久木陽奈の暗躍 110 立花獲得大作戦2
引き続きひな視点です
「私はその坂本さんも立花さんも存じ上げないので、まずはおふたりそれぞれを知るところからはじめなければなりません」
菊様にそう申し上げたら「白露」とすぐにご手配くださった。そんなところに有能さを出されなくてもいいのに。
白露様は嬉々として私とコウを連行された。まずは立花さんのご自宅へ。隠形を取り気配も消し、不法侵入。眠る立花さんに初対面。
いや美人さんだわ。某歌劇団の男役スター張れるわ。すっぴんで寝ててこれって。
コウと手をつなぎ、コウの『記憶再生』で立花さんの過去を『視る』。同時に私の『看破洞察』が仕事をする。ひととなりや性格を把握。護衛一族に生まれ、真面目に研鑽を重ねてきたこと、『非能力者』であることに引け目を感じていること、周囲の男性は基本同じ護衛一族ばかりで幼い頃から一緒に訓練してきた間柄。そのせいで女性扱いされることはなく、むしろ「ゴリラ」と呼ばれていた。そのせいで自分が中性的美人だと知らない。「男顔のゴリラ」「『かわいい』は似合わない」と思っている。まあ一般的な女性らしさとは違いますけどね。けど美人には違いない。おまけに性格もいい。素直で真面目。脳筋気味なのが玉にキズ。けどそれもチャームポイント。菊様の専属護衛として毎日ストレスにさらされまくっていて、精神状態ギリギリ。そんな精神状態だから食生活ダメダメ。これはいかん。どうにかしなければ。
「白露様が菊様の護衛についたら立花さんの精神的負担は減るでしょうね」
「まずは精神的負担を減らして。食生活を整えて。健全な精神状態と健康状態にもっていく必要がありますね」
「でないと『自分のこと』は考えられないです」
「まして『恋』なんて。今の立花さんには無理ですね」
私の分析に白露様はご納得くださった。
そのまま坂本さんのご自宅へと連行された。同じく隠形を取り気配も消し、不法侵入。
坂本さんは私もコウも何度か顔を合わせたことがある。といってもお互い自己紹介したことはなく、主座様にくっついている私達と主座様へ報告をあげる坂本さんでしかない。
立花さんにしたのと同じく、コウと手をつなぎ、コウの『記憶再生』で坂本さんの過去を『視る』。同時に私の『看破洞察』が仕事をする。ひととなりや性格を把握。
なるほど菊様が『良すぎる』と判断されただけはある。この坂本さんも真面目なひと。誠実で謙虚で、仕事もできる。
後方支援という立場もあるだろうけど、自分は一歩引いて周りを立てるよう立ち回るひと。自分が目立つよりも周囲の協調とか全体のまとまりを重要視している。司令官タイプにはなれないひと。参謀タイプというよりも副官タイプ。主座様や晴臣さんが「いないと困る」とおっしゃるだけはある。
この坂本さん、あの『異界の四日間』の功労者のひとり。
『異界』から帰還後すぐ、連れて行かれた召喚者二百名――正確にはトモさんナツさん梅様蘭様を除く百九十六名――に、記憶を操作するための術式を菊様が送りつけられた。
それぞれに説明をし、本人が選んだ術式が展開された。
そのときに質問をしていた。
「『異界の四日間』で『このひとがいて助かった』というひとはいますか?」
「『ゲームクリアできたのはこのひとのおかげ』というひとはいますか?」
安倍家では功績に応じた報奨を出している。その査定の参考になればと「質問をはさめないか」と晴臣さんからのご意見があった。
「そのくらいなら問題ないでしょ」と菊様が軽ーく請け負ってくださり、ヒロさんが回答を覚えさせられた。
その結果。
『ゲームクリアできたのはこのひとのおかげ』という質問にはほぼ同じ答えが返ってきた。それが「ランさん」と「トモさん」。ゲームクリアのアナウンスがあったときに名前が出ていたこと、最後の討伐の場面を目撃したひとが多かったことからおふたりの名前が出たようだ。
『このひとがいて助かった』という質問には、最後に本拠地に入ったひととそれ以外のひとで意見が割れた。
最後に本拠地に入ったひとは「プラムさん」と「ランさん」が圧倒的に多かった。つまりは梅様と蘭様。軽く聞いただけでもご活躍がうかがえた。あのふたりがいなかったら最初の鬼の襲撃で出た怪我人の中にはそのまま生命を落としたひともいた。彼女達がいたからこそ死者ゼロで持ちこたえられた。それは間違いない。
早くから本拠地に入ったひとの意見で多かったのは「ナツさん」「トモさん」「料理を作ってくれた三人」そして「坂本さん」。
坂本さんが安倍家からの召喚者をまとめ、仕事を割り振った。おかげで実働部隊は戦闘だけに集中できた。
「一般人も参戦させたい」というナツさんに坂本さんが実務を引き受けた。後方支援のひと達を使い協力者に聞き取りをし、適材適所に仕事を割り振った。医療チームを作り避難者誘導チームを作り、増え続ける召喚者に対応した。
竹さんが連れ去られたあと、姫様と守り役様、霊玉守護者が説明もなしに飛び出したあとは本拠地に残ったひと達をまとめ、説明し、「絶対全員生きて帰ろう」と召喚者の意思を統一した。
後方支援を下に見る実働部隊のひとですら「坂本さんが一般人をまとめてくれて助かった」と言っていた。
トモさんナツさんに『異界の四日間』のことを聞いたときも「坂本さんがいてくれたからどうにかなった」と言っていた。
あのトモさんが褒める人物。
当然安倍家内部で功労者として表彰されたしボーナスもたんまり出た。
けど今『記憶再生』で『視た』ところ、『功労者』どころじゃない。『恩人』に格上げしていいレベルで『異界の四日間』を支えている。
これは、菊様のご命令は置いといても協力しないといけないんじゃない? このひとがいなかったら『異界の四日間』は瓦解してたわ。
トモさんという絶対的強者に反発するひともいた。わけのわからない状況に突然放り込まれてパニックになってるひともいた。「このままここで死ぬんだ」とヤケになってるひともいた。
そんなひと達をまとめ、励まし、持ちこたえさせたのがこの坂本さん。
実働部隊のひと達みたいに目立つことはまったくなかったけど、ひとりひとりを支えていた。「自分もこわい」と相手に共感し、自分をさげて「どうか協力してください」と頭を下げ、「主座様直属のすごいひとがふたりもいるから大丈夫」と希望を持たせた。
『このひとがいなかったら』を『看破洞察』が予測する。内部崩壊を起こし、統制がとれなくなった。無茶を止められず死人が出ていた。それは『贄』となり鬼を呼び、さらに死人を増やす。竹さん達が『異界』にたどり着いたときにはトモさんは疲弊しきって戦える状態でなくなっていた。そんなトモさんでは連れ去られた竹さんを救えず―――。
なんてこった! コウが生きて帰れたのは、このひとのおかげもあるじゃない!!!
すぐさま菊様にご報告をあげる。
「私は『恩人』と認定しました」
「今回の件、坂本さんのしあわせのために全面協力します」
「ひなが『恩人認定』するなら私達も認定して然るべきでしょう」
私の分析結果を『視られた』菊様もご納得くださった。
この坂本さん、高学歴高収入だけど、外見が普通なのと裏方が身につきすぎて地味なせいで周囲からそう思われていない。主座様と晴臣さんの信頼を得るくらいには仕事ができるハイスペックな人物なのに、子供の頃の選抜試験で落ちて実働部隊に入れなかったことから安倍家内部では侮られている。幼い頃からのあれこれのせいで、本人もそれを「仕方ない」と受け入れてしまってる。
それが女性関係にもあらわれている。
「自分は地味でなんの取り柄もない人間」で「女性に好かれるわけがない」と思っている。「一生独身だろうから、せめて仕事をして金を貯めて老後に備えよう」と考えている。
実際安倍家の女性達からは相手にされていない。『霊力至上主義』の安倍家において坂本さんは『落ちこぼれ』扱いだ。
けど実際は晴臣さんタカさんと研鑽を重ねた努力のひと。自分に厳しいあのおふたりが、一番自分に厳しくしていた時期に自分達に課した訓練についていったひと。ふたりの薫陶を受け、磨き上げられた人物。
ヒロさんと保護者の皆様が『主座様直属の側近』ならば坂本さんは『側近の側近』と言える。
現在は『後方支援部隊のまとめ役のひとり』としてしか認識されていないけれど、このひと間違いなく重要人物のひとりだ。もっと評価されてもいいひとだ。
よーし! やってやろうじゃないですか!
美人で性格も良い嫁ゲットしてしあわせになってもらって、これまで下に見てたひとみんな「ギャフン」と言わせてやりましょう!
坂本さんはワーカーホリックになっていた。そりゃそうよね。工務店の仕事もしながら『災禍』関係の調査して、同時進行で他の案件も処理してたんだもん。そもそも晴臣さんと関わった思春期からずーっと課題を積み上げられてて、社会人になったら今度はずーっとこき使われてて、休む余裕なんてなかった。
これはイカンです。これでは『恋』する余裕なんて生まれません。女性への興味すら持つことが難しくなってます。
まずは仕事量を減らす。休みを取らせる。
立花さんと同じく、健全な精神状態と健康状態にもっていく必要がある。話はそれから。
これは長期戦になる。
菊様にそう申し上げれぱ「仕方ないわね」とご納得くださった。
「ふたりがそんな状態になったのも、言ってみれば私達のせいなんだから」
「とはいえ、あんまりのんびりもしていられないわ」
立花さんを菊様に縛り付けておけるのは高校卒業まで。あと二年半。それまでにふたりを結婚までもっていく必要がある。
初恋すら経験のない初心で奥手なふたりをどうにか恋愛脳にして『恋』させないといけない。
でないと立花さんはクズにつかまる。坂本さんは一生独身になる。
前世独身貴族生活を謳歌していた立場としては「生涯独身も悪くない」と断言できるけど、『半身』のいる身としてはやっぱり共に生きるひとがそばにいる『しあわせ』を坂本さんにも得てほしい。
ということで長期計画を立てる。
まずはふたりとも心身の健康を取り戻すことを優先させる。菊様と晴臣さんからそれぞれの仕事量を減らさせ、休日を増やす。
幸い菊様の護衛は式神四体がついているので万全。さらに白露様が加わるので立花さんの精神的負担はグッと減るはず。
安倍家も『災禍』関係が完全解決したので仕事量は激減する。
「レーカは私が誘ってなるべくちゃんとしたごはんを食べさせるわ」
「じゃあ雄介は僕が誘います」
白露様と晴臣さんが協力を名乗り出てくださった。
さしあたりそれでしばらく様子をみましょう。
「『しばらく』ってどのくらいよ」
「ひとまず三か月」
「三か月後のふたりの状態を確認して、それから次の行動を決めるというのでいかがでしょうか」
この意見に皆様ご賛同くださった。
ということで、坂本さんと立花さんは徐々に仕事量を減らし休日を増やしてもらった。食事もバランスのよい栄養価の高いものを食べるようそれとなく指導。
三か月後の十一月。かなりの改善が見られた。
「そろそろいいんじゃない」菊様のお言葉に次の段階に進むことにした。
さあ! 出逢いの作戦を立てますよ!
◇ ◇ ◇
初詣デートの帰りに白露様が『風』で菊様の草履の鼻緒をカット。足袋にすら傷をつけないのは流石の制御力です。
すぐさま白露様が主座様に連絡を入れ、主座様から晴臣さん、晴臣さんから坂本さんへと連絡をつけてもらう。
「白露様から後方支援の者一名の手配を依頼された」「どんな件かはわからないから半端な者には頼めない」「ちょうど近くだから雄介、行ってくれ」
晴臣さんに命じられて近くの結界の確認をしていた坂本さん。すぐに駆けつけてくれてめでたく出逢いとなった。
立花さんを護衛対象である菊様から離し、坂本さんとふたりきりの時間を作る。ここでがっついちゃいけません。あくまでも顔を合わせたことが大切なんです。『待て』です白露様。これは長期戦です。
「ああもうじれったい!」と叫ばれる白露様をなだめながら作戦を進める。まだ今はお互いを認識する段階です。『顔見知り』にするんです。
菊様のスケジュールを教えていただき、自然な形で顔を合わせられそうな時間と場所に坂本さんを向かわせる。一目見かけるだけでもオーケー。「あ。あのひと」というのを重ねていくんです。ええ。自然に。自然に。無理はいけません。焦ってもいけません。ふたりとも真面目ですから。
『顔見知り』になれたところで白露様。出番です。晴臣さんに勧められて外食するようになった坂本さんの夕食に突撃です!
坂本さんがどこでごはん食べてるかなんて白露様にかかったらすぐにわかる。毎回お店も時間も変えてる坂本さんだけど、白露様に監視用の式神をこっそりつけられているから「夕食に向かったわね」とすぐ察知される。毎回お店も時間も変えている坂本さんだからこそ「アラ偶然ね」が通用する。
とはいえ週一に抑えてもらっている。あまり頻繁に会うと疑われる。立花さんは白露様とふたりきりの夕食がストレス解消になってるし。
やっぱり白露様は素晴らしい方なのよね。包容力が段違い。子育て経験があるのも理由かもしれない。長く生きた人生経験ももちろんある。けど、なんていうか、やっぱりお人柄が良いのよね。
私だって白露様にはつい甘えてしまう。余計なことまでしゃべってしまう。付き合いの短い立花さんも白露様にすっかりココロを許している。
だからこそ「アラ坂本偶然ね!」「同席していい!?」に付き合う。白露様でなかったら立花さんは「じゃあ、私はこれで……」って帰る。知り合いの知り合いと同席なんてしない。白露様大好きになった立花さんは白露様とごはんしたい。お相手は何度も顔を見たことのある人物だし、白露様が「レーカも一緒に食べましょ!」「人数多いほうが楽しいじゃない!」っておっしゃるから「それもそうか」と丸め込まれ同席する。
坂本さんは最初恐縮しまくってた。けど『守り役様』からの命令に「いやです」と言えるわけもなく、しぶしぶながらも同席していた。けど回を重ねるうちに白露様にすっかり丸め込まれた。半年過ぎたころには三人での食事を楽しむようになった。
さすがです白露様。この作戦は白露様の存在なくしては成立しませんでした。
「そうでしょ〜。ウフフ〜。褒めて褒めて〜!」
「とはいえタイムリミットも近づいてきたわよ? どうするの?」
「そうですねえ……」
「………こういうのはどうですか?」
◇ ◇ ◇
成功です!
白露様が立花さんに坂本さんの『名』を呼ばせたことがきっかけとなり、ふたりはお付き合いすることになりました!
ちょっと、いやかなり強引な筋書きでしたが、うまくいってよかった!
ふたりとも最近は精神的にも安定して、健康状態も良くなってましたから。異性のことを考える余裕がやっと生まれてたんですね。
お互いに好感度は上がってましたけど、まだ『異性に対してのもの』として育ってはなかったんですよ。だからまあ一石を投じるつもりで白露様に仕掛けてもらったんですが。まさか即お付き合いになるとは!
隠形で見守っておられた白露様と菊様、ヒロさんによると「ラブコメみたいだった!」らしい。私も見たかった! まだ時間がかかるとふんでたのに!
ちなみに話を聞いた主座様の婚約者のリカさんも「見たかった!」と悔しがった。
「菊様! どうにか再現してください!」としつこく懇願して、菊様の鏡で再生してもらった。リカさんグッジョブ。私も一緒に見せてもらって、というか御池の安倍家で上映会が開かれて、やんややんやの大歓声に包まれた。
そこからの坂本さんは変わった。
顔つきが変わった。雰囲気が変わった。『自分を好きな女性がいる』ということが彼の自信につながった。『愛されてる自信』が彼をどんどんイイ男に成長させた。『好きな女性』がいることで何事に対してもやる気が満ちあふれた。
立花さん、一見クールビューティーで冷たく見られがちなんだけど、基本は末っ子。護衛一族で厳しく育てられてはいたけれど、それでも歳の離れた兄姉から可愛がられ、周囲の大人や兄姉の友達から可愛がられてきた素直なひと。
対して坂本さんは三人兄弟の長男。なんだかんだ周りの世話を焼き続けてきた、典型的お兄ちゃん。
歳上のお兄ちゃん気質の男性に、末っ子の立花さんが懐かないわけがない。
クールビューティー美人が自分にだけ甘えてくれる。自分にだけかわいい顔を見せてくれる。そんなの堕ちないわけがない。坂本さんは張り切った。「彼女に誇れる自分で在りたい」「彼女のためにもっとがんばろう」
普通のひとならウキウキ浮かれるところが、坂本さんはウキウキと仕事に取り組みウキウキと訓練に励んだ。そういうところが真面目なのよね。
白露様に「お付き合い一か月記念」と銘打って食事に誘ってもらった。思慮深い坂本さんはこれで気が付いた。
「そうか! 毎月記念日が来るんだ!」「あ! 来月ちょうどクリスマスじゃないか!」
そうですよ坂本さん。クリスマスは恋人にとって一大イベントですよ。さあどう出ますか?
初めての恋人に浮かれまくっている坂本さん。
なにか気の利いたプレゼントをしたいと考え、ネットや店頭を色々見て回っていた。そんなとき、たまたま訓練でトモさんに会った。
「そういえばトモさんは一応既婚だ」と気付いた坂本さん。思い切って「ちょっと相談に乗ってもらえませんか」と声をかけた。
それまでの坂本さんだったら『主座様直属』の方にプライベートの相談なんかしない。真面目で思慮深い坂本さんは仕事以外で接するのは『失礼なこと』だと思っている。けどそのときはタイムリミットが迫っていて追い詰められていた。立花さんのおかげで自信を持つようになったこともあって「礼香を喜ばせたい」の一心で、本当に思い切って声をかけた。
「プレゼント? 彼女に?」
普段のトモさんなら「そんなの知るか」「勝手にすればいいだろう」と切り捨てただろう。けど相手は『異界の四日間』でお世話になった坂本さん。私も『坂本さんがいなかったら』を話し合いの場で明かしていたし、遅ればせながら『恩人認定』されてるひとだった。なのでトモさんは時間を割いた。
トモさんが『自分の時間を割く』のはなかなかないこと。けど「坂本さん相手なら」と了承してくれた。
そうしてトモさんはのろけまくりの話をし、ふたりの霊力から作った指輪を自慢した。
「霊力で作ってるからつけたらちょうどいいサイズになる」と聞いた坂本さん。「これだ!」と思った。
立花さんは長年武術訓練に励んできたひとなので、指が節くれ立っているしタコなんかもある。そんな指だから「指輪できない」と嗤っていたのを坂本さんは覚えていた。
「霊力でちょうどいいサイズになるなら、礼香の指にもピッタリはまるんじゃないか!?」
「もうこれしかない!」とテンション上がった坂本さん。その場で叫んだ。
「おれの霊力でも指輪作れますか!?」
「俺じゃわからない」「ちょっと聞いてみるよ」と保留にしたトモさん。すぐに主座様に報告した。
「坂本さんがこう言ってるんだが、竹さんに聞いてもいいか?」
竹さんに相談したらすぐに「やります!」と言うのはわかりきっている。なので先に安倍家の責任者である主座様に確認を取るトモさんはさすがです。
で、主座様が夜の会議で議題に出された。当然全員一致の「ぜひお願い」になった。
ヒロさんがトモさんに説明。
「坂本さんの彼女、菊様の専属護衛のひとなんだよ」「菊様が二歳の頃からずっとついてるひと」「菊様のためにも、できれば協力して欲しい」
「それなら」と竹さんに相談されたことを説明したトモさん。案の定「協力します!」と竹さんは乗り気になった。
安倍家の離れには『主座様直属しか近寄ってはいけない』というのは安倍家内部では暗黙の了解。そんなところに坂本さんが向かったらまたヤイヤイ言われる。そこで御池の安倍家に呼び出し、転移陣を通って竹さんに引き合わせた。
竹さんと黒陽様で坂本さんの霊力量や霊力操作の熟練度を確認。「もう少し霊力増やせばどうにかなるかも」と判断した。
そこからが坂本さんにとっての地獄の始まりだった。
昔コウ達が施されたという『霊力量増加プログラム』をトモさん指導のもと決行。吐きながら山を駆けた。トモさん相手に木刀でひたすら打ち合いをした。動けなくなったところで回復をかけられる。で、また山を駆け打ち合い。それを繰り返したら座禅をして霊力を取り入れて圧縮循環させ『器』を大きくする。それから霊力操作の訓練。身体の中を循環させたり、放出させたり。これもトモさんが指導した。
ウチのわんこは私にやさしく指導してくれたけど、トモさんは基本容赦ない。坂本さんはヒイヒイ言いながら訓練に食らいついていたという。
霊力操作の訓練で霊力カラッポになったらまた回復かけて座禅。『器』が大きくなったらその日は終わり。帰宅後も霊力操作させて寝るときは座禅と同じことさせて『器』を大きくする。
十代の若者でもついていくのがやっとという訓練に、三十代の坂本さんはがんばって食らいついた。遠巻きに見ていた実働部隊のひとにトモさんが「参加しますか?」と声をかけたけど逃げられたって。
仕事の合間に霊力操作。休みの日は一日中訓練。そうしてなんとか短期間で霊力量を増やした。
そこからがまた大変だった。増やした霊力を出して霊玉にしないといけない。竹さんと黒陽様直々に指導して、文字どおり霊力を絞り出した。
次に霊玉を指輪に加工。それから『思念伝達』と『位置認知』の術式を付与。これもおふたりに指導してもらいながらヒイヒイ言いながらやった。
竹さんが手を出せばもっと楽に簡単にできた。けど坂本さんは「おれの霊力で指輪が作りたい」と望んでいる。それに「竹さんとはいえ、他の女性の霊力が混じったら、お相手の女性、不愉快じゃないかな」とトモさんに言われ「そのとおりだ!」と納得した竹さん。極力手を出さないように、自分の霊力を込めないように気を付けた。けど「プロポーズ!?」と早とちりしてテンション上がってしまい、うっかりいつもの四重付与を付けてしまった。これだからうっかり姫は。
で、色々聞いたトモさん。坂本さんを言葉で撲殺。坂本さんは一念発起した。
晴臣さんに洗いざらい打ち明け「協力してください!」と土下座した。服を揃え花束を用意し作戦を練った。菊様と白露様にも土下座して協力を依頼。そうして夢のような告白となった。
指輪作りを通して坂本さんの霊力量は増えた。霊力操作のレベルも上がった。「せっかく量も質も上げたんだから、落とさないようにしなよ」とトモさんにアドバイスされ、引き続き真面目に霊力量を増やす訓練を続けた。
バレンタインにチョコをもらったお返しはなにがいいかと相談したところ「指輪でしょう! 宝石のついた婚約指輪しかないでしょう!」と千明様に言われ、ダイヤの指輪を作った。
前回よりも繊細なデザインにチャレンジした坂本さん。ヒイヒイ言いながらも「礼香のために!」と素敵な指輪を作り上げた。
『恋はひとを変える』と言うけれど、本当に坂本さんは変わった。
自信が表に出るようになった。堂々とするようになった。実力も上がった。なんだか大人の余裕すら感じるようになった。「三十代でもここまで伸びるとは」と黒陽様も主座様も驚いておられた。
指輪作りを通して竹さんが坂本さんに慣れた。
元々『異界の四日間』で「トモさんがお世話になったひと」と聞いていた。加えて私が『坂本さんがいなかったら』を報告し、恩人認定した。当然竹さんも坂本さんを「恩人」と感謝していた。
お付き合いしている女性が「菊様の専属護衛」と聞いて、ますます「協力します!」と張り切った竹さん。トモさんとモデルを勤めたウェディングフェアの模擬挙式で立花さんに会った。
背の高いクールビューティーに「素敵な女性!」と竹さんはすぐに気に入った。恩人の坂本さんと仲睦まじい姿にまた気に入った。
そんな竹さんにトモさんは考えた。「こいつは使える」と。
折しも安倍家内部で坂本さんの立場が悪くなっていた。
というのも「長男なのに家を継がない」「親と同居しない」「近くにも住まない」ことを問題視するひとが一定数いて、坂本さんに苦言を呈するひとも出ていた。そんなひと達に坂本さんは苦笑するだけで考え直すことはなかったから「生意気」「落ちこぼれなのに」と散々に言われ出した。
そんな声をアキさんが拾っていて、夜の定例会議で議題にあげたのでトモさんも現状を知っていた。
で、指輪作りに自分が協力していたことは知られているからとトモさんが一計を案じ、わざとひとの多い場所で坂本さんに命じた。
「指輪作りに協力した『対価』として嫁を竹さんのお世話係に差し出せ」
トモさんは『災禍』のときの本拠地作りと『異界の四日間』で、その苛烈さと恐ろしさが安倍家内部に広がった。その後もヒロさんや保護者の皆様が舐められてるところに顔を出してはガツンとやり、結果『一目置かれる』どころか『恐怖の対象』となった。
竹さん――『北の姫様』の伴侶としても知られていて、「姫様のためならどんなことでもやる」とも恐れられていた。
そんなトモさんに命じられたら逆らえるわけがない。そういえば坂本の新居予定地の近くにトモさんも新居を建てる予定だと聞いた。もしかして最初からそのつもりで坂本の新居の場所を決めたんじゃないか。坂本が苦言になにも言わなかったのは口止めされてたからじゃないか。無理矢理、強引に、姫様のお世話のために親や家族から離されたってことじゃないか!?
そんな話が一気に広まった。
トモさんのおかげで坂本さんは各方面から同情を集め、穏便に新居での夫婦二人暮らしが送れることが確定した。さすがトモさん。八十歳すぎまで生きた高僧だっただけあります。
古株ばかりの集落では『非能力者』の立花さんの肩身が狭いだろうということ、ゆくゆくは菊様のお世話もお願いしたいと離れの近くに新居を定めたんですけど、結果的に竹さんのお世話もお願いできそうですね。よかったよかった。
あれもこれも順調に進んでいる。
あとは結婚式を待つばかり!
そう思っていた。
◇ ◇ ◇
十月に入ってすぐ。
立花さんが恐怖にとらわれた。
それ自体は戦闘職ではよくあることだけど、問題は「なんで『今』そうなったのか」――要は「誰かなんかしたんじゃないの?」ということ。
一番に私が疑われた。いや私学校でしたから! コウも一緒でした! 菊様じゃないんですか!?
アリバイが証明されどうにか疑念は晴れた。けど白露様も主座様も「なにもしてない」とおっしゃる。じゃあホントにたまたま??
菊様が『視て』くださった。
ハロウィンで顕現した精霊の仕業だった。
十月はハロウィン。最近は世間に浸透しすぎてて、十月になると同時に世の中が『ハロウィンモード』になる。その意識がいろんなモノを呼び寄せ顕現させる。そうしてあっちもこっちも『ヒトならざるモノ』があふれかえる。
顕現したばかりでフワフワただよっていたある精霊が、立花さんが身に着けている『竹さんのお守り』と指輪に惹かれた。「なんかいい気配がするー」とついていった精霊。恋する人間独特の気配に、応援するつもりで『恋のスパイス』をかけた。それが立花さんの感じた『闇が降りた』感覚。
この『恋のスパイス』、効果がランダム。精霊自身もどんな効果が現れるかわからない。まさか恐怖に襲われて泣き続けると思わなかった。オロオロしていた精霊だったけど、結果的に立花さんは強くなってクズを成敗できて坂本さんと絆が強くなった。
当の精霊は「いい仕事した!」とご満悦でどこかに行ったらしい。なんと迷惑な。
ちなみにクズは会社をクビになりました。あのとき罪状を自白していたので動画をもらい受け警察に被害届とともに提出。告訴した。晴臣さんが弁護士としてついて刑事だけでなく民事でもキッチリ請求。立花さんへの接近禁止命令と賠償金を勝ち取った。
この結果に菊様のお父様は大変ご満足だとか。
「ホントクソよね」と吐き捨てられた菊様、いつもどおりに守り役様に叱られておられた。
◇ ◇ ◇
坂本さん効果で菊様のご実家の会社の方々の意識が変わり、フツメンジミメンブームが起きた。「チャンス!」と安倍家の青年達との合コンをセッティング。
安倍家内部で「後方支援の坂本がすごい美人の嫁をつかまえた」と評判になっていたから、そんな坂本さんが主催の合コンは参加希望者が続出。坂本さんと晴臣さんによる選抜試験を勝ち抜いた男性が参加できた。
そしたら次から次へとカップルが成立した。これには晴臣さんも主座様もびっくり。後方支援のまとめ役として参加者ひとりひとりを良く知っていた坂本さんがうまいこと紹介し、話を回した。そのおかげで参加男性達は、美人の女性相手でも自然に話せるようになったという。
女性達も坂本さんの影響で男性の中身を重要視するようになっていたから会話を重ねた。そうして意気投合したペアがいくつもできた。
坂本さんも立花さんも自分達の実体験をまじえて色々アドバイスをした。それもあって順調にお付き合いへと進展した。
安倍家のことを明かして北山にお嫁に来てもらったひともいれば、安倍家のことはナイショにしたまま結婚して市内で暮らしているひともいる。デジタル部門のひとなんかは北山でなくても仕事できるから外に出るひとが多い。タカさんがデジタル部門を独立させて新会社立ち上げたこともあって、安倍家のこと言わずに結婚しやすかったみたい。後方支援のひとも坂本さん同様、表向きは安倍家と無関係な会社に勤めてるひとが多いからナイショにできた。
なんと面白いことに、これまでモテモテだった実働部隊のほうが独身者が多いという現象が起きた。
これに焦りを覚えた実働部隊の独身者達。坂本さんの「男は中身。魂だ」のエピソードを聞き、真面目に訓練に励むようになったとか。
坂本さんがトモさんによる地獄の修行を経てプロポーズを成功させた話も広まって、霊力で指輪を作るのがブームになった。それにより霊力量を上げたひと、霊力操作能力を上げたひとも出て、結果的に安倍家全体の底上げになった。
まさかここまでの効果を引き出すとは。
「ひなの作戦のおかげよ」「よくやってくれたわね」
菊様からも他の皆様からもお褒めいただいた。喜んでいただけたならがんばった甲斐があります。坂本さんも立花さんもしあわせいっぱいですしね。
「私は菊様の『駒』ですので」「菊様のために働くのは『駒』として当然のことかと」
わざと慇懃にお辞儀をすれば、菊様は楽しそうにお笑いになった。
「今後も頼むわよ」
「お手柔らかにお願いします」
我が主たる女王は悠然と笑みを浮かべられた。
ひなががっつり暗躍しておりました
これにて菊の周辺関係のお話は終わりです
明日からは別の番外編をお送りします