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閑話 とある護衛のひとりごと

【番外編8】立花礼香のお話を、礼香の幼馴染であり同僚の男性視点でお送りします

 俺の就職した警備会社は主に神代という家と会社の警備と護衛を中心に行っている。

 神代家はこの京都に古くからある家で、まあ早い話が歴史も金も権力もある家。当然のようにあちこちから狙われる。そのための警備であり護衛だ。


 神代家には主家となるご家族、側近や配下として主家を支える分家、そして長年付き従い支えてきた数多くの配下の家がある。


 俺も配下の家の出。父も祖父も叔父達も神代家の護衛を勤めてきた、護衛職の家のひとつだ。


 護衛職の家はいくつかあって、そこに生まれた子供は男でも女でも武術を叩き込まれる。

 時々毛色の違う子供が生まれ、護衛にならずに文官や職人になることもあるが、多くは将来主家をお守りするために日夜修行に励む。


 護衛職に必要なのは武力だけじゃない。(あるじ)について様々な場所についていくためにマナーと上品な身のこなしも求められる。そのため茶道や書道なんかもやらされた。能楽とか仕舞とかを仕込む家もあると聞いた。


 そんなあれやこれやが求められる護衛職で、もっとも必要とされるもの。

 それは『霊力』。


 この京都は古い街で、文明科学が世界中に行き届いている今の時代でも『ヒトならざるモノ』といわれる存在が普通にいる。神様仏様(ヌシ)様神使様といったヒトに恵みや幸福をくださるモノだけでなく、妖魔や幽霊、邪霊といったヒトに害を為すモノもいる。そういったモノをまとめて『ヒトならざるモノ』と呼び、その中でヒトに害を為すモノを『悪しきモノ』と呼ぶ。


 そんな存在を視ることができる者は『能力者』と呼ばれる。

『能力者』は『霊力』を持ち、一般人は視ることも知覚することもできない存在に気付き、対抗する。

 祓ったり、滅したり、結界を張ったり、方法は様々。

『悪しきモノ』に対処する専門の家もある。一番有名なのは安倍家。たくさんの『能力者』を抱えた霊能力集団で、他の家や『能力者』で対応できない場合は安倍家に救援依頼が出される。


 俺達代々護衛を勤める家の者にも『能力者』はいる。当然だ。『ヒトならざるモノ』が跋扈(ばっこ)する街で(あるじ)を守るのだから。

『ヒトならざるモノ』が気まぐれに襲ってくることもあれば、神代家に悪意や(ねた)みを持った人間が『悪しきモノ』を使って襲わせたり、呪詛をかけてきたり、『能力者』に依頼して危害を加えてくることもある。

 そんなあれこれに対抗するためにも、護衛は――特に主家のご家族に付く専属護衛は『能力者』であることを求められた。




 さて俺達神代家に仕える者が多く所属する警備会社の護衛には、大きく三つの担当がある。


 ひとつは警備担当。これは神代家のご自宅を含むビルの警備を行う。会社エリア、ご自宅エリア、各階に配属され、周辺警戒も行う。来客の手荷物検査や届いた荷物の検査も警備担当の仕事。入社すぐの若手と監督するベテランが組んで業務に当たる。


 次に運転手。神代家のご家族と会社の幹部に用意されている車の運転をする者。

 ただ車を運転するだけじゃない。道を把握していることはもちろん、渋滞状況、危険性、工事状況まで様々な情報と知識がないといけない。

 そして肝心の運転は丁寧に。コップの水を揺らさないことを求められる。同時に襲撃に備えての運転技術も習得しなければならない。

 運転手不在時に車になにかを仕掛けられる可能性が高く――実際過去にそんな事例があったらしい――運転手は(あるじ)が戻るまで車を守る義務もある。当然荒事になっても対処できるだけの護身術を身に着けていなければならない。

 そんなわけで、運転手はなかなかに大変な仕事だ。

 いつ襲撃されるかわからない。襲撃対策として毎日違うルートを走らなければならない。目的地に無事到着したあとも車を守るべく車の横で待機しなければならない。その緊張感。忍耐力も必要。だから運転手は基本一日働いたら翌日は休みとなっている。そのくらい激務だということだ。


 最後に、いわゆる護衛。

 神代家のご家族及び会社の幹部にひとりから数人がつけられる。

 休日や訓練日が必要なために交代でつくことが多い。また、護衛の慣れを防ぐため、裏切りがあったとしても被害を少なくするために、たいていは数日おきに担当が変わる。

 そんな中で『専属護衛』として勤めるひと達がいる。主家の方、会社幹部の方が「この者にずっとついていてほしい」とお望みになられたら配属される、護衛の花形。

 休みは取りにくくなるし、恋人ができても結婚後も仕事中心の生活になるために余程理解のある相手でないと続かないし、緊急招集に備えて飲酒禁止になる。けれど、絶大の信頼を得ていなければ『専属』とはならないわけで、強さと人間性が認められ、(あるじ)と相性がいい人間のみがなれる、いわゆるエリート中のエリート。給料もハンパないが危険も負担もハンパない。うらやましいんだかうらやましくないんだか、いややっぱりうらやましい。俺みたいなペーペーからしたら『専属』は憧れだ。


 この『専属』に、しかも一番ランクの高い『主家のご家族の専属』に、入社すぐに抜擢されたヤツがいる。


 立花礼香。

 俺と同じ護衛職の家の末っ子。


 この礼香、俺と同い年。同じ護衛職の家で同い年とあってなにかと比較されてきた。学校でも同年代を集めての合同訓練でも一緒。成長するにつれ厳しくなる訓練に、男も女もひとりまたひとりと脱落していく中、あいつは俺達『能力者』の男に混じって最後まで残った。


 あいつは『非能力者』だった。

 折に触れ調べられる霊力検査で、最後まで『霊力なし』と判定された。

『霊力あり』と判定された者はそっちの訓練もするけれど、『霊力なし』はひたすらに武術訓練のみになる。

 正直男の俺達でも厳しい訓練だった。特に思春期には「なんでこんなキツいことしないといけないんだ」「他人に人生決められるなんて嫌だ」と反抗したりサボったりした。けれど、同い年の『霊力なし』の礼香ががんばって食らいついているのに、『霊力あり』の男の自分が「ムリ」「もういや」と言うのは、『霊力なしの女』に負けたようで、嫌でもしんどくてもやるしかなかった。


「毎年一定数の脱落者が出る」と大人になってから聞いた。けれど俺達の世代では脱落者はほとんどいなかった。それはあの『霊力なしの女』の存在が大きかったと思う。


 立花の末っ子は、初めて顔を合わせたときから俺達男と変わらなかった。短い髪。吊り目がちの強い目。親だけでなく年齢(とし)の離れた兄姉からも遊びを兼ねた訓練をほどこされていた。

 幼稚園入園前に同年代が集められ、幼児向け体操教室として始まる訓練。そのときから礼香は優秀だった。

 体操教室開始前に、幼稚園入園前に、小学校入学前にと、霊力検査を何度も受ける。何度受けても礼香は『霊力なし』だった。


 普通のヤツは『霊力なし』と判定されたら護衛を諦めて他の道を探す。自衛のための護身術は続けても護衛となるための訓練はやめる。それなのに礼香は護衛職になるための訓練を続けた。どうも立花の親が辞めさせなかったらしい。

 礼香の五歳上の姉が語学に興味を持ち、そちらの勉強に力を入れた。主家も他の大人も「外国語に堪能なものがいたら役に立つ」と喜び、立花の姉は中学生にして国際交流や短期留学を繰り返し――「家に縛られるなんておかしい」「私は私のやりたいことをする」と宣言。家庭内戦争になった。らしい。


 その姉の『やりたいこと』が『語学力を活かして神代家の扱う商品を外国に紹介する』だったので、主家と側近幹部達から大絶賛となり立花の両親は振り上げた拳を納めざるを得なかった。そのいきどおりをぶつけられたのが末っ子の礼香。

「おまえは絶対に護衛になれ」と育てられ、本人の真面目な性格と脳筋な気質により、真面目に真面目に訓練に励んだ。

 そうして俺達『霊力あり』の男に混じって、男でも泣いて逃げ出す訓練についていった。

 そんな礼香を俺達同年代の男は尊敬と悔しさと思春期特有のナニカでもって「男女」「ゴリラ」とさげすんだ。


 四月生まれの礼香は同級生のなかで大柄だった。高学年でニョキニョキ背が伸び、中学入学時には男より背が高かった。伴って長くなった手足から繰り出される打撃に何度負かされたことか。

 中学の三年間で俺達男も背が伸び、また訓練と食い物が筋肉に変換されるようになり、ようやく礼香より大きくなった。それでも礼香に勝てない。悔しくて「男女」「ゴリラ」と悪態をついた。


 実際中学生になった礼香は男にしか見えなかった。短い髪に高い背。制服のスカートがなければ華奢な男にしか見えなかった。同年代の女達から告白されてたし、バレンタインはチョコをたんまりもらっていた。男の俺達を差し置いて。


 勉強ができて女にモテモテで訓練でもつよくて。

 そんな礼香に俺達同年代の男は(ねた)みと(ひが)みしかなかった。

 それでも礼香が必死でがんばっているのは見ていてわかったし、『霊力なしの女』に負けるなんて中学生男子には我慢ならないことだったから俺達も必死でがんばった。


 男女の性差が明確に出てくる頃になってようやく礼香に勝てるようになった。けれど礼香はそれを補う戦い方を教わり習得し、せっかくできた差はあっという間になくなった。


 そうして高校を卒業し、礼香はそのまま護衛職の属する会社に就職し護衛となった。俺達男は半分は共に就職、半分は進学した。

 俺は就職組。礼香と同期入社した。


 俺は順当な場所に配属され、順当に教育を受け、順当に習得していった。先輩方から色々教わり、かわいがられ、鍛えられた。休みの日には遊びに連れて行ってもらったりうまいもの食わせてもらったりした。

「危険と隣り合わせの仕事」「だからこそ訓練を(おこた)るな」「この仕事は身体が資本だ」「休めるときにはしっかり休め」いろんなアドバイスをもらい、ひとつひとつ経験を重ね、信頼を積み重ねていった。


 かたや礼香はいきなり花形の専属護衛に抜擢された。

 ご当主様のお孫様が幼稚園に上がる。お嬢様の専属につくのは少しでも年齢が若い娘がいいだろうとの配慮からだった。

 もちろんベテラン護衛が別にふたりついていて、礼香はベテランに教わりながらの護衛だった。いわゆる下っ端でも花形は花形。俺達は礼香に対し羨望と嫉妬を抱いていた。


 今にして思えば礼香はいつ休んでいたのだろうか。護衛についているか事務所で事務処理をしている以外はいつも訓練所にいた気がする。

「私は『非能力者』だから」「イザというときはこの身を盾にするしかないから」と言っていた。


「『能力者』と代わってもらえよ」「それかもうひとりふたり『能力者』つけてもらえよ」

 幼い頃から菊様は人形か妖精かというくらい美しい方で、常に誘拐の危険があった。だから本来ならば『非能力者』の礼香では護衛にふさわしくない。たまたまその年に入社した女性護衛職が礼香だけだったこと、菊様が小学校に上がるタイミングで護衛変更するつもりだったことから礼香が専属になっただけだった。なのに当の菊様が礼香をお気に召して手放さず、ベテランが引退したあとは礼香ひとりが専属護衛となっていた。

「私も社長も何度も申し上げてるんだけど」礼香はため息をついた。

「ダメだって」「『私ひとりでいい』って聞いてくださらなくて」


 聞き様によっては自慢にも聞こえかねないセリフだが、礼香の表情と声色が本気で困り果てていると示していた。『非能力者』が専属護衛で居続けるのがどれだけ大変なのか垣間見えた。この俺が「無理すんなよ」「アニキに相談したのか」と言ってしまうほど思い詰めている様子だった。


 物心つく前から訓練に励む俺達護衛一族は、昔から歳上の者が歳下の面倒を見る風習があった。俺達も男女問わずたくさんの年長者に面倒を見てもらいかわいがってもらい成長した。その力関係は成人しても就職しても続いている。


 七歳歳上の礼香の兄も俺達世代の面倒を見てくれたひとり。頼もしくて強くて気持ちのいいひとで、俺達はガキの頃から「アニキ」「アニキ」と慕っている。

 そんな俺達を礼香は「兄の手下」と言う。立花のアニキなら手下になってもいい。だから喜んでその呼び方に甘んじている。


 立花のアニキにも社長にも『菊様専属問題』はどうにもできなかった。社内で有名なクズとの見合い話が出たときすら菊様は普段言わない我儘をおっしゃり礼香を手放さなかった。

「こりゃ菊様がご結婚なさるまでずっと礼香手放されないんじゃないか」「嫁ぎ先にも連れて行かれるんじゃないか」とまことしやかに噂した。


 側仕えの子が問題を起こして接近禁止を命令されたときも菊様は護衛を増やされなかった。

 同行する側仕えは身代わりであり盾だ。いざ誘拐されそうになったときには身代わりになるために外見上の特徴を(あるじ)と同じにしている。襲撃があったときにはその身を文字どおり盾にする。そのための側仕え。

 その側仕えがいなくなっても護衛は増やせなかった。担当運転手の疲弊は気の毒なくらいだった。一日おきの終日勤務だった菊様担当運転手は、四人体制での交代制になった。護衛がつけられないならせめてと運転手をふたりつけたところ、菊様から「不要」と怒られたらしい。で、一日に午前担当者と午後担当者のふたりにして一日交代で四人。それでも担当運転手は目に見えて痩せた。


 男性のベテラン運転手ですら疲弊する勤務。礼香が疲弊しないわけがない。それでも礼香はやりきった。「襲撃もなにもなかったから」と言われたらそれまでだが、なにもなくとも最悪を常に考えて動くのが護衛だ。その緊張感たるや、専属でない俺達だって護衛についた日はクタクタになる。嘆願書を出しまくり、高校生にあがられるタイミングで側仕えの復職が認められたと聞いたときには「よかったな!」と皆で喜んだ。


 菊様は礼香を手放されない。あの安倍家とのご婚約が整い、護衛が出向してきても礼香は専属からはずされない。白露さんという女神様みたいな女性護衛と礼香とのふたりを、ときには交代で、ときにはふたり一緒に護衛につけられた。


 礼香はずいぶんと表情が変わった。(らく)そうになった。菊様についてるあの式神という恐ろしい鬼と、俺達を一瞬で制圧し叩きのめした白露さんのおかげなのは明らか。とはいえ護衛についているときはやっぱり厳しい表情で真剣に取り組んでいた。



   ◇ ◇ ◇



 あれはあちこちにハロウィンの装飾があったから、十月だった。

 いつものように「おう礼香。おはよ」と挨拶したら、礼香は少し眉をひそめた。


「? なに?」

「………名前、呼ばないでくれない?」

「は?」


 前日まで普通に「礼香」と呼んでいたのに、一夜明けただけで突然どうしたのか。


「どしたのお前。具合悪いのか?」

「そういうんじゃないけど……。なんか………呼ばれたくない気がして………?」

 本人もよくわかっていないらしい。首をかしげかしげ眉を寄せ、考え考えしゃべっている。


「なにお前。彼氏でもできたの?」

 なんの気なしにそうからかえば、わかりやすく目を丸くした。ついでに頬も耳も赤くなった。


 え。当たり!?


 まさか礼香に男ができるなんて考えたこともなくて、何故か動揺してしまった。


「え。おま、え??」


「関係ないでしょ! とにかく名前呼ばないで!」

「私のことは他のひとみたいに『立花妹』でいいから!」

「他の手下共にも言っといて!」


 言い捨てて礼香は――いや、立花妹は逃げた。


 えええええ!?!? あの礼香が!?

 あの礼香に、男!?


 すぐに立花のアニキに報告した。アニキはあれで礼香のことをかわいがっている。これまでも「礼香におかしな虫がつきそうになったらすぐに教えろ」と言っていた。クズとの縁談話があったときはものすごく機嫌が悪かった。


 アニキは「……………わかった」とだけ言った。カッコイイ。

「もしものときにはお前達に協力してもらうことがあるかもしれん」「そのときはよろしく頼む」


 上の妹さんに彼氏がいるとわかったときには、彼氏突き止めて護衛の訓練所に連行して、俺達みんなで取り囲んだ。公私混同? 違う違う。アニキの義弟になるひとを見定めたいっていう弟分の純粋な興味だ。まあ上の妹さんの彼氏――今は旦那さんだけど――は肝の座った男で、アニキだけでなく俺達全員を口で丸め込んだ強者(つわもの)だったから俺達も認めた。今は国際営業部のトップとしてデカい外国人相手にしてるって。「あのときの経験が役に立った」って言ってくれてるいいひと。


 さて礼香――おっといけない。立花妹の彼氏はどんな男だろうか。アニキの弟分として、立花妹の幼馴染として、俺達が見定めてやらないと!



   ◇ ◇ ◇



「立花妹に彼氏ができたらしい」

 そんな噂が会社にじわじわと広がっていった。

 俺は何も言ってない。アニキにしか報告してない。けど立花妹の態度が、表情が、明らかに違うから、俺が何も言わなくても皆さんお察しだった。

 これまで許していたくせに突然「名前を呼ばないで」なんて、それも男にだけそう言うなんて、明らかに男ができた証拠。


「相手の男のココロが狭いのか」「いや立花妹にそんだけベタ惚れしてんだろ」「あいつにぃー!?」

 俺達幼馴染はそう笑っていたけれど、誰かが言った。

「相手『能力者』なんじゃね?」


『能力者』にとって『名』は生命に直結する神聖なもの。すごい『能力者』は相手の『名』を知るだけで呪縛をかけることも生命を奪うこともできるという。

 だから強い『能力者』ほど『名』を明かさない。通り名とか二つ名で呼ばれる。


 なるほど。相手が『能力者』だったら『名』についてうるさい可能性はあるな。


「けど礼香――じゃない。立花妹は『非能力者』だぞ?『能力者』が惚れるなんて、あるか?」

「いやー、立花妹は客観的に見たら美人だぞ?」

「けどあのゴツい手見たら引かないか?」

「あー」


 そんなことを言っていた俺達に、年が明けてしばらくして立花のアニキから招集がかかった。

「この日に礼香が彼氏を連れてくる」「護衛とはなんたるかを教える」「時間があれば付き合ってくれ」


 もちろん喜んで参加した。

 指定の時間より早く訓練場にやってきた立花一家。なんか地味〜な男を連れていた。


 え? こいつ??

 全然大したことなさそうなんだけど??


 背は普通。顔も普通。てか地味。服はジャージ。アニキの借りたのか、ダボダボ。筋肉少なくね?

 年齢(とし)は俺らより少し上に見える。オッサンだな。普通のオッサン。けど立花妹が、見たことのない熱のこもった眼差しで地味男を見つめている。


 立花妹が地味男に惚れてるのは一目瞭然。

 こいつのどこに惚れる要素があるのかと思っていたら。


「来いやオラァ!」

「よろしくお願いします!」


 あっと思った瞬間。立花のアニキが床にうつ伏せで倒れていた。その背に膝を乗せ、ギリギリと腕を絞るのは――地味男。

 え? 一瞬で制圧した? ――制圧した!?


 立花のアニキは現役護衛のなかでもトップレベルの実力者。だからこそ次代をになう若旦那様につけられている。そのアニキを、この地味男が、制圧した!?


「妹さんはいただきます!」

 え。マジ!? アニキ、逃げようとしてるのに完全に制圧されてる! 護衛のお手本みたいな制圧! なんでこんな地味男がそんなことできんだよ! 


「おのれぇぇ! おまえら! やれー!」

「うおぉぉぉ!」


 アニキの声に反射的に地味男に向かう! けどアニキから離れた男に一瞬で背負投げられた!

 次から次へと仲間を倒していく男。マジか! こいつ、めちゃ強え!!


 倒されてもすぐに向かっていく。けどまたすぐ倒される。一対数十人の乱戦に、男はそれでもひるまない。ひたすらに、ひたむきに戦って戦って戦い続ける。なんて男だ! こんな男がいたなんて!!


 こっちのほうが人数多いのに、最後に立っていたのは地味な男だけだった。

 すぐに立花妹が男に駆け寄る。ふたり寄り添ってコソコソなんか話してるけど、男はデレデレしてるし立花妹はキラキラした目で男を見てる。相思相愛なのが傍目からもわかる。


「やるな――雄介」

 立花のアニキが! 地味男を名前で呼んだ!

 それはつまり、男を認めたということ。


 ―――さすがは立花のアニキだ! やられても相手を認めることができるなんて! 男の器が違う!

 そしてアニキが認めたならば俺達も認めるべきだ!!


「参りました雄介さん!」「雄介さん強いですね!」口々に褒め称える俺達に、雄介さんは困ったように笑った。


「おにいさんはともかく、他の方は『名』呼びはご遠慮いただけると……」


 ……………それは、つまり……………。


 チラ、と周囲を見回す。立花のアニキも他のヤツも、雄介さんの発言の意味に気が付いた。

 雄介さんを引っ張り円陣を組んだ。


「え? おまえ、『能力者』?」

「………ええ、まあ………」

「え? どこの所属?」

「それはちょっと言えなくて………」

「やっぱ戦闘職?」

「イエ。おれは後方支援担当です」

「そんなに強いのに!?」

「まあ、色々ありまして………」

「………霊力量、どのくらいあんの?」

「……………ええと……………」


 立花のアニキがすぐに円陣を解き、雄介さんと握手をした。握手をすればお互いの霊力量はなんとなくわかる。

 驚くアニキに別のヤツが手を差し出し雄介さんと握手した。

 俺も握手した。俺よりずっと霊力量多いぞ!?


 強くて、霊力量も多くて、でも全然偉ぶったところがなくて謙虚で、礼儀正しくて俺達まで認めてくれて。


 認めよう。このひとは『アニキ』と呼ぶにふさわしい!

「アニキ!」「坂本のアニキ!」そう呼べば「えええええ………」と戸惑っていた。立花妹は馬鹿を見る目で黙っていた。



   ◇ ◇ ◇



 そんな坂本のアニキが本社に乗り込んできて、社内で有名なクズを成敗した。めっちゃカッコよかった! シビレた! 男は中身だ! 魂だ!!


 アニキのカッコよさに女性社員メロメロになってた。そうだよ! 男は外見じゃないぞ!

 なんて言ってたら、若い女性社員から声をかけられることが増えた。なんか坂本のアニキのカッコよさにシビレた女性達が、これまで見向きもしてなかった俺達護衛会社の男や本社の地味男に注目しているという。なんと俺も彼女ができた! 本社の女は美人で金持ちでお高くとまってる観賞用だと思ってたけど、俺に声をかけてくれた彼女はしっかり者の尊敬できる女性で、何度も言葉を交わすうちに俺も好きになってお付き合いになった。

 他にも何人も春が来て、神代家に関わる家のあちこちでめでたい話が聞かれた。「次世代も安泰だね」と若旦那様が喜んでいらしたとかなんとか。




 坂本のアニキと立花妹との結婚式には参列できなかったけれど、俺達幼馴染が中心になって二次会を企画。坂本夫妻のおかげで成立したカップルが感謝を伝えたいと多く参加して大盛りあがりになった。

 坂本のアニキの知り合いも参加して、また新たな出逢いの場になりカップルが成立していた。今ではあのふたりは「縁結びの神様」だと言われている。


 そんなアニキを二次会最後に胴上げした。アニキの知り合いと俺達護衛が本気で「わっしょい」したので、かなりの高さになったがアニキは涙を流して喜んでくれた。「酷い」「新手の修行」「むしろ苦行」見守ってるひと達がなんか言ってたがよく聞こえなかった。



   ◇ ◇ ◇



 菊様が嫁がれた神代家はほんの少しさみしさがただよった。けれど毎日を繰り返しているうちにそれが普通になった。

 今では俺達配下の者も結婚し子供を授かりすっかりオッサンになった。立花のアニキの話では坂本夫妻のところも子供を授かったという。


 今日から俺の息子は幼児向け体操教室に通う。護衛のための訓練の最初の一歩。懐かしさと心配で同行すれば、昔の俺達みたいなチビがわらわらと集まっていた。


 立花のアニキの息子さんがチビどもをまとめてくれる。それにピョコピョコついていく息子達。

 こうやって歴史はつむがれてきたんだなあと感慨深く見守る俺に、同じく非番のアニキが「オッサンくさい顔になってるぞ」と笑う。


 きっと俺達の親も、その親も、そのまた親も、こうしてつないできたんだろう。

 きっと俺達も、俺達の子供も、そのまた子供もこうしてつないでいくんだろう。


 新たな道を踏み出す子供達に「がんばれ」とエールを贈った。

明日も閑話をお送りします

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