【番外編8】立花礼香と巡り来た春 10
わかりにくいかもしれないので、このお話時点の年齢を。
四月頭時点で
トモ、ヒロ大学一年生、菊高校三年生、竹17歳(高校三年生相当)、雄介34歳、礼香31歳
七月時点で
雄介34歳(誕生日が来たら35歳)礼香32歳
『災禍』滅亡の夏から丸二年が過ぎました
四月。菊様は高校三年生になられた。
あと一年。あと一年で任が解かれる。
あと一年。あと一年、菊様をお守りせねば。
巡り来た春に、改めて護衛任務完遂を誓った。
ブライダルフェアや住宅展示場、家具屋雑貨屋、休みを合わせ、時間を見つけ、ふたりで結婚に向けての準備をする。
ありがたいことに私達は好みも価値観も似ていた。なので大きなトラブルもなくひとつひとつ積み上げていった。
これまたありがたいことに私の休日が増えた。「これまでこき使ってきたからね」と菊様が社長にお口添えくださった。社長も過去の『ブラックな勤務実態(受付女性談)』に「申し訳なさを感じていた」とかで、私の雇用契約を見直して時間を取りやすくしてくれた。多分このあたりも菊様のお口添えがあったものと思われる。
なので比較的時間のできた私ががんばって色々調べては雄介さんに報告をあげている。
雄介さんは基本穏やかな大人なので、私の希望を聞いてくれる。「ここだけ押さえといて」ということは事前に教えてくれるし、方向性に迷ったらちゃんと意見をくれる。
『結婚準備で揉めて破談』とかよくある話らしい。けど私は逆に結婚準備の中で雄介さんのいいところや頼りになるところをどんどん見つけていって、ますます『好き』が積みあがっている。
いつか誰かが言っていた。「坂本さんの良さはわかりにくい」
外見普通。背の高さも普通。穏やかで地味な印象だから目立たない。
けど現役護衛のウチの兄より強いし頭もいい。思慮深くて相手を立ててくれる気遣いのひと。ついでに安定した職業の高給取り。
今となっては「わかりにくくてありがとう!」と声を大にして叫びたい。よくぞ他の女性につかまらなかった。おかげで私がお付き合いできた。何にかはわからないけど深く深く感謝を捧げておこう。
◇ ◇ ◇
日々を重ねているうちにあっという間に春が終わりジューンブライドも終わった。ニュースに祇園祭の話題が乗るようになった。そろそろ具体的に動き出さないといけない。結婚式の日程を決めないと。招待客は。新居は。トゥドゥリストを作りカレンダーとにらめっこ。忙しいけれどうれしくて楽しくてしあわせ。あちこちと相談しながら結婚に向けて動いていた。
ブライダルフェアの模擬挙式に何度も参加し、雄介さんから紹介されて言葉を交わすようになった竹さんとトモさん。仲睦まじいおふたりの出演される何度目かの模擬挙式で、ポロリと言葉がもれた。
「私もおふたりみたいにお揃いの指輪が作れたらなあ」「『非能力者』の私じゃムリだよね」
「ごめんね」雄介さんに言えば「関係ないよ」と言ってくれる。
「『能力者』とか『非能力者』とか関係ない」「あなただから好きになったんだ」「あなただから結婚したいんだ」
なんてことをあなたは。ああもう。好き。
とはいえ結婚指輪はどうしようか。私の指輪はクリスマスにプレゼントしてくれたのを結婚指輪としてつけたいからいいんだけど、雄介さんのがまだ手配できていない。似たのを探してるけどなかなか見つからない。いっそどこかのジュエリーショップに私の指輪とお揃いのを作ってもらうか。
「どうしようかねえ」とロビーに居残って話をしていたら、お仕事を終えられたおふたりが通りかかられた。
「今日はご参加くださりありがとうございました」
いつも丁寧に挨拶してくださるおふたり。こちらも「いいお式をありがとうございました」とお礼を言った。
お若く見えるけれど雄介さんの話ではものすごく偉いひとらしい。なのに全然そんなふうに見えない。穏やかで礼儀正しい、素敵なご夫婦。
おふたりとも私にまで『名呼び』を許してくださり、親しく声をかけてくださる。
「なんか困りごと?」トモさんが水を向けてくださったので、結婚指輪のことを打ち明けた。
と、竹さんが黙ってなにか考えはじめた。じっと私を見つめておられるから緊張して背筋が伸びた。
なんでしょういつものぽわぽわした雰囲気がガラリと変わってものすごく圧を感じるんですが。気品とか高貴さとかにじみ出てますが。これが本当のお姿ですか私ご無礼してましたか!?
隣の雄介さんも固まって冷や汗を流していた。私も背中に汗が流れてる。なにこれこわいこわいこわい。
と、フッと竹さんの空気がやわらいだ。同時にドッと重力が肩にかかってきて息を吐いた。護衛職の矜持でどうにか平静を装ってはいたけれど、正直倒れそうだった。
そんな私達に気付かず、竹さんはトモさんにぺったりくっついてコショコショと耳打ちしている。顔を寄せて「ふんふん」と聞くトモさん。すっかりいつものほんわかなおふたりに戻っている。
「いいんじゃないかな」と許可を出したトモさんに、竹さんはうれしそうに微笑んだ。うれしそうな竹さんにデロリと表情をゆるめるトモさん。ラブラブですね。ナチュラルにこれなんだから、模擬挙式がああなのも当然ですね。
そして竹さんが提案してくださった。
「坂本さんがもう一個指輪をつくって、ふたつの指輪に礼香さんが霊力をこめたらどうでしょうか」
竹さんの説明によると。
『非能力者』――安倍家言う『霊力なし』――は、厳密には『霊力がまったくない』わけではない。霊力は=生命力なのだと。だから『生きている』=『霊力がある』。草木も虫も動物にもあるそうな。
で、私みたいな『非能力者』は『霊力が少ないひと』と『霊力をためる「器」に問題があるひと』『霊力を発現できないひと』がある。
それぞれに対処法があるけれど、さっき竹さんが『診た』ところ、私は単純に『霊力が少ないひと』らしい。
「『器』に問題があったり『発現できない』とかだとちょっと難しかったですけど、『少ない』だけなら、時間をかければどうにかなるんじゃないかと思うんです」
「と言っても、私、専門家じゃないから『なんとなくそう思う』だけなんですけど」
えへへとかわいく微笑んでそうおっしゃる。いえ私にはそもそもなにがなにやらわかりませんので大丈夫です。
とにかく雄介さんが自分用の指輪を新たに作り、それを私の指輪と一緒にお守り袋の紐に通して私が常時身に着けておく。で、時間を見つけてはふたつの指輪を握りこんで「気持ちを込める」
「『思念』は霊力操作の基本です」
たとえば「火を出す」「水を出す」といったことも「そう念じることで霊力を操作して、方向性や出力を決めるわけです」「なので、指輪に礼香さんの霊力を込めるイメージで気持ちを込めたら、礼香さんの霊力が込められるはずです」「そしたら『おふたりの霊力の混じった指輪』になるはずです」
私は自他ともに認める脳筋なので、まったく理解ができません。けれどトモさんも雄介さんも「なるほど」と納得しておられる。賢いひと達が納得できるなら間違いないんでしょう。『脳筋の考え休むに似たり』です。
「拝見したところ、今身に着けておられる指輪にも、ホンの少ぉしですけど、礼香さんの霊力が込められています」「とても大切にしておられるんですね」
ニコニコとそんなことをおっしゃる。毎日寝る前に握りしめてるんですがそれですか? バレバレですか!? 恥ずかしいんですが! そして雄介さんがちょっと見せられないお顔になってます! そんなに喜んでくれたらこっちまで赤くなるんだけど!!
「なので坂本さん」
「もう一個指輪つくったら、多分できると思います」
「おつくりになるなら、私、またお手伝いします!」
雄介さんが笑顔で固まった。
ニコニコキラキラの竹さんの横でトモさんはなんかニヤニヤしておられる。
「……………あれを……………もう一度……………」
ぐふう。って感じのつぶやきが聞こえた。―――やっぱり相当無理したのね。
「………雄介さん。無理しなくていいから………」
思わず言ったら、雄介さんがハッとして私をじっとみつめてきた。
しばらく葛藤してた雄介さんだけど、グッと気合を入れた。
「―――やります! よろしくお願いします!!」
「はい!」と竹さんはキラキラ満面の笑顔で請け負ってくれた。けど。
「雄介さん!?」「ホントに無理しないで!?」袖を引っ張って止めたけれど、なんか勢いのついた雄介さんはおかしなテンションになってて聞いてくれない。
「大丈夫ですよ。死にはしないんで」
トモさんそれはなぐさめになってません。不安が増したんですが。
◇ ◇ ◇
そうして数週間後。
雄介さんの指輪ができた。
待ち合わせたカフェに来た雄介さん。トモさんと竹さんを伴っていた。
「新しく作ったほう――坂本さんがはめるほうは、思念伝達は付与していません。礼香さんのほうについているのだけで十分役割は果たせているとのことでしたので」
竹さんが説明してくれる。雄介さんは笑顔だけど疲れているように見える。
「位置情報も、礼香さんは霊力量的に察知は難しいとおもうのでつけていません」
「おそろいになるように、霊的守護と物理守護、毒耐性と運気上昇はつけときました」
「術式付与しただけなので、私の霊力はそこまで込めてませんから。これから育てていけば『おふたりの霊力の混じった指輪』になると思います」
両手を拳に握って語ってくれる竹さん。かわいらしいですけどごめんなさい。まったく意味がわかりません。
「まあ難しく考えないで。とりあえず今指輪を通してるお守り袋、貸してもらえますか?」
トモさんに言われ、首から下げているお守り袋を渡す。受け取ったトモさんがなにかを確認してから竹さんに渡す。
竹さんは丁寧に結び目をほどき、雄介さんから受け取った新しく作った指輪を紐に通した。「こっちがいいかな、こっちかな」と色々やって、結局はふたつの指輪を並べて紐に通した。
それからなんか複雑な結び方で紐を結びなおし「ちょっとつけてみてください」と返してくれた。首から下げて竹さんに見せる。
「動きにくいとか邪魔とか、ないですか?」
問われ少し身じろぎしてみる。問題なさそう。
「大丈夫そうです」と答えたら「よかった」と安心したように笑う竹さん。
「もう一回貸してください」と言われたので差し出すと、竹さんはお守り袋と指輪ふたつを両手で包み、ぎゅっと握りしめた。
「おふたりが幾久しくおしあわせでありますように」
目を閉じ、なんか祈ってくれた。
ホントだ。念じるだけでなんかパワーみたいなものを感じる。
ありがたいなあとほんわか見つめていて、ふと隣の雄介さんの様子がおかしいことに気が付いた。
なんか目が飛び出そうになってる。顔も身体もこわばって、なんていうのか――ビビってる?
視線と口パクでトモさんになんか訴えてる。トモさんはなんか諦めたみたいな顔でやっぱり口パクパクした。それを受けて雄介さんはなんかを飲み込んだみたいな顔をして、がっくりとうなだれた。
「どうぞ!」竹さんがニコニコで指輪付のお守り袋を返してくれたから「ありがとうございます」と受け取った。雄介さんは引きつった笑顔。無理して笑おうとして失敗してる。
……………ええと。
「あ「試しに霊力込めてみてもらってもいいですか?」
質問しようとしたのにトモさんにさえぎられた。そう言われたら確かに。やり方確認しとかなきゃ。
「ええと、どうやったらいいんでしょう?」
「さっき私がやったみたいに、袋ごとぜんぶギュッてしてください」
ええとこうですね。両手で包んで握りしめる。
「で、そのまま念じればいいんですけど……そうですね……その手を額につけてもらえますか?」
「こうですか?」
言われたとおりにすると「そうです」とオッケーが出た。
「ええと、額の、手が当たっている場所に意識を集中してください。―――そうです。そのまま、身体のナカのパワーを注ぎ込むイメージを浮かべてください。『霊力入れー』って、念じてください」
イメージ……。パワーを注ぐイメージ……。
目を閉じて集中するけれど、できてるんだかどうなんだか。
「自分が如雨露になったつもりで。額が注ぎ口。そこから水を出す」
トモさんが具体的に指示してくれてイメージが固まった。水を出す……私はジョウロ……身体の中から水を出す……。
と。
「できてます」「その調子です」竹さんの声にハッとした。
パッと竹さんに目を向けたら、残念そうな顔をされた。え。なんかやらかした私?
「すみません……私が余計な口を出したから、集中を切らせちゃった……」
シュンとする竹さんに申し訳なくなって「そんな」とあわてて言った。
「ええと、今のでできてましたか?」
質問すれば竹さんはパッと笑顔になった。
「はい! できてました!」「さっきの調子でやれば、来年の春には間に合うと思います!」
「慣れたら額につけなくてもいいよ。握りしめるだけでできるようになると思う」
「まあそのへんは坂本さんが指導してあげな」
トモさんの軽い言葉に「はい」「ありがとうございます」と答えた。
「慣れないうちはあんまりやりすぎたら体調崩すかもしれない」「疲れを感じたらやめるように」「少し休めば大丈夫なはずだけど、あんまり体調が戻らないようだったら坂本さんにすぐ連絡して」
トモさんが細かく教えてくださる。
「『霊力入れー』だけでなくて、『坂本さん大好きー!』とか『うれしいー!』とかの気持ちを込めるのもおすすめです」「ただ、礼香さんがつけるほうの指輪に『思念伝達』が付与されてますので、強く念じたことは坂本さんに伝わります。そこだけご了承ください」
竹さんもアドバイスしてくださる。
「二か月くらいしたらまた指輪見せて。どのくらい霊力入ったか確認しよう。――いい? 竹さん」
「そうね。それがいいかも」
おふたりに言われたら「わかりました」以外言えません。了解です。
お返しいただいたお守りを首から下げる。肌に直接当たる指輪がなんだかじんわりと温かく感じる。さっきまで握ってたからかしら。
なんとなく服の上から両手で押さえた。と、竹さんが「それもいいです」と声をかけてくれた。
「そうやって押さえるのも、霊力込められます」
「どんな形でもいいので、触れて、念じてください」
「『ふたりの指輪になあれ』って『願い』をかけてください」
なんとなくおっしゃりたいことは伝わった。
「わかりました」「がんばります」そう宣言すれば竹さんはほにゃりとやわらかな笑みを浮かべられた。
結婚式のこと、夫婦生活のこと、色々おしゃべりしていたらあっという間に時間が経った。
「そろそろ帰らないとだね」「竹さん。お手洗い行っといたら?」トモさんに言われ、竹さんがお手洗いに立った。
後ろ姿を見送っていたら、トモさんが「ちょっと」と『顔を寄せろ』と手招きしてきた。なんだろうと雄介さんとふたり顔を近付けたら、真剣な表情でトモさんは言った。
「このことは口外禁止でお願いします」
うなずく雄介さん。けど私はなんのことだか。
「………『このこと』というのは………?」
「竹さんが指輪作りに協力したこと。『祈り』を込めたこと。これは絶対に。誰にも言わないでください」
即答された。強い言葉になにも言えなくなった私にうなずいて念押しするトモさんは、次に雄介さんに目を向けた。
「ハルとヒロには俺から報告しときます。ヒロに菊様と白露様にも報告しとけって言っときます」
『はる』? って、誰?『ひろ』は多分弘明さんよね??
「坂本さんはわかってると思うけど、立花さんは知らないだろうから、一応ご説明します」
私がわかってないことがわかったらしいトモさんがご説明くださる。
「ウチの妻は、凄腕の呪具師です」
「『妻が手がけた』というだけでも高額になります」
そう言われて初めてお金このとに思い至った。『雄介さんが作った』と言っていたからお金のことを考えてなかったけど、『作った』にしても材料費やら手数料やらいるはず。
「あの、このふたつの――あ。みっつの指輪のお値段は――」
あわてて聞けば「それは坂本さんと交渉済だからあとで坂本さんに聞いて」と言われた。
「それよりも重要なのは『ウチの妻が手伝った』こと、『ウチの妻が祈りを込めた』こと」
「これがわずかでも漏れると面倒なことになる」
「具体的に言えば『坂本にしてやったんだから俺にもしろ』と言い出す馬鹿が必ず出る」
それは……そうなるでしょうね。
十分あり得ると理解できるのでうなずいた。
「坂本さんに協力したのは『以前の案件』で世話になったから。あそこで坂本さんががんばってくれたから死者を出さずに済んで、結果うまくいった。『借りを返す』じゃないけど、どっかで恩を返さなきゃとは思ってた」
「それに立花さんはヒロの婚約者の関係者。ヒロからも『協力してくれ』って頼まれたし、作るのは坂本さん自身だからまあいいかと妻に許可を出した」
「けど、こんなのは特例中の特例だ」
「次坂本さんに頼まれても受けない」
「そこをまず知っておいてください」
雄介さんは真顔でうなずいている。これは相当だ。思わず唾をのみ込み、うなずいた。
「普通の指輪を作るのを手伝うだけでも『特例』なのに、あのひとはお人好しだから、止める間もなく色々付けて……」
「おまけに今日は『祈り』まで込めて」
「やっちまったもんはもうどうしようもないんで。諦めて受け取ってください」
よくわかんないけど『受け取れ』と言われたのだから受け取ろう。雄介さんがすごい顔になってるのはまたあとで聞こう。
「ただし! 口外禁止!」
「ふたりきりのときでも絶対に口にしないで!」
トモさんの厳しい声にピッと背筋が伸びる。
距離ができた私達に『耳を貸せ』のゼスチャーで再び近寄らせ、トモさんは続けた。
「今日は話をしてる間、俺が結界を展開していました。今も展開しています。だから今日の説明で周囲に知られることはないと思う」
「けど、万が一にでも話が漏れたら。妻の身が危険になります」
「あのひとお人好しなんで。頼まれたらいくらでも受けてしまう」
「そのせいで無理をしたり、心無い人間に傷つけられたりする」
「恩を仇で返すようなこと、しないでくださいよ?」
ニッコリの圧がすごいんですが。勝手に身体が震えるんですが。
「わかりました」「もちろんです」ふたりそれぞれどうにか絞り出せば、よくやくトモさんの圧は消えた。
トモさんがどういう種類の『偉いひと』かは聞いていないけど、絶対戦闘職でしょう。なんか独特の凄みがある。
震える手でグラスを取り、お水を一口。ああ美味しい。ゴクゴク飲んでたら雄介さんがトモさんと話を続けた。
「トモさん。あの『祈り』の対価は………」
「あれは彼女の善意だから。対価は受け取れない」
「ですが」
引かない雄介さんに少し考えたトモさん。なにかひらめいて、提案された。
「じゃあ、もう一軒分設計してくれる?」
「近々もう一組新居が必要になるだろうから」
「俺と彼女からのプレゼントってことにして」
「彼女にもそう話しとく」
「もちろん施工は坂本さんの会社に頼むよ」
「………了解しました」「ありがとうございます」
なんの話かわからないけれど、あとで雄介さんに確認すればいいか。
「じゃあ、くれぐれも口外禁止で」
そう念押しされてすぐ、竹さんが戻ってこられた。
「じゃあ俺達はこれで」「あとはよろしくね」
そうしておふたりは仲良く出ていかれた。
◇ ◇ ◇
ふたりになって雄介さんが説明してくれた。
トモさんは『主座様直属』の方。弘明さんの同格。
竹さんは主座様よりも偉い方。
「今まで言えなくてごめんね」って申し訳なさそうに謝ってくれるけど、なんで今それを言うの!? 私、聞いていいの!?
私に情報開示することは「トモさんからの指示」だと雄介さんが説明する。
トモさんは私に「竹さんと仲良くして欲しい」とお望みだと。
私が北山で暮らすようになったら竹さんトモさんご夫婦とご近所になる。らしい。そのときに「普通の『近所のお姉さん』として接して欲しい」と。それが今回の指輪の『対価』だと。
「同性でないと支えられないこともあるだろう」「立花さんには竹さんも自然に接している」「立花さんなら『頼れるお姉さん』として竹さんの『支え』になれる」
「ひとりでも多くの同性の『支え』が欲しい」と言うトモさんは、見たまんま過保護で執着系で竹さんを溺愛している。竹さんのしあわせが一番。竹さんの快適な生活のためならなんでもする。他人の迷惑も考慮せず、竹さんファーストで突き進む。
なんでも竹さんは偉すぎて、安倍家のひとたちには遠巻きにされている状態らしい。そんなに偉いひとなの!?
竹さんは人見知りで社交性が低くて家に引きこもってじっとしているのが好きな大人しいタイプ。なので交流がないことは問題ないのだけれど「なにかあったときのために窓口が欲しい」とトモさんは考えた。
現在安倍家関係者で竹さんと親しくしている同性は、明子様と千明様と白露さんともうひとりだけ。皆さん大人の女性で頼りになるけれど、皆さん『偉いひと』で、安倍家の普通のひと達からすると『雲の上のひと』。竹さんも『雲の上のひと』だから、それはそれでいいんだけど、やっぱりなにかあったときのために「『雲の下のひと』とのパイプが欲しい」とトモさんは考えていた。
そこに一緒の仕事で親しくなった雄介さんが「彼女に指輪を作りたい」と言ってきた。手伝ううちに雄介さんにも私にも慣れた竹さんに、トモさんが思いついた。「こいつは使える」と。
安倍家の常識の外から嫁に来る人物。護衛職でそれなりの武力もあり礼儀もわきまえている。人柄と背後関係は晴臣様と弘明様、白露さんが保証。なにより竹さんが好意を持っている。
そうして「今回の指輪の『対価』」としてトモさんが申し出たのが「立花さんが北山に来たら竹さんと仲良くして欲しい」。
「もちろんあなたの気持ちが優先。あなたが嫌だったら別の『対価』を考えるって」雄介さんはそう説明してくれる。
もちろん私に否やはない。竹さんはとても素敵な女性だ。仲良くしていただけるなら私からお願いしたい。
けど、だからこそ、『「対価」として』『依頼されて』『命令されて』なんて、なんか―――腑に落ちない? 不愉快?
たどたどしくもこの腹の底のモヤモヤを雄介さんに訴えると「わかるよ」と困ったように笑った。そしてまた説明してくれる。
安倍家では竹さんは『神様と同格』扱いらしい。なにそれ。そんなに偉いひとと私普通にしゃべってたの!?
「それそれ」「みんなそうやって遠巻きにしちゃってるの」「まあおれもそうだったんだけど」
そんな状況で、嫁に来た新参者が竹さんと親しくしていたら、そりゃあもうあっちこっちから怒られると。雄介さんのご家族からも怒られるけど、雄介さんのご家族もあっちこっちから怒られる。安倍家内部で紛争が起こる。
―――そんなに???
けど「トモさんに命じられて」親しくしているならば許される。トモさんの『竹さんファースト』は安倍家でも広く知られているとかで、だからこそ「『指輪作りに協力した「対価」に、嫁を竹様のお世話係に差し出せ』と命じられた」とすれば、どこからも文句は出ない。ついでに雄介さんのご家族が迫害されることもなくなるだろうと。
今回の指輪を含む三つの指輪作りには竹さんが協力してくれているんだけど、それを知っているのは主座様直属の皆様と当事者である雄介さんだけ。ほかのひと達には「トモさんの指輪にあこがれた坂本が作り方を聞いて自分で作った」「トモさんが霊力量を増やす方法を教え、指輪を作るにあたってのアドバイスをした」という話になっていると雄介さんが説明してくれる。
「嘘ではないから」「言ってないことがあるだけ」と雄介さん。
で、その「アドバイスと指導をいただいた」というのが『指輪作りへの協力』で、その『対価』は「ちゃんと支払わないといけない」と認識されている。だからトモさんの言う「竹さんが指輪作りに協力したこと」を「口外禁止」としてもどこからも疑問はもたれないと。
協力したと広まっているトモさんが「嫁を差し出せ」と望んだなら「応じなければいけない」と理解されると。
「あなたが了解してくれるなら、トモさんがこの話を安倍家内部に流す」「そうすればあなたが北山に来たときにあなたを下に見る馬鹿はいなくなる」「竹様と親しくしてもどこからも攻撃されない」「そんなことすればトモさんが黙っていないから」
……………どれだけトモさんが恐ろしい存在なのか、今の説明でわかったような気がするけれど……………。
それは置いといて。
「それで『対価』になるの?」
「『対価』って、つまり『代金』よね?」
「『仲良くして欲しい』って、そんなことが『対価』になるの? 仲良くするだけで指輪の金額に相当する価値になるの?」
質問すれば「なるよ」と雄介さんは困ったように笑う。
「なにに価値を求めるかはひとそれぞれだから」「そのひとが『これが欲しい』と望むものが『対価』になる」「トモさんが『竹様のために』『あなた』を希望した。これは十分な『対価』だよ」
……………よくわかんないけど、『非能力者』の私には理解できない常識があるんだろう。
「雄介さんは嫌じゃない? お仕事に支障が出たり、周りから嫌がらせされたりしない?」
「そうならないためにトモさんが話を広げるって言ってくれてるんだよ」
「あのひとあれで気配りのひとだから」と雄介さんは笑う。
「おれとあなたを守るために『対価』としてくれた面もあると思う」
「おれ、指輪関係で最近特に親しくさせてもらってて、ちょっと周りの視線が痛いときがあるから」
そんなことが。
ショックを受けてしまった私に「ごめん。余計なこと言ったね」と雄介さんは「大したことないんだよ」とあわててごまかす。
「で、どうかな?」
改めて聞かれ、考える。
『対価』とか言われて仲良くすることを強要されるのは不愉快だけど、それが私達を守るための方便だとしたら、私は竹さんと仲良くさせてもらえたらうれしいだけだし、『特別なにをしてほしい』と言うのはなくて『普通に近所のおねえさんとして親しくしてくれるだけでいい』ならば、それが『「対価」になる』とおっしゃるなら、従うだけです。
「了解しました」と答えたら雄介さんはホッとしていた。
「おれから報告はあげとくけど、今度話し合いの席を設けるからトモさんに直接言ってくれる?」「もちろんおれも同席する」
きっとそのときにはトモさんひとりで来られるんだろう。『過保護』という表現に納得しながらも深い配慮のできるひとだと感じて了承した。
ふと気付いた。
私が『竹さんと仲良くする』のが『今回の指輪の「対価」』。
ということは、あとふたつの指輪の『対価』もあったんじゃない?
「………ちなみに、クリスマスの指輪とホワイトデーの指輪の『対価』は?」
質問したら、雄介さんはギクッとして目が泳いだ。
これはなにか隠している。
「雄介さん?」
問い詰めたら、しぶしぶというように口を開いた。
「………クリスマスの指輪はおれがトモさんと竹様の新居の設計を無償で引き受けること。ホワイトデーの指輪は別のひとの新居の設計」
「雄介さんが設計するの?」
設計士の雄介さんへの『対価』としては妥当に聞こえる。けど、あら? 雄介さんが家一軒設計するときの金額って、なかなかのお値段だったような? 私達の家を今設計しようとしてくれているけど「普通だったらこれくらいもらう」って叔父様が教えてくれたとき、びっくりしたんだけど。
「それでも安いくらいだよ」って、じゃあこの指輪の価値は一体………。
「作ったのはおれだけど、竹様が関わってるから」
「そして今日、あの『祈り』で、もう一件加わりました………」
「ハハ」と疲れたように嗤う雄介さん。
「それって………大変なんじゃない!?」
思わず叫べば「そうでもないよ」と雄介さんは笑う。
「おれ達の家と合わせて四戸の設計になるわけだけど。期日が迫ってるのはおれ達の家だけ。
だからまずはおれ達の家を建てて。それを内覧してもらって、ご要望に合わせてアレンジしていくって形になるだろうから、言うほど大変じゃない」
「施工を会社が請け負えるから、会社にも得になるし」
「設計士のおれがただ働きになるだけ」
「けど、絶対おれの設計料よりもこの指輪のほうが価値があるから。逆に設計料だけにしてくれたの申し訳ないくらい」
なんかよくわからないけど、雄介さんとトモさんが納得してるならそれでいいか。
「私、なにもできないけど、お金はあるから」「家電とかは私が買うからね」
おかげさまでブラックな勤務が十年以上続き使う暇もなかった私は、それなりの貯金がある。だから「まかせて!」と言ったんだけど「おれも貯金あるから」と言われてしまう。
「どっちがなにを買うか、そもそもなにを買うかもそろそろ決めないといけないね」
そう言われて話し合っているうちにいつもの調子に戻っていた。
◇ ◇ ◇
後日。
予想通りおひとりで来られたトモさんから改めて『対価』の説明を受け、了承した。
「『竹様』とお呼びしたほうがいいですよね?」と確認したら「これまでどおり『竹さん』でお願いします」「態度もこれまでどおりで」と言われた。
あの日は竹さんがトイレに行ってる間に話を済ませないといけなくて「説明できなくてすみません」と頭を下げてくれた。礼儀正しくて丁寧なひとだなあと感心する。雄介さんの話から垣間見えた恐ろしさは感じない。
「坂本さんも迷惑かけるけど、なんかあったら遠慮なくすぐ言って」と雄介さんにも気配りくださる。
この調子だと、私達の新居の場所決めにもこのひとが一枚噛んでるんじゃないかしら。
ふとそう勘づいたけど黙っておいた。
新生活への準備は着々と進んでいる。