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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』17

「トモくんの特殊能力です」

 疲れ果てた顔の母が告げた。


「『境界無効』。どんな結界も境界も無効にし侵入できる能力です」

「本来ならばそこに在る結界や境界に入るだけのはずなのに、麻比古ちゃんの故郷に転移したのは、『境界無効』と『奥様』の『運気上昇』が混じってしまったためみたい」


 母によると。

 ここ京都は霊能都市で、霊的なモノがおしくらまんじゅうしている。京都の外側に結界が展開されていて、外からの邪気邪念を入れないかわりに内側から発生する邪気邪念その他も出さない。もちろん善の気や清らかな念なんかも同様。

 それらの『気』は京都の結界の中を流動している。うまく循環するなら問題ないが、川と同じで(よど)んだり停滞したり詰まったりすることもある。そういうところにはトラブルが起こりやすい。時空や時間軸がおかしくなる現象が起こることもある。

 そのせいか、時折『境界の入口』も流れてくる。そういうのにはまったり引っかかったりして違う『世界』に行ってしまったり、逆に違う『世界』から『落ちて』来ることがある。


 とはいえ、そんなことは本当に(まれ)。普通はそんなものの存在に気付くことすらない。『能力者』ですら存在を知らないヤツもいるだろう。


 そんな(まれ)で、滅多に起こらないことを起こしてしまった原因は「ウチの息子(トモくん)」だと母が断じる。「特殊能力保持者だ」と。


『特殊能力』なんて眉唾物の噂だと思っていた。能力の足りないヤツがないものねだりで欲する夢物語だと。それが(マコ)に続き息子(トモ)も特殊能力保持者とか、どうなってんだ。これまで五十年ちょい生きてて見たことも聞いたこともなかった存在がこんな身近に立て続けに現れるなんて。なんかの予兆かよ。面倒事起こるのかよ。


「開祖様の手記に書いてあったでしょう。『境界無効』を持っていると」

 まさか転生しても引き継がれるなんて思うかよ。トンデモナイなウチの息子。


 トモの『境界無効』は本来、そこに在る結界や境界を『無効』にするものだが、赤ん坊なせいか能力が暴走しているのか、そういうあちこちにランダムに流れている『境界の入口』を捕まえ、入り込んでしまった。たまたま入った『境界』の出口が麻比古の故郷の端だったということらしい。


 俺達が『奥様』と呼んでいる童地蔵は、四百年前の開祖様が作らせたもの。その白毫(びゃくごう)に使われているのが開祖様の奥様――『異世界のお姫様』が開祖様のためにと作られた守護石。そこには『霊的守護』『物理守護』『毒耐性』『運気上昇』が付与されている。


 ……………ひとつでも付与が大変な術式を、四つも……………。それも重ねて……………。


 自分も術式付与ができるからその異常さが理解できる。そんなことできる人間がいるのか。神仏とか神使とか『(ヌシ)』とかじゃないのか。


 とにかく、その『奥様』に付与されている『運気上昇』が仕事をし、『運良く』『境界の入口』に入り込んだ。『運良く』その出口が麻比古の故郷だった。


 それ、「運が良い」って言うのか?


「場合によっては全く違う異世界に『落ちる』ことも、『神域』に突然放り込まれることも考えられます」「同じ時間軸にいたのも幸運としか言いようがありません」「違う時間軸に『跳ばされる』こともあるんですから」

 可能性を指摘されればあり得た話でゾッとする。


『境界の入口』はすなわち『ここではない世界』への入口。『異界』『異世界』『神域』様々に呼ばれる、様々な次元の様々な『世界』がある。

 若い頃『(ヌシ)』と呼ばれる存在の『世界』にお邪魔したこともある。そこは結界術を応用し自分の好きなように作った『世界』だと祖父から説明された。だからか、そこはその『(ヌシ)』の霊力と気配に満ちていて、俺のいる『世界』とは「違う」と肌感覚で理解できた。

 今回『跳ばされた』麻比古の故郷もそうだった。おそらくは同じ次元に存在すると思う。「結界で他の種族が入り込まないようにしてある」らしい。その結界の効果か、この『世界』よりも高霊力に満ちていた。『違う国』というよりも『違う「世界」』と言ったほうがしっくりくる。それほどの違いがあった。


 そして『境界の入口』の出口はランダム。次元も時間軸も関係ない。浦島太郎を例に出され、深く納得した。と同時に改めて恐怖に震えた。


「家にいるときは私の結界が抑えているようですけど」

 トモの出産に備え、この家を中心に母の結界が何重にも展開されている。産室となった俺達が寝起きしている部屋が一番中心。その外側がこの家を囲むもの。この家の周囲を囲むもの、寺を含む一帯を囲むもの、その外側を囲むもの。段階に応じてレベルが違う。当然中心に向かうにつれ結界の強度が上がる。結界内は基本的に母に承認されたものしか入れない。その何重にもかけられた結界が、奇しくも『境界の入口』をも防ぎ、おかげでトモの特殊能力が作用することもない、ということらしい。


「逆に言えば、結界から出たら『どこに跳ばされるかわからない』ということ」

 なんだそれ。恐怖しかないじゃないか。


「トモくんが成長して、霊力操作を身に着けて特殊能力を制御できるようになったら大丈夫だとは思うんだけど」

「何年後の話だよ」

「そうなのよねえ」


「その間この部屋にずっとこもっておくわけにはいかないし」


 近々トモの四か月検診が予定されている。予防接種も受けさせないといけない。これまでの予防接種は医師に往診に来てもらい接種した。母が交渉すれば今後も自宅で受けられるだろうが、さすがにそこまですると周囲から目をつけられる。それでなくても「俺の子供」「西村智子の、西村玄治の孫」ということで注目を集めている。らしい。まあな。両親の息子の俺が特級退魔師として成長し活躍したことを覚えているヤツからしたら、その子供なんて期待しかないだろう。逆に言えばだからこそ世間から隔離して育てることもできそうだが「それはよくない」と母が言う。


「無菌室で育てた子供が弱いのと同じ」「少しずつでも私の結界の外の空気に触れさせたほうがいい」

 母の意見は納得だ。が、実際問題どうすればいいのか。


 麻比古の故郷から無事帰宅した途端、マコが倒れた。高霊力の充満する村に短時間とはいえ滞在したことで周囲の高霊力に()てられたことが原因だった。「トモを守る」とずっと気を張っていたのが部屋に戻って安心から気が抜けたことも原因かもしれない。なんにしてもマコは熱を出し寝込んでいる。

 元凶のトモは生後三か月の赤ん坊のくせにケロッとしてやがる。図太いのか大物なのか。

 由樹達がお食い初めの祝い膳を用意してくれていた。中止にしようかと話していたら「せっかくおねえさんが用意してくれたんだからやろう」「ボクも立ち合う」とマコが言い張り、歯固めの儀式まできっちりやった。それを見届け部屋に戻ってからマコはずっと寝込んでいる。


 今後も母の結界を出るたびに『跳ばされる』ことを前提として考えることとなった。ろくでもないな。もうひきこもってようぜ。

「それじゃあトモくんの成長に良くないって説明したでしょう」

「だがマコが保たない」「トモひとり『跳ばす』わけにもいかないだろう」


 ああだこうだと議論を重ね、母が道具屋に相談した。わざわざウチに来てもらいトモを『視た』道具屋は全面協力を申し出た。


 えらく殊勝な態度で、赤ん坊と童地蔵に平伏する道具屋。泰然としたジジイの顔しかみたことがなかったのにどうしたのかと思ったら「『黒の姫様』のためならばなんでもする」とか言い出した。



 なんでも道具屋がまだ幼いガキの頃。弱くてなにもできなかった頃。いじめられて森におきざりにされた。ひとり泣いていたところ声をかけてくださったのが『黒の姫様』。

 事情を聞かれ泣き言を全部吐き出したところ、『姫様』がおっしゃった。


「戦闘だけが『強さ』ではないわ」

「そのひとの為人(ひととなり)が大切なの」

「誰かを『助ける』ために必要なのは戦う力だけではないわ」

「お薬を作ったり。そばにいてくれたり。手を握ってくれたり。そんなことが『助け』になるの」


「そうでしょう?」と微笑まれ、ガキの道具屋はなにも言い返せなかった。


「私の夫はとても『強い』ひとだったの」

「お薬を作ってくれて。飲ませてくれて。涼しいところに連れて行ってくれて。お料理を作ってくれて」

「なんでもできる、素敵なひとだった」

「どんなときもあきらめないひとだった」

「『強くなる』ために努力できるひとだった」

「『傷つける力』でなく『護る力』を持ったひとだった」

「いつでも私を護ってくれた」


 のろけたいだけのろけた『姫様』は、そうしておっしゃった。

「『生きている限りは生きる努力をしなければならない』『それが生きる者の勤め』」

「あなたも私も『生きる努力』をしなければならない」

「あなたが『生きる』ために『チカラ』が必要ならば、『チカラ』をつけるために努力しなければならないわ」


 そうして『姫様』とその『守り役様』とともに試行錯誤した。結果、戦闘よりも道具作成に適性を見出され、『姫様』と『守り役様』に道具作りの指導を受けた。森におきざりにされたまま集落に一切帰ることなく数年を過ごした。『姫様』と守り役様についてあちこち出向くこともあった。

 ある日顔見知りになった道具屋から「きみの作ったものを売りに出したい」と声をかけられた。「よかったら一緒にやらないか」と。

「今後も『姫様』にお仕えしてご恩返しをしていきたい」と言ったが、当の『姫様』は声をかけられたことを喜び「誇らしいわ」とまで言ってくれる。『守り役様』にまで「一度姫から離れ広い世界を見ろ」「男はひとり立ちしてこそ価値がある」と言われてしまい、数年離れるだけのつもりで『姫様』の元を離れた。

 ところが、その後『姫様』と『守り役様』と連絡がとれなくなった。あちこち探し回ったが見つからない。そのときになって、声をかけてくれ一緒に道具屋をすることになった男が教えてくれた。

『姫様』は『呪い』があること。長くても二十歳まで生きられないこと。『呪い』のためにいつか『記憶をもったまま転生する』こと。『守り役様』は『姫様』を見送ると転生されるまで休眠されること。

 生命の期限が近づいていたため、自分を託せる人物を探しておられたこと。恩義があったので手を挙げ自分を引き取ったこと。

『姫様』が、今生の生命を終えられたこと。


 泣いて泣いて泣いて、思い出した。

「生きている限りは生きる努力をしなければならない」「それが生きる者の勤め」

『姫様』がそう言っておられたことを。


「自分も『姫様』に救われた」「転生を繰り返しておられるから、長命な我らならばいつかまたお会いできることもある」「次にお会いしたときに恥ずかしくないよう、『姫様』のお役に立てるよう、研鑽し己を高め、ひとつでも役に立つ道具を世に送り出す」「それが私なりの『恩返し』だと思っているよ」


「実際今生ではお会いできた」「これからもお会いできる可能性は高い」「『姫様』と『守り役様』のお役に立てるよう、良いものを作っていこう」

「次にお目見えしたときに褒めていただけるように」「頼っていただけるように」


 そう言われ、それから約五百年、道具作りに邁進してきた。仲間を見送りひとりになっても道具作りを続けてきた。いつか会えることを願って。「ひとりでも多くのひとの役にたちたい」『姫様』のその『願い』を代わりに叶えるつもりで。


 だから子供のマコが困った様子で店頭をのぞいていたときも声をかけ、無償で認識阻害と成長阻害を付与した眼鏡を渡した。報酬なんてもらうつもりはなかった。ただ無償だと本人が納得しなかったから「出世払い」と証文を作っただけ。


 どこかで『姫様』が転生しておられないかと、常に情報収集をしていた。そのために時折人間の『世界』に来ていた。けれどこれまで『姫様』にも『守り役様』にも会えないでいる。


「なのに、まさか『姫様』の『ご夫君』に出逢えるとは―――!」

 感極まった様子で道具屋は言葉をこぼし、再度平伏した。


「この童地蔵は間違いなく『姫様』の『形代(かたしろ)』」「この(わし)が間違えるはずはない」

「『姫様』と『守り役様』から『ご夫君』のことは散々聞いていた」「『形代(かたしろ)』とはいえ『姫様』とこれだけの結びつきがあるのは、『姫様のご夫君』しかありえない」「なにを置いても協力する」



 どうもトモは『開祖様』の前の人生でも『奥様』の夫だったらしい。

 そして『奥様』はトンデモナイひとのようだ。

 そんな女性に見合うような男に育てるなんて、責任重大じゃないか??



 なにはともあれ、道具屋全面協力のもとあれこれと調査し検証し、対策を話し合う。いくつかのアイテムを提案され、こちらも希望を出し、方向性を話し合う。


 そうして母と道具屋のふたりでアイテムを作った。

 高霊力対策として簡易の結界展開装置。 『思念伝達』を応用した翻訳機。次元を超えても通話できる通信機。そして、万が一トモがひとりで『境界』を越えることがないよう、トモと俺達ひとりひとりをつなぐ『紐』をつけた。


『境界』を越えるときに発生する『ゆらぎ』に反応して起動する『紐』は、それぞれの手首に巻いた組紐に組み込まれた。『ゆらぎ』に反応して起動すれば手首の組紐から見えないが強固な『紐』がトモの手首の組紐とつながり、共に『跳ぶ』こととなる。

 両親である俺とマコは当然装着。祖父母である俺の両親も装着しようとしたが久十郎が「待った」をかけた。

「万が一を考えたほうがいい」「サトと玄治は『現実世界(ここ)』にいて、帰還の『目印』となったほうがいい」「万が一帰還できない場合、救援に向かうにしても、帰還を諦めて『こちら』では死亡とするにしても、ふたりならばどうとでも対応できるだろう」「逆に言えば、ふたりでないと対応も指示もできない」

 言われればそのとおりで、両親も納得した。

 そのかわりというわけではないが、ウチの五人が組紐を装着することとなった。


「次元を越えるレベルで使えるかはわからないが」としながらも、転移札も作ってくれた。基本的にはどこにいても霊力を込めれば(つい)となる陣が刻まれた場所に移動できる札。ウチの裏山にある、昔安倍家の主座様が刻んだという陣をそのまま使うことにした。


 長期間『跳ばされる』ことを想定し、それぞれの無限収納に食糧や必需品を準備。マコにもサバイバル生活についてレクチャーした。



   ◇ ◇ ◇



 どうにかこうにか対策を取ろうと右往左往する大人達をよそに、トモは至って平気な顔。いつもどおりに乳を飲み排泄し眠る。最近は童地蔵に抱きついていることが多い。


 生後三か月が過ぎ首もすわった。最近では意味ありげに声を発することも多い。自分の手をじっと見つめたり指をしゃぶる行動も出てきた。自分の拳をまるごと口に入れていたときには驚きのあまり叫び慌てて母を呼んだ。「あなたもやってたわよ」と母にもウチの連中にも言われても知るかよ。


 ともかくトモは順調に成長している。「そろそろいいだろう」と両親が「この段階でできる訓練」を指導してきた。

「ヒデにもやった」というウチの連中が指導役となり、トモに運動させる。立たせた状態で手を握らせ上に引っ張ってぶら下げるとか。高い高いとか。バスケットボールのようにトモをパスし合うとか。


 さすがは前世開祖様というべきか、この赤ん坊、修行の入口みたいなあれこれにこわがることはなく、むしろ楽しそう。「もっとやれ」みたいに要求されることもある。

「赤ん坊だから無茶すると関節がはずれる」「一度はずれるとくせになるぞ」そう言われ、本人の様子を見ながら遊びを兼ねた訓練をほどこす。産まれたときから続けている霊力操作を兼ねたマッサージも続けているが、トモ自身が霊力操作するような訓練もはじめた。


 遊びに来た沙樹と美波が唖然としていた。誠一郎と蓮もしたんじゃないのか?

「こんなちいさいときにはしてない」

「こんなハードな運動はさせていない」


 両親に目を遣れば「誠くんも蓮くんも『普通の赤ちゃん』だったから」と言う。

直孫(じきそん)とひ孫は関わる密度が違う」と言われたらそれもそうかとも思う。


 それに加えトモは産まれる前から高霊力保持者。「鍛えてくれ」と胎児の時点で本人から頼まれた。実際訓練して色々身につけさせないと本人が苦労するのはわかりきっている。

 そんな説明をすればふたりは納得した。ふたりの話を聞いて見に来た洋一と由樹も。


 トモの楽しそうな様子に「ぼくもやって!」と名乗り出た誠一郎と蓮はこわがって泣いた。おかしいな? トモは喜ぶんだがな??

「いきなり高すぎ!」「もっと低い高さから!!」

 母に叱られ速さ高さを調節。かなりゆるーいものでふたりはようやく喜んだ。

「ふたりも訓練はじめよう」父の決定にふたりの母親は微妙な顔をしていた。

「ヒデ達にはまかせない。私が、成長の様子を見ながら行う」そう言われてホッとする沙樹と美波。どういうことだよ。俺信用ないな?



   ◇ ◇ ◇



 万全の準備ができたと言えるところまで準備をし、ようやくトモを連れての外出をした。四か月健診。予防接種。毎回毎回『跳ばされる』。母の結界内まで車で戻ったのに『跳ばされた』こともあった。なんでだよ!?


 道具屋の作った『紐』はちゃんと作動した。トモに触れていなくてもマコもウチの連中全員もひとかたまりになっている。

 そして簡易結界装置も作動した。毎回毎回トンデモナイ場所に放り投げられるが、どうにか意識を保って交渉し帰還させてもらえている。


 どうもトモの前世だか前前世だかの知り合いのことろに『跳ばされ』ているらしい。マコの腕の中の赤ん坊を見つけては「ようやく転生したのか」「ずいぶんと待たせたものだな」と親しげに声をおかけくださりやがる。


 うまく帰還できたから「よかったね」で済む話じゃない。いくら簡易結界装置が守ってくれていてもヘトヘトに疲弊する。緊張感が(けた)違い。なんで高位の存在のとこばっかり『跳ぶ』んだよ。ていうかなんでそんな高位の存在と知り合いになってんだよ。何者だよウチの息子。


 大人達がへばっているのに、当の息子は平気な顔。ふてぶてしい。大物になるぞ。


「ウチにこもってばかりじゃよくない」「近くを散歩していらっしゃい」

 何度も『跳ばされ』ヘロヘロで部屋で潰れていた俺達に母が命じてきた。

「寒いじゃないか」「また『跳ばされる』ぞ」文句を言ったが聞いてもらえない。いつものことだ。くそう。

 そうして裏山に出かければ案の定『跳ばされる』。もうホントにどうしてくれようかこの息子。



   ◇ ◇ ◇



 その日も母に「散歩に行け」と追い出された。二月末。雪が積もっていた。


 と、突然『紐』が作動した。ザッとウチの連中が俺達を取り囲む。いつも『跳ばされる』ときと違い周囲に変化はない。

「山の中だから気付かないだけで、違う山に『跳ばされた』のか?」

「周囲に不穏な気配はなさそうだが」

 話し合いながら周囲を探る。しばらくじっとしたまま探っていたが特におかしな様子はない。持たされている転移札で帰還しようかと話していた、そのとき。


 タン!

 足元に矢が打ち込まれた!


 弛緩していた緊張が一瞬で高まる! 気配がしなかった! 俺達が気付かないなど、相当な手練(てだれ)だ!

 集中して探っても気配がわからない。矢の打ち込まれた角度から位置を予測し探ったがもう移動したようでなにも察知できない。


 視線でやりとりし、うなずいた伊佐治が息を吸い込む。

「―――突然侵入した無礼はお詫びする!」「こちらには敵意はない! 見てのとおり丸腰だ! 釈明をさせてほしい!」

『思念伝達』を応用した翻訳機を通しての声に、さらに矢が降ってきた。


「駄目か」チッと舌打ちする伊佐治。麻比古も戦闘態勢を取ろうと足を引く。と。

「待て」

 久十郎が声をかけ俺達の動きを止めた。

「待ってくれ」

 その目は矢に釘付けになっている。正確には矢羽根に。


 どうしたのかと見守る俺達に構わず、久十郎は打ち込まれた矢を一本抜き、その造りをじっと観察していた。ちいさく矢が震えている。産まれた瞬間から面倒を見てもらっているが、こんなに動揺を表に出す久十郎は初めてで、俺まで動揺してしまう。

 一体どうしたのかと声をかけようとしたが、それより早く久十郎はキッと顔を上げ、叫んだ。


「我が名は久十郎! 大鷲族、赤栗(あぐり)の久十郎!」「この矢は赤栗(あぐり)のこしらえだ! 何故赤栗(あぐり)の矢を使っている!」


 台詞(せりふ)から察するに、久十郎の出身地にしか使われていない矢の造りをしているらしい。そこから察せられるのは同じ出身地の者がいるということ。

 たしか昔、久十郎には「帰るところがない」と聞いた気がする。そのときは麻比古と同じく追い出されたんだと思っていたが、この必死さからするに、違うのか?


 必死な久十郎という、これまでに見たこともないものに動揺し、伊佐治に、麻比古に視線で問う。ふたりだけでなく暁月も定兼も『黙って様子見』と視線で指示してくる。大人しくうなずき周囲を警戒していたら、少し離れた樹の枝に大きな猛禽が音もなく止まった。


 久十郎によく似た猛禽。じっとこちらを見つめている。

 その猛禽をじっと見返していた久十郎だったが、手にしていた矢をポトリと落とした。


「―――小十郎(こじゅうろう)、………か………?」


 バサリと一瞬で大きな猛禽になった久十郎。翼をついばみ、羽根を一本くちばしで抜き取り、もう一羽にむけそっと飛ばした。

 風の術を使ったのだろう。足元に届いた羽根を相手は足でつかみ、じっと見つめていた。猛禽の目がみるみる大きくなっていったのが遠目でもわかった。そして。


 樹の枝に止まっていた猛禽がザッと翼を広げた。次の瞬間。すぐそこに茶髪の青年が立っていた。

 二十歳前後――マコと同年代に見える青年は、背に猛禽の翼を持ち、人間の顔にくちばしがついていた。

 久十郎がよく取る姿。同族だと、俺でも理解できた。


「―――くじゅ兄ちゃん……?」

「! ―――小十郎―――っ!!」


 あっと言う間に青年と同じ姿になった久十郎が駆け出し、青年の前で信じられないとばかりに上から下まで見つめる。

「小十郎か? 本当に小十郎なのか?」「赤栗(あぐり)の小十郎か!?」

「―――っ、小十郎だよ! 赤栗(あぐり)の小十郎だよ!!」

 呆然としていた青年の目にぶわりと涙が浮かぶ。叫びとともにボロリと涙をこぼす青年を久十郎は抱き締めた。強く、強く。


「こじゅ……! よく、生きて―――!」「生きてたのか!」「こじゅ」「よかった」「よかった! こじゅ!」

「兄ちゃん―――!」「兄ちゃん……!」「兄ちゃあぁん!!」


 抱き合いワンワン泣くふたりにどうしたものかと困っていたのは俺だけだった。マコまでもがもらい泣きをしている。完全に警戒を解いて見守る方向。意味がわかっているのかわかっていないのか、トモが手をパチパチと鳴らしていた。

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