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久木陽奈の暗躍 109 立花獲得大作戦 1

【番外編8】のおはなしを、ひな視点でお送りします

全2話です


『災禍』滅亡の夏、神代家でヒロと菊の婚約の話し合いがあった日の夜からスタートです

 菊様とヒロさんの婚約にまつわる話し合いがあった日の夜。

 大人数で「おつかれー!」「おめでとー!」と乾杯し、梅様お手製のお菓子でお茶にした。


 今残っているのは主座様とヒロさん、菊様、保護者の皆様と守り役の皆さま、そして私とコウ。

 トモさんと竹さんには夕食時にご報告済。おふたりとも喜んでくださった。

 夜になって遊びに来られた蘭様とナツさん佑輝さんには来られてすぐに婚約のことを報告。今は武道場でじゃれておられる。

 梅様にもお越しになられてすぐに報告。「おめでとう!」と菊様にハグなさり「お祝いのお菓子よ!」とアイシングクッキーを大量作成してくださった。

「今度時間のあるときにウエディングケーキ作ったげるわね!」と言い置き、武道場へクッキーの差し入れに向かわれた。

 


 梅様がお菓子作りに精を出しておられる間に話し合うべき案件は全部片付いた。

 せっかく作ってくださったお祝いクッキー。「食べるのもったいないけど食べないともっともったいない」と少しだけいただくことにした。

 あまりは菊様とヒロさんが山分け。おふたりに作ってくださったのですものね。


 お茶をしながらお伺いするのはもちろん神代家での顔合わせがどうだったか。お祖父様のしょげかえった様子に笑い、白露様無双に笑い、ヒロさんのカッコ良さを褒める保護者の皆様に怒るヒロさんを笑い、楽しい時間を過ごした。


 と、ふと気になることが浮かんだ。


「側仕えの方を転校させるとのことですが」

「菊様はご不便になられませんか?」

「新しい側仕えをおつけになられるのですか?」


「もうつけないわよそんなもん」

 菊様はあっさりとそうおっしゃる。


ひな(あんた)が来てくれるんなら話は別だけど?」

「残念ながら学年が違いますので」


 ニヤリと笑っておっしゃるのをさらりとかわせば面白そうにお笑いになる。

 先日からの思い詰めたような表情から一転、軽やかなご様子にコウと目を合わせ微笑みあった。


「咲良は、デキるのはデキるんだけど、押しつけがましかったのよね」

「と申されますと?」


 ため息まじりのお言葉に合いの手を入れると、疲れたご様子でお答えくださる。


「よくいるでしょ? 宗教に妄信してる人間。まさにアレ」

「咲良の『理想の主人』を見てるのよね」


「あー」「確かにー」と、側仕えの方をご存じの保護者の皆様は納得をお見せになる。主座様とヒロさんは笑顔を浮かべられるだけ。無言は肯定ですよ。


「まあ実際それに応えられちゃったから、余計に信奉されちゃったのよね」

「うっとうしくて重苦しくて、正直うんざり」

 ふう、と息をつかれる菊様。


「杉浦さんはまだお若いですから」

「菊様が素晴らしい方ですからね。杉浦さんがそうなるのも仕方ないといえば仕方ないところはありますよね」

 保護者の皆様のご意見にも「まあね」とご納得のご様子。


 普通のひとなら『自意識過剰』と言われそうなこの態度も、この方ならば『当然』『さもありなん』と思えてしまう。そういうところが周囲を信奉者へと変えておしまいになるんだろう。優秀なのも大変だ。


「これまでの五千年でも似たようなコは何人もいたのよ」

「カリスマがありすぎるのも、有能すぎるのもある意味問題ですよね」


 白露様も主座様もそうおっしゃる。これまでの菊様も大変だったようだ。


「実際はこんなにワガママで勝手なのにね」

「なんか言った白露」

「いえ別に~」


 主従の軽やかなやりとりに「アハハ」と笑いが起きる。


「これまでの信奉者は『菊様がいないなら生きる意味がない』とかって後追い自殺するコや、姫が亡くなったショックで廃人になるコもいましたよ?」


 白露様のお話に「迷惑な話ね」と菊様はお茶を一口。


「もし姫が『呪い』のとおり亡くなったら、サクラも多分同じ道をたどったでしょうね」

「ホント迷惑よね」


 呆れ果てたように吐き捨て、菊様はクッキーをもしゃもしゃと召し上がりながらお話なさった。


「まあ咲良が有能なのは間違いないから。私に縛り付けておくのももったいないとは思ってたのよ」

「もうすぐ死ぬから、そしたら咲良も自由になると思ってたんだけど、予定が狂ったじゃない?」

「『これがずっと続くのかー』と思ったらうんざりして。どうしようかと思ってたのよ」

「そしたらうまいこと自滅して。ちょうどいいからよそに転校させたの」


 あっさりとおっしゃるご様子から、側仕えの方を惜しむお気持ちも、いなくなることへのご不便もご不安も感じておられないのが伝わる。

 菊様がいいなら私達が申し上げることはなにもないです。


「『新しい側仕えを』ってお話が出るんじゃないですか?」

 そう問えば「どうかしらね」とだけおっしゃる。


「今のところ何も言われてないけど、咲良以上の娘は私の知る限りいないから。ないんじゃない?」


 あっさりとしたお答え。けど、そのお言葉の中にその方への信頼や力量を評価しておられることが伝わる。短いおつきあいだけれど、菊様がここまでおっしゃるなんて、なかなかの人物だ。


「結構その方のこと気に入っておられたんですね」

 そう申し上げれば「そうでもないわよ」とおっしゃる。


「重苦しくてウザかったわ」

「とはいえ、お稽古でも勉強でも、私についてこれたのは咲良だけだったわね」

「その努力と根性は認めてもいいわ」


 素直じゃないですね。

 ここにいるのは菊様のひねくれた優しさを知っているひとばかりだから、態度悪くクッキーを頬張られる菊様にニコニコしていた。


 そこに、ヒロさんが質問した。


「立花さんはどうされるんですか?」


「立花はそのままつけとくわ」

 菊様は即答なさる。


「さすがに護衛ははずせないでしょ」

「立花だからひとりで済んでるのよ」

「あれで有能なのよ」


 菊様によると、立花さんという菊様の専属護衛の女性は、一言で言えばクールビューティー。百七十二センチの長身。細身に見えるけど全部筋肉。ショートヘアで護衛の制服である黒のパンツスーツで立つ姿はパッと見イケメン男性。けど、目鼻立ちがパッチリとしていて、控えめな化粧でも美人。中性的な美しさに『男装の麗人』と言われている。

 残念ながら霊力量は下の下で、親族間や護衛の所属する会社では『非能力者』と分類されている。ご本人もそのことを気にしていて、菊様と上層部に何度も護衛の変更、ダメなら増員を提案している。

 けど当の菊様が「何人も連れ歩くのはイヤ」「立花がいい」と拒否。

 高卒で入社して以来ずっと菊様の専属護衛としてついていて、今は三十歳。独身で、彼氏とかも「聞いたことがない」とのこと。


「立花はうるさくないからいいのよ。他の人間はうるさかったりうっとおしかったりでイヤなのよね」


「信頼しておられるのですね」と言えば「まあね」と返ってくる。これは相当お気に召しておられる。


「立花さんは菊様が二歳のときからずっと菊様についてますよね」

 私とコウに聞かせるためだろう。そう言ったヒロさんに菊様も「そうそう」と肯定される。


「正式配属は私が幼稚園に入る四月からだったんだけどね。入社試験とか研修とかで立花がまだ高校在学中に同行させたことが何回かあったわ」

「私が嫌がらなかったから入社してすぐ私付きになったのよ」

「で、そのまま今に至るってわけ」


「こんな姫に十年以上付き合ってくれてるのよ。いい子でしょ?」

「白露?」


 主従のやりとりにまた笑いが起こる。


「ほかの護衛の方じゃダメだったんですか?」

 お伺いしてみれば「そうねえ」とお答えくださる。


「ちいさい頃はベテランがあとふたりついてたのよ。まあね? わかるわよ? 金持ちの幼児なんて誘拐犯の格好の獲物だっていうのは」

「けどねえ。なーんか『圧』があってイヤだったのよねぇ」

「なんて言うの?『見守っている』というより『見張っている』みたいな」

「立花は高校卒業してすぐ私に付けられたせいでしょうね。そういう『護衛くささ』みたいなのがなくって。手探り手探りやっていく感じがよかったのよ」

「立花は末っ子だからかしら。あれで周りをよく見てるのよ」

「私の一挙手一投足をしっかりと見て。感情とか機嫌とかを察してくれて、細かい気配りを入れてくれるのよね」


「咲良にはできない芸当よね」

「サクラはまだ若いですから。無理ですよ」


 確かに。社会人アラサー女性と思春期真っ只中の女子高校生を比べるのは気の毒ですね。


「立花は護衛として押さえるところはちゃんと押さえてるし、余計なことは言わないし、基本的に私の要望に応えてくれるから気に入ってるの」

「何回か立花の代理が来たことがあるけど。まあ違和感がハンパなかったわ」

「だから咲良ははずしても立花は置いとく」

「立花がいなくなったら私、困るわ」


 そのお言葉を受けてヒロさんが質問した。


「じゃあお嫁に来られるときはどうされます?」

「安倍家に入るときはもう護衛いらないでしょ」


「白露がいるんだし」とあっさりとしたもの。


「じゃあ立花さんはいつまで置かれるご予定で?」

 その質問に菊様は「そうねえ……」と考えられ、答えを出された。


「護衛を今すぐ『白露だけ』っていうわけにはいかないでしょ? だから当面は立花と白露のふたりを護衛として連れ歩いて、周りが白露に慣れたら交代制にしてひとりずつにして、最終的には白露ひとりにしたいから……。

 ―――あと二年半。高校卒業まで」

「そのくらい期間があったら立花から白露への専属護衛交代も問題なく行えるでしょ」


「いいですね」「妥当な線ですね」保護者の皆様も主座様も納得された。当の白露様も。私も納得。


「立花さんは菊様専属を解任されたらどうされるでしょうね」

「妹様かお母様付きになりますかね」

「結婚して引退もあり得るんじゃないかしら」


 保護者の皆様のご意見に菊様が「ん?」というお顔をされた。

「―――そういえば………」

 突然鏡を取り出して霊力を注いでいかれる菊様。なにかあっただろうかと黙って見守っていたら、菊様はそれはそれは嫌そうなお顔をされた。


「まずいわね……」

「どうかされましたか?」


 ヒロさんの問いかけに、菊様は難しいお顔で鏡を見つめたままお答えになられた。


「立花は私が四年生になるとき、結婚の話があったのよ」

「立花を解任して『能力者』の護衛をつけようとしてたの」


「ふう」とため息を落とされ、ようやく菊様はお顔を上げられた。


「立花が結婚してしあわせになるなら私も『仕方ない』って受け入れたわよ」

「ホントですかぁ?」


 茶化すような守り役様のツッコミに「当然じゃない」としれっとお答えになられる。


「けど『視て』みたら、クソ親父が勧めた相手がクズで」


 当時菊様のお父様が立花さんへと勧めたお見合い相手は、菊様のお父様の側近。高身長高学歴高収入。顔も服のセンスもいい。けど性根がクズ。偉いひと、強いひとにはへいこらと平身低頭なくせに、自分より立場が弱いとみるや偉そうにいばりちらす。相手をバカにしてイジメる。嫌味嫌がらせは当然。常に自分が上でないと気が済まない。自分を大きく見せることがなにより大事な俺様。


「そんなマンガみたいな小悪党、いるんですね」

「なんでそれで『お父様の側近』なんですか?」


 なんでも菊様のお父様という方は、なかなかに性格に問題のある方だという。実の娘の菊様だけでなく、隠形で菊様のおそばについておられる白露様もそう断じておられる。実際対面したこともあり噂を聞く機会の多い保護者の皆様まで「あの方はねえ…」と苦笑を浮かべ言葉の先を濁される。それは相当ですね。


 菊様のお祖父様は、名家に生まれ名家に育ったことを誇りに思っている「上流階級にこだわっているクソジジイ」だけどお父様は「根性がひねくれてるお坊っちゃん」だそう。


 一見穏やかなお坊ちゃま。苦労知らずの若旦那。

 けど実態は、頭が良すぎて人間をチェスの駒だと思っている。


『一を聞いて十を知る』を地で行くお父様。物心ついたころから優秀だった。特に観察眼に優れていて『世の中綺麗なだけじゃない』とすぐに悟った。

 そのことに悲観する若者もいるだろうに、お父様はそこを「おもしろい!」と考えた。

 幸いなのはそのまま『悪』に進まなかったこと。一歩間違えば裏の世界でひとかどの人物になっていた可能性がある。それを否定できないくらいには頭の良いひと。

 じゃあなにをしたかというと、ところどころに『当て馬』を配置した。


 学校で。会社で。社交界で。

 うまく善良の皮をかぶっているひとを見抜き、そのひとを『当て馬』として配置する。するとどうだろう。『当て馬』は勝手に自走し自滅する。その『ザマァ』が完成された瞬間を――『当て馬』が自滅する瞬間を見るのがお父様にとって「とっても楽しい!」らしい。


 また『当て馬』は言いかえれば『共通敵』となる。ひとつのプロジェクトを進めるときに「あいつムカつくんだけど!」や「あいつマジ腹立つ!」などは、集団をまとめるのに一役買うのだと。意思の統一を図るわけですね理屈は理解できます。世界平和のためには宇宙からの侵略が必要不可欠なのと同じ理屈ですね。


 ついでに『当て馬』が動くことで周囲から自分に向けて同情票や高評価が得られる。そうなるように上手く立ち回る。それができるだけの頭の良さがお父様にはある。それさえもお父様にとってはチェスと同じ。すごいですね。


 この『当て馬』もしくは『共通敵』、配置場所やタイミングを少しでも間違えれば全体を崩壊させる危険をはらんでいる。お父様もそれは理解している。けど、お父様にとって「そのスリルがたまらない」らしい。変態ですか?

『当て馬』が『当て馬』として動くよう、また動きすぎないよう手綱を握るのもお父様。塩梅を見極め人間を動かし、最終的なゴールを目指す。


 このお父様の言う『最終的なゴール』とは『プロジェクトの完遂』と『当て馬のザマァ』。

 片方だけでは不完全。両方あってこその『ゴール』。

『ザマァ』された『当て馬』がどうなるか。それはお父様には関係ない。みじめな生活になろうが精神崩壊しようが死のうがお父様にとっては『終わった話』。

 お父様にとって関心があるのは『ザマァ』までの道程(みちのり)と最後の断罪シーンのみ。


 なんていうか………なかなかにサイコパスなひとですね………。菊様のお父様になられるだけはあります。


「今なんか失礼なこと考えたわね」

「とんでもございません」


 で、そんなサイコパスなお父様があちこちに『人間性に問題のある人物』を『当て馬』として配置しておられる。それ周りのまともなひと、えらい迷惑こうむってるんじゃないですか?

「それも楽しんでるのよあのクソ親父」


「クソでしょ」

「姫。言葉遣い」

「明言は控えさせていただきます」


 で、六年前、その『当て馬』のひとりと菊様の専属護衛の見合いをお父様が思いついた。


「『場』が停滞してきたと判断したら時々駒を動かすのよ」

「ああいうところ『センスある』とは思うけど、周りに被害が出ることがあるのよね」


「やっぱクソよ」

「ひーめ。お言葉」


『当て馬』と菊様の専属護衛をくっつけることによっていくつかの効果を狙ったお父様。

 ひとつめ。自然な形で娘の専属護衛を『非能力者』から『能力者』に変更できる。

 ふたつめ。当時女性に金を使いまくっていた『当て馬』がハニートラップに引っかかり情報漏洩するのを防ぐ。

 みっつめ。自分の護衛を義兄とさせることで『当て馬』を見張らせる。場合によっては教育させる。

 よっつめ。配下の成婚率を上げる。子供ができれば次世代の配下となるべく教育させる。


 なるほど話だけなら納得できる話ですね。

 お相手がクズでなければ。


 当時小学三年生の菊様が「自分の専属護衛に見合い話がある」と偶然耳にし、面白半分で『視た』ところ、相手がクズすぎた。


 その『先見』によると。

 美人でスタイルも良く性格もいい自分の専属護衛を、クズは「自分が上だとわからせる」と、侮辱しけなし人間性を否定した。「若旦那様から命じられた結婚だから」と彼女は我慢に我慢を重ねる。そんな彼女に嗜虐心を抱いたクズ。美しく強い女が自分に逆らえないことに快感を得、さらに彼女をしいたげる。そして彼女は誰にも救いを求められず、不幸から抜け出せず―――。


「そんなの許せるか!」九歳の菊様は(いか)った。

「立花は私の専属よ!」「不幸になるなんて許せない!」

 で、ワガママを通して立花さんを手元から離さず現在に至ると。


「それはよかったですね」

「菊様素晴らしい!」

「姫もたまにはいいことするのよねえ」

「白露?」


 うまく話をつぶし、見合い自体無くしたので立花さんはクズに会うこともなかった。菊様も「これで一件落着」とその件は「終わり」とされた。


 けれど今『視て』「問題が起きている」とおっしゃる。



 その問題の原因。

 立花さんが美人すぎた。



 見合いの話が出た当時。

「若旦那様が『見合いしてはどうか』とおっしゃる女がどんな女か見ておこう」とクズが立花さんを見に行った。菊様の専属護衛と聞いていたから家族用玄関で菊様がお帰りになるのを待つだけでよかった。


 そして目にした二十代の立花さん。

 クールビューティー。


『若旦那様の護衛の妹』と聞いていたから「どんなゴリラ女か」と思っていたら、細身長身の短髪中性的美人。

 クズ、一目で恋に堕ちた。


 だから見合いをウキウキして待っていたのに、会う前に『なかったこと』になった。

「俺にはもっといい女がいる」と負け惜しみで見合いを重ねるも連戦連敗。他のひとからのあわれみの視線には「以前若旦那様からご紹介いただいた菊様の専属護衛がお役御免になるのを待ってる」「若旦那様に勧められたものを無碍(むげ)にはできない」と言い訳した。


 言い訳しているうちに自分でそれを信じてしまった。なんせ一目で恋に堕ちた相手。あっという間にクズの脳内で嫁になった。

 そこからはもう菊様のお口に乗せるのが申し訳ないようなことの連続。帰宅時のストーキングは当たり前。盗撮。妄想。エトセトラ。エトセトラ。

 いえですから妄想の内容はおっしゃらなくて結構です。


「そう言わずに聞きなさいよ」

「『視え』ましたからやめてください耳が腐ります」

「そんなに!?」

「成年男性向けエログロマンガです」「かなりハードなヤツ」

「「「うわあぁぁぁ」」」

「最低」「クズ」「ゲス」「立花さん可哀想」


 とにかく最低のクズに「俺の嫁」と思われていると。菊様の護衛からはずれたら「俺と結婚する」と思っていると。


「ヤッバ」

「そのひと病院紹介したほうがいいんじゃない?」

「むしろ警察に通報したほうが」


「ていうか、立花さんを菊様からはずしたらヤバいってことじゃないの? そんなヤバいヤツなら二年や三年待つでしょう。確実に捕まえに来るでしょう?」


 千明様のご指摘に保護者の皆様は震え上がった。

「ヤバい!」「立花さん、逃がさなきゃ!」


 そんな中主座様が提案された。

「安倍家で雇うことは可能ですよ」


「『菊様のご希望』で『菊様の専属護衛を引き続き専属とするために移籍させた』とすれば問題ないかと」


「それもいいわね」

「最悪そうする?」

「でも立花さんが『いい』って言ってくれるかしら?」

「『非能力者』なこと気にしてるひとが安倍家に移籍って、受け入れられるかしら」

「安倍家内部からもなんか言われそうだよね」


 ああだこうだとやりとりしていたら、千明様がハッとされた。


「ならいっそ安倍家の誰かと結婚してもらったら!?」


「は!?」と驚く周囲をよそに、千明様は「そうよ!」とご自分のお考えに興奮してしまわれた。


「それならストーカー男だって手出しできないでしょ!」

「『安倍家に移籍』だけで独身のままだったら、どこで狙われるかわかったもんじゃないわ!」

「結婚で安倍家に入るなら、安倍家のほかのひと達だってうるさく言わないんじゃない!?」


「それは確かに」と皆様納得された。菊様も「悪くないわね」と乗り気になられた。


「仮に安倍家の独身男性と結婚させるとして。誰かいいのがいる?」


 その質問に、保護者の皆様がニンマリとされた。


「実は私、オススメのコがいるんですよ」

「奇遇だね。僕も」

「オレもいる」

「あら私もいるわ」


 ニマニマの大人達に主座様とヒロさんは首をかしげておられる。


「じゃあみんなで『せーの』で言ってみる?」

 アキさんの提案にうなずく皆様。そして。


「せーの……」


「「「「坂本雄介」」くん」」


 え。まさかの全員一致ですか!?

『坂本雄介くん』? て?

 タカさんが察してくれて情報を頭に浮かべてくれた。ああ。後方支援部隊のまとめ役の坂本雄介さんですか。


「なるほど」と主座様はご納得。

「確かに! いいね!」とヒロさんはゴキゲン。


「誰?」

「『異界(バーチャルキョート)』で後方支援担当責任者としてみんなをまとめ上げてたひとです」


 菊様のご質問にヒロさんが答える。

「ああ。あの坂本」

 菊様も坂本さんをご存じらしい。あ。『異界(バーチャルキョート)』で関わられたと。なるほど。


「悪くないわね」菊様もニンマリ。

「確かにしっかりしたコだったわね」白露様も好印象だったのがうかがえる。


「本人達の相性もあるけど、うまくいけばあっちもこっちもいいことになると思う」


 千明様のご意見に主座様とヒロさんが「なんのこと?」と首をかしげられる。

「ホラ。前にハルが言ってたでしょ? 若手の独身率が高いって」


 安倍家では花形の実働部隊が目立って、後方支援やデジタル部門は一段も二段も低く見られている。

 男女ともに結婚適齢期のひとがそれなりにいるけれど、実働部隊はそれなりにモテるけど他は「相手にされない」のが現状。


 そもそも後方支援は『霊力不足で実働部隊に入れなかったひと』と認識されていて、実際そのとおりなひとが多いので、霊力至上主義の安倍家内部では下に下に見られている。

 そんな男性に恋したり嫁ぎたいと思う安倍家の女性はまずいなくて『独身者のたまり場』なんて言うひともいる。


 なら安倍家以外で嫁を見つけてくればいい話なんだけど、安倍家内部でしいたげられてきたひとが外で堂々と振る舞えるかと言われたら無理な話で、当然異性とのご縁なんてものをつかむことなどできない。

 結果、独身者ばかりになると。


「立花さん、護衛に就けるならそれなりに戦闘力あるんじゃない?」

「そういう女性なら『力こそ正義!』みたいな安倍家でもやっていけるんじゃない?」

「菊様付きにできるし」

「多分竹ちゃんも気に入るでしょ」

「雄介くんが立花さんと結婚できたら、そこを切り口に一般女性と後方支援の男の子の縁を取り持つこともできるんじゃないかしら」


「なにより雄介くんにしあわせになってもらいたいのよ」

「あのコ昔からタカ達とがんばってきたんだから」

「綺麗で素敵な彼女と恋して結婚して、素敵な奥さんとしあわせになってほしいじゃない」

「このままだと雄介くん、一生独身よ!?」


「それは確かに」「間違いなくそうなるね」

 晴臣さんとタカさんの同意を得て「でしょ!?」と千明様は胸を張られ、菊様にせまられた。


「菊様。ウチの坂本雄介、菊様の専属護衛の立花さんのお相手にどうでしょう!?」

「考えてみていただけませんか!?」


「千明がそこまで言うなら一考の価値はあるわね」


 そう言って菊様は再び鏡に霊力を込められた。

 と、すぐにその大きな目をさらに大きくされた。


「―――まさか、そんな……」


「え」

「悪いんですか?」


 心配する周囲に菊様は短くおっしゃった。


「逆よ」

「良すぎる」


 信じられないというのが隠れていない声だった。


「ふたりがくっつくことで、転がるように良いことが広がる」

「これはなんとしてもくっつけないと」


 そんなことありますか!?

 菊様が『視た』ことについて思念を飛ばしてこられた。……………ホントだ。なんもかんもうまくいってる。

 こんなことありますか!?『半身』じゃないですよね!? これは是非ともくっついてもらいたいですね!

 そう考えた、そのとき。


「ひな」

「はい」


 お声をかけられなにかと思ったら。


「作戦考えなさい」

「……………はい?」


 突然のご命令にポカンとしてしまった私に菊様は重ねて命じられる。


「表向き接点のないふたりをどう会わせるか。どうやってくっつけるか。作戦考えなさい」

「いやいや。そこは菊様が間を取り持てばいいのでは?」

「私がどうやって立花と坂本を引き合わせるのよ」

「ヒロさんが坂本さん連れてるときに菊様が立花さん連れて行けばいいじゃないですか」

「立花は護衛中は護衛しかしないわよ」


「無駄口をたたかない。職務に忠実。サボることも他に気を取られることもない。

 そんな立花が護衛中に男を恋愛的な意味で気にするなんて、あり得ないわ」


 すごく信頼しておられますね。


「坂本さんも、菊様の前では緊張して、おそばの女性を気にかける余裕はないと思います」

 ヒロさんもそう言う。


「あの立花と坂本に任せといたら、くっつくもんもくっつかないわよ」

「じゃあ諦めたら」

「諦められないからアンタに頼んでるんじゃない」


 頼まれてたんですか私。命じられてたのかと思ってましたよ。


「なんでもいいわよ」

「私の専属護衛がおかしな男につかまらないように。『異界』で世話になった坂本がしあわせになるために。ふたりをくっつけるわよ」


「いいわね」と威厳たっぷりにおっしゃる菊様。そりゃ保護者の皆様も主座様ヒロさんも「御意」一択ですよね。私に期待のこもった眼差し向けられますよね!?


「ひな」

「……………はい」


「作戦考えなさい」

「……………はい」


 ……………私の仕事が増えた。

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