挿話 篠原真と『運命の番』2
大学一年生の冬。マット先生に紹介されたのが西村先生――ヒデさん。
冬期休暇をホテルで過ごすって言うボクを引き受けてくれた。
日本食に釣られてノコノコついていったヒデさんのおうちには、人間でないモノがいた。
◇ ◇ ◇
ヒデさんが「ウチの連中」ってまとめる五人は『ヒトならざるモノ』。細かく分類したら色々あるらしいけど、大雑把には「『妖』とか『妖魔』ってくくりになる」って教えられた。
最初はこわくてこわくて近寄ることもできなかったけど、みんなやさしくて気持ちのいいひとで、声をかけてくれてお世話してくれてってしてるうちにだんだんと慣れていった。
冬期休暇が終わる頃には普通に接するようになってた。
ヒデさんもみんなも、なんていうか、すごく『自然』。無理してるとか気を遣ってるとかがない。ボクいろんなところでいろんなひとを見てきたからそういうのはわかる。
それぞれにやりたいことをやりたいようにしてる。言いたいことを自由に言ってる。もちろん共同生活だからある程度の配慮とかルールはある。けど、それも含めて自由に暮らしてるってわかる。
みんなは『家族』なんだなって、思う。
『うらやましい』って思った。
ボクの理想がそのまんま広がってたから。
ずっとあこがれてた。お互い大事にしあって、たのしそうに笑顔で暮らしてる。テレビや本のなかでしか見たことのない『家族』。
ボクはずっと児童養護施設育ちで『普通の家族』を知らない。何人もとの共同生活は遠慮しかなくて、しかもボクは『トラブルを起こす問題児』だったから誰からも腫れもの扱いだった。
時にはいじめられた。無視されたり、逆にひどいこと言われたりすることもあった。息を殺して暮らしていた。ただただ必死に勉強していた。
そんな生活だったから、テレビや本で目にした『普通の家族』にずっとあこがれてた。あこがれながらも『ボクには無理だろうな』って思ってた。
それが『ボクの運命』なんだと思ってた。
ボクは『トラブルを起こす問題児』で『身寄りのない』『無価値な人間』。
だから『普通』なんて望んじゃいけない。それはどうやっても手に入れられないモノ。そう思っていた。
ボクはただ生きて、ただ死んでいくだけの存在。
それが『ボクの運命』なんだと思ってた。
『うれしい』も『たのしい』も、『あたたかい』も『しあわせ』も、ボクの人生には存在しないと思っていた。
そんなボクを、ヒデさんは包んでくれた。
そんなボクを、みんなは『家族』にしてくれた。
声をかけてくれて。構ってくれて。役割をくれて。居場所をくれて。
会話に入れてくれて。話を聞いてくれて。笑ってくれて。
一緒にごはんを作って。一緒にごはんを食べて。
褒めてくれて。叱ってくれて。気遣ってくれて。
ヒデさんのやさしさが。
伊佐治さんの豪快な明るさが。
麻比古さんのぶっきらぼうな気遣いが。
久十郎さんの学習意欲と知的好奇心が。
暁月さんの配慮と気配りが。
定兼さんの軽快さが。
押し付けることは一切なく、自然に、ほんとうに自然にボクに寄り添ってくれた。
遠慮や気遣いを考えることすらなく、いつも周囲を警戒していたボクが自分でも信じられないくらいすんなりと、みんなを受け入れていた。
不思議な心地よさ。
『ここにいていいんだ』って、生まれてはじめて思った。
いつの間にか「みんなは『ボクの家族』だ」って、思うようになっていた。
◇ ◇ ◇
ヒデさんは『普通の人間』だけど、ほかのみんなは『ヒトならざるモノ』。
そんなみんなは時に応じて姿を変えることができる。
鬼の伊佐治さんの本来の姿は、二メートル超える身長に筋骨隆々な身体。彫りの深い顔で眉も太い。吊り目の瞳は青。くせのある赤い髪は短くしている。両方のこめかみから黄色がかった大きな角が生えてて、への字口からは牙が下から二本出ている。
顔立ちからは何歳か読めない。三十代半ばくらい? 少なくともヒデさんよりは若く見える。
最初目にしたときはただただ恐ろしいだけだったけど、見慣れたら「典型的な『鬼』だね」って思う。金棒持って虎柄の腰布つけたら完璧だと思うんだけど、基本は白のランニングシャツにゆったりしたカーゴパンツ、軍靴みたいなショートブーツ。角と牙がなかったらそのまま軍隊にいそう。
見た目がこわい伊佐治さんだけど、みんなのなかで一番明るくて陽気なのは伊佐治さん。空気を読んで雰囲気を変えてくれたり。ボクが落ち込んでたら明るく声をかけてくれたり。ヒデさんもなんだかんだ伊佐治さんに甘えてる。
そんな伊佐治さんが姿が見えるようにするときは、身長をちょっと低くして角と牙を消して、目を黒に、髪を白髪混じりの黒にする。で、口元や目元に皺を増やす。それだけで五十代に見えるから不思議。
伊佐治さんは違う『世界』から『落ちて』きたひと。そういうひとは「けっこういる」らしくて「『落人』って言う」って教わった。意味わかんないけど伊佐治さんもみんなも「よくあるよ」って言うからそういうもんなんだろうって飲み込んだ。
突然違う『世界』に『落ちて』わけがわからなくて困っていたとき、ヒデさんのお父さんに「ウチにおいで」と言ってもらった。それからずっとヒデさんのおうちにいて、ヒデさんが生まれてからはずっとお守りをしてるって教えてくれた。
それでヒデさん伊佐治さんに甘えてるんだね。
そう言ったら伊佐治さんは「仕方のないヤツだろ?」「もういい歳なのにな」ってうれしそうに笑った。
麻比古さんは大きな黒い狼。基本は普通の狼みたいに四つ足で過ごしてるけど、二足歩行になってるときもある。「二足歩行、歩きにくくないの?」って聞いたことがあるけど「別に?」って返ってきた。「四足も二足も変わらない」「そのときの気分」って。
四足形態のときは、それこそ虎やライオンよりも大きい麻比古さん。日当たりのいい場所で丸くなって日向ぼっこしてるのを見ると乗っかりたくなるし、おなかを枕に寝転びたくなる。けど「妖の気配がつくとマズいぞ」って言われるからいまだにできないでいる。
抜け毛の季節は久十郎さんに掃除機かけられてた。あんまりな光景に思わずブラッシングを申し出た。
ヒデさんのご実家にいたときにはヒデさんのお母さんがブラッシングしてくれてたそうで、ボクの下手なブラッシングでも喜んでくれた。
一度やったら抜け毛の季節じゃなくても時々頼まれるようになった。喜んでくれて、役に立てて、ボクもうれしい。
二足形態のときは獣バージョンと人間バージョン、その中間バージョンがある麻比古さん。
狼が二足歩行してる形態のときは二メートル超える大きさで毛むくじゃら。手も足も狼のもの。
人間バージョンのときは狼のときそのまんまの黒髪と黒目の、二十代後半くらいに見える男の人になる。身長はちょっと低くなる。ていっても二メートルちょっとある背が百九十センチ弱になるから、普通のひとと比べて背が高いのは変わりない。
肩より長い髪をそのままにしているときと、適当にひとつに結んでいるときがある。
中間バージョンは、人間バージョンに狼の耳と尻尾がついただけのときもあれば鼻と口も狼になってるときもある。腕が毛むくじゃらになってるのに手は人間のときもあるし、狼の手になってるときもある。
どうもこのへんは「そのときの気分」らしい。「体調や精神状態にも左右される」って。
本来の姿は黒い大きな狼で、それ以外は「『人間の姿を取る術』を使ってる」。だから「イメージの強さで姿形が変わる」って。
イメージで姿形を変えられるから、ヒデさんと同年代にすることもできる。だから外で見えるようにするときは目元の鋭い黒髪のオジサンになってる。
その姿もカッコいいと思うけど、麻比古さん的には二十代後半の姿のほうが「しっくり来る」って。
「本来の年齢を人間換算したらそのくらいなんでしょ」って暁月さんが言ってた。
「一口に『妖』と言っても、種族によって平均寿命も年齢の取り方も違うから」
そう言う暁月さんは「二百三十歳くらいかしら?」って教えてくれながらも「女性に年齢を聞くもんじゃないわよ」って笑った。
「ウチの種族は長命なのよ」「百五十歳から二百歳くらいで成人して、だいたい八百歳から九百歳くらいで亡くなるひとが多い気がする」「たまに千歳超えてるひとがいるわよ」
そんな種族からしたら暁月さんは「まだまだ若手」らしい。
暁月さんは大きな黒い蛇。丸太よりも太い胴。三、四メートルはある身体でニョロニョロ動いてるのを見たらやっぱり「乗れそう」って思っちゃう。
「ヒデがちいさいときはよく乗せてたわよ」「ヒデは麻比古にも他の連中にもしょっちゅう乗ってたわ」いいなあヒデさん。うらやましい。
頭からしっぽまで蛇になってるときもあれば上半身だけ人間になってるときもある。人間のときは長い黒髪で色白の綺麗なお姉さん。細い垂れ目が色っぽい。みえるようにして出かけるとき、ほかのみんなは五十代に見えるように調整してるけど、暁月さんはそのまんま。暁月さんて、パッと見何歳かわからないんだよね。
ヒデさんの家族のなかで唯一の女性なこともあって、なにかとボクを気遣ってくれる暁月さん。「ヒデが生まれる前からお世話してたからね」「マコを見てたら昔を思い出して、つい手も口も出しちゃうわ」って笑ってた。
ヒデさんが生まれるより昔。暁月さんの一族に病気が流行った。暁月さんの妹さんも病気に罹った。いろいろ手を尽くしたけど治らなくて、一縷の望みをかけて『人間の世界』に飛び込んだ暁月さん。けど伝手もなんにもない状態で困っていたらヒデさんのご両親に会った。事情を説明して村に来てもらった。
病気の原因は村の水源に瘴気っていうのが巣食っていたからだった。人間の世界の環境破壊とか高度経済成長とかが影響したみたい。それをヒデさんのお父さんがやっつけて、お母さんが浄化して結界を張ってもう濁らないようにしてくれた。病気になったひとには浄化作用のある特別なお茶を点ててくれて、身体にいいごはんも作ってくれて、みんなが治るまでつきっきりでお世話してくれた。畑のことや上下水道についても教えてくれて村の生活環境改善にも協力してくれた。
病気の原因を突き止めて対処してくれて、病気も治してくれて、さらに生活環境まで良くしてくれたヒデさんのご両親に、暁月さんは「とってもとっても恩を感じてる」。だから「少しでもなにか役に立てれば」って、「恩返ししたいからそばに居たい」ってお願いした。けどお母さんは「恩返しはいらない」って断った。「それよりも、人間の世界について勉強する気はない?」って逆に誘ってくれて、そうして暁月さんはヒデさんのご実家でいろいろ勉強していた。
特に医療関係と環境関係の勉強をしていて、だからヒデさんが生まれるときにお母さんと一緒に色々勉強したし、生まれたあとも育児の勉強をしながらヒデさんに実践していった。「で、今に至るわけよ」って軽ーく教えてくれた。
ちなみに麻比古さんは「若気の至りでやらかして」「一族追放になった」。納得いかなくて暴れてたらヒデさんのお父さんに「ガツンとやられて」「そのまま寺に連れて行かれた」。
で、お父さんに「教育しなおされた」。そのうちにヒデさんが生まれて、守護者のひとりにされた。
なんでもヒデさんみたいな高霊力保持者を狙う悪いヤツがいるらしい。ボクが物心つく前から見ていた『アレ』よりももっとこわいモノが、赤ちゃんを、子供を襲ってくるって。そういうのから守るために伊佐治さんやほかのひとと一緒に麻比古さんも護衛にされた。
そのうちにヒデさんは成長して強くなった。そうなると護衛はもういらなくなったんだけど、強くなったヒデさんと一緒に戦う楽しみを見出してしまった麻比古さん。「だからアメリカにもついてきた」って。
ちなみに「一族追放処分」はちょっと前に「完全に許された」って。
ヒデさんが留学するのをきっかけに「一族に戻ればいいよ」ってヒデさんのご両親が麻比古さんの一族の偉いひとに働きかけた。ヒデさんのお父さんに教育されたこと、ヒデさんといっぱい悪いヤツを倒したことを伝えて、麻比古さん本人も「あのときはごめんなさい」って謝って、「追放は取り消し」になった。でも「もうしばらく反省させる必要がある」「時々顔を見せに来る程度ならばいいが、長期滞在は許さん」って言われて、ヒデさんの留学についてきた。
「多分『俺がヒデといたい』って長にはわかってたんだ」「だからあんな処分を言い渡したんだ」そう言う麻比古さんは、話から想像されるヤンチャさは全然なくて、頼もしいお兄さんに見えた。
つい最近帰国したとき、挨拶に行ったらそれも許されたって。追放から五十年経ったから「もういいだろう」って。
それでも変わらずヒデさんのところにいる麻比古さん。「なんだかんだ、この暮らしが気に入ってるんだよ」って笑ってた。
大鷲の久十郎さんは、ボクと同じくらいの体長。百七十センチくらい。その体長で翼を広げたらすごい迫力。「邪魔」って怒られるから滅多にやらないけど。
黒に近い茶色の羽根。鋭いくちばし。猛禽類、カッコいい!
けど鉤爪でフローリングの床を歩くのは難しいし傷になるからって、普段は人間形態でいることが多い。
久十郎さんも麻比古さんと同じで、完全に人間形態になってるときもあれば腕が羽になってるときも頭が猛禽になってるときも背中から羽が生えてるときもある。
人間形態の久十郎さんは二十代半ばくらいに見える外見。茶色の短髪。前髪をオールバックにしてるから鋭い目がよく見える。背の高さは変わらない。百七十センチくらい。
久十郎さんは五人のなかで一番勉強熱心。知的好奇心が旺盛。ヒデさんの護衛として一緒に小学校に通ってるときに「勉強の楽しさを知った」。
ヒデさんのおじいさんが研究者肌なひとだったこともあって、ヒデさんと一緒に「色々教わってた」って。
一緒に渡米したのも「もっと勉強したかったから」っていうすごいひと。
今はヒデさんは自分の研究ばっかりで、それはそれで知識が増えるんだけど「根気強くトライアンドエラーを重ねる研究職は性に合わない」らしい。それよりも「いろんな学校のいろんな学部の授業を受けて知識を増やすほうが楽しい」そうで、普通のひとからみえないことをいいことにあちこちの授業を勝手に受講してるって。
そんな久十郎さんがヒデさんのところにいる経緯を教えてくれたのは麻比古さんと暁月さん。「本来は外野が口にしちゃいけないんだけど」って、でも「知ってないと地雷と知らずに踏んじゃうかもしれない」「万が一そんなことが起きたらマコも久十郎も傷つくから」って、教えてくれた。
久十郎さんは一族みんな殺されて、ただひとり生き残ったひとだった。
山の中の隠れ里で暮らしていたある日、突然妖魔に襲われた。飛んで逃げることができない相手で、戦えるひとはみんな立ち向かった。久十郎さんも戦った。けど、普段相手にしていた熊やイノシシとは強さが段違いで、手も足も出なかった。大人も子供も、老人も赤ちゃんも殺されて、次から次へと食べられた。そこに駆け付けて妖魔を倒したのがヒデさんのお父さんと麻比古さん達。
久十郎さんが助かったのは「運がよかっただけ」暁月さんが言った。
暁月さんはヒデさんのお母さんやほかのひとと救援に駆け付け、怪我人の手当をした。けど一命をとりとめたのは久十郎さんただひとりだった。
帰るところのなくなった久十郎さんを、ヒデさんのご両親は「ウチにいたらいい」って受け入れた。
しばらくは不安定だったけど、ヒデさんが生まれるときに護衛をお願いされて、成長するヒデさんについているうちに落ち着いて今の久十郎さんになったって。
「ボクだけが『ひとりぼっち』じゃないんだね」つい、ぽつりとこぼれた。麻比古さんも暁月さんもいっぱいなでてくれた。
日本刀の付喪神の定兼さんは、イヤな血を吸いすぎてしんどかったところをやっぱりヒデさんのご両親に助けてもらった。
「寺の綺麗なところに祀ってくれて、サトがずっと浄化かけてくれて、『ケガレ』が消えたあとは玄治が鍛え直してくれたんだ」
そうして定兼さんは、お母さんの霊力がどれほど清らかか、お父さんの剣技がいかに美しいか、それはもう熱く熱く語ってくれた。ボクには半分も意味がわからなかったけど、ヒデさんのお父さんとお母さんがすごいひとだってことと、定兼さんがふたりが大好きなことは伝わった。
「ヒデも『それなり』にはなってきたけど。玄治と比べたら『まだまだ』だな」
ヒデさんやお父さんが悪いヤツをやっつけるとき、日本刀に戻った定兼さんを手に戦う。ヒデさんがいないとき定兼さんは伊佐治さんと組む。
ヒデさんが生まれるずっと前から定兼さんはヒデさんのおうちにいた。ヒデさんが十歳のとき、お父さんに真剣の使用を認められた。「好きなの選べ」って言われたヒデさんが選んだのが定兼さん。それから四十年ずっと一緒にいるんだって。
「いつになったら玄治に追いつくかな」って定兼さんが笑う。「あの親父に追いつけるわけないだろ」ってぼやくヒデさんにみんなが笑ってた。
普段の定兼さんは長いまっすぐな銀髪をポニーテールにして、葵祭の行列のひとみたいな白い服を着てる。吊り目がちの切れ長の目の瞳は銀色。ほっそりした輪郭の、綺麗なお兄さん。
パッと見は何歳かわからない、作り物みたいな外見。実際『作り物』らしい。「本体である刀を霊力で作った肉体で包んでるだけ」って説明された。よくわかんない。
そんな『作り物の身体』だから外見を変えるのも簡単らしい。みえるようにするときはおでこの広い黒髪黒目のオジサンになる。わざわざちょっとぽっちゃりした背の低いオジサンにしてるのがお茶目な定兼さんらしいなあって思う。
「俺はヒデの刀だから」ってアメリカについてきた定兼さん。
ヒデさんの学生生活をみんなで支えていたある日、妖刀の噂を聞いた。
昔。武士の時代が終わって西欧諸国に追いつけ追い越せってやってるときに、かなりの量の日本の品物を外国人が買い取り自国に持ち帰った。
そのなかには文化財とか国宝レベルのものもあったけど、いわゆる『いわく付き』なものも多くあった。
昔の定兼さんみたいに苦しんで怪異を起こしてる日本刀をはじめとしたものもこの国に渡っていて、誰にも助けてもらえなくてただ苦しんでいた。
それを知った定兼さんは怪異の噂を聞いては駆けつけるようになった。持ち主と交渉して無償有償で譲ってもらって日本のヒデさんのご両親のところに届けたり。戦って「まいった」ってさせて日本に連れ帰ったり、いろんな形で解決している。「苦しんでる付喪神を助けることをライフワークと定めてる」んだって。
そんな定兼さんに頼まれてみんなが「協力してる」って聞いた。ヒデさんは「巻き込まれてんだよ」「厄介事ばっかり持ってきやがって」なんて言ってるけど、みんなが言うのにヒデさんも「困ってるひとを放っとけないヤツだから」「口では文句言いながらも協力してくれるんだ」って。
定兼さん曰く「救済活動」をアメリカ全土で繰り返して三十年。今では「知るひとぞ知る『リアル幽霊退治屋』になってる」って教えてくれた。
「研究の時間を取られてホント迷惑なんだよ」ブツブツ文句言うヒデさんをみんなは「よく言うぜ」って笑い飛ばしてた。
あったかい雰囲気に『いい関係なんだな』ってわかった。
◇ ◇ ◇
定兼さんが中心になってやってる『救済活動』で助けられたモノ? ひと? 達は、ヒデさんのご実家に連れて行くって教えられた。
ヒデさんのご実家はお寺で、だから「すごく清浄なんだ」って。そういうところで過ごしたら「清められて楽になる」って。体験者の定兼さんが言うんだからそうなんだろう。
ヒデさんのお母さんと、弟さんの奥さんが「実力のある術者」だから「早く浄化してもらえる」って。
ヒデさんのご実家は、みんなみたいに助けられたひとがたくさんいるんだって。
その半分以上はヒデさんが生まれる前に助けられたひと達。みんなもそっちに含まれる。だからヒデさんがお母さんのおなかにいたときからヒデさんのお世話をしてるんだって。
ヒデさんが生まれるときにどれだけ大変だったか。赤ちゃんのとき、幼児のとき、どれだけ大変だったか。どんな小学生でどんな中学生だったか。ヒデさんのいないところでみんながそれぞれに教えてくれる。
ボクみたいに『アレ』に追い回されたり狙われたりする赤ちゃんや子供は「たくさんいる」らしい。それならやっぱりボクは運が良かったんだ。ここまで生きてこられたんだから。
ボクが『アレ』と呼んでいたものは『低級妖魔』って教えてもらった。
『ヒト』でないモノはまとめて『ヒトならざるモノ』って呼ばれてること、その中でもヒトにとっていいのとよくないのがいること。人間の持つ怒りとか不愉快とか、うらみとか憎しみとかが集まって、妖魔になったり、妖魔にしたりすることがあること。
伊佐治さん達はそういうのとは「成り立ちが違う」「『格』が違う」こと。だから大きく分けたら同じ『ヒトならざるモノ』だけど「全然違う存在だ」って教えられた。
「マコだってそうだろう?」久十郎さんが言う。
「『有機生物』という分類では、マコも犬も蟻もミジンコも同じ『有機生物』だ」「けど全然違う存在だろ?」「俺達も同じ」「低級と同じにはされたくない」
なんか納得した。
「マコは魂が清浄だからな」「穢れた存在は綺麗なモノに惹かれるんだよ」「霊力量も一般人より多めだしな」「サトについて修行したらそれなりになるんじゃない?」
みんなが色々教えてくれる。腑に落ちる話が多くて、昔のあれこれを客観視できるようになった。
ヒデさんやお父さん、弟さんは『退魔師』という職業で、そういうこわいモノをやっつけてくれるんだって。だから「ヒデのそばにいたら大丈夫だよ」って教えてもらった。
それもあって余計に安心して暮らすようになった。
◇ ◇ ◇
定兼さんは日本刀だからか、「斬る」ことにすごくこだわりがある。料理の材料を切るのは定兼さんの役割。仕事が丁寧な久十郎さんでも文句つけられるから「最初から定兼にやらせる」って。
右手だけを刀に変えて切っていく。切るものに合わせて出刃包丁にしたり刺身包丁にしたりする。すごい。
アメリカには日本みたいな薄切り肉って売ってないんだけど、定兼さんはブロック肉をあっという間に薄切り肉に変えちゃう。「スライサーで切ったの?」って聞いたくらいおんなじ厚さで、食べたときに丁度いい薄さに切ってくれる。すごい。
定兼さんのおかげですき焼きもしゃぶしゃぶもお刺身も食べられる。「定兼が我が家の食生活を支えている」って久十郎さんが言ってた。「ありがたやありがたや」ってみんなが定兼さんを拝んでた。ボクも拝んだ。
ごはんを作るのは定兼さんと久十郎さん、暁月さん。
材料を切るのは定兼さん。そこから久十郎さんと暁月さんが調理していく。
久十郎さんの料理は知的好奇心と学習意欲が発揮されてて、調味料とかすごくこだわりがある。入れる量だってちゃんとレシピどおりに計算して計量して入れる。化学実験みたいにキッチリ料理をする。
対して暁月さんはいい意味でテキトー。大雑把に目分量でやっつける。
「昔は久十郎が私の料理に目くじら立ててギャーギャー怒ってたけど。しばらくしたら諦めてたわ」暁月さんがそんなエピソードを教えてくれた。
なんせみんなは一食あたりの食べる量が多い。それが六人とあって、一食に出す量はかなりのもの。久十郎さんも暁月さんも栄養バランスについても勉強してきてるから、主菜に副菜にって何品も作りたい。そうなるとひとりで作るのは大変で、もちろん定兼さんが下ごしらえはしてくれるんだけど、それでも大変で、大雑把料理の暁月さんを久十郎さんが受け入れたらしい。
どっちの料理もそれぞれに美味しいからボクは好きなんだけどな。
ちなみに伊佐治さんと麻比古さんは「あいつらのは『料理』じゃない」って久十郎さん暁月さん定兼さんが口を揃えて言う。だから「料理させない」って。
元が鬼と狼のふたりだからか、生肉の塊とか半焼けの塊肉とか、平気でドーン! って出してきた。「野菜も出せ!」って言ったらキャベツ丸ごとお皿に乗ってきた。
「私達は大丈夫だろうけど、ヒデが食べたらまず間違いなく病院行きだわ」ってなって、料理は久十郎さんと暁月さんがやることになったって。
「ヒデさんは料理しないの?」って聞いたら「やらせない」って久十郎さんが座った目で断言した。
「あいつ考え事しながら料理するんだよ」「何度ボヤ騒ぎを起こしたか」「食材を炭にする天才よ」
そりゃ料理させちゃダメだね。
「俺達が栄養バランス考えて作るから」「あいつらはキッチン立入禁止だ」
「定兼のおかげで日本にいたときと変わらない食材が手に入るから」「ヘタな日本食レストランよりもウチのごはんのほうが上よ」
最近ではアジア食材を扱うお店も増えてきているけど、渡米したばかりの頃は色々工夫して料理してたって教えてくれた。それでも手に入らない材料は日本のヒデさんのご両親から送ってもらったり、帰国して手に入れてるって。
なんでもみんなは『高霊力保持者』という『霊力が多いひと』。そんなみんなはヒデさんのお母さんに教わって『無限収納』ていう術? が使える。らしい。
見えない亜空間がポケットやカバンみたいに使える術で、そこに入れたら重さも大きさも関係ない。術を維持できる霊力の量でポケットの大きさが決まるから、ひとによって入れられる量はちがう。
みんなは普通に使うだけの食材や調味料や料理を入れるのに十分な大きさのポケットを持ってるから、手ぶらで日本とアメリカを行き来できる。姿を隠して無賃乗車してるって。「便利ー」ってつい思っちゃった。
久十郎さんは調味料にもこだわりがあるひとで、アメリカに売ってない調味料のためにしょっちゅう帰国してるって。「送ってもらえないの?」って聞いたら「特別な伝手で譲ってもらう調味料もある」「それはサトでも手に入れられない」らしい。
なんか特別な職人さん? が作る特別な調味料があるんだって。久十郎さんが食べた料理の味に惚れ込んで料理人さんを口説いて紹介してもらった職人さんで、流通はしてないものらしい。久十郎さんが仕入れたものをヒデさんのお母さんに半分譲ってるって。それ、相当貴重なんじゃない??
「貴重だよ」「だから大事に、大事に使ってる」
週に一度の特別なお味噌汁。半月に一度の特別な抹茶スイーツ。それらが「特別な調味料を使った料理」。なんでも「食材に含まれてる霊力量が違う」「浄化作用もある」もので、定期的に摂取することで「普通の食事や霊力操作だけだと不足する部分を補っている」。
だから、同じ食事を摂っているボクも「霊力を安定させて体内を浄化させる」効果を得られてるって。それもあるのか、ボクはこのおうちに来てから自分でもわかるくらい安定した。
口と胃腸に合った食事が十分な量いただけている。意地悪されることも邪険にされることもなく、横取りされる心配もない食卓。朝昼晩の三食しっかり食べられて、おやつまである。
日本にいたときには考えられないくらいしあわせな食生活。
マット先生のところでもたくさん食べさせてもらってたけど、やっぱりアメリカ流の食事はおなかに合わなかった。今ならわかる。
今は食べたものを身体がちゃんと吸収してるってわかる。胃腸が食べ物を栄養にして、骨や筋肉にしている。細胞を活性化させている。エネルギーにしてる。
あのおじいさんにもらった眼鏡には「『成長阻害』の効果があった」って教えられた。『アレ』につきまとわれてたボクを守るために「少しでも少年にみえる期間をのばそうとしてくれてた」って。ありがたくて手を合わせて感謝を捧げた。
その眼鏡をしていないこと、食べたものがしっかり吸収されていることで、ボクの身体はどんどん変わっていった。
それまでも背は同年代の女子の中では高めだったんだけど、さらに伸びた。どこまで伸びるのかと思ったけど百七十センチで安定した。
ぺったんこだった胸がふくらんできた。おしりもふっくらしてきた。暁月さんみたいなメリハリのある身体じゃないけど、ダボっとした服を着ていたらわからない程度だけど、女性用の下着をつけないといけないくらいにはなった。
顔立ちも「変わった」ってみんなに言われるようになった。「やわらかくなった」「かわいくなった」って。
それは「『肉体的な成長』というよりは精神的なものでしょうね」って暁月さんが言った。
「ヒデのそばにいることで安定してるからでしょ」「これまで抱えていた不安が無くなったからでしょ」って。
それは確かにそうだと納得できた。
このおうちにいたら『アレ』がこない。ごはんもおいしいのがたくさん食べられる。誰に意地悪される心配もなく安心して眠れる。ヒデさんがハグしてくれたらすごく安心できる。ヒデさんもみんなもボクのことを大事にしてくれてかわいがってくれる。
ボクは、生まれて初めて、心の底から安心して生活できるようになった。
ここに来たばかりのときは、こんな生活を送れることが信じきれなかった。「またすぐ捨てられるんじゃないかな」「こんな夢みたいなこと、続くわけないよね」ってこわかった。どこか諦めがあった。そうやって予防線を張っておかないと失った時につらいってわかってたから。
けど、このおうちに来た十二月の半ばから、毎日毎日ヒデさんがハグしてくれておでこやほっぺにキスしてくれて、みんなも大事に大事にしてくれて、あたりまえのように『家族』に入れてくれた。
みんなから注がれる笑顔や言葉のおかげで、ボクはみんなのことを少しずつ、少しずつ信じられるようになった。
『ボクの部屋』をくれて、『家族』のなかの『ボクの役割』をくれて、『ボクの居場所』をくれた。
『このおうちに居てもいいんだ』って思わせてくれた。
『「家族」に入れてもらえたんだ』って思わせてくれた。
ボクは『家族』を得て、少しずつ、少しずつ変わっていった。
マコトは豊かな食生活を手に入れた
マコトの警戒心が薄れた
マコトは周囲への信頼を覚えた
マコトに自己肯定感が芽吹いた
マコトは『家族』を手に入れた
精神的安定を手に入れた
マコト、成長中