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【番外編6】菊華玉条 (きっかぎょくじょう) 3

 高間原(たかまがはら)に生まれたときから私は有能だった。『視通す』

ことのできないものなんてなかった。そんな存在はあの『災禍(さいか)』だけだった。


 その私が。


 責務もなくなり『呪い』も解けた今になって、こんなに『視通せない』ことにぶち当たるなんて。こんなに頭を悩ませることになるなんて。


《善く生きよ》

《善く愛せよ》


 そんなこと言われたって、どうしたらいいのよ。勝手なんだから。

 教えてほしいときにはなにも言わないくせに。なにもかも終わったあとで余計なことを言うんだから。

 今だってそう。「私はどうしらたいいですか」って何度お伺いしてもまったく反応がない。それならと『先見』や卜占(ぼくせん)をしてもモヤがかかったみたいになってわからない。ただ彼の笑顔だけが浮かぶ。


「ヒロさんは生育環境が特殊すぎて精神面に一部欠損が見られます」

「具体的には恋愛感情が欠如しています」

「そのせいで『ごく一般的な恋愛感情』が余計にわからなくなっています」

「ヒロさんはいろんなものにしばられているんです」

「ヒロさんは初めて出逢ったときから菊様に惹かれています」

「ただ、身分や互いの立場から『好きになってはいけないひと』だと自分で自分に制限をかけています」

「ただでさえ恋愛感情が欠如しているのに、その上に制限を課している。そんなヒロさんに『自分の本当の気持ち』を出させるのは、それもあんな咄嗟の一瞬でというのは、至難の(わざ)かと」


 ひなは『看破洞察』の特殊能力持ち。『分析』よりも深く物事を理解し、さらに新しい道筋を示すことのできる『洞察』を持つひなの言葉ならば信頼性も高い。頭ではそう理解しているのに、それでもココロが納得しない。


「ヒロさんは菊様のこと『好き』ですよ」

「私はヒロさんは菊様にオススメです」

「菊様ならヒロを『しあわせ』にしてくださると、おれは思います」


 そんなこと言ったって、あんた達は彼本人じゃないじゃない。

 いくら精神系能力者だって、『浸入(ダイブ)』して対象者の深層心理が探れる『記憶再生』持ちだって、『視通す』ことに長けた『看破洞察』持ちだって、彼本人じゃない以上、絶対の絶対に『そう』とは言い切れないじゃない。


 私は昔から優秀だった。『視通す』ことのできないものなんてなかった。

 だから思ってしまった。「私でも『視通せない』存在があればおもしろいのに」

 そんなことを『私』が考えたからあんなことになった。五千年も『呪い』に縛られることになった。


 五千年の間なにもしなかったわけじゃない。何度も『先見』をし何度も神々にお伺いをし何度も卜占(ぼくせん)をした。それでも『視通せない』のは『災禍(さいか)』に関することと自分に関する一部のことだけだった。


 その私が。


 こんなに『視通せない』ことにぶち当たるなんて。こんなに頭を悩ませることになるなんて。

 どうしたらいいのよ。彼が『恋』を自覚するまで待つ? そんなのいつになるのよ。


 そもそも私は彼が『好き』なの?『今』の目黒弘明(かれ)をどう思ってるの? そういえばなんでひなも晃も私の気持ちを聞かなかったの?『菊様にも「しあわせ」になっていただきたい』なんて、まるで私が彼を『好き』で彼と結ばれることが私の『しあわせ』みたいなことを言っていたけど、なんでそう思ったの? 私は彼が『好き』なの?


ヒロ()』が『好き』だった。

 ボロボロの私を救い上げ、大切に大切に包んでくれたひと。たくさんの愛情をくれたひと。大事に大事に愛してくれたひと。どこまでも深く深く愛情を注いでくれたひと。

 彼が私に『愛情』を教えてくれた。彼がいてくれたから私は『私』になれた。彼がたくさんのものをくれたから狂うことなく五千年生きてこれた。


 彼が『好き』だった。

 だから探した。また逢いたくて。また愛して欲しくて。また愛し合いたくて。

 けれどどれだけ探しても彼は見つからなかった。逢えない落胆が重なった。それでも彼がくれたたくさんのものが私を支えてくれた。そのうちに逢えないことは当然になり、そのうち忘れていた。忘れても平気でいられるくらいたくさんのものを彼が与えてくれていた。


 その彼に、すっかり忘れていた彼に、今生また逢えた。

 彼は前世の記憶がなかった。まっさらな幼児だった。それなら『彼』と混同してはいけない。『ヒロ()』と『目黒弘明(このちびちゃいの)』は別の人間。そう自分に言い聞かせて、実際その通りだと自分でも理解していて、何年もかけて『ヒロ()』と『目黒弘明()』を切り分けた。


ヒロ()』とは『お別れ』をした。ココロのナカで。「これまでたくさんありがとう」「愛してくれてありがとう」「ずっと大好きだったわ」そう言って、たくさんの花を空に向けて投げた。ココロのナカで。

 踏ん切りをつけたつもりだったけれど、数日は泣いた。彼を喪ったときに散々泣いたはずなのにまだ泣けることが不思議だった。

 それでも家族や側仕えに隠れて泣いて泣いて泣いて、どうにか『彼』を『思い出』にできた。

 それまですっかり忘れていたのにと自分でもおかしかったけれど、そうやって『ヒロ()』と『お別れ』をした。


 それからは『目黒弘明()』を『ヒロ()』と混同することはなくなった。幸い私の『ヒロ()』は最初から成人男性だった。だからちびちゃい彼と『ヒロ()』は外見が違った。それもあって『別の人間』として接することができるようになった。

 最初はぎこちなくても、何度も、何年も重ねているうちに自然になる。当たり前になる。そうして『晴明の部下の』『霊玉守護者(たまもり)のヒロ』としての彼だけを見るようになった。


 そのヒロは長い人生を重ねた私から見ても『いい男』だった。

 穏やかな物腰。やさしい笑顔。年々優秀になっていく将来性。晴明に鍛えられそれを自分のものにしている実力者。見た目だって上等。立ち居振舞いも上品。まあ顔や体型に関しては趣味嗜好があるから『絶対』とは言えないけれど、たくさんの女性達からの好意を向けられていた。

「身分があれば」「立場があれば」そう言っている女性が多くいることを知っている。彼が新興の田舎の息子だから手を出さないだけ。『遊び』で手を出そうとした人間は私がそれとなく排除した。そういうこと簡単にしようとする人間は大概ろくでもないから。ちょっと『視』れば簡単に排除できる。

 排除できないのは純粋な好意を向ける若い娘だった。「身分が低くても構わない」と突撃し、一般人の女学生がラブレターを持って突撃し、バレンタインにはあちらこちらからチョコが送られる。それらをすべて笑顔で受け、理想的解答とばかりに対応をする彼。誰も選ばず、誰にも惹かれることなく、告白には「ぼくは貴女にふさわしくありません」「貴女にはぼくよりももっとお似合いのひとがいます」とお断り。そんな話を晴明から聞く。彼は困ったように笑うだけ。そんな彼にどこかでホッとしていた。


 ああ。そうよ。ホッとしたのよ。あのときはなんでそんな気持ちになるのかわからなかったけれど、そうよ。あれって、そういうことじゃない。

 どんどん素敵になる彼に、『ヒロ()』とは違う彼に、私はあの頃から―――。


 ―――ハッ!

 ち、違う! 違う違う違う!

 あれは、そうよ。お気に入りの配下を誰かに取られなくて良かったっていう、そういうやつよ! そうよきっと!


 けど、そうよ。ひなが言っていた。ヒロは『恋とは出逢った瞬間にわかる』『堕ちる』ものだと思っていると。だからあれだけの女性達に囲まれも好意を向けられても告白されても「恋じゃない」って反応しなかったのね。「違う」ってお断りしてたのね。それは良かったのかしら。悪かったのかしら。


 彼には「やるべきこと」があった。自らの余命宣告をくつがえすために必死だった。万が一を考えて宣告された年齢までにナツを救おうと必死だった。それが達成したら今度は晃を救うために尽力した。やっと落ち着いたと思ったら晴明の右腕となるために安倍家の仕事に関わることになった。そうして竹を拾い、私達の責務にどっぷり関わるようになった。


 だから彼には色恋に割く余裕はなかった。『恋とは出逢った瞬間にわかる』『堕ちる』ものだと思っていたから一般的な男性のようにお相手を探すとか気になる子のことを考えるなんてことはなかった。

 だから彼は私のことも『恋愛対象』として考えることはなかった。だから昨日千明に「私の相手にどうか」と提案されてうろたえた。それだけ彼にとって『私とのこと』は思ってもみなかったこと。毛ほども考えたことのなかったこと。

「そういう『好き』じゃない」はっきりと言葉にされて―――がっかり、した。


 ―――『がっかり』?

『がっかり』??? なんで??

 ―――違う! 違う違う違う! あんまりにも条件が良かったから『がっかり』したのよ! 彼と結婚すれば私の希望は全部叶うって理解できたから。それがダメってなっての『がっかり』よ。そうよ。そうに決まってる!


 それでも。


 あの笑顔が胸に浮かぶ。

 昔のような。変わらない笑顔。

 青い青い空の下、降り注ぐ桜吹雪。

 手を取ってくれた。あの頃と同じ言葉をくれた。私の『罪』を赦してくれた。私のココロを救ってくれた。

 どこまでも甘い。どこまでもやさしい。どこまでも頼もしい。


『彼』が初めて『白』に来たときと同じ年頃になった彼。混同してはいけないのに、ついあの頃の『彼』が浮かぶ。


 大好きだった。愛していた。『彼』だけが私を『ただの女の子』にしてくれた。『白の女王』の私も、『ただの女の子』の私も愛してくれた。私を『私』にしてくれた。私の全部を愛してくれた。


 大好きだった。愛していた。

 だからこそ、『お別れ』した。

『彼』は『彼』だから。

『目黒弘明』は『彼』じゃないから。


 わかってる。『彼』と『目黒弘明(かれ)』は別の人間。たとえ生まれ変わりでも、記憶がなければ別の人間。違う人格を宿した、別の人間。


 わかってる。それなのに。

 あまりにもあの頃のままだから。あの頃の言葉をくれるから。あの頃のやさしいあなたのままだから。


 三歳の彼からずっと見てきた。成長を、苦悩を、努力を見てきた。彼は『彼』じゃない。幼い頃から努力と経験を積み重ねてきたひと。偶然『彼』に似てきただけ。偶然同じ言葉をくれただけ。


 わかってる。それなのに。


 私はどうしたいの? どうしたらいいの?


『呪い』は解けた。私達は二十歳までに死ぬことはなくなった。二十歳より先の人生を考えなくてはならなくなった。

 二十歳より先の人生。当然結婚がある。現在(いま)の私の立場で独身を貫くのは難しい。政略なり金銭なり、なんらかの条件の合う男をあてがわれる。

 それよりは千明の言うとおりヒロと結婚するほうがいい。私にとっても安倍家にとっても他のあちこちにとってもそれが最良。


 わかってる。理解してる。

 それでもうなずけない。だって彼に無理強いしたくない。命令で私を押し付けるなんて、したくない。


『ヒロさんは初めて出逢ったときから菊様に惹かれています』

 ひなの言葉がココロを揺らす。


『ヒロさんは菊様のこと「好き」ですよ』

『ヒロさんは菊様にオススメです』

『菊様ならヒロを「しあわせ」にしてくださると思います』


 好き勝手言わないでよ。そんなのわかんないじゃない。

 だって彼は言ったもの。「そういう『好き』じゃない」って。


『ヒロさんは恋愛感情が欠如しています』

『いろんなものにしばられているんです』


 だからって私を『好き』とは限らないじゃない。


『菊様はどのようにお考えでしょうか?』


 私は。私は―――


 やさしい笑顔。どれだけ傍若無人に振る舞っても呆れることも不快感を持つこともなく、いつでもニコニコうれしそうにしていた。『私』をそのまま出しても平気な顔で、楽しそうに世話を焼いてくれた。「お口に合うといいのですが」っていつも美味しいものを用意してくれて、少しでも気に入ったものは察してまた出してくれて。

 穏やかな彼のそばは居心地がいい。気持ちがゆるむのが自分でもわかる。『彼』の生まれ変わりだから、無意識に『彼』と重ねているせいかと思っていたけれど、もしかしたら―――。


『彼』が大好きだった。愛していた。

 けれど最初からそうだったわけじゃない。一緒に暮らして、少しずつお互いを知って、少しずつ距離が縮まって、そうして少しずつ少しずつ好きになっていった。


 その頃の気持ちがふと思い出された。昔むかしの思い出が今生の記憶と重なる。私のココロの動きに名前をつけようとする。幼い頃から重ねた時間。共に過ごした思い出。そんなものが思い出され積み重なり―――


 ―――ああ。そうか―――


 ストンと、理解した。


 私は、目黒弘明(ヒロ)が『好き』なんだ



   ◇ ◇ ◇



『ヒロさんは恋愛感情が欠如しています』

『いろんなものにしばられているんです』


 ひなはそう言った。けれど私も同じだ。『罪』を背負い、責務を背負い、『呪い』に縛られていた。だから『恋愛』なんて考えられなかった。


 だから自分の気持ちに気付かなかった。気付けなかった。そんなものにうつつを抜かす余裕はなかった。


『姫』が四人揃った今生にどうにかしなければと(かつ)えにも近い焦りがあった。なのにかけらも手がかりのない状況にもがいていた。竹が覚醒し手がかりが見つかり、それまでがウソのようなスピードで事態が動く中でも、なにかひとつ取りこぼすだけですべてが瓦解すると知っていたから緊張感を解くことはできなかった。すべてが終わってからは後始末に奔走した。忙しくてジジイの暴走にに気付けなかった。そうして今に至る。


 ある意味千明の一言が、私に『恋愛』について考えさせるきっかけになった。

 ヒロの言葉と態度に傷つき、動揺し、『お別れ』した『彼』のことを思い出し、『彼』とヒロを比較し混同し、ぐちゃぐちゃでわけがわからなくなった。そこにひなと晃が勝手なことを言うもんだからまたぐちゃぐちゃになって。

 そうして、ようやく理解した。


 私、ヒロが――目黒弘明が『好き』なんだ。



 仕方ないわよね。あんなイイ男なんだもの。誰だって惹かれるわよ。

 これから『安倍家主座直属』『安倍家次期当主補佐』なんて肩書が明らかになったらますます(とりこ)になる女が増えるに違いないわ。

 それが予想されるから「その前にヒロに誰かお相手を」って晴明達が考えるのは当然よね。その相手が私だったらどこからも文句はつかない。


 名家関係は『神代(かみしろ)』に対抗できるだけの家はない。正確には対抗できる家はいくつかあるけれど、そういう家にはヒロと年回りのいい独身の娘がいない。

 有力者や有識者達のところも同じ。いい年頃の娘がいても『神代』と戦えるほとではない。

 名家や有力者有識者の間で私は『上品で知性も高い理想的なお姫様』で通ってるから人柄的な文句も言えない。

 安倍家内部は『高間原(たかまがはら)の姫』が相手とあれば諸手を挙げて賛成するでしょうし、能力者関係や寺社関係も異論を唱える者はいないでしょう。神々や『(ヌシ)』達も、私ほどの高霊力保持者が安倍家に納まることには納得するに違いない。むしろ安倍家に入ったことをいいことになにかと用事を言いつけてくるでしょう。


 並べれば並べるほど、ヒロの結婚相手に私ほどふさわしい相手はいない。

 同じ『姫』である三人も同じ条件と思われそうだけど、やっぱり『ヒロの結婚相手』となると私が一番でしょうね。

 まず生まれ落ちた家の格が違う。梅の家は医者の一族でお金もあるし一目置かれているけれど、京都という独特の社会の名家から見れば数段落ちる。蘭の家は警察と剣道関係、竹の家は農家でで社交界とか関係ない。

 次に本人の立場。梅は医療関係、蘭は剣道中心の生活。『理想のお嬢様』している私とは『ウケ』が違う。竹は中学時代ずっと霊力過多症で具合が悪かったのに無理をしたせいで『根暗の引きこもり』と思われている。

 そもそも竹には『半身』がいる。あの重っ苦しい執着束縛男が竹を手放すわけがない。梅も蘭もヒロに異性としての興味はなさそう。


 ヒロの母親である千明が「私にヒロを」と言ってくれているのも大きい。けれど、当のヒロ本人が「そういう『好き』じゃない」と言っている。ひなは『ヒロさんは色々考えている』『答えが出るまでお待ちください』なんて言ってたけど、それで本当に彼が『恋』に気付くの? そもそも本当に私を『好き』なの?


 無理強いしたくない。押しつけたくない。彼自身に彼をないがしろにさせたくない。

 彼を守りたい。『しあわせ』でいてほしい。


 どうしたらいいの? どうすればいいの?


 ああまた戻った。せっかく『好き』と自覚したのに変わらないじゃない。

『好き』なら、私から告白する? でももし拒絶されたら。迷惑だったら。だって私から言ったら彼は断れない。たとえ本当は嫌でも。

 そんなことさせられない。させたくない。やっぱり告白なんてできない。

 じゃあひなの言うとおりヒロの『恋心』が育つまで待つ? それはいつまで? それまでジジイがおとなしくしている?


 ………やっぱりジジイの記憶を消すか………

 そう思ったけれど晴明に「それは最終手段でお願いします」と昨夜()められたことを思い出した。


 じゃあどうしたらいい? どうすればいい?

 ああまた戻った。どうしたらいいのよホントに。



 あれこれウンウン悩んでいたからジジイの動きに気を配ることを忘れていた。

 部屋に結界張ってこもっていたから家の中の動きに気付けなかった。



   ◇ ◇ ◇



「菊や。ちょっと話があるんだが」

 朝食の席。ジジイが猫なで声で近寄ってきた。


 ジジイはここ最近やたらと見合いを勧めてくる。一般客相手のお茶会やパーティーにジジイ自ら若い男を連れて来て私に引き合わせやがる。面倒でウザくて最近は「宿題がありますので」とわざと部屋に引きこもっていた。お稽古だけは仕方なく出ていたけれど、その帰りを狙ってジジイが来る。マジウザい。


 今日もわざと食事中に声をかけてきやがった。

 ムカつくのでわざと返事をしなかったら、ジジイはさらに下手から話しかけてきた。


「実はまた見合いの「不要です」

 バッサリ切り捨てたのにジジイはしぶとい。「実はだね」と勝手に話を続ける。


「あの安倍家からも菊を望まれているんだよ」


 ―――は?


 思わずジジイに顔を向けた。

《久しぶりに菊のかわいい顔を見れた!》じゃないわクソジジイ。

 思念を探り、事情がわかった。


 一昨日の夜の晴明の命令を受け、昨日の朝一番に安倍家からジジイの側近に面会依頼が入った。

 それをジジイも両親も側近達も曲解し「安倍家からも求められる孫娘」「早い者勝ち」みたいにアピールして、少しでも好条件の家、好条件の婿を引き出そうとしていた。


「『安倍家からも話が来て』とちょーっと世間話をしただけなんだがね。そしたらホラ! 昨日だけでもうこんなに見合いの申し込みが来たんだよ!」

「見るだけでも構わないから。ホラ。この男なんて高収入でね―――」


 バン!


 箸を机に叩きつけ、ジジイの話をぶった切った。

 普段大人しく上品に振る舞っている私の突然の行動にジジイはじめ家人は皆驚き固まっている。

 普段は抑えている威圧をわざともらし、威厳たっぷりに微笑んでやった。


「お祖父様はそんなに菊をこの家から追い出したいのですね」


「そ」「いや」「う」返事だかうめきだかわからない声をもらし固まるジジイににっこりと微笑んでやる。


「お祖父様のお気持ちはよーくわかりました」


 絶対零度の微笑みを残し立ち上がり、さっさと部屋に戻った。

「菊! 待ってくれ」「菊!」「菊様!」あちこちから声がかかるのも全部無視。扉の向こうでわめいているのも、スマホの着信もメッセージも完全無視。


 ムカつく。マジムカつく。マジ許さん。

 こっちが悩んでる間に画策しやがって。

 なにが「かわいい菊のため」だ自分のエゴだろうが自分が美しい孫を手元に置いておきたいからだろうが『本当の私』を知らないくせになにが「菊のため」だ。私を言い訳にするな。私を理由にするな。勝手に理想を押し付けるな。


 イライラする。ムカムカする。怒りが収まらない。

 駄目だ。『白の女王』たる私が『負』の感情を強く持ってはいけない。『場』が乱れる。『魂』が(けが)れる。そう思うのに収まらない。腹が立つ。腹が立つ。


 なにかに当たり散らしたくてベッドの枕をつかんだ。ガッと持ち上げ叩きつけようとしたそのとき。

 ヒラリと、なにかが舞った。


 桜の花びらだった。

災禍(オズ)』が消滅したときに、持っていた霊力を極微量ずつ桜の花びらの形に固め放出した。それが私の髪かどこかについたのに気付かずベッドに入って、今日まで残っていたらしい。枕を持ち上げた拍子に出てきたのだとわかった。


 何気なく花びらを拾いてのひらに乗せる。あの日と同じくスウッと消えた。


『「よかったこと」を数えましょう』

 あの日の彼が浮かんだ。

 やさしい微笑み。『罪』を白状した私の手を包んでくれた。


『貴女は人間なんですから』

『神様じゃないんですから』

 そう言って赦してくれた。昔のように。


 ―――ああ。私、彼が好きだ―――


 あれだけ怒りに満ちていたココロが穏やかになっていく。彼のやさしい笑顔にどこかがあたたかくなっていく。


 会いたい。会いたい。

『好き』でなくてもいいから。『女王』としてしか見てくれなくてもいいから。


 なんでか涙が落ちた。花びらの消えたてのひらを握りしめて口元に当てた。『彼』の口付けを思い出した。


 ―――白露がいなくてよかった。こんな姿、見せられない。

 ―――思い出せてよかった。こんなに『しあわせ』な気持ちになれる。


『よかったこと』をひとつひとつ挙げているうちにココロが落ち着いた。

 そのままベッドに寝転んだ。今日のスケジュールがチラリと浮かんだけれど『もうどうでもいいわ』と瞼を閉じた。



 昼寝から目を覚まし、アイテムボックスから出した飲み物を飲んで一息ついた。

 ちょっと寝たら頭が冴えた。やることを並べる。晴明に「今夜話し合いたい」と伝え集まるよう指示を出す。ひなと保護者達ならばなにか名案が浮かぶに違いない。ジジイをギャフンと言わせなくては。

 彼のことは置いとこう。お互い考える時間が必要だ。


 差し当たり急ぐのは私の婚約者選定問題。これをどうにか破棄させること。次に京都の能力者をはじめとした各家への挨拶。これは竹に行かせるけどスケジュールを組まないと。神々や『(ヌシ)』達への挨拶もあったわね。どっちにしても今日の竹の体調を確認して、どの順で行かせるか早目に指示しないと。後始末については基本安倍家に丸投げしてるから私はこれまでどおりノータッチでいいとして、報告だけは受けないといけないわよね。念の為に『先見』と神々へのお伺いをしないと。


 やるべきことを頭の中でリストアップしているうちに冷静になった。宿題をし、食事はアイテムボックスに入れていたものを食べ、トイレは転移して済ませ、部屋から出ることなく過ごした。部屋の前に張り付いている人間が「お食事を」「差し入れを」とうるさかったから遮音結界を展開。無理矢理扉を開けられたり壊されても面倒だから通常の結界を展開してたそれに重ねがけした。部屋の前の見張りは夜になっても張り付いていたけれど放置して、時間になったので転移で安倍家に向かった。



   ◇ ◇ ◇



 まさか彼が告白してくれるなんて、考えてもなかった。

 数日、場合によっては数カ月かかるんじゃなかったの!? ひなが昨日そう言ったから『一旦保留』にしたのに!

 うれしいわよ? うれしいけど、なんていうの!? 意表を突かれて悔しい感じ!? ドッキリを仕掛けられた感じ!?

 あんまりにも想定外だったから、私、ツンツンした対応しか取れなかったじゃない!!!


 自分でも面倒くさい、可愛げのない反応だったと思うのに、彼ときたら。


「ジジイをなんとかしなさい」「話はそれからよ」

 わざと不遜に偉そうに命じた私に「承知しました」と頭を下げた彼が、頭を上げ私に向けた、その笑顔!

 頬を朱に染めた、とろけるような顔。

 うれしくてたまらないと書いてあるような、満面の笑み。

 彼のこんな顔、出逢って十三年ではじめて見た!


《よかった!!》《うれしい!!》《しあわせ!!》そんな心の声がストレートに伝わってくる!

《菊様らしい》《そんなところもかわいらしい》《素敵だなあ》

 ベタ褒めが止まらない。なによこれ。


《………言いましたでしょう》ひなの思念が届く。

《ヒロさんは恋愛感情はわからなくても愛情表現はわかってます》

《『婚約者となられたお相手には愛情表現をすべし』と思っていますんで。今後溺愛がはじまりますよ》


 溺愛!?


「よかったですね!」「おめでとうございます!」

 ぎょっとする私にひなはしれっと声をかけてきた。

「ありがとうございます」照れくさそうに、それでもうれしそうにする彼に、保護者達も守り役達も晴明も祝福と拍手を贈った。


 唖然とする私に彼はとろけた顔のまま言った。

「これからは婚約者としてよろしくお願いいたします」「貴女の婚約者にふさわしく在るように努力します」


 早いわよ。まだ婚約整ってないわよ。

 そうツッコミたくてもあんまりにも彼がうれしそうで、真摯に誠実に接してくれているのも伝わって、そんな彼がうれしくて、でも照れくさくて、やっぱりツンツンとした態度しか取れなかった。


「そうね。せいぜい努力しなさい」

「はい」


 答える声はくすぐったそうで、ただしあわせそう。

 ああもう降参よ! 好きにしなさい!



   ◇ ◇ ◇



 あっという間に話が整い、あっという間に正式に彼は婚約者となった。

 その人当たりの良さでまたたく間に我が家の人間を掌握。あの堅物ジジイすら「ヒロくん」と呼んでいる。恐るべし。


 そして彼はひなの予言どおり、私を溺愛してくる。「行ってみたい」「やってみたい」「食べてみたい」といえばどこにでも連れて行ってくれた。ジャンボパフェもフワフワパンケーキもケーキバイキングも美味しかった。ひなとリカと竹とそれぞれの婚約者を連れてカラオケに行った。ボウリングも遊園地も水族館も行った。


 それまでだったら最低でも護衛の立花と側仕えの咲良を連れてでないと外出はできなかった。それが式神の存在を見せつけ、安倍家お墨付きの戦闘職だと明かした彼がいれば大丈夫と家族も警備責任者も納得し、彼とふたりで、時には白露と三人で、あちこちに出かけた。


『目黒』に初めて訪問したときにやらせてもらった陶芸にドハマリした。あんなに思い通りにならない存在があったとは知らなかった。夢中で土をこねる私を彼はやっぱり楽しそうに見守ってくれていた。


 しあわせで。しあわせで。ただただしあわせで。


 それでも時々不安になる。

『私が彼を縛っているのではないか』『本当は命じられたから婚約したんじゃないか』『「私」を押し付けたんじゃないか』


 そんな私の不安をひなと晃はいつも見抜く。

「ヒロは菊様大好きですよ」「ヒロが自分で考えて考えて菊様を選んだんです」

「もっと素直になりましょう」「デレ多めで」

『白の女王』の私が、励まされアドバイスされるなんて。でもそれが嫌じゃなくて、むしろおかしくて。


 こんな日が来るなんて、考えたこともなかった。

 この私でも『見通せ』ないことがまだまだあるなんて。


「こんな『未来』があるなんて、私でも『視え』なかったわ」

 正直にそう言えば、愛しい彼はしあわせそうに微笑んだ。


「貴女はぼくの『しあわせ』」

「ずっとおそばに置いてください」


 愛しい男が愛をささやく。

『好き』とも『愛している』とも言わず。


「そうね」

「ずっとそばにいなさい」

「先に死んだら許さないわよ」


『好き』とも『愛している』とも言わない私に、愛する男はうれしそうに微笑み、答えた。


「善処します」

ヒロも菊もお互いが大好きです

けどヒロは「『好き』ってなんだろう」と理解できず、菊は「好き」と素直に言えない性格で、愛情をはっきり言葉にできません。

両片想いすれ違いジレジレカップル→両想いジレジレカップルです


次回ひな視点をお送りします

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