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挿話 篠原真と『運命の番』9

 マット先生のおうちでぶっちゃけ話をした数日後。

「帰りに寄って」と連絡をもらい、マット先生の研究室にお邪魔した。


 今日の同行者は前回と同じく久十郎さんと暁月さん。ただ、呼び出されたのはボクひとりだったから、ボク以外には見えない状態にしてついてきてくれた。


 先生の研究室に顔を出すと、そのままご自宅に連れて行かれた。奥さんに今日もハグとキスをされ、応接セットに座った。お手製のチェリーパイとコーヒーをいただいて話をはじめた。



「ヒデと話をしたよ」

 マット先生が「マコトの進路の相談がしたい」って言ってヒデさんをご自宅に呼び出したって。奥さんも同席していろんな話をしたって。


 先生と奥さんによると。

 ヒデさんはボクの進路について「本人の希望を可能な限り叶えたい」って言ってくれた。

「就職でも大学院に進むのでもなんでもいい」「マコの望むままに進めばいい」って。


 大学を出たあとどこで暮らすのがいいと思うか質問したら「ウチにずっといればいい」って即答した。

「『帰国したい』って言ったらどうするんだ」って聞いたら「そしたら自分も帰国する」「マコを手放す気はない」って。


「老後の面倒見させる気なのか」ってわざと言ったら「そんなんじゃない」って。


「ただ、あの子のそばにいたいんだ」

「一番近くで守ってやりたいんだ」

「俺の生涯をかけて守りたいと思ってる」



「ヒデのあんな顔、初めて見たよ」

 マット先生は呆れてた。

「もうプロポーズじゃないか」


「ねえ?」って奥さんに言う先生。奥さんも苦笑を浮かべたままうなずいてた。


「マコトのことを本当に大切にしているんだね」

「あんなヒデが見られるなんて、今でも信じられないわ」


 おふたりによるとヒデさんは「マコト(ボク)への好意がダダ漏れだった」らしい。


「これまで気付かなかったボク達もボク達だけど」

「『なんで気付かなかったのかしら』って思ったわ」


 これまではヒデさんに対して、ボクのことについて突っ込んだ質問をしたことがなかった。ただ「変わりない?」とか「どうしてる?」って聞くくらいだった。だからヒデさんがボクに対して抱いている感情に気付かなかった。


「本当にマコトがヒデの『運命の女性(ファムファタール)』だったんだね」


 その言葉と表情は、ヒデさんがボクを『ひとりの女性として好き』だと示していた。

 みんなから聞いた。ボクはヒデさんの『運命の(つがい)だ』って。ヒデさんはボクのこと『異性として好きだ』って。

 でもヒデさんはそんなこと一言も言ってくれなくて、ボクの告白も『なかったこと』にしちゃって、正直不安だった。でもマット先生と奥さんから見てもヒデさんがボクのことを『異性として好き』だってわかったなんて。

 うれしくて顔が熱くなる。胸も熱くなる。

「ありがとうございます」って笑ったら先生も奥さんも困ったように笑った。


「なんで今まで『男の子』だと思ってたんだろう」

「本当に。こんなにかわいい女の子なのに」

「『恋』がマコトを変えたのかな」

「『恋』をして成長したのかしら」


 おふたりそれぞれに言われ、頭を撫でられる。

「女の子でも変わりない」「マコトは『ウチの子』だよ」

「娘が欲しかったからうれしいわ」「今度一緒にショッピングに行きましょ」


 撫でられながら「ありがとうございます」と返した。女の子だっていうことを黙っていたのはボクなのに。だましてたのも同然なのに。なのに許してくれて「それでも『ウチの子』だ」って言ってくれるのがうれしくて、なんでか目頭が熱くなった。


「でもねえ」

 ひとしきりボクを撫でた先生が腕を組む。


「マコトから聞いた『ヒデの意見』もボクらは理解できる」

「だからこそ、ヒデがきみを『異性として』『受け入れない』というのも納得できる」


 先生の言葉に凍りついた。


「それでも、長年の友人が『しあわせ』になれる可能性があるならば」

「挑戦する価値はあると、ボクは思うんだ」


 先生の言葉の意味が理解できなくてキョトンとするボクに、先生はニンマリ笑顔を向けてきた。


「ボクは若い頃ヒデに助けられたから」

「ヒデが本当に望んでいるならば、そしてヒデのためになるならば」

「余計なお世話だとは理解しているけれど」

「マコトに協力したい」


「―――ありがとうございます!」


 立ち上がり腰から折り曲げて頭を下げた。

 反対されたり叱られたりすることも覚悟してた。それなのに『協力』を申し出てくれるなんて! うれしい! ありがたい!


「頭を上げて」「座って」ってうながされてどうにかソファに座る。テンションあがってるボクに先生は困ったように笑った。


「協力したいところではあるんだけどね」


 その言葉にまた凍りついた。


「ヒデはなかなか大変だよ」「なんせ頑固に『きみを護る』って言ってるから」

「あれは一生手を出す気はないわね」「『ブシドー精神』って言うんでしょ?」


 同年代で長年の友達だからこそ、ヒデさん攻略の大変さも先生達はわかってるみたい。でも。


「承知の上です」


 そう。大変なんて、そんなの覚悟の上だ。


「どれだけ大変でも。どれだけ望み薄でも」「あきらめられないんです」「あきらめたくないんです」「どれだけ時間がかかっても。たとえ何年何十年かかっても」「ヒデさんに受け入れてもらいたいんです」「『ひとりの女性』として愛してもらいたいんです」


「たとえ何年かかっても。何度拒否されても」

「いつか、ヒデさんの『唯一』になりたいんです」


 言いたいことを言ったボクに、おふたりは「若いねえ」って苦笑した。けどそれだけ。叱ることも止めることもない。それがなんだかありがたくて、自然に笑顔になった。


「そうねぇ……」

 ううん、って考えてくれる奥さん。マット先生も一緒に考えてくれた。


「普段の髪型や服装を変えて、女の子らしい外見にするのはどうかしら」

「………お化粧してドレスアップしたんですけど、ダメでした………」


 そこにマット先生が「待った」をかけた。


「ヒデとふたりのときに女の子らしくするのは問題ないが、外ではやめたほうがいいんじゃないかな?」

「ああ。そうね。バカをひっかける可能性が高いわね」


「試しに」って奥さんがボクの眼鏡を外させて髪をちょいちょいっていじった。「ああ」「これはマズイな」ってなんでか納得されて『外見を女の子らしくする作戦』は却下された。なんでだろ?


「ヒデが気にしてるのは年齢差だろ」「こればっかりはどうにも変えられないからなあ」

「じゃあ、別の方向を考えましょう。―――『一人前』と認められる条件はなにかしら」


 奥さんの質問に「うーん」と考える。先生も奥さんも考えてくれる。


「大学を卒業して、就職する――自分で稼げるようになったら『一人前』と言えるわよね?」

「そうだねえ」

 マット先生が答える。

「一般企業に就職するだけじゃなくて、博士号を取ること、ウチみたいな研究所に採用されること、教職に就くことも『一人前になった』と言えるだろうね」


 先生と奥さんの意見を頭にメモする。


「あとは………」

「うーん……」「そうだなあ……」腕を組み目を閉じ、考えていた先生がつぶやいた。


「………実績、かなあ」


 実績。


「わかりやすいのは、なかなか手にすることのできない賞を()ること、かな」

「ボクも受賞したことでようやく一人前扱いしてもらえるようになったし」


 なにか大きな賞を獲得したらヒデさんも『一人前』だと認めてくれるんじゃないかというマット先生の案はボクも奥さんも納得した。


「でもそんな狙って穫れるもんじゃないよ」「何年もかかるかもしれない。何年かかっても穫れない可能性のほうが高い」


 それは確かにそうだ。でも。

 それだったら具体的で、今すぐに取り組める。


 ―――もともとなんでもやってみるつもりだったんだ。ダメでもともと!


「覚悟の上です」「何度でも、何年でも挑戦します」「受賞できるように精一杯がんばります」「ご指導のほどよろしくお願いします」


 立ち上がり頭を下げるボクにマット先生は「いいよ」と請け負ってくれた。



 そうしてボクは片っ端から数学賞に挑戦することを決めた。



   ◇ ◇ ◇



「ちょっとやってみたいアイデアがある」そう言った奥さんが「マコトが女の子なこと、ウチの息子達と彼女達に教えてもいい?」って聞いてきた。

 見えないようにしている久十郎さんと暁月さんに目で確認したら、手でマルを作ってオッケーしてくれた。「いいです」って奥さんに返したら「マコトがヒデを好きで、好きになってもらいたいことも言っていい?」って聞かれた。これも見えないふたりがオッケーサインを出してくれたので了承する。


「うまくいけば強力な参謀を味方にできるわよ」って奥さんが笑うけど、なんのことだろう?

 よくわからないけど、そのあとも色々話をしてその日は解散になった。




 翌日からこれまで以上に勉強に取り組んだ。学生で数学賞に挑戦するなら生半可な勉強では足りない。授業を聞いて問題を解いて、気になることは片っ端からメモ。担当の先生をつかまえて話を聞いて、マット先生にも他の研究員のひとにも話を聞いた。


 なにをしたらいいのかって迷ってたときは身動きとれなくてモヤモヤしてたけど、「知識量を増やす」「数学賞に挑戦する」と決めたら迷いが吹っ切れた。

 とにかくがむしゃらに勉強した。数学関係だけじゃなくて、履修してるもの全部百点獲るつもりで勉強した。手当たり次第に本を読んだ。図書館で本を借りて一晩で読んで、翌日返却して次の本を借りて一晩で読んだ。

 ヒデさんを目にしても不安や迷いは浮かばなくなった。『待っててね』『すぐに一人前って認めさせるからね』そんな気持ちが浮かぶ。闘志がやる気に火をつける。


 そんなボクをみんなは「がんばれ」「けど無理すんな」と応援してくれる。「ごはんはちゃんと食べなさい」って朝ごはんもお昼のお弁当もおにぎりにしてくれた。「睡眠はしっかり取りなさい」って決まった時間に「もうおしまい」って言いに来てくれた。

「マコまで昔のヒデみたいになっちまって……」って伊佐治さんが嘆いてた。申し訳ない気持ちもちょっとよぎったけど、『昔のヒデさんみたい』なら、この調子でがんばったらヒデさんに追いつけるんじゃないかなって思えて自信になった。



 そんな日々を過ごしていたある日。マット先生から連絡が入った。

「時間取れる?」「ウチに来て」と言われ、指定された日時に先生のおうちにお邪魔した。


 前回の話し合いから一週間経っていた。



   ◇ ◇ ◇



 前回同様久十郎さんと暁月さんがボク以外には見えない状態にしてついてきてくれた。


「おかえりマコト」

 いつものように玄関で奥さんにハグとキスをされ、リビングに連れて行かれた。


 ソファには皆さんが座っていた。

 マット先生、上の息子さんのレットさん、下の息子さんのウィルさん。レットさんの彼女のアンナさん。ウィルさんの彼女のマリーさん。


 マリーさんとは「はじめまして」とご挨拶。レットさんウィルさんはボクを見るなり「ホントだ」「女の子だ」ってびっくりしてた。


「そんなに変わりましたか?」

 だってつい半月前に会ったのに。自分ではそんなに変わりないと思ってたけど、おふたりからしたら「変わった!」「全然違う!」らしい。


「なんで今まで気付かなかったんだろ」

「こんなにかわいかった?」

 大きなふたりが両方からぐりぐりと頭を撫でてくる。背がちぢむー。困ってたらそれぞれの彼女さんが引きはがしてくれた。


「ふたりとも。マコトが女の子なことは絶対秘密よ!」

 キツめに言う奥さんにふたりは「ラジャ!」って敬礼した。


 コーヒーを出してもらってちょっとおしゃべりしたところで奥さんが「さて」って手を膝に置いた。改まった空気にボクもピッと背筋を伸ばす。


「今日はマコトのために、頼りになる参謀をお招きしました」

「『参謀』?」

 奥さんの言葉になんのことかと首をかしげる。


「アンナです」

「ハーイ!」

 紹介されたアンナさんは楽しそうに挙手した。そのまま流れるようにボクの隣に来て、両手を取ってブンブンと握手した。


「聞いたわマコト! 男装女子だったなんて! 萌えるわ!」「西村先生堕とすの、私が全面協力するわ! まかせて!」「いいじゃない歳の差カプ! オイシイ!」


 アンナさんがなんか色々言ってる。けど、単語は聞き取れるけどイマイチ理解できない。でも楽しそう。なんでだろ?


「アンナはすごいのよ! 手がけたカップルは数知れず! ウィルとマリーもアンナのおかげでお付き合いになったのよ!」

 奥さんの紹介に驚くボクに、アンナさんは「えっへん!」と胸を張る。アンナさんは大人の女性なのに、そんな仕草も表情も可愛らしい。


 アンナさんはヒデさんと同じ研究所に勤めてるし、レットさんの彼女としてヒデさんにご挨拶したこともある。直接親しくすることはないけど、ヒデさんがどんなひとか知ってる。だから「参謀になる」って奥さんが判断して「協力を要請した」って。


「西村先生ほど年齢(とし)の離れたひとをターゲットにしたことがないから『絶対』とは言えないけど。全力を尽くすわ! 一緒にがんばりましょう!」


 笑顔のアンナさん。けど、その言葉に、年齢差を突きつけられた気持ちになった。ヒデさんやみんなから指摘された色々が思い出されて、つい、卑屈な気持ちになった。


「……アンナさんは『おかしい』とか『やめろ』とか言わないんですね」

「そんなこと言わないわ」

 ぽろりと出たボクの言葉に、アンナさんはカラリと笑った。


「好みはひとそれぞれだもの」「オジサン好きもいればショタもいる。おじいさん好きも筋肉好きもメガネ好きもいる」「何フェチかは自由だわ」


『ふぇち』? って、なんだろ?

 こっそりと久十郎さんに目を向けた。けど久十郎さんも知らない単語みたいで首をかしげてた。


「それに、あの西村先生なら年齢差なんて気にならないでしょ」「私より若い子で、西村先生ガチ勢が何人もいるわよ」「東洋人は若く見えてうらやましいわ」「とても五十代に見えないわよ」


 アンナさん的にはボクがヒデさんを好きなことは問題ないみたい。ホッと息をついたボクにアンナさんはにっこり笑って、歌うように人差し指を立てた。


「日本にはいい格言があるじゃない」

 なんのことかと首をかしげると、アンナさんは胸を張って宣言した。


「『みんなちがってみんないい』」


 ………それ『格言』じゃないです……。

 そう言おうとしたけど、アンナさんがあまりにも自信満々だから言うのがためらわれて「……そうですね」と曖昧に笑った。


「早速話を聞かせて!」

 そう言ってくれるアンナさんに色々ぶちまけた。アンナさんは聞き上手で、自分でも自覚していなかった気持ちも言語化できた。ヒデさんに指摘されたこと、今がんばっていること、ボクが目指す姿。いろんなことを話した。


「なるほど」

 一段落ついたところでアンナさんは言った。


「確かに西村先生の指摘は正しいわね」

「マコトが西村先生を『好き』と言うのは『先生しか知らないから』という意見は否定できない」「『他の男を知らないから』っていう意見だってそのとおりだと思うわ」

「まああの西村先生を見慣れてたら同年代なんてガキにしか見えないでしょうから。その点は仕方ないといえば仕方ないわよね」

 うんうんってうなずくアンナさんに、マット先生以下皆さんもうんうんってうなずいてる。


「ということは逆に、いろんな世界のいろんな年代のいろんな男性と知り合いになって、それでもやっぱり西村先生が好きだったなら、先生の論拠は崩れるわけよね?」

「それは………確かに、そうです」

「じゃあ簡単よ!」

 アンナさんは楽しそうに言った。


「いろんな世界のいろんな年代のいろんな男性とお知り合いになりましょう!」


「もちろんいろんな男性と知り合う中で、先生よりも好きなひとができたらそれで良し。先生に魅力を感じなくなったとしてもそれはそれで良し」

「だって先生がそう言ったんでしょ?『広い世界を見ろ』って」

「なら、先生がマコトに捨てられる可能性だってあってしかるべきでしょう」


「『捨てられる』!? ボク『に』!?」

「そうよ」


 ギョッとするボクにアンナさんはケロリと言い放つ。


「お義父さんお義母さんから話を聞いて、私なりに西村先生を観察したの」

「昨年末のパーティーの様子も、これまでの先生も思い出して、検討してみた」

「私の判断としては、先生は相当マコトを好きだと思う」

「もちろん『恋愛対象として』よ」


 アンナさんの断言に、一気にテンションが上がった!

「年末パーティーの先生の様子見てたら、ありとあらゆる『BL』シチュエーションが浮かんだもの」「もう目が違ったもんね」「クリスなんか冬期休暇で一作書き上げてたわよ」

 アンナさんがぺらぺら喋る。けど、半分くらいしか意味がわからない。つい久十郎さんに目を向けたら久十郎さんも首をかしげてた。


「先生は絶対やせ我慢してると思うの」

「自分が年長者だからってカッコつけてるのよ」


「それはそう」「違いない」奥さんも先生もアンナさんの意見に同意する。


「先生の言い分も、それはそれで正しいと思うわ」

「もしも先生が実際にマコトに迫ってたら、それも恋愛が理解できないときのマコトに強引に迫ってたなら、全員で全力で阻止したと思うもの」

「そうなの!?」

「それはそれでオイシイけど、やっぱりフィクションと現実は違うから」

「???」

「けどマコトも先生を『男性として』好きで、『結ばれたい』って願うのならば、私達は協力するわ」


 アンナさんは笑顔で言い切った。言ってることの半分も意味が理解できなかったボクに、アンナさんは諭すように続けた。


「『両片思い』は早めに解決するに限る」

「さっさと『しあわせ』になってもらうことが、世界平和につながるの」


 ………アンナさんが独特の価値観を持ってるひとだということは理解した。


「先生はマコトのことを尊重してると思う」「けど無意識に『マコトは自分のことをずっと好き』だと思ってると思う」「『自分のそばにずっといる』と余裕ぶっこいてるのよ」「だから『広い世界を見ろ』なんて口にできるんだわ」


「まあその意見は間違ってないけどね」

 アンナさんのまとめにみなさんがうんうんってうなずく。


「だからね」

 アンナさんがにっこりと微笑む。綺麗な笑顔なのに、なんでだろう。言語化できないすごみがある。


「マコトはこれから、いろいろな男性と知り合ってみましょう」

「同時に、いろんな経験を積んでいきましょう」



   ◇ ◇ ◇



 マット先生のおうちでの話し合いを終え、さらに忙しい毎日を送っている。


 大学の勉強は手を抜けない。成績が落ちたら特待生からはずれちゃう。そしたらヒデさんと暮らせなくなる。

 数学賞に挑戦するためにも生半可な勉強じゃ足りない。授業を必死で受けた。必須授業以外も勉強に取り組んだ。


 本も片っ端から読みあさってる。授業に必要なものだけじゃなくて、いろんなジャンルを手当たり次第に読んでいる。必死で文字を追ってるうちに英語力が上がった気がする。読むのも少し早くなったみたい。


 ハウスキーピングのバイトも手を抜かない。みんなは「忙しいんだし、しなくていいよ」「やらなくてもヒデは気付かないよ」って言ってくれるけど、そんなズルはしたくない。お給料もらってるんだから仕事はちゃんとする。

 それに、自分のために必要なお金は、自分で働いたお金から出したい。懸賞金もあるってわかってるけど、あれは大学のためのお金。ヒデさん攻略はボクがちゃんと働いて貯めたお金から出したい。

 子供じみてるかもしれないけど、そういうのが『大人への第一歩』だと思うから。


 そう説明したらみんな「がんばれ」って応援してくれた。「そのかわり体調崩したらやめさせるぞ」って。

 無理矢理やめさせることも、仕事を取り上げることもできるのに、ボクの希望を聞いてくれてやりたいことをさせてくれる。そんなみんなは『大人』だなって思う。



『大人』ってどんなひとか、改めて考えた。ヒデさんに認められる『大人』。ヒデさんが受け入れてくれる『大人』。守られるんじゃなくて、ボクがヒデさんを守れるような、せめて隣に並んでもおかしくないような『大人』になりたい。


「いろんなひとをよく見てごらんなさい」ヒデさんのお母さんがアドバイスしてくれる。

「どんなひとがあなたの目指す『大人』なのか。そのひとはどんな態度で、どんなことをしているか。仕草は。信念は。お金の使い方は。ひととの接し方は」

「真似できるものは真似して、取り入れられるものは取り入れてごらんなさい」

 お母さんの言葉を受けて、ひとと接するときに意識的に見るようにした。



 マット先生も、マット先生の奥さんも協力してくれた。

 アンナさんの提案した『いろんな世界のいろんな年代のいろんな男性とお知り合いになる』を実行すべく、いろんな場所に連れて行ってくれた。


 先生は数学関係のイベントや会合にボクを同行させてくれた。片っ端から紹介してくれて、話をさせてくれた。いろんな年代の男性女性と話をした。先生が紹介してくれるだけあって、どなたも尊敬できるステキなひとばかりだった。


 奥さんは地域のボランティア活動に誘ってくれた。一緒に作業しながらいろんなひとと話をした。

 知り合いの農場のお手伝いにも同行させてくれた。初めて経験することばかりだったけど、黙々と収穫するのは性に合ってた。作業中に声をかけてもらったり、作業が終わったあとにおしゃべりしたり、ここでもいろんなひとと親しくしてもらえた。


 奥さんの趣味の手編み教室にも参加させてもらった。ここには男性はいなかったけど、作業しながらのおしゃべりでいろんなことを教えてもらった。奥さんと同年代の女性だけじゃなくてもっと上の女性もたくさんいて、孫みたいにかわいがってもらった。これまでに知らなかったいろんなことを教えてもらった。


 アンナさんが恋愛系のマンガや小説をいっぱい貸してくれた。

「日本のマンガが好きなの!」「けど英語版は少ないから日本語勉強してるの!」そういうアンナさんは日常会話レベルの日本語はできる。けど「使い続けないと忘れちゃう」って、ボクが日本語を教えることになった。レットさんウィルさん兄弟も、ウィルさんの彼女のマリーさんも、アンナさんの友達数人も参加。けっこうな大所帯になった。けど会場であるマット先生のおうちのリビングは広いから問題なく開催できた。


 日本語教室の先生をする交換条件として、アンナさんから女の子のお化粧や服、小物について教えてもらう。そういうの扱ってるお店も連れて行ってもらった。


 アンナさんが読みたがっていた、まだ英語版が出ていない恋愛漫画を、調味料調達のために帰国した久十郎さんが買ってきた。全巻全ページ英訳をつけてプレゼントしたら狂喜乱舞して喜んでくれた。「なにがあっても全面協力するわ!」って約束してくれた。


 アンナさんに勧められてボクも恋愛系の漫画や小説を読むようになった。アニメもオススメされた。ヒデさんのお母さんも、孫娘さんと孫嫁さんオススメの本を送ってくれた。

 これまでは生きることに精一杯で、エンタメ系なんて目に入れることすらなかった。まして『恋愛』なんて考えることすらなかった。だから、勉強になることばかり。夢中になって読みあさった。



 日本語教室の教材としてアンナさんが用意したのが日本のアニメだった。単語だけじゃなくて言い回しや文化や背景なんかも質問が来て、ボクだけじゃ答えられない場面が何度もあった。その都度隠れてついてきてくれてる久十郎さんや暁月さん達がこっそり教えてくれた。時にはみんなにもわからないことがあって「持ち帰らせてください」ってお願いした。帰ってから色々調べたり日本のヒデさんのご両親に協力してもらったりした。日本語を教えているつもりで逆にいろんな知識を教えてもらった。


 そのうちエンディングダンスを覚えさせられ一緒に踊らされ、決め台詞と決めポーズを覚えさせられた。「完璧に習得した」と合格をもらった数日後の休日に連行されたのは広い場所。そこでアニメのキャラの格好をさせられ、みんなでエンディングダンスを踊らされた。めちゃめちゃウケたけど、すごく恥ずかしかった。


「恥ずかしがっちゃダメよマコト! 堂々とするの!」

 黒髪ロングのアンナさんが、赤いセーラー服でボクを叱る。青いセーラー服を着せられたボクは、どうにかスカート丈が長くならないかと引っ張ってた手を止められて涙目になった。

「ホラ! 一緒に!」「惑星(ほし)に代わって成敗よ!」


 アンナさんは『コスプレイヤー』というと教えられた。だからお化粧や服や小物についてすごく詳しい。そのキャラに変身するために必要な要素がわかるから、そのひとに似合うもの、そのひと自身を活かすものがわかると。同時にスタイルにもすごく気を配っている。立ち方とか仕草にも。

 それらの知識をフル活用してボクをプロデュースしてくれてる。お化粧を教えてくれたり、歩き方や仕草を指導してくれたり。

 コスプレイベントに強制参加させてるのもその一環。ボクに度胸をつけるため。同時に人脈を広げるため。


 ………だよね? アンナさんが楽しいからじゃないよね??


 コスプレイベントはいろんな年代のひとが参加してる。赤ちゃんからそれなりの年齢の方まで。コスプレするひと、コスプレしてるひとを見に来てるひと、運営のひと、物販飲食販売のひと。

 アンナさんは『古参』なので知り合いが多い。いろんなひとに引き合わされ、いろんな話をする。


 レットさんウィルさん兄弟も実はコスプレイヤー。コスプレのために筋トレしてるって。

 コスプレ衣装にも遠征にもお金かかるし、漫画やアニメ見るにもお金かかるしで、レットさんアンナさんの貯金は「ほぼない」。それで「結婚に至ってない」って。


「けどいいの。今が楽しいから」

「今できることを全力でやってる! って胸を張って言えるから」


 そう断言するアンナさんはすごくキラキラしていた。素敵な大人だなって思った。



 イベントの打ち上げにも連れて行ってくれた。「成人したから飲み会だって誘われるよ」「いつも断ってたら『付き合い悪い』って疎外される」「うまくあしらう方法を若いうちに覚えておかないと、いつか大失敗する」そう教えてくれた。

 そうして事前にマット先生のおうちでお酒の種類や飲み方を教わった。少量から練習して、気持ち悪くなったら介抱してもらった。しつこいひとのあしらい方も教えてもらった。ほかにもいろいろ教わって練習して、いざ実践! って打ち上げに連れて行かれた。

 いろんなひとが声をかけてくれた。中には異性としてのお声がけもあったけど、事前練習の甲斐があってどうにかあしらえた。

 アメリカだからか、タバコや麻薬の誘いもあったけど、これらもどうにかあしらえた。いっぱい練習させてくれたアンナさん達に感謝した。



 じつはボクが行動するときにはみんなの誰かが必ず同行してくれている。これは「絶対にゆずれない」ってみんなからもヒデさんのお父さんお母さんからも言われた。


 アメリカにもボクが『アレ』と呼んでいた『低級妖魔』がいる。

 ボクはどうも『低級妖魔』にとって「とても魅力的な存在」らしい。

「魂が清浄」で「それなりの霊力がある」からだって。自分ではよくわかんない。

 それらを近づけないために毎日朝晩ヒデさんにハグしてもらって気配をつけているんだけど「『恋』を自覚してからマコの気配が変わった」とかで「ヒデのハグだけじゃ弱い」らしい。

 ヒデさんのお母さんがくれたお守りも、生まれたときからずっと持ってるお守りも常に身に着けているんだけど、それだけじゃあ「なにかあったときに対処できない」から「必ず誰かを護衛につけるように」って言われた。

 特にイベント会場やパーティー会場は「不特定多数の人間が集まる場所」で、そういう場所には「思念が集う」から「低級が湧く」って。

 みんなが見えないようについてくれたり、人間の姿になって一緒に行ってくれたり、とにかく毎日毎回ボクに同行してくれている。


「面倒かけてゴメンね」

 ある日申し訳なさがつのって謝った。

「面倒じゃない」みんなが言ってくれた。


「ヒデがちいさいときも同じようにしてた」

「いろんなところに行けて、私達も新たな発見があって楽しいわ」

「パーティーだと色々食えるしな」

「酒もたんまり飲める」

「ま。俺達は俺達で楽しんでるから。マコが気にすることないよ」


 あっけらかんとそう言って、わしゃわしゃと頭を撫でてくれる。

「『ゴメン』よりも『ありがとう』がうれしいぞ」

 ニマッて伊佐治さんが笑う。「ありがとう」って急いで言ったら「そうそう」ってまた頭を撫でてくれた。


 みんなは『素敵な大人』だなって、改めて思った。



   ◇ ◇ ◇



 そんなみんなも、人間形態で見えるようにして、マット先生のおうちに行く機会が増えた。


「日本料理を教わりたい」ってアンナさんが言い出して、久十郎さんと暁月さんが先生になって料理教室を開催した。最初はボクらの日本語教室の中でやってたのが、何故か奥さんのお友達を集めての料理教室を開催し、地域の特別講座の先生も依頼された。久十郎さんの教室は専門的、暁月さんの教室は家庭料理中心と、それぞれに特色が出てて、それぞれにファンがついた。そのお手伝いとしてボクも毎回参加した。生徒さん達ともお話した。勉強になることばかりだった。


「護身術身につけろ」って伊佐治さん麻比古さんに言われて教わってる話をしたら「私達も教わりたい!」ってアンナさんが言って、マット先生のおうちでの開催になった。

「マコ用」って、非力な女の子でもできるものをいくつか教わって練習する。「こんなことがある」「あんなことがある」っていう事例を聞く。「こう来られたらどうする」って模擬戦をする。アンナさんもマリーさんも他の参加者も「すごくためになる」って喜んでた。


 誰よりも喜んでたのはレットさんウィルさん兄弟。伊佐治さん麻比古さんの組手に大興奮したふたりは「もっと本格的なの教えてください!」ってお願いして指導してもらってる。

「コスプレでカッコいい殺陣(たて)したい!」って、カッコいいポーズや組手を四人で研究してる。みんな楽しそうだからついてきてくれてる申し訳なさが少し減った。


 レットさんウィルさん兄弟と誰よりも意気投合したのは定兼さん。

 定兼さんは表向き古物商ってことになってる。アメリカで苦しんでる付喪神(つくもがみ)を日本のヒデさんのご実家に連れて行くために「資格取った」らしい。よくわかんないけど、ヒデさんのお父さんお母さんがなんかうまいことしてくれて、そういう会社? お店? があることになってるって。


 定兼さんはアメリカと日本を行き来して古いものを買い取ったり売ったりする古物商の担当者、高価な品や多額の現金を扱う定兼さんのためにつけられた護衛が伊佐治さんと麻比古さん。事務処理のためにつけられたのが久十郎さんと暁月さん。てことになってる。


 レットさんウィルさんは日本のアニメが大好きで「カッコいい武器」についてもこだわりがあるひと達だった。

 レットさんは「日本刀カッコいい!」の日本刀派、ウィルさんは「オリハルコンとかエクスカリバーとか憧れる!」ていう素材派。そんなふたりと刀談義で盛り上がった定兼さん。製法とか素材とか色々しゃべって、レットさん達から「シショー!」って呼ばれるようになった。


 ヒデさんのお父さんの剣技の美しさについて、いつものように熱く熱く語った定兼さん。案の定ふたりが「見たい!」ってさわいだ。伊佐治さんが「型のおさらい」ていうのをしたらこれまた大興奮して「覚えたい!」「教えて!」ってなって、伊佐治さんも定期的にマット先生のおうちに行くことになった。


 ウィルさんの彼女のマリーさんは、日本のアニメやマンガが大好きなひとで、今は日本刀を擬人化した作品に「ドハマリしてる」。だから日本刀に詳しい定兼さんの話に前のめりで食いついて、毎回ウィルさんと定兼さんの取り合いをしてる。


 そんなマリーさんは『二次創作作品』ていうマンガを趣味で書いてるって。見せてもらったけどすごく綺麗な絵でびっくりした。


 マリーさんの『二次創作作家』仲間にも紹介してもらった。いろんな職業のいろんな年齢のひとの集まりで、いろんな話を聞かせてもらった。

 気が付いたらボクの恋愛相談になってて、ヒデさんのこともボクのことも洗いざらいしゃべってた。


 次にマリーさんに会ったときに「これ公表してもいい!?」って『ネーム』ていうのを見せられた。ヒデさんを騎士、ボクを男装の騎士見習いにした、年齢差のある恋物語だった。すごく素敵なお話だった。

 みんなで読んで「これならボク達ってわからないからいいかな?」ってオーケーを出した。


 マリーさんの作家仲間で研究所の事務員のクリスさんは小説を持ってきた。前世で結ばれなかった姫と侍が生まれ変わって出逢ったお話。やっぱり年齢差があった。こっちはボクとヒデさんにより近くて、読んでるうちに没入して泣いてしまった。

 これも「公開していい?」って聞かれた。みんなで検討して、オーケーを出した。


 他のひともボクとヒデさんをモデルにしたってわかる作品を持ってきて、公開許可を求めてきた。どれも素敵な作品だったこと、ボクとヒデさんと特定できないだろうってことでオーケーした。


 けどまさかマリーさんの作品作りを手伝わされることになるとは思わなかった。

 マリーさんの家に連行されて「ここ黒く塗って!」って鬼気迫る顔でペンを渡された。久十郎さんはトーン貼りも集中線もをマスターして重宝がられた。完成したときはみんなでバンザイした。



   ◇ ◇ ◇



 そんなふうに、いろんなひととご縁をいただき、いろんな経験をさせてもらった。


 クリスマスイブにフラレて、翌日からあちこちに協力をお願いして話を聞いて、本格的に動き出したのが一月半ば。

 大学の勉強して。ハウスキーピングのバイトして。アンナさん達に日本語教えて。オシャレの勉強して。日本の漫画や小説読んで翻訳して。料理教室に参加して。護身術教わって。アニメみて踊って騒いで。草むしりして編み物して。学会に参加して飲み会に参加して。


 とにかく忙しくて、朝晩のハグ以外ヒデさんと関われなかった。ちょっと、ううん。だいぶさみしかった。けど、アンナさん達に「『押してダメなら引いてみな』よ!」「『そっけなくして気を引く』のよ!」って言われてたから「そんなもんか」と思って我慢した。


「確かにマコトの接し方は子供みたいだよね」「大人はベタベタしないよ」って先生達やみんなにも指摘されて、それからは意識的に会わないようにした。そしたらホントにヒデさんのほうから「どうした?」って言ってきたからびっくりした。


 ちょっとはボクのこと気にかけてくれるのかな?

 ちょっとはボクのこと『異性』だって思ってくれるようになった?


「どうもしないよ?」って答えたけど、ついニヨニヨしてしまう。

 そんなボクにヒデさんは眉をしかめてこんこんとお説教をしてきた。


「食事は三食ちゃんと食べること」「夜はちゃんと寝ること」

「きみががんばってることは知ってる」「がんばってるきみを応援してる」「ただ、何事も身体が資本だ」「どれだけ忙しくても、どれだけ勉強が大変でも、食事と睡眠は必ずとるように」


 口うるさい保護者みたいなヒデさんに、大人しく「わかりました」と答えた。ホッとした様子のヒデさんはただボクのことを心配してくれてるとわかる。わかるけど、それはまだ『庇護すべき子供』に向けるものだってこともわかる。


 がんばらなくちゃ。

 まだチカラが足りない。

 もっとチカラをつけなきゃ。


 経験を重ねよう。知識を増やそう。

 今日できなくてもいつかできるようになる。

 今わからなくてもいつか知ることができる。


 あきらめない。

 いつかあなたに認めさせる。


『子供じゃない』って。

『大人の異性だ』って。


 そうしてボクを選んでもらうんだ。

 あなたはボクの『運命の(つがい)』。

 あなただけがボクの唯一。

 どれだけ時間がかかっても。何年かかっても。

 いつか必ず、あなたの『伴侶』になってみせる。

マコト、奮闘中

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