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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』4

 彼女が目を覚ましたのは昼近くだった。

 いつ目覚めてもいいようにそばで論文(レポート)の分類をしていたから、モゾリと動いたことにすぐ気が付いた。

 モゾモゾと動き、ゆっくりと身体を起こす。鳥の巣のような頭でボーッとしているのがかわいらしい。ずっと見ていられる。


「起きた? おはよう」

 声をかけると、ボーッとしたままの顔をこちらに向け―――ゴシゴシと目をこすった。かわいい。


「―――あー。ゆめかぁー」

 ほにゃりと無防備に笑い、彼女は「いいゆめー」と言いながらまたパタリと横になった。

 クフクフと聞こえるのは笑い声。上掛けで口元を押さえ、しあわせそうにしている。

 よくわからないが楽しそうだ。が、そろそろ起こさないと。メシ食わさないと。


 彼女のそばに座り、そっと頭を撫でる。鳥の巣頭が少しでも落ち着くように手櫛をかけてやる。

「お寝坊さん。そろそろ起きな」「腹減っただろ」

 撫でながら声をかけると、しあわせそうに目を細める。その表情があんまりにもしあわせに満ちあふれていて、胸をギュワッと鷲掴みにされた。


 けれどすぐに眉をしかめることになった。満面の笑みを浮かべながら彼女が涙を落としたから。

「―――しあわせ―――」

 そうつぶやくから「なにが?」と聞いてみた。髪を撫でながら。


「―――おきてすぐに『おはよう』って言ってもらえて。だいじみたいになでなでしてもらえて」

「ずっと、ほしかった」

「ずっと、ゆめみてた」

「ゆめでも、うれしい―――」


 目を閉じたまま、しあわせそうに涙を落とす彼女の言葉に、これまでの過酷でさみしい人生が垣間見えた。

 怒りに震えそうになるのをどうにかこらえ、そっと、そっと頭を撫でた。


「―――こんなことでよかったら、いつでも、いくらでもするよ」

 そうささやき、そっと額に口付けた。

「大事だよ」「大切だよ」そうささやき、髪を()いた。

 彼女はしあわせそうに微笑み、力を抜いていく。撫でているうちにまたウトウトと眠りに落ちて―――。


「ヒデー! これ追加!」

 伊佐治の大声に、彼女がビクウッと跳ねた!


「さっさと分類しろよ!」

「どうせ全部捨てるんだろ?」

「早くしないとマコトの寝床作れないぞ」

 あちこちからかかる声に彼女は完全に目を覚ましてしまった。ガチンと固まったまま、おそるおそる俺に顔を向ける。

 クッッッソかわいい。


 涙目で子犬のようにプルプルと震えて。ああもう駄目だ。かわいすぎる!

「おはよう。よく眠れた?」

 言いながらヒョイと抱き起こし、できたスペースに座り、抱き上げた彼女を膝に座らせる。ぎゅうっと抱き締める。霊力が循環する。魂が歓びに震える。ああ。もう。


 抱き締めたまま頭を撫でていたら「あ、あの、あの!」と声が聞こえた。

 仕方なく腕をゆるめる。と、真っ赤な顔の彼女がいた。目は潤んだまま。クッッッソかわいい。


「今朝誰かなんか言ってなかったか」

「聞き間違いかな」

「変質者だろあれ」


 変質者?

 聞こえた言葉にようやくハッとした。自分がなにをやらかしたか気付き、ザッと血の気が引いた。が、年の功でどうにか表情(かお)を作り彼女に笑みを向ける。


「ごめんね。スキンシップが過ぎた」「三十年もアメリカで暮らしてたら、どうしてもスキンシップ過剰になっちゃって……」

 俺の取ってつけたような言い訳に、彼女はすんなりと納得した。

 その様子からマット達のところでもある程度のスキンシップがあったと察せられた。あの世話焼きアメリカ人がやらないわけないかと考え、ふと思いついた。


 ………嫌がられるかな。けど試してみるだけ。


 自分に言い訳しながら彼女を俺の膝から下ろし、ソファに座らせた。逆に俺は立ち上がり、彼女の肩に手を置いて頬を寄せ、そのままキスを贈る。本来ならば唇で頬に触れることはないがそこは敢えて軽く触れた。

 予想通り彼女は嫌がらず、されるがまま。

 悪巧みが成功し、思わずニンマリ口元がゆるむ。


「おはよう。マコト」

 そのまま挨拶をすれば彼女は困ったように照れたように「おはようございます」と返してくれた。ボサボサの頭がかわいい。



 かわいい子のかわいい様子に満たされていたら「ヒデー。働けー」と声がかかった。

 俺に向けていた顔を声の方へと動かした彼女は、疑問を浮かべた。

 視線を向けられたと気付いた連中はすぐに「おはようマコト」と挨拶をする。が、言われた本人は「お、はよう、ござい、ます?」と戸惑っている。

 なにを戸惑っているのかと考え、ようやく思い至った。


「そっか。この姿では『初めまして』だもんね」

 俺の言葉に連中も察した。わらわらと集まってきて、一斉に変化した。


「ひっ!?」

 それまでいたのは俺と同年代のオッサン四人と年齢不詳の女ひとりだった。それが一瞬で鬼やら狼やらになったものだから、かわいい子は上掛けを口元まで引きずり上げビビった。

「昨日はこわがらせてごめんな?」「全部ヒデが悪いってわかったから」「もう誤解は解けたから。ごめんね?」口々に言われても彼女はビビッて震えている。おかしいな。昨夜と違って威圧もないし霊力も抑えてるのにな?


 そこまで考えて思い至った。過去の経験がこんな反応をさせていると。これまでの彼女の人生でどれほど恐ろしい目に遭ってきたのか、この態度だけで察せられる。腹の底にドロリとしたものが湧き上がる。が、表面上はなんてことない顔を作って彼女の頭を抱き寄せた。

 触れるだけで霊力が循環する。こんなことがあるのか。感動と歓びにむせびそうになるがこれもこらえて彼女に話しかける。


「女の子にはこわいビジュアルだったね。ごめんね」

 俺の言葉にウチの連中は「失礼な!」「否定はできないがな!」などとわめく。が、彼女はガチンと固まった。

 どうした? と顔をのぞくと、かわいそうなくらい顔色を悪くしていた。


「―――ど、どうして―――」

 震える彼女に「ああ」と察した。

「なんで『女の子ってわかったか』って?」

 おそるおそるうなずく彼女の反応で、女の子であることを隠していたことがわかった。


「暁月が気付いた」

 端的に言い視線をやると、彼女も俺の視線を追った。そこにいたのは人間よりも大きな、とぐろを巻いた黒い大蛇。

「私、蛇だから。ニオイに敏感なのよ」

 その説明に彼女は納得したらしい。身体に入りまくっていた力がぬけた。

 あんな説明で納得できるのは知識豊富な証。数学オリンピック日本代表だとマットが言っていたが、数学的知識以外にも知識豊富なことがうかがえた。


「『女の子だ』ってこと、隠してたの?」

 たずねるとうなずく彼女。

「なんで?」

「児童養護施設の先生に『できるだけかくしておきなさい』って言われて………」


 ウチの連中も一緒に彼女を取り囲み、詳しく話を聞いた。彼女がこわがるから人型を取って。

 どうも幼い頃に世話になっていた養護施設の職員に、それなりの知識のあるひとがいたらしい。問題行動を起こし具合を悪くする彼女に「霊的トラブルに遭っているのでは」と考えた。そこでその職員が考えたのが『性別を偽る』こと。


 古来からよくある災難除けの方法。『ヒトならざるモノ』や災厄の目を(あざむ)くために服装や名前を本来の性別と違うものにする。その策は一定の効果があり、一時は無事に過ごせていた。けれどもその職員が家庭の事情で退職するとまたトラブルが起こり、違う施設へと移動になった。

 それでも一定の効果はあったからとそのまま男のふりをし続け現在に至ると。


「書類関係は?」

「それはさすがに正直に書きました」「でもなんでかみんな男の子だと思い込んでくれてて」

「学校の制服は?」

「『施設育ちでお金がない』って説明したら、おさがりを認めてもらえました」「たまたま男性用しかおさがりをもらえなくて」「なので、中学校も高校も男性用の制服で過ごしました」

「生理は?」

「……………」


 恥ずかしそうに口をつぐむ彼女。「ヒデったら。デリカシーなさすぎ」人間形態(ひとがた)になった暁月がそう言って彼女に近づき、コソコソと話をした。


「まだ来てないの!?」

 オイ。誰かデリカシーがどうとか言ってなかったか?


「え。今何歳?」

「十九歳です」

「これまでに誰かに相談したことは?」

「ないです」


 彼女の答えを受け「うーん」と暁月がうなる。

「………ごめんなさい………」

「ち、違うのよ! 怒ってるわけじゃないのよ!」

 泣きそうな顔で謝る彼女に暁月のほうがあわてている。


「なんで生理が来てないのかなって考えてただけ」

 そう説明され彼女が少し顔を上げる。


「人間の女の子はだいたい十二歳から十四歳くらいで初潮が来るんだったはず。十八歳すぎても来ない場合は、病気や疾患を疑ったほうがよかった……と、思う」


『病気』と聞いて知らず焦燥が湧き上がる。「なんでそんなこと知ってんだ」伊佐治に聞かれた暁月は「サトがヒデを産むときに色々勉強した」と答えた。

「だから五十年前の知識だけど」と前置きをして、暁月は続けた。


「初潮が来ないのは病気が原因の場合もあるけど、ストレスとか食生活が原因の場合もあったはず」「健康な女性でも、ちょっとした環境や体調の変化で来なかったり止まったりって結構あるらしいわ」


「「「へー」」」

 俺を含む男共はよくわかってないとわかる相槌を打つ。そんな仲間に暁月はわざとらしく呆れた様子でため息をついた。


「女性の身体は繊細なのよ」「アンタ達(オス)とは違うの」


「おまえだって人間じゃないじゃないか」というツッコミは無視し、暁月は続ける。


「けど、精神的なものが原因というのも捨てきれないわね」

「というと?」

「要は自己暗示」


「自己暗示……」

 チラリと彼女に目をやると、ポカンとしたまま暁月を見つめている。年齢不詳の美女の言うことを素直に聞いているのか、はたまた理解ができていないのか。


「『女の子だったら喰われる』と思って『男の子でいないと!』って自分に制限をかけた可能性はあると思う」


 その説明に彼女はハッとした。心当たりがあるらしい。どれほど過酷な目に遭ってきたのかと可哀想になり、思わず頭を撫でた。

 驚いたように彼女が隣に座る俺に顔を向けた。嫌だったか?

 が、恥ずかしそうに顔を伏せるだけで嫌そうではない。そんな様子に安心して、なでなでと頭を撫でた。


「あとは道具屋さんのあの眼鏡」

 彼女を愛でる俺を完全無視して暁月が話を続ける。


「道具屋さんがなにか察して、認識阻害だけでなく成長を抑えるとか遅らせるとかいう術式を付与してる可能性もあるんじゃないかしら」


「なるほど」「あり得る」伊佐治達も納得の声をあげる。俺も納得。あのじーさんならそのくらいできそうだ。


「道具屋さんに関しては本人に確認してみないと何とも言えないわね」

 暁月の言葉に「サトならわかるんじゃないか?」と声がかかる。

「それはそうかも」と同意しながらも暁月が眉を寄せた。

「ただ、さすがのサトでも、本人なりこの眼鏡の現物なりをみないとわからないかもね」

「それは確かに」


「うーん」と思わず全員でうなる。

「病気じゃないなら放っといていいとは思うけど、病気だったときが心配よねー」

「病院受診する?」

「でもアメリカ(こっち)の病院高額(たか)いだろ」

「検査だけでいくら取られるかな」


「いくらかかっても構わない」「『病気でない』とわかれば安心だ」「金で安心が買えるなら安いもんだ」「俺が出すよ」

 そう言う俺に彼女が飛び上がった。

「ダメです!」「ボクのことでお金を出してもらう理由がありません!」


「理由はあるよ」

 すぐさま返せばかわいい子は驚きに目を丸くして口をつぐんだ。かわいい。


「きみはまだ未成年だ」

「同郷の未成年が困っているならば、手助けするのは大人の務めだ」


「そうだろ?」笑ってそう言ったが彼女は聞かない。かたくなに首を横に振る。


「病院が嫌なら、サトに『視て』もらうか道具屋さんに話を聞くのがいいんじゃない?」

 暁月の提案に「『さと』?」と首をかしげる彼女。


「俺の母親」「息子の俺が言うのもなんだけど、かなりすごい術者で、たいていのことは『視える』」「きみのこともウチの母親にかかったらほとんどのことがわかると思うよ」

 そう説明したがポカンとしている。まあ一般人には理解できないか。


「まあ今は気にしないで」「俺の母親が『サト』って言うってだけ知ってて」

 そう笑えば「………はあ」と曖昧に返事をした。


「で、どうする? 帰国して『視て』もらう?」

 暁月の言葉に彼女はへにょりとうなだれた。


「………その………お金が、なくて………」


 簡単に『帰国』と言うが、帰ろうと思ったら交通費だけでかなりまとまった額になる。学生には確かに厳しいな。

「金なら俺が出すよ?」軽く提案したが彼女は「そんな!」と叫んだ。


「そこまでお世話になるわけにはいきません!」

「ホントならこちらにお世話になるのもお金をお渡ししないといけないのに!」

「これ以上ご迷惑をおかけできません!」


 生真面目に、肩肘張って主張する様子に、ふと、気付いた。

 ―――甘えられないのか。


 善意を善意としてそのまま受け取れない。それは彼女の気高さかもしれない。矜持かもしれない。けれどその裏に、幼い頃から児童養護施設で育ち、しかも転々とした経験があると察せられた。

 さっきの寝起きを思い出す。どれほど気を張って生きてきたのか。ほとんどの日本人が当たり前に享受しているものを彼女が得られなかったことも理解できて、可哀想で悔しくて、また頭を撫でた。


「『迷惑』じゃないよ」

「同郷の大人として当然のことだよ」


 そう伝えたが、彼女は悔しそうに口を引き結び目を伏せた。

 恐縮しきった態度がかわいそうで、わざと軽い口調で続けた。


「そりゃ俺だって自分の生活に余裕がなかったらこんなこと言わない。言えない」

「けど幸いなことに、俺、それなりに(たくわ)えがあるんだよね」

「金がかかる奥さんも子供もいないし。老後の金だけ残ってたら、あとはこれからを生きる若者を支援するのに使おうって思ってたんだ」


「よく言う」誰かがボソリとつぶやいたが無視だ。


「縁あってきみと知り合えた。こんな広い異国で、区レベルで同郷に逢えるなんてまずないよ。そうは思わないかい?」

 そうたずねればしぶしぶとうなずく彼女。

「だからね」


 そっと彼女の頬に触れ、顔を上げるよううながす。つられるように上がった彼女の視線が俺に向けられる。なるべくやさしく見えるように意識して、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。眼鏡ごしだからか昨夜のように取り乱すことなく、真摯に訴えられた。


「きっときみを助けることが俺の責務なんだ」

「神様が『きみを助けろ』って俺に命じてるんだ」

「だからきみはなにも気にしなくていい」

「なにも気にせず、ただ俺に甘えてくれたらいいよ」

「俺は大丈夫だから」


「金あるしね!」わざと威張れば「威張んな!」とツッコミが入る。さすが長い付き合いの連中。狙いどおり空気を変えてくれた。


「マコトはまだ子供なんだから。大人に甘えてりゃいいんだよ」

「そうそう。ヒデはこれでも高給取りだぞ! いくらでも絞り取ってやれ!」

「絞るのはヤメテー。雑巾じゃないんだからー」


「わはは!」と笑い飛ばす俺達に彼女はただ呆然としていた。


「それはそれとして」「どうする? 帰国する?」

 彼女に改めて問いかける。ハッとした彼女だったが、じっとなにかを考えていた。


「―――ボクのことでそこまでご迷惑かけられません」

「たとえ病気でも、かまいません。このまま、できれば冬季休暇の間、お邪魔させてください」


「ご迷惑をおかけします」「お願いします」

 律儀に立ち上がり深々と頭を下げるからそれ以上言えなかった。

「わかったよ」と了承するとホッとしたような顔をした。かわいい。


「まあ食事で良くなることもあるし」

 励ますような暁月の言葉にようやく気付いた。


「いかん。もうすっかり昼飯の時間だ」

「マコトは朝も食ってないのに」

「急げ急げ。先にメシだ」


 バタバタと解散し、彼女に身支度するよううながした。シャワーを勧めたが遠慮するから洗面所に案内するだけにした。



   ◇ ◇ ◇



 茶碗によそった白ごはんに「はわわわわ」と震える彼女。眼鏡ごしでも目がキラキラしているのがわかる。

「おこめ……しろいおこめ……!」

 感動している彼女に構わずおかずと味噌汁、漬物が並ぶ。


「ハイいただきます」

「「「いただきます」」」


 改めてウチの(あやかし)の紹介を済ませ全員で食卓につき、ワイワイと飯を食う。俺達にはいつもの光景だが彼女には特別に映ったようだ。戸惑いからか手が出ない。

「お口に合うかわかんないけど、なんでも好きなの取って食べてね」

「ウチはバイキング形式だから。早いモン勝ちだよ」

「遠慮してたら食いっぱぐれるぞ」


 パクパクと食べながら暁月が、定兼が、久十郎が言う。伊佐治と麻比古は我関せずで食べまくる。

 人型で飯を食う(あやかし)達に驚いている彼女に気付き、話しかけた。


「ごはんのときは人型になってることが多いんだ」

「特に定兼は本体が日本刀だから。人型にならないとメシ食えない」


「そうなんだよー」銀髪銀目の定兼が笑いながら肉を食う。今日は簡単に生姜焼き。肉焼いて生姜焼きのタレからめただけ。


 妖魔をはじめとする(あやかし)の食事――生命活動を維持するためのエネルギー摂取――は、その種族や個々で違う。が、多いのは霊力だ。

 霊力の濃い場所にいるだけでエネルギーを取り入れて生命活動を維持できることもあれば、祈りや信仰といった形で他者から霊力を提供してもらうこともある。人間を喰うのだって霊力を奪うのが主な理由という面もある。

 もちろん『肉』を喰うという意味合いもある。人間だって牛や豚を喰う。それと同じ。人間が好きな種族もいる。そういうのから人間を守るのが俺達退魔師。


 人間が一般的に摂取する食べ物にも当然霊力は含まれている。ただそれはおっそろしく微量。たまに手をかけられた野菜や清らかな場所に生息していた魚で高霊力を含むものもあるが、そんなものはまず手に入らない。


 けれどウチの連中は元々親父や母さんに話が行くほど高レベルの(あやかし)。おまけに長命で物知り。だもんで、母さんのところに転がり込んで霊力操作と術の手ほどきを受けたことで人間の一般的な食事で生命活動を維持できるようになった。

 ただし量をかなり必要とする。なのでウチのエンゲル係数はすさまじいことになっている。


「刀、が、ごはんを食べるんですか……?」


『食べたものはどこへ……?』といいたげな顔をしているかわいい子。

「人間のような臓器はないよ。この身体は霊力で作られた擬似的なものだから」「そうだなあ……。機関車に石炭を入れてエネルギーにするだろ? あれと同じ」「この擬似的な肉体で口にいれて咀嚼し飲み込むと同時に霊力に変換されるんだ」


 定兼の説明にかわいい子はポカンとしている。かわいい。

「霊力についてはまた追々説明するね」「きみも習得したほうがいいと思うから」そう説明するとおそるおそるというようにうなずく。


「それよりごはん食べな。冷めるよ?」「おいしいうちにどうぞ」口々にうながせば「はい」「いただきます」と茶碗を持ち上げた。

 一口食べると感動に震えるかわいい子。こんなに喜んでくれたら食わせがいがある。

 ウチの連中も同感のようだ。「ホラ肉も食いな」「漬物はどうだ? これたくあん。これ壬生菜漬」と勧める。


「たくあん……! 壬生菜漬……!!」


「いただいていいんですか」とプルプルするから笑ってしまう。「たーんとおあがり」と勧めると一口一口噛み締めながら涙を浮かべていた。



 食事をしながら色々な話を聞いた。マットのところでの食事。日本にいたときの食事。好きな食い物。苦手な食い物。

 食事を共にし話を重ねるうちに少しずつ彼女のウチの連中に対する警戒が薄くなっていった。人型なのがいいのかもしれない。霊力も抑えてるしな。


「道具屋の眼鏡があったのになんで俺達が『視えた』のかな」

「認識阻害も限界があるだろ」

「中級までしか阻害できないとか?」

「さすがの道具屋も、これだけの高レベルが集まるところに行き合うことは想定してなかったんじゃないか?」

「おれらもマコトを認識できたしな」

「それはヒデが連れてきたからじゃないか?『この子』って明示されたら認識阻害は効かなくなるだろ?」

「それもそうか」

「いつからマットのとこにいたんだ? この四月から? ならどっかで会ってた可能性もあるが、どうだ?」

「俺は『視える』人間には最近遭遇してない。みんなは?」

「全員心当たりなし。ということは、単にマコトに会ってないだけなのか、眼鏡がちゃんと機能していたかのどっちかだろうな」

「ひとりひとりには機能してたのが、五人まとめて遭遇したことでキャパオーバーになったんじゃないかしら?」

「いつもらったって? 九年前か。それなら効力が弱くなってる可能性もあるな」

「ここが京都でないってこともあるんじゃないか?」

「霊力量が違うもんな」

「俺達の霊力で壊れたんじゃないといいけどな」

アメリカ(ここ)も低級や『なりそこない』がいるもんな。そういうのから身を守るためにはその眼鏡がいるよな」


 黙って話を聞いていたかわいい子だったが、この意見に目をむいた。

「アメリカにも『アレ』がいるんですか!?」

「いるよ」とあっさり返され、かわいい子が愕然としている。


「『ヒトがふたりいれば(いさか)いが生まれる』ってのはよく言うだろ? 日本でもアメリカでも人間に変わりはない」

(いさか)いが生まれたら憎しみや恨みが生まれる」

「怨恨の思念が集まって妖魔に成ることもあれば、死んだ人間が怨霊と成る場合もある」

アメリカ(ここ)は日本に比べたら『場』になりにくくはあるけれど、とは言っても人間がいることに変わりはないから、まあ、普通にいるよ」

「このへんは俺達の気配があるから、あんまいないけどな」

「よっぽど悪そうなヤツは散らしてるし」

「時々退魔の依頼が来るよ」


 連中の話を呆然と聞いていたかわいい子。

「……………ボク……………外国には『アレ』はいないんだと思ってました……………」

「だから日本を出たら大丈夫だと思ってました……………」


「あー」と苦笑する俺達にかわいい子はさらに愕然としてしまった。

「まあこのへんは大丈夫だよ」「俺達がウロウロしてるから低級は逃げてく」そう説明されてそろりと顔を上げる。


「ヤツラも生存本能みたいなのがあってね。自分より強いヤツには基本近寄らないの」

「強いヤツにすり寄るパターンもあるけど、それは共存とか依存できる相手にだけ。俺らは『近寄ったら滅せられる』ってわかるみたいで、近寄ってこない」

「一緒に暮らして俺達の気配がついたら、マコトにも近寄らないと思うよ」


 その説明にも「そういうものですか……?」と彼女は首をかしげていた。まあ普通のひとはそうなるよな。


 と、伊佐治が飯を食いながらペロリと言った。

「念の為にヒデの気配をしっかりつけといたらどうだ?」


「「は?」」

 期せずして彼女と同じタイミングで声が出た。

 意味がわからず彼女は首をかしげた。

 俺はといえば『なに言い出した』と伊佐治をにらみつけた。が伊佐治は平気な顔で続けた。


「さっきやってたろ。ハグ」

「ヒデがハグして気配つけたら、マコトに低級は近寄らないんじゃないか?」


 至って当たり前のことのように軽く言う伊佐治に「確かに」「それはいい考えかも」とウチの連中も追随(ついずい)する。

「そ、そんなこと、あるんですか??」

 驚くかわいい子は「あるねえ」と言われさらに驚いていた。


「大人が子供を抱くだろ? あれで気配がつく。それで子供を守るわけだ」


「へ、へー」と答えながらもかわいい子の顔には『理解できない』と書いてある。

 そんな彼女にウチの連中はポンポンと言葉を投げかける。


「試しにやってみるだけやってみたら?」

「一日一回でいいのか、何回もしないといけないのかは検証しないとわからないけど」

「もし道具屋の眼鏡が壊れたんだとしたら、まったく守護がかかってない状態になるから。ヒデが守護の術かけてしっかりハグして、マコトにヒデの気配をつけることが先決だろうな」


 淡々と、いかにも当たり前のことを言っているように会話をするウチの連中。

 間違いではない。よくあることではある。が、マズいだろう! 三十歳以上も歳上のオッサンが身内でない若い娘さんを抱き締めるなんて、犯罪じゃないか!?

 さっきは身体が勝手に動いてしまったが、どうにか誤魔化せたが、さすがに気配をつけるほど抱き締めるというのはマズいだろう!


 なのに俺が口を挟むよりも早く伊佐治が彼女に声をかけた。

「どうするマコト。やってみるか?」


 彼女は伊佐治を見、他の連中を見、俺に目を向けた。迷っているのが手に取るようにわかる。


「………みなさんと暮らしているだけでは、その『気配』というのはつかないんですか?」

「さっきのお話は、『一緒にいるだけで気配がつく』と理解したんですが………」


「つくよ」「けど」

「ただ一緒に暮らしてるだけ――同じ空間で過ごしているだけだったら、低級が逃げるくらいの気配をつけようと思ったらそれなりに時間が必要だ」

「けどしっかりしたハグなら身体が密着するだろ? それで気配がべったり身体に付くってわけ」

「俺達がやってやってもいいんだけど、ヒトでない俺達よりも同じ種族(ヒト)のヒデがするほうがいいと思う」


 (あやかし)の気配をまとっていると同類と思われて寄ってくることがあると説明され、かわいい子はまた顔色を悪くした。

「どうする?」と問われ、ウチの連中を見、俺を見、ギュッと瞼を閉じて苦悶し、どうにか言葉を絞り出した。


「……………ご迷惑でないなら、お願いします……………」


 プルプル震えてそんなこと言わないでくれ! かわいくて理性が崩壊する!

 どうにか乱れる感情をこらえ、かわいい子に語りかけた。


「迷惑なんかじゃないよ」「きみこそいいのかい? こんなオジサンにハグされるなんて、嫌なんじゃないかい?」


『嫌』と言われたら泣くかもしれないが、聞いておかねばと絞り出した。表面上はなんてことない顔を作っていた俺に、かわいい子は顔を上げて首を振った。


「嫌なんて、そんなことないです!」「ボクのほうこそ、お手間をとらせて申し訳なくて………」


「手間なんかじゃないよ」「同郷の未成年者を守るのは大人として当然のことだ」「ハグくらい、お安いもんだ」


 にっこり笑ってやれば、捨てられた子犬のようなまなざしに貫かれる。もう、かわいい!


「俺にきみを守らせてくれないか?」

 思わず心の底からの本音が口をついた。

 かわいい子はただただ申し訳なさそうに、肩身が狭そうにしていた。が、俺が引かないとわかったらしく「……………はい」と了承してくれた。やれやれ。


 ホッとしたらふと思い出した。マットの家でのやりとり。「試しに」「この土日だけ」と言って連れて来たんだった。試しに二日間過ごしてみて「嫌じゃなかったらそのまま冬季休暇終わりまで居たらいい」と話したんだった。

 昼飯前の話し合いで「冬期休暇の間」と本人が言っていたが、俺はこのままずっと一緒に暮らしたい。


 そりゃ最初は「冬季休暇の間だけ」のつもりだった。が、『静原の呪い』にとらわれてしまったらもうこの子を手放すなんてできない。冬季休暇が終わっても、大学卒業しても、ずっとウチに居させたい。


 とはいえ、いきなり「ずっと一緒に暮らそう」なんて言っても遠慮するだろう。

 ひとまず冬季休暇期間。で、冬季休暇の間に説得して休暇明けもウチにいるように仕向けよう。

 今までのやりとりから考えると大丈夫だとは思うが、念の為に確認しておくかな。


「一応、念の為に確認させて」

 そう言うと真面目な顔で彼女はうなずいた。


「最初は『この土日だけ』って話だったけど、ずっとウチで暮らすので大丈夫そう?」


 俺の確認に彼女は「『ずっと』?」と反応した。

 イカン。つい本音がこぼれた。細かい言葉によく気が付く子だな。

 どう誤魔化そうかと一瞬考えたが、いっそ開き直ってしまおうと腹をくくった。


「君さえよかったら冬期休暇が終わってもウチで暮らさないか?」

 流れるように確認を重ねると、さすがに彼女は言葉を詰まらせた。オドオドとちいさくなる様子に早まったか失敗したかと思ったが、気付かないフリで問いかけた。


「嫌?」

「イヤ、というか………」

「でも一緒に暮らしてたほうが俺の気配がつくし。ハグだってウチでなら遠慮なくできるけど、そうでなかったらできないだろうし……」


 わざとそう言えば途端にハッとする彼女。そしてフルフルと涙目で震える。なんだその子犬みたいな顔! かわいすぎるだろう!


「……………けど………マット先生と奥さんに、申し訳ないっていうか………」

 理性を奮い立たせていると彼女がボソボソとそんなことを言う。それもそうか。これまでかなり世話になってたみたいだもんな。


「マットと奥さんには俺から説明するよ」「多分マット達は嫌がらないし怒らないよ」「ホントいいヤツだから」

 にっこりとそう言ってやれば、伏せていた顔をそろりと上げるかわいい子。上目遣いかわいい。なでくりまわしたい。いや駄目だ抑えろ。

 内心の邪念を笑顔に隠し、答えを待っていた。彼女はなにか葛藤していたが、やがてペコリと頭を下げた。


「ご迷惑をおかけします」「よろしくお願いします」


 ホッとしたのは俺だけではなかった。ウチの連中も「やれやれ」「よかったな」と口にした。


「同居して毎日ハグしたらヒデの気配がつくはずだ」「そしたら低級以下は近寄れないだろう」

 久十郎の言葉に他の連中も「だな」「うんうん」と同意する。そんな連中の会話に彼女はわかりやすく肩の力を抜いた。

 その様子に、これまでの苦労が垣間見えた。どれほど恐ろしい目に遭ってきたのだろう。どれほど心細かっただろう。ああ。俺がついて守ってやれていたら。


 (らち)もないことをつい考えてしまい、そんな自分にハッと気づき『ナニ埒もないことを』とセルフツッコミをしてしまう。なるほどこれが『呪い』か。まさに『呪い』。さっきといい今といい、思考がポンコツになっていると自分でわかる。これはマズい。

 マズいと自覚するが、それでも彼女を手放すということだけは何があってもできない。これからは俺のそばに囲い込んで守ればいい。彼女のためにできることはなんでもする。マット夫妻を説得するくらいお安い御用だ。


 ニコニコと顔を作りそんなことを考えていたら、久十郎が俺に顔を向けた。


「ついでに眼鏡も作ったらどうだ?」

「眼鏡?」


「道具屋の眼鏡が壊れた可能性もある」「認識阻害ならヒデ(おまえ)も付与できるだろ」「おまえの霊力を身に着けることになるからマコトの守護にもなるだろ」


「それもそうだな」

 説明されれば納得しかない。


「視力矯正はどうしようか」

「そこは普通の眼鏡買ってきたらどうだ?」

「道具屋さんのこの眼鏡の術式、読み込んだら解読できないかな」

 ああだこうだと話し合ったが「とりあえずやってみよう」となり、新しい眼鏡を買ってくることだけを決めた。


「それならこの眼鏡、一回サトに『視せ』てみる?」そう言いだしたのは暁月。

「運が良かったら道具屋さんにも見せられるかも」「どういう術式をつけたのか、壊れてないか、確認したほうがいいんじゃないかしら」


 それは確かにそうだ。が。

「帰国しないといけないじゃないか」

 彼女のためならば長時間フライトくらい平気だが、今はそばにいたい。一緒に連れ帰るか? だがかたくなに拒否するとしか思えない。

 そんなことを考えていたら「私が持って行くわ」と言い出しっぺの暁月が言う。

「暁月ひとりじゃ大変だろ。俺も一緒に行くよ」久十郎が手を挙げる。


「久しぶりに玄治に会いたい」「調味料も調達したい」と言われたら「じゃあ頼む」以外の言葉はない。


「他に帰国したいヤツいるか」と聞いたが他の三人は「別にいい」とのこと。ただしお土産はたんまりと注文していた。

本文に入れられなかったのでここで蛇足を失礼します


日本刀の付喪神の定兼の外見について

定兼の本当の姿は日本刀です

刀(本体)を自身の霊力で包み肉体としています

刀のままだと自力で動けないので、普段は人間形態を取っています

仲間だけのときはポニーテールにした銀髪に銀目、昔の刀鍛冶の格好(白直垂に侍烏帽子)をした色白な青年の姿が基本。食事や片付け時は服装だけ変えます

買い物など姿が見えるようにするときは、その日の気分によって金髪碧眼青年にするときもあれば黒髪黒目青年にすることも。ヒデや仲間達と同行するときは年齢を合わせて黒髪黒目の五十代男性にしています

霊力で作っている身体なので本人の思いのまま好きなように変えられます

もちろん人間形態以外も、取ろうと思ったらできます

が、利点を感じていないのでやりません


刀の状態が『本体』、銀髪銀目状態が『第一形態』、その他が『第二形態』と呼称しています


退魔のお仕事のときは刀に戻って斬りまくります

基本はヒデ、ヒデがいないときは伊佐治と組みます

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