閑話 トモくんの告白 1(アキ視点)
ハルの母親の明子視点です。
前前回(第四十四話 蒼真様の話)の直後からのお話です。
「トモを眠らせてきた」
北山の離れ。
倒れた竹ちゃんの枕元についていた私に、ハルちゃんがコソリと耳打ちしてきた。
視線だけでどういうことかたずねると、ハルちゃんは氷のような冷たい目をしていた。
ハルちゃんのクセ。
辛いときほど感情を隠そうとして、冷たい氷のような目になる。
「待った」をかけて家族を緊急招集する。
竹ちゃんは黒陽様にお願いして、ハルちゃんを引っ張って御池のリビングに移動。
ヒロちゃんも、仕事中のオミさんもマンションのリビングに戻ってきた。
ちょうど一乗寺の会社に戻ったばかりのちぃちゃんとタカさんも転移陣を通って戻ってくる。
そうして全員に温かい飲み物を用意して、ソファに落ち着いてから「どうぞ」とハルちゃんに説明を求めた。
ちぃちゃんと私にはさまれ、片手ずつ握られて、ハルちゃんは困ったように笑った。
「――お前達には敵わないな――」
泣きそうな声で笑うから、ハルちゃんの肩を抱いた。反対側からちぃちゃんも抱き締めていた。
ハルちゃんは両手で顔を覆って、ボソボソと吐き出した。
トモくんの治療と看病をしてくださっていた蒼真様が、トモくんに言ったことを。
「お前が死んだら、竹様は悲しむ」
「『自分のせいでお前を死なせた』って、今度こそ、こわれる」
「お前は、竹様に『お前』まで背負わせるのか?」
「お前の存在は竹様の負担になる」
「お前と竹様がくっつくのは、本当にお互いのためになる?」
「お前は絶対竹様のために無茶をする。
そんなお前に竹様は絶対傷つく。
そうやってお互いに疲弊していくんじゃないの?」
「諦めなよ」
「これ以上はお前が苦しいだけだよ」
「お前達二人がいることはどちらの利にもならない」
「これ以上竹様に負わせるな」
「あのひとはもう背負いすぎるくらい背負っている。
そのうえお前まで背負って、お前が死んだら――あのひとは、もう立ち直れない」
――正論すぎて、何も反論できなかった。
ハルちゃんもそうだったらしい。
「私は、何も言えなかった」
ただ静かに、そう言葉を落とした。
「最初からわかっていた。
最初から心配していた。
ふたりを会わせることがいいことなのかと。お互いのためになるのかと。
だけど、ふたりは出会ったから。
それなら、ふたりを結びつけたいと、願ってしまったんだ」
「ふたりを結びつけたいと願ったのは、私だ。
あの頃のふたりが忘れられなかった私だ。
そのせいで、トモに苦しみを負わせた」
「蒼真様に辛いことを言わせた」
「わかっていたんだ。
無理だと。
どれだけ修行しても決して姫宮のレベルには届かないと。
だけど、『もしかしたら』と思ったんだ」
「願ってしまったんだ」
「青羽なら、あいつなら、姫宮のためならばどんな無茶と思えることでもやってのけるのではないかと。
もしかしたら姫宮も、青羽ならば受け入れるのではないかと。
期待していたんだ。
願っていたんだ」
「私が言わないといけないことだった」
「私は青羽の友人なのだから。
百まで生きたジジイなのだから。
あいつの友人として、あいつのために、私が言わないといけないことだった」
「私が甘かった」
「――もうトモを巻き込めない。
――あいつを、傷つけられない」
「傷ついたあいつを、見たくない」
ハルちゃんは淡々と語った。
声を震わせることもなく、ただ淡々と語った。
でもお顔はずっとうつむいたまま、両手で隠したままだった。
ハルちゃんがどれだけ傷ついたのか、お顔を見せないことが表していた。
私もつらかった。
お話を聞いているだけで喉の奥が締め付けられた。
蒼真様のおっしゃったことはおっしゃる通りで。
ハルちゃんの懺悔だって、最初竹ちゃんがこの家に来たときからずっとハルちゃんが案じていたことで。
そして事情を聞いた私が願っていたことだった。
私も、反論できなかった。
蒼真様のおっしゃっる通りだ。
ハルちゃんの言う通りだ。
だからこそ、痛い。苦しい。
「――よく、がんばったわね。ハルちゃん」
じっとうつむくハルちゃんをぎゅっと抱きしめた。
私の手が震えていた。
「ホントは止めたかったでしょう? 泣きたかったでしょう?
それでも、トモくんのために、我慢したんでしょう?」
声が震えるのをなんとかこらえて、にっこり微笑んだ。
「えらかったわね。ハルちゃん」
ハルちゃんが身体を固くしたのがわかった。
だから、よしよしと抱いた肩をなでた。
「ハルちゃんは、いい子よ。
友達想いのやさしい子よ」
「『しあわせ』に、なってもらいたかったのよね」
「トモくんも、竹ちゃんも、『しあわせ』になってもらいたかったのよね」
ハルちゃんはなにも言わない。
ただ身体を固くしてうつむいている。
だから私が勝手にしゃべった。
「私もよ」
私の言葉にハルちゃんは何も言わない。
「私も同じよ。ハルちゃん。
私もあのふたりに『しあわせ』になってほしかった。
どんな困難が待ち受けていても、どんな過酷な運命でも、あのふたりなら乗り越えられるんじゃないかって、期待してた」
「トモくんが竹ちゃんを救ってくれるんじゃないかって、期待してた。
ふたりの『しあわせ』を、願ってた」
「私も同じよ」
そう言葉を贈ると、ハルちゃんはさらに深くうつむいた。
さらにぎゅうぅっと肩を抱く。
背の高いハルちゃんの肩に頭をあずけた。
「私だって」
そう言うちぃちゃんは涙声だった。
「私だって願ってた。
竹ちゃんの『しあわせ』を。トモくんの『しあわせ』を。
それの何が悪いの!? 願うことの何が悪いの!?
大事な子は、しあわせになってほしいじゃない!
そう願うのは当然じゃない!
ハルは悪くないわ! 人間として当然のことを願っただけよ!」
ハルちゃんは黙っていた。
それでも肩を抱いている私にはハルちゃんが震えているのがわかった。
わかったから、もっとぎゅっと抱きしめた。
「ハルちゃん」
呼びかけてもハルちゃんはなにも言わない。
だから私が勝手にしゃべる。
「あとは、トモくんと竹ちゃんに任せましょう」
なにも言わなくても『どういうことだ?』とハルちゃんが思っているのがわかったので、そっとハルちゃんの肩から頭を上げて、隠れた顔に向けて話しかけた。
「トモくんが蒼真様のお話を聞いて、それでも竹ちゃんを諦められないなら応援する。
もう諦めるならそれで受け入れる。
それでどう?」
ハルちゃんはなにも言わない。
「竹ちゃんだってトモくんとまだお話してないでしょう?
トモくんがそばにいることを竹ちゃんが受け入れるならばそれでよし。
もうそばにいられないと言うならばそれで受け入れる。
どう?」
しばらくの無言のあと、のろりとハルちゃんはうなずいた。
「……そうだな」とちいさくつぶやいた。
そのことにホッとして、そっと肩をなでた。
「ただし」
そう。ただし。
表情をキリリと引き締め、キッパリと断言する。
「竹ちゃんがこの家を出ることだけは認めない。
どんなことを言っても、どんな手を使っても、この家に留めて、ごはんを食べさせる。
それだけは譲らないわ」
私の言葉に、ハルちゃんはようやく顔を上げた。
狐のような吊り目をまんまるにしていた。
そして私の顔をまじまじと見つめた。
だからわざとにっこりと微笑んであげた。
なるべく余裕たっぷりに見えるように。
じっと私を見つめていたハルちゃんだったけど、突然「ぷっ」と吹き出し「ハハハ」と楽しそうに笑った。
「やはりアキには敵わないな」
そうしてハルちゃんはオミさんに顔を向けてニヤリと笑った。
「よくぞこんな素晴らしい女性を捕まえたな。大手柄だオミ」
「恐れ入ります」
ハルちゃんの遠回しな、最大級の褒め言葉に、私もオミさんもうれしくなった。
それから北山の離れに戻った。
竹ちゃんの部屋をのぞくと、黒陽様と蒼真様がお話の最中だった。
というか、えぐえぐ泣く蒼真様を黒陽様がなぐさめていらした。
「泣くな蒼真」
「お前は悪くない。むしろ、よくぞ言ってくれた。ありがとう」
「本来ならば私が言わないといけないことだった」
「お前につらい役目を押し付けた。スマン」
「ありがとう」と「スマン」を繰り返す黒陽様の言葉に、蒼真様は「ゔわあぁぁぁぁ!」とかえって大泣きしておられる。
見かねて部屋に押し入り蒼真様を抱きしめた。
「大丈夫ですよ蒼真様。いっぱい泣いていいですよ」
そう言ってその細い身体をなでると、蒼真様は私にしがみついて「ゔわああん!」「ゔわあぁぁん!」と泣きに泣かれた。
「ハルちゃんから聞きましたよ。蒼真様はえらい方ですね。
竹ちゃんのために、トモくんのために言ってくださったんですね。ありがとうございます」
龍なんて生まれて初めて触ったけれど、蛇やカメレオンよりも鱗がザラザラしている。
そのザラザラの身体を鱗の向きに添ってそっとそっとなでる。
霊力を暴走させたときの我が家の双子のような、昔のヒロちゃんのような蒼真様に、ずっとずっと偉い存在だとわかっていても可哀想で愛おしくなる。
ふと、じっとうつむいている黒陽様が目に入った。
この方もハルちゃんと同じ。
そう感じて、片手でひょいと甲羅をつかんだ。
そのまま蒼真様と一緒に抱きしめる。
「黒陽様も、蒼真様も、おつらかったですね」
蒼真様はわんわん泣き、黒陽様は何もおっしゃらなかった。
ただじっとしたまま頭を私の肩に預けてこられた。
泣いて泣いて少し落ち着かれた蒼真様が、それでもえぐえぐと泣きじゃくりながらお話を聞かせてくださった。
椅子に座り、膝の上にちいさな龍と亀を乗せている私は傍目にはだいぶおかしい人間だろう。
でもこの愛おしい龍と亀を少しでもあたためてあげたかった。
「竹様は青羽のことが大好きだったんだ」
『青羽』というのが前世のトモくん。
「バカみたいにふたりいっつもくっついて、『好き』『好き』言い合ってて、すごくしあわせそうだった。
あんなにしあわせそうな竹様、見たことなかった」
「だから『また会えた』って聞いて、またあんなふうにイチャイチャしてると思ったんだ。
なのに、あんな……」
「ふぐうぅぅ」と蒼真様はまた泣きだしてしまわれた。
「私が悪いんだ」
黒陽様もポツリとおっしゃる。
「智明と暮らしているときの姫は、それはそれはしあわせそうだった。
智明もしあわせそうだった。
お互いに『夫婦』と呼び交わし、『半身』と受け入れあっていた。
あのしあわせを姫にもう一度味わわせたいと、私が願ったんだ。
そのせいで、見通しが甘くなった」
「蒼真が指摘してくれてよかった。
私はトモも、姫も死なせるところだった。
ありがとう蒼真」
黒陽様黒陽様。それ、逆効果ですから。
ホラ蒼真様余計にギャン泣きになっちゃった。
泣き止まない守り役様はリビングに退場してもらいましょう。
待機していたタカさんにパス。こーゆーのは男同士がいいでしょ? あとはよろしく。