閑話 ぼくのカッコいい友達
ヒロ視点です
なんでトモが安倍家内部で恐れられてるのかを書きました
坂本さんと立花さんの結婚披露宴が終わった。いいお式だった。
これからふたりは写真撮影をして親族との食事会。その後二次会が開催されると聞いている。二次会はふたりがきっかけになって結ばれたカップルが中心になって企画されていて、安倍家の後方支援とデジタル部門、神代家の本社子会社のひとが多数参加する。ここでまたカップルができるんだろうなあ。
披露宴にはオミさんアキさん、ぼくの両親も出席した。坂本さんはやんわりと遠回しに「来ないで!」って何回も訴えてたけど、保護者達は敢えて無視してゴリ押しした。
「長年努力を共にした弟分の門出を祝福したい!」って言い張って聞かない保護者達。「『主座様直属の側近』の方を何人も呼ぶなんて、おれ、どんだけ偉いんですか!」と半泣きの坂本さん。仕方なくぼくが口を出した。
「菊様と白露様と同席にさせましょう」「人数的にちょうどよくなりますし」「神代家の方達も菊様と同席よりは気が楽になるんじゃないですか」
そしたら「ヒロさんも出席してください」「出逢いのきっかけになったのは菊様と白露さんとヒロさんなんで」と懇願され、ぼくも出席させてもらった。
菊様と白露様のおふたりは、わりと早い段階から「披露宴に出たい」と公言しておられた。
新婦である立花さんが菊様の専属護衛として十五年以上おそばについていたことは安倍家内部でもすでに知られていて、その立花さんの結婚式に菊様が「出たい」と希望されることは誰もが納得の感情だった。
白露様は菊様の守り役であり護衛だから同行するのは当然だけど「レーカは同僚というよりは妹みたいな存在」「レーカの友達として結婚式に参加したい!」とあちこちで言いふらしておられたので、こちらもまた納得された。
そんな安倍家では雲の上の存在な『西の姫様』と『守り役様』と同じ会場で参列しないといけない坂本さんのご家族親戚は、最初話を聞いたとき恐縮しまくっていたらしい。けど「新婦の関係者としてご臨席を賜る」と説明され「それならまあ、いいか??」となり、そのうち「名誉なことじゃないか」と開き直った。
立花さんの関係者も主筋である菊様のご臨席に「まあ十五年も専属でついたから」と納得を示した。白露様のご臨席についても「同僚だし、菊様の護衛も兼ねてるから」と納得した。
けれど具体的な席次を作ろうと両家に相談したときに、どちらの関係者からも「菊様との」「西の姫様との」「「同席は無理!」」と拒否された。
頭を抱えた坂本さんと立花さんに、ウチの保護者達がわざとワガママをゴリ押し。喧々諤々の押し問答が繰り広げられたけど、いい塩梅に席次を作った。
最初は菊様と白露様だけだった『偉いひと』が、減るどころか倍以上に増えたわけで、一応坂本さんのご家族及び親戚――安倍家内部には了承してもらうべく坂本さん本人が説明をした。「出逢いのきっかけになったはとこ殿と西の姫様、守り役様にご臨席を賜る」保護者に関しては「後方支援のまとめ役である自分の上司夫妻としてご臨席を賜る」「同時に、ご臨席いただく西の姫様と守り役様のお相手をしてもらうために出席してもらう」これに坂本さんの関係者は一様にホッとしたらしい。
立花さんの関係者にも同様の説明をし、両家納得の席次になった。坂本さんも立花さんもホッとしていた。
ウチの保護者達も、もちろん菊様も守り役様達も、自由気ままにワガママ言って好き放題しているようで、その裏にはしっかりと思惑とか根回しとかがある。
菊様と白露様が「立花の結婚式に絶対出席する」とおっしゃるのは、そうすることで立花さんの後ろにおふたりがおられることを示すため。
白露様が安倍家のあちこちで「坂本と結婚するレーカは私の妹みたいなもの」と言いふらしているのも『霊力なし』であり外部の人間である立花さんが北山で蔑まれたり軽んじられないようにするため。もちろんそんな立花さんを選び、長男なのに両親と同居しない坂本さんが侮られたりなじられたりしないようにという思惑もある。
保護者達が結婚式に出席して必要以上に親しい様子を見せつけるのだって、坂本さんと礼香さんを守るため。「『主座様の側近』何人もが、こんなにも坂本と妻をかわいがっている」と理解すれば、普通のひとは一目置く。はず。妬み嫉みも出てきそうだけど、坂本さんがオミさん父さんと努力してきたのはわりと知られているので、今のところは大丈夫そう。
菊様白露様も、保護者達も、坂本さんと立花さんを守るために暗躍している。
暗躍を『暗躍』と悟らせないさりげなさと手腕は見事の一言で。ぼくはそういうのを見て学んでいる。
『主座様の側近』として、『安倍家当主補佐』として、そういうのは必須スキルだと思うから。
そもそもぼくは昔から「甘い」と言われている。
ぼく的には一生懸命やってるつもりなんだけど、他のひとに指示を出したり訓練したりするときに「『甘さ』が出ている」と言われている。
ぼくはどうしても「これお願いしたら迷惑かなあ」とか「ここまでしたら大変だよねえ」とか思ってしまって、そう思ったらそれ以上できなくて、自分で処理したりしてしまう。
「それじゃあ相手が成長しない」ってハルにも言われる。実際ぼくはかなりスパルタで指導されてここまできた。けど、だから、されるほうがどれだけ大変か、どれだけ苦しいかわかっちゃうから、強く言えない。
「ヒロちゃんは『そういう子』だから」アキさんはそう言って「無理しなくていい」って言ってくれる。
「そういうヒロちゃんに救われるひとだって必ずいるから」「無理して『自分』を捻じ曲げて、ヒロちゃんが『ヒロちゃん』でなくなるほうが私はかなしいわ」「ヒロちゃんにはヒロちゃんの『良さ』がある」「そこを伸ばしていく方法を考えましょう」
そう言ってくれるアキさんにもハルは「甘い」って言う。けど怒ってるんじゃなくて「仕方ないなあ」って赦してくれる言い方と表情で。
そんなハルと保護者達にぼくは守られ甘やかされてきた。
◇ ◇ ◇
ぼくが安倍家の仕事に積極的に関りはじめたのは中学二年生から。
『十四歳まで生きられない』そう言われていたぼくは生き残るために必死で修行していた。
指導してくれるハルが安倍家の仕事も学校の課題もあって忙しいのはすぐにわかった。だから少しでもハルが楽になればとできる範囲でお手伝いをしていた。今にして思えば大した戦力にはなってなかったけど、そのときはそのときなりに一生懸命だった。
血縁上の父親に誘拐されてほぼ監禁状態で虐待されてたナツを救うために色々していたこともあって、ぼくは毎日毎日本当に忙しくしていた。
そんな日々が終わったのは中学一年生が終わった春休み。ぼくらの持つ霊玉の元になった『禍』を討伐し、ぼくの余命宣告はくつがえされた。ナツを監禁虐待していた家から救い出せた。そうして二年生になったぼくらは普通の中学生みたいに遊びまくった。
同時にぼくは、ぼくを救ってくれたハルへ「恩返しがしたい」って考えるようになった。「ぼくを支えてくれたハルを、今度はぼくが支えたい」って。
そのために安倍家の仕事を手伝うようになった。
「京都の『手に負えない案件』」としてこれまでハルが対処していた戦闘系の依頼を「ぼくがやるよ」と名乗り出た。そしたら「確かに修行にちょうどいいな」ってハルが言って、ぼくら霊玉守護者で受けることになった。
それまでぼくが関わったことのある安倍家のひとは、ご当主様と大奥様――ハルの祖父母でオミさんの両親――と、オミさんの上司である一条法律事務所の所長であり弁護士の一条さん、そして後方支援部隊のまとめ役の坂本さんくらいだった。
けど表立って実戦に出るようになったから、実働部隊のひととも後方支援のひととも顔を合わせるようになった。ハルが「私のはとこだ」「ゆくゆくは側近にする」ってあちこちで言ってくれて、そうして少しずつ安倍家のひと達と関わるようになった。
高校生になったらいろんな依頼を受けるようになった。父さんが持ってきた舞妓さん芸妓さんのストーカー撃退はちょっと大変だった。けどたいていは結界の見回りとか『守護者』との面談とかの、地味だけど大切なもの。そういう地道なのを積み重ねて少しずつ経験を重ねていって、安倍家内部のひととも少しずつ交流を重ねていってた。
「ゆっくり、すこしずつ、でも確実に」「実力と信頼関係を育てていこう」ハルとも保護者達ともそんなふうに話していた。
けど高校一年生の冬に竹さんを拾って、そこから姫様方の責務にがっつり関わるようになったらそんな悠長なこと言っていられなくなった。
やることはいっぱいだし時間はないし。姫様方やひなさんを表に出すわけにはいかないからぼくが動かなくちゃいけない。ハルも保護者達もてんてこまいで、だから頼ることも甘えることもできない。ぼくががんばらなくちゃ! って無我夢中で取り組んでるうちに「主座様の側近中の側近」「次期当主補佐」って公表されることになって、しかも菊様が婚約者になってくださった。
ぼくはナツを救うためにハルと一緒に色々していて、そのときに時間停止の結界で過ごすことが多かったから実年齢よりも二歳は先取りしていた。それに加えて『宗主様の高間原』で三年半過ごしたうえに修行だ打ち合わせだって時間停止かけてしてたから、戸籍上の年齢よりも六歳から七歳は上になってる。もう成人男性と言っていい。
だから正式に「主座様の側近」と公表されることは「別に言ってもいいんじゃない?」って軽く考えてたんだけど、公表前に相談したご当主様と一条さんからは「内部の反発は覚悟しておいたほうがいい」って忠告された。
安倍家内部には、先祖代々安倍家に仕えている家のひと、能力者であるために一般社会に馴染めずに安倍家に来たひと、高霊力保持者だったために一般社会で生きられずに安倍家に保護されてそのまま成長したひとがいる。
長年『安倍家』という枠のなかで生きてきて、隠れ里で閉鎖的な社会を営んでいるひとたちからすると、ぼくや保護者達は「突然現れた余所者」と思われても仕方ないと。特にオミさんは子供のころから『霊力なし』として馬鹿にされていて、二歳のハルが「ガツンとやった」ときにかなりのひとが安倍家も村も追いだされたけれど、やっぱり長年染みついた考えを変えるのは、しかも閉鎖的な村では、たった十五年くらいでは難しいと。
オミさんは基本裏方仕事が多いから、安倍家内部ではあまり姿を見ないし、わかりやすい影響もない。それもあって余計にそんな重要人物だと考えてるひとはいないって。
オミさんの奥さんであるアキさんはしょっちゅうごはん差し入れしたりして本家のひと後方支援のひととは仲良くなってるけど、それだって『本家の嫁』として「当然のこと」だと思われてる。
父さんはデジタル部門では知られているけど他には知られていないし、母さんは関係あると思ってる人は皆無。
ぼくはハルのお手伝いで少しずつ顔と立場が知られてきてはいたけれど、あくまでも「修行中」扱い。
そんな状況で『直属の側近』と明かすのは「反感を買うかもしれないよ」と言われた。同時に「このタイミングでしか公表はできないだろう」とも。
要は「リスクを覚悟してやっちまいな」ってこと。
だから覚悟はしていたんだけど、竹さんと守り役様による『ご挨拶』のおかげで、あっちからもこっちからも一目置かれるようになった。おかげで仕事がしやすいったら。ホント感謝しかない。
ハルも今回の姫様方の責務が果たせたことで「肩の荷が下りた」って。
「もう私が記憶を持って転生する必要もなくなった」って、さっぱりと笑ってた。
ハルがいいならそれはそれでいいことなんだろう。
けど「もう記憶を持って転生しないからこそ、組織を見直さないといけない」って言いだした。
「現代は僕も霊玉守護者もいる。姫様方も守り役様方もおられる。だからたいていの問題には対処可能だ」「だが、我々が同年代ということは同時期に衰えがきたりいなくなったりするということ」「そうなったときに問題に対処できるような組織や人材を育てておかないといけない」
さすがは十回も生きているハル。言うこと違うなあ。
そうしていろんなことを議題に出し、対策を考え、対応を指示したり実際に動いたりした。ぼくも実働部隊の訓練に参加したり話をしたりした。けど、なんていうか、どこか距離があると同時に、うまく伝わらない感じがあった。
踏み込めないぼくが悪いのかなあ、とか。でもこんなこと言ったら不愉快に思われるかなあ、とか。言葉にできないモヤモヤしたものが、少しずつ、少しずつ溜まっていく気がしていた。
◇ ◇ ◇
七月に『災禍』を滅し、後始末に追われながら安倍家内部と交流するようになった。
年末を迎え新年を迎え、毎年恒例のご挨拶の日になった。
これまではハルがいちばん上座に座り、そのそばにご当主様が座していた。オミさんは一条さんよりも下座、一条さんの部下として控えていたし、ぼくはそのオミさんの下座で隠れるように控えていた。アキさんは大奥様の下座で控えていたし、父さん母さんは出席自体していなかった。
それがこの新年はガラリと変わった。
ハルが一番上座はいつもどおりなんだけど、その隣はぼくになった。ご当主様と一条さんよりもオミさんと父さんが上座に座した。アキさんも大奥様よりも前に出た。
わかりやすく立場を示したんだけど、居並ぶひと達は納得してない感を漂わせていた。そりゃそうだよね。これまで何年も、何十年も慣れたことが突然変わったら戸惑うよね。しかもぼくみたいな若造が『上』って言われたって納得できないよね。
ぼくはそう思って『仕方ないよね』って思ってたんだけど、ハルはそうじゃなかった。
いつの間に連絡つけたのか、キリのいいところで竹さんとトモ、守り役の皆様が登場された。
お盆のご挨拶の再現とばかりに威圧と威厳を見せつけて、ぼくと保護者への感謝を示してくださった。
竹さんは『王族モード』、守り役様達は『高間原の守り役』としての対外的な態度をとっていて、それはそれで通常運転だった。
いつもと違ったのはトモだった。
「『金』の霊玉守護者。『北の姫』の夫だ」
いつもは竹さんを立てて護衛に徹しているトモが前に出て、居並ぶ皆さんに威圧をぶつけまくった。
「主座様の直属として協力している」
「意味が理解できていないようなのでわかりやすく言ってやる」
「俺も、妻も、守り役達も、『主座様の部下』ではない」
「『直属』とは『直接交渉可』ということだ」
「あくまでも我らは『協力してやっている』だけ。主座様の命令に従う義務はない」
「もちろんお前達安倍家内部の者のやることに口出しするつもりもない」
「―――が、あまりにも目に余ることが重なったので、この場を借りて言わせてもらう」
そうしてトモは進まない組織再編成について文句を言い、ぼくと保護者達への態度の悪さを指摘した。
「ここには頭の悪い人間しかいないのか」「主座様が『白』と言ったら烏も『白』なんだよ」「文句があるなら堂々と言え。信念があるならはっきりと進言しろ」威圧を向けながらズバズバと言う。
「安倍家には『姫様』がおられる」「自分達は『姫様』に協力した」「『姫様』のご加護がある」と得意になっていたひともいたらしい。ゴメン。それぼく初耳。これあとで怒られるやつ。そんなひと達に向けてトモはガツンとやった。
「筋違いも甚だしい」「これまで千年支援してくれた主座様の恩に報いるのにここにいたほうが都合がいいからいただけ」「お前達も協力してくれたのは理解しているが、それはあくまでも主座様から指示された仕事をしただけだろう」「あまりにも押しつけがましくするならば全員でここから出ていく」「俺達が出ていく原因を作ったやつがその後どうなろうが俺達には関係ない」
とめようとする竹さんに「もうちょっと待っててね」と優しく微笑み、そのくせ安倍家のひと達に向き直ったときには鬼もかくやとばかりの形相でにらみつけるトモ。
「俺の妻を利用するなら許さない」「生まれてきたことを後悔させてやる」
そうしてご当主様とハルにも「下の教育がなってない」と散々に文句を言い、怒り心頭なひとに「不満があるなら直接来い」と煽りあげ、向かってきた数人を一瞬で半殺しにして一同を恐怖に陥れた。
さすがにやりすぎだろうとあわてて声をかけたら「ヒロに免じて許してやる」って恩着せがましく言ってやめてくれた。
◇ ◇ ◇
その日を境に周囲の態度が変わった。
これまではどこか馬鹿にされてる感や不満げな態度があったけど、一目置かれていると感じるようになった。仕事の話もしやすくなったし、指示も素直に聞いてくれるようになった。
「ヒロはまっすぐすぎるんだよ」あの日あのあと、トモが言った。
「穏やかで、まっすぐで、素直で」「それはヒロの美点だ」「だが組織を動かすにはそれだけではやっていけないだろ」
それはそうだけど。
「ヒロには無理だってわかってるよ」
トモはなにもかもわかってるような顔で笑う。
「だから、俺を利用すればいい」
「使えるものはうまく使えばいいんだよ」
「幸い俺は安倍家とは一応無関係だからな」「好き勝手言える立場の俺が好き勝手言うだけだ」「ヒロもハルも、なにも気にしなくていい」「『適材適所』ってヤツだ」
トモの意見にハルも保護者達も感謝していた。けどぼくはイマイチ理解できなかった。「どういうこと?」って聞いたけど誰も教えてくれなかった。
だからひなさんに相談した。
話を聞いたひなさんは「さすがは八十歳すぎまで生きた高僧なだけはありますね」って感心してた。
理解が追い付かないぼくにひなさんが説明してくれた。
「要はトモさんが『憎まれ役を引き受ける』ということです」
「あのひと容赦ないでしょ」「言葉でも霊力でも物理でも叩きのめされたところに『まあまあ』って取りなされたら、どんな人間でもほだされるというものです」「『飴と鞭』の『鞭』をトモさんが、『飴』をヒロさんや保護者の皆様が受け持つということです」
「そんな」ってついもらした。けどひなさんは平気な顔。
「本人が『いい』って言ってるんですから。遠慮なく甘えたらいいと思いますよ」「トモさんは竹さんさえよければ他はどうでもいいひとですから。安倍家内部からどう思われても気にしませんよ」「自分の評価よりもヒロさんの評価が上がる方を取っただけです」
「ヒロさんが気になるなら、しっかりと成果を出せばいいだけです」
そう言われたら確かにそうだと思えた。
それからトモの好意を活かすべくぼくなりにがんばった。
トモは時々顔を出しては苛烈な言動を取っていく。会議に出て言いたい放題言ったり。訓練に顔を出してしごきあげたり。一同がつぶれたりココロが折れたタイミングでチラッとぼくに目配せしてくれるトモ。ほんといいやつ。
合図に応えて「まあまあ」とか「そのくらいで」とか言ってトモをとめて「ヒロが言うなら」ってトモが引く。で、捨て台詞を残して立ち去る。トモがいなくなってから励ましたり話し合ったりした。
そういうのを重ねて、ぼくも保護者達も安倍家内部でそれなりに信任されるようになった。こんなに早く、順当にここまでこれたのはひとえに悪役を買って出てくれたトモのおかげ。
トモは言い方がキツイだけで、なにひとつ間違ったことは言わない。だからこそ言われたほうは傷付いたり打ちひしがれたりするんだけど。
訓練だって厳しいけれどできないことはさせない。くらいついていけばレベルアップするし、実際何人もがレベルアップしてる。
だからトモを表立って糾弾するひとはいない。ただただ恐怖し苦手とし遠巻きにしているだけ。
当のトモは「それでいいよ」と飄々としたもの。
「ヒロがやりやすいならそれでいい」「無理することはない」「利用できるものは利用すればいいんだよ」そう言ってニヤリと笑う。
「俺がヒロを気に入ってるだけだ」「ヒロが困ってるなら手助けしようって勝手に思ってるだけだ」「だからまあ、気にすんな」
明後日の方向に視線を向けて、そんなことを言う。
ありがたくて黙って頭を下げた。
◇ ◇ ◇
トモは子供の頃から人間の好き嫌いがはっきりしていて、気に入った人間には面倒見のいいところがある。その最たるものは竹さん。囲い込んで世話焼きまくってる。
ぼくら霊玉守護者に対しても昔から面倒見てくれていた。それはトモが前世の記憶を取り戻してからも、ぼくらがすっかり成長した今でも続いている。悪役を買って出てくれてるのもそのひとつ。
そんなトモの面倒見の良さが、坂本さんに対して発揮された。
あの『災禍』消滅のあと。ぼくと菊様の婚約が成立したあとの話し合いで「坂本さんと立花さんをくっつけよう大作戦」が発動した。
約半年かけてふたりの心身を改善し、年明けすぐに出会いの場を作った。十ヶ月かけてゆっくりと親しくさせて無事お付き合いとなった。
それからはとんとん拍子に話が進んでいったけど、クリスマスプレゼントを相談されたことで関わるようになったトモが細かくフォローを入れていた。
指輪作りのために霊力増やすのに協力したり。あれやこれやで周囲から浮いてきた坂本さんのために周囲の心象操作したり。
そのせいでまたトモの評判が悪くなったけど、それでも当のトモは平気な様子。
「ヒロも坂本さんも、うまくやれよ」そう言ってニヤリと笑う。
男のぼくから見ても、悔しいくらいのカッコよさだった。
◇ ◇ ◇
「トモってばカッコよすぎだよね」
「ですね」
ある日坂本さんとそんな話になった。
「トモのおかげで色々やりやすくなったんだよね」
「おれもです」「なにかと細かくご配慮いただいて……」
到達目標をそのまま伝えても反感しか返ってこなかったとき、トモがフラリと来て暴言をぶちまけた。「このくらいやれ!」って怒るトモをなだめて「せめてこのくらいで勘弁して」って最初に伝えた到達目標で納得してもらったら、それまで反感しかなかったのが進んで取り組んでくれるようになった。
仕事の手を抜いた若手にお説教してたけど全然聞いてくれないし態度悪いしで困ってたらトモが来ていきなりそいつを蹴り飛ばした。ボッコボコにするのを慌てて止めたら「言ってわからないやつには身体に教えこめ」ってこっちが怒られて、さらに若手をボッコボコにした。泣いて謝る若手に「謝る相手が違うだろう」と威圧してこっちに謝罪させた。
そんなことが、ぼくも、坂本さんも、何度もあった。
どうもトモ、『風』で声を拾ってるらしい。で、気にかけてくれてるぼくや坂本さんが困ってるってわかったら駆けつけてくれてるみたい。
「『駆けつけて』はないぞ」「しばらく様子見て『俺が出たほうが早い』って判断したらのんびり行ってるぞ」
お礼を言えばあっさりと種明かししてくれた。
「そこまでヒマじゃない」「気が向いたときしか行かない」トモはそう言うけど、かなり、いやしょっちゅう助けてもらってる。
「まあこれだけやったら、しばらくは俺が顔出さなくても動かせるだろ」
「うまくやれよ」そう言ってトモはニヤリと笑った。
文句言われたり言う事聞いてくれなかったりしたときに「トモに相談してみましょうか」とか「トモならどう言うかなあ」とかつぶやくだけで、面白いくらいに態度を豹変させた。坂本さんも同じだって。
ぼくらが不甲斐ないせいで安倍家内部でのトモの評判はかなり悪い。悪の大魔王とか閻魔大王とか言われてる。
申し訳ないし自分が情けないけど、トモは平気な顔。
「竹さんが過ごしやすければ問題ない」「どうでもいい連中にナニ言われても関係ない」きっぱりと言い切るトモに嘘はないとわかる。
「前にも言ったろ。『適材適所』だよ」「年少組も守り役達も、もちろん姫達も、こういうサポートは無理だろ」「俺しかできないし、俺ならできる」「俺ができることだからやってるだけ」
傲岸不遜に聞こえるけど、単なる事実を言ってるだけっていうのはわかってる。
「ヒロも坂本さんも甘いんだよ」「『俺からすれば』だけどな」
「俺、戦国期と奈良時代の記憶があるから」「ハルだって厳しいところがあるだろ?」「戦国期からしたら現代はぬるま湯みたいだよ」
「ヒロも坂本さんも現代の人間だからな」「そのままでいいさ」「俺やハルをうまく使いな」
その目はハルが時々するものと同じ。孫を見守るみたいな目。きっと今のトモにとってはぼくも坂本さんも子供みたいなもんなんだろう。前世は八十歳すぎまで生きたっていうし。
◇ ◇ ◇
「ぼくも前世を思い出したらトモやハルみたいになれるかなぁ」
ついぼやいたら、トモにもハルにも「無理だろう」って即答された。ひどくない!?
そこで明かされたのは、戦国期のハルとトモが、前世だかそれより前だかわかんないけど『昔のぼく』と出逢ってた話。
『禍』の再封印をして鳴滝の青眼寺を復興した何十年後。霊的トラブルの相談所みたいになってた昔のトモのところに「なんかへんな玉が消えない!」って相談に来たのが昔のぼく。
それで「再封印後も霊玉は受け継がれてる」ってわかった。で、「ついでだ」って修行をつけてくれたって。昔のトモの友達だった昔のハルも一緒に修行つけてくれて、一人前になったら仕事依頼してたって。
ハルにはぼくが母さんのおなかのなかにいたときから「あいつだ」ってわかった。高霊力保持者だってことも。だからアキさんに伝えて母さんをそばにいさせて、アキさんと母さんとおなかのぼくをまとめて守ってくれた。転生前から従えてた式神達みんな呼び寄せて護衛させて、ご当主様に安産祈願のお守りつくらせて。そうして母さんはどうにか無事にぼくを産み、その後も生きていられた。
ハルが守ってくれなかったら母さんも父さんも佑輝の本当のご両親みたいに不幸が降りかかって死んだり、晃のお母さんみたいに力尽きてた可能性が高かったって、今なら理解る。ホント、ハルさまさまだ。
前世(?)のぼくを知っていたからこそ、産まれたばかりのぼくが霊玉持ってたのを「昔霊玉守護者だったから」って納得して、深く『先見』しなかったハル。で、ぼくの余命が短いことに気付かなかった。二歳の時にご当主様に指摘されてびっくりして、そこから厳しい指導が始まったと。
「教えてくれたらよかったのに」文句を言ったけどふたりとも「言ってどうなるものでもないだろう」って笑う。そりゃそうだけど。
「前世の記憶がない以上、前世は関係ない。今生のこの人生をしっかりと生きろ」
「ひなさんが言ってたじゃないか。『絶対記憶』持ちのヒロにはどうやっても前世は思い出せないって」
言われたらそのとおりなんだけど、なんだろう。ひとりだけ子供みたいでおもしろくない。
「ヒロになれるのは精々腹黒程度だろ」「昔も甘ちゃんだったしな」
「根が素直なんだよ」「魂が高潔なんだろうな」
急にハルが褒めてくるから今度は照れくさくて居心地悪くなる。
「まあ、無理のない程度にがんばるのはいいんじゃないか?」トモが言う。「身近にいい手本があるんだし?」
ニマニマしながらハルに目を向けるトモ。そんなトモにハルはにっこりと作り笑いを向ける。
「どういう意味だ青羽」
「そのまんまの意味だよ腹黒陰陽師」
「失敬な。そういうお前は極悪僧侶じゃないか」
「こんなに親切な人間捕まえて『極悪』はないだろう」
作り笑いでじゃれるふたり。楽しそうだね。ちょっとうらやましいよ。
◇ ◇ ◇
なんにしてもぼくらはトモにすごく助けられてる。トモが矢面に立ってくれるおかげで色々やりやすくなったし、全体のレベルアップにもつながった。
どこかで恩返ししたいんだけど、トモは「気にすんな」しか言わない。
「帰宅途中に倒れた竹さんを助けてくれたじゃないか」「ヒロが助けてくれなかったら、あのひとどうなってたかわからない」「俺がヒロにその恩を返してんだから。ヒロは気にすんな」
どこまでも竹さんファーストなトモ。
だからせめて、ぼくにできることをひとつでも。
トモが仕事しやすくしてくれた状況を維持。トモを有効活用してさらに仕事しやすくする。
竹さんとトモが暮らしやすいように、竹さんに余計な声聞かせないように先回りして動く。
安倍家内部でのトモの評判は悪いままけど、ハルもトモも「このままでいい」って言う。トモがいいヤツだって知ってるぼくと坂本さんはなんだか気が済まない。けど「それよりうまく立ち回れ」って言われたら「そのとおりだな」って思って仕事に取り組んでいる。
ホント、トモはカッコいい。
ぼくはトモみたいにはなれないけれど、トモが『しあわせ』で過ごせるように少しでも手を回そう。
トモの中身がおじいさんになっても、お互い大人になっても、大切な友達であることに変わりはないから。
自分から進んで悪役になってるトモでした
トモは基本的には安倍家と関わらないようにしているので、何を言われてもどう思われていれも平気です
むしろ怖がられていることをおもしろがってすらいます
お人好しの竹から他の人間を遠ざけるためにも自ら嫌われ役になっています
竹はトモが周囲からどう思われているか知りません
菊や守り役達は知っていて、うまくトモを利用しています
明日からはひなのお話をお送りします




