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【番外編9】西村秀智と『静原の呪い』1

本日より新たな番外編をお送りします

トモの父親の西村秀智視点です

『災禍』消滅の年の約20年前からお話をスタートします

 ―――とらわれた。


 すぐに『わかった』。


 理屈じゃない。ただ『わかった』。

 このひとだ。このひとだ。魂が叫ぶ。


 そのたたずまい。

 そのまなざし。

 その霊力。

 その姿。


 このひとのすべてが俺を縛る。

 このひとだと魂が叫ぶ。


 このひとが俺の全てだと。

 このひとが俺の唯一だと。


 唐突に理解した。

 昔から親父が言っていた。


『静原の呪い』


 親父の実家の静原家に伝わる『呪い』。静原の血脈にまれに現れる『呪い』。親父も『呪い』を受けたひとり。


 理由もなく、突然に、ただ一人にとらわれ人が変わったようになる。その唯一だけを求め、尽くす。

 それが『静原の呪い』。


 わかる。理屈じゃない。魂が叫ぶ。

 これが『そう』だと。目の前のこのひとこそが俺の唯一だと。親父にとっての母さんだと。



『呪い』。まさに。


 とらわれた。

 とらわれてしまった。

『静原の呪い』に。



   ◇ ◇ ◇



 物心ついた時にはもう優秀だった。

 優秀な退魔師の父と優秀な術師の母の間に生まれた高霊力保持者。様々な術を体系的に理論づけた学者肌の祖父の薫陶を受け、父から身体と霊力の使い方を鍛え上げられ、文武両道の能力者と成った。

 幼い頃から実戦を経験し、退魔師としての階段を駆け上がった。

 負け知らずの最強退魔師。自分も周囲もそう認識していた。



 そんな俺にはわからないことがあった。


『視える』者と『視えない』者はなにが違うのか。

『視える』とはどういうことなのか。


「霊力量によって『視える』『視えない』が決まる」と祖父は言った。

 ならばどうしてひとによって霊力量が違うのか。

 そもそも霊力とはなんなのか。


「霊力とはすなわち生命エネルギー」祖父は言う。

 それはどうやってわかるのか。どうやれば計測できるのか。どこの器官から発せられているのか。


『一を聞いて十を知る』とよく言うが、俺の場合『一を聞いて十の疑問を抱く』だった。


「なんでくん」と祖父に渾名(あだな)をつけられるくらい俺は祖父を質問責めにした。そんな俺を祖父は面倒がるどころか面白がり、次から次へと知識を与えた。

「教わるだけでは足りないだろう」と祖父は様々な本を読ませ、高名な研究者の講義へ同行させた。

「自分で切り口を見つけてごらん」と俺に考えさせた。


 可視光線と不可視光線の話を聞いてそれかと考えた。原子や分子の話を聞いてこれだと思った。細胞について知りこれかもと思った。視覚や脳の問題かと考え医学書を読み漁った。思考や宗教観が影響するのかと考え哲学書も読み漁った。医者や研究者に話を聞き動物の解剖に立ち会わせてもらった。

 様々な切り口から様々な可能性を検討し、調べ、わからないところは専門家に教えを乞うた。研究者達と親しくなって共同研究をした。


 それでもわからなかった。

『視える』者と『視えない』者はなにが違うのか。

『視える』とはどういうことなのか。


 日本での研究に限界を感じていたとき、アメリカの大学と研究施設の話を聞いた。そこでならもっと詳しく研究できると思い、人身御供を捕まえて留学した。


 それから三十年ちょっと。


 原子や分子にヒントがあるのではと色々やっていたら新しい原子を見つけた。あちこちから褒められたけど俺が知りたいのはこれじゃない。


 不可視光線と可視光線の関係からなにかヒントが得られないかと研究していたら新たな電磁波を見つけたり、有害な電磁波を遮断する方法を見つけたりしてなんか周りが騒いでいた。けど俺が知りたいのはこれじゃない。


 視覚野について研究していたら視覚に障害があるひとの役に立ちそうなものができた。あちこちから感謝されたけど俺が欲しいのはこれじゃない。


『視えないモノを観測する機器』が欲しくて色々やっていたら人体に有毒な物質を検出する機器ができた。特許がどうとか言われたけど俺が欲しいのはこれじゃない。


 なんとなく成果っぽいものをあげてはいるものの、本当に自分が知りたいことは見つからず、自分の欲しいものはできない。なんだか不完全燃焼な状態で、それでも日々研究に明け暮れていた。




 西村(にしむら) 秀智(ひでさと)

 日本の京都市出身の元特級退魔師。現在はアメリカの研究所に所属する物理学者。

 それが俺。

 先月五十一歳になった、独身のオッサンだ。



   ◇ ◇ ◇



 毎年十二月の半ばに研究所のクリスマスパーティーが開催される。研究所で働く研究員とスタッフ、その家族が参加するにぎやかなパーティー。パーティーなんて面倒なもの、基本は欠席(パス)している俺もさすがにこのパーティーだけは出席しないといけない。


「やあ。ヒデ」

 普段話すことのない研究者と話を終え、適当に食い物をつまんでいたところに気安く声をかけてきたのは数学が専門のマット。研究者にしてはめずらしく社交的で面倒見のいい男。俺とは大学一年の頃からの付き合い。

「よお」と気軽に受け、他愛もない世間話を交わす。


「また腹が出たんじゃないか?」

「もう五十一歳(ごじゅういち)だよ? 出てないキミがおかしいんだよ」

「俺は日々鍛えてるからな。ビールばかり飲んでる男とは違うよ」



 日本を出るとき、親父に言われた。

「日々の鍛錬を(おこた)ると、あっという間になまるぞ」

「次会ったとき洋一にコテンパンにされたりしてな」


 実家の寺を継がせるために見つけてきて両親の養子にした『能力者』の洋一。初めての『弟』に、自分でも意外なほど心が浮き立った。つい兄らしいところを見せたくなるし「義兄(にい)さん、すごい!」と言ってもらいたくなった。実際はだらしないところを指摘されてばかりだったが。


 義弟(おとうと)は俺が出国してからも親父が直々に鍛えあげ、有能な退魔師と成った。「義弟(おとうと)に負けてたまるか!」と、渡米してからも俺は毎日親父に課せられたメニューをこなしている。


 修行に付き合ってくれるのは一緒に渡米した、いわゆる『ヒトならざるモノ』な連中。妖魔とか妖怪とか、色々に呼ばれるモノ。


 ウチは母親は迷惑なほど有能な『能力者』で、父親が災害級の実力を持った退魔師。そんなふたりが結ばれたのは、安倍家の『主座様』のおかげらしい。幼い頃から何度も何度も話を聞かされた。


「私が生きているのは主座様のおかげ」

「私達が結ばれたのは主座様のおかげ」

「『困っているものを助ける』それが私達の誓約した主座様への『対価』」

「主座様のために、『困っているもの』がいれば私達は助けなければならない」


 そう言って、あっちこっちでヒトを助け『ヒトならざるモノ』まで助け、行き場のない連中を引き受けている。

 俺が物心ついたときにはもうすでに寺は妖怪寺だった。俺は『ヒトならざるモノ』に育てられたと言っても過言ではない。だからこそ『視える』ということに興味が湧いて現在に至るんだが。


 そんな俺が生まれる前から付き合いのあるヤツが五人ほど一緒に渡米してくれた。「心配だから」「秀智(ヒデ)がいないとつまらないから」と。

 そいつらが俺の日々の修行に付き合ってくれていて、おかげさまで特級退魔師だった頃から腕も体力も保てている。とはいえ実戦が少ない分ギリギリだろう。研究もあるし。


 アメリカにも霊的なトラブルはちょいちょいあって、ウチの連中がそんなトラブルを嗅ぎつけては首を突っ込む。で、場合によっては俺を巻き込む。おかげさまで『リアルゴーストバスターズ』として一部から認知されてしまい、依頼が来るようになってしまった。迷惑。研究の時間が減る。


 とはいえ身体を動かし霊力を使うことで色々スッキリして、煮詰まった研究の解決策をポンと思いついたりするから、修行も依頼もこなしている。


 そんな日々を重ねて三十年ちょい。日本には数年に一度しか帰っていない。すっかり英語が馴染んだ。



 こんなパーティーだって日本では縁がなかったが、アメリカ(ここ)ではしょっちゅう開催されている。ウチの連中もたまにこっそり参加してはタダメシを食らっている。

 とはいえパートナーが必要なパーティーは不参加。研究と修行と依頼で日々忙しくしていて、気が付いたら五十歳。先月誕生日がきて五十一になった。女性と会うことすらほとんどない環境だから彼女や嫁を見つけることもなく今に至る。ていうか、そんなのいたら研究できない。いらないいらない。彼女や嫁にかまけてる時間なんて俺にはない。


 俺は研究がしたい。いまだに『視える』ことについての糸口は見つかっていない。他の切り口から見直すべきか、それとも既存のものをもっと掘り下げるべきか。考えること、調べること。やりたいことがありすぎて、人生の残り時間が足りるか最近は心配になってきたところだ。



「ところで」

 軽口の応酬をしていたらマットの声色が変わった。

「ヒデって何人(なにじん)だったっけ?」

「日本人だよ」


 毎回「何人(なにじん)だったっけ?」と言ういい加減な男にいつものように返す。まあ俺もアメリカ人とイギリス人とフランス人の違いはわからないからお互い様だろう。マットはアメリカ人だったよな? 研究に関係ないことはすぐ忘れるな。


「冬季休暇の予定は?」

「いつもどおり。家にこもって論文(レポート)読破」


「ちょうどよかった!」とマットが笑う。なんのことかと思ったら「頼みがあるんだ」と言い出した。


「今年大学に入った日本人を自宅(ウチ)で預かってるんだけど」「どうも食事が合わないらしくて、どんどん痩せていくんだよ」「『食べたいものを教えて』って言っても遠慮してるのか教えてくれないし」「食も細いし」「すごい才能がある子なんだよ」「元気になってほしいんだ」


「このクリスマスパーティーも誘ったんだけど『行かない』って聞かなくて」「帰国も勧めたんだけど『帰らない』って」


「ウチ、冬季休暇の間実家に帰るだろ?」

 マットと出会った大学生の頃からの恒例行事なので俺も知っていた。

「一緒に連れて行くつもりたったんだけど、『行かない』って本人が」「『ホテルに泊まる』って聞かないんだ」「けどそんなの心配なんだ」


「冬季休暇の間だけでいいんだ。ヒデ、預かってくれないか?」


「なにを馬鹿なことを」

 呆れ果てる俺にマットは「頼む!」と手を合わせる。

「俺、一人暮らしだぞ? そんなガキの面倒見られるわけないだろ」

「同じ母国語話す人間がいるだけでも違うと思うんだ」「ヒデ、日本食作れるだろ」「コメ食わせてやってよ」

 それはそうかもしれないが。


「お礼する! そうだ! ウチの実家から毎年もらう山盛りステーキ肉! あれそのまま全部プレゼントするよ!」

「………仕方ないなあ」


 ウチの(あやかし)達は皆大食らいだ。質より量な我が家にステーキ肉を、しかも山盛り差し入れしてくれるなら皆喜ぶだろう。多少の不便はステーキ肉の前には我慢してくれるに違いない。

 一般人なら連中は『視え』ないだろうし、冬季休暇は二週間ちょっとだし。これも『人助け』だ。

 まあいいかと考えていて、ふと、気が付いた。


「その『預かってる日本人』て、男? 女?」

「男だよ」


「でなかったら一人暮らしのヒデに頼まないよ」と笑うマットに「それもそうか」と納得する。


「マコトっていうんだ。大学一年生。この前誕生日が来て十九歳になったんだよ」

 通ってる大学はアメリカでも有数の難関大学。俺達の出身校。なるほどその縁もあってマットが預かってるのか。


「とりあえず会うだけ会って、本人が了承したらな?」「同国人とはいえ相性だってあるだろ」「本人の希望だってあるだろうし」そう話せば「じゃあ今からウチに来てよ」とマットが言い出した。


「いきなりかよ」「冬季休暇までまだ日にちがあるじゃないか」

「早いほうがいいだろ」

 そう押し切られ、パーティーを途中で抜けてマットの家に連行された。



   ◇ ◇ ◇



 久しぶりに会ったマットの奥さんと息子達と挨拶を交わし、問題の日本人に引き合わされた。

「マコト シノハラです」

 律儀に英語で挨拶してくる青年は、確かに細っこかった。


 身長は百六十五、六センチといったところか。日本では普通だろうが、大柄な人間の多いこの国では小柄とされるだろう。俺も日本人にしては背が高いので、彼だけが子供に見える。

 くせのある髪は長めのショート。明らかに勝手に伸びてそのままというたたずまい。顔立ちは幼くも見える女顔。黒縁の大きな眼鏡をかけ、いかにも『一昔前の外国人が想像する日本人』というイメージ。一言で言うと――ダサい。いや、モサい。


「西村 秀智です」

 敢えて日本語で名乗ると、こわばっていた青年の表情がほんのわずかゆるんだ。


「どうかなマコト。ヒデは日本人だよ。一人暮らしだから遠慮はいらないよ」

「お前が言うな」マットにツッコミをいれたが「ワハハ」と笑うだけ。困ったヤツだ。


「あの、でも、ワタシ、ホテルいきます」

 青年はかたくなに言い張る。


 冬の休暇でマットの家族が実家に行く、それに「一緒に行こう」と誘われた青年は「家族団欒の邪魔になりたくない」と同行を拒否した。まあそりゃそうだな。知らない人間ばかりのところに行きたくないわな普通。マット達は自分のコミュ(りょく)おかしい自覚がないから他人も同じだと思っていやがる。だから平気でそんな誘いをするんだ。


「休みの間、ホテルで課題、します」

「ダイジョブです」


 ………なるほど。世話焼きのマットが心配するわけだ。

 同じ日本人から見ても童顔。英語は片言。まだ学生ならば世間知らずだろう。こんな子がひとりでフラフラしていたら、あっという間に身ぐるみはがされ翌朝には身元不明死体がひとつ増える。


 …………仕方ない。これも『対価』だ。


『困っているものを助ける』それが主座様への『対価』。両親は強制することはなかったが、両親がいなかったら俺は生まれていないわけで、俺も自然と『対価』を果たすようになった。五十歳(ごじゅう)を過ぎた今でもそれは続いている。


「―――きみ。しのはらくん?」

 日本語で呼びかけると「はい」と日本語で返ってきた。

「『しのはら』ってどう書くの?」

 日本語で聞けば「ええと」と困ったように目を泳がせ、ポケットからメモとペンを出した。

 サラサラと書いたものをこちらに向ける。

『篠原 真』と書いてあった。


「俺はこうだよ」メモとペンを借り、彼の名前の下に『西村 秀智』と書く。

「『篠原くん』て呼ぶのがいい? それとも『真くん』?」

 やはり日本語で問えば「『マコト』でけっこうです」と日本語で返してきた。


「マコトくん、帰国しないのかい?」

「………はい」

「俺もだよ」


 ためらいがちな彼に、わざと軽く日本語で語りかけた。


「よかったら、年末年始をひとりで過ごすさみしいオジサンに付き合ってくれないか?」

「……………」

「おせちは作らないけど餅はあるよ。もうすぐ実家から送って来るんだ」


『餅』に彼はピクリと反応した。


「元日は雑煮だけ一応作る。俺京都出身だから白味噌仕立て」

『白味噌』にさらに反応する。


「ひとりだと作らないけど、きみが来てくれるならちらし寿司くらい作ろうかなー」

 わざと日本語でそう言えば、よだれでも垂らしそうなくらい口を開けた青年がすがりつくような顔を向けてくる。素直だな。かわいい子だなとおかしくなった。


「どうだろう。冬の休暇、俺に付き合ってくれないか?」

「対価として、休暇の間の家賃はタダ。三食付き。どう?」


 そう提案したら「そんな!」と青年は飛び上がった。

「ボクのほうがお金払ってお願いしないといけないのに!」

「てことは、オーケーってことでいい?」

 すかさずそう確認すれば「あ」と自分の口を両手で押さえる。


「遠慮とか、しなくていいよ。たまには俺も日本語で話す相手が欲しいってだけだから」

「独り身の可哀想なオジサンに、少しの間付き合ってよ」


 それでも渋る彼に、わざと軽く提案した。


「じゃあさ。試しに明日から二日間、泊まりにおいでよ」

「で、嫌じゃなかったらそのまま冬季休暇終わりまで居たらいい」


 笑ってそう言えば、しぶしぶというように「………お世話になります」と頭を下げた。


「なになに? オッケー?」マットが聞いてきた。会話全部日本語だったもんな。ゴメンな。そのほうが彼の気が楽かと思ったんだ。

 マットもそれは理解しているらしい。不快感を出してもいいはずなのに、いつもの陽気な調子のままニコニコしている。


「ひとまずこの土日預かって、問題ないようだったらそのまま冬の休暇が終わるまで俺が預かるよ」「日曜の夕方報告に来るのでどうだ?」

 軽く答えれば「ありがとうヒデ!」と喜ぶマット。

「やっぱり頼りになるなあ」なんて持ち上げるから「よく言うよ」と小突いておいた。


「二日間過ごしてみて『やっぱりムリだ』って思ったらそれでもいいから」「その時はまたその時にどうするか考えよう」

 そう伝えれば青年は申し訳なさそうにうなずいた。そんな青年にマットも奥さんも言葉を重ねる。


「遠慮だけはしないで。正直な気持ちを教えてね」

「私達はマコトを家族だと思っているの。だからワガママ言っていいのよ」


「ありがとうございます」と言いながらも申し訳なさそうな青年。この圧が精神的に負担なんじゃないかと思ったが黙っておいた。マット夫妻には善意しかない。こればかりは相性もあるし生まれ育った文化の違いもある。時間をかけてお互い妥協点を見つけていくしかないだろう。


「ついでだからこのままヒデの家に行きなよ」と善意の圧に強引に押し切られ、今夜から彼を預かることになった。「急いで荷造りして」と彼は部屋を追い出された。



 彼が荷造りしている間にマットと奥さんからだいたいの事情を聞いた。母国に身寄りがないこと。特待生として高校に通っていたこと。数学オリンピックに日本代表として出場し、そこでマットが目を付け留学を勧めたこと。渡米費用と滞在費はマット持ち、大学は特待生として通っていること。


「そんなにすごいのか」

 いくらマットが世話焼きだといっても、自費で留学させるなんてよっぽどだ。

「日本にいたらあの才能はつぶれる」「才能を保護するのも大人の務めだろ?」


 なんでも彼は高校卒業したらすぐに就職するつもりだったらしい。「お金がないから」「数学は好きだけど、それで食っていけるわけじゃないから」と。

 数学オリンピックの日本代表になれるだけの頭脳があるのに「お弁当屋さんの工場か部品工場」で単純作業に従事する予定だった。そりゃマットがあわてて保護するわけだ。


 で、引率の教師を説得し、学校側と保護者――正確には施設の職員――と面談を重ね、三月の卒業式にマットが迎えに行った。「せっかくだから」とあちこち観光してからアメリカに連れ帰った。半年間はマットの自宅で手伝いをしながら英語と常識を学び、九月から大学に入った。

 母国語でない授業はやはり大変なようで、腹を壊し熱を出した。そのせいで元々細かった食がますます細くなって、今ではスープとパンを少ししか食べていないと奥さんが心配している。


「わかった」「まあ今話した感じだと多分大丈夫だと思うよ」「安心しな」

 微笑む俺にふたりはホッとし「頼むよ」「よろしくね」とハグしてきた。



   ◇ ◇ ◇



 旅行鞄ひとつを持った彼と、タクシーで自宅に帰った。

 マットの家でトイレを借りたときにウチの連中には式神を飛ばした。

《マットに頼まれて日本人の学生をひとり連れて帰る》《ひとまず今日から土日の二日間。問題なければ冬の休暇の間預かる予定》《警戒不要》


 連絡入れずに突然連れ帰ったら、連中、場合によっては「敵襲だ!」と攻撃してくる。ヤツらにとっては俺はいつまでも『面倒をみてやらないといけない子供』らしい。もういいオッサンなのに。

 まあ仕方ない。寿命が違う。生きている『世界』が違う。価値観が違う。

 世話になっているのは事実なので俺もうるさく言わない。どうせ一般人にウチの連中は視えないしな。


 マンションのエレベーターを出て玄関前に立ち「ここだよ」と鍵を開ける。

「ただいま」いつもの習慣でそう言えば連中がわらわらと寄ってくる。

「おかえりヒデ」「その子が連絡くれた子か」「若ーい」「かわいー」「ほら手を洗ってこい」口々に言うのをおかしく思いながら苦笑で人差し指を唇に当てた。『しずかに』のゼスチャーにようやく連中が口を閉じる。


「さ。どうぞ。―――どうかした?」

 振り返ると青年は眼鏡越しでもわかるくらいに目を大きく見開いていた。

 顔が青ざめている。どうした? 貧血か?


「なんだなんだ?」「どうした?」寄って来たのは伊佐治と麻比古。伊佐治はデカい鬼、麻比古は二足歩行のデカい狼。どっちも気の良い(あやかし)。だが見た目は迫力がありすぎるほどにある。俺は物心つく前から当たり前にいたのでなんとも思わないが。


 そのふたりが青年の前にヌッと出た。途端。

「ヒッ!!!」

 手にした荷物を放り投げ、ザっと後ずさる青年。壁に当たり震えている。叫びを押さえるためだろう、両手で口を押さえて涙目で震えている。


 ―――これは―――。


「きみ―――まさか―――」


 震える青年に向けていた目をウチの連中に向ける。互いに目配せし合い、再び青年へ。彼の視線は俺でなく、明らかにウチの連中に向けられている。ということは―――。


「―――『視え』てる?」


 まさかの状況に全員で固まった。

今回かなり苦戦しております(泣)

書いても書いても納得できず、ストックができていません

申し訳ありませんが、しばらく火・金の週2回の投稿とさせていただきます

時間はこれまでどおり18時に投稿します


次回は5/27(火)投稿です

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