挿話 篠原真と『運命の番』10
学年末テストも終わり、夏休みに入った。
アメリカの大学の夏休みは日本と違って長い。五月下旬から八月いっぱいまで。その長い期間を利用してインターンに行ったりバイトしたり旅行したりする。時間のある学生のためにっていろんな特別講座も多く開催される。
マット先生みたいに夏休みを利用して後進育成のための活動に取り組む研究者も多いけど、ヒデさんはかたくなにマイペースを貫いてるひと。だから「夏休みだから」ってスケジュールが変わることはない。マイペースに研究に取り組んでる。
ボクは授業がない分、活動を広げた。昨年はマット先生の講座のお手伝いしかしてなかったけど、今年は先生のお手伝いに加えてアルバイトをたくさん入れた。
アンナさんやお友達に紹介してもらった短期バイト。ファストフード店でハンバーガーを作った。ドーナツ屋さんでレジを担当した。犬の散歩をした。農場で収穫をした。部品工場で箱詰めをした。大きなお店の掃除をした。
そんなアルバイトやマット先生のお手伝いの合間に本を読む。課題をする。紹介してもらったひとと話をする。数学賞について考える。
毎日目まぐるしくて、夜おそくに家に帰ってシャワー済ませてヒデさんにハグしてもらったら即バタンキューだった。
そんなボクをみんなは心配してくれつつも止めることはなかった。
ヒデさんにボクがなにをしているのかごまかしてくれた。護衛についてくれた。護身術の練習をしてくれた。ごはんを食べさせてくれた。みんなそれぞれにボクをサポートしてくれた。
毎日毎日、それこそ分単位秒単位のスケジュールで、目まぐるしく走り回った。
アルバイト。マット先生のお手伝い。大学の課題。ハウスキーピングのバイト。アンナさん達と日本語教室。オシャレの勉強。日本の漫画や小説読んで翻訳。イベントやパーティーに誘われて参加。
それらの隙間時間で本命の数学賞の問題に取り組んだ。
数学賞はいくつかある。一番近い締め切りは八月末。
不思議なことに、机にかじりついてるよりも身体を動かしてたり関係ないことしてるときのほうがヒラメキがある。アンナさんとおしゃべりしてて「あ」ってなるときもあるし、掃除してて「あ」ってなるときもある。
だから、全部が意味のあること。無駄なことなんてない。
そう思えた。
きっとボクのこれまでも無駄なことなんてひとつもなかった。
あのコワイのに追い回された日々も。こわくて泣いた日々も。あのさみしさも苦しさも。きっとヒデさんに逢うために必要だったこと。
そう思えるようになったある日、突然世界が明るく見えた。今まで何気なく目に映していたなにもかもがキラキラして見えるようになった。
光の粒子が見えるよう。風の動きが見えるよう。
万物に宿る数字が見える。動きが、息吹が、数字を映す。
不思議な感覚のまま数日過ごし、勢いのまま問題を解き論文を書き上げた。
◇ ◇ ◇
忙しい夏休みが終わった。
九月。三年生になった。
不思議な感覚に包まれたまま論文を書き上げ、なんとか期日内に数学賞に応募できた。
けど、応募即受賞なんて「あり得ない」ってわかってる。次の数学賞を狙って、再び勉強にはげんだ。
三年生になって勉強は一段と難しくなった。けど専門分野の授業が多くなった。数学賞にチャレンジしているボクにはありがたいだけ。忙しいなかで必死に食らいついていった。
そんなある日。
「おまえ、女だろ」
新しく入ったゼミではじめて顔を合わせた男が、突然そんなことを言ってきた。
人気のない廊下で呼び止めてまで言うことかなあ。
「そうだけど?」って返したら「え?」ってキョトンとされた。
意味わかんないなあと思って「それだけ? じゃ」って立ち去ろうとしたら道をふさがれた。
「理由があって女だって隠してるんだろ」「黙っててやるからヤラせろ」とか言い出して触ろうとするから叫び声を上げて逃げた。
ちょうどゼミの先生と先輩達が駆けつけてくれて、無礼な男は出入禁止になった。
ゼミの先生も先輩達もボクが女の子だって知ってた。
「だって書類に書いてあったから」
ここのひと達はちゃんと書類を読むタイプのひと達みたい。マット先生は気付いてなかったってバラしたら「あの先生はねぇ……」「いいひとなんだけど、才能もあるんだけど、書類仕事が……」って呆れてた。
「東洋人は幼く見えるから気を付けたほうがいい」ってアドバイスしてくれた。「絶対ひとりで行動しないように」「男の子のフリも続けるように」って。
帰ってすぐにみんなになにがあったか、どんなアドバイスをされたか報告した。「まえに教わった護身術が役に立ったよ」って。
ボクがヒデさん攻略の協力をお願いして、みんなが『身を守る方法』を教えてくれた。そのひとつが「大声をあげる」「とにかく逃げる」。何度も何度も言われていたから、復唱もさせられて練習もしてくれてたから、今日すぐに対処できたしうまく逃げられた。
そしたらみんなからびっくりする話を聞かされた。
ボクが同居をはじめてしばらく久十郎さんが一緒に学校に行ってくれてたけど、生理のときはみんながついてくれてたけど、それ以外のときも誰かが必ずついてくれてたって。
ボクがこの家に来てからずっと、毎日、誰かがボクの護衛をしてくれてたって。
今日先生達がすぐ駆けつけてくれたのも、見えない状態でついてくれてた麻比古さんが「そんな気分にさせたから」だって。
今年の夏休み中やおでかけのときはついてきてくれてるって知ってたけど、学校が始まってもついてきてくれてるとは知らなかった。
「言っただろ?」みんなが説明してくれる。
「『恋』を自覚して、マコの気配が変わった」「ヒデのハグと眼鏡の認識阻害だけじゃ弱い」
「夏休みの終わりあたりからまた気配が変わった」「熟練の術者みたいな気配になった」「ハグのときにヒデが無意識に流してる霊力のせいか、体内に霊力を循環させるのがうまくなってる」「過酷なスケジュールを重ねたことでいろんな感覚が研ぎ澄まされた」「そのせいで感知能力も上がってる」「霊力量も増えてる」
「成長途中の不安定さがある」「低級だけでなくバカな異性も引き寄せる」「実際今日引き寄せちまった」
「これまでは隠形で護衛してたけど、先生に許可をとって見える状態で護衛しよう」ってみんなが決めた。基本は暁月さん。同性のほうがいいだろうって。けど久十郎さんも「授業に興味ある」って基本参加になった。
実際に被害があったから、護衛としてひとり同行することはすんなりと許可が出た。
暁月さんか久十郎さんと一緒に行動してたら「どこのお金持ちだよ」「お子様か」ってからまれたり嫌味言われることもあったけど、相手にしなかったらいつの間にかそういうのはなくなった。
「堂々としてなさい」「オドオドしてるとつけ込まれる」ふたりがそう言ってくれてたから堂々としていられた。
ちなみにおかしな男にからまれたことはヒデさんにはナイショにした。
「そんなこと耳に入れたらあの馬鹿なにをしでかすかわからない」って。よくわかんないけどみんなが「黙っとこう」って決めたから大人しく従った。
マット先生と研究室のひとには報告した。ていうか、ボクのゼミの先生がマット先生の教え子のひとりで、先生からマット先生に報告と謝罪が行ってた。
なんでもボクがゼミに入るときに「ボクが後見してる子だから」「よろしくね」ってマット先生から念押しがあったらしい。そんなことしてくれてたんだ。
だからゼミの先生も先輩達もボクのことを最初から気にかけてくれてた。おかしな男にからまれたときもそのあとも「護衛のひとを離しちゃダメだよ!」って言ってくれる。いいひと達に恵まれた。ありがたい。
マット先生にもそう伝えて「ありがとうございました」ってお礼を言った。いつものように「良い子良い子」って頭を撫でられた。
◇ ◇ ◇
三年生になってゼミもあって勉強がまた大変になったけど、次の賞に向けて挑戦を続けた。
提出して即受賞なんてまずない。手当たり次第、次から次へと挑戦し続けるしかない。
ゼミで勉強し、マット先生のところで勉強し、ボクは挑戦を続けた。
アンナさん達との日本語教室は続いている。アニメを見たり討論したり、カッコいいポーズを検討したり、料理をしたり、楽しい時間を過ごさせてもらっている。
マリーさんが描いてたマンガは、ほかのひと達の作品と一緒に一冊の本になった。どれも「ボクの話に感銘を受けたもの」とかで、歳の差カップルの話や、生まれ変わってまた出逢うみたいな話ばかりだった。
クリスさん達の小説本も同じく。どのお話もすごく素敵で、感情移入して読んだ。自分がモデルとはとても思えないくらい素敵な登場人物。ヒデさんをモデルにしたと思われるヒーローはどの作品もめちゃくちゃカッコよかった。
アンナさんによるとマンガ本も小説本も研究所内で大人気になってるらしい。
もともとクリスさんは研究所内の同好会でも人気作家さんだから、新作が出たらすぐ所内で回し読みされてたらしい。
毎年春と秋に本を発行していて、今回の『歳の差カップル特集』は秋の新刊。研究所内だけじゃなくて一般のコミックマーケット? でも「完売した!」らしい。すごいんだね。
「作品が浸透したら世論を味方につけられるわ」アンナさんが楽しそうに言う。
え? ヒデさんがボクを受け入れやすくするために、わざわざマンガや小説を描いてくれたの!?
「『価値観』なんてね。時代や世論に簡単に左右されるのよ」
「『善悪』だって周りに影響されちゃうの」
……………そんな形で『年齢差問題』を解決しようとするなんて……………。
………アンナさん………。
………ボクはすごいひとを味方にできたのかもしれない………。
クリスさん達の小説とマリーさん達のマンガの影響か、マット先生のところに行ったときに研究所でチラチラ見られることが増えた。なんか浮足立った視線というか、ミーハー的というか、興味本位というか、なんにしても好意的な視線。けど中には敵視してくる視線もある。アンナさんの言ってた「ヒデさんガチ勢」ってひとだろう。にらみつけてくるだけでなにもしてこないからこっちも気付かないフリで無視してる。
正直、そんな視線を気にしているヒマはない。勉強して本読んで、ハウスキーピングしてアンナさん達の日本語教室して。相変わらず分刻み秒刻みの日々を送っている。
そんなふうに毎日毎日駆け回って頭フル回転させてるからか、あちこちにキラキラが見える。
光の粒子が。風の動きが。万物に数字が宿って見える。ありとあらゆるものが数字を映す。
忙しいのに、なんだか調子がいい。なんでもできそう。無敵感? 万能感? そんな感じがある。
「ヒデの霊力がマコに流れ込んで、マコに馴染んでる」「霊力がうまくマコの体内で循環してる」「それで調子がいいんだろう」みんながそう教えてくれる。
『霊力』がなにかわかんないけど、みんなが「今のところ問題ない」っていうから気にしないでいたら、日本のヒデさんのお母さんに注意された。
「そういう時期は無茶しがち」「調子に乗らないように。意識して慎重に行動しなさい」
「私がそばにいたら霊力操作の訓練するんだけど」
残念そうにため息をついたお母さん。みんなに「くれぐれも気を付けるのよ」「油断しないようにね」って念押しして、ボクにも「無理はしないように」「調子にのらないように」って注意してくれた。
◇ ◇ ◇
ある日の日本語教室でヒデさんの実家の話になった。
その日は伊佐治さんと麻比古さん、定兼さんが人間形態で同行してくれてて、日本刀の話やヒデさんのお父さんの剣技の話になった。
ヒデさんの実家がお寺だってことは聞いてたけど、四百年以上続いてるっていうのは初めて聞いて、アンナさん達だけじゃなくてボクもびっくりした。
「そんな古い家の跡取りだったの西村先生」
「いや? 四百年くらいは京都ではわりと普通じゃないか?」
「千年続いてる家とかザラにあるもんな」
アンナさんのつぶやきにさらっと答える伊佐治さん達にまたみんなで驚いた。
「なんでマコトが驚くのよ!」
「マコトも京都出身なんでしょ!?」
「ボク孤児で施設育ちで友達もいなかったから、そういう『家』とか歴史とか、全然知らないんです」
情けなく申告するボクに空気が重くなった。申し訳なく感じてたら伊佐治さんが明るく言った。
「レットとウィルは昔ヒデの実家に泊まったことがあるんだろ?」「覚えてないか?」「『大学時代の友達家族を泊めるよう実家に頼んだ』って昔聞いた気がするぞ」
その言葉にしばらく考えていたおふたり。すぐに「ああ!」と手を打った。
そうしてアルバムを持ってきてくれた。小学生くらいのレットさんとウィルさん、今よりずっと若いマット先生と奥さんが写っていた。
「これかな」って見せてくれたお寺はすごく立派だった。
「あ! サトと玄治だ!」
定兼さんが指差した集合写真は、マット先生ご一家と、大きなおじさんとちいさなおばさんが写っていた。
「これがヒデの両親だよ」伊佐治さん達がアンナさん達に紹介する。
電話では何度も話しているけど、初めて顔を見た。
お母さんはやさしそう。かわいいかんじのひと。
お父さんはみんなが言ってたとおり強そう。
ヒデさんはどっちに似たのかな? 背が高いところはお父さん似だけど、顔立ちとか体格は違うように思える。
「ヒデは祖父似なんだ」定兼さんが言う。
「サトの父親。そっくりだよ」「背が高いのは玄治の血だろうがな」
またひとつヒデさんのことを知れてうれしかった。
お父さんお母さんの姿を知れて、より身近に感じられた。
◇ ◇ ◇
月に一度のペースでヒデさんのご両親が色々送ってくださる。その中には食べ物や調味料、ちょっとしたプレゼントが詰め込まれてる。子供の頃からうらやましかった日本のお菓子をこれでもかと入れてくれてて、毎回子供みたいにはしゃいじゃう。
今年に入ってからはボクの勉強のためにってマンガや小説を入れてくれてる。
ボクより少し歳上の、孫娘さんと孫息子さんのお嫁さん、ふたりがオススメの恋愛系の作品。アンナさん達に見せたら「知ってる!」「読みたい!!」って即反応するから有名な作品を選んでくれてるんだと思う。
その作品の傾向が、変わった。
それまでは高校生の恋愛とかファンタジー世界が舞台とかだったのに、夏休み明けに届いたものから大人向けになった。具体的には、性交渉の場面がしっかり描かれるようになった。
九月に届いたのは、まだ比較的ふんわりしたもの。十月には手順書みたいな、それでもしっかり愛情を交わす作品になり、十一月にはがっつりべっとりしたものが届いた。
「お、おか、お、お母さん!?」
思わず電話で叫んだけどお母さんは平気な声。
「アラ。ヒデさんを籠絡するんでしょ?」「手段のひとつとして勉強していて損はないと思うけど?」
そしてそんな本達に、アンナさん達が狂喜乱舞した。
「英訳して!」って言われたけど、こんな表現知らない。久十郎さんに頼むなんてできなくて、暁月さんと辞書や医学書を何冊も重ねてどうにか訳した。
「ここの表現はこっちのほうが美しい」ってクリスさん達に修正された。
「これ読んでごらん」ってアメリカで出版されてる大人向けの本をドッサリ渡された。
「これも美しい英語の勉強になる」って詩集や用語集も渡された。勉強する本が増えた。
「インスピレーションを刺激された!」ギラギラした目をしたマリーさんとクリスさんがすごい勢いで紙に向かった。結果「エロに全振りした新作」ができた。もちろんモデルはボクとヒデさん。
女子だけで集まって赤裸々な話を色々聞かせてもらった。「西村先生にはどう迫るか」なんて議論で盛り上がった。ちょっと、いや、かなり、具体的でストレートな話で、スラングも出まくりだった。真っ赤になってうろたえるしかできないボクに「マコトかわいい!」と何故か提供される話題が増え、何故かえっちい下着と夜着のお店に連れて行かれプレゼントされた。
数日後レットさんとウィルさんに「良くやった」と褒められた。意味は考えないようにした。
◇ ◇ ◇
毎年恒例の研究所のクリスマスパーティーに、今年もみんなで着物で参加した。
マット先生の研究室のひと達とおしゃべりし、他の数学研究室のひと達とおしゃべりし、アンナさんクリスさんからいろんなひとを紹介された。
クリスさんの小説を読んでるひとからは「あなたがあの作品のモデルでしょ!?」て聞かれた。なんでわかったんだろ?
「なんのことでしょう?」ってとぼけたけど「西村先生を見てたらわかる」って返された。
そのヒデさんは少し離れたところからボクを見守ってくれていた。けど、なんていうか、機嫌が悪いの丸出し。ボクも、ボクとおしゃべりしてるひとも、すごいこわい目つきでにらみつけてる。
そのくせボクと目が合ったらパッと表情が変わる。怒りのオーラが霧散して、いつものほにゃっとした笑顔になる。ちいさく手を振ったらうれしそうに持ってるグラスを掲げて返してくれる。
「すごい執着」「まさかあの西村先生が」
キャイキャイと楽しそうなクリスさん達。ボクもわかりやすいヒデさんにうれしくなった。
クリスさん達と別れてヒデさんのところに戻ったら、グラスの中身を確認された。「酒じゃないか」って顔色を変えて怒られた。
「マコに酒はまだ早い」「ウチで飲む練習してから」「俺がそばにいないときに口にするな」って口うるさいくらいに言ってきて、おかしいやらかわいいやらで笑ってしまった。「なに笑ってる!」「酔ってんじゃないか!?」ってまたアタフタするから怒るより呆れるより『かわいい』しかなかった。
ボク、おかしいのかな。
三十歳以上歳上の立派な男性相手に『かわいい』って思うんだ。
『このひとのそばにいたい』って。『ずっとそばにいたい』って思うんだ。
『愛おしい』って思うんだ。
大好き。大好き。ボクのヒデさん。
待っててね。すぐに追いつくから。
絶対にあなたに認めさせるから。
アンナさんの所属する研究室のひと達。クリスさんの研究室のひと達。事務員仲間のみなさん。いろんなひとに紹介され、いろんなひとと話をした。
アンナさんクリスさんが紹介してくれるだけあってボクのことを応援してくれるひとばかり。逆に「ヒデさんガチ勢」のひと達には「近寄っちゃダメよ」って遠ざけてくれた。
事務員つながりで研究所の所長さんはじめ偉いひと達にもご挨拶させてもらった。
「きみが噂の『運命の女性』か」って、なんでその話を所長さんが知ってるの?? アンナさん?
所長さんにヒデさんのいろんな話を教えてもらってうれしく聞いてたら、ヒデさんがすごい顔つきでにらみつけてるのに気が付いた。そんなヒデさんの反応を所長さんは面白がって楽しんでる。
「歳上が好みなら私はどうだい?」ってわざと肩を組んできた。
すぐさまヒデさんが飛んできてボクをむしり取り「なにしてんだアンタは」って所長さんに威嚇する。そんなヒデさんにみんなで笑った。
「せっかくのお申し出ですが」「ボクが心動かすのはただひとりですので」にっこり笑ってそう答えた。「残念だなあ」って、ちっとも残念じゃなさそうに所長さんは笑った。
◇ ◇ ◇
賑やかな年末パーティーの数日後。
ヒデさんのお母さんから電話がかかってきた。
麻比古さんの一族のひとから「麻比古に連絡を取って欲しい」って頼まれたって。「年が変わるときに長の代替わりの儀式をする」って。
『長の代替わり』は数百年ぶりのことらしい。新しい長は麻比古さんの知り合い。だから「可能なら出席しろ」って。
「いい機会だわ」お母さんが言った。
「このタイミングでこんな話が出るのはなにかの暗示」「ヒデさんとまこちゃんをふたりきりにしましょう」
そうして他のみんなも食いつく色々を提案してきたお母さん。特に定兼さんは「すぐ帰る!」って飛び出しそうだった。
そのまんまの勢いでヒデさんが帰宅するなり話をした定兼さん。最初渋ってたヒデさんも最後は了承した。
「この数日でまこちゃんの運命が大きく動くわ」
お母さんが言った。
よくわかんないけど、お母さんはそういう能力がある『術者』なんだって。
「後悔しないように、機会を逃さないように、足掻きなさい」
「がんばってね」お母さんはどこか楽しそうにそう言った。
定兼さん久十郎さん暁月さんが料理をたくさん作ってくれた。日本滞在は三週間弱の予定。お餅もあるけどお正月を挟むからってお雑煮のお汁も冷凍庫に用意してくれた。
あれやこれや準備してくれたことを聞いて、みんなを見送った。
みんながいなくなった家は途端に広くさみしくなった。
「ヒデさんとふたりきりだ」っていう気持ちよりも「みんながいなくてさみしい」っていう気持ちのほうが大きくて、「なんだかさみしいね」ってヒデさんにくっついた。ヒデさんも同じ気持ちみたいで、さみしそうにしながらボクの頭を撫でてくれた。
◇ ◇ ◇
みんながいなくなっても変わらず勉強にバイトにと忙しい日々を送った。
到着した連絡の電話がかかったときには安心する以上に懐かしく感じた。ホンの数日離れただけなのに。どれだけみんながボクにとって大きな存在なのか、改めて理解した。
それでも一日二日と日々を重ねていくうちに少しずつ『みんなのいない生活』に慣れていった。
ヒデさんと一緒に「あと何日」なんてカレンダーを数える。
「あいつらがいないから」ってふたりで外食もした。美味しいごはんを食べてても、ついみんなのことを考えちゃう。ヒデさんも同じで「これ伊佐治好きそうだな」「久十郎がレシピ知りたがるぞ」なんて言ってはさみしそうに笑ってた。