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【番外編8】立花礼香と巡り来た春 8

 雄介さんと白露さんと三人で話をしていたら菊様と弘明さんがガゼボに入って来られた。

「その様子だと大成功ですね! おめでとうございます!」そう笑う弘明さんに共犯かと確信する。


「立花は今日の勤務終了してるから。あとはふたりでゆっくりしなさい」

 菊様までグルでしたか。「ありがとうございます」と頭を下げた。


 と、弘明さんがちょいちょいと雄介さんを隅に呼び出し、なにやらふたりでコソコソしている。

「な!「しー!」


 ……………なにしてんのかしら? なんか弘明さんに無理矢理押し付けられてる? ポケットになんかねじ込まれてるけど……なにかしら?


「じゃあ私達も行きましょう。白露」

「はい」

 ガゼボを出ようとされる菊様に白露さんが付き従う。すぐに弘明さんも菊様の横につかれた。護衛は問題なさそう。


「坂本。立花をちゃんと自宅まで送り届けるように」

「承知致しました」

 安倍家の雄介さんにも当然のように命令される菊様。命令することに慣れてる方といつも命令される側のひとだからかしら。どちらもまったくためらいがないわ。


「立花」

「はい」

 突然声をかけられ直立する私に菊様はニンマリと微笑まれた。めずらしい、本音の笑顔。

「明日もよろしく頼むわね」

「はい」

 そうして菊様御一行はガゼボを出ていかれた。私と雄介さんは頭を下げたままお見送りした。



 本日の勤務終了を宣言されたので、雄介さんとゆっくりライトアップを見てまわった。もともと直帰の予定だったから会社への連絡はメッセージだけで。

 手頃なベンチがあったので座ったらそのまま話し込んでしまい、気が付いたら閉園時間になった。

 追い出されるように植物園を後にしてファミレスへ。夕食を済ませてもそのまま話し続けて、あっという間に日付が変わった。

「翌日に差し(つか)えるから」と、遅くても日付が変わる前には解散すると決めていたのに、今日は時間が経ったことに気が付かなかった。あわててファミレスを出て帰路につく。雄介さんがタクシーをつかまえて送ってくれた。


「私ひとりで帰るのに」と言ったけど「菊様に命じられてる」と聞いてくれなかった。

 神代家に仕える独身者が多く暮らすマンションに到着したタクシー。雄介さんも一緒に降車した。

「今日はありがとう」熱の籠もった眼差しでそう言って、雄介さんはためらうように両手を広げた。

 抱き締めてくれようとしてるのも、私にその許可を求めてくれてるのもわかって、うれしくてドキドキして、そっと半歩前に出た。

 それを合図に雄介さんは私を抱き締めた。私が抱くように持っている薔薇の花束を潰さないように、やさしく、やさしく。


「大好きだよ」

 落ち着いた声に脳髄がしびれる。

「私も」

 かろうじて返せたけれど、声が震えていた。


 ゆっくりと身体を離し、見つめ合った。

 ハンサムでもイケメンでもないごく普通の顔を真っ赤に染め、しあわせでたまらないとわかるとろけた笑顔の彼がいた。


「―――おやすみ」


「おやすみなさい」

「今日はありがとう」

「うれしかった」


 私の言葉に彼はさらに顔を赤くし、それでも満面の笑みを浮かべた。やさしいやさしい眼差しに雄介さんの愛情が見て取れて、胸のどこかがキュウンと鳴った。


「―――部屋に入ったら、連絡して」

 トントンと自分の胸を叩く彼。


 植物園のベンチで話し込んでいたときに説明された。『思念伝達』のやり方。指輪をしっかりと握って強く念じるだけでいいと。難しかったら最初は握ったまま額に当てるといいと。試しにその場でやってみたらちゃんと伝わった。

 雄介さんからの思念は指輪を肌に触れるように着けてるだけで聞こえると説明された。こちらも実験したところちゃんとできた。


 その伝達方法で「連絡して」という彼に「わかった」と答え、エントランスに入った。振り返っても振り返っても彼は同じ場所にいて、ずっと私を見守って手を降ってくれる。手を振り返しつつ愛されている実感に胸が熱くなった。

 部屋に入って内側から鍵をかけてすぐに指輪を握り込んだ。

《家に帰ったよ》《今日はホントにありがとう》そう念じたらすぐに雄介さんの声が頭に響いた。

《安心した》《今日は遅くまでごめんね》《おやすみ》

 やさしい思念に《おやすみ》と返した。

 指輪を握り込んだままニマニマしてしばらく動けなかった。



   ◇ ◇ ◇



 翌日。

 クリスマスとなるこの日は弘明さんの弟妹へクリスマスプレゼントを持って行く予定で、私だけが護衛として同行した。

 運転手を駐車場の車に待機させ、私と菊様でマンションのエレベーターに乗り込む。目黒家のご自宅は一乗寺にあるけれど、生活拠点はここ御池の安倍家だという。弘明さんも双子もここで暮らしていると。なので本日の訪問も御池の安倍家へとなった。


「いらっしゃいませ菊様。ようこそ」

 インターホンを押す前に弘明さんが扉を開けて出迎えてくださった。

 広々としたリビングに通される。安倍家の皆様も目黒家の皆様もお揃いだった。なんと白露さんもいる。


「レーカ。昨日はおつかれさまー! あれからどうなったー?」

「今護衛中です」

「いいじゃない! ちょっと話聞かせなさいよ!」

「護衛中! です!」

「立花」

 菊様にお声をかけられ、目で指示される。台車に積んでいた双子へのプレゼントをひとつずつ菊様にお渡しする。


「サチ。ユキ。私からのクリスマスプレゼントとお誕生日プレゼントよ。はいどうぞ」

「「きくおねーさん、ありがとう」」


 なんと一昨日は双子の四歳のお誕生日だったそうで。菊様は律儀にクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントそれぞれをご用意しておられた。

「あけてもいい?」

「いいわよ。どうぞ」

「「わあ! すごーい!」」


 菊様がプレゼントに用意されたのは大きなブロックのセット。それを四パターン。それぞれ外箱に『サチちゃんおたんじょうびおめでとう』『メリークリスマスユキくん』等と書いてある。全部使えば幼児ふたりが入る家や幼児が乗れる車二台などが作れるだろう。


「すごい!」「すごい!」と大はしゃぎした双子は「「きくおねーさん、ありがとー!!」」と菊様に飛びついた。菊様がしゃがんで手を広げておられたのでお止めしませんでしたけど、私の予想よりも早く突撃してきましたよ。動きのいいお子様ですね。


「作り方動画見てみましょうか。ヒロ」

 ヒロさんに指示を出され、双子をはさんでソファに座り四人でスマホを見つめる。「すごい」「すごい」と双子は大興奮。

 そんな様子を大人達は微笑ましく眺めていた。

 と。


 インターホンが鳴り、明子様が玄関に向かわれた。

 戻って来られたとき、男性ひとりを伴っておられた。


「―――礼香!?」

「雄介さん!?」


 まさかの雄介さん登場に思わす立場を忘れてうろたえてしまった。ハッと気付いて直立し、仕事用の顔で会釈をした。彼もすぐに表情を引き締め会釈を返してきた。


 テーブル席に座っておられた主座様に身体を向けた雄介さんはその場に正座し、平伏した。

「お呼びにより参上つかまつりました。後方支援担当、坂本にございます」

「ご苦労」

 ああ。安倍家のお仕事で来たのね。雄介さんは主座様の向かいに座らされた。すぐに晴臣様と隆弘様も着席され、書類を手にお話が始まった。クリスマスということは冬休みで年末年始だもんね。神代家も忙しいから安倍家だって色々忙しいわよね。


 なるべくそちらの会話を聞かないように、菊様と双子に集中する。幸い立ち位置的に背を向ける格好だ。

 白露さんは明子様千明様と主座様のそばで一緒に話を聞いている。しばらくは男性のボソボソとした声を聞くともなしに聞いていたけれどすぐに意識の外に追い出した。

 と。


「はあ!? ばっかじゃね!?」

 隆弘様の大声に意識を引かれた。


「せっかくのクリスマスイブだぞ!? 両想いの三十代男女が、スーツで決めた男とかわいい服着た女が、ファミレスでおしゃべりして終わりって! キスのひとつもしてないって!! 中学生でももっと積極的だぞ!?」


「そう言われましても」弱々しい雄介さんの声に私も菊様に目を向けたまま『そう言われましても』と眉が下がる。

 ていうか何の話をしてるんですか。昨夜の報告ですか。そのために呼び出したんじゃないですよね!? 主座様にも知られてるとか、知らなかったんですけど!?

 ああでもそうか。弘明さんがご存知なら(あるじ)の主座様に情報共有されてしかるべきか。そうか。………そうか??


 内心で首を傾げていたら隆弘様がさらに()えた。

「ホテルは満室でも、どっちも一人暮らしだろうが! 部屋でヤりゃあいいだろ! なんのためにヒロに避妊ぐっ」


 ゴスッと、なにかがぶつかるすごい音に思わず振り返れば、隆弘様が頭を押さえて机に突っ伏しておられた。その背後で晴臣様がイイ笑顔で拳を握っておられる。


 ……………ひにん? ヒロに?

 パッと昨夜別れ際になにかをポケットに押し込まれている雄介さんが浮かんだ。


 ……………まさか。


 ジトリと弘明さんを背後からにらみつければ視線に気付いたようで明後日の方向に顔を向けられた。

 そんな弘明さんに双子が反応。

「どーしたのひろにーちゃん」

「なんかいるの?」

「んー? 気のせいだったみたい。それより作り方わかったから作ってみようか!」

「「わあぁい!」」


「アキさん。あっち使っていい?」許可を得た弘明さんがヒョイと箱をふたつまとめて持ち、双子を伴って別室へと消えた。

「立花さん。あとお願いします」と言われたので「かしこまりました」と会釈する。


「もう。タカったら。がっつきすぎよ」「そうよ。立花さんと坂本くんがいきなりそんなことになるわけないじゃない」「雄介くんは紳士よ? タカとは違うのよ?」「ちーちゃんひどい!」

 ぎゃいぎゃい賑やかにしておられるのをまるっと無視していたけれど、弘明さんに声をかけられたタイミングで明子様が話から抜けられた。


「菊様。こちらでお茶をどうぞ」

「ありがとう」

 勧められてテーブル席に移動される菊様。着席されたので少し離れて立っていたら「立花さんもこちらにどうぞ」と勧められた。


「いえ。私は本日護衛ですので」「お気持ちだけ頂戴いたします」

 そう頭を下げた。なのに。

「はーい! 護衛、交代しまーす!」

 白露さんがニッコニコで挙手した!

「白露さん!?」

「はいはい。レーカは今勤務外。プライベートの話をしてもいいひとよ!

 じゃあオミ。お願ーい!」


 無理矢理上着と防弾チョッキを脱がされ、雄介さんの隣の椅子に座らされる。正面に主座様と晴臣様、晴臣様と雄介さんの間に隆弘様が座り、なんだか尋問会みたい。

 主座様の後ろにスツールに座った明子様と千明様。なんだか楽しそうに見受けられるのは気のせいですか?


 白露さんに「お願い」と言われた晴臣様は「はーい」とニコニコのんきな返事をされた。と、次の瞬間には表情とまとう空気が変わった。


「―――改めまして。安倍晴臣です。安倍家の顧問弁護士を務めております」

 にっこりと微笑むその顔は、初めて神代家でお見受けした冷徹な弁護士のもの。ここ最近拝見していた『のどかなおじさん』は消えていた。


「同時に、安倍家後方支援部隊統括の任も拝命しております」


 つまり、雄介さんの上司にあたる方。

 わかったと示すために無言でうなずいた。


「お察しのとおり、貴女とお付き合いをしている坂本雄介の直属の上司にあたります」

「安倍家は少々特殊な家で。配下の婚姻相手やお付き合いしている方が他意をもっておられることがありまして。そのため、場合によってはこのように面談をすることがあります」


 お仕えする神代家でも考えられることで、だからこそ私達の上の世代は子供や部下の婚姻やお付き合いに確認を入れることがある。だから晴臣様の説明にも「はい」と理解を示した。


「晴臣さん」雄介さんがたしなめるように呼び掛けた。

「なにも主座様と菊様にご同席願わなくても―――」


「私が同席したいって言ったのよ」

 私と主座様の間の席にお座りの菊様からのお言葉に、私も雄介さんも目を見開いた。


「立花は私の大事な専属護衛よ? 生半可な男のところにはやれないわ」

「私が自分で為人(ひととなり)や条件を確認しないと」


「ですね」主座様も笑いながら同意される。

 菊様に向けておられた笑顔をキリリと引き締め、主座様は私達にご尊顔を向けられた。


「安倍家としても、重要な役職に就いている坂本がおかしな女性につかまったのではないという確認をする必要がある」

「お相手本人の資質、考え方、家族親族友人関係に問題はないか。また婚姻となった場合どのように生活することを希望しているか。安倍家次期当主として確認しておかねばならない」


 厳しいお声でそう説明されては文句は言えない。

 つまり双子のプレゼントは口実。雄介さんのお仕事も。私と雄介さんを非公式に呼び出し、尋問して私達のお付き合いと結婚が認められるか否かを判断する。そのための時間だと理解した。

 ゴクリと喉が鳴る。緊張で拳の中に汗がにじむ。


 ―――ここで『否』と判断されたら―――

 浮かんだ弱気に『嫌だ』と思った。このひとと共に在りたいと改めて強く感じた。

 そうは言っても判断されるのは皆様だ。私にできることはただ誠意を持ってこのココロをさらけ出すのみ。正直に質問にお答えするのみ。

 そう覚悟を決め、「ご随意に」と頭を下げた。雄介さんも私の隣で頭を下げた。



   ◇ ◇ ◇



「立花さんの経歴その他は、昨年菊様に婚約のお話をしたときに調査しております」

 そう口火を切られた晴臣様が、私の学歴や年収、勤務実態、家族構成、家族それぞれの経歴と現在の職まで語られた。

「間違いございませんか?」と確認されたので「間違いございません」と答える。それ以外なにができると?


 次に晴臣様は雄介さんの経歴その他を開示された。本人に了承なく開示するのはどうなんですか? 直属の上司だから許されるんですか? ほとんどもう聞いていたことだったからいいですけど。

 そう考えていて、晴臣様の視線が菊様に向けられていることにようやく気が付いた。ああ。菊様へのご説明でしたか。自意識過剰でお恥ずかしい限りです。


「一応確認ですが――雄介」


 晴臣様の呼びかけに「はいっ!」と背筋を伸ばす雄介さん。晴臣様は『名呼び』しておられるのねと頭の隅で思った。


「きみは立花さんのことをどう思っている?」

「大切な女性だと思っております!」

「それじゃあわからない。将来妻とする気持ちは?」

「あります!」


 公開プロポーズですか? 雄介さんの言葉はうれしいんですけど、恥ずかしさと緊張感がすごいんですが。


「立花さん。貴女は? この坂本をどう思っていますか?」

 同じことを問われているとわかっていたので正直にお答えした。

「私も彼を大切に思っております。将来彼の、つ――、妻、となれたらと、思って、おります」


『妻』と言おうとして言葉が喉に引っかかった。恥ずかしすぎる。顔から火が出そう。それでも護衛の矜持で晴臣様をまっすぐ見つめた。


「ふたりの気持ちはわかりました」

 ニンマリと笑った晴臣様。なんでか牙を剥いた狐のイメージが浮かんで身震いした。

「ではここからが本題です」そう言って晴臣様は次から次へと質問をしてこられた。

 結婚するとしたらいつ頃を考えているか。どちらの籍に入るか。仕事はどうするか。どこで暮らすか。家族には、職場にはどのタイミングで話をするか。


 昨日あれからずっと話をしてきたことだったので、どの質問にもすんなりと答えられた。

 結婚するのは私が菊様の専属護衛の任を解かれる再来年の春を第一希望としていること。私が坂本の籍に入ること。専属護衛の任を解かれるタイミングで神代家の護衛の仕事を辞め、雄介さんの勤める工務店の近くかご実家もある安倍家の本拠地である北山で新居を探したいこと。年末年始に入った今、どちらの家族も職場も忙しいので、年が明けて小正月が過ぎた頃に話をしようと考えていること。


「私への報告がなかったわよ?」菊様がニンマリとおっしゃった。素直に「申し訳ございませんでした」と謝罪した。

「昨日の今日で、お時間を頂戴することもできず」


「まあいいわ」と菊様はお許しくださった。


「坂本」

「はっ」


 菊様は厳しい表情で雄介さんに声をかけられた。

 冷たいお声だった。絶対的上位者のお声に、長年お仕えした(あるじ)なのにゾクリとした。


「長年仕えてくれた私の専属護衛を、アンタは守れる?」

「守ります」


『なにから守る』のかは言わず、雄介さんは即答した。

「たとえ家族でも。もし一言でも礼香を『霊力なし』だと(さげす)んだら、その場で縁を切ります」


 ああ。そういう。

 言われてみれば納得のことだった。

 雄介さんから晴臣様のことを聞いていた。『霊力なし』なことで幼い頃からさげすまれ苦労してきたと。私が坂本家に、安倍家に、北山に入ったら、肩身の狭い思いをすると菊様はご心配くださったと。おやさしく思慮深い(あるじ)にジンときて頭を下げた。


 それからも皆様からの質疑応答をいくつもいくつも繰り返した。白露さんに色々アドバイスをもらって話し合っていてよかった。ピリピリする空気に耐えながらもただ誠実に、自分に正直に答え続けた。


 どれだけ経過したのか。ようやく質問が止まった。


「―――まあ、大筋(おおすじ)はいいでしょう。いかがですか。菊様。主座様」


 晴臣様の問いかけに菊様も主座様も「悪くないわ」「いいだろう」とお認めくださった。他の皆様も晴臣様に視線で確認され、いいお顔でうなずいてくださった。『承認』の表情にホッとした。そろりと目だけで隣をうかがえば、彼が同じようにこちらに目を向けているのがわかった。同時にちいさく笑い合った。


「では。安倍家としてふたりの婚姻を祝福します。おめでとう」

 晴臣様の宣言に、同席くださった皆様が「わー!」と拍手をくださる。

「ありがとうございます」雄介さんとふたり起立して九十度の拝礼で感謝を伝えた。


「とはいえ、ひとつお願いがあります」

 晴臣様の真面目な声に浮き立った気持ちが引き締まった。


「立花さんのご家族ご友人には、この坂本が安倍家の関係者であることは黙っておいていただきたいのです」

「………どういうことか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 理解が足りない私を叱ることなく晴臣様はゆっくりとご説明くださる。


「先程も申しましたが、安倍家はなにかと迷惑をかけられることがありまして。貴女のお知り合いがそうならないため、また、貴女のお知り合いがそんな有象無象から危害を加えられないために、貴女の婚約者が安倍家の者だということは黙っておいていただきたい」


 なるほど。納得しました。安倍家の方って大変なんですね。

 うなずき了承を示す私に晴臣様はさらにおっしゃったり


「ただし、菊様のご家族と貴女の上司にあたる方には、こちらから情報開示いたします」

「ただの『工務店勤務の男』よりも『安倍家の能力者』と明かしたほうが、話がすんなりと伝わるでしょうから」


 確かに。弘明さんに嫁ぎ『北山から出られない生活』になられる菊様のお側に私がいるとなったら、少しはご家族の皆様のお慰めになるだろう。

 同時に神代家の内情を深く知る私がおかしな家に嫁ぐわけではないと理解したら、警備責任者である社長の心労も少しは減るだろう。

 どこまでもご深慮くださる晴臣様に「ありがとうございます」と頭を下げた。


「私も(あるじ)として立花のお付き合いと婚姻を祝福するわ。おめでとう立花」

「菊様………!」


 思いもかけぬ祝福にジンとした。涙が浮かぶのを必死のまばたきで散らす。


「安倍家からの申し入れがあってからお祖父様やお父様にお話するわ」

「あちこちに話が通るまでは落ち着かないかもしれないけれど。多分大丈夫よ」

「私が高校卒業するまでは、これまでどおり、頼むわよ」


「はい」と返事をし頭を下げた。

「坂本」私の横で一緒に頭を下げてくれる雄介さんに菊様からお声がかかった。


「立花は私の大事な側近よ」

「頼むわよ」


「承知致しました!」

「ありがとうございます!」


 こうして私達は、お互いの家族よりも先に上司からの承認を得たのだった。


「立花が坂本と北山に入ってくれたら、私がヒロと結婚したあともなにかと用事を頼めるわ。なんならまた護衛として雇ってもいいし」

「ふたりの子供にヒロと菊様の子供の世話役をまかせてもいいですしね」

「アラ。ふたりが結婚するのって、あっちにもこっちにも都合がいいわね! じゃあもう決まりね!」


「おめでとう!」と喜ぶ白露さんを「まだ家族に話もしてませんよ」と止める。

 ていうか、なんでしょう。都合が良すぎて、仏様の(てのひら)の上で孫悟空がぐるぐるしてるイメージが浮かぶんですが。ゴリラは猿の仲間ですから当たらずとも遠からずというヤツでしょうか。


 結婚後も菊様と白露さんと過ごすイメージが簡単に浮かんで、新生活を迎えるのが楽しみになった。

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