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第四十六話 帰宅

 気が付いたら自分の部屋だった。

 童地蔵を抱きしめていた。

 いつもの自分のベッドで、ただ童地蔵を抱きしめて横になっていた。


 のろりと腕を動かす。

 童地蔵の頭をなでる。

 にっこりと微笑んだ童地蔵は、いつものように『がんばれ』と言っているようだった。



 ――俺……どうしたんだっけ……。

 ここ数日のことを思い出そうと目を閉じる。


 百万遍に呼び出されて――。そうだ。鬼に遭って――死にかけたんだ。

 それで安倍家の離れで療養してて――蒼真様に色々指摘されて――。


 竹さん。


 やさしい笑顔。

 かなしそうな笑顔。


「もう会いません」

「さようなら」


 そうだ。


 もう、会えない。

 彼女のそばにいられない。


 なんで?


 俺が弱いから?


「無理ですよ」

「貴方には、無理です」


 つらそうな声。そんな声させたくなかった。

 苦しそうな表情。そんな顔させたくなかった。


 俺が弱いから。

 弱いのに『そばにいたい』と願ったから。


 ポロリと涙が落ちた。

 女々しいと自分でも思うけど、涙は止まらない。

 情けないと自分でも思うけど、どうにもできない。


「……………竹さん」

 名を呼んで、童地蔵をぎゅっと抱きしめる。

 白毫から、俺の胸の守護石から彼女の霊力を感じる。


「竹さん」

 やさしい笑顔が目に浮かぶ。

 おだやかな微笑み。あわてた様子。寝ぼけた顔。

 どれもが愛おしい。一番そばで見ていたい。


 でも。


『お前の存在は竹様の負担になる』


 蒼真様の言葉が胸をえぐる。

 くやしい。でも反論できない。

 蒼真様の言うとおりだと理解できるから。

 そのとおりだと俺自身思うから。


 タカさんと話をしたときも色々指摘された。覚悟をうながされた。

 あのときは必要なのは俺の覚悟と努力だけで、がんばればどうにかなると思ってた。

 でも、あの鬼との戦い。

 全然敵わなかった。文字通り手も足も出なかった。

 そんな存在を、竹さんは一瞬で封じた。


 それか、俺と竹さんのレベル差。

 弱い俺を竹さんはかばおうとする。

 弱い俺が傷つくのを竹さんは己の罪として背負ってしまう。


 くやしい。

 弱い自分が。

 彼女を守れない自分が。

『災厄を招く娘』なんて信じて諦めてる彼女を救えない自分が。


 情けない。

 なにもできない自分が。

 ただ泣くしかできない自分が。

 彼女を苦しめるしかできない自分が。


 こんな自分、いらない。

 彼女と共に在れないなら。

 彼女を苦しめるだけなら。

 こんな自分、いらない!


 ぎゅうぅっ!

 叫ぶように童地蔵を抱きしめた。



 と。



 ふわり。


 誰かが頭をなでてくれた。


『大丈夫』

 そう言って、やさしくなでてくれた。



 覚えてる。

 ガキの頃、しょっちゅうこうやってなでてもらった。


 苦しくて、つらくて、どうにもならないとき。

 こうやって童地蔵を抱きしめて、のたうち回っていた。

 そんなとき、こうやってなでてもらった。


『大丈夫』

『大丈夫』


 あたたかな霊力。

 やさしい声。


『大丈夫』

『大丈夫』


 抱きしめているはずなのに抱きしめられているようで。

 包まれて、甘えて、癒やされる。


「……………ふ……」


 ボロボロと涙が落ちる。

 泣いても泣いても涙は止まらない。

『大丈夫』

 誰かがやさしくなでてくれるから、次から次へと涙が落ちる。

 身体の内側から浄化してくれているように。


「……竹さん」


 涙と一緒に言葉も落ちる。


「好きだよ」


 ボロボロと。


「好きだよ」

「大好きだよ」

「そばにいたいよ」


 ボロボロとこぼしたら止まらなくなった。


「なんでわかってくれないんだよ」

「好きなんだよ」

「そばにいたいんだよ」


 ぎゅうぎゅうと童地蔵を抱きしめて、涙と文句を吐き出す。


「わかってるよ! 俺は弱いよ! それでも好きなんだよ!」

「そばにいたいんだよ!」

「笑っててほしいんだよ!」

「好きだよ!」

「好きなんだよ!」


 泣きながら、わけのわからないことを叫びまくった。

 誰かがずっとなでてくれていた。

 首からさげた竹さんの霊玉がほんのりとあたためてくれた。

 そうして、泣いて泣いて叫んでわめいて、いつの間にかまた眠っていた。




 目が覚めたら辺りは真っ暗だった。

 つけっぱなしのモニタだけがぼんやりと光っている。


 ――俺……どうしたんだっけ……


 まわらない頭のまま、いつもの癖で身体に霊力を循環させる。

 ぼんやりとしていた頭が少しだけ覚醒した。


 腕の中の固いものに気付き目をやると、童地蔵が笑っていた。


 ああ。そうだ。

 ずっとなでてくれてたんだ。

 すがりついて甘えてなぐさめてもらっていたんだ。

 で、寝落ちしたんだ。


 寝落ちする前と比べると、少しだけ回復しているのが自分でもわかる。

 きっとこの童地蔵がなぐさめてくれたからだ。


「……ありがとう……」

 感謝を込めてそっと頭をなでると、童地蔵がにっこりと笑った気がした。


 どうにか起き上がり、童地蔵を定位置に置く。

 モニタを並べている机の上。ベッドの枕元。

 と、机の上に俺のスマホとメモが置いてあるのに気が付いた。


 メモを手に取る。

 ハルからだった。


 北山の離れで寝ていた俺を転移でウチに連れて帰ったこと。

 落ち着いたら連絡が欲しいことが書かれていた。


 世話になった自覚も迷惑をかけた自覚もある。

 すぐにメッセージを送ったほうがいいことも。

 でも、まだちょっとしんどい。

 もう遅い時間だし。

 もうひと眠りして明日の朝連絡をしようとメモを放り投げようとして、裏にもなにか書いてあるのに気が付いた。


 タカさんからだった。


 ホワイトハッカーの会社には『俺が交通事故に遭って入院した』と説明したこと。

 仕事はしばらく休むよう手配してくれたこと。

『いつも一緒に組んでる子』が心配していたことが書かれていた。


 そういえば忘れてた。

 スマホのカレンダーを確認。

 寝ていた期間にホワイトハッカーの仕事が入っていた。

 タカさんの気配りに感謝だな。

 フジとツヅキにも心配をかけたらしい。

 連絡入れとかないと。


 まだちょっとしんどい。

 けど、生存報告だけはしておいたほうがふたりが安心するだろう。

 メッセージだけ入れてすぐにログアウトするつもりでいつものアクセスコードを入力した。


 ログイン完了。さてメッセージを……。

 椅子に座ってキーボードを叩こうとしたまさにその時。


「トモ!」

 雷のような激しい声が響いた!


「無事か!? どうしてる!? なんか言え!」

「落ち着けフジ。トモがしゃべれない」


 けたたましいフジと冷静にツッコむツヅキに、なんだかこわばりが溶けるようだった。


 いつものやりとり。いつもの場所。

 そんな『いつも』の様子に、自分でも不思議なくらい力が抜けた。


 ほーっと力が抜けた拍子に涙腺もゆるんだらしい。

 ポロリと涙が落ちた。


「トモ?」

 ツヅキの呼びかけに、どうにか「ああ」と答える。

 と、モニタの向こうでふたりが大袈裟なくらい安堵の息を吐いたのがわかった。


「――っもう! なんだよお前! 心配させんなよ!」

「……ゴメン……」

 情けない声でどうにか返すと、ツヅキが「まあまあ」と取りなしてくれる。


「ともかく生きてたならよかった。心配したよ」

 そんなことをやさしい声で言ってくれるから、また涙が落ちた。


「……ありがと」

 かろうじてそう言葉を落とす。


 俺の声が弱々しいことがわかったのだろう。フジもツヅキも心配そうな声に戻った。


「お前、身体は大丈夫なのか?」

「……まあ……一応……。自宅に戻っていいって許可は出た……」

「お前一人暮らしだろ? 誰か身の回りの世話をしてくれる人はいるのか?」

「それは、大丈夫。日常生活に支障はない。後遺症もなにもない」

「……それなら……いいけど……」


 そう言いながらも納得しきれないような声のフジが、ためらいがちにポツリと言った。


「……なあ」


 いつものおちゃらけたのとは違う声に、俺も涙をぬぐって聞く姿勢になった。


「正直に答えてほしいんだけど」

「なに?」


「……お前、ホントに交通事故だったのか?」

「―――」


 ――なんでそんな質問をされるのか、根拠がわからなくて黙った。

 黙った俺にフジはさらに心配そうに言葉を重ねた。


「なんか、厄介なことに巻き込まれてるんじゃないか?」


『厄介なこと』

 そのワードに、固まった。


「……なんでそう思うんだよ」

 かろうじてそう質問したら、フジはあっさりと答えた。


「お前が京都で一人暮らししてるから」


 ……意味がわからない。


「なんで『京都で一人暮らし』だと『厄介なことに巻き込まれてる』ことになるんだよ」


 重ねて質問したら、これにもフジはあっさりと答えた。


「京都の一人暮らしの人間がかなりの数行方不明になってるじゃないか」


 ……………は?


「……なんだソレ」

 かろうじて声が出た。


『京都の一人暮らしの人間がかなりの数行方不明になっている』?

 そんな話、聞いたことがない。


 そりゃ確かに霊的なモノがおしくらまんじゅうしているこの京都では人間が突然いなくなる事例がある。

 異界。異世界。狭間。

 そんな場所と『繋がって』、気付かずに違う『世界』に行ってしまう『神隠し』と呼ばれる現象。


 だが、それだって年に数件あるかないかの頻度だとハルから聞いたことがある。

『かなりの数』というからには相当数のはずで、それほどの数の人間が『神隠し』にあっていたとしたらハルがなにか動くはずだ。


 しかも『神隠し』は突然に、気まぐれに起こる。

 そんな『一人暮らし』に限定される現象でもないだろう。


「そんな話、聞いたことないぞ」

 半ば呆れたように言うと、フジもあっさりと「そりゃ話にはのぼらないだろう」なんて答える。


「時期も場所もバラバラ。行方不明になった人間の関連性も見えない。

 だから、単に『たまたま』なのかもしれない。

 だけど、調べてみたら、この二十年くらい、京都で行方不明者が頻発している。

 そのほとんどが一人暮らし」


「……………」


 そういえばこの前タカさんがオミさんに依頼していた。

『ここ三十年の京都市内の行方不明者と不審死についてリストアップしろ』


 フジの言葉にツヅキはなにも言わない。

 つまりツヅキもそういう情報を持っている?

 ソースはわからないが、『そう』と信じられるだけの情報をふたりとも持っている?


 タカさんが感じたナニカを、このふたりも感じてる?


「……なんでそんな情報持ってるんだよ」


 苦し紛れに聞いてみたけれど「ちょっと調べればわかるだろ?」と簡単そうに言うだけ。

「ツヅキは?」と水を向けてみたけれど、こちらも「同じく」としか言わない。


「案外外からのほうがよく見えるというやつじゃないか?」なんてはぐらかすように言うツヅキ。


「……………」


 なんだろう。

 なんかひっかかる。

 なんか、これが『鍵』な気がする。


 でもアタマがまわらない。

 まだ感情が乱れてる。

 ぐるぐるしてて、ぐちゃぐちゃで、うまく情報を整理できない。


 なにも言わない俺に、フジがまたためらいがちに言った。


「お前、なんか危ないことに首突っ込んでるんじゃないのか?」


 疑問の形を取りながらも、フジは『そう』だと確信しているようだった。

 黙っている俺に、さらにツッコんだ。


「……例の彼女絡みか?」

「―――」


『例の彼女』

 竹さん。


 やさしい笑顔。かわいい声。

 思い浮かべるだけで胸が締め付けられる。愛おしさでいっぱいになる。

 好き。

 大好き。

 俺の『半身』。俺の唯一。

 そばにいたい。笑っていてほしい。『しあわせ』でいてほしい。


 でも。


『お前の存在は竹様の負担になる』

『これ以上竹様に負わせるな』


 蒼真様の声が俺を殴りつける。

 反論できない。否定できない。


『もう会いません』

 彼女の声が俺を斬り裂く。


『さようなら』


 もう会えない。

 やっと会えたのに。

 好きなのに。そばにいたいのに。


 誰かが言う。

『諦めなよ』

『貴方には、無理です』


 無理? なんで?

 俺が弱いから。

 俺では彼女の負担になるから。



「……………俺……………」


 それきり声の出せなくなった俺に、ツヅキが言葉をかける。


「あれから彼女に会ったのか?」

「……………会った」


 そう。会った。

 前にフジとツヅキと話をしたのが月曜日。

 水曜日に鬼に遭遇して、それからずっと看病してもらってた。


『もう会いません』

 そう言われた。


『自分は災厄を招く娘だから』と。

『自分がそばにいたら俺が不幸になる』と。

 

『さようなら』


 そう言って、かなしそうに、笑った。


「……なんかあったのか?」

 おそるおそるというようなフジの声。


 なにか。

 なにか。


『もう会いません』

『さようなら』


 彼女の声がリフレインする。


 もう会えない。

 会えない。


「……………トモ?」

 ツヅキの呼びかけ。

 あ。返事しなきゃ。

 返事。返事? なんて?


 なにか言葉を吐き出そうと息を吸い込んだら、ボロボロボロッと涙が落ちた。


「―――ふっ―――ッ」


 言葉を出そうとした口からは嗚咽がこぼれた。

 あわてて手で押さえたけど、一度漏れた嗚咽はなかなか止まらない。

「―――ふぅッ―――うぅぅぅぅ―――」


 嗚咽を止めようと口を押さえたまま顔を伏せる。

 額を机に押し付けたけれど嗚咽は止まらない。涙もボロボロこぼれていく。


『もう会いません』

 やさしい声。俺の好きな。

 でもそんな言葉、聞きたくなかった。


『さようなら』

 そんな笑顔させたくなかった。

 貴女はいつもはもっとやさしく笑ってる。


 おだやかで、礼儀正しくて、世間知らずで。

 お人よしで、やさしくて、笑顔が似合ってて。


 ―――好きだ。


 彼女が、好きだ。


 でも、諦めないといけない。

 彼女がそう望むから。

 俺は弱っちいから。

 彼女の重荷になるから。


 だから。



 俺は、彼女を。

 諦めないと。



 諦めないといけない。

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