閑話 浅野忠昭の恋愛事情
安倍家の実働部隊のまとめ役 浅野視点です
彼は本編にちょいちょい名前が出ています
『異界』召喚者のひとりです
どうも。浅野 忠昭です。
霊能力者集団 安倍家の実働部隊のまとめ役のひとり。三十五歳独身です。
独身です。
彼女もいません。文字どおり独り身です。
おかしくないですか???
だってそうてしょう!?『安倍家の実働部隊』といえば花形ですよ!? エリート中のエリートですよ!? その『まとめ役』ですよ! 実力者しかなれないんですよ!!
なのになんで!!
なんでオレ、彼女もできないの!?
◇ ◇ ◇
先日オレの幼馴染が結婚した。
坂本雄介。
産まれたときからずっと一緒の、同じ安倍家配下の家の長男。
ここはいわゆる『隠れ里』で、安倍家に関係する人間しかいない。
ちゃんと地図にも載ってるし航空写真にだって写る。郵便も新聞も宅配便も届く。けど、関係ない人間や敵意あるモノが来たら道に仕掛けてある術が発動して全然違う場所に着く。郵便なんかの配達員は安倍家の人間。だから問題なく郵便物も荷物も届く。
そんな村は当然閉鎖的で、けどガキの頃はそこが『セカイのすべて』だったから疑問に思うこともなかった。『閉鎖的』なんて言葉も意味も大人になってから知った。
閉鎖的な村では『霊力の量』がすべてだった。
霊力の多いヤツが強い。偉い。霊力の少ないヤツは弱い。バカにされる。
オレ達がガキの頃、一番弱くて一番バカにされていたのは、ご当主様の一人息子の晴臣さんだった。
晴臣さんは『霊力なし』だった。それも一般人よりも霊力の少ない、『霊力なし』のなかの『霊力なし』。大人も子供も誰も彼もが晴臣さんをバカにしていた。表向きは『ご当主様のご長男』って扱ってるけど、影では言いたい放題言ってバカにしていた。霊力の少ないヤツらも「あのひとよりはマシだ」と嗤っていた。
オレが覚えている昔の晴臣さんは人形みたいなひとだった。
周りからバカにされヒソヒソクスクスされても無表情でどこかを見ていた。
大学生になって村から出たときは「『霊力なし』だから追い出された」ってみんな言ってたし、オレもそうなんだと思ってた。
それがある日突然「次期当主は晴臣の息子とする」ってご当主様がおっしゃった。「どういうこと!?」ってびっくりしてたら「晴臣さんが安倍家の外からお嫁さんもらった」っていう。
「安倍家の人間には相手にされないから外からお嫁さんもらったんだろう」って大人は言ってた。「ご当主様は子供だけが欲しいのだろう」「晴臣さんと嫁は追い出されたままだし」とも言っていた。
だからそんなもんかと思ってたら。
「安倍晴明だ」
とんでもない威圧を噴き出す幼児に、村の人間ひとりのこらず叩きのめされた。
「私が世を去ってから、ずいぶんと様子が変わったようだな」
安倍家を名乗る人間すべてを集めた場で、当時二歳の主座様は次から次へと断罪していった。特に晴臣さんをバカにしていた人間、イジメていた人間は「害にしかならない」って安倍家から追い出された。
このとき初めて晴臣さんの奥さんを見た。でっかい狐を連れていた。その狐が牙を剥いてこちらに威圧と敵意を向けているのに、ちっこい綺麗なお姉さんは平気な顔で「コンちゃん。ありがとう」と話しかけていた。
誰だよ「『霊力なし』が『霊力なし』を嫁に取った」って言ったやつ。完全にあの妖魔を従えてるじゃないか。あんな、実働部隊が死ぬ気でかかっても全滅必至な妖魔を。
しかも晴臣さんをご当主様の側近の一条弁護士の後継者とするって発表があった。
弁護士の一条さんの噂は聞いていた。「ご当主様の右腕」「安倍家の大黒柱」「敵に回したら最後」
この村で会うことは年に一度の全体挨拶のときくらいだけど、いつも偉そうにしている大人達が普通のオッサンにへいこらしているのはガキの頃から見ていた。
そんなひとの後継者。晴臣さんが。「『霊力なし』だから追い出された」んじゃなくて「一条さんの下でずっと修行していた」って。
それまでの価値観もなにもかもぶち壊す集まりだった。
それからなんとなく村の雰囲気が変わった。
ご当主様は「主座様の側近になられた」と聞いた。「一番偉いのは主座様」と教えられた。その主座様の命令で、本家からかなり離れたところに一軒の家が建った。『主座様の離れ』と呼ばれ、主座様とご当主様奥様以外は「付近への立入禁止」とされた。
その周辺で主座様とはとこの少年が修行しているらしい。だからこそ「立入禁止」だと。なんか秘密の訓練をしているのかと興味があって近寄ろうとしたけれど、結界が張ってあって近寄れなかった。
時々晴臣さんとその友達もご当主様から戦闘訓練を受けているという話は聞いていた。自衛できるだけの武力がいるからって。それに同い年の雄介も参加していた。
雄介は実働部隊選抜試験に落ちた。霊力不足だった。
俺は試験に受かって実働部隊に入るための訓練が始まっていた。だから雄介がなにをしているのか、どんなことをしているのか知らなかった。
高校生になって進路先を決める時期にたまたま雄介に会って「おまえどうすんの」と聞いたときに志望校を聞いて驚いた。春になってホントに合格しててもっと驚いた。
俺は高校卒業してすぐ安倍家の経営している林業組合に就職して、実働部隊として現場に出るようになった。訓練もあって仕事もあって忙しくて、雄介のことはまったく頭になかった。
◇ ◇ ◇
雄介とまた関わるようになったのは三十歳になってから。
俺は実働部隊のまとめ役、雄介は後方支援部隊のまとめ役になっていた。
その年の春。『禍』と呼ばれる大物の『悪しきモノ』の封印が解けた。もちろん俺達実働部隊は第一級臨戦態勢で事態にあたった。そのときに後方支援部隊として動いていた雄介と顔を合わせた。
対策会議で堂々と発表する雄介。細かい話をし、足りないところを指摘し、部下に指示を飛ばしていた。
正直ガキの頃の、選抜試験に落ちて泣いているイメージが強かったから、やけに頼もしい雄介に「誰?」ってなった。
それからはなんだかんだと顔を合わせる機会が増えた。『主座様直属』の『霊玉守護者』というのが表舞台に立つようになって、これまでは主座様おひとりで対応しておられた厄介な退魔を霊玉守護者が受け持つようになった。そのサポートとして実働部隊が駆り出されることがあった。当然後方支援部隊も。
あの霊玉守護者達はバケモノ。なんだよあの高霊力。おまけにめちゃくちゃ強い。全員主座様と同級の中学生だという。確かに顔つきはまだガキのもの。なのにめちゃくちゃ強い。俺達が何人もでかかるような妖魔にも笑いながら突っ込んでいくし、生命がいくらあっても足りないような現場でもサクッと終わらせる。なんというか、「『主座様直属』というのはこういうことか」と妙に納得させられる五人だった。
◇ ◇ ◇
それまではそこまで関わりのなかった霊玉守護者と、共同で仕事にあたることになった。
安倍家の伝説の存在である『主座様の恩人』の『異世界の姫様と守り役様』の責務に関わる決戦が予想されると。烏丸御池に本拠地を作り準備をすると。その本拠地作りに俺達実働部隊も駆り出された。
「こんなん後方支援の仕事でしょ」とぶーぶー言う連中をなだめながら現場に行けば、霊玉守護者のひとりのトモさんから指示書を渡された。
「この指示どおりにやって。じゃあ俺、あっち組むから」
突然そう言われ放置され、呆然としてしまった。それでもなんとか後方支援の人間と一緒に段ボールを運んだら「指示書に書いてあるだろう」とボロクソにけなされた。
「ああしろ」「こうしろ」と偉そうに命じるトモさん。「さっさとやってください」「頭使ってください」言葉は丁寧なのに刃物のよう。反抗したくても霊力量と威圧がすごくて反抗できない。押さえつけられているというよりも首を絞められているような感覚を感じながら、泣きそうになりながらどうにか動いた。
デジタル部門の責任者のタカさんというひとが来てトモさんをたしなめてくれたけれど、全然効果なし。逆にタカさんが俺達に「これはこういう目的なんだよ」「このためにやってるんだよ」と懇切丁寧に説明してくれるのを「そのぐらい事前に理解しててくださいよ」「時間の無駄」と言い捨て威圧を向けてきた。ちょっぴり泣いた。
翌日トモさんはいなかった。もりもり働くナツさんに危機感を覚え「なにかしましょうか」と申し出て仕事をした。
と、トモさんがぽやんとした女の子を連れてきた。あまりにも違う態度にナツさんに、ヒロさんに文句を訴えれば、なんとそのぽやんとした女の子が『異世界の姫様』だという。しかも『トモさんの彼女』だと!
なんなんだよあのひと! 高霊力保持者でチョー強い能力者で仕事もできてパソコンも使いこなして、背が高くてイケメンでそのうえ異世界のお姫様『彼女』にしてるって。
チートかよ!? 神様はえこひいきしてるのかよ!?
けどそんな文句を本人に言うことはできず、自分の役割を果たしていたら『異界』に召喚された。
◇ ◇ ◇
いやホント、『主座様直属』ってのはレベルが違うね。思い知らされたよ。
俺達もここに来るまでに色々がんばってたんだよ? 主座様とヒロさん直々に修行つけられ。「守り役様のおひとり。緋炎様だ」というオカメインコに修行つけられ。幻術かけられ戦わされ、鬼そのまんまの式神と戦わされ、そりゃあもう何度「死んだ」と思ったことか。
結果「絶対にひとりで戦うな」と言い含められた。複数での戦術を叩き込まれた。「ひとりの時に遭遇したら」のためのアイテムをいっぱい持たされた。万一のための回復薬や霊力補充クリップも持たされた。
出現が予想される鬼がどれだけ恐ろしいか、身を持ってわからされた。
「運良く霊玉守護者がひとりでも同行できたらいいが、最悪お前達だけで戦うことになる」「なにがあっても生き残れるよう万全を期すぞ」主座様はそうおっしゃった。
「霊玉守護者達も修行に励んでる」「全員生き残れるよう、がんばるのよ」緋炎様はそうおっしゃった。
そうして『異界』に飛ばされ、鬼と戦った。
ナツさんが一般人をまとめて前線に出た。戦果を挙げる一般人チームに「一般人に負けてられるか!」とこちらもがんばった。
けれど連戦となるとやっぱり疲弊する。しかもいつ終わるとも知れない状況。泣き言を言うやつも、メンタル崩壊寸前のやつも出た。
そこを救ってくれたのが、雄介。
雄介は本拠地に入るなり後方支援の人間をまとめ動かした。名簿を作り休めるところを指示し受付を作りお茶を配った。顔見知りになっていたナツさんの同僚を見つけ料理を依頼。増え続ける避難者に対応。後方支援の人間が冷静に対応してくれたおかげで大きなパニックもなく本拠地運営ができていた。そのおかげで俺達は前線で戦うことだけに集中できた。
疲弊して戻ったらすぐに後方支援の人間が回復と治療をしてくれる。うまいメシ食って安心できるところで寝られる。それがどれだけ貴重なことか、あのときの俺達はわかっていなかった。
大きなトラブルだって、一番最初の一般人がトモさんに食ってかかったのと、姫様をピンチに追いやったヤツの騒動だけだった。
トモさんはマジヤベェ。一般人相手にいきなり骨折るか? 蹴り飛ばすか? 悪鬼羅刹ってのはあのひとのことだと確信したね。
姫様をピンチに追いやったヤツのときは、一般人にも実働部隊にも犯人を吊るし上げて追い詰めてたヤツがいて、一触即発だった。正直俺もブチ切れてた。けどそこを雄介が納めた。あっちもこっちもなだめ、理路整然と話をし、「みんなで生き残ろう!」「大丈夫! 頼りになるひとがたくさん来てくれたから!」と励まし希望を持たせた。
雄介のおかげで一致団結して、前向きになった。やらかした犯人すら仲間に入れた。雄介が入れた。細かな気配りと的確な指示。トモさんナツさん不在の本拠地で、雄介がトップに立ちまとめてくれた。
そうしているうちにまた鬼がめちゃめちゃ出てきて、あとは無我夢中だった。数人がかりで必死で鬼と戦っていたそのとき。
鬼が倒れ轟音を立てた。
見るとトモさんがニヤリと笑っていた。
そのまま次々と鬼を斬り捨てるトモさん。なんであんな豆腐みたいにスパスパ斬れるんだよ。俺達全然太刀打ちできなかったのに。
四日間の討伐、トモさんは前線に出ていなかった。トモさんはパソコンでやることがあるからって。だからトモさんが戦うのを見るのは最初の襲撃と最後だけ。もうレベルが違う。違いすぎる。あっという間に鬼を殲滅してゲームクリアとなった。
◇ ◇ ◇
後始末も一段落したあと。
毎年恒例のお盆の集会で、姫様と守り役様からのご挨拶があった。
姫様は『北の姫様』のみ。『異界』で姫様は四人と聞いたけれど「念の為口外するな」と指示された。
姫様はおひとりでも守り役様は四人揃っておられて、もう威圧やら威厳やらすごくてひれ伏すしかできなかった。
それから『主座様直属』の紹介があった。
これまでは現場で遭遇するだけで正式に紹介されたことはなかったけれど「姫様方の責務が果たせたから」と改めて安倍家内部に紹介することを主座様がお決めになったと説明された。
スーツ姿の霊玉守護者五人は知ってたけれど、まさか晴臣さんと奥さん、デジタル部門のタカさんと奥さんまで『直属の側近』だとは知らなかった。しかもご当主様まで『側近』扱いなんて!
十五年前の再現のように安倍家内部に激震を走らせた主座様。ついでのように発表された。
「北の姫様はこのトモの伴侶」「北の姫様とトモ、そして守り役様方は今後離れでお暮らしになる」
「弘明は西の姫様と婚約」「弘明が大学を卒業したら結婚予定」
「姫様方も守り役様方も私の直属となっていただく」
「このことは他言無用」「安倍家内部のみの話とするように」
あんなすごい姫様を奥さんにするなんて、やっぱりトモさんは普通じゃなかった。いつもは威圧バリバリ不機嫌そうなトモさんが、姫様の隣で穏やかな表情をしているのは不気味で仕方なかった。
◇ ◇ ◇
あの『異界』の騒動から一年半。ようやく色々落ち着いてきた。
そのはずなのに、おかしなことをしているヤツがいる。
坂本雄介。
後方支援部隊のまとめ役のヤツが、なにをトチ狂ったのか必死で山を駆けている。
「ホラホラもっとスピード出るでしょ」「歩くな。走れ」
そして雄介の指導をしているのはあのトモさん。
走りすぎて吐く雄介を「吐いてからが本番」とまた走らせていた。回復をかけたあとは木刀で打ち合い。トモさんは片手で雄介をあしらっていた。
「もっと本気で来い」「脇が甘い」容赦ない打ち込みを受け雄介が吐く。それでもトモさんは止まらない。腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。転がる雄介に追い打ちをかける。
「なにしてんですか!」あまりの激しさに思わず止めた。
「霊力増やしてんだよ」「邪魔するな」トモさんは飄々と言い放つ。
「なんなら一緒にやる?」そう言われてしまい、ケツをまくって逃げた。
雄介に事情を聞いた。
「彼女ができて」
「は!? 彼女!?」
「クリスマスにおれの霊力で作った指輪をプレゼントしたくて」
「けど霊力量が足りないから増やしてる」
「トモさんに頼んで協力してもらってる」
本人が了承しているなら止めるのもおかしいかと思い、それから口出しすることはやめた。
若者でも厳しいだろう修行に三十代半ばの雄介は食らいついていた。
雄介の修行はあまり人目のない場所でやっていたけれど、そうはいってもまったくの無人というわけではなかったから「トモさんがいかに鬼のようか」という話はあっという間に村落に広がった。
雄介に「彼女ができた」話はそこまで広がらなかった。
◇ ◇ ◇
年が明けてすぐ。
「坂本の長男が結婚する」と噂になった。
『彼女ができた』じゃないのかよと思ったけれど、雄介の家族がみんなうれしそうだから黙っていた。
お相手は『霊力なし』だそう。
それでも三十すぎても彼女のひとりもいなかった雄介だったから「結婚してくれるだけありがたい」って雄介の家族は喜んでいた。
顔合わせがあったという翌日。雄介の弟の宗介と圭介に「どんなひとだった?」と聞いた。
「すっっっごい美人!」
「こんな田舎でも嫌な顔ひとつしないの! 街のひとなのに!」
ふたりによると「兄ちゃんにはもったいないくらいのいいひと」だという。
「あれなら『霊力なし』でも関係ないよ」
「小春と戦っても持ちこたえたし」
小春は実働部隊のひとりで宗介の嫁。今は休職中とはいえ、あの小春の攻撃を耐えた!?
「え。雄介の彼女、何者?」
「聞いてない?『西の姫様』の専属護衛だって」
「『西の姫様』って……あの『西の姫様』!?『異世界の姫様』の!?」
「そうそう」
なんでそんなひとと雄介がお付き合いになったんだ!?
「主座様のはとこ殿と『西の姫様』がご縁だって」
話を聞けばなるほどありそうな話で納得した。
「じゃあ『指輪作る』って訓練してたのはそのひとのため?」
「そうそう」
「礼香さん、めっちゃ喜んでたよ!」
「うれしそうに自慢してたな」
「あんなかわいくて美人の彼女のためだったら、そりゃトモさんの地獄の修行もがんばれるよ」
弟達の言葉にどんな美人が雄介の彼女なのかとますます興味が湧いた。
◇ ◇ ◇
雄介と彼女のお付き合いは順調らしい。結婚に向けて着々と進んでいる。
例の離れに近い場所をもらい受け、新居を建てそこで暮らすという。これに古株が顔をしかめた。
「長男なら親と同居すべきだろう」「せめて近所に住むべきだ」「なんでわざわざ離れたところに」
「お前も一言言ってやれ」って俺まで叱られたけど、あんたらがそんなだから逃げたんじゃね? とか思ってた。
そしたら違った。
月に一度の全体会議の前。
フラリとトモさんが顔を出した。
このひとが会議に来るなんて最近はなかったのにどうしたのかと思ってたら「坂本さん」「ちょっといい」と雄介を連れて出た。
会議室から出ただけで結界もなにもしていないから声が丸聞こえだった。
「例の指輪作りに協力した『対価』だけど」
「はい」
「坂本さんの彼女。結婚して北山に来たら、竹さんのお世話係に差し出して」
―――はあぁぁあ!?
聞こえた言葉に思わず襖に張り付いた。他のヤツも同じことをしていた。
「毎日でなくてもいいよ。竹さんも忙しいし。俺がいないときに護衛についてもらったり、お茶煎れたり昼メシの世話したりしてもらいたい」
「期間は、そうだな……。西の姫が来られるまででどう?」
「西の姫が来られたらそっち優先になるだろうから」
「俺達の新居も、西の姫の新居も、坂本さんの新居予定地の近くになる予定だから。そこまで負担にならないと思うよ?」
つまり最初からそのつもりだったのか! 絶対このひと雄介の新居予定地の選定に口出ししてるだろ!
どんだけ傍若無人なんだ!『「対価」に嫁を差し出せ』なんて、普通の神経では考えつかないだろ!
いやそもそもそうなるように仕向けたんじゃないか!? 雄介が指輪作ろうと思い立ったのは「トモさんから話を聞いて」だと言っていた!
なんてひとだ! 非道い!!
雄介が戻ってきて「聞こえたぞ!」と詰め寄った。
「そんな話、断れよ!」そう言ったけど、苦笑で「断れると思うか?」と言われたらなにも言えなかった。
「大変だな」「奥さん引き受けてくれるか?」「あんまり無理言われるようなら主座様に進言しよう」
雄介の新居に文句を言っていた古株まで同情的になった。雄介はただ困ったように笑っていた。
◇ ◇ ◇
そして雄介の結婚式。
友人として出席したそこで、初めて雄介の奥さんに会った。
美ッッ人!!!
ウェディングドレスだからっていうの抜いても美人!!
長身スレンダー体型を活かすマーメイドラインのドレス。ショートヘアの襟足に白い花をたくさんつけて、真っ赤な口紅つけた口はニッコニコと弧を描いて『しあわせいっぱい!』『雄介大好き!』って顔中で表現してる。
その指には雄介が作った指輪。かすかに霊力を感じる。雄介と彼女のものらしい霊力。
もちろん雄介の指にも同じ指輪。雄介は堂々としていた。地味顔なのは変わらないのに、そのはずなのに、自信に満ちた頼もしい男の顔をしていた。
見つめ合い微笑み合うふたりは相思相愛だというのが明らか。なんだかお似合いだと思って、そう感じたことに自分でも驚いた。
もっと驚いたのは結婚式後の二次会。
やたら人数の多い会場には同年代の男女が詰めかけていた。そのうちの半分以上、もしかしたら四分の三が恋人同士。なんでも雄介と奥さんがきっかけで付き合うことになったのだと。あのふたりは『縁結びの神様』で、今日はお礼を込めてお祝いに来たのだと。「雄介の幼馴染だ」と明かしたらそんな話を聞かされた。
ていうか、安倍家の後方支援のヤツとデジタル部門のヤツもけっこういる。なんでだよ!
は? 雄介主催の合コン? そんなのあったのか?
え? 沖田。お前も彼女できたの!?
雄介と同じ工務店勤務のヤツ、他の後方支援やデジタル部門のヤツも彼氏彼女ができていた。
なんで!? なにがあったんだ!?
「やっぱ男は中身ですよ。魂ですよ」
「男の良さは外見じゃないんですよ」
口々に教えてくれるのは、雄介が奥さんを救ったエピソード。そんなカッコいいことしたのかよアイツ。地味で大人しい落ちこぼれだったのに!
ふと気付くと雄介の下の弟の圭介が女性に囲まれている。
「坂本さんの弟さん!?」「まだ独身だって!」「てことは、あとひとと結ばれたら坂本さんと立花さんの妹になれるってこと!?」「それは落とさなきゃ!」
きゃあきゃあと女性が圭介に集う。突然のモテ期に圭介は逆にビビっている。狩人に囲まれた獲物にしか見えない。
てか、なんだその雄介人気。雄介のやつ、外でそんなに人気なのかよ!?
◇ ◇ ◇
結局二次会で俺は女性に声をかけられなかった。こちらからかけようとしたが気が付いたら他の男にくっついていて声をかけられなかった。
そうしてまたカップルが誕生したらしい。「やっぱり『縁結びの神様』だ!」と後方支援のヤツらが言っていた。
それなら俺も是非ともご利益にあやかりたいと、新婚旅行から帰ってきて新生活を始めた雄介のところに恥を忍んで行った。
「え? 忠昭はモテモテだから紹介とかいらないだろ?」
「それは二十代のときの話! 三十過ぎたら途端にモテなくなったんだよ!」
「忠昭がまとめ役になって忙しかったからじゃないのか?」
「仕事も忙しいのは忙しかったけど、三十過ぎたら女に声かけても相手にしてくれなくなったんだよ」
「そうなのか?」「モテモテだって噂になってたのに」
「アハハ」と笑う雄介。笑い事じゃないわ!こっちは切実なんだよ!
「早く結婚しとけばよかったのに」
「あの頃はそんな気になれなかったんだよ」
「まあ一般的には二十代で結婚するひとは最近は減ってるもんな」
理解を見せながらも雄介は分析する。
「実働部隊は男女ともに三十歳になるまでに結婚するひとが多いだろ?」
「実働部隊でなくても、この村の女性は二十代で結婚するのが当たり前になってる」
「同年代の女性はもうみんな結婚してるしな」
「忠昭、『結婚する気ない』って思われてんじゃない?」
「このへんの女性は結婚願望強いからね」
「『結婚するつもりのない男』は対象外にされちゃうだろうな」
説明されたら納得しかない。
「忠昭、結婚願望あるのか?」
「あるわ! あるに決まってるだろ!」
「ならさっさと結婚すればよかったのに」
「二十代はまだ遊べるって思ってたんだよ! まさか三十になった途端にあっちからもこっちからも捨てられるなんて思ってなかったんだよ!!」
「……………忠昭? まさかと思うけど……………」
雄介がジトリと俺をにらみつける。
「……………二股とか、してないよな?」
「……………」
答えられなくて黙って目を逸らした。
雄介は真面目な顔のまま、ズイと近づいた。
「忠昭? 二股なんてクズの所業だぞ?」
『二股じゃない』『三股だ』なんてことは口が裂けても言えない。雄介の目は据わりきっている。
「『お付き合い』ていうのは、本当に大切にしたいひととするもんだ。『遊び』とは違うんだ」
「恋人に対してだけじゃない。仕事仲間にも、家族にも、友達にも。誠実に、真摯に付き合うのは、人間として大切なことだぞ?」
「そ、そんな大層な話じゃなくてな?」
誤魔化そうとそう口走ったが「大層な話だよ」と雄介はさらにお怒りモードになってしまった。
「なに? 忠昭は自分がモテたいだけなのか? 結婚したいんじゃなくて?」
「いや結婚はしたいよ」
「さすがにこの年齢で独り身はツラいわ」とボヤいたら雄介に真正面からにらまれた。
「そんな理由で『結婚したい』なんていうのは自分勝手ってもんじゃないか?」
「誰か愛するひとが欲しい、子供が欲しい、支え合えるパートナーが欲しい、そういうのが『結婚願望』じゃないのかとおれは思うよ」
「自分がツラいからとか、自分の体面とか、そういうのも確かに『結婚したい理由』になるとは思うけど、それじゃあ独りよがりだ」
「出逢えたお相手を大切にする。同じくらい自分も大切にする。お互いに理解して、尊重し合って、一緒に歩いていく。そういう意識がないと、ご縁があってもうまくいかないぞ」
散々に雄介に説教され、最後には「自分を見直しな」と言われた。
そんなこと言われてもどうすればいいのかわからず、スゴスゴと撤退した。
それからも後輩達は次から次へと恋人ができ結婚していく。そんな後輩達にあわれみを向けられ焦りを抱き、ついに雄介に頭を下げた。
他の『彼女が欲しい』『結婚したい』連中に混じって「男とは」と講義を受け、改めて訓練に励んだ。死ぬギリギリまで追い込まれた。霊力量と霊力操作能力が上がった。「俺は実働部隊のエリート」といううぬぼれもおごりも叩き潰された。この村しか知らないことでいつの間にか染み付いていた男尊女卑思考も矯正された。
そうしてギリギリ三十代で結婚した。相手は離婚して村に出戻ってきた後方支援の女性。雄介の紹介だった。
五歳歳下の彼女は子供ができないことを理由に離婚させられたと聞いていたが、結婚したらすぐに子供を授かった。
「物事には『ふさわしい時』があるんだ」
妊娠報告に行ったら雄介が言った。
「早くてもいけない。遅くてもいけない。出逢うべきときに出逢うんだ」
「きっとふたりにとって、これまでの道程は必要なものだった」
「これまでを乗り越えて、出逢うべきときに出逢ったんだ」
「おなかの子もね」
「おめでとう」と笑う雄介。妻は泣いた。泣きながら「ありがとうございます」と笑った。
ああ。雄介は本当に『神様』になったんだ。『縁結びの神様』に。
「男は中身だ! 魂だ!」雄介の結婚式の二次会で何度も聞いたフレーズを久しぶりに思い出した。本当だ。男は中身だ。魂だ。
「これからがんばれよ。『お父さん』」
雄介に肩を叩かれ、鼻水をすすった。
「ああ!」と答える俺に、地味顔の神様は屈託なく笑った。
本編と【番外編8】で語れなかったあれこれをお届けしました
礼香は客観的に見て美人です
幼馴染達のせいで自己肯定感が低くなったのと、礼香の考える美人のくくりとは違うベクトルの美人なので自覚してないだけです
(礼香の考える美人=姉・菊様)
美人の彼女がベッタベタに惚れてくれて自分にだけ甘えてくれて、雄介は自信と自己肯定感がどんどん上がりました
加えて指輪作りでトモに鍛えられ、バーチャルキョート召喚時と比べたら別人レベルで成長
そんな雄介の影響や指導を受けたひとが多く生まれました(浅野もそのひとりになりました)
結果として安倍家も神代家の護衛達もレベルアップしたり次世代が生まれたりしました
明日はヒロ視点でお送りします