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【番外編8】立花礼香と巡り来た春 7

 十月の終わりに『名』を呼び合うことになり、翌日からほぼ毎日会ってはおしゃべりをしていた。


 十一月の終わりには「『お付き合い一か月記念』よ!」と白露さんが誘ってくれて、三人でごはんを食べた。白露さんがお店にお願いしてちいさなケーキを用意してくれていた。他のお客様からも拍手をもらって恥ずかしかったけれどうれしかった。

 翌日二人だけでまたお祝いした。


 私も雄介さんも、もちろん白露さんも、いつ緊急招集がかかるかわからない。だから食事でもほかのときでもお酒は飲まない。ノンアルコールビールとかも飲まない。

 それでも雄介さんと話しているとなんだか酔ったような心地になる。ふわふわして熱くなって、しあわせでいっぱいになる。

 こんなことじゃいけないと思う反面、こんなにしあわせな気持ちになれて幸運だと思う。


 ようやく巡り来た春に、私達は『しあわせ』を重ねていった。



 ときには白露さんに指摘されたことを話し合うこともある。まだ具体的に『結婚』という言葉は出せないけれど、雄介さんからも出てこないけど、彼の気持ちと自分の気持ちを探るように会話を重ねる。『私』を知って欲しくて自分の気持ちや考えを正直にさらけ出す。


 終始雑談になる日もあれば、長時間真剣な話をする日もある。昔話で終わる日もあれば未来を口にする日もある。


 まだ手も繋いでいない。向き合って、隣り合わせて話をするだけ。お店で。公園のベンチで。河原で。コンビニの店先で。

 そんな中学生レベルの関わりを重ね、私達はゆっくりと、ゆっくりとお互いを理解していった。



   ◇ ◇ ◇



 十二月。

 今年もクリスマスイブに弘明さんと菊様の植物園デートを行うことが決まった。

 弘明さんに迎えに来てもらい安倍家の車で植物園に向かう。ライトアップの点灯の瞬間に立ち合って園内を散策した。


 今日も私と白露さんのふたりでの護衛。弘明さんがおられたら私はいらないと思うんだけど、まだ婚約中のおふたりは周囲からの評判に配慮して『ふたりきり』にならないようにしておられる。そのための護衛()。もちろん異論などありません。(あるじ)の評判を守るのも命令に従うのも護衛の仕事です。


 ほのぼの散策の後ろについて歩いていたら、どこかで鐘が鳴った。時報の鐘?

「立花」突然立ち止まられた菊様に「はい」と答える。


「今日の立花の勤務はここまで」

「は?」

「十八時半。今日の勤務終了よ。お疲れ様」

「は???」


 まだ護衛中ですけど?? そりゃ弘明さんと白露さんがおられたら私は不要でしょうが。一応『神代家からの護衛もついてる』と示すために私は必要だと思うんですが???


「はいはい今日もお疲れ様ー! よく働いたレーカにはご褒美よ!」

「え? は?」

 白露さんが私の黒コートと上着、防弾チョッキを脱がせ、黒ネクタイもはずす。一瞬すぎて反応できません! あれよあれよとタートルネックの白い毛糸のワンピース、白いコートを着せられクリスマスカラーのマフラーを巻かれた。


「はいできあがり」

 ちょんと白い毛糸のベレー帽を乗せられ、黒一色だった私は白に変身した。


「かわいいかわいい」と白露さんはご満悦。弘明さんまで「よくお似合いですよ」とお世辞を言ってくれる。

「はいはい次はこっちこっち」呆然としている私にお構いなく白露さんが引っ張っていく。

「ちょっと! 菊様の護衛を「だーいじょうぶ大丈夫! ヒロがついてるし、姫もおっつけ来るから!」白露さん!!」


 ふと透明な壁を抜けた感覚があった。そのまま連れて行かれた先は光のガゼボ。花畑のような光の壁と星が散りばめられたような屋根。その中に、誰かが立っていた。


「はいごゆっくり!」

 ドンと突き出され、ガゼボの中に入った。


「―――雄介さん?」


 降り注ぐ星の下。雄介さんが立っていた。


 普段はボサボサの髪を後ろに撫でつけ、作業着か厚手のシャツとジーンズしか見たことないひとがスーツをビシッと着ている。靴だっていつものスニーカーじゃない。艶のある黒の革靴。そんなビシッと決めた男性が、何故か真っ赤な薔薇の花束を持って、薔薇と同じくらい赤い顔をこわばらせて、私をじっと見つめていた。


 え。なにこれ。どういうこと?

 振り向けば白露さんはイイ顔でサムズアップしていた。ガゼボの中が明るすぎて外が暗くなってよく見えないけど、なんとなく弘明さんと菊様も近くにおられる気がする。

 そんな関係者に見守られて光のガゼボに突っ込まれ、お付き合いをしている男性とふたりきりの状況を作られている。一体なにが起こるのか。


「雄介さん。これ一体―――」

 説明してもらおうと声をかけたけれど。


「立花 礼香さん!」

 大きな声に「はい!」と直立不動を取った。


 怒ってるのかと心配になる顔と大声で、雄介さんは叫んだ。


「あなたのことが好きです!」

「結婚を前提に、お付き合いしてください!!!」


 一息に叫び、バッと片膝をついた雄介さんは、その勢いのまま左手で支えていた花束の向きを入れ替え右手で支え左手で下のほうを持った。そしてバッと勢いよく私に突き出した。


 当の本人は下を向いてプルプルしている。見えている耳が真っ赤になっている。

 けど私はなにが起こってるのか理解が追いつかなくて「え?」「え?」と戸惑うしかできない。


「―――なに? これ」

「結婚を前提としたお付き合いの申し込みです!!」

 叫ぶ雄介さん。


「え。でも、『お付き合い』って、してる、よね?」

「『名を交わす』って、そういうことよね?」


 うろたえながらも確認すれば「そうだけど!」と怒ってるみたいな叫びがあがった。

 顔をあげないまま、雄介さんは叫んだ。


「でも、ちゃんと言いたかったんだ!」

「おれ、浮かれてて! これまで言葉にしてなかったって気付いてなかった!」

「二か月もかかったけど! 言わせてください!!」


「立花礼香さん! あなたが好きです!!」

「結婚を前提にお付き合いしてください!!」


 そしてズイッと花束を差し出した。

 せっかくのスーツがシワになるのも構わず、膝に泥がついてるのも気に掛けず、懸命に訴えてくれる。その想いに、熱に―――堕ちた。


 ああ。『恋』とは何度でも堕ちるものなのか。

 ボロボロと涙を落としながらそんなことを考えた。


 初めてはっきりと言葉をもらった。

 これまでも愛されているとは感じていた。それで私は十分うれしかったししあわせだった。ときめいていたし彼が好きだと感じていた。

 でも。

 はっきりと言葉にしてもらったらこんなに破壊力が違うのか。

 歓喜が全身を包んでいる。うれしくてうれしくて涙が止まらない。しあわせが身体からあふれてる。


 目の前の愛しいひとはまだ顔を上げない。耳を真っ赤にして震えている。花束が小刻みに揺れているのがなんだかおかしくて愛しくてまた泣けた。


「―――こちらこそ」


 ボロボロ涙を落としながら、嗚咽がもれないように両手で押さえた口をどうにか開いた。


「こちらこそ、よろしくお願いします―――!」


 ガバっと顔を上げた雄介さん。真っ赤になった顔の中、目をまんまるにしてポカンとしていた。

 けれどじわじわと口角を上げ、満面の笑みを浮かべ立ち上がった!

 あっと思ったときには抱き締められていた。ほぼ同じくらいの背丈の私達だから彼の耳が私の耳に当たった。その熱が伝わったようで全身がカッと熱くなった!


 ぎゅう。と抱き締められる。全身を雄介さんに包まれている。歓喜に震える。私も彼の背中に腕をまわし、抱き締めた。


 涙が止まらない。笑顔も止まらない。見上げれば星が一面に降っている。

 初めての抱擁がこんなにロマンチックだなんて。ああ。なんて。なんて。


「―――好きだ」

 耳に直接流し込まれるささやき。彼の声も震えている。

「私も」

 応える私の声も震えていた。


「好き」

「大好き」


「――――――!!!!」

 声にならない叫びを上げた雄介さんが私に腕を回したまま天を仰いだ。喜んでくれるのがうれしくて愛しくて、甘えて彼の肩に顔を埋めた。

 ビクリと跳ねた彼はそれでもやさしく私の肩を抱いてくれた。首元に彼の頭が埋まったのがわかった。

「かわいすぎる」「なにこの破壊力」「好き」ボソボソ言うのが耳に届いて、うれしくておかしくてクスクス笑ってしまった。



   ◇ ◇ ◇



 どうにか落ち着いたところでようやく腕をゆるめた。彼も同じようにゆるめてくれて、ぴったりとくっついていたふたりの間に空間ができた。少しさみしく感じたけれど、その空間にもふたりの愛情がたゆたっていると感じた。


 離れたことでようやく彼の顔を見れた。真っ赤な顔で、鼻と目をさらに赤くして、ごく普通の顔立ちに情けなさが加わっていた。けれどうれしいというのが顔中からあふれてて、私が好きという気持ちでいっぱいだというのもわかって、ああ好きだとまたキュンとした。


「―――ありがとう」


「えへへ」と笑った彼はやさしい目で感謝を口にした。ほにゃりとした笑みに心臓をわしづかみにされる。


「私こそ。ありがとう」

「言葉にされるとこんなにうれしいのね」


 感じたことがそのまま言葉になって出ていった。彼は「ぐう」とおかしなうめきを上げ、また私を抱き締めた。

「かわいい」「かわいい」「もう好き」「好き」


 これまで一度も言わなかった『好き』を連呼する彼。こういうの『(たが)が外れる』って言うのよね。おかしくてうれしくて私も(たが)を外してみた。

「私も」「好き」「大好き」

 背中に腕をまた回し、彼の耳にささやいた。途端。「ぐうううう!」と彼がおかしな声をあげた。

 と思ったらガバリと私から離れて、顔を両手で押さえてしゃがみ込んでしまった。

「ヤバい」「破壊力ハンパない」「小悪魔」「いや天使」「やっぱり小悪魔」


 ブツブツ言う仕方のないかわいいひとをポーッと見つめていたけれど、ふと、地面に落ちた花束に気が付いた。

 手に取って確認する。幸い(いた)みはなさそう。


「雄介さん。これ、私いだいてもいいのかしら」

 私の声にハッとした雄介さん。バッと立ち上がり「もちろん!」と叫んだ。


「ごめん。おれ、放り投げちゃった」

「傷んでないから大丈夫よ」

「―――受け取ってくれる?」

「ええ。もちろん。ありがとう」


 ホッとしたようにほにゃりと笑う雄介さん。

「もうひとつ、プレゼントがあるんだ」


 そう言ってポケットから取り出したのは――指輪ケース。

 え。もしかして。

 一瞬でのぼせ上がる私の前で、雄介さんはケースを開けた。そこにあったのは銀色の指輪。宝石がついていないことに、少し、ホンの少し、落胆した。


「―――これは?」

「お付き合い二か月記念兼クリスマスプレゼント」


 ケースを近づけて見せてくれる。シンプルな銀の輪。けれど、点滅する光に照らされることで内にも外にも細かな文様が刻んであるのか見えた。

「これなら普段もつけてもらえるかなって」


「宝石がついたのはまた別の機会に贈らせて」真摯な笑顔にまたもキュンとした。けど。


「………私、指輪しないのよ」


 戦闘になったときに邪魔だし。金属探知機通るときに引っかかるといけないし。


「これ、おれの霊力から作られてるから金属探知機には引っかからないよ」

「れいりょく?」


 なんのことかわからず首をかしげたら「金属探知機は反応しない素材だから心配いらないよ」と説明された。


「それだけじゃなくて、どこかに引っかけるとか動きを阻害するとかで、指輪って苦手なの」

「それ以前に私、指が節くれ立ってるし、太いし、指輪って似合わなくて……」


 つい指を組んでボソボソと言い訳のように言ってしまった。あこがれがないわけじゃないけれど、あんな美しくて繊細な装飾品はほっそりとした美しい指にこそふさわしい。私にはもったいない。

 と、雄介さんは指輪ケースから指輪を取り出し「手、貸して」と左手を私に向けた。

 目で訴えたけれど「右手と左手、どっちがいい?」と聞かれてしまう。仕方なく左手を出したら、迷いなく薬指に指輪を差し入れた。


 驚くことに指輪は私の指にピッタリと収まった。まるで最初からここにあったみたいに。

「なんで? だって節が――」

 そう。指の節のほうが根本より太い私は、指輪を通そうとしたら根本に収まったときにはブカブカになってしまう。そうなるとカッコ悪いし引っかけるしで、指輪は諦めた。

 なのに、なんでこんな、ピッタリに収まってるの??


「おれの霊力で作った指輪だから、おれが霊力流しながらつけたらピッタリのサイズになるよ」

「れいりょく?」

 さっきも聞いたわからない単語に、「また追々説明するね」と雄介さんは「今は気にしなくていいよ」と笑う。


「これならどうかな?」

 言われて自分の左手をまじまじと見つめる。


「―――うれしい………」

 手を広げて指輪のはまった手の甲を見つめる。なんだか照れくさい。でもうれしい。『かわいい』を身に着けられるなんて。信じられない。


「うれしい……。けど………」

 自分の手を見つめる。指輪が着いただけで途端に女の子らしく感じる手。


 これじゃあ―――この手では―――戦えない。


「……やっぱり着けるのは、やめときたい……」

「……気に入らなかった?」


 かなしそうなハの字眉になる雄介さんに申し訳なくなって首を振った。


「ううん! すごく気に入った! 素敵! うれしい!」

「けど、私が急にこんなのつけてたら、あちこちから色々言われちゃう。それに―――」


「―――この手では、私―――戦えない」


 私は護衛だから。たとえこれまでに一度も襲撃はなかったといっても。実際の戦闘は経験していないとしても。私は菊様の専属護衛として、いつでも戦える私でなければならない。

 それが私の職務だから。私は戦闘職だから。


 グッと指輪の入った手を握る私に、雄介さんは「そっか」と困ったように微笑んだ。


「ごめん。そこまで考えてなかった」

「指輪はうれしいの。ホントよ?」

「うん」


 私の左手を取った雄介さんが指輪をつまむとスルリと抜けた。呆気ないくらいに。

 元に戻っただけなのに、指輪がなくなった薬指はスカスカに感じた。


「ごめんね。おれの価値観を押しつけて」


 怒っても不機嫌になってもおかしくないのに、こんなふうに言ってくれる。やさしいひと。思慮深いひと。―――大好き。


「指輪はうれしいの」

「すごく綺麗。テンション上がっちゃった」


 あわてて正直に気持ちを伝えた。雄介さんは「うん」とやさしい目で応えてくれた。


「安倍家の戦闘職で指輪つけてる人間もいるから、あなたも大丈夫だとおれが勝手に思ったんだ」

「ごめんね。確認とればよかったね」


 どこまでも大人でどこまでもやさしい雄介さんに、自分が悪いことをしている気持ちになって泣きたくなった。


「じゃあ鎖に通して首から下げたら?」


 突然の声に思わず飛び上がった。え!? 気配感じなかった!

「は、は、白露さん!?」


「指に通しとくと――指輪した手が視界に入ると『女の子の自分』が出てきて戦えないってことでしょ? なら見えなければいいんじゃない?」


 ケロッと、いかにも『今までも話し合いに参加してました』みたいな顔で白露さんが提案する。


「それか、安倍家からもらったお守りがあるでしょ? あの小袋に一緒に入れるか、あの紐に通すかしたらどう?」


「今着けてる?」と言われたので胸元からお守りを取り出す。『必ず携行すること』と厳命されているから毎日身に着けている。


「術式はぶつからないと思うけど……やっぱり袋に入れるよりは直接肌に触れたほうがいいわよね……」

 雄介さんから受け取った指輪を右手に、小袋を左手に持って、なんかブツブツ言いながら白露さんはなにか検討していた。

 お守り袋の紐を指輪に結んだり通したりいろんなパターンを試し、結局はシンプルに紐に通しただけにした。


「ハイ。ちょっとこれで首から下げてみて」

 言われたとおりに首から下げる。

「邪魔じゃない? ちょっと動いてみて」

 言われるがままに手を横に広げたりジャンプしたり身体をひねったりしてみる。

「問題ないです」

「見たところ霊力も問題ないわね。レーカの動きも大丈夫そう。じゃあこれでいきましょう」


 そして白露さんは説明してくれた。

「これ『思念伝達』が付与されてるから。ぎゅっと握って念じるだけで坂本にメッセージが伝わるわよ」

「は?」


 なんでも今安倍家には特別なアイテムを作る『呪具師』というひとがいるという。そのひとが協力してくれて、雄介さんの霊力を使って作った指輪なのだと。雄介さんがナニヤラを取り付けた? から、私が強く念じたことが雄介さんに伝わるし、雄介さんが強く念じたら私に伝わると。ついでに雄介さんには私の居場所がわかると。


 雄介さんは『お付き合い二か月記念日』がクリスマスイブになることに気が付いていた。正確には白露さんが『お付き合い一か月記念日』をお祝いしてくれたときに気が付いた。さすが雄介さん。私は今言われるまで思いつくこともなかったわ。脳筋でごめんなさい。


 で、なにか気の利いたプレゼントをしたいと考えてくれた。ネットや店頭を色々見て回ったけれど「これ!」というものが見つからなかった雄介さん。たまたま訓練でご一緒した既婚男性に相談した。


 そのひとは奥様とペアリングをしていて、その指輪は「ふたりの霊力を混ぜて作った、世界でふたつだけのふたりだけのもの」と聞いた雄介さんが「これだ!」と思いついた。

『自分の霊力で作った世界でひとつの指輪』

 最高じゃないか! と。


「おれの霊力でも指輪作れますか!?」と聞き、呪具師の方に問い合わせてもらった。

「もう少し霊力増やせばどうにかなるかも」と言われた雄介さん。霊力を増やすためになんか色々がんばってくれて、どうにか指輪ひとつ分の霊力を「絞り出した」。

 出来上がった指輪に呪具師の方に教わりながら雄介さんが『思念伝達』の術式を刻んだ。だから雄介さんにだけ思念が伝わるし雄介さんにだけ着用者の現在位置がわかる。


「お付き合いしているひとへのクリスマスプレゼント」と聞いた呪具師の方が「プロポーズですか!」と早とちりし、テンション上がった勢いで色々つけてくれた。はあ。霊的守護と物理守護、毒耐性と運気上昇。なんですかそれ?


「細かいことは気にしなくていいの! とにかくあらゆることから守ってくれるってこと!」

「白露さん。説明が雑です」

「気にしない! とにかく身に着けときなさい!」

「はあ」


 とにかくなんかすごい指輪ができて、指輪ケースを用意して、とウキウキしていた雄介さんに、相談した既婚男性が聞いてきた。

「本当にプロポーズなの?」と。


「いえまだプロポーズは早いかと……」「でもしてもいいかなあ」照れ照れしながら「どう思います?」と雄介さんはそのひとに相談した。

 そうして出会いから最近のことまで色々話をしていった。「あなたのことを話せるのがうれしくて、かなり色々しゃべった」とかわいい自白をする彼。「デレデレとのろけまくってたわよ」と同席したという白露さんの証言。有罪ですねどうしてくれましょうか。


 そんな話をしていたらその既婚男性が「それはそうと」と聞いてきた。

「坂本さん、お相手にちゃんと『好き』って言ったの?」と。


「もう、棍棒で殴られたかと……」シュンとする雄介さん。肩も落ちて心なしかちいさくなったみたい。

 

 指摘されて初めて『好き』と言っていなかったことに気が付いた雄介さん。『好き』だけでなく、明確な異性としての好意を示す言葉をなにひとつ言っていなかったことに青ざめた。

「それでプロポーズするって、どうなの?」

「相手は結婚についてどう考えてんの?」

「完全先走りじゃないか」

「『名を交わした』イコール『結婚』じゃないでしょ」

「『好き』を相手に伝えるのが先でしょう。相手の気持ちを言葉で確認するのが先でしょう」


「そもそも『名を交わした』だけで『結婚』の約束をしたわけじゃないんでしょ?」

「はあ!?『お付き合いしてください』も言ってない!? 馬鹿なの?」

「相手のご家族へのご挨拶は? してない!?」

「自分の家族へはもちろん話してるんだよね? ―――それでプロポーズとか、馬鹿か」


「撲殺されました……」情けなくうなだれる雄介さん。白露さんは苦笑を浮かべるだけで無言に徹している。


 その既婚男性はさらに言った。

「言葉を惜しむな」

「照れくさい? 恥ずかしい? あなたの彼女への想いはその程度なのか? ならやめとけ」

「一方的な思い込みなら二次元にでも恋しとけばいい」

「ふたりでつくりあげるからこそ意味があるんだろうが」


 けちょんけちょんに倒されて、雄介さんは覚悟を決めた。

「礼香に『好き』と言う」

「『結婚を前提としたお付き合い』を申し込む」


 それができて私からオーケーをもらって、両方の家族に話をして紹介して「それからプロポーズだろう」と既婚男性に言われたと。


「だから今日は『結婚を前提としたお付き合い』の申し込みだけ」

「でも、トモさんに言われたあれこれをクリアしたら―――そのときは」


 真剣な表情で、誠実な瞳が私をまっすぐに見つめる。

「そのときは、ちゃんとプロポーズさせてください」


 もうほとんどプロポーズだとわかっていないらしい真面目な彼に、勝手に顔がゆるむのを自覚しながら答えた。

「待っています」と。

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