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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』14

 マコに特殊能力があることが判明した。

 が、だからといって大きな変化はなく、日々を重ねていった。


 卒業式の日から胎動がわかるようになったトモは、腹の中での動きが活発になってきた。時々マコが「うっ」と腹を押さえるので周囲はハラハラし通し。

「おまえあまり強く蹴るな!」と腹のトモを叱るが、当然聞き入れられることはない。


 トモとは相変わらず夢で繋がる。が、なんだか最初と比べて思考が幼くなっていっている。

《強くなりたい》《あのひとのそばにいるために》そう言っていたのが《つよくなる》だけになっている。

 落ち着いた男のイメージだった『声』が、幼い男の子のものになっている。

 笛の音は風の音になり、愛しいあの女性は輝く太陽に変化していった。


 そのうちに黒い子犬が風を切って走る夢を視るようになった。

 しばらくして子犬ではなく子狼だと気付いたが、どちらにしても獣になったトモは全力で駆ける。

《つよくなる!》《つよくなる!》そう叫び駆ける。


「おまえ落ち着け!」何度そう叫んだか。

「あんまり暴れたら早産になるぞ!」


 実際、現実世界でもトモは腹の中で動き回っていて、マコが「おなかが破れそう」と心配している。母が毎日朝晩と「まだ出ちゃダメ」と言い聞かせてどうにか腹にとどめている。


 妊娠六か月に入ったが、まだ腹から出すには早すぎる。

 膨らむマコの腹や尻にクリームを塗り、栄養価の高い食事を取らせる。サプリメントも飲ませ、俺の霊力もしっかりたっぷり補充する。

 卒業式以降は人目を避けるためにウチの中で運動させていたが、「運動量が足りない」と母に指示されウォーキングが追加された。


「結婚するために母から出された課題のひとつ」と称し、かなりの距離を歩く。同行するのは俺とウチの連中。全員同行する日もあれば、伊佐治と麻比古だけの日もある。


 遠隔勤務に慣れさせるため、俺が研究所に行く間隔を少しずつ減らしてきた。五月は週に二日、六月には週一になっていた。七月に入ったら二週間に一度にする予定。

 そのぶんマコについている。俺がそばにいることがマコの安定にもなり、護衛にもなる。体調を細かく診て、疲れが出たようならば休ませ、腹が張る兆候が出たら休ませ霊力を注ぐ。水分補給をさせ、汗で身体が冷えないよう気を配り、とにかくマコが無事であることを第一に動いた。



 出産には体力がいる。柔軟性もいる。

 母と暁月からそう言われ、マコはひたすらにトレーニングに励んだ。妊娠七か月に入った。


 夢の中のトモは変わらず駆け回る。獣の姿で。子供の姿で。なにかよくわからない塊になって。

 ある日、不思議な霊玉を首につけていることに気付いた。

「開祖様は『霊玉守護者(たまもり)』と呼ばれる方だったから」母が言う。

「その記憶が夢の中で霊玉を身に着けさせているのだろう」と。


 腹の中のトモがあまりに動き回るので、母はマコに霊力操作を教えるようになった。

「まこちゃんの霊力量ならできる」「『看破分析』持ちならできる」そう言われ、俺が流す霊力を感じるところから始めて徐々にレベルを上げていく。


「まこちゃんが覚えたことをトモくんにも教えてあげて」

 七か月の声を聞いたあたりからトモの意識がまた幼くなった。

「胎児にはよくあること」

「『転生者』でない限り、前世の記憶も人格も薄れていく」

「外界の情報を得ながら今生の人格と記憶を構築している」

「今から色々教育していこう」


 そうして妊娠七か月の胎児のトモに対し、マコを通して両親の教育がはじまった。

「霊力とはなんぞや」からはじまり、霊力操作の実践、身体の使い方の講義、『ヒトならざるモノ』についての講義もされた。

 自分には関係ないと思われる話でも、マコは真剣に聞いた。霊力操作の実践もヨガやストレッチなども真剣に取り組んだ。


「ボクが身に着けたことがトモくんの知識になる」

「少しでもトモくんの役に立つなら、がんばる」


 そういうマコはすっかり母親で、マコをトモに取られたようで俺は面白くない。

 そんな狭量な俺の心情も精神系能力者の母にはお見通しで「ちいさい男ですね」と毎度叱られている。


「あなたも父親になるんですよ!?」

「自分とまこちゃんの子供なのよ!?」

 そう言われてもムカつくもんはムカつくんだから仕方ないじゃないか。


「とにかく、まこちゃんを護りなさい」

「まこちゃんが心身共に健康であることが第一よ」

 そう言われたら確かにそのとおり。加えてマコに「頼りにしてる」と甘えられたら不機嫌もあっさりと飛んでいく。『静原の呪い』は簡単に俺をチョロくする。恐ろしい。


 実際マコが霊力操作やなんやらを習得しトモに教えていくにつれ、暴れまわっていたトモが少しずつ落ち着いた。どうも腹の中で自分なりに習得しようとしているらしい。赤ん坊どころか胎児の時点でそんなことするなんて、末恐ろしいヤツだな。


 毎日朝晩注ぐ霊力量はどんどんと増えている。正直俺だからまかなえていると思う。一般人の夫婦じゃ母胎か子供が()たないと理解できる。高霊力保持者の胎児の出生率が低いのもトラブルが多いのも納得だ。


 俺が注いだ霊力を母が整え、マコとトモそれぞれに送っている。マコが霊力操作を覚えてからはその吸収を効率よく行えるようになり、妊娠八か月に入る頃にはマコもトモも安定した。


 毎日のトレーニングで体力も柔軟性もついた。かなり腹が目立ってきたが、母による認識阻害でそれとわからないようにしている。

 周囲にはウォーキングその他すべてが「結婚に伴う母からの課題」だと説明している。マット夫妻やアンナ達に時々会うが、誰も怪しむことはない。

「今のところ順調」という母の説明に「がんばってね」とエールを送ってくれる。



   ◇ ◇ ◇



 そんな出産準備の間にもマコは数学に取り組んでいた。

「『キラキラ』が『書いて』って言うんだ」


 ウォーキングの途中で。食事中に。ふとした時に立ち止まりどこかを見つめる。それはまさしく『視えないナニカ』を観察している、もしくは語り合っているとわかるもので、そうなったら『戻ってくる』までしばらく待つのが常になった。


 そうして『キラキラ』と『語り合った』あとは紙に向かうマコ。俺の研究にも通じるものがあることもあり、ふたりで議論を交わすこともある。


 そんなやりとりを腹のトモも聞いているらしく、夢の中での様子が少しずつ変わっていった。

 駆け回るだけだった風景が妊娠七か月の声を聞いたあたりから時折変わるようになった。そのうちトモは駆け回らなくなった。

 俺とマコが手を繋ぎトモが駆けるのを見守っていたのが、トモをはさんで三人で手を繋ぐようになった。


 夜空を見上げる。満天の星のように浮かぶのは数字。いくつもの数字を結びつけ式を作る。事象現象を数字であらわす。それをトモはじっと見つめ聞いている。

 海辺に座り寄せる波の音を聞く。波間にきらめくのは数字。あふれ出る数字を結びつけ式を作る。波の動きを数字であらわす。それもトモはじっと見つめ聞いている。


 夜空の下で。青空の下で。草原の上で。砂浜の上で。

 様々な時間の様々な環境下で、トモに話をする。

 霊力操作について。風の動きについて。天候変化について。自然現象について。

 マコもいろんな話をする。自然現象を数字化する。数式にする。星々がきらめくように、日の光がきらめくように、数字がきらめいている。


 夢ならではの童話のような光景。親子三人、手を繋ぎ、時には同じものを指差し、同じ時間を過ごした。

 不思議な感覚。少しずつ『親子』になっていく感覚。


《つよくなりたい》トモは変わらず願う。

「ああ。強くなれ」

「俺達が手助けする」

「霊力操作も。体術も。知識も。なんでも教えてやる」

「腕力も。技術も。無事に産まれ出て成長したら習得させる」

「覚悟しておけ」


「今は無事に産まれ出ることを第一に考えろ」

「おまえも、マコも、無事に、元気に出産するんだ」

「無事に産まれ出ないとその後強くなれないぞ」

「今は霊力操作と勉強をがんばれ」

「霊力理論も。日本語も。英語も。数学も。物理学も。なんでも学んで覚えておけ」

「きっとおまえの下地になる」


 夢で言い聞かせた甲斐があったのか、トモはすっかり大人しくなった。母の指導で手足を動かすくらい。「これなら大丈夫」母が判断し、全員で帰国することとなった。

 母の茶道師範の任期が終わり、帰国する予定の日だった。

 妊娠三十週――八か月になっていた。



   ◇ ◇ ◇


 マンションはそのまま契約しておくことにした。もし手放してしまえば、研究所に戻ると決めたとき、これだけ条件のいい物件は見つからないだろうとの判断からだった。

 一年分の家賃を先払いし、時々ウチの連中が風通しに来ることを説明した。「結婚手続きのため一年間帰国」の説明に不動産屋も言祝いでくれた。


 両親と一緒に渡米した他の茶道師範達とは別便で帰国。マコの腹はもうそれとわかるくらいに大きくなっていた。

 心配していたフライトも問題なく乗り切り、空港で少し休んでから京都の実家に向かった。

 事前に多人数乗りのタクシーを予約しておいた。「妊婦がいる」と説明していたので、妊婦のマコもゆったり座れ安全に移動できた。



 俺が留学前に暮らしていたのは寺の敷地内、本堂や社務所に付随する離れ的な家だったが、タクシーが向かったのはそれよりもさらに山手、両親が新たに建てた家だった。


 俺が留学するために人身御供として洋一を拾って両親の養子にした。新しくできたこの義弟は面倒見のいい男で、留学前の俺もなんだかんだと世話を焼いてもらった。

 この義弟、自分と同じように困っていたり苦しんでいる人間を見つけては救おうとする。

「自分も苦しかったから苦しさがわかる」「自分は救ってもらったから少しでも手助けしたい」

 そう言っては当時恋人だった由樹とあちらこちらに首を突っ込んでいた。らしい。

 結果、ウチの両親が巻き込まれ、行き場のないやつを引き受けるようになった。


 洋一と由樹が大学を出て結婚したのをきっかけに、両親は新居を建てた。普通は若夫婦が新居に暮らすと思うのだが「隠居屋敷だ」と両親が引っ込んだ。

 茶道家の母のためにと父があれこれ考え、茶室付き、大茶会も開ける広間ありの大きな家を建てた。

 このときに二階にいくつも部屋を設け、引き続き行き場のないガキを両親が引き受けた。


 それまで両親と洋一が住んでいた家はそのまま洋一と由樹が暮らし寺を守り、両親は行き場のないガキ共と暮らした。寺に住み着いている連中――いわゆる『ヒトならざるモノ』――もそのまま寺に残り洋一と仲良く暮らしている。


 マコを引き取ったのが二年半前の十二月。引き取ってすぐにマコのことは両親に報告していた。一年半前のクリスマスにマコに告白されたあと、マコは両親にも協力を要請していた。いつの間に。

 そのとき両親が世話をしていたのは中学三年生の男ひとりだった。そいつは寮のある高校への進学を希望していて、その後合格。西村家を出ることとなった。

「ちょうどいい」母が思いついた。

「今なら茶道師範のアメリカ派遣に申し込める」


 母の恩師が茶道師範のアメリカ派遣に行ったことがきっかけで出逢った両親。帰国した恩師から「サトもいつかアメリカに行ってみたらいいわ!」と言われていた。けれどこれまで生徒や行き場のない子供達がいて叶わなかった。今ならちょうど世話をする子供はいない。茶道の生徒は由樹メインに移行している。すべて由樹にまかせても問題ない。しかも次年度の来訪地は俺の自宅周辺。体力的体調的にも今ならフライトに耐えられる。マコにも会いたい。「今しかない!」と母は次年度の茶道師範のアメリカ派遣に名乗り出た。


 そのために行き場のないガキの受け入れは停止。そっちも洋一と由樹が受け入れることを決めた。

 洋一と由樹のところは子供が三人できたが、ふたりは結婚して家を出た。もう孫もいる。結婚していない息子がひとり残っているが、そいつもガキの受け入れに賛成した。


 そんなわけで身軽になった両親。渡米してきて俺の家に住み着きマコの世話をし、帰国したら俺達を隠居屋敷に連れて行った。


 二階の三部屋のうちの一部屋は俺の荷物が押し込まれていた。その部屋をそのまま俺とマコの部屋にしようとしたが「階段の昇り降りは危険」と指摘され、一階の客間を使うことになった。

 面倒をみていたガキが使っていたベットを入れ、部屋を整える。その間マコは別の客間で休ませる。長距離移動で疲れが出ていたマコは少し昼寝をすると回復した。

 落ち着いたところで両親とウチの連中と一緒に洋一達のところへ。マコを紹介し、マコに洋一達を紹介し、寺や近場を案内した。


ヒデ()が嫁と子供を連れて帰る」ということは周知されていた。年齢差があることも。それでも実際にマコを見た洋一達の顔は引きつっていた。

 由樹のヤツは何度も何度も「本当にいいの!?」「今ならまだ引き返せるわよ?」とマコに聞いていやがった。おまけにゴミでも見るような目を俺に向けていた。相変わらず失礼なヤツだ。


 逆に好意的だったのは洋一達の娘の沙樹(さき)と息子の嫁の美波(みなみ)。このふたり、同級生。マコより四歳歳上の二十五歳。出産も同時期でどちらも三歳になる息子がいる。

 このふたりも『俺の攻略』に協力していたと聞かされた。「うまくいってよかったね!」とマコの手を取り喜ぶ。


「秀智さんカッコいいからセーフセーフ!」「歳の差あっても愛があるなら!」「そばにいてもエッチしても平気なんでしょ? なら問題ないわ!」

 娘と嫁が賛成するのに「あなた達は簡単に考えすぎです!」と由樹が怒鳴る。


 マコを最初に引き取ったときに洋一に調査依頼を出し、その直後に暁月と久十郎が帰国しあれこれ話をし調査をしたことで、由樹はマコを『妹』と認識してしまっていた。

 洋一と由樹はガキの頃から『ヒトならざるモノ』――それも『悪しきモノ』につきまとまれ苦労してきた経験から、同じように苦しんだ末に西村家に受け入れた連中を『きょうだい』として受け入れ接してきた。

 マコも俺が受け入れたから「『西村の子』だ」とふたりは認識した。「『あたらしい妹』だ」と。

 だからこそアメリカに送る定期便に毎回菓子をこれでもかと入れた。母からマコの話を聞いたときに娘と嫁に協力を依頼した。会ったこともない『妹』だが、本人が強く望むならばと俺との付き合いも容認した。


 が、当のマコ本人を目の当たりにした由樹は庇護欲が刺激されたらしい。「お義兄(にい)さんにはもったいない!」「まだ若いのに」「こんなにかわいいのに」と俺から奪い取り抱き締め撫でまくる。


「お義兄(にい)さんの毒牙にかかって」「心細いところに付け入って」「娘よりも若い娘さんに手を出して」「相変わらず極悪非道」

 相変わらず言いたい放題だなこいつは。


 洋一はそうでもないが、由樹(こいつ)は昔から俺への当たりが強い。

「無理もないよ」「初対面のとき自分がナニ言ったか忘れたの義兄(にい)さん」

 そう言われても俺は常識的な対応しかしていない。

義兄(にい)さんの『常識』は一般人にとっては『非常識』なの」

 なんでおまえらまでウンウンてうなずいてんだ。俺の味方はいないのか。


 由樹と沙樹と美波に構い倒された俺のマコは、最初こそ緊張していたもののすぐに三人に馴染んだ。「おねえさん」「沙樹さん」「美波さん」と呼ぶようになり、三人からは「まこさん」と呼ばれていた。

 出産経験者の三人からこれからのことを聞き、母も交えてスケジュールを説明される。沙樹と美波が使っていた出産準備品や新生児用のあれこれをゆずってもらうことになった。


 寺に住み着いている連中とも挨拶を交わし祝福してもらった。夜には帰宅した洋一達の息子ふたりも交え歓迎会を開いてもらった。


 洋一と由樹の双子の息子であり、沙樹の弟の正樹(まさき)直樹(なおき)。直樹が美波の夫で(れん)の父親。正樹はまだ独身。正樹は洋一達と同居しているが直樹一家は近くに家を持ち暮らしている。

 洋一が現役で住職をしているので、息子ふたりはそれぞれ別の勤めを持ち、休日や繁忙期に手伝いをしている。ふたりも『能力者』で退魔師。ちなみに沙樹も『能力者』。沙樹は祓い師。能力を買われ、別の寺に嫁に行った。


 自分よりも歳下の『伯母』に正樹も直樹も顔を引きつらせていた。それでもマコがどれだけ俺を好きか、俺を得るためにどれだけ努力したかを熱く語るうちに直樹は祝福してくれるようになった。正樹はなんかがっくりしていた。マコに一目惚れしたらしい。早々に諦めてよかったな。諦めないようならわからせてやろうと思ったが、俺が手を出すまでもなかったようだ。


 三歳になる沙樹の子供と美波の子供もマコになつき「あかちゃんいるの?」「ぼくらがまもってあげる!」と張り切っていた。ガキふたりの産まれる前から今日までのあれこれを沙樹と美波から聞く。やるべきこと。起こり得ること。注意すべきこと。

「練習だ」とガキを抱っこさせてもらう。三歳なのでしっかりしている。が、軽い。やわらかい。

 いつの間にか肩車とおんぶになっていた。大した重さがないので平気。「これならトモが産まれてもなんとかなるかな」と安心した。



 帰国翌日からはさらに忙しく動いた。

 区役所に行って母子手帳をもらう。母の知り合いの助産師のところに行きマコとトモを診てもらう。出産は自宅ですることとし、打ち合わせをする。

 研究室に遠隔勤務の定期連絡を入れる。事前に連絡を入れていた京都の研究者に挨拶に行く。あれこれ話をし、打ち合わせをした。


 沙樹と美波が来て出産準備品と新生児に必要なものを置いていく。ベビーベットを組み立て、段差や台になるものがないか確認し、危ない場所にはガードをつける。

 マコの服、新生児の服、足りない用品、リストを見ながら確認し買い物へ行く。



 道具屋にも挨拶に行った。例の証文を持ち、自分のバイト代で作った眼鏡の代金を包み、両親とウチの連中と共に店に行った。

「店主さんのおかげです」「ありがとうございました」頭を下げるマコに並んで俺も頭を下げた。

「あなたのおかげでマコが生き延びられた」「感謝してもしきれない」「なにか要望があれば必ず助力する」「西村秀智の『名』にかけて」


「『伝説の退魔師』にそこまで言わせるなんて、(わし)も大したもんじゃなあ」道具屋のじいさんはカラカラと笑った。

「まあなんか思いついたら頼むよ」

 俺の霊力を込めた霊玉と母の作った札を受け取り、道具屋は結婚を祝福してくれた。



 世間はすぐに盆に入った。寺は繁忙期。隠居した親父も母さんも寺の手伝いに入る。妊娠三十二週。九か月に入った。

 常でも盆時期は霊的に落ち着かない。戻ってくる霊はウロウロしているし、成仏せずたむろっているヤツらまで釣られてウロウロする。低級や低低級だけでなく中級以上のヤツらまで動き出すし、『盆』という意識が『思念』を増幅させ、あちこちでトラブルを起こす。


 寺という『場』と母の結界で守られているウチ周辺だが、妊娠九か月になったマコとトモの気配と『盆』という時期的なものが合わさり、母の結界を破ろうとする馬鹿が湧き出した。「万が一があってはならない」と命じられ、端から潰していく。久しぶりの実戦だが定兼も俺も問題なく動けた。


 マコには母がついている。マコと母の護衛として父と暁月。寺は洋一と由樹、寺に住み着いている連中が守る。

 日中は大したのは出ないので寺の連中が巡回することで散らす。問題は夜。

 マコが寝てから出動。低級以下はこれまでだったら無視していたが、万全を期すために一律殲滅していく。低級が集まることで中級も、ときには上級も寄ってきた。

 実戦を重ねることで少しずつ勘を取り戻し、最盛期とまではいかないがそこそこ戦えるところまで戻すことができた。おかげで上級相手でもさほど苦労することなく退治できた。「いい機会だから義兄(にい)さんの戦いを勉強させてもらえ」とくっついていた正樹と直樹が呆然としていたが、そんな大したことはないだろう。まだまだ親父には及ばないと自覚している。まあ親父は物理一辺倒、俺は術も併用するから戦い方が違うんだがな。


 伊佐治も麻比古も久十郎も、他の寺の連中も、協力して滅しまくった。おかげで俺ひとりの負担は減ったし確実に殲滅できた。

「この一帯が綺麗になったね」「さすが義兄(にい)さん」

 そう言われるとなんだか利用されたみたいで面白くない。だがマコの安全のため。万難を排するためにも毎晩戦いにおもむいた。



 トモの出産予定日まで、あとふた月。

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