って来た。近くの木を斬って持ってきていた。『水』『木』『火』の混合術で木の水分を抜き皮を剥く。定兼を使い欲しい厚さに切断。角材と板材ができた。

 釘がないので組木で作業台を作る。道具は無限収納に入れていた。ガキの頃手当たり次第に実験機器作ってたスキルがこんなところで役に立つとは。人間なんでも身に着けとくもんだな。


 その日の夜は久十郎が釣ってきた魚中心のメニューになった。『鑑定』したらちゃんと食えるヤツだった。とはいえ寄生虫がこわいから浄化と毒除去もかけた。刺身に塩焼、アラ汁。米も炊き立てでうまい。竈を先に作ってよかった。


「よくやった!」「えらい!」ウチの連中が口々に褒めてくれる。マコも「おいしい!」「ヒデさんありがとう!」とすごく喜んでくれた。

 トモも米と魚で作ってもらった離乳食をモリモリ食った。リディは最初刺身にビビッていたが、モリモリ食う俺達に触発され口にしてからは「おいしです!」と食っていた。



   ◇ ◇ ◇



 俺が井戸を作り竈を作っている間、マコがリディに色々聞き取りをしていた。周辺国について、文化文明について、流通について、交通事情について。

 結果、この島のだいたいの位置がわかった。


「多分間違いないと思います」


 昔、流刑になった人間が送られていた島だという。



 この惑星で現在知られている大陸は大きくふたつ。東大陸と西大陸。

「とはいえ、知られていない大陸がある可能性は否定できない」伊佐治が言う。航海技術低そうだし、航空技術なんてなさそうだし、まあ無理もない話だろう。


 伊佐治とリディがいたのは西大陸。

 で、俺達が今いる島は、その東西の大陸の間に広がる海域に位置するとリディが言う。


 リディの描いた地図上では右に東大陸、左に西大陸が描かれ、真ん中に広がるふたつの大陸の間の海は「まあどうにか船で行けるかな」くらいにみえる場所もある。が、俺達のいる島は地図上でいえば右端もしくは左端に位置するとリディが言う。

 島が中心になるように地図を変える。『複写』の術でリディの地図を別紙にコピーし両大陸の間で切断。両端をつなぎあわせる。

 縮尺が正確かどうかはわからないが、俺達のいた『世界』のアメリカ大陸とユーラシア大陸、その間の太平洋のような感じ。広い広い海のど真ん中。

 

 太平洋(仮)に他に島があるかはリディも伊佐治も「知らない」。東大陸行きの航路は大西洋(仮)が主流らしい。太平洋(仮)横断ルートは「あると聞いたことがある気がする」。

 リディの国も輿入れ予定の隣国も内陸国だったので海洋関係は弱いらしい。「不勉強で申し訳ありません」しょげるリディに「十分だよ」と声をかける。


 この『世界』の文明レベルは「中世ヨーロッパレベル」と伊佐治が言う。伊佐治のいた時代から三百年経っているわけだが、リディに色々聞いたところ文明的な進歩は見られなかった。むしろ「俺のいた頃より不便になってんな」とのこと。


 陸の移動は徒歩か馬車。自動車も自転車もまだない。当然列車も。船舶は大型船の運用ができている。これは昨日久十郎が目視で確認している。戦争は騎馬と歩兵が剣と魔法を使って戦う。銃や大砲などの火薬兵器はない。


「ここは『剣と魔法の世界』なんだよ」


 マコが読んでる娯楽本に出てきたフレーズを口にする伊佐治。なるほどわかりやすい。


「『魔法』てのは俺達的に言えば『術』か?」

「そうだな」


 俺達の使う『術』は『木火土金水』の五属性が基本だが、この『世界』は『光闇地水火風』の六属性で語られると伊佐治が教えてくれる。リディもうなずいていることから三百年経過しても変わらないのだろう。

『世界』の霊力量が多いためか、魔法を使った技術が生まれ発展し、生活に戦争に使われていたと。リディがこの地に『跳ばされた』転移陣もそんな魔法技術のひとつだと。



 遥か昔――伊佐治が生まれるより前――魔法技術全盛の時代があった。その時代は転移陣が世界中に多く設置されていて、遠く離れた土地でも簡単に行き来できていた。

 折しも西大陸をひとつの国家が支配していた時代。統一国家の下、平和で豊かな暮らしは魔法文明をどんどんと進歩させていた。


 統一国家の下、信仰されていた宗教もひとつだった。

 主神とその家族や配下など多くの神々がヒトの世を見守ってくださっているという『トリアンム教』が信仰されていた。

 日本と同じ多神教。日々の暮らしに神々が息づき共に暮らす生活。各地に神殿があり神職がいた。日本と同じで自然厳しい場所は『聖地』とされ修行の場になった。

 この島もそんな『聖地』のひとつだったとリディが言う。


「その頃は転移陣があって当然だったそうです」「なので、自然厳しい場所ほど『聖地』とされ、行き来するための転移陣が設置されたそうです」「転移陣があれば日常生活に困ることはないので、聖地を守る者が常駐していたそうです」


 転移陣が展開できるのは、それも定置型を固定できるのは、限られた人間だけ。そういう教育を受けた人間だけ。そして神職はそういう教育をほどこされていた。


 未踏の地におもむき転移陣を設置するのは神職にとってなによりの修行であり神々への行動。それを成したならば当然神職としての評価も上がる。その時代は「どれだけ過酷な場所に行けるか」争いがあったという。それでこんな周囲に海しかない孤島にまで転移陣が設置されたと。

 神職というより修験者だな。うん。


 そりゃあさぞ国が保護しただろう。なにも言わなくても勝手に転移陣設置するんだから。神殿が独占することもできただろうが、リディの話によると国と神殿は「いい関係だった」らしい。それなら物流網確立できただろう。なんなら転移陣利用に金取るとか色々施策があっただろうな。


 そんな平和な時代が二百年近く続いた。

 魔法技術はどんどん進歩し、食生活も豊かになった。

 そうなってくると馬鹿なことを考える馬鹿が出てくるのはどこの『世界』でも同じらしい。


 転移陣の使用を独占する馬鹿が現れた。賄賂を渡され規則を破る神職が現れた。そんなどこにでもあるような汚職が腐敗となり、あっという間に統一国家は分裂した。

 戦乱の時代がはじまった。


 そうなると当然使用が制限されるのが転移陣。

 そりゃそうだ。指定場所に一瞬で移動できるなんて戦略的に利用するに決まっている。攻めるのも簡単だが攻め込まれるのも簡単な転移陣(それ)を放置しておくような無能はすぐに潰されて当然。デキる統治者ならば転移陣をすべて支配下に置き、領地外と結ばれているものは使用制限をかけるだろう。場合によっては破棄するだろう。


 戦乱期初期は神職に限り無制限だった転移陣使用も、情報の受け渡しに使っていることが発覚したことを受け各地で次々と使用禁止に。そうして誰も行き来できなくなった聖地は廃れ忘れ去られたと。この島もそんな忘れ去られた聖地のひとつだと。


 伊佐治がいた三百年前は、そんな戦乱期の真っ只中。いくつもの小国が小競り合いをしては併呑されていた。

 そうして併呑が繰り返され、現在の複数国家で安定したのが約二百年前。


 かつて栄えた魔法技術文明だったが、約百五十年の戦乱の時代の間に技術者も技術も消えた。残っているのは文献と口伝による知識、そしてかつての栄華の残滓(ざんし)のような道具類。


 どうやって作られどうやって動いているのか詳しくわかるものはいなくなった。それでもどうやって動かすかはわかる。これまで使ってきたから。だから使う。

 壊れたらおしまい。直せるものがいないから。

 そんな道具類が多々多々あるとリディが言う。転移陣もそのひとつだと。


 当然魔法技術を復活復興させようというヤツは多くいる。国家機関や研究所などで研究分析が現在も続けられている。だがいかんせん数が多い。ジャンルも、個数も。だからなかなかすべてを解析するには至っていない。


 転移陣に関してだけ言えば、現在は街と街をつなぐものが使われている。が、かつての魔法技術文明時代と比べたら路線は格段に少ない。まあそうだろうな。統一国家だったのが分裂したんだから。

 だからこそ逆に、現在では忘れ去られた転移陣が残っている可能性は高い。それが稼働する可能性も。


「王城など王族に関する場所には戦乱の時代から緊急避難用の転移陣が備わっております」リディが言う。まあそうだろうな。戦乱期だったなら万一に備えて逃亡手段は確保しとくよな。

 そういう転移陣は一方通行だという。当然だな。双方向にしてたら外から城に攻め込まれるわ。


 で、当然そんな転移陣の情報は国家機密。場所も起動方法も王族にのみ口伝で伝えられるもの。リディも自国のものは教わっている。が、輿入れしてきた隣国のものは結婚式と初夜が終わってから教わる予定だった。


 だから連れて行かれたそこに転移陣があるなんて思いもしなかった。つながっているのが孤島だなどと思いもよらなかった。


 かつての『聖地』はいずれも厳しい場所だった。戦乱の時代には転移陣に使用制限がかけられ、聖地を訪れるものはいなくなった。聖地を守っていた常駐者も後継者を作ることができず自然消滅。そんな無人の土地は、罪人を送り込むのに丁度よかった。


 戦乱の時代になると『聖地』は『流刑地』になった。すぐに処刑するほどでもないが国に置いておけないものを追いやる場所。運良く生き残ればそれで良し。たとえ生き延びたとしても帰還方法はない。寿命尽きるまでそこで暮らす以外ない。刑罰として丁度よかったのだろう。


 リディの祖国にもかつてそんな転移陣があった。だから探索の結果無人島だとわかったときにここが流刑地だと判断した。


 島が特定できたのは王女として王子妃予定者として多くを学んだから。

 現在も残る『トリアンム教』について学んでいた。多くの知識の中にはかつての『聖地』の話もあった。あわせて王子妃予定者として隣国の歴史を習っていた。隣国では数代前の王族が玉座を狙い失敗し流刑地に送られた。そう教わったときにそいつが送られた流刑地の場所と名も教わっていた。今日改めて暁月達と周囲を探索し、その王族が文字を刻んだと思われる壁の残骸を見つけた。ご丁寧に名前とここに送られた経緯が刻んであった。「本人が刻んだと見て間違いないと思う」と暁月も判断した。おかげで島を特定するだけの材料となり得た。


 秘匿されている転移陣には王族が逃げるためのもの以外にもいくつかあるらしいとリディが言う。王のみ知らされているもの、王太子になってはじめて知らされるものなどがあると。自国ではそうだったと。

 刑罰として流刑地に送るものは「もう世界に現存していないと思っていた」「おそらくは王太子と王のみに伝えられているのでしょう」「もしかしたら祖国にもあるかもしれない」そう言ったリディは表情が暗くなった。


 他人に世話されてきた人間がいきなりこんななにもない土地に放り出されて生きられるはずがない。斬首されるよりも毒を飲まされるよりも苦しんで死ぬとリディにはわかったんだろう。リディが経験したのはたった二日だが、その辛さ苦しさを体験したことでより実感したんだろう。まあだからこそ犯罪者に使われるんだろうが。


 そんな犯罪者を送り込むための転移陣が今回リディに使われた。王子と侍女が転移陣の行き先を知っていたかどうかはわからない。わかっていたにしても知らなかったにしてもろくでもないことに変わりはない。


 リディが送られた転移陣は一方向のもの。つまりはこの島からの自力での脱出方法は今のところない。


 ―――さて、どうするかな。

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