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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』19

 青黒蛇一行の集落へ向かうことになった。


 正直面倒くさい。が、暁月が連中を放っておけない性分なのもわかっている。「先に帰れ」と言われても暁月ひとりを味方のいない集落にやるなんてとんでもない。マコですら「絶対ついて行く!」と言い張るんだ。危険がないとは言わせない。

 少なくとも俺達がいれば物理的に勝てるだろう。イザとなったら暁月が嫌がっても(かか)えて転移札で帰還すればいい。


 俺、マコ、トモ、定兼、暁月はデカい青黒蛇の背に乗せてもらった。お世辞にも乗り心地がいいとは言えないが、マコに山道を長距離歩かせたくないので良しとした。

 麻比古と久十郎は「他種族の背に乗るのはちょっと……」と難色を示したので並走。伊佐治も付き合って並走した。


 思ったほど遠くない距離を進み、青黒蛇の集落に到着。早速他の青黒蛇に取り囲まれる。

 ざっと見たところ、出てきたのは二十匹。気配察知で確認できる、出てきていないのが二十匹弱。俺達を連れてきた八匹を合わせて五十匹程度の集落のようだ。


 黒蛇のところに来ていた八匹が話をするより早く人間(おれたち)に気付いた留守番連中。ナメたこと言いやがったのでここでも定兼を一閃。すぐ大人しくなった。


 そうして集まったやつらから話を聞き、連中の舐め腐り甘え腐った性根を叩き直した。伊佐治と久十郎が。

「自分達のことは自分達でやる!」「うらやましかったら努力する!」「やり方がわからなかったら『教えてください』と頭を下げる!」何度も復唱させ、反抗的な態度を見せたら即叩きのめし、上下を教え込んだ。

 その間に暁月は麻比古を護衛にあちこち確認。衛生状態や保育環境を中心に聞き取りもしていた。


 俺と定兼とマコとトモは、風通しの良い場所にレジャーシートを敷きパラソルを立て、のんびり待機。結界を展開し、マコとトモは昼寝をさせる。俺と定兼は護衛。遠くで伊佐治と久十郎がデカい蛇達をしごくのをのんびり眺めていた。

 その間に札を飛ばし母に顛末(てんまつ)を報告。「コブシは別のコに頼むわ」「夕ごはんまでには帰っていらっしゃい」というのんきな返信をもらった。



 一時間後。昼寝から目覚めたマコとトモ。無限収納に入れていた哺乳瓶でトモにミルクを飲ませていると、暁月と麻比古が戻ってきた。

「ちょっとテコ入れがいりそう」「乗りかかった舟だから、私が面倒見るわ」「同族といえば同族だし」

 そんな話をしていたそのとき。


「麻比古様ー!」

「うわあぁあ!」


 ぴょーん! どこからか塊が麻比古めがけて飛んできた!

 あわてて抱き留めた麻比古の胸にいたのは、獣の耳と尻尾をつけた幼女。先日麻比古の故郷で会った、麻比古の『(つがい)』を名乗る幼女だった。


結依(ゆい)!? なんでここに!?」

「麻比古様、ぜんぜん会いにきてくださらないから、ユイが会いに来ました!」

「そうじゃなくて! なんでここにいるとわかった!?」

「ニオイをたどりました!」


「………さすが狼………」

 思わずこぼす俺を無視し、幼女はまくしたてる。


「あれからずっと麻比古様をまってたんです」「けどぜんぜんきてくれないから、ならユイがあいにいこうときめました」「麻比古様のおうちをしらないから、ニオイをさがしてたんです」「けど、ニオイがしなくて」「まいにちクンクンしてたんです」「そしたらきょう、きゅうにちかくでニオイがしたから、はしってきました!」


 母の結界の中では麻比古の気配も遮断されていたと。今日、暁月の故郷付近に『跳ばされた』ことで母の結界から出た。すぐさま気配を察知したこのおじょうちゃんが駆け付けたと。『跳ばされた』場所からここまでの移動中についたニオイをたどってきたと。「さすが狼」としか言葉がないな。


(おさ)は知ってるのか!? いや、長じゃなくても、村の大人は知ってるのか!?」

「さあ?」

「言ってから出てきなさい! 絶対『行方不明になった』って探してるだろ!!」


 叱られても幼女の尻尾はうれしそうにばっさばっさと振られている。

 にしても、よくこの村の結界通れたな? ああ。正確に道順(ルート)を追ってきたから入れたのか。

 

「麻比古様麻比古様。なんであいにきてくれないんですか?」「ユイはさみしかったです」「いつけっこんしますか?」「あしたですか?」

「待て待て待て待て」


 グイグイ来る幼女に麻比古は防戦一方。と、なにかに気付いた幼女が麻比古の襟元をクンと()いだ。

 途端に表情をこわばらせる幼女。バッと周囲をうかがい、暁月をみつけるなりクンクンと鼻を鳴らす。ガーン! と音響が聞こえた気がするくらいの絶望を顔に乗せた幼女は、麻比古の襟首をつかみゆすりはじめた。


「ひどいです麻比古様!」「ほかのおんなのニオイをつけて!」「うわき!? うわきですね!!」「ユイというものがありながら!!」「うわああああん!!」

「待て待て待て待て!!」


「落ち着いておじょうさん」暁月が苦笑で声をかける。

「私と麻比古は、おじょうさんが心配しているような関係じゃないわ」

「ニオイがついてるのは、さっきまで一緒に作業をしていたからよ」

「不安定な場所で私を支えてくれただけ」

「他意はないわ」


「……………ホントですか?」

「ホントよ」「ホントだ」

 ジト目を向けられ、暁月は笑顔で、麻比古はうんざりというのを隠すことなく答えた。


「私と麻比古は種族が違うからね」「『家族』ではあるけれど『伴侶』にはなり得ないわ」


「ホラ」と暁月が黒蛇に変化(へんげ)する。が、幼女はしぶとい。

「『いしゅぞくのこんいんもある』って聞いたことがあります」

「えっ」


 おかしなところから声があがったと顔を向ければ、俺達を乗せてくれたデカい青黒蛇が硬直していた。

「えっ」「え」「あ」「そ、」

 なにを動揺しているのかと首をかしげる俺と違い、なにかを察したらしいマコが先に反応した。


「さっき乗せてくれた蛇さんですよね」

「あ、は、はい。そうです」

「お名前おうかがいしてもいいですか?」

「あ。はい。自分は、緒保絽(おぼろ)といいます」

「教えてくれてありがとうございます。ボクはマコトです」「ボクがあなたのお名前呼んでも大丈夫ですか?」

「は、はい。構いません」

「オボロさん。なにかご用ですか?」

「あ、あの」


 ハキハキ問いかけるマコに対し、デカい蛇は挙動不審。チラリと俺を見、暁月に目を向けた。

「あの、視察が終わったようので、なにかすることがあるか聞きに行けと、伊佐治さんに言われて、きました」


 とぐろを巻きコンパクトになってもデカい蛇に、マコは平気な顔で問いかける。

「この狼さんを叱りにきたんじゃないんですね?」

「はい」

 そう答えた蛇は、しかしすぐにハッとした。


「あの、他の者にバレると怒られるかもしれないので、一応隠れておいてもらうか、改めて皆さんのお仲間だとご紹介いただけたらと思います」

「………そうね。無断侵入だからね」

 暁月の言葉に、ようやく幼女にも禁忌を犯したと理解できたらしい。ザっと顔色を悪くし、プルプルと震え出した。

「あ、あの、ご、ごめんなさい……」

 麻比古にしがみついたまま涙目で蛇に訴える幼女。対峙すると幼女なんか一飲みだと改めてわかる。あーあ。尻尾が股の間にはさまっちまった。


「………俺が札をやりとりしてたから。資材を持ってきてもらったことにしよう」

 俺の提案に「スマン」と麻比古が頭を下げる。


 麻比古に頭を下げさせたことがショックだったのか、幼女はさらに泣きそうになった。


「差し当たり、この子の保護者に居場所を知らせないと」

 暁月の指示で俺が麻比古のとこの(おさ)宛に札を飛ばす。一度友誼を結んだ者には届けられる。

 予想通りいなくなった娘を探して村中大騒ぎになっていた。ギャンギャン騒ぐから「麻比古が責任持って送り届ける」と伝えて通信を遮断した。


「じゃあ方針説明に行きましょうか」

 暁月が黒蛇姿から人間形態に戻る。「ちょっと待っててね」俺達に声をかけ、暁月は伊佐治達のもとへと移動する。「麻比古もそこにいなさいな」と言い置いて。

 歩き出した暁月のあとをデカい蛇が付き従う。並ぶと暁月なんてひと呑みにされそうなのに、それでも暁月のほうが立場が上だとわかる。デカい青黒蛇はすっかり暁月の子分だ。


 取り残された俺達。なんとなく暁月を目で追っていたが、トモがミルクを飲み干しているのに気が付いた。まだ出ないかと思っているのか吸い口を噛んでいる。生後五か月を過ぎた最近はなんでもかんでもかじっている。「もうすぐ歯が生えるんでしょう」と母達が言っていた。無限収納に入れていた歯固めのおもちゃを取り出し口元に当てると哺乳瓶を離しそっちをガジガジと噛みだした。


 そのまま抱き上げ肩に乗せ、背中を叩いてゲップをうながす。うまくゲップしたトモをレジャーシートに寝させると、コロンと寝返りをした。

 最初寝返りをしたときは大騒ぎで褒めまくったが、最近ではもう当然になってしまった。それでも「うまいぞ」と褒め、ちいさな背中を撫でてやる。


「あかちゃん」

 声に目を向けると、麻比古にしがみついている幼女がじっとトモを見ていた。

「かわいい」

「ありがと」


 返事をするマコに目を向けた幼女。ハッとなにかに気付いたように麻比古の背に隠れた。単なる人見知りか、それとも人間に対する警戒か。

 これまでは麻比古しか目に入っていなかったのが、落ち着いてようやく周囲に人間がいることに気付いたと。

 そんな幼女の態度を気にすることなくマコが話しかける。


「このまえごあいさつしたけど、もう一度。ボクは麻比古さんの家族のマコト。人間だよ」

「この子はボクの子供のトモくん。このひとはボクの旦那さんのヒデさん」

「ボクとヒデさんは『運命の(つがい)』なんだよ」


「えっ!」

 途端に目をキラキラさせ幼女は麻比古から身を半分出した。


「なんだよ『運命の(つがい)』って」

「あとで説明するね」


「覚えてたら」ボソリと付け加えたの聞こえてるぞ。ちゃんと覚えてあとで聞くからな。

 ともあれマコの一言で幼女の警戒が弱まった。興味津々なのを隠すことなくキラキラした目でマコと俺を見てくる。


「ボクがあなたのお名前を呼んでも大丈夫?」

 両親をはじめあっちこっちから教育され『ヒトならざるモノ』への対応について学んだマコ。『名』については特に厳しく言われたので慎重に問いかけている。偉いぞ。


 本音を言えば関わりを持たせたくはないんだが。せめて俺達の陰に隠れておいて直接交渉はしないで欲しいんだが。まあ相手が幼女ならまだ大丈夫だろう。多分。きっと。

『どっかで見たことあるヤツ』と『直接話したことのあるヤツ』では認識度が違う。なにがどうトラブルになるかわからない。だからこそ戦闘力のないマコは「可能な限り関わるな」と教育された。

 なのにこの幼女に話しかけているのは、マコなりになにか考えがあってのことだろう。そう信用できるので敢えて黙って見守った。


「いいです」と許可をもらったマコ。

「『ゆいちゃん』と『ゆいさん』とどっちがいい?」

「どっちでもいいです」

「じゃあ『ゆいちゃん』て呼ばせてね」「ボクのことは『マコ』でいいよ」「麻比古さんもそう呼んでくれてるから」


 麻比古の背に半分隠れたままうなずく幼女にマコが続ける。


「ボクは三年前から、ヒデさんは五十年以上前から麻比古さんと暮らしてるんだよ」

 その言葉に幼女がまた麻比古の陰から身体を出す。

「麻比古さんはおそとでは人間に見える姿になってるんだよ」「ヒデさんと同い年に見えるように、今よりもおじさんの姿」「おじさんの姿でもカッコいいよ」

「!」

「おうちで人間形態取るときは今の姿が多いね」「狼人間みたいな姿もするけど、そっちもカッコいいよ」

「!!」

 どんどん身を乗り出し、ついにマコの前に正座した幼女。「それで!?」「それで!?」と次々と麻比古情報を聞き出している。好きな食べ物、苦手な食べ物。好きなこと。得意なこと。そんなことを披露しながら「ゆいちゃんは?」と幼女の情報も聞き出す。マコよ。いつの間にそんな会話上手になったんだ。すごいな。俺より話術巧みなんじゃないか?


「ゆいちゃんと麻比古さんは出逢ったばかりでお互い知らないことばかりでしょう?」

「お互いのことよく知って、もっと『好き』になって、それから結婚したほうが『うれしい』も『しあわせ』も多いよ」


「ボクはそうだったよ」そう言って微笑むマコ。なるほど。幼女を落ち着かせるのが目的か。麻比古が幼女に見えないところで感謝のゼスチャーを送っている。


「でも」幼女が不満げに頬を膨らせる。

「麻比古様あいにきてくれないんですもん」


「たしかにね」「ごめんね。あれから色々あって……て言っても言い訳だよね」

 確かにな。麻比古も申し訳なさそうな顔をして黙っている。


「麻比古さん。今度……ていうんじゃ曖昧だよね……。今日ゆいちゃんを送ってそのまま泊まるか、また明日ゆいちゃんのところに行ってあげて」

「……だが、マコとトモの守りが……」

「俺がついてるから。伊佐治もいるから大丈夫」「久十郎も単独行動してるんだし、おまえもしたいようにすればいいよ」


 ためらう麻比古にそう言えば、麻比古は黙った。これでこいつ真面目だからな。いや単に故郷に戻るのも幼女の相手するのも面倒なだけかもしれない。絶対あちこちからやいやいうるさく言われるの分かりきってるもんな。


「麻比古さん。ボク、明日はおうちから出ないから」「おかあさんに言われても出ないから」

 マコにも説得され、麻比古はしぶしぶながら明日の訪問を約束した。今日は送り届けるだけで一旦帰宅することも。

 そんな麻比古に幼女は大喜び。「ぜったいですよ!」「やくそくですよ!」と指切りをした。


「あしたはいっぱいおはなししましょうね!」「ごちそうを用意してもらうようかあさまにおねがいしておきます!」


 テンション高く抱きつく幼女に麻比古は困惑顔。かわいい『(つがい)』が喜んでくれてうれしいが、明日あちこちからうるさく言われからかわれるのも予測できてうんざりというところか。

 数年前の自分を見せられているようで複雑な気分の俺に対し、マコは平然と幼女に話しかけた。


「お互いを知るために会っておはなしするのも大切だけど、ゆいちゃん自身も『素敵な女性』になるために色々お勉強しないといけないよ」

「『おべんきょう』?」


 キョトンと首を傾げる幼女にマコはにっこりと微笑んだ。


「ボクとヒデさんも年齢(とし)が離れすぎてるんだ」「ゆいちゃんと一緒だね」


 幼女はまばたきをし、俺を見、マコを見つめた。俺達の顔を何度も見比べ、そうしてようやく俺達の年齢差に気付いたらしい。ハッとした顔のあと表情を引き締め、ウンウンとうなずいた。


「ヒデさんにとってボクは『子供』だったから、最初は全然相手にしてもらえなかったんだ」


 真摯に幼女に話しかけるマコ。と、丁度暁月が戻ってきた。オボロと名乗ったデカい青黒蛇を伴って。

 マコの話をさえぎるつもりはないらしく、暁月は気配を消したままそっとレジャーシートに座った。青黒蛇はシートの外でとぐろを巻き、意外にも真剣な表情でマコの話に耳を傾けていた。


「最初はね。ボクも子供だったから、ヒデさんのことは単に『頼りになるひと』『大好きな家族』としか思ってなかった」「けど、ある日突然気が付いたんだ」「『このひとがボクの唯一だ』って」「『運命の(つがい)だ』って」


 俺達の馴れ初め話に幼女は目をキラキラさせ聞き入っている。が、俺としては何を言い出すのかとハラハラしてしまう。


「『好き』って言ったんだけど、相手にしてもらえなくてね」「『まだ子供だから』って。『広い世界を見ろ』って」


「だから、ボク、がんばったんだ」


「とってもとってもがんばって、いっぱいいっぱい勉強したんだ」「本をたくさん読んで、いろんなひとに話を聞いて、いろんなお仕事をしたんだ」「先生についてお勉強もがんばったし、おしゃれや髪型――見た目を工夫したりしたんだ」「『一人前』って認められる試験を受けて、合格して、そうしてようやく受け入れてもらえたんだ」


 じっと聞き入る幼女に微笑み、マコは言った。


「『「(つがい)」だから結婚する』んじゃなくて、『「(つがい)」とか関係なく素敵な女性だから結婚したい』って思ってもらったほうが、うれしくない?」

「!」


「大人になるために必要なお勉強をして。お手伝いしたり話を聞いたりして。うれしいこと楽しいことをいっぱい経験して。そうして素敵な女性になって、麻比古さんに『好き』になってもらいたくない?」


「!!」


 マコの言葉に幼女はわかりやすく反応する。耳がピンと立ち尻尾が膨らんでいる。目もキラキラ――いや、ランランとしている。


「いつもそばにくっついていたんじゃあ変化に気付いてもらいにくいよ」「会うのを時々にして、その都度『わ! 素敵になった!』『大人になった!』ってびっくりしてもらうほうが、うれしくない?」

「!!!」


「そのほうが麻比古さんもドキッとして、惹かれると思う」

「そうします!!!」


 食い気味に幼女が叫ぶ。これで麻比古は故郷と幼女にべったりついていなくてよくなった。すごいなマコ。麻比古も表情が明るくなっている。


「麻比古様にすきになってもらうために、どんなおべんきょうをしたらいいですか!?」


 鼻息荒くマコにせまる幼女。最初の人見知りはどこに行った?

「ボクはただの人間だからゆいちゃんに必要なお勉強はわからないんだ」「なにを勉強したらいい?」

 問われた麻比古は「………そうだなぁ………」と考え、答えた。


「まずは霊力操作。それから体力作り。体術も学ばないといけないな」


 コクコクうなずき、その目にやる気を見せる幼女。

「だが」

 が、麻比古は真面目な顔をして幼女に言った。


「『俺のため』でなく、『自分のため』に学んでほしい」


 幼女には麻比古の言葉の意味がわからないらしい。それでも麻比古の目をまっすぐに見つめ、真意を理解しようとしている。

 麻比古の正面に正座しキチンと両手を膝に乗せ、じっと次の言葉を待つ幼女に、麻比古はゆっくりと語った。


「きみはまだ幼い」

「これからたくさんの出会いがある」

「ひととの出会い。きれいなものとの出会い。得難い経験との出会い。様々な出会いがある」

「そのひとつひとつを大切にしてほしい」


「美しいものを見て、うれしいことを感じて、美味いものを食って。そうして情緒豊かに成長してほしい」

「きみは俺の『(つがい)』だが、同時に幼い子供だ」

「俺は大人として、幼いきみが幸福で健全に成長することを願う」

「幼い頃にしか得られない経験をたくさんしてほしい」

「幼い頃の経験は千金にも勝る宝だ」


 幼女は麻比古の言葉を真面目に聞いていた。じっと見つめ合い、ふたりはお互いの本心を伝えようと、受け取ろうとしていた。

 見つめ合っていたふたりだったが、ふと麻比古がマコに目を向けた。なんだと思う間にすぐに幼女に視線を戻し、麻比古は続けた。


「俺はこのマコの成長をこの目で見た」

「初めて出逢ったとき、マコは幼く弱々しい、俺達が『守らねばならない存在』で『庇護対象』だった」

「そのマコが、自ら努力を重ね、様々なチカラを習得し成長するのをつぶさに見てきた」

「努力は裏切らない」

「努力して学び習得したものは必ずそいつのチカラになる」


 真剣な麻比古の表情と言葉に、幼女はそっとマコに顔を向けた。視線が合ったマコは力強くうなずいた。

 幼女にもなにか感じるところがあったのだろう。じっとマコを見つめ、麻比古に顔を戻した。

 ひとつうなずき、麻比古は続けた。

 

「幼い頃の俺は、自分勝手で我儘で、そのくせ自分は一人前だと思い込んでいる甘ったれだった」

「すぐ調子に乗って、深く考えることなどせず、思いつくままにやりたいことだけをする大馬鹿だった」

「『責任』の意味すら知らず、大人達の気持ちも知らず、ただ身勝手に振る舞う、世間知らずの未熟者だった」

「きみにはそんな馬鹿になってほしくない」


 目を伏せ口の端を上げ、自嘲に(わら)う麻比古。そんな麻比古を幼女はじっと見つめた。

「ふうぅ」と長いため息を吐き出し、麻比古は顔を上げ、続けた。


「道を拓くのも閉ざすのも自分次第だと、俺は知った」

「マコが努力を重ね道を切り拓き『運命の(つがい)』を手に入れたのを見た」

「だからこそ、きみと今すぐ結婚はできない」

「まだ幼いきみの可能性を、きみの未来をつぶすことはできない」

「『(つがい)』だから」「『(つがい)』だからこそ」

「きみに『しあわせ』になってほしい」

「マコのように、胸を張って立てる大人になってほしい」

「昔の俺のような馬鹿なヤツになってほしくない」

「たくさんの選択肢を知り、自分で調べ、自分の道を自分自身で選び取る者になってほしい」


 そこまで話し、麻比古はようやく口を閉じた。真面目な話をする麻比古なんて珍しいものを見せられ、どれだけこいつが幼女に対して真剣なのかをわからされた。そしてこいつが思っていた以上にマコを評価していることも。

 そのマコはなんか感動したみたいに熱心に麻比古と幼女を見つめている。暁月は暁月で『よくできました』みたいな顔をしているし、デカい青黒蛇は何故か真剣に聞き入っていた。ひとりトモだけが我関せずみたいな顔で転がったりストレッチみたいな動きをしたりしていた。


 じっと見つめ合っていた麻比古と幼女。沈黙に耐えきれなくなったのは麻比古のほうが先だった。

「………俺の話は難しかっただろうか」

 申し訳なさそうな情けない声での問いかけに「すこしだけ」と幼女は素直に答える。


「でも、わかりました」


 どこかさっぱりした表情で幼女はうなずいた。


「麻比古様はとってもすてきなひとですね」


「な」

 文句でも言おうとしたのか、口を開いた麻比古だったが幼女の笑顔に言葉を封じられた。


「ユイみたいなちいさいこがあいてでも、きちんとまじめにおはなししてくれました」

「むずかしいことばもありましたが、おきもちはつたわりました」

「ユイをたいせつにおもってくださってるんですね」

「ありがとうございます」


 両手をついてキチンとお辞儀をする幼女。(おさ)の娘だからか、礼儀正しい娘だなと感心した。


「麻比古様のおっしゃるとおり、ユイはこれからたくさんおべんきょうをします」

「麻比古様にはじないようなおとなになります」

「そうしたら、けっこんしてくれますか?」


「―――そのときにきみが望んでくれるなら」


 まぶしそうに目を細め、麻比古が微笑み答える。そんな麻比古に幼女が見る見る顔を赤く染める。ついには両手で顔を隠してしまった。


 プルプル震える幼女。尻尾がバッサバッサと動いていることから喜んでいるようだが、大丈夫か??


「あらあら。麻比古もやるわねえ」

「仕方ないよ麻比古さんカッコいいもん」

 暁月とマコがのんきにやり取りする。が、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?


「マコ?」「誰が『カッコいい』って?」

 ムッとしたままマコに迫ったが「ボクの一番はヒデさんだよ」と笑って頭を撫でられた。たったそれだけで機嫌が直るんだから我ながらチョロい。



「ゆいちゃんが『素敵な大人』になるための手助けはしてくれるんでしょ?」

「それはもちろんだ」


 マコの問いかけに麻比古は即答した。


「俺だってたくさんの者から教わり助けられてきた」

「同族であり『(つがい)』でもある彼女の成長のために協力するのは当然だ」


 その言葉を受けまた幼女がプルプルしている。ついにガバリと麻比古に抱きついた。

「麻比古様」「だいすきです」「はやくおとなになりますね」

「急ぐことはない」「あせらなくてもいい」「きみが『しあわせ』であることが一番なのだから」

「麻比古様―――!」


「だいすき」「だいすき」

 しがみついて首筋にすりすりと顔をすりつける幼女に、麻比古もまんざらではないらしい。『仕方ないな』といいたげな、それでもやさしい表情で幼女を抱き留めていた。


「今向こうでも話してたんだけどね」

 そんなふたりに構わず暁月が話しかけた。


現代(いま)って、いろんなことがすごく進歩したじゃない?」「人間の生活にしても、私達『(あやかし)』と呼ばれる種族の生活にしても、百年前とは違うでしょ」「村に閉じこもってるだけじゃどんどん時代に取り残されてしまう」「それはそれでいいのかもしれないけど、少なくとも外部との窓口は作ったほうがいいって話してたの」


 暁月の話にじゃれ合いを止めた麻比古と幼女。ふたりして暁月に顔を向けうなずいた。


「で、いきなりこんな姿で現れたら即敵視されちゃうじゃない?」

「だから、数人でもいいから『人化の術』を習得させようって話になったの」


 うんうんとうなずくふたり。暁月の後ろの青黒蛇もうなずいた。


「ちなみに黒蛇族(ウチ)はみんな習得させてるわ」

「時々人間の街におりたりしてるらしいわ」


 ウチの両親のところに行ったり、さらに足を伸ばして町におりたりしているらしい。


「久十郎のところの子達にも『教えよう』って話してるし」「ついでに麻比古のところの子も講習会に参加させたら?」「もちろんあなたも」


 最後の言葉は幼女に向けられた。「やります!」と幼女は即答。そんな『(つがい)』に麻比古は苦笑を浮かべている。


「各集落と連絡をとって。なんなら付き合いのある集落にもお誘いかけて。近々講習会を開きましょう」

「帰ったらスケジュール調整と講習会の内容を検討しましょう」


 暁月の決定で、ようやく帰る目途がついた。

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