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挿話 篠原真と『運命の番』6

 パーティーの翌朝。一晩悩んだけど結局どうしたらいいのかわからなくて、ヒデさんが出かけてから暁月さんに相談した。

「ヒデさんが死んじゃったらどうしよう」


「まだ死なないわよ?」ソファに横並びに座った暁月さんは軽ーく言う。けど不安は消えない。こわくてこわくてたまらない。


「ヒデは死にそうだからあんなこと言い出したんじゃないわよ」

「でも」


 反論しようとしたら暁月さんが頭を撫でてくれた。やさしい手つきに、なんだか言葉が出なくなった。うつむいてされるがままのボクに暁月さんはやさしく話しかけてくれた。


「ヒデはマコが大切なの」


「それはわかる?」て言われてうなずいた。ヒデさんに大切にされている自覚はある。


「………けど、それは、『子供』とか『被保護者』としての『大切』ってことも―――わかってる………」


 昨日久十郎さんと暁月さんと話をして、自覚した。

 ボクはヒデさんが『好き』。

『異性』として、『ひとりの男性』として『好き』。


 だから、わかる。

 ヒデさんの『大切』が『家族』としてのものだということも。


 わかってしまった。


 ヒデさんはボクを『家族』として『大切』にしてくれてる。

 でも、『異性』としては、見ていない。


 ボクが『子供』だから。三十歳以上も歳下だから。『大人』でないから。ヒデさんと同年代でないから。


 ヒデさんにとってボクは『護るべき子供』。『被保護者』。背に隠して庇護する存在。

 決して横に並び立たせてはくれない。ボクが『子供』だから。三十歳以上も歳下だから。『大人』でないから。ヒデさんと同年代でないから。


「―――なんでボク、子供なんだろ―――」


 ぽろりと言葉がこぼれた。

 ひとつこぼれたら次から次へと気持ちがあふれ出した。


「なんでボク、子供なんだろ」「なんでヒデさんと同年代じゃないんだろ」「『子供』じゃあヒデさんに『異性』として見てもらえない」「ヒデさんが死んじゃうのに置いていかれちゃう」「もっとそばにいたいのに」「ボクだけのヒデさんになってもらいたいのに」「『子供』じゃもういやなのに」「ずっとそばにいたいのに」


 うなだれたままグズグズこぼしていたら、そばにいたみんなも寄って来た。

「もういいんじゃないか?」伊佐治さんが言った。「バラしちまおうぜ」


『バラす』? なにを??

 伊佐治さんの言葉が引っかかって顔を上げた。黙ってみんなに目を向けたけど、ボクに構うことなくみんなの話し合いが始まってしまった。


「ヒデ本人の了承がないのに外野が余計な情報を与えるのは良くないだろう」

 久十郎さんが言った。けど伊佐治さんは「構うもんか」って吐き捨てるように言って、続けた。


「グズグズしてるヒデが悪いんだ」「マコをこんなに泣かせて」

 怒る伊佐治さんに定兼さんが言う。

「だがヒデだって覚悟があってあんな態度をしてるんだ」


 黙ってしまった伊佐治さんに久十郎さんも淡々と言う。


「これまでのマコの状態を考えたらヒデの態度は正しいものだったと俺は思う」「仮にウチに来たばかりのマコにヒデが欲望のまま向かってみろ。マコは今のマコになっていないだろう」


「それはそうだけどよぅ」

 情けない声を出す伊佐治さんに麻比古さんも言う。


「未成熟で傷ついていたマコを癒すことを最優先に、第一義として行動した。そのヒデの判断は間違っていなかったと俺も思う」「実際この一年でマコは成長した。傷ついていた魂も修復された。ヒデの無条件で無償の愛情がマコを満たし自信を持たせたことは間違いない」「己の欲を出すことなく意思を貫いたヒデを褒めこそすれ、文句を言うのはどうだろうか」「言いたくなる伊佐治(おまえ)の気持ちもわかるがな」


「そうね」暁月さんも口を開いた。

「『家族』としての愛情を求めていたマコに、ヒデは自分の欲は封じて『家族』として接してきた」「そのおかげでマコは今のマコになったと、私も思うわ」


「ヒデの覚悟は尊重すべきものだ」「本人が意思をくつがえすならともかく、俺達がヒデのいないところでマコにあれこれ言うのは(いさぎよ)くないと、おれは思う」

 定兼さんにそうきっぱりと言われ、伊佐治さんは不満そうに口を曲げた。


 みんなの話を聞いていたら、ヒデさんがボクのために『家族』として接してくれていたと理解できた。ボクを本当に大切にしてくれていることも。

 でも、気になる単語があった。

 話が切れたところで思い切って聞いてみた。


「『ヒデさんの欲』って、なに?」


「「「あ」」」


『欲』という言葉を出した久十郎さん、麻比古さん、暁月さんが固まった。

 定兼さんは『あーあ』って顔で三人を見つめた。そして伊佐治さんは。


「がはははは!」

 大笑いする伊佐治さん。

「やっぱマコはすごいな! ちゃんと話聞いて理解して、大事なポイントを見逃さないんだもんな!」

 ガシガシと乱暴に、伊佐治さんがボクの頭を撫でる。首だけじゃなくて上半身全部がぐらんぐらんする。

「ほーら。どうすんだ? どう説明すんだ? あ?」

 楽しそうな伊佐治さんに、久十郎さんも麻比古さんも暁月さんも頭を抱えた。



「……………これは、ヒデの父親の玄治の話だ」

 絞り出すようにそう言ったのは久十郎さん。


「玄治の話。玄治の話だ。いいな?」

 念押しされて、なんでそんなこと言い出したのかわからないけど、コクコクうなずいた。


「玄治の実家は京都の北の『静原』という家なんだ」


 ヒデさんのお父さんはお母さんの家に『婿入り』してるって聞いてたから『実家』というのにもうなずいた。


「『静原』は昔から続く退魔師の家で」「これまでにたくさんの妖魔を討伐してきた」「玄治も退魔師で、だからヒデも退魔師として育てた」


「その静原家にはひとつの伝説があってな」


 久十郎さんはそこで言葉を切り、じっとボクを見つめた。ためらうような目の色になにも言えなくて、ただじっとその目を見つめた。


 やがて決心したように久十郎さんは息を吸い、話を続けた。


「『静原の呪い』―――ある日突然、ただひとりにとらわれる。その『唯一』だけを求め、尽くす」「それまでと人間が変わったかのように『唯一』にとらわれる」「あまりの変わりように『討伐してきた妖魔の呪いじゃないか』って言われて『静原の呪い』なんて言われるようになった」


「―――が。俺から言わせたらただの『運命の(つがい)』だ」


「『運命の(つがい)』」

「そう」


 聞いたことのない単語に復唱するボクに、久十郎さんは説明してくれた。


「俺の一族に伝わる伝説だ」「ただの『(つがい)』でなく、魂までも結びついた『運命の(つがい)』というのが、稀に現れる」「当人同士にしかわからないから、どのくらいいるのか、誰がそうなのか、本当にそれは『運命の(つがい)』なのか、本当のところはわからないけどな」


「俺のところにも同じ伝説があるぞ」「あらウチも」麻比古さんと暁月さんも言う。

「まあとにかく」ふたりを放って久十郎さんは続けた。

「ヒデの両親――玄治とサトは、その『運命の(つがい)』なんだ」


「へー」

 他に言葉のないボクに構わず久十郎さんはさらに続けた。


「玄治はいつも言っている。『サトにとらわれた』『サトは自分の唯一』」「実際玄治とサトは仲の良い夫婦だ」「互いを唯一無二の存在として愛し合っている」


 その話が今なんの関係があるんだろうと思いながら「ふーん」て聞いていたら、久十郎さんはいきなり話を変えた。


「マコが最初にこの家に来たときのこと、覚えてるか?」

「………覚えてる」


 ヒデさんが扉を開けたら、まさかの妖魔がいるんだもん。びっくりしたよ。

「みんながすごくこわかった」「なのに今は人間の姿でなくても平気なんだから、慣れってすごいねえ」

 へらりと笑ってそう言えば、みんなも「ホントだな」って笑ってくれた。ただひとり久十郎さんだけは真面目な顔で話を続けた。


「………あのとき。マコが眼鏡をはずして、俺達が威圧をかけたのを覚えてるか?」

「『いあつ』?」

 って、なに?


「なんかこう、ぐあぁっと『圧』がかかるというか、急にこわくなるというか………」

 伊佐治さんの説明に「ああ」と思い当たった。


「覚えてる」

「あのときはごめんな」

「ううん」

「なんであのとき俺達全員威圧をかけたかの説明をこれまでしていなかったな」


 なんで急にそんなことを言い出したのか、やっぱりわからなくて首をかしげて話の先を待った。


「あのとき――マコが認識阻害のかかった眼鏡をはずした瞬間――」


 久十郎さんはじっとボクを見つめ、ためらいを振り切るように深呼吸をして、言った。


「――ヒデの気配が変わった」


 なんか『意を決して言いました』みたいになってるけど、ボクは意味がわかんなくて『それがどうしたの?』って思った。

 チラリと隣に座る暁月さんに目を向けたけど、暁月さんもなんか言いたそうにして黙ったまま。ほかのみんなもただ黙ってた。


「ヒデのあんな反応ははじめてで」

「てっきり『魅了』か『精神干渉』をかけられたんだと――まあ、早い話が攻撃されたんだと思ったんだ」

「だから俺達はマコに対して攻撃態勢を取った」

「それがあの威圧」


 久十郎さんにそう説明されてびっくりした。


「ボク、なんにもしてなかったよ!?」

「ああ。今ならわかる」「が、あの瞬間はわからなかったんだよ」「それほどまでにヒデの変化は顕著だった」

「………なにがあったの?」


 おそるおそるたずねるボクに、久十郎さんは目を伏せて深く深ぁくため息をついた。


「ヒデが言ったんだ」

「『とらわれた』と」


『とらわれた』

 それは。


 久十郎さんはそれ以上なにも言わない。目を伏せたままボクと視線を合わせようともしない。暁月さんも麻比古さんもなにも言わない。ただボクの様子をじっと見守ってる。定兼さんも黙ったまま。伊佐治さんだけがなにか言いたそうな顔でニマニマしていた。



『とらわれた』


 さっきの話が頭に浮かぶ。『静原の呪い』。ヒデさんのお父さんは『とらわれた』。お父さんとお母さんは『運命の(つがい)』。『ある日突然、ただひとりにとらわれる』。『「唯一」だけを求め、尽くす』。


『ある日突然』

『とらわれた』


『とらわれた』


 つまり。


「―――ボクが―――ヒデさんの、『運命の(つがい)』―――?」


 伊佐治さんがニンマリと笑う。定兼さんは目を閉じてしまった。麻比古さんは困ったみたいな笑顔を浮かべて、久十郎さんはそっぽを向いた。そして暁月さんは『正解』って言うときの顔で笑っていた。


「俺は玄治の話をしただけだ」

「玄治がサトに『とらわれた』と。ふたりは『唯一』だと、『運命の(つがい)』だと言っただけだ」


「そうそう! ヒデがマコにだけは特別尽くしてるなんてことは言ってない!」

「初めてマコが来た日、眼鏡をはずした瞬間からおかしくなったとバラしただけだな」


 ニコニコうれしそうな伊佐治さんと困ったみたいな麻比古さん。「俺知ーらない」と定兼さんは腕を組んでそっぽを向いた。

「どう? マコ」暁月さんに問いかけられて、どうにか顔を向けた。


「マコは最初からヒデの『特別』だったのよ」「だから、なにもこわがることもないし、泣くこともないのよ」「ヒデは本当にマコのことを大切にしているんだから」

 やさしい言葉に、やさしいまなざしに、なんだか胸がポカポカする。


 ぼくがヒデさんの『運命の(つがい)』。


 うれしい。うれしい。

 うれしい気持ちと同時に、不思議なくらいしっくりきた。カチリと部品がはまったような。最初からそうなることが当然だったような、妙な納得があった。


 だからこんなに惹かれるんだ。

 だからこんなに愛おしいんだ。

 だからこんなに安心するんだ。


 ヒデさんが好き。

 ただ、好き。


 なんだろう。胸のナカがいっぱいなんだ。

 これまでカラッポだったところをヒデさんとみんなが一年かけて満たしてくれた。それで『満たされた』と、『十分だ』と思ってたのに、今、そこがさらにいっぱいに満たされてるのがわかるんだ。

 いっぱいに満たされてあふれてる。あふれたナニカが全身を巡っていく。毛細血管の先の先まで満たしていく。ヒデさんへの想いで染めていく。


 ああ。わかる。

 これが『運命の(つがい)』。


 なんだろう。うれしくてたまらない。ありとあらゆるものに感謝を捧げたい。出逢えた奇跡に、共に過ごせる奇跡に感謝を捧げたい。


 両手で胸を押さえて感動にひたっていた。

 けど、すぐに思い出した。

 年齢差のこと。


 ヒデさんはもう五十二歳。ボクとは三十二歳も差がある。

 あとどのくらい一緒にいられるの? その間ずっと『家族』としてしか触れ合えないの? どうしたらボクを『異性』と――『性的対象』と思ってもらえるの?


「―――ヒデさんは、ボクのこと『運命の(つがい)』ってわかってるの?」

「それを俺達が言うのは野暮というものだろう」


 久十郎さんは明言しない。

「俺達が言えるのは、ヒデはあの日あの瞬間から『変わった』ということだけ」

「『マコをとっても大切にしている』ということも言ってもいいんじゃない?」


 つまり、ヒデさんは『わかってる』ということ。


「わかってるなら」

「ヒデさんはボクのこと『性的対象』として見てたってこと?」「『結ばれよう』としていたってこと?」「ボクが『子供』だったから態度に出さなかっただけってこと?」


 そうだと思った。間違いないって。ボクが大人になった今ならヒデさんはボクを『異性』として受け入れてくれるって。

 なのに。


「残念ながらそれはない」


 久十郎さんは、はっきりと、言った。


「あの日の翌朝、ヒデ本人から聞いた」


 言葉が出なくなったボクに、久十郎さんは淡々と説明してくれる。いつものように。


「ヒデは言っていた。『俺が手を出しちゃ駄目だ』と」

「人間にとっての三十年は大きい」

「ヒデはもう壮年。あと数年で老年に入るだろう」

「かたやマコはこれからの人間。どうしたって『生き方』が違う」


「一般的に人間が恋愛関係になるのは、生殖可能年齢と関係してくるわ」

「必然的に同年代と結ばれることが多い」

「それは生殖の問題だけじゃなくて、価値観とか考え方とか必要とするものとかが年代によって違うからという側面はあると思う」


「ヒデは確かにまだ生殖可能だろうが、二十歳(はたち)になったばかりのマコとはどうしたって同じようには生きられない」


「ヒデは言ってたよ。『マコの進む道を邪魔するわけにはいかない』って」

「マコは『これからの人間』だ。これから勉強を重ねて、いろんな出会いをして、経験を重ねて、今よりもっと綺麗になる」


「ヒデは、マコが大切なんだ」

「マコの可能性を潰したくないんだ」

「マコの可能性を活かしたいんだ」

「だからこそ、マコを『異性』として見てはいけないって。『男女として結ばれる』ことを諦めたんだ」


「ただマコの『しあわせ』を考えてる。明るく正しい道を、希望にあふれた道を進んで欲しい、と」

「自分はマコの『守護者』だと決めていた。覚悟をもって『保護者』で在ることを決めたんだ」


 みんながそれぞれに教えてくれる。そこから感じるのは、ヒデさんの愛情。

 どれほどボクを大切にしてくれているのか。どれほどボクのことを考えてくれているのか。ボクのために尽くしてくれようとしているのか。理解すればするほど胸が熱くなる。目の奥も喉の奥も熱くなる。


「たとえマコが他の男を選んだとしても。自分がどれだけ苦しくとも、マコの『しあわせ』のためならばなんでも受け入れる覚悟をしているんだよあの馬鹿は」


 伊佐治さんの言葉に涙が落ちた。それほどまでに愛してくれていたなんて。

 ボクはなにも知らなかった。なにも気付かなかった。ただヒデさんの愛情に包まれてのほほんとしてただけだった。


「ヒデはマコを大切にしている」

「マコはなにも案ずることはない」

「ただ、『性的対象』として見られるかどうかは、今後のマコ次第だ」


 久十郎さんのまとめに、考えた。

『今後のボク次第』。それなら。


「ボクががんばれば―――もっと『大人』になれば、ヒデさんはボクを『性的対象』として見てくれる?」


 期待を込めたボクの質問に、久十郎さんは答えてくれなかった。ただ黙って、ふい、と顔を伏せた。


「久十郎さん」

「………『そうなればいい』とは思っている」


 よくわからない答えに、他のみんなに目を向けた。

「あいつ頑固だからなあ」

「覚悟と信念を持って決めたことをヒデがくつがえすことはないだろう」

 伊佐治さんと定兼さんが言う。


「だがマコが成熟した今ならば、昨年とは前提条件が変わるぞ?」「ならばヒデがマコを受け入れる可能性も出てくるんじゃないか?」

「その可能性は否定できないし、俺も昨日はそう考えたんだが」麻比古さんの意見に久十郎さんがうなる。

「だが定兼の言うことも一理ある」「あの頑固者が簡単に考えを変えるだろうか………」


「前提条件という意味では、年齢差から来る問題はなにひとつ解決されてないわけじゃない?」暁月さんが言う。「そこが解決しないとヒデは考えを変えないでしょうね」


「だが年齢差なんて変えようがないじゃないか」

「そうなのよねえ」


 麻比古さんの言葉に暁月さんがため息をつく。


「世間の理解を得られるまで待つとしても、何年かかることか。それこそ何十年もかかるかもしれないぞ」「そうなったら子を成せなくなる」

「逆にマコが四十代とかになったら年齢差もそこまで気にされないかもしれないわね」

「マコが四十になったらヒデは七十二だぞ? それこそいつ死ぬかわからないじゃないか」

「そうよねぇ」


「あの馬鹿がいつマコを受け入れるかはわからないが、いつかは受け入れると俺は思うぞ」「受け入れるまでは『家族』としてこれまでどおり同居するだろ」「あの馬鹿がマコを手放すなんてあり得ないからな」「『家族』として過ごす間に隙を見つけて攻めればどうにかなるだろ」

「それはそれで『アリ』だが……」

「けどマコが『家族(それ)じゃイヤ』なんだろ?」

「だが今の二十歳のマコに対してヒデが動くと思うか?」

「………ダメだろうなあ………」


 みんなのやり取りを黙って聞いていた。けど『ダメ』って結論づけられたことがショックで、口を出した。


「なんでダメなの?」「なんで年齢が離れていたら『性的対象』でなくなるの?」「なんでボクじゃだめなの?」「ボクはヒデさんが好きだよ」「ヒデさんに『恋』してるよ」「それじゃダメなの?」「『年齢差から来る問題』って、なに!?」「なにが『問題』なの!?」


 必死でみんなに問いかけた。けど伊佐治さんも定兼さんも麻比古さんも難しい数式を解いてるみたいな顔つきで黙ってしまった。暁月さんも困ったみたいな顔をするだけ。


「―――仮に、『今』ヒデとマコが『結ばれた』としよう」


 そんな中、久十郎さんが口を開いた。

 

「ヒデは『学生に手を出した研究者』『子供同然の年齢の女性に手を出したろくでもない大人』として侮蔑される」


 ―――ヒデさんが。

 ぶべつ、される。


 ぶべつ。―――侮蔑。

 馬鹿にされたり、軽蔑されたり、ないがしろにされたり、悪く思われたりする。

 ボクと『結ばれた』ら。


 ボクのせいで、ヒデさんが、ひどい目に遭う。


「―――そんな」


 ぽろりとこぼれたつぶやきに、久十郎さんはさらに言った。


「それが『人間の社会』だ」

「人間社会の秩序を乱す行いをする人間ははじかれる」

「一般的に大人が子供に性的な行為に及ぶのは犯罪だ」

「たとえマコが成人した立派な女性だとしても、親子ほどの年齢差がある以上『子供相手に欲情した』と思われる」

「そんな大人は、そんな成人男性は、軽蔑される」


「そうだろ?」と言われてもなにも反応できなかった。


「『自分とヒデの話』でなく『どこかのオッサンと若い娘の話』として考えてみろ」

 呆然とするボクに久十郎さんが言う。「誰でもいいから五十すぎのオッサンを思い浮かべろ」

 言われるがままにオジサンをイメージする。ぽっちゃりして、髪が薄くて。

「次に若い娘を思い浮かべろ。二十歳の綺麗な娘だ」言われるがままに大学で見かける綺麗な子を組み合わせてイメージを作った。


「客観的にイメージしてみろ」催眠術をかけるみたいに久十郎さんは淡々と指示を出す。

「町でオッサンと若い娘が腕を組んで歩いている」

「『仲のいい親子』だと思っていたら『違うらしいぞ』と噂を聞いた」

「ふたりは実は『男女の関係』らしい。―――どう感じる?」


 そう言われて―――イメージして―――ストンと、理解した。


 理屈じゃない。理解じゃない。瞬時に感じたのは、嫌悪。

 若い()に手を出すなんて気持ち悪い。おじさんが好きなんておかしいんじゃない? そんな思いが、湧いた。


 偏見? 不理解? そうかもしれない。けど、なんだろう。なんか、言葉にできない違和感がある。


「今マコが感じたこと。それがマコとヒデが『今、結ばれた』結果、周囲から受ける評価だ」

「―――!」


 絶句するボクに久十郎さんはさらに言う。


「マコだってどう言われるかわからないぞ」

「『ヒデの遺産目当て』『身体で堕とした』くらいは言われるだろう」

「そういう事例がこれまでにたくさんあるからな」

「だから、年齢差のあるふたりは社会的にあまり祝福されない」


 それは、理解、できた。できてしまった。

 血の気が引いていく感覚がする。指の先が冷たくなっていく。


「ヒデはマコをそんな目に遭わせたくないんだ」

「まったく無関係の他人から非難され、侮辱され、不当に扱われることになる」

「学校にだっていられなくなるかもしれない」

「間違いなく誹謗中傷にさらされることになるわ」

「これまで友達だと思っていた人間からも軽蔑されるかもしれない」


 みんなもそれぞれに声をかけてくれる。どの意見も理解ができて、言葉も出ない。


「ヒデはあれでも五十年生きてるから、まあ、マコと結ばれたらどうなるかってことに考えがいく」

「そうして考えた結果『マコと結ばれるわけにはいかない』って決めてしまった」

「他ならぬマコのために。マコの『しあわせ』のために」


 久十郎さんの言葉がどこかに刺さる。


「マコだけじゃない。ヒデにだって影響は出るだろう」

「『幼女趣味(ロリコン)』って(さげす)まれるだろう。これまで話を聞いてくれていた人間に軽蔑されて話すらできなくなることだってあるかもしれない」

「少なくともこれまで築いてきた社会的信用は失われるだろうな」


 言われた言葉がグサグザとどこかに刺さる。グラグラする。冷たくなっていく。

 なんで。ボクはヒデさんが好きなだけなのに。

 なんで。ぼくはヒデさんに『異性』として受け入れてもらいたいだけなのに。

 なんで。ボクはヒデさんといたいだけなのに。

 なんで。なんで。なんで。


「―――なんで―――」

 ぽろりと言葉がこぼれた。


「なんでだろうな」

「『それが人間の社会だから』としかいいようがねえなあ」


 久十郎さんが、伊佐治さんがつぶやきのように答えてくれる。


「―――あと三十年、早く生まれていたら―――」

「―――あと三十年、ヒデさんが遅く生まれてくれていたら―――」

「―――ボクを選んでくれていたの―――?」


「多分な」「間違いないだろう」

 そう言われて――余計に、ショックを受けた。


「―――なんでボク、ヒデさんと同年代になれなかったんだろう―――」


 ぽろりとこぼしたら、ぽろりと涙が落ちた。

 同年代だったらヒデさんはボクを『受け入れて』くれた。男性として女性のボクを愛してくれた。ヒデさんのお父さんとお母さんみたいになれた。きっと子供だってできた。


 なんでボクはヒデさんの同年代に生まれなかったんだろう。

 同年代でないからヒデさんはボクを護ろうとする。同年代でないから『異性』としてのボクを受け入れてくれない。同年代でないから結ばれない。

 どうにもならない事実に苦しくて痛くて、ただ涙がこぼれた。


「だが、『今』出逢えたのだから」久十郎さんが言う。「出逢えただけでも僥倖(ぎょうこう)だ」と。


「『運命の(つがい)』なんて、出逢えないほうが多いんだぞ」

「『たられば』言っても仕方ないだろ」

 麻比古さんも定兼さんもそう言う。


「ヒトの世界で生きてる人間なんだから。ヒトの世界の(ことわり)で生きないと」「そうだろ?」


 なにも言えないボクに久十郎さんはため息を落とした。


「年齢差のことで言うと、ヒデが先立つであろうことも『仕方ない』ことだ」

 ハッと顔を上げるボクに、久十郎さんはへの字口で腕を組んだ。


「普通に天寿を全うすると仮定してだが」と前置きして話してくれた。

「どうしたって年長者が先に逝く」「それは覚悟しないといけない」


「天寿の話だけじゃないわ」暁月さんが口をはさむ。

「人間は老齢になったら動けなくなったり脳の働きが弱まったりして介護が必要になることがある」「もしヒデがそうなったとき、ふたりが結ばれていたとしたら。世話をしないといけないのはマコ、あなたよ」「あなたにも仕事ややりがいがあるかもしれないのに、それを置いてヒデの世話をすることができる?」

「少なくともヒデはそんな未来は認めていない」「マコの手を煩わせること、マコの邪魔をすることを、ヒデは許さない」


 そんなこと言われてもわかんない。そんな先のこと言われても想像もつかない。

 ボクがそう思ってることもみんなにはお見通しだったみたい。

「マコはまだ若いからわかんないだろう」って言われた。


「人間でも(あやかし)でも、年齢(とし)()ないとわからないことは存在する」「若いときには未来(さき)のことなど考えられない。知識として知ってはいても実感としてとらえられない」「それが『若さ』だ」「それが悪いわけではない。ただ、未熟であることはいなめない」


「かたやヒデは壮年、もうじき老年だ」「経験を重ね、先もみえる」「だからこそマコを『異性』として『受け入れる』ことを諦めた」


「どちらが悪いわけではない。それはあくまでも『価値観の違い』だ」


「もちろん俺達はヒデもマコも好きだ」「好きなふたりが結ばれて、子ができたらうれしい」「だが、俺達は(あやかし)だから」「人間(ヒト)とは、寿命も、価値観も、なにもかもが違うから」「俺達の価値観を押し付けるわけにはいかないと、理解はしている」


「俺達はヒデが生まれる前から見守ってきた」「そのヒデの意見を、信念を尊重したい」「ヒデは言った。『マコを生涯護る』と」「その関係でマコがいいのか嫌なのか、それはマコの意見だ」「俺達が止めることも、やめさせることもできない」


「だから、もしもマコがヒデの手を取りたいのならば――ヒデを『保護者』でなく『ひとりの男』として『受け入れ』たいのであれば、マコにも覚悟が必要だ」


(いわ)れのない誹謗中傷を受ける覚悟。学校を、数学を辞める覚悟。これから先好きな男ができても諦める覚悟。ヒデと共に堕ちる覚悟」

「ヒデの死を看取る覚悟。介護する覚悟。遺される覚悟」


「口で『覚悟する』と言うのは簡単だ。若いマコには本当の意味での理解ができないことも承知の上だ」

「それでも、俺達はマコに『しあわせ』になってもらいたいから」

「マコだけじゃない。ヒデにも『しあわせ』になってもらいたい」

「だから、マコに考えてもらわないといけない。決断してもらわないといけない」

「ヒデを『ひとりの男』として愛するのか。『守護者』として『家族』として接するのか」


「ヒデと結ばれることはふたりにとっていいことばかりじゃない。若いマコには想像もつかないような苦難が待ち受けていることは間違いない」

「そんな苦労なんかせず、これまでどおりの生活をする道だってある」

「これまでどおり『家族』として接すればいい」

「ヒデはマコを『家族』として愛している。今ヒデの一番近くにいるのは、間違いなくマコだ」

「ヒデを『守護者』として、『家族』として接するのであれば、マコはこれからもヒデから愛情を注がれて暮らすことができる。これまでどおりに」

「そうして平穏に、死が二人を分かつまで共に暮らす人生だって、ある」

「それはそれで『しあわせ』だと、俺は思う」

「それでも『今』ヒデと結ばれたいのか、なにを選択することが互いの『しあわせ』につながるのか、よく考えるんだ」


 みんながしてくれた話を、久十郎さんがそうまとめた。そう言われたらうなずくしかできなくて、うなずいてそのままうなだれていた。

 そんなボクの頭をみんなが順に撫でてくれた。『がんばれ』って言われてるみたいだった。

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