【番外編8】立花礼香と巡り来た春 2
神代家と安倍家の婚約のための顔合わせの翌日。
「改めまして。白露と申します。能力者ゆえ、本名はご勘弁を」
昨日も同席しておられた美しい女性が神代家にお越しになった。
三十歳の私と同年代に見える女性は護衛職とのことだったけれど、とてもそうは見えなかった。背が高く、手足も長い。胸は大きく細い腰から豊かなヒップにかけて見事な曲線美を描いている。黒のパンツスーツと踵の低い靴だけがかろうじて護衛と言えそうな気がするけれど、たおやかな微笑みも、結い上げた髪も、どこの女神が顕現されたのかと拝みたくなる。実際若い男性護衛の中には手を合わせている者がいた。呆然としているのも真っ赤になっているのも何人もいる。
けれどそんな彼らもすぐに顔を青くすることとなった。
神代家のご家族と側近の皆様、そして私達護衛を一同に集めた場所で、白露さんが「式神という目に見えない護衛を菊様におつけしました」と説明し「みえないひとでもみえるようにしますね」と軽ーく告げた。
次の瞬間。
「ひいいいい!」「うわあああ!」「ぴぎゃー!!」
阿鼻叫喚の騒ぎにも白露さんはただニコニコしていた。意外なことに菊様も平気そうにそれらをみておられた。
マンガやアニメで出てくるような鬼が、それも見目麗しいタイプではなくゴツイタイプの、三メートルはあろうかという鬼が四体、菊様を取り囲んでいた。八つの目がギロリとあたりを睥睨する。それだけで威圧に倒れそうになる。実際倒れたのも何人もいる。腰を抜かした者、泣き叫ぶ者、足元に水たまりができている者もいる。
「あらあらびっくりさせちゃったかしら。ごめんなさいねぇ」
騒然とする場に似つかわしくないおっとりとした声で白露さんがそう言った次の瞬間。大きな鬼の姿は消えた。同時に倒れていた者や腰を抜かしていた者が身体を起こし呆然としている。足元の水たまりもズボンの汚れもなくなっていた。
なにがどうなったのか聞きたかったけれど、白露さんはマイペースに話を進めていって、気が付いたら『安倍家からの特別なお守り』というのをひとりずつ手渡されていた。
「はい。どうぞ」と小袋を差し出したその指も爪も美しく、間近でみたお顔ときたら神々しいとしか言えないもので、呆然とお守りを受け取るしかできなかった。こんな綺麗なひとがこの世の中に存在するなんて。美人は菊様で見慣れれると思ったけれど、まだまだ世の中広いなあと見当違いのことを考えていた。
◇ ◇ ◇
お守り譲渡会が終了し、解散となった。けれど私は「ちょっと菊様と三人でお話させて」と白露さんに引き留められた。
「どこでお話しましょうか」との白露さんの声に「私の部屋へどうぞ」と菊様がお招きくださった。
使用人の方がお茶とお菓子を用意してくださり、護衛の顔合わせと打ち合わせが始まった。新しい専属護衛への引き継ぎだと思っていたのに、何故か世間話に終始した。
「立花さんていくつ? 三十? えー。若く見えるわねー! 私は三十二歳。これでも子供がいるのよ。立花さんは? 独身? そう! でもそうよねー。専属護衛なんてしてたらプライベートの時間なんて取れないわよねぇ」
「菊様ってわがまま? え!? わがまま言わないの!? ホントにぃ!?」
「失礼ね」と言う菊様に『おや』と思った。
いつもかぶっている『淑女の仮面』がはがれている。
本当にわずかな変化だけれど、ご家族ごきょうだいに対しても常にかぶっておられる仮面を、昨日初めて会ったはずの白露さんに対してははいでおられる。
『めずらしい』と思いつつも『この方相手ならさもありなん』と納得してしまう。
なんというか、包容力がある。さっきお子さんがおられるとおっしゃった。そのせいかも。それともまるで何十年も一緒にいたように親し気にしゃべってくれる、その雰囲気のせいかしら。
そう考えていたらすぐに次の質問が飛んでくる。ニコニコの白露さんになんだか場がゆるんで、めずらしく菊様も気を緩めておられる。私もいつの間にか肩のチカラを抜いてただのおしゃべりを楽しんでいた。
菊様のお稽古の時間になった。どちらが護衛として同行するのかと思ったら「みんなで行きましょ」と白露さんが言った。
「どんなふうに護衛しているのか教えてもらいたい」と言われたらそのとおりで、そういえば引き継ぎしないとと今更思い出した。
「姫はお着物に着替えるんですよね? 手伝いましょうか?」
「いらないわ。ひとりで大丈夫」
「そうですか? じゃあ外で待ってますねー」
さっきの雑談で菊様を「姫」呼びすることになった白露さん。なんでも安倍家では担当護衛対象が若い女性の場合「姫」と呼ぶことがあるんだそう。けれど菊様に「姫」はまさにその通りで、逆になんでこれまでそうお呼びしなかったのか不思議になった。
ついでに私のことは「レーカ」と呼ばれることになった。白露さんは「『白露』でいいわよ」と言ってくださったけれど「白露さん」で納得してもらった。
着物に着替えられた菊様を伴い駐車場へ。今日の運転手と白露さんが挨拶をし、車に乗り込んだ。白露さんは今度は運転手を質問攻めにし、けれど始終なごやかな雰囲気で、気が付いたらお稽古場に着いていた。こんなに緊張感のない車内は初めてだったとふと気が付いた。
「大丈夫よ。式神四体もつけてるし。さっき渡したお守りは『黒の姫様』のものだから大概のモノからは守るわ」
私の考えを見透かしたらしい白露さんがにっこりと微笑む。
「レーカはえらいわね。常に危険を想定してるのね。護衛の鑑だわ」
「―――!」
そんなこと初めて言われた。私は『非能力者』だから『能力者』と違って危険察知能力が低い。そのことをあげつらわれたことはあっても、そんなふうに褒めてくれるひとなんていなかった。危険を想定して動くのは護衛には当然のことで、そのことをいちいち取り上げるひとなんていなかった。
「私が最初に護衛職に就いたときに言われたことなんだけどね」やさしいまなざしで白露さんが話をしてくれた。
「護衛がしっかりと安全に気を配っているからこそ主は安心して行動できる」
「けど護衛が必要以上にピリピリしてたりイライラしてたら、主にはストレスじゃない?」
「締めるところは締める。けどそれを主に悟らせない。『いつもどおり』をつつがなく『いつもどおり』に送ることが、護衛に求められていることだって教わったわ」
「レーカはそれができている」
「だから姫は貴女を手放さなかったのね」
白露さんの言葉に、まなざしに、なんだか胸がいっぱいになった。これまでの努力を認められた気がした。それでもつい、卑屈な気持ちが顔を出した。
「………最初に就いた護衛だから、変えるのが面倒だっただけじゃあ……」
そう反論すれば「あら」とおかしそうに目を細めた白露さん。
「気に喰わない護衛だったらすぐに変えるわよ」
「気に入ってるから手放さなかったんでしょ?」
その言葉に、不覚にも目頭が熱くなった。これまでの十三年間が報われた気持ちになった。
グッと歯を食いしばって涙をこらえる。白露さんはそんな私の背中にそっと手を添えてくれた。
「胸を張って。貴女は素晴らしい護衛よ」
「姫が手放さない、素敵な護衛よ」
「―――はい!」
どうにか答えたけれど声が震えていた。白露さんの笑顔につられて笑顔が浮かんだ。
◇ ◇ ◇
私もお茶のお稽古には同席する。白露さんは今日は見学。「次回からはご一緒させてください」って先生にお願いしていた。
そのままご自宅に送り届けようとしたら「時間あります?」と白露さんが言い出した。
「護衛の皆さんに私の実力見せときたいんですけど」
「いえもう十分に拝見したとおもうんですけど………」
先程の阿鼻叫喚を忘れたのかとそう言ったら「それはそれ。これはこれ」と反論された。
「『能力者』として式神を使役したり回復や浄化を使えることはわかったと思うけど」
回復? 浄化? 運転手とふたりでポカンとするのに気付いていないらしい白露さんはマイペースに話を続ける。
「やっぱり護衛職といえば物理戦闘でしょう。物理でどれだけ戦えるか、皆さんに理解しておいてもらいたいの」
「………白露さん、物理戦闘できるんですか?」
思わず問えば「ほらね!」とプンプンされる。
「ほとんどのひとは私が物理戦闘できないと思うらしいのよ! なんでかしらね!?」
そりゃあ女神もかくやのたおやかな女性が物理戦闘職なんて誰も思いませんよ。
『非能力者』の私は物理戦闘しかできない。だから学生の頃から武術も護身術護衛術も学んできた。おかげで手はゴツイし体つきも女性らしさとは無縁。ところが白露さんときたら手は美しいし体型はスーパーモデル並みだし、なにより雰囲気がやわらかい。とても殴る蹴るをするなんて思えない。
『能力者』の中には不思議な術が使える者がいると聞いたことがある。有名なのは安倍家を代表する陰陽師が使うお札。なんかピッて投げたら爆発したり捕縛したりするって。白露さんも安倍家のひとだからそういうので護衛するんだと思ってました。
「私けっこう強いのよ? 一番得意なのは剣だけど、無手だってそのへんの子には負けないんだから!」
「「……………」」
運転手と思わず顔を見合わせる。赤信号でよかった。
「白露がここまで言うんだから。護衛の訓練場に行きなさい」
結局菊様の鶴の一声で行先変更になった。あちこちに連絡をし、訓練場へと車を走らせてもらった。
私の連絡を受けて任務中の者を除いたほとんどの者が集まっていた。さっき神代家で痛い目見せられたばかりの美女に全員が注目する。
「改めまして。安倍家から菊様の護衛として派遣されました。白露と申します」
たおやかな美女の挨拶にデレッとする者、なんでここにと不審顔の者、色々な反応をする屈強な者達に囲まれても白露さんはマイペース。
「今日は私の実力を菊様に見ていただきたくて参りましたの。皆さん、対戦相手をお願いしますね」
『そう言われても』みたいな雰囲気をもろともせず、白露さんは「早速はじめてもいいですか?」とニコニコ。
「ええと、なにを―――」仕方ないと言うようにひとりが声をかけた、その瞬間。
ダン!
一瞬で間合いを詰めた白露さんが声をかけた男を背負い投げで床に叩きつけた! と思った次の瞬間には背中の上に乗り制圧が完了している。
「「「―――え?」」」
「まずひとり」
ニッコリと微笑んだ白露さん。女神のようなのに、何故か牙を剥いた虎がその背後に見えた気がした。
◇ ◇ ◇
訓練場にいた人間全員足腰立たない状態にした白露さんに、全員で「参りました」と土下座した。もちろん私も。
本当に物理戦闘しか使わなかった。間合いを取るのがうまい。動きが速い。的確に急所を突いてくる。勉強になることしかない。
死屍累々となった私達全員に回復という術をかけてくれ、怪我も疲労も治してくれた白露さん。「ついでにこっちの実力もみせとくわね」と霊力をちょぴっと開放された。らしい。また卒倒者が出たので回復してもらう。いつも威張り散らしている『能力者』達が小さくなって借りてきた猫のようになっているのはどこか痛快だった。
実力を見せつけて上下を教えて「終わり」かと思ったら、白露さんはそれぞれのいいところ改善したらいいところをアドバイスしてくれた。修行方法も教えてくれ、実際にやってみせてくれわかりやすく解説もしてくれた。目から落ちたウロコで床がうまるんじゃないかと思った。
今回白露さんが制圧したのは無手での戦闘だったけれど「本当は剣が一番得意なの」と披露してくれた。式神という人形みたいなのを出しての模擬戦。映画のアクションシーンさながらの剣戟に大盛り上がりになった。
「みんなまだまだ強くなれるわ。がんばってね」なんて声をかけられ、全員で「ありがとうございましたぁ!」と頭を下げた。
興奮のまま菊様をご自宅に送り届け、ご当主様に報告をした。
あの強さとカリスマを目にしたからか、菊様も白露さんを随分とお気に召したらしい。これなら問題なく引き継ぎできるとホッとした。
◇ ◇ ◇
それからは菊様がお出かけされるときは私と白露さんがつくこととなった。
咲良さんはもういなくなっていたので車の座席はあった。
あれだけ目立つ長身美女なのに、護衛についた白露さんは不思議なことに存在がほとんどわからない。「気配を消してるからね」とおっしゃる。「護衛をつけてますよ」と目立つことで抑止力とすることも必要だけど、主が少しでも護衛を気にしないで過ごせるように時と場合によって気配を消すこともあると教えてくれた。その言葉のとおり、男性が突撃してくるようなパーティーのときは存在感たっぷりに『寄ってくんな』アピールをしていた。空気感だけで場を制することができるなんてすごい。これがホンモノの実力者だと震えた。
『ホンモノの実力者』が菊様についた以上、私はお役御免だろう。いつ解任されるのかと思っていたある日、声をかけられた。
若旦那様の側近のひとり。兄の同僚。数年前の私が見合いをする予定だった男。けど話は立ち消えになって、それ以降関わることがなかった。その男が何故か突然話しかけてきた。偉そうな態度で。
「おまえいつまで菊様の護衛やってるんだ」
このひとはいつもこう。上から押さえつけるような喋り方をする。
「待ってやってるんだから。さっさと辞めて嫁に来い」
「……………は?」
なんの話かと思ったら、どうもこの男、私と結婚するつもりらしい。
「お話は流れましたよね?」と言ってみたが「保留になっただけだろう」とのたまう。
「……………父に確認しますので、お返事は後日とさせてください」
そう言って立ち去ろうとしたら「待て!」と騒ぐ。迷惑な。菊様を送り届けたあとでよかった。あ。だから声をかけてきたのか。
「お前みたいな三十女、今から嫁に行けるわけがないだろう」「俺がもらってやるって言ってるんだからさっさと言う通りにしろ!」
身勝手な言い分。誰か通ってくれないかと廊下を見回したけれどあいにく誰もいない。
「私の一存では決められません。菊様とご当主様に言ってください」
「お前が一言言えば済むことだろう!?」
話の通じない男にどうしようかと思っていたら。
「レーカー!」白露さんが現れた! え。いつの間に!?
「んもう! どこに行ってたのよ! さ。打ち合わせするわよ!」
ぐいぐいと私の腕をひっぱり足早に立ち去らせてくれた。突然現れた美女に男はポカンとしたまま。あっという間に神代家近くの喫茶店に連れて行かれた。
「レーカは何にする? おごるわ! 私コーヒー。このケーキセットもたのんじゃおうかしら。あらこっちのパフェも捨てがたいわね」
あれよあれよと注文した品が届き、あれよあれよと話を聞いてもらった。
「ふーん。じゃあ、『結婚話』だけで実際お付き合いしたわけでも婚約したわけでもなく、お見合いすらしてないってこと? なのになんであの男あんなに自信満々だったの?」
「さあ……………」それは私が聞きたい。意味わかんない。
「なーんか………」
白露さんは美しい顔をゆがめ、吐き捨てるように言った。
「『勘違い男』のニオイがプンプンするわね」
「ぶっ!」
あまりのナイスネーミングに思わず吹き出してしまった。口の中の飲み物を出さないように咄嗟に止めたのでおかしなところに入った。ゲッホゲッホとむせながら今度は笑いが出てきた。
「『勘違い男』って………! 白露さん、センスいい!」
「でしょ?」白露さんもクスクス笑う。
「レーカはあの男どう思ってるの?」
「どうも思ってないですよ。むしろ嫌いですよ。ていうか、今日会うまで存在すら忘れてました!」
「でもあっちは嫁のつもりでいるわよね。怖っ! ちょっと。関係各所に報告しといたほうがいいわよ」
「護衛職相手に無体なことするとは思えないですけど」
「それをやるのが『勘違い男』よ!」
「そうかも!」
ふたりでキャッキャと男をこきおろし、ケーキを追加しておなかにおさめ、笑って笑って最後は笑顔でお店を出た。
◇ ◇ ◇
一人暮らしの部屋に戻り、父に連絡を取った。「顔を見て話をしよう」と呼び出され実家に行くと、両親と兄夫婦が待ちかまえていた。
やはり私の結婚話は六年前の時点で消えていた。菊様が「私を専属護衛からはずさない」と宣言されたことで『当面の結婚は無理』と誰もが判断。そりゃそうよね。専属となったら主中心の生活になって家庭をかえりみることなんてできないもん。だから先方にも「このお話はなかったことに」と伝えてあるという。そもそも私とあの男に結婚話が出たのは兄の主である若旦那様から。独身の側近を心配し、別の側近の妹が独身だから「くっつけたらいいんじゃね?」と軽い気持ちでおっしゃっただけ。けれど他ならぬ若旦那様のかわいいかわいいお嬢様のわがままで私は専属護衛を続けることになった。当然若旦那様も「ごめんね?」とこの話を「なかったこと」としてあの男に伝えておられる。当時同席したという兄が証言した。
ならなんであの男はあんなトンチキな言動をしたのか。
どうもこの六年、見合いをしては断られているらしい。まあね。あの俺様な言動じゃあ女性のココロはつかめないよね。
若旦那様やご当主様、他の側近達の前では従順な側近らしい。それ多分「強いものには巻かれろ」なヤツ。そう言ったら「『長い物には巻かれろ』だ」と注意された。注意するとこそこなんだ。
で、連戦連敗の現状にあちこちから苦言を呈されているところに菊様の婚約者選定騒動が起こり、安倍家から専属護衛が来た。「ということはあの女は職を辞すはず」と考えた男。なんか自分の中で壮大なラブストーリーを作り上げ、今日に至ったと思われる。
「あいつ、数年前から若旦那様にちょいちょい言われてるんだよ。『もういい歳なんだからそろそろえり好みせずに結婚しろ』って。ほら。他の側近はみんな結婚して子供がいるから」
それはマリハラというやつでは? パワハラかしら?
「で、言い訳として『以前ご紹介いただいた菊様の専属護衛がお役御免になるのを待ってる』って言ってる。そのうちに本当にそうだと思い込んじゃったんだろうな」
「………とんだ『勘違い男』ね………」
いい迷惑だわ。
「ちなみにだが」兄がうかがうように声をかけてきた。
「お前はあいつのことどう「一回死にますか?」ごめんなさい」
「念の為の確認だよ!」とわめく兄に冷静に答える。
「『若旦那様の側近』『兄の同僚』としか認識してない」
「異性としては?」
「嫌いなタイプ」
六年前はただの顔見知りだったから何も思わなかった。けれど菊様のお言葉を受け、気になって注意して見るようになった。そしたらヤツはクズだった。
自分より強い相手にはこびへつらい従順にしているけれど、後輩や女性職員に対しては傍若無人な態度。「俺は若旦那様の側近だぞ!」が決め台詞。何度か偶然そんな場に遭遇し、クズに傷つけられたひとのアフターケアをした。と言っても缶コーヒー渡して「気にすることないよ」って言うくらいしかできなかったけど。
「正直私を出した若旦那様に怒りを覚えてる」
正直な気持ちを伝えたら両親も兄夫婦も納得してくれた。
「まあ家はおれが継ぐし、ウチは政略を結ぶ必要なんてないし、おまえはおまえのタイミングで結婚したらいいよ」
「菊様の専属護衛だっていつ解任してもらえるかわからないしな」
兄の言葉はもっともだ。両親も義姉も「自分の好きなひとと結婚したらいいよ」「今の時代独身をつらぬくひとだって多いんだから、あんまり気にしなくていい」と言ってくれる。いい家族に恵まれた。
「とはいえ、あいつの動向はちょっと気になるな。暴走しないよう釘を刺して、念の為に若旦那様と社長にも言っておこう」
『社長』というのは私達神代家の護衛職運転手が籍を置いている会社の社長。人事権は一応このひとが持っている。らしい。それにしては菊様の意向が反映されまくってますが。
ガタイのいい『いかにも護衛職』といういかつい顔つきの兄に釘を刺されたらあの文官はすぐ尻尾を撒いて逃げるだろう。
「お願いします」と頭を下げ、久しぶりの母の料理に舌鼓を打って帰った。