【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』6
いつもよりすこし短めです
めまぐるしく季節がうつろい、十二月になった。
彼女は二十歳を迎えた。
日本では二十歳が成人とされ、特別に祝われる。
せっかくの二十歳の誕生日。特別なものにしたい。話し合い検討を重ね、最終的に我が家にマット夫妻を招待して彼女の誕生日会を開いた。
ウチの連中も人型をとって「昨年末から同居している昔馴染み」と紹介した。
彼女と同居をするにあたり、血縁のない若い娘さんと独身オッサンとの二人暮らしは「問題がある」と母に指摘された。実際は五人の妖との同居なのだが、そんなこと一般人にはわからない。
一般人から『視え』ないことをいいことにこれまでは連中のことを申請していなかった。「パスポート出せ」とか言われたら面倒だったし。
が、彼女の同居にあたりあちこち申請書類を出していて、マンションに関しての手続きが面倒でないことがわかった。代表者一名がしっかりと身元証明すれば同居人は書類へ氏名年齢職業を記入するだけで済んだ。同居人がなにか問題を起こせば代表者が責任を取ること、場合によっては即刻退去することが説明され、それならついでにウチの連中も申請しようとなった。
ウチの連中は俺と一緒に渡米して三十年。それなりに知り合いもできて、人型を取るときにはおかしくない程度に年齢を重ねた風貌にしていた。暁月は年齢不詳の女だが、ほかの四人は俺と同年代のオッサンの姿を取っている。
その気になれば若い姿にももっと歳を重ねた姿にもなれるが「どこでどうツッコまれるかわからないから」と俺と同年代で申請をした。
「日本での仕事を早期退職した」「再就職の前に昔馴染みの秀智に会いにきた」「しばらくアメリカに滞在する」その説明にどこも納得し、五人は拍子抜けするくらいあっさりと受け入れられた。
アメリカの知り合いには「日本とアメリカと行き来していた」の説明で納得された。「日本の仕事を早期退職してきたからしばらくアメリカにいる」と。
そんな話をマットと奥さんにし「言うのが遅くなってごめんな」と謝った。
「ヒデは研究以外は抜けてるもんな」というマットに奥さんが「あなたもでしょ」とツッコんでいた。同感。
彼女の服装については迷った。俺達だけならかわいいドレスを着せたかったが、マットを呼ぶとなると男の子に見えるもののほうがいいだろう。だがせっかくの二十歳の誕生日なのに男装はかわいそうだ。そんな話をしていたら、誰かが母に話を漏らしたらしい。両親から彼女の誕生日プレゼントとして着物が贈られた。
着物姿の彼女にマットも奥さんも「カッコいい!」と喜び写真を撮った。
「本当だったら振袖を贈りたかった」と母が言っていた。が「まだ対外的には男性だと思わせておいたほうがいい」と、色無地の着物と羽織、半幅帯と小物を送ってきた。パーティなんかで「民族衣装で」ということがたまにあり、俺も着物一式は持ってきている。男性用の着物と羽織を着た俺と並んでもそこまで違いがわからないようなものを選んでいるのはさすが母。詳しい人間ならば違いがわかるだろうがアメリカでそんな人間はまずいない。少なくともマット夫妻はわからない。
暁月に着付けてもらった彼女。ウチの連中も全員着物。料理も和食。マット夫妻が大喜びした。
そんな内輪だけの二十歳のパーティに、他ならぬ彼女が涙を流して喜んだ。
「こんなふうにたくさんのひとにお祝いしてもらえるなんて、考えたこともなかった」
昨年の十九歳の誕生日はマット家でお祝いしてもらった。「初めて自分のためだけに誕生日を祝ってもらった」「すごくうれしかった」と教えてくれた。
今回は日本風の日本の料理のお誕生日会。折り紙で輪っか飾りを作り、日本風の誕生日ケーキを作り、日本語で「お誕生日おめでとう」と書いた横断幕を飾った。たくさんたくさん「おめでとう」と日本語で言ってもらった。昨年のパーティーもうれしかったけれど「上回るうれしさ」「こんなにしあわせでどうしよう」と彼女は嬉し涙を流した。
パーティーがおひらきになりマット夫妻が発った。着物から普段着に着替え、全員で片付けをした。
「楽しかったな!」「美味い酒だった」「来年も着物パーティーにするか?」他愛もないことを口にしながら片付けを進め「ついでだ!」と大掃除もした。
昼飯に合わせてパーティーを開催したから大掃除をしても夜には片付いた。夕飯はパーティーの余りで簡単に済ませ、早目の解散となった。
◇ ◇ ◇
「お風呂お先でした」
風呂から上がったかわいい子はそう挨拶をし、まっすぐに俺のところに来る。すっかり習慣になった『おやすみのハグ』。が、今日はハグの前に渡したいものがある。
「ハグの前に、ちょっといいかい?」
そう伝えると疑問を浮かべながらも「はい」と答えるかわいい子。
彼女が風呂に行っている間に持ってきていた包みを手渡した。
「二十歳、おめでとう」
「―――ありがとう、ございます………」
「よかったら開けてみて」うながせば彼女は受け取った箱を机に置き、丁寧に丁寧に開封した。
出てきたのは、真珠のネックレスとイヤリングのセット。
驚いて顔を上げ俺を見つめるかわいい子。ついヘラリと笑み崩れたが、どうにか説明をする。
「真珠は強い守護力があるって言われてるんだ。邪気をはらって持ち主を守るとも 」
「成人したらいろんなパーティーに出る機会もある。冠婚葬祭だって増える。そんなきみの『護り』になれば、うれしい」
こんな気の利いたプレゼント、当然俺では思いつかない。早々に白旗を揚げ母に助力を願った。
真珠のネックレスとイヤリングのセットを提案され色々説明されたら「これしかない!」と思えた。
母の伝手で良品を手配してもらい、届けてもらった。俺の手元に届いてからは霊力を注ぎ続け、物理守護と霊的守護を付与した。
「今はまだ女性の服装に抵抗があると知ってる」
「けど、二十歳になったきみに、大人になって最初のプレゼントとして、大人の女性にふさわしいものを贈りたかったんだ」
「いつかきみがきみのままで生きられるようになったとき。これを手にして、今日という日を思い出してくれたらいいと思ったんだ」
二十歳の誕生日は一度しかないから。
この瞬間に俺がいた証を、きみに刻みたい。
いつか大人の女性として羽ばたくきみ。きみを飾る最初の装飾品を俺が贈りたかった。
ただの自己満足。わかってる。
それでも、彼女の記念になればいい。彼女の『護り』になればいい。隣にいられなくても、ココロだけはそばにいたいから。
「きみは今日から大人だ」
「未来に羽ばたくひとだ」
「きみの『これから』が幸福であるよう、願っている」
「おめでとう」
言いたいことを笑顔で伝えた。が、かわいい子はただ呆然としていた。
「どうして………」
ようやくこぼれた声は震えていた。
「どうしてここまでしてくださるんですか………?」
言葉の意味がわからなくて首をかしげたら、彼女は俺とまっすぐに目を合わせたままポツリポツリと言葉をつむいだ。
「ボクは特別なところのない、つまらない人間です」
「ヒデさんにとっては縁もゆかりも無い人間です」
「なのに、なんでこんなに良くしてくださるんですか」
「『縁もゆかりも無い』なんてさみしいこと、言わないでくれよ」
「縁があったからこうして一緒に暮らしてるんだろう?」
そう言い返せば「……………失言でした」「ごめんなさい」と彼女は目を伏せた。ついでに肩も落ちた。
ショボンとした彼女にあわてて言い重ねる。
「難しく考えなくていいよ」
「俺がきみを気に入ったってだけだから」
「きみも俺と同じ年齢になったらわかるよ」
「年を取ると余計なおせっかいがしたくなるもんなんだよ」
そろりと視線を上げる彼女に、にっこりと微笑みかける。少しは大人の余裕が見えていたらいいんだが。
「きみはなにも気にしなくていい」
「きみの望むままに生きればいい」
「俺はずっと見守っているから」
「きみが楽しく生きていくのを。きみが明るい道を進むのを」
俺の言葉に彼女はグッと口を引き結んだ。眼鏡の奥の瞳が潤んでいく。
かわいくていじらしくて愛おしくて、つい頭を撫でた。
「きみは俺の家族だ」
「俺達の家族だ」
「きみが『しあわせ』なら、それだけで俺達はうれしいよ」
正直に伝えたのに、彼女はポロリと涙を落とした。
ポロポロとこぼれる涙を両手でぬぐいながらさらに伝えた。
「きみはいつもなにかをもらったら『お返ししなきゃ』とか『恩返ししなきゃ』って言うけど」
「これに関しては『恩返し』なんて考えなくていいからね」
「俺はもう十分もらってるから」
「きみからたくさんのものをもらってるから」
「俺にとって、きみがきみであるだけでいいんだから」
彼女の頬を両手で包み、まっすぐに眼鏡の奥の目を見つめた。
「きみが大切なんだ」
「そばにいてくれるだけで『しあわせ』なんだ」
「きみにも『しあわせ』になって欲しいんだ」
「これまでたくさん大変だったきみだから、これからたくさん『しあわせ』になって欲しいんだ」
しっかりと言い聞かせる。『願い』を込めて。
くしゃりと顔をしかめる彼女。さらに涙が流れ落ちる。目も頬も耳も赤く染まる。かわいくて愛おしくて、思わず抱き締めた。
「これまでたくさんがんばってくれて、ありがとう」
「俺達のところに来てくれてありがとう」
たくさんの感謝を込めて告げた。
彼女は俺の背に腕をまわし、抱きついてくれた。愛おしくて頭を撫でた。かわいい。愛おしい。俺のマコ。俺の唯一。
どうか『しあわせ』に。これまで大変だったんだから。それを笑い飛ばせるくらいの『しあわせ』を。俺が護るから。生涯かけて護るから。
『祈り』と『願い』を込め、彼女を抱き締めた。
ずっとそばにはいられない。いつか俺が先に逝く。わかってる。理解している。だからこそ、生きている間はきみを護る。置いていくきみを護るためのものをひとつでも多く遺す。これもそのひとつ。いつか俺がいなくなったあと、少しでもきみを護れるように。
ぎゅうっと抱き締め、そっと力をゆるめた。彼女もつられるように力を弱めた。
そっと頬に手を添え、その顔を俺に向ける。真っ赤な目と鼻でグズグズ言うのがかわいい。涙目を向けられ、あまりのかわいさに額にキスをした。
「試しにつけてみてもいい?」
主語のない質問に彼女は黙ってうなずいた。机に置いたままのネックレスを手に取り金具をはずす。「ちょっとあっち向いて」とお願いすればすぐに背を向ける彼女。そっとネックレスを首にまわし、金具を留める。
次に「こっち向いて」とお願いし、ネックレスの長さを見る。ウン。いいんじゃないか。
「イヤリングもつけていい?」と聞けばやはり黙ってうなずく。やわらかな耳たぶに触れるだけで表に出してはいけないナニカが出てきそうになる。邪なナニカをどうにか押し留め、両耳にイヤリングをつけた。
「痛くない?」と確認すれば「大丈夫」と返ってきた。よかった。
一歩下がって全体を見る。
―――綺麗だ―――。
パジャマに眼鏡なのに、涙を落としながらも微笑む目の前の女性が輝いて見えた。
アクセサリーをつけただけなのに、やけに大人に見える。まるで魔法をかけられたシンデレラ。
「―――綺麗だ」
「綺麗だよ。マコ」
言葉が勝手にこぼれた。
彼女は一瞬驚いたように目を見開いた。けれどすぐにその目を細め、笑みこぼれた。
―――花が、咲いた。
見慣れたかわいい子のはずなのに、初めて出逢う大人の女性がそこにいた。
なんて愛おしい。なんて愛らしい。なんて綺麗な。
そっと手を伸ばす。嫌がることなく俺の手を待ってくれる表情に後押しされ、指先で頬に触れた。うれしそうにさらに微笑むから、調子に乗ってそっと頬に手を添えた。
「―――いつの間にこんなに素敵なレディになったんだろうか―――」
ため息まじりに言葉がこぼれた。愛しくて愛おしくて、左手も頬に添え、じっと彼女の顔を見つめた。
「綺麗だよ。マコ」
同じ言葉を繰り返す俺に、愛しい彼女はただ微笑んだ。
「本当なら、大人になったきみにこんなオジサンが触れるなんていけないことなんだろうけど」
「『家族』だから」
「許しておくれ」
言い訳をして、彼女を抱き締めた。
壊れ物を抱くように。真綿で包み込むように。
「二十歳おめでとう」
「これからのきみに幸あるよう、願っている」
愛しいひとはただ黙って俺に抱きついてきた。愛おしくて、ただ愛おしくて、そっと耳にキスをした。
「大好きだよマコ」
「なにもこわいことはない。俺達がきみをずっと護る」
「きみは何も心配しなくていい」
「きみの望むままに、行きたい道を往け」
「きみには俺達がいる」
「大丈夫だ」
心に浮かぶままに言祝ぎを贈る。
この祈りが天に届くように。この『願い』が彼女を護るように。
愛しいひとの『しあわせ』を、ただただ願った。
◇ ◇ ◇
恒例の研究所のクリスマスパーティー。ここで昨年マットに話を持ちかけられ、彼女に初めて出逢った。あれからもう一年かという思いと、たった一年前のことかという驚きがないまぜになる。それほど彼女と過ごしたこの一年は濃密だった。
もう彼女のいない生活には戻れない。日々の喜びもしあわせも、すべて彼女とともに在る。
誕生日パーティーに招待したマットに誘われ、彼女もウチの連中も今年はパーティーに参加している。もともと『家族の参加可』のパーティーだから問題ない。全員誕生日パーティーと同じ着物姿。
昨年のパーティーにマットは彼女を連れて来ようとしていた。が、本人が気後れして同行を拒否。そんな彼女に奥さんが付き添ったため、昨年のマットはひとりでの参加だった。
今年のマットは奥さんとふたりの息子を伴って出席。久しぶりに会うマットの息子達がウチのかわいい子を見て「なんか変わったね」と驚いていた。
「二十歳になりました」「日本では成人です」堂々と返すウチのかわいい子にマットの息子達はまた驚いていた。
かわいい子はかわいいので俺の手元にずっと置いておいた。人数多いからナンパされるかもしれない。イチャモンつける馬鹿がいるかもしれない。俺がどうしても離れないといけないときはウチの連中に護衛を頼んだ。
俺がひとりでないのをめずらしがられてあちこちから声をかけられた。ウチの研究室の連中。親しくしている研究者達。「一緒に暮らしてるんだ」と話していたら事務の職員から「どういうことですかね」「申請書を受理した覚えがないですけど?」と怒られた。まさか研究所にも申請が必要だったとは。「知りませんでした」「ごめんなさい」と謝ったがめちゃくちゃ怒られた。
「マットの紹介で」「ウチのかわいい子」「いい子だよ」あちこちでかわいい子を自慢していたら「養子にでもするの?」と言われた。それは考えたことがなかった。
「それもいいかも」とつい日本語でつぶやいたら、かわいい子が驚いていた。
「養子にしたら俺の全部をきみに渡せる」「俺が死んだあと、ひとつ残らずきみに遺したい」帰ってからそう言ったら「そんなこと言わないで」と怒られた。
「いなくなっちゃヤダ」「『ずっとそばにいる』って言ってくれたじゃない」「置いていかないで」そう言って抱きついて泣くから愛おしいやらかわいいやら申し訳ないやらで「ごめんね」と言うしかできなかった。
◇ ◇ ◇
俺の『死』を匂わせたからか、研究所のパーティーからかわいい子が俺にベッタリになった。少しでも離れまいと後追いをし、ソファに座ればすぐさま真隣に座りピットリとしがみつく。正直かわいくてたまらない。が、これは不安定の証なのであまりよろしくない。
「まだ死なないよ」「大丈夫」そう言っても彼女は聞かない。
この状況で養子縁組の手続きをしようものなら「死んじゃうの!?」と大騒ぎすることは簡単に予想できた。なので養子の話は一旦保留にした。
そんなある日、いつものように母が電話をかけてきた。ちょうど彼女が買い物で不在だったのでいい機会だと「養子縁組を考えてる」と話をした。
「養子縁組なんてしなくても、財産全部譲る方法があるでしょう」
なにかと思ったら「結婚すればいいじゃない」と言う。「妻はなにもかも相続するわよ」と。
「いくらなんでもそれは……」と言えば「あらなんで?」と母はあっけらかんと問うてくる。
「年齢を考えてよ。俺五十二だよ? マコはやっと二十歳になったばかり。まだ子供だよ?」
そう言ったが「二十歳は成人よ?」とケロリと言う。
「関係ない」「あの子は大事な子だ」「俺みたいなオッサンに縛り付けていい子じゃない」「あの子はマットも認める才能ある子だ」「これからどんどん活躍していく子だ」「『これから』がある子だ」「これからどんどん活躍して、『世界』が広がって、きっと年回りも丁度いい男と出逢う。恋だってする」「俺が彼女の足枷になるわけにはいかない」「彼女の邪魔をしたくない」「彼女の邪魔になりたくない」「彼女には『しあわせ』になってほしい」
常日頃抱いている想いを吐き出せば、母はしばらく黙り込み、「はあぁぁぁ………」とため息をついた。
「本当にねえ……」
「『静原の呪い』にも困ったものねえ」
呆れたような、諦めたような一言に、我が事ながら「ホントにな」と苦笑しか浮かばなかった。