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久木陽菜の暗躍 108 菊様とヒロさん

ひな視点です

【番外編4】【番外編5】【番外編6】で語れなかった部分のおはなしです

菊とヒロが結ばれる過程でなにがあったか、お楽しみくださいませ


 菊様とヒロさんが婚約することでまとまった。

 やれやれ。大変でした。まさかヒロさんがあそこまで(かたく)なとは。

『十四歳まで生きられない』という宣告は、それだけ幼い彼にとって衝撃で、長年彼を(むしば)んできたということ。


 安倍家のご当主様もねえ。なにも本人の前で言わなくても。

 とはいえ当時ヒロさんは二歳。保護者の皆様にくっついている年齢。主座様は二歳でも中身おじいさんだったから同席していらしたし、そもそも『主座様』なので報告義務があった。

 だから「ハルとふたりであっちで遊んでて」ができなかったらしい。「ハルが聞くならぼくも」と同席を望んだと。まあそうなりますよね。


「子供なら意味がわからないだろう」と思われたんだろうなきっと。実際普通の子供なら問題なかったでしょうね。

 けどヒロさんは生まれたときから主座様とずっと一緒で、物心つく前から影響を受けていた。また主座様が優れた教育者でもあるもんだから、普通の二歳児よりも賢かったんですよね。本人の生まれ持った資質もあるとは思いますが。


 おまけに彼は『絶対記憶』なんて特殊能力持ち。言われた言葉も、まわりの大人達の反応も、ぜーんぶ記憶していた。

 そして何度も何度もそれを思い出しては苦しみもがいていた。こうなると『絶対記憶』も良し悪しですよね。


 そもそもヒロさんに特殊能力があると気付かれたのは彼が五歳になってすぐ。

 四歳になってようやく他の霊玉守護者(たまもり)に個別に会えるようになったヒロさん。トモさんのところに出入りしていたときに「なんだかえらく覚えのいい子ねえ」と気が付いたトモさんのおばあさまが「ちょっと視て」くださったことにより発覚した。


 だからと言って、まさか二歳のあのときのことを覚えているとは誰も気付いておられなかった。その頃はとにかくヒロさんが生き延びられるようにと全力を注いでおられたときで、どなたもが気付く余裕はなかった。千明様ですらも。


 そうして幼いヒロさんは悪夢にうなされるように昔の記憶に恐怖し、それを振り払うべく厳しい修行を重ねた。厳しすぎる修行にくじけそうになり、それでも『死』への恐怖から投げ出すこともできず、文字通り死に物狂いで修行を重ねる日々を送っていた。


 そのせいで『普通の感情』を一部欠損してしまっている。いつ死ぬかわからない恐怖と陰陽師の厳しい修行が彼に独特の死生観を植え付けた。ヒロさんには執着心とかこだわりとか恋愛感情とかがない。唯一『大切なもの』『守るべきもの』はナツさんだった。『自分のせいで母親を奪ってしまった罪悪感』から「ナツを守らなけれぱ」と思っていた。

 そして安倍家主座様として君臨する主座様と、主座様に従う保護者の皆様を一番近くで見てきたことで、自然と側近としての心構えや態度が身に着いた。そのせいで自分のことよりも主座様や安倍家を優先するようになり、余計に『自分』が薄くなった。周囲の期待に応えることを第一に考えるようになった。


 なんでしょうね。水属性特化はそうなりやすいんですかね。ああそうですか。雨や海、川などどんな形にもなり、どんな器にも納まる水を体現するように他人に合わせるタイプが多いんですか。ほんと竹さんといいヒロさんといい、控えめなのに生真面目な頑固者は手に負えませんね。


 そんなヒロさんだから、三歳で出会った菊様に惹かれていても自覚がなかった。自分は主座様の従者だから。菊様とは身分が違うから。自分は十四歳までに死ぬから。『幼すぎた』という面もあるけれど、それ以上にヒロさんは常にいっぱいいっぱいだった。『恋』も『愛』もヒロさんには感じる余裕はなかった。

 その反動なのかコイバナは好き。けれどそれは子供が龍や妖精にあこがれるようなもので、この世に存在しないからこそのあこがれ。自分には絶対に手に入れられないものだからこそあこがれていた。



 中学二年生になる前の春休みでヒロさんの余命宣告はくつがえされた。その喜びのままに霊玉守護者(たまもり)達と遊びまくった。そのまま中学生らしく健全に遊んでいたらいつか恋ができる精神状態になったかもしれないけれど、晃を父親に逢わせるために尽力してくださったためにまた余裕がなくなった。

 今回資料を読み込みあれこれ問い合わせてわかったけれど、とても中学生にやらせるような仕事内容と量じゃなかった。安倍家の教育はスパルタ方式なのだと身震いした。ウチの中学校で説明会開いてくれたとき、ヒロさんは涼しい顔をしてこなしていた。けれどそのためにどれだけの時間と努力を重ねていたのか今回知って、改めてわんこと頭を下げた。ほんとありがたい。今度ウチの父にも頭下げさせます。


 そのままの勢いでスパルタ教育は加速され、ヒロさんは優秀になっていった。けれど反対に情緒面は欠損したまま。誰に対しても同じように好意を持ち、誰かを特別に好きになることはなかった。彼にとって特別なのは家族と霊玉守護者(たまもり)達だけで、他は『一律同じ』でしかなかった。


 だから気付かなかった。

 菊様に対する感情が『何』なのか。



   ◇ ◇ ◇



 千明様はヒロさんがちいさい頃から彼の気持ちに気付いておられた。保護者の皆様と「ヒロって菊様のこと好きよね!?」と情報を共有し、ほほえましく見守っておられた。

「だってガン見してたもん」とは千明様の言。手足の緊張度合いや笑顔の固さから「感情は読める」と。有名お嬢様学校ではそんなことまで教わるんですか。恐ろしいですね。

 けれどヒロと菊様では「立場が違う」「家柄が違う」から「『好き』でもどうにもできないよねえ」と皆様諦めておられたと。だからこれまでにヒロさんにその気持ちの名前を教えなかった。


 けれど今回菊様から「ジジイが婚約者を探している」とお伺いした千明様に、ぺかーっと天啓が降りてきた。

「今ならヒロはお相手になれる!」と。


『安倍家次期当主補佐』の肩書は京都社交界では絶大な効力を示す。それほどに『安倍家』は知られ恐れられている。丁度ヒロのお相手も探さなきゃって話していた。菊様なら能力的にも家柄的にも問題ない。そもそも『姫様』のお相手になれる相手となると限られる。ヒロなら問題ない。ヒロは昔から菊様好きだし。菊様も知らない相手よりはヒロのほうがいいはず。もうこれしかない! ―――と。


 肝心の菊様のお気持ちだけど―――私達にはわかってしまった。

 精神系能力者の私とコウ。人間観察に優れた保護者の皆様。長いお付き合いの守り役様達と主座様。多分梅様もお気付きになられた。

「ヒロはどうですか?」と提案されたあの一瞬。悲鳴を上げるヒロさんの反対側で、菊様がその大きな目をさらに大きく見開かれたのを。その頬がいつもよりもほんのわずか朱く染まったのを。動揺か緊張か羞恥か、一瞬肩に力が入ったのを。まとう空気に歓喜の色が差したのを。あまりにも激しく動揺し文句を言うヒロさんに、スンッと引いた、その落胆を。


 その反応に、私まで動揺してしまった。

『あっれぇえ!? 菊様、そうなんですかああ!?』喉から出そうな声を必死で飲み込み口を押さえる私。隣のわんこも両手で口を押さえている。晴臣さんとアキさんは目配せしあっているし、主座様はなにやら計算をはじめておられた。緋炎様と蒼真様はなんだか楽しそうに、黒陽様はあたたかいまなざしで菊様を見つめておられた。直属の守り役様は、周りにお花畑飛んでるみたいなキラキラ笑顔で(あるじ)に声をかけたがっておられた。

 最終的に菊様が引いてしまわれたときにはヒロさんよりも白露様のほうががっくりしておられた。無くなったはずの耳と尻尾がしょぼんと下がっているのが見えた気がした。



   ◇ ◇ ◇



 その日の夜。

『菊様婚約者選定騒動』についての話し合いが行われ、主座様が神代家のご当主と面談すること、ヒロさんの神宮寺農園のお手伝いは土曜日までとすることが決まった。

 解散になり菊様は転移でご自宅にお帰りになり、安倍家の皆様も転移陣の扉を通って立ち去られた。

 残ったのは離れに寝泊まりしている私とコウ、守り役の皆様。


「あ゛ーーー!!!!」

 私達だけになった途端、白露様が叫ばれた。

「もう! 姫ったら! 言えばいいじゃない!『ヒロをちょうだい』って!」

「いつも迷惑なくらい傍若無人なのに! わがままで勝手なのに!! なに遠慮してるのよ!!」


「それだけヒロの気持ちを(おもんばか)っておられるのだろう」黒陽様がたしなめられる。

「素晴らしい(あるじ)ではないか。自慢こそすれ、怒るのは間違っているぞ」

「そうかもしれないけど!!!」


 白露様白露様。美しい御髪(おぐし)がぐちゃぐちゃになってますよ。

「まあねえ」と緋炎様も苦笑で肘をついた手に顎を乗せられた。

「ヒロはああいう子だからねえ。さすがの菊様も強く言えないわよねえ」


「『ああいう子』って?」

「命令されたらたとえ本当は嫌でも素直に従うタイプの子」

「あー。なるほど確かに」


 緋炎様の説明に質問した蒼真様も納得される。


「わかるわよ!? わかるけど! それでも一言でも言えばいいじゃない!『私はヒロでもいいわよ』とか『いやじゃないわよ』とかくらい、言ってもいいと思わない!?」


 さすが長年の守り役様。菊様のモノマネがお上手。


「ヒロは菊様のこと、どう思ってるんだろうねえ」

 蒼真様の素朴な疑問はコウに向けられていた。精神系能力者のコウならわかるんじゃないかと期待してのお声がけのようだけど。


「『好き』は『好き』みたいです。けど………」

 わんこが言葉を探しながらどうにか言葉をつむぐ。


「………ヒロって、恋愛的な思考回路が育ってないっていうか、断絶してるっぽいんです」

「コイバナは好きなんですけど、その『恋』を『自分にもあり得ること』だと知らないっていうか、考えたことがないみたいで」

「ヒロって、これまで修行修行仕事仕事って忙しすぎて、他に目を向ける余裕がなかったんですよね」

「これまでも女の子からたくさん告白されてるけど、全然興味ないっていうか『なんでそんなこと言ってくるのかわからない』って言ってたことがあって」

「多分、ヒロにとっての『恋愛』は、タカさん達がお手本なんです」

「『半身』独特の、強く惹かれあう恋。互いに求め合う恋。『目が合った途端にわかる』『堕ちる』もの」

「だから、いわゆる一般的な恋愛――なんとなく『いいな』って感じる程度の恋や、いつの間にか好きになっていたとか、そばにいるだけで落ち着くとか、一緒にいて楽しいみたいな、そういう恋はヒロには理解できないんだと思います」


 わんこの解説に守り役様達は一様に脱力された。

「ヒロ………普通の男の子だと思ってたのに………」

「めんどくさいヤツだったんだねえ……」


 ぼやいていた蒼真様が「あれ? でも」となにかに気付かれた。


「マンガやアニメでそういうのあったよ? ヒロ、そういうのにも『キュンキュンする!』って喜んでたよ?」

「それは『最終的に結ばれる』と知っているからでしょうね。『このふたりは恋をする』と答えがでているからこその『キュン』でしょう」


 蒼真様のツッコミに分析して答えれば「めんどくさいヤツだなあ」と呆れかえっておられた。


「竹さんと一緒ですよ」

「竹さんも最初、トモさんのあの『好き好き光線』を受けても何も気付かなかったでしょう? 気付くだけのココロの余裕がなかったから気付けなかった」

「ヒロさんも同じです」

「『恋愛』に割けるだけの余裕がないんでしょう」


 そう分析すれば白露様が「あ゛ーーー!!!!」と叫び突っ伏してしまわれた。


「そんなの何年かかるのよ!? その間に姫、嫁に出されちゃうじゃない!」

「『女王』を嫁にできるだけの男がどこにいるのよ」


『だから心配するな』と励ます緋炎様に白露様は食って掛かる。

「ウチの姫の猫かぶりを甘く見ちゃだめよ! 完ッ璧に猫かぶるからね! そりゃもう迷惑なくらいに!!」

 真に迫ってますね。相当苦労させられてますね。ご愁傷様です。


「ねえ晃。どうにかヒロの『恋心』を育てることはできない? せめて姫の気持ちに気付かせることはできないかしら」

 白露様に真顔で迫られウチのわんこもタジタジだ。

「うーん、どうかなあ」といいながらこちらに目を向けてくる。《たすけて!》って、どうしたらいいのよ。


「端から見たら『両片思い』っぽくて楽しくはありますけどねえ」

 そうつぶやけば「楽しくないわよ!」と叱られた。


 と、ふと思いついた。

「これまでの五千年に、菊様が『好き』になったひとっていたんですか?」

 これまでの五千年どう過ごしてこられたか、大まかな話は聞いていた。『災禍(さいか)』に対抗するための策を練るために細かいところまで色々聞いたけど、恋愛関係は聞いたことがない。なので、純粋な好奇心で聞いてみた。


「菊様はこれまでずっと『名家の姫』として生まれ落ちてこられたと聞きましたが、彼氏とか婚約者とか、いなかったんですか?」


「いたわよ」

「ええ!」「どんなひと!?」

 あっさりとした守り役様のお答えに思わず前のめりになった。そんな私達に守り役様は苦笑を浮かべられる。


「『二十歳まで生きられない』ってわかってたから、家同士の婚約者とはまあ普通におつきあいをしてたわ。たまに男性から熱烈に言い寄られることがあって、そんなときは余程嫌じゃなければおつきあいしてたわ。もちろん身体の関係になることもあった」

「てことは、何人もおつきあいしてらしたんですか」

「そうねぇ。―――て言っても、その生涯ではひとりとかよ? 一生涯で何人もおつきあいしたことは―――家同士の婚約が破棄になってとか、恋人が先に死んで、とかのときくらいかしらねえ」


 なんですかめっちゃ詳細聞きたいんですけど! ヲタク心くすぐられまくりなんですけど!!

「えー! まさか菊様にそんなラブロマンスがあったとは」

「私が言ったって言わないでね? バレたら怒られちゃう」


 人差し指を唇に当てた『ナイショ』のゼスチャーをされますが、そんな話白露様以外知るはずないんで、もれたら一発で犯人バレますよ?


「そのひと達に対して菊様は好意を示してたんですか?『好き』とか『愛してる』とか言ったり、イチャイチャしたり」

「そういうのはあんまりないわねえ」


 どうも『どうせすぐ死ぬから』と『一時の恋』と割り切って楽しんでおられたみたい。まあそうなりますよね。そう考えると『二十歳まで生きられない』というのはなかなかにツライ『呪い』ですね。


「そうねえ………。『ココロを預ける』ほど姫が愛したのは、多分『あの子』だけね」

 ぽつりと、どこかさみしそうに白露様が微笑みを浮かべられた。


「『あの子』?」

「どんなひとだったんですか?」

「『黒』の子だったの。黒陽さん、覚えてない? この『世界』に『落ちて』最初に竹様が生まれ変わったときの従兄(いとこ)だった」

 言われ、しばらく考えていた黒陽様は「ああ」とうなずかれた。


「そうだったな。あいつには菊様も随分とココロを許しておられた」

「え。なにそれ。ぼく知らないんだけど」

「私も初耳ね。そんなことあったの」


 わいわい盛り上がる守り役様達。

「あの子はねえ。姫が死んでも『生まれ変わるまで待つ』って言ってくれて、姫が生れ落ちたらすぐに私と一緒に迎えに行って、一緒に育ててくれて。

 結局三度の生を共に過ごしてくれたの」

「そんなに長くそばにいたのか」


 驚く黒陽様に白露様はやさしい笑顔を向けられた。

「黒陽さんの育て方がよかったのね。やさしくて、頼りになって、ほんといい子だったわ」

「あの子にだけは姫も甘えて。あの子の前でだけは普通の女の子になれて。―――また逢えないかってしばらく探してたんだけど、結局見つけられなかったのよねえ」


「残念だわ」とこぼす白露様。その目が潤んでおられる。

 なんとなくしんみりした空気になった。


「―――そういえば―――」

 そんな空気の中、コウがぽつりとつぶやいた。


「ヒロも『黒の一族』の生まれ変わりなんだよね」


「「「は?」」」


 ポカンとする守り役様達に、わんこがごく当たり前のことを告げるように言った。


「なんか竹さんが高間原(たかまがはら)にいたときの従兄だったらしいですよ?」

「だからでしょうね。竹さん、ヒロには最初から警戒度が低かったたって」

「元とはいえ『黒』の王様候補だったヒロなら、菊様のお相手にも十分だと思うんだけど………」


「ずーっとずーっと前のことはノーカンかなあ」そう首をかしげるわんこ。

 だがおまえ。なんてことを。


 スパーン!


「痛いよひな」

「阿呆! 個人情報を勝手に明かすな!」「堂々としすぎてて逆に止められなかったわ!」

「別に白露様達なら言ってもいいじゃない」

「そういう問題じゃない! 本人の記憶もないのに『昔こんなひとでしたー』なんて明かしてもどうしようもないでしょう! 逆におかしな先入観を植え付けることになって、本人にとっても周りにとっても良い結果にならないでしょう!」

「ひなだってこの前竹さんのご両親が『黒の王』とその奥様だってバラしてたじゃないか」

「それは必要だと判断したからバラしたの!」


「再教育だ! 個人情報管理について徹底的に教育しなおしてやる!」

「そんなぁ!」


 駄犬の首根っこをつかみ立たせようとして、ふと白露様の様子に気が付いた。わなわなと震えておられる。虎のときだったら多分毛が逆立ってる。

 そして黒陽様までお目目まんまるで固まっておられる。―――あれ。まさか。いやそんな、漫画みたいな。あれ? これ、フラグですか?


「―――『ヒロ』なの!?」

「黒樹殿なのか!?」

 おふたり同時の叫びに緋炎様蒼真様もびっくり顔。


「なにそれ!? そんなことあるの!? あんなに探したのに!!!」

「どれだけ『黒の一族』が(つど)っているんだ。なにかのお導きか? 陰謀か?」

 叫ぶ白露様とブツブツ言う黒陽様。


「なんか竹さんを喜ばせたかったらしいです」「だからバラすな」駄犬を殴るも一向に効きやしない。


「なんでそんなこと晃が知ってるの!? 誰から聞いたの!?」

 一瞬で詰め寄りコウの襟首をつかむ白露様。ガクガク頭を揺らす阿呆が喋れないので代わりに私が説明する。


「………実は、あの『まぐわい』で『つながり』ができてしまいまして……。あれからなにかと神様方が裏話暴露しに来られてるんです」

「「「はあぁぁあ!?」」」


 一様に驚く皆様。ですよねー。びっくりですよねー。私もわけがわかりません。

 なんの予告も予兆もなく、突然夢で『つながる』。で、あれやこれやと情報開示オッケーと判断された、これまで言いたくても言えなかったあれこれを暴露される。「やっと言えた!」とあちらはスッキリされてるみたいだけれど、バラされたこっちは頭抱えるしかできない。ある程度は菊様や主座様にご披露するけれど、こんな『ヒロさんは高間原(たかまがはら)で竹さんの従兄だった』とか『ウチのふたりの兄が高間原(たかまがはら)で黒陽様の息子だった』なんてネタ、本人に前世の記憶がないのにどうしろというんだ。他にも歴史の真実とか余所の『世界』の愚痴とか喋りたいだけ喋っていかれる。カウンセラーにでもなった気分ですよ。


「てことは、本当にヒロが『ヒロ』なの!? また逢えたってこと!?」

 興奮される白露様だけど。


「私は白露様のおっしゃる『ヒロ』さんを存じ上げないので断言はできません」

「私達が聞いたのは『ヒロさんは高間原(たかまがはら)で竹さんの従兄だった』ということだけですので」


 はっきりしている事実だけを述べたのだけれど「それだけ聞いたら十分よ!!!」と白露様はテンション爆上げになってしまわれた。


「こうしちゃいられないわ! すぐに姫に報告を――」「待って待って待って」

 飛んでいきそうな白露様をどうにか押さえる。


「ヒロさんには前世の記憶がないんですよ?」

「関係ないわ! 記憶があろうとなかろうと『また逢えた』ことが重要なんだから!」

「そうかもしれませんが、それって『今のヒロさん』をないがしろにすることにつながりませんか?」

 私の指摘に白露様の勢いがピタリと止まった。


「『今のヒロさん』と『今の菊様』が結ばれることが大切なんです。でなければ、たとえ結ばれたとしても幻影と結ばれるようなものです」

「そんなの、どちらにとっても不幸ですよ」


 私の説得に白露様は黙ってしまわれた。黙ったまま、しおしおと着席され、しおしおとうつむかれた。


「だって……………『ヒロ』といるときの姫は本当にのびのびしてしあわせそうだったのよ」

「別れてからもずっと探してたのよ」

「何百年も見つけられなくて、あきらめちゃって、そのうち私も忘れちゃってたけど」

「姫が『今の姫』になれたのは、『ヒロ』のおかげなのよ」

「また逢えたなら、添い遂げさせてあげたいのよ」

「あの頃の『しあわせ』がまた手に入るなら、その可能性が少しでもあるなら、叶えてあげたいのよ………」


 べしょべしょと言い訳だか文句だかわからない泣き言をおっしゃる白露様になんと声をおかけすればいいのかわからない。


 そこに声をかけたのは蒼真様。


「前世とかなんとかは別にいいじゃん」

「要はヒロと菊様くっつければいいってだけでしょ?」


 シンプルなご意見に「確かに」と誰もが納得してしまった。


「菊様はヒロのこと好きっぽかったからまあ大丈夫だろうから、問題はヒロだね」

「晃とひなでどうにかできない?」


 蒼真様のご指摘に「うーん」と頭をひねる。


「たとえばトモみたいに前世の記憶思い出させるとか」

「それが、神様方がおっしゃるに、『絶対記憶』保持者はその(せい)で得た記憶を完全消去されるそうなんですよ。でないと情報容量過多になっちゃうって」


「そうなの!?」「そんなことあるの!?」と守り役様達が驚かれる。ですよね。私もびっくりしました。

「じゃあダメかー」と蒼真様はまた「うーん」と考えを巡らせ、提案された。


「じゃあ、この前のトモと竹様の『紹介ムービー』みたいに、なんか映画っぽく作ってさ。疑似体験させるみたいなこと、できないかな?」


 疑似体験。それは―――。

「………悪くないかもしれません」


「キャラクターに入り込んだらヒロさんなら順応しそうですね」

「シュミレーションゲームみたいな感じで質問に対して答えるようにさせたら」

「それなら『洗脳』にはならないですね」

「あくまでも選択肢はヒロに与える、ということだな。それならまあ……いい、のか??」

「疑似恋愛を重ねることで『恋愛脳』にさせて、恋愛感情を育てる、育成系シュミレーションゲームですね!」

「ヒナ。その言い方はちょっとおかしい」

「千明が『ヒロは菊様が好き』って言ってたってことは、本人が気付いていないだけで『好き』なんだと思うのよ」「なら刺激すれば自分の本心に気付くんじゃないかしら」

「問題はそのきっかけですね。どこでどう体験させるか……」


 ああだこうだと守り役様達と作戦会議をしていたら、ふと緋炎様が気が付かれた。


「それはそうとひな。さっき言ってた『神様方が裏話暴露しに来られてる』って話は、菊様はご存知なの?」

「……………報告、してません……………」


 一様に『あちゃあ』ってお顔をされる守り役様達。

「報告しとかないと、あとでバレたら面倒よ」

 苦笑の緋炎様に守り役様が申し訳なさそうにしておられる。

「………明日朝イチで姫にちょっと相談してみるわ。『ひなが報告したいことがある』『時間が取れないか』って」

 白露様のご提案に「よろしくお願いします」と頭を下げ、この夜の話し合いはひとまず解散となった。




   ◇ ◇ ◇



 翌日朝一番に白露様から「この時間なら自室で宿題してるから」とコウとふたり転移で連れて行ってもらった。念の為にお部屋に結界を展開してもらい隠形でお邪魔した。音声遮断の結界なのでおしゃべりしても大丈夫。安心です。

 ゆったり広々観葉植物やらお花やらがセンスよく配置された『これぞお金持ちのお嬢様のお部屋!』というお部屋で『神様方が裏話暴露しに来られている』ことをご報告。「まったくあの方々は……」と呆れるだけで、こちらへのお叱りはなかった。よかった。


 それから菊様に色々ご意見申し上げたけれど最終的にははぐらかされて終わった。まあ言いたいことは言ったから良しとしよう。


 白露様とコウと離れに戻って反省会をして、デジタルプラネットへ。三上さんと面談し、タカさんと進捗を確認し、お昼ごはんをご一緒しながら今後の展望に花を咲かせた。

 そんな報告事項を持って御池に向かえば、ちょうど主座様とヒロさんがお食事中だった。

 うまいことヒロさんに恋愛系の本を読ませることになった。主座様に吉野の自宅に連れ帰っていただいたときにこれからやろうとしていることをご説明。主座様も賛同してくださり、ご協力くださることになった。心強いです。よろしくお願いします。


 ヒロさんは速読ができる。山積みになった本はもりもりと読破されていく。頃合いを見て主座様がヒロさんに眠りの術をかけられた。

 意識を失うように眠りに落ちたヒロさんをわんこがかつぎ離れの私達の部屋のベッドに寝させる。そうしてコウと手をつなぎ、互いの空いたほうの手をヒロさんの額に当てる。


 そうしてヒロさんに夢を視せる。

 竹さんのご両親のときは用意した映像を再生させるだけだったからまだ簡単だったけど、今回のヒロさんの場合はかなり面倒。今日ヒロさんが読んだ作品ひとつひとつを取り上げ、ヒロさんにヒーロー役をしてもらう。『記憶再生』の応用でそれぞれの設定を納得させ、その『世界』を生きてもらう。『本を読む』ことを鍵として次の『世界』へと跳ぶ。


 読んだ作品数が多かったから色んなパターンを試せた。それはよかったんだけど、何回やってもどの『世界』でもヒロさんが恋愛に反応しない! まさかここまでとは。あまりにも手応えがなさすぎてヒロインが可哀想になる。「恋愛ポンコツ男め」思わず吐き捨ててしまった。わんこはなにも言わなかった。


 最初はヒロさんの反応がなかったらあっさり引いて次の作品に跳んでたんだけど、あまりにも手応えがなさすぎるのでちょっと食い下がってみた。それでもヒロさんはヒロインからの恋愛感情を理解できない。竹さんより手強いぞこのひと。

「好き」ってはっきり伝えても「ありがとう」と返ってくる。照れもしないでやんの。「そうじゃないだろ」と両手両膝を床につきたい気持ちになった。


 色んなタイプの女の子、色んな設定で攻めたけど、結局ヒロさんが反応したのは菊様に近いイメージの悪役令嬢。「やっぱり菊様が好きなんじゃない!」とツッコミを入れてしまった。設定も現在のおふたりに近いものだったから余計に入り込んでしまったのかも。


 その設定でのヒロさんは、言われるがままにご令嬢と結ばれる。けれどお互い遠慮して、本心を伝えることなく、愛情がすれ違いを起こしていた。最終的に解決するならこんなすれ違いも面白いけど、すれ違いっぱなしはいけません。


「それなら」とこの設定に対抗馬を入れてみた。ライバルとなるご令息をご令嬢に近づけたらヒロさんはあっさり身を引いてしまった。ヒロさんらしいといえば『らしい』反応。次にご令嬢を断罪して没落させてみた。ヒロさんはただご令嬢を助けた。愛情を求めることなく、元の身分に戻れるよう尽力した。いいひとすぎる。「じゃあ」と逆にヒロさんにご令嬢以外の女性との縁談をもちかけた。これはヒロさんが縁談を拒否して終わった。ご令嬢には縁談があったことなどにおわせず、ご令嬢も縁談があったと知っていても触れず、平行線のままで終わった。


「ええいこれでどうだ!」と、ご令嬢と結婚と思いきや相手は妹でしたー! というのをぶち当ててみた。これにヒロさんは強いショックを受けた。

 そうして、ようやく自分の気持ちを自覚した。

『あの方でないとダメだ』と。『心惹かれていた』と。


 いやあ………。ここまで長かった………。

 まさかほぼ一晩かかるとは………。


 どうにか『芽』を植え付けられたと判断したあとはわんこがヒロさんを自分のベッドに運んだ。主座様がいつもの状態になるようスマホを枕元に置いてくださる。これでオッケー。

 目が覚めたら「おかしな夢見たな」と思うだろう。けど時間が経つにつれ夢は記憶となりヒロさんに自覚をうながす。はず。もし反応が弱かったらまた今晩も挑戦しよう。

 そうわんこと打ち合わせ一旦離脱。私達も一眠り。目が覚めて遅い朝食をとっていたら主座様からメッセージが入った。呼び出しに応じて御池にお邪魔すれば、主座様からヒロさんの様子をおうかがいできた。

 今朝はかなり体調悪そうだったと。まあそうでしょうね。あれだけチャレンジしましたから。霊力酔いならぬ記憶酔いしますよね。

「最後の夢を何度も反芻していました」「これならうまくいくかもしれません」そうまとめられた主座様に、もし思ったような成果がなければ今日もう一度挑戦するとお伝えする。


「先程菊様から連絡がありました」

 どうも昨日朝イチで晴臣さんがした面会依頼を神代家は「安倍家が菊様を狙っている」と曲解し、その解釈で話を広げたらしい。ああ。昨日午前中に菊様にお会いしたときにはなにも言われてなかったですから、午後に広めたんでしょうね。おじい様に対してストライキ中の菊様は自室で天岩戸しておられるから気付くのが遅れ話が広まったと。それはさぞご立腹でしょうね。


「なので、また今夜集まって対策会議を開くようご希望です」

「ひなさんと晃も出席願います」

「了解しました」

「またヒロから連絡を入れさせます」

「わかりました。しれっと受けときます」


 そうして何食わぬ顔をして夜の会議に参加した。



   ◇ ◇ ◇



 果たして。

 ヒロさんは勇気を振り絞って菊様に告白した。

 だいぶ消極的ではあったけれど、ヒロさんにしてはめちゃめちゃがんばった。うん。良かった。

 菊様もひねくれた反応ではあったもののヒロさんを受け入れられた。猫が毛を逆立ててシャーしてるイメージでしたよ菊様。

 まあおふたりっぽいといえばぽいですけどね。


 特殊能力『絶対記憶』のおかげでヒロさんに植え付けた『芽』はこちらが想定していたより早く彼に『根』をはった。そのせいでかなり思い詰めてたみたいで、ヒロさんにしては大胆な告白につながった。終わり良ければ総て良しです。


 そもそもヒロさんは控えめで遠慮がち。周りを優先し自分のことは後回しにする。そして菊様は元々『視通す』ことに長けた方なもんだから五千年の間にいろいろあったらしく、なかなかにこじれたツン。デレのないツンツンのツン。

 そんなふたりをくっつけるのは大変だろうと覚悟していたけれど、ふたを開けてみれば意外なほどにあっさりとくっついた。


 最初の一歩を踏み出してしまえばあとはゴールに向けて走るだけ。そんなところがヒロさんにも菊様にもある。だから婚約者という『型』にはまれば『型』にふさわしい行動を取る。

 何と言っても両家にとっても都合の良い婚約。さらには『姫様』の身の振り方としては考えられる限り最良。ついでに『安倍家主座直属』『次期安倍家当主補佐』の肩書にふさわしい女性。もうどこからどう見ても文句なし。完璧な婚約。『納まるところに納まった』ってカンジ。


 なのにヒロさんは変わらずぼやく。「ぼくなんかが菊様の『お相手』なんて、身の程知らずじゃないかなあ。不敬じゃないかなあ」「これは『恋』じゃないんじゃないかなぁ」「『愛』じゃないんじゃないかなぁ」

 菊様も時折迷いを出される。「ヒロの自由を奪ったんじゃないかしら」「命じられたから仕方なく婚約したんじゃないかしら」「『私』を押し付けたんじゃないかしら」

 うじうじもだもだするから都度反論してやる。わんことふたりでそれぞれに「お似合いですよ」「相思相愛ですよ」と言い聞かせる。

 そうしてヒロさんには「もっとわがままになったほうがいい」「もっと積極的に愛情表現して」と、菊様には「もっと甘えましょう」「デレを多めに」とアドバイス。「なんだかんだ相思相愛なんですから」「お互い遠慮をやめてがんばりましょう」と励ました。



 私達のアドバイスの甲斐があったのか、はたまた菊様に陶芸という熱中できるものができたからか、ふたりの距離は少しずつ縮まっていった。

 結婚式を挙げる頃には菊様はすっかりヒロさんに気を許しておられ、そんな菊様をヒロさんは可愛くて愛しくて仕方ないという顔で受け止めていた。


「まさかまたこんな姫が見られるなんて」守り役様が涙をこぼされた。

「昔の『ヒロ』といたときのような姫に戻った」「やっぱり姫のそばにはヒロがいないと」涙でぐしゃぐしゃになったその笑顔は、これまで拝見したどのお顔よりも綺麗だった。




 結婚して。子供が産まれて。

 年を重ねるごとに菊様はやわらかくなっていかれた。年を得るごとに綺麗になっていかれた。

 それはきっと隣に並ぶ彼のおかげ。

 その彼もまた歳を重ねるごとにたくましく頼もしくなっていった。きっと支えるべき守るべき存在があるから。


『恋愛ポンコツ男』は頼りになる夫になり、安倍家を代表する男に成った。

『ツンツン女王』はやわらかさと美しさを増し、誰もが崇拝する女王でありながら『ただのひとりの女性』で在れた。



 余命宣告をくつがえしたふたりはこうして『しあわせ』になった。

 互いに支え、互いに愛情と敬意を持った、理想的なご夫婦になった。



 今日も菊様は絶好調。わがまま放題に振る舞っておられる。「ヒロ!」えらそうな声に「はいはい」と応じる穏やかな彼。「妻のワガママを叶えるのは夫の甲斐性だからね」とうれしそう。そんな夫にムスッとしながらもうれしそうな菊様。


「おしあわせそうで『駒』としてはうれしい限りです」わざとそう申し上げれば「フン」とムッツリされる。そんな妻にヒロさんは楽しそうに笑っていた。

菊とヒロが結ばれるにあたり、ひなが暗躍してました

ヒロ視点・菊視点ではわかりにくかったと思いますが、はたから見たらちゃんと相思相愛です


明日からは菊の側近のおはなしをお送りします

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