挿話 篠原真と『運命の番』8
クリスマスイブにドレスアップしてヒデさんに告白した。
けど、ダメだった。
ヒデさんは、ボクを受け入れてくれなかった。
なにを言っても、どれだけすがっても、ヒデさんにとってはボクは『庇護対象の子供』でしかなかった。
「綺麗」って言ってくれたのに。
「素敵なレディになった」って言ってくれたのに。
なんでわかってくれないの? なんで理解してくれないの? なんで受け入れてくれないの?
こんなに好きなのに。あなた以外いらないのに。
泣いて、泣いて泣いて泣いていたら暁月さんが抱きしめてくれた。「『妖』の気配がついたらいけないから」ってこれまで一度もそんなことしなかったのに。
上半身は人間形態になって抱きしめてくれて、下半身は大蛇でとぐろを巻いてボクを包みこんでくれた。
支えられて、頭や背中を撫でられて、さらに泣いた。
「よくがんばったわね」「マコはいい子よ」そう言ってくれるからまた泣けた。
かなしくてくるしくてつらくて、いろんな気持ちがぐちゃぐちゃで、ただ泣くことしかできなかった。
泣いて泣いて泣いて、いつの間にか眠ってた。
気が付いたらボクの部屋のベッドだった。暁月さんが運んでくれたんだろうな。
目が覚めて、ボーッとする頭でそう考えながら、昨日のことを思い出した。
思い出して、告白を断られた場面に涙がにじんだ。
思い出すだけで胸が苦しい。『なんで』『どうして』何度も思ってしまう。苦しくて痛くて、胸元をぎゅっと握った。
自分のナカを暴風雨が吹き荒れている。痛くて苦しくてかなしい、そんな気持ちが雨になり風になり嵐になって吹き荒れている。ぎゅっと目をとじて嵐に耐える。と、瞼の裏に、ひとの影が浮かんだ。
浮かぶのは、笑顔のヒデさん。
二重の垂れ目をやさしく細めて「マコ」って呼んでくれる。その笑顔が大好き。その声が大好き。
やさしいひと。頼りになるひと。御神木みたいなひと。
大好きなひと。
ヒデさんのことを思い返していたら、いつの間にか嵐は止んでいた。代わりに浮かんだのは、抜けるような青空。
まるでヒデさんのような。どこまでも高く、どこまでも澄み渡った、広い広い青空。
―――ああ。
ボク、ヒデさんが好きだ。
改めて感じた。
受け入れてもらえなかったけど。断られちゃったけど。
それでもボクは、ヒデさんが好きだ。
あきらめられない。あのひとはボクの『唯一』。あのひとしかいらない。あのひとだけが欲しい。
じゃあどうしたらいい? どうしたらあのひとのそばにいられる?
『家族』としては受け入れてくれてる。昨日もそう言ってくれた。でもそれじゃあもうイヤだ。ボクの『好き』はそれじゃない。
遠慮なんかしない。だってヒデさんが言ってくれたんだ。「マコの望むように」って。
だから、ボクの望むように動く。ヒデさんを手に入れるために動く。
あきらめない。あきらめられない。
自分にこんな想いがあるなんて知らなかった。
ボクはどこにいっても厄介者で、問題児で、迷惑をかける存在だった。
でもヒデさんが、他ならぬヒデさんがボクに自信をくれた。居場所をくれて、一年かけていっぱいいっぱい愛情を注いでくれて、「大丈夫」って支えてくれた。
だからボクは生まれてはじめて『ワガママ』を言う。『ワガママ』をつらぬく。
ヒデさんが欲しい。
ヒデさんの『唯一』になりたい。
ヒデさんの『伴侶』になりたい。
目標が定まったら覚悟が決まった。覚悟が決まったら頭が動き出した。これからするべきはなんだ。
ひとまず朝ごはんを食べてヒデさんに挨拶しよう。「ゆうべは困らせてごめんなさい」「けどヒデさんが好きなのは本当だから」「これからもそばにいてもいい?」そう話をしよう。
ヒデさんはやさしいからきっとボクを追い出すなんてしない。ボクがこれまでどおりの態度を取るならきっとヒデさんもこれまでどおりに接してくれる。
ヒデさんのお母さんと話したとおり。『今は』あきらめる。けど、あきらめない。
これまでどおり『家族』としてそばに居続ける。で、チャンスがあったらまた告白する。
いつか必ずボクを受け入れてもらうんだ。たとえ何年経っても。何十年かかっても。
ヒデさんに挨拶したあとは、協力してくれたみんなとヒデさんのお母さんに報告しなきゃ。みんなは昨夜のやりとりを見て結果は知ってるだろうけど、やっぱりちゃんとこれまでのお礼は言わないと。みんなにもお母さんにも「ダメだったけどあきらめない」「また協力して」ってお願いしよう。
そう決めて、身支度をして部屋を出た。
◇ ◇ ◇
思ったとおり、ヒデさんはボクがこれまでどおりこの家にいることを許可してくれた。
これで猶予はできた。ボクは『家族』の顔をしてこれからもヒデさんのそばにいられる。
何年かかるかわからない。けど『やる』と決めた。
できることをひとつずつ探していこう。
やるべきことをひとつずつやっていこう。
笑顔の裏で、ボクは決意を固めた。
今日はクリスマス。研究所も冬季休暇に入ってるけど、ヒデさんは観測中のナニカを確認に出かけた。「絶対今日中に終わらせて明日から休む!」って言って出ていったけど、どうかなあ。
ヒデさんが出かけてから、みんなに結果報告をした。お礼を言って、引き続き協力をお願いした。みんな「もちろん!」「協力するよ!」「がんばれ!」って応援してくれた。
日本のヒデさんのお母さんに電話をかけて結果報告をした。「今回はダメだったけどあきらめない」って話をした。「どうしたらいいですか」って聞いたらまた「自分で考えてごらんなさい」って言われた。
「なんでもかんでも他人の意見に従っていては成長しないわ」「あなたは『大人の女性』として見てもらいたいんでしょう?」「ならもっともっと成長しないと」
確かにそうだ。
「アドバイスはもちろんするわ。相談にも乗る。けれど、まずはあなたが自分で考えないと」
「あの子に認めさせるには、甘えてたら駄目」「あなた自身が考えて、努力して、『一人前の大人』として認めさせないと」
お母さんの言うとおりだ。「わかりました」答えたボクにお母さんは「がんばってね」ってはげましてくれた。
◇ ◇ ◇
電話を切って、考えた。まずはなにをしたらいいだろう。
考えて、昨日ヒデさんに指摘されたことを書き出してみた。
独占欲。刷り込み。執着。
年齢差。釣り合いが取れない。
ボクが持っている選択肢。無限の可能性。
広い世界を見ろ。『これから』を見ろ。
ボクはまだ学生で半人前。一人前になって社会に出ろ。
ヒデさんの庇護下から出ることを恐れてるだけ。
視野が狭い。他の男を知らないだけ。
これまで『家族』として見てきたのに急に『異性』として見ることはできない。
言われたことを思い出すだけで胸がえぐられる気持ちになる。けど、目を逸らすことはできない。
だってこれを解決したらヒデさんに認めてもらえるってことだから。
書き出してみて、思った。ヒデさんの言うことは一理ある。
だからボクはゆうべ反論できなかった。反論できないからヒデさんの気持ちを動かすことができなかった。
それなら。
反論できるだけのものを積み上げよう。説得力が出るように行動しよう。言葉の裏付けとなる経験を重ねよう。年齢差だけはどうしようもないけど、他はきっとどうにかにかできるはずだ。
そのためにはなにをすればいいだろう。
書き出したメモの項目ひとつひとつを別の紙に書き出す。そこから考えられる対策を書き出していった。
ボクひとりの考えだと偏ったり足りなかったりするってわかってたからみんなの意見も聞いた。日本のヒデさんのご両親にも電話で意見を聞いた。『相談』と『アドバイス』だから意見をもらえた。
学校は冬季休暇に入っていた。課題を片付けて、いろんな本を読んだ。とにかく情報と知識を増やさなきゃ。ボクは半人前だから。視野が狭いから。
幸い図書館はギリギリ開いていた。借りられるだけの本を借りて読んだ。日本のお母さんがお餅と一緒に本も送ってくれた。孫娘さんと、孫息子さんのお嫁さんのオススメの恋愛系の小説とマンガ。ボク日本では勉強ばっかりしてたから、こーゆー本は読んだことなかった。読んでみると面白くて引き込まれた。参考になる考え方や目からウロコの思考もあった。学術書ばかり読んでたけど、こーゆーのも読むべきだなって思った。
ヒデさんは無事冬季休暇に入れた。リビングでのんびり論文を読んでいる。
「ボクも読んでいい?」って聞いたら「いいよ」って言ってくれたからそれも読む。ヒデさんがどんなことに興味を持っているのか、ヒデさんの世界がどんなところなのか、少しでも垣間見れたらと読んでいく。けど難しい。うんうん言ってたらヒデさんは楽しそうに解説してくれた。
あの告白自体が『なかったこと』みたいな毎日を過ごした。
昨年と同じくヒデさんの実家から贈られたお餅をいただき、年越しそばをいただきおせちとお雑煮をいただき、またお餅を食べた。
これまでどおりのボクとみんなの様子にヒデさんがホッとしているのがわかった。
そんなヒデさんを観察しながら、どうすればこのひとを攻略できるかなって考えていた。
◇ ◇ ◇
冬季休暇が終わる前日。
マット先生のおうちにみんなでお邪魔した。
例年どおり冬季休暇をご実家で過ごしたマット先生。「お土産取りにきて」って休暇前に言われていた。
いつもどおりハグしてキスしてくれる先生と奥さん。ふたりの息子さんもいつもどおり歓迎してくれた。いつもと違ったのは、上の息子さんのレットさんの恋人のアンナさんがいたこと。
アンナさんの話は同居してたときに聞いていた。
レットさんととっても仲良しなこと。日本のアニメやマンガが大好きなこと。レットさんとふたりであちこちのイベントに行ってるからお金がなくて、だからなかなか結婚できないこと。
けどもうふたりとも二十代後半になったから「三十歳までには結婚しよう!」ってなって、今回の帰省にアンナさんも同行したって。
戻ってきたのは今朝で、午後からボクらが来るって聞いてたから「自分も同席したい!」って居残ってくれてた。
「この前のパーティーではゆっくり話ができなかったから!」「今日も色々教えて!」
そう言われて気が付いた。アンナさんは昨年末の研究所のパーティーで「日本について教えて!」って声をかけてくれてたひとのひとりだった。
「私、研究所の事務員よ」
各研究室には研究員さんだけでなくて事務員さんもいる。夏休みにマット先生の研究室でバイトしたときはマット先生のところの事務員さんが色々教えてくれた。
アンナさんは別の研究室の事務員さんなんだって。
「西村先生のことも知ってるわ」「私は直接関わることはないけど」
「マコトくんことは色々聞いてたの」「この前のパーティーで会えてうれしかったわ」
「仲良くしてね!」
手を差し出してくれるアンナさんは気持ちのいいひとで、「こちらこそよろしくお願いします」って握手した。
日本のマンガやアニメが大好きなアンナさんは、作品を深く理解するために日本文化について勉強していたひとだった。実際何度も日本に行ってるって。
「あれってどうなの?」「これってどういうこと?」色々聞かれるけど、ボク全然答えられない。ニンジャの生態? 知らない。一条戻り橋? ボク行ったことないからわかんない。美しい玉子焼きの焼き方なんて言われても、作ったことないからわかんない!
………アメリカ人に日本の知識で負けた……。完敗だ………。
ヒデさんの言うとおりだ。ボクはなにも知らない。ボクにはなにもかも足りない。
ちなみにアンナさんの質問にはみんなが答えてくれた。ボクも一緒になって聞いてたら「マコトは日本人なのに」って笑われた。
「これまで勉強しかしてこなかったから」「ボクは足りないところだらけだってわかった」「これからはいろんなジャンルに目を向けて、いろんな経験を重ねていきたい」そう宣言したら何故かマット先生と奥さんにハグされて頭撫でられまくった。「良い子」っていっぱいキスされた。ヒデさんがむしり取るようにボクをふたりから離して「マコはウチの子だ!」ってムキになる様子にみんなが笑った。
ボクもお愛想で笑いながら『やっぱりこのひとにとってボクは「かわいい子」でしかないのか』ってヘコんだ。
同時にあの告白を忘れちゃってるみたいなヒデさんに胸の奥が苦しくなった。
ボクが『子供』だから。
だからヒデさんはボクを『異性』として見てくれない。
ボクが『子供』だから。
だからヒデさんはボクを『家族』として愛してくれる。
このひと研究者だからか生まれ持った性質なのか、済んだことは『終わったこと』としてきっぱり振り切る。常に前を向いてる。検証はしても後悔はしない。
そんなところも好きなんだけど、ボクの告白もボクの気持ちも『処理済』の棚に入れられて『なかったこと』にされてるのは、やっぱり―――つらい。
ヒデさん。ボク、もう『子供』じゃないんだよ。
ヒデさん。ボク、あなたが『好き』なんだよ。
そう訴えたくなる。すがりたくなる。
けど、そんなことしてもヒデさんはボクを受け入れてくれない。それがわかるから、ただ曖昧に笑顔を貼り付ける。
まだダメだ。『今』じゃない。
ボクにはまだ『チカラ』が足りない。経験が足りない。知識が足りない。
このひとの意識を変えるだけの『チカラ』を。このひとに並び立てるだけの『チカラ』を。
何年経っても。どれだけ苦しくても。
あきらめない。あきらめられない。
ヒデさんが欲しい。
ヒデさんの『唯一』になりたい。
ヒデさんの『伴侶』になりたい。
そのために。
できることをひとつずつ探していこう。
やるべきことをひとつずつやっていこう。
「独占欲丸出し」「ヒデがそんなふうになるなんて」マット先生と奥さんにそう笑われるヒデさんにハグされた状態で、ボクは改めて決意した。
◇ ◇ ◇
ボクの部屋の机の前に、これからやるべきことを貼り付けた。それを見つめながら検討するのが毎晩の習慣になった。
マット先生のおうちから帰った夜。いつものように『やるべきこと』を見つめながら考えた。
あんまりのんびりできない。この冬季休暇の数日だけでも『これまでのカタチ』に甘んじてあの告白を忘れちゃってるひとだ。何年かかってもあきらめないけど、その間なにもしなかったらヒデさんの意識が『子供』で固定しちゃう可能性がある。そうなると攻略の難易度が上がっちゃう。
ボクが経験を重ねて、三十代になって四十代になったらヒデさんの考え方も変わるかもしれない。それも間違いないと思うけれど、それまでは『家族』としてずっとそばにいられるだろうって確信はあるけど、『今のボク』が『それじゃイヤだ』って思う。
本音を言うなら今すぐにでも結ばれたい。『家族』としてじゃなくて、『子供』としてじゃなくて、『異性』として、『伴侶』として、ヒデさんに愛されたい。
けどそれはムリだってこともわかる。今は『雌伏の時』だ。『チカラ』をつけるべき時期だ。
『今のボク』じゃヒデさんに『守られるだけの子供』でしかいられない。それじゃあヒデさんはいつまで経ってもボクを『ひとりの大人』として見てくれない。
『チカラ』をつけなきゃ。
ヒデさんに『一人前の大人』と認めてもらえるように。『ひとりの異性』として見てもらえるように。
ヒデさんの庇護下にあるのに『一人前』なんて言えるのかなって思ったこともある。「いっそこの家を出て、寮とか一人暮らしとかしてみたらどうかな」って。
けどそれはみんなからも、ヒデさんのお父さんお母さんからも「絶対駄目!」って強く強く反対された。
今のボクがヒデさんのそばから離れて暮らすのは「とっても危険」だって。このおうちにみんなと暮らして、ヒデさんの気配をいっぱいつけてるから大丈夫なのであって、ヒデさんの気配が薄くなったら「すぐにおかしなのが湧く」って。
そう言われたら昔のこわいのが思い出されて、このおうちを出る案は却下した。
けどそれなら、どうすれば『一人前』になれるんだろう。なにをすればあのひとに『一人前』だと認めてもらえるんだろう。
これまでにヒデさんのいないところで、みんなから話を聞いた。ヒデさんがボクのことをどう思っているのか聞いた。ヒデさんの価値観。ヒデさんの考える善悪。ヒデさんの大切にしているもの。
そこから考えられる可能性を検討する。ボクへの評価を変えるためにはなにが必要か。
日本のヒデさんのお母さんにもお父さんにも話を聞いた。『運命の番』だっていうおふたりのことも教えてもらった。ボクの気持ちと通じるものがいくつもあった。ヒデさんはどう感じてるんだろう。みんなの予想を教えてもらった。
みんなの話を聞き、ヒデさんを観察し、色々な本を読みあさった冬季休暇も今日で終わり。明日からは大学がはじまる。
これからボクはどうすればいいだろう。これまでどおり勉強するだけで追いつくの? 本を読みあさって視野を広げるのは続けるつもりだけど、それだけで足りるの?
いっそ大学辞めて就職したらどうかな。それか大学行きながらどこかでバイトするのはどうかな。そうすればヒデさんの言った『社会に出る』という項目は達成される。
翌朝、ヒデさんが出かけてからみんなの意見を聞いてみた。
「バイトはいいけど、大学辞めるのはやめたほうがいい」全員にそう言われた。
「せっかく入学したんだ。卒業資格は取るべきだ」
「『中退』と『卒業』では社会に出るときの立場が全然違う」
「特待生になれたのにそれを投げ捨てるのは不誠実じゃないか」
ヒデさんのお父さんお母さんにも「大学は卒業しなさい」と言われた。
「焦る気持ちもわかるわ」「けれど早まっちゃいけない」「目の前だけでなく、少し先のことも、先の先のことも考えて動きなさい」
「先を考えることも『大人』には必要なことよ」
そう言われたらそれ以上言えなくて「はい」って電話を切った。
「ひとまず大学に行け」「目の前のやるべきことをキチンとやることも大事だ」みんなにもそう言われて、その日は大学に行った。
勉強をしながら、お弁当を食べながら、それでも頭の隅でずっとヒデさんのことを考えてる。どうすればいいのか。なにをすればいいのか。
「上の空になってるぞ」隠れてついてきてくれた久十郎さんに叱られた。
「どっちも中途半端になるぞ」
その指摘はそのとおりだと思えて、でもどうしていいかわからない。
その日の夜も机の前に貼り付けた『やるべきこと』を見ながら考えた。
まだまだ知識が足りない。情報が足りない。
知識を得るにはどうすればいい? 情報を得るにはどうしたらいい?
考えているときも思い出されるのはヒデさんの笑顔。 姿勢のいい立ち姿。ああ。あのひとのそばにいたい。『ひとりの異性』として並び立ちたい。『子供』として守られるだけじゃイヤ。あのひとにふさわしく在りたい。
立派なひと。思慮深いひと。強い意思を持ったひと。
なのに家では子供っぽいところもあって、ワガママ言ったり駄々こねたり。そんなところはかわいい。カッコ良くてかわいいって、ズルいと思う。そんなの惹かれないわけないじゃない。
この間もマット先生のところでボクの取り合いしてみんなに笑われて―――
――――――。
―――そうだ。
気付いた。ヒデさんの情報を持ってるひと。ボクのことも良く知ってるひと。
そうだ。マット先生に相談してみよう。
マット先生ならヒデさんのことを良く知ってる。ヒデさんと同い年だから考え方とか感覚とかわかるかもしれない。
マット先生は研究者だけど後進を育てる活動もしてるから、ボクの進む道についても意見がもらえるかもしれない。
そうだ。マット先生に相談してみよう。
けど、どう相談しよう?
まずはボクが女の子なことを説明しないとだよね。先生、ボクのこと男の子だと思ってるみたいだから。
あれ? でも、以前にみんなにもお母さんにも『女の子っていうことはナイショにしといたほうがいい』って言われてた。じゃあマット先生にもナイショにしといたほうがいいかな??
色々迷って、みんなに相談した。
みんなの意見は「マットとシャーリーなら言ってもいいんじゃないか」だった。日本のヒデさんのお父さんお母さんからもオーケーが出た。安心して先生のところに相談に行ける。話を聞いてもらって意見をもらって、それからまた考えよう。
◇ ◇ ◇
翌日。授業が終わってマット先生に相談に行った。
「ナイショで、大事な相談がある」って言ったら、マット先生は研究所の面会用個室を借りてくれた。大事な研究の話をすることの多い部屋だから「しっかり防音してある」「どんな話しても大丈夫だよ」って。マット先生のやさしさに頭を下げた。
一緒に来てもらった暁月さんと久十郎さんも同席してもらって、マット先生に打ち明けた。
「ボク、ヒデさんが好きなんです」「告白したけど、子供扱いで相手にしてもらえませんでした」「どうにか『一人前』だと、『恋愛対象』だと思ってもらいたいんです」「どうしたらいいと思いますか?」
ボクが真剣だと伝わったんだろう。マット先生はバカにすることも笑うこともなく、いろんな話をしてくれた。年齢差のこと。ボクがまだ学生なこと。若いから思い込んでるだけかもしれないこと。これからヒデさん以外のひとと出逢う可能性。ほかにも色々説明された。「きみの気持ちを否定するつもりはない」って言ってくれた。それでも「よく考えてごらん」「早まっちゃいけない」そう諭された。
「同性の恋愛を否定するわけじゃない。けど、きみには『これから』があるから……」
かわいそうな子を見るような目を向ける先生。そういえば最初に言おうと思ってたのに忘れてた。
「ボク女の子です」
「………そう思い込みたい気持ちはわかるよ」
打ち明けたけど信じてくれない。マット先生のご自宅に一緒に行って、奥さんの前で裸になった。
「マァァァァアッッット!!!!!」
マット先生が奥さんにめちゃくちゃ怒られた。
マット先生の研究室に行くときから一緒だった暁月さんと久十郎さんになだめられたマット先生の奥さんは、「ありがとう!」ってふたりに感謝してた。「あなた達が同居してくれたおかげで『ひとり暮らしの独身男性のところに女子学生を送り込んだ』なんて汚名をかぶらずにすんだ」って。
ボクには「気が付かなくてゴメンね」って、こっちが申し訳なくなるくらい謝ってくれた。
「子供の頃からしょっちゅうおかしなのに追いかけられてて」「狙われないように男の子のフリをするようになって」「それからずっと男の子のフリをしてた」そう説明したらマット先生も奥さんも納得してた。なんで納得するの? って逆に不思議だったけど、この国では幼女狙いの事件がめちゃくちゃ多いんだって。狙われないために男の子のフリをしてる子の話も「よく聞く」って。
ボクはこの国ではまだ子供に見えるから「これからも男の子のフリをしといたほうがいい」ってすごく真剣に説得された。
いつだか久十郎さんが「低級妖魔よりも人間のほうがヤバいことも多い」って言ってたけどホントなんだなって思った。
「マコトが女の子なことは言いふらさないほうがいい」
「女の子だと知れたら性犯罪に巻き込まれる可能性がある」
「女の子というだけで馬鹿にされたりないがしろにされるかもしれない」
「残念だけど、まだそういうひともいる」
そう言われたら確かにそうかもって思った。
「これまでどおりで過ごして、もしも『女の子?』って聞かれたら『そうだけど?』って答えるくらいにしたらどうかな」
嘘をつくのはよくないけど、気付かれないのは嘘をついてることにならないから「大丈夫じゃないかな」ってマット先生も奥さんも言った。要はこれまでどおりってことだね。書類もみんな女の子になってるから問題ないだろう。
そう話して、パスポートを見せたらまたマット先生が奥さんに怒られた。
改めてヒデさんが好きなこと、告白したけど全然相手にしてもらえなかったことを説明して、どうすればいいか相談した。
「ヒデの気持ちもわかるよ」マット先生は言った。
「ボクだって若い女学生に『好き』なんて告白されたとしたら『からかわれてるのかな』『遊ばれてるのかな』って本気に取らない」「もし『本気だ』ってわかったら『早まっちゃいけない』って諭す」「『勘違いだよ』『もっと若くていい男がいるよ』って」
「シャーリーはどうだい?」話を振られた奥さんも「そうね」ってうなずく。
「若い男の子に『好き』って迫られたって、冗談だって思うわ」「それかなにかの罰ゲームか」「まず本気にはしない」
「私達は結婚してて子供もいるから尚更そう感じるのかもしれないけれど」「年齢が離れすぎていると『恋愛対象』とは考えないわね」
ヒデさんと同年代のおふたりにそう言われるとガックリくる。
やっぱりダメなのかなあ。ボクじゃ『恋愛対象』になれないのかなあ。でもあきらめられない。ボクはヒデさんが好き。
「ヒデはマコトのことどう思ってるって?」
「………『かわいい子だ』って………」
ボソボソ返したら「まあそうだろうね」って納得された。
「これまでも、年末のパーティーでも、ヒデがマコトを特別に思っていることは伝わったわ」
奥さんが言う。
「ヒデがあそこまで誰かにこだわっているのを私は初めて見たわ」「それだけヒデにとってマコトが『特別』なんだとは思ったわ」
「ただ、そこに恋愛的な意味合いがあったかは私にはわからない」「そのときはマコトが女の子だと思っていなかったし、マコトがヒデを異性として好意を持ってることも知らなかったから」「そういう考えで見てないから、判断ができないわ」
奥さんの言葉に喜んですぐにヘコむボクに、マット先生も腕を組んで言った。
「ボクとしては、たとえ『子供として』だとしても、ヒデが『誰かに特別な好意を持った』ことに驚いてるけどね」
どういうことか視線で問うと、先生は話してくれた。
「ヒデって出会ったときからずっと女性に興味なくて」「同性愛者じゃないかって言われてたときもあったけど、そういう誘いも全部断ってた」「だから、ボクはヒデのことを『恋愛感情を感じない人間』だと――もしかしたら『愛情が理解できない人間』なのかなって思ってた」
どういうことかと思ったら「研究者には時々いるよ」「ナニカ特別な才能があるひとは、どこか欠落してることが多々ある」って教えてくれた。
「ボクや他数人とは仲良いけど、それだって『特別好意を持ってる』というよりは、ただ単に『仲が良い』くらいだし。ヒデのご両親と会ったこともあるけど、親子っていうよりは『師匠と弟子』って感じを受けた」
「明らかにヒデに好意を向ける人間はわかりやすく拒絶するし。興味ない人間はそれこそ石ころみたいな扱いするし」
「だからボクは、ヒデは『人間として生まれつき持っているはずの感情を持ち得ない代わりに稀有な才能を得たんだ』って思ってる」
みんなから聞いたいろんなエピソードが頭をよぎる。マット先生の説明には妙な説得力がある。奥さんも横でうんうんうなずいてる。
「けど、出逢ってなかっただけだったんだね」
「ヒデがマコトを『特別』だと思っていることは疑うべくもないとボクも思う」
「マコトがヒデの『運命の女性』だったんだ」
やさしいまなざしでそう言ってくれるから、なんだか胸が熱くなった。なにか言葉を返したいのになにも言葉が出てこなくて、ただ黙って頭を下げた。
そんなボクの頭をいつものように撫でてくれて、マット先生はまた腕を組んで考え出した。
「………うーん………」
目を閉じて、迷ってるような、考えをまとめてるような様子に、みんなただ黙って先生を見つめていた。
やがて先生は瞼を開き、その青い瞳でボクを見つめた。
「改めて聞かせて」
「マコトはヒデをどう思っているの?」
真剣な先生に、ボクも真剣に返した。
「『唯一』だと思っています」
「『異性』として、好きです」
「叶うならば、ヒデさんにも同じ愛情を返してもらいたいと思っています」
「年齢差があるよ」
「それでも」
「それでも、好きです」
「『家族』じゃダメなの?」
「『家族』じゃ足りません」
先生はじっとボクを見つめている。ココロの底まで見透かすような視線に、先生が本当に真剣に考えてくれてるとわかった。だからボクも先生の目をまっすぐに見つめて訴えた。
「この気持ちを英語でどう表現するのか、ボクにはわかりません」「この胸を開いてお見せできたらいいのですが」「ボクはヒデさんのために生まれたのだと、今日まで生きてきたのだと、そう思っています」「ボクの『しあわせ』はヒデさんとともにあると思います」
真面目な顔でボクをじっと見つめていたマット先生。普段の柔和な先生と全然違う。それたけ真剣だと伝わって、だからボクもじっと先生を見つめ返した。
どのくらいそうしていたのか。先生がふっと表情をゆるめた。
「若いねえ」
困ったような笑顔に、なんて言ったらいいのかわからなくて黙っていた。
先生は奥さんと顔を見合わせて苦笑を交わしている。
「あと十年したらまた考えが変わるよ」
「そうかもしれません」
それはみんなにも、ヒデさんのお父さんお母さんにも言われた。けど。
「けど、だからって『今』に手を抜いたりしたくないです」
「『今』できることを、全力でやりたいです」
「たとえば十年経ったときに、全力で頑張ったときと、なにもしなかったときと、結果は同じだったとしても」
「自分を誇れる方を選びたいと思います」
「………なるほどね」
先生は満足そうにニンマリと笑った。うなずくその表情が、先生に出された問題を正解したときと同じ。ボクの答えを認めてくれたとわかって、肩の力が抜けた。
「マコトはいい顔をするようになったわね」
奥さんもニコニコと言う。
「初めて逢ったとき、あなたは新生活への緊張はあっても、どこかナニカを諦めたような顔をしていた」
「ここで生活していたときも、遠慮して、迷惑をかけないようにって気を張っていた」
「自分の意見を持たず、ただ周りに迷惑をかけないように、周りに合わせることだけを考えていた」
「でしょ?」って微笑まれたらなんて言ったらいいのかわからなくて、でもそんなところまでお見通しだったんだって知らされて恥ずかしいやら申し訳ないやらで余計に言葉が出なくなった。
「それが今は、自分の意見をはっきりと言っている。自分の主張を曲げない強さを持った」
「ヒデへの想いがマコトを成長させたのかしら」
どこかからかうような声の調子に、なんだか照れくさくて曖昧に微笑んだ。
そんなボクに微笑みを向けた奥さんが、ふ、と表情を変えた。真顔の奥さんにこちらも背筋が伸びる。
「マコトが歩もうとしている道はいばらの道よ」
「覚悟の上です」
「とっても、とっても大変よ」
「それでも」
奥さんの目を見つめ、はっきりと言った。
「あきらめられないんです」
「あきらめたくないんです」
「ボクは、ヒデさんの『唯一』になりたい」
「『家族』でなく。『子供』でなく。対等な『異性』で在りたい」
「『伴侶』として並び立ち、ずっと共に生きたいです」
「たとえ何年かかっても。何度拒否されても」
「いつか、ヒデさんの『唯一』になりたいんです」
ボクの言葉に、奥さんも、先生も、ただ黙っていた。黙ってじっとボクを見つめていた。
ボクの本心を、ボクの覚悟を見定めているって思った。
このくらいで揺らぐような気持ちじゃない。そう伝えるつもりでじっと視線を交わした。
と、奥さんが目を伏せた。それから先生に目を向けた。奥さんの視線を受けて先生も奥さんに顔を向けた。ふたりで無言のやりとりをして、またボクに顔を向けた。
「マコトの気持ちと覚悟はわかった」
ため息のあと、先生は言った。
「けど、ヒデの意向も確認させて」
「ヒデがきみのことをどう考えているのか、本人に確認してからでないとボク達は動けない」
「きみはボク達にとって大切な子供だ。けれど同時にヒデはボク達にとって大切な友人だ」
「どちらかを応援することでどちらかに迷惑をかけることになるのは、ボク達の本意ではない」
マット先生はどこまでも公平なひとだった。改めて尊敬の念を抱いてその日は失礼した。