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第四十四話 蒼真様の話

「……あのさ」

 蒼真様のためらいがちな声に何事かと言葉を待っていると、ちいさな龍はグッと顔を上げた。


「お前、もう十分じゃないか?」


 意味がわからなくて黙っていたら、蒼真様は真顔のまま続けた。


「前回も。今回も。

 お前、ぼくらがいなかったら死んでたよ?」


『前回』の意味がわからなくて視線でたずねると「お前が前世で死にかけたとき、ぼくと竹様でずっと看病してたんだ」と蒼真様が教えてくれる。


 前世。つまり『青羽』のとき。

 この龍は俺と『青羽』を同一人物と扱っているようだ。

 だから最初からあんなに親しげだったのか?


 そういえば『青羽』の手記に書いてあった。

『優秀な治癒師と「半身」が看病してくれた』と。

 この龍がその『優秀な治癒師』らしい。


 その『優秀な治癒師』と『半身』である竹さんが看病してくれたから『青羽』も、今回の俺も助かった。

 そのとおりだと思うので黙っていた。



「お前が竹様と関わる限り、これからも死ぬほどの怪我を負うことになる」


 龍はキッパリと断言する。

 反論しようと口を開いたけれど、それより早く蒼真様が言った。


「ぼくは医療従事者だから、死にに行くヤツをほっとけないんだよ」


 そして俺をジロリとにらみつけた。


「せっかく生命を救ったのに、無駄にするヤツに腹が立つんだよ」


「―――」


 俺が竹さんに関わることは、俺の生命を無駄にすることになる。

 そう蒼真様は断言する。



 そんなことない。

 確かに今の俺は弱っちいかもしれない。

 あの鬼にだって全然敵わなかった。

 でも、修行して強くなれば。

 いつか、強くなれば。


 そう思うのに、言葉になってくれない。



 タカさんに何度も問われた。

『覚悟はあるか?』『チカラはあるか?』


 あの鬼と戦うまでは『いつかきっとどうにかなる』って思ってた。信じてた。

 霊力量を増やせば。修行すれば。

 いつか。きっと。


 でも、あの鬼のチカラ。

 全然敵わなかった。

 文字通りオモチャにされた。

 俺が即死しなかったのは運がよかったから。竹さんが持たせてくれた守護石があったから。


 そんな相手を、竹さんは一瞬で封じた。


 それだけの実力差が、俺と彼女の間にはある。


 それだけの実力差を埋めないと、彼女の負担になる。



 自分でも血の気が引いていくのがわかった。

 情けなくうつむく俺に、蒼真様はポツリと言った。


「ぼくらの責務には危険が多い。

 ぼくら守り役は死なない『呪い』があるからどんな無茶しても死なない。

 でも、お前は違う」


 のろりと顔を上げると、蒼真様はまっすぐに俺を見つめていた。


「お前が死んだら、竹様は悲しむ」


「『自分のせいでお前を死なせた』って、今度こそ、こわれる」


 ハルや黒陽が言っていた話だとわかった。

 四百年前に『青羽』と出会い別れたあと。

『また会えるんじゃないか』と期待し、『会えなかった』と落胆し、こわれていった彼女。

 そのときの彼女を、この龍も知っているのだとわかった。



「お前は、竹様に『お前』まで背負わせるのか?」



 その言葉は、どんな刃よりも俺をえぐった。


 気が付いたら手が震えていた。

 俺の存在が彼女の負担になる。

 俺の怪我や死まで彼女が背負ってしまう。

 俺のせいで彼女が苦しむ。

 そう考えただけで自分を殺してしまいたくなった。


 前にタカさんにもそう指摘されたことがある。

『やさしい彼女は俺まで背負ってしまう』と。

 あのときは『俺が強くなればいい』と思っていた。

 強くなれると。

 いつか彼女を守れるようになると。


 でも。


 あの鬼との戦い。

 俺は、手も足も出なかった。

 そんな相手を、彼女は一瞬で封じた。



 俺は余程ひどい顔をしていたのだろう。

「蒼真」黒陽が龍をたしなめたけれど、龍は知らんぷりで続けた。


「お前の存在は竹様にとって『救い』だと、ぼくも思うよ。

 あんなに気の抜けた竹様も、あんなにしあわせそうな竹様も、ぼくは見たことなかった」


 四百年前の『青羽』の看病のときの話をしているとわかった。

 目をそらしてちいさく笑う蒼真様にはそのときの光景が見えているのだろう。

 その口ぶりに、笑顔に、どれだけ『青羽』と竹さんが『しあわせ』だったのかが伝わるようだった。


『俺』でない男と竹さんが『しあわせ』に過ごしていたと知って、腹の底にドロリとしたモノが湧いた気がした。

 が、蒼真様の視線に射抜かれ、そんなものを気にしていられなくなった。


「でも、だからこそお前の存在は竹様の負担になる」



 はっきりと口にされ、グサリと刀を突き刺されたような痛みが走った。



「竹様はお前のこと、すごくすごく大切にしてた。

『唯一だ』って。『ただひとりの夫だ』って、言ってた。

『また会えてうれしい』って、しあわせそうに笑ってた」


 黒陽もハルも黙って蒼真様の話を聞いている。

 ふたりともそっと目を伏せた。

 俺から目をそらすように。

 


「『お前を巻き込むわけにはいかない』って、『お前にはしあわせに長生きしてもらいたい』って、あのときお前を置いて行ったんだ」


 蒼真様は俺をまっすぐに見つめる。

 その視線が俺を射抜く。


「今はあのときの記憶が封じられてる。

 それでも、あのひとは間違いなくお前に惹かれてる。

 だから黒陽さんも白露さん緋炎さんもお前に協力しようとしてるんだろう。

 お前と竹様をくっつけようとしてるんだろう」


「だけど」


 じっと俺の目を見つめる蒼真様。

 その目の強さに、ゆらぐ。

 その目を見ていたくないのに、目をそらせない。



「お前と竹様がくっつくのは、本当にお互いのためになる?」



 誰からも指摘されなかったことを指摘され、息が止まった。


 俺と竹さんは『半身』で。

 俺がそばにいたら竹さんは安定して。

 よく眠れて飯も食えて、だから『そばにいてほしい』って黒陽もハルも言ってた。


 それが当然だと思ってた。

 生真面目でやさしい彼女は俺から逃げ出すかもしれない。

 問題点はそれだけで、だから『半身』と気付かれないようにしてそばにいさせようなんて話も出ていた。



 俺は、竹さんが好き。

 竹さんのそばにいたい。


 そのために足りないのは俺の実力だけだと思っていた。

 修行すればどうにかなると、いつかは彼女を守れる男になれると、思ってた。


 タカさんに言われた。『覚悟はあるか』。

 彼女のそばにいるための覚悟。

 彼女を喪う覚悟。

 ひとり遺される覚悟。


『お前は守れるか?』

 アキさんのように、千明さんのように。

 いつか竹さんを救いたい。そう思った。そう願った。


 ハルも、黒陽も、タカさんも、たくさん話をしてくれた。たくさん考えた。たくさん悩んだ。

 無理だと言われた。

 俺は弱いと突きつけられた。

 彼女のそばにいることは俺に負担になると言われた。

 彼女が俺を背負うことになるとも言われた。

 

 それでもそばにいたいと願った。


 好きだから。

 ただ、好きだから。


 好きだから、そばにいたい。

 好きだから、守りたい。

 好きだから、その笑顔を見ていたい。


 好きだから。

 


『お互いのためになるか』

 俺が彼女といることは彼女のためになるか。

 彼女が俺といることは俺のためになるか。


 彼女のことしか考えていなかった。

 俺は彼女のそばにいられるだけでしあわせで、それがいいことなのか悪いことなのかなんて考えたこともなかった。

 


 蒼真様は厳しいまなざしで俺を射抜く。


「お前は絶対竹様のために無茶をする。

 そんなお前に竹様は絶対傷つく。

 そうやってお互いに疲弊していくんじゃないの?」


 指摘されたら――否定できない。

 今回だってそうだった。

 彼女が一瞬で封じた相手に、俺は手も足も出ず殺されかけた。

 そのことに彼女はひどく傷ついた。


 今朝目覚めたときの彼女の笑顔が思い浮かぶ。

 俺が完治したとわかり、真っ白な顔に弱々しい笑顔を浮かべた彼女。

 安心した途端意識を失った彼女。

 それほど、俺に霊力を注ぎ回復をかけていた。

 それほど、疲弊した。


 俺のせいで。

 


「――お前は竹様を守りたいって言うけど」


「蒼真」黒陽がまたたしなめる。

 もしかしたら守り役同士で俺と竹さんの話になったのかもしれない。

 そのときにそんなことを聞いたのかもしれない。


 黒陽の声にも蒼真様は止まらず、俺にまっすぐに告げた。


「実力差がありすぎる。どうやっても竹様がお前をかばう。

 それでもお前はあのひとのそばにいられるか?

 そんな自分をお前は許せるか?」


 はっきりと言葉にされ――ガツンと頭を殴られた。


 実力が足りず死にそうになる俺をかばう竹さん。

『そんなことない』なんて、言えなかった。

『必ずそうなる』と理解できた。


 俺が彼女の負担になる。

 その事実が、はっきりと、現実味を帯びて理解できた。


 それほどあの鬼との戦いは実力差がはっきりとした。



「諦めなよ」


 蒼真様の声は静かだった。


「これ以上はお前が苦しいだけだよ」


 俺のことを心配してくれていることがわかる声だった。


「お前達二人がいることはどちらの利にもならない」


 黒陽も、ハルも、何も言わなかった。

 ふたりにもそう感じられていることは明白だった。


「竹様には竹様の責務がある。

 でもお前がいては、竹様は責務から目をそらしたくなる。

 前は期限が切られていた。

災禍(さいか)』を追い詰めていた。

 その決行日までと、竹様は自分を律していた」


「でも、今は違う」


「竹様は生真面目なひとだ。

 責務を果たすためにずっとがんばってきたひとだ。

 どれだけぼくらが『竹様のせいじゃない』って言っても。『そこまで抱えなくていい』って言っても。

 何もかも抱えて、苦しんで、それでもがんばってきたひとだ」


「責務から逃げ出すことも、目をそらすことも、竹様は望んでいない」


「結果、板挟みになって苦しむ」


「お前への想いと、罪悪感と責任感にはさまれて、そうして竹様はこわれていった。

 今生も間違いなくそうなる」


 淡々と、ただ淡々と蒼真様は語る。

 その言葉ひとつひとつが俺をえぐる。殴りつける。


「無理を通して竹様の隣に居座ることもできるよ。

 でも、そんなことしたら、竹様は絶対にお前を守ろうとする」


「結果、竹様の負担が増えるだけ」


 何も言わない俺に、蒼真様は口を閉じてじっと俺を見つめた。

 俺の様子をうかがっているとわかる目。

 心の底まで見透かすような目。

 弱いココロも、情けない感情も、蒼真様にはお見通しのようだった。

 ごまかしたくても、そらしたくても、その目から逃れることはできなくて、ただ震えてその視線を受け止めるしかできなかった。


 そんな俺に、蒼真様は息を吸い込むと、はっきりと言った。


「――これ以上竹様に負わせるな」


 ――心臓を握りつぶされたかと思った。

 それほどに強く、残酷に、俺に現実を突きつけた。


「あのひとはもう背負いすぎるくらい背負っている。

 そのうえお前まで背負って、お前が死んだら――あのひとは、もう立ち直れない」


 視界の隅で黒陽がうなだれた。

 黒陽も『そう』思っていると、わかった。



 俺では、今の俺の実力では、彼女の隣にいられない。

 彼女のそばにいることは、彼女の負担になる。



 ぐらりと、地面がゆらいだ。



 ―――なにかいわなきゃ。なにか。なにか。

 だって俺は彼女といたい。

 彼女が好き。好きなんだ。


 でも。



 でも。



「……………修行、してる」

 かろうじて、そう、反論した。

 か細い声になった。


 そんな俺に蒼真様は「無理だよ」とキッパリ言った。


「ぼくらと戦うというのは――竹様の責務の手助けができるレベルになるというのは、そう簡単なことじゃない」


 そんなことない。修行すれば、いつか、きっと。

 そう言いたいのに声にならない。

 喉にボンドでも流し込まれたみたいにくっついて動かない。


「この世界は高間原(たかまがはら)よりも世界を取り巻く霊力量が少ない。

 だから、どれほどお前が修行してもぼくらのレベルには届かない」


 どれほど修行しても、どれほど努力しても、到底無理だと。

 それが現実だと。


「諦めなよ」

 蒼真様がまたそう言う。


「お前、もう十分じゃないか?」


 厳しい目をゆるめ、困ったように俺を見つめた。


「竹様に会えた。共に過ごせた。

 それだけでもう、十分じゃないか?」


 それだけで満足しろと?

 彼女との思い出を胸に生きろと?


 声もでない俺に蒼真様は静かに言った。


「『もう会えなくても。もうそばにいられなくても。

 あの人がしあわせならそれだけで自分もしあわせだ』

 あの日竹様はそう言ってお前を置いていった」


「お前も、そう思えない?」


「『半身』なんだろう?」



「―――」



 そう考えたこともある。

 彼女が『しあわせ』なら会えなくても構わないと。


 そうしろと?

 それが彼女のためだと?


 俺が彼女のそばにいることは、彼女にとって『しあわせ』ではない?



「――トモ」

 黒陽が呼んでいる。


「トモ」

 どうにかのろりと顔を向ける。

 ハルも、ハルの肩の黒陽も、心配そうな顔をしていた。


「――まだ無理はしないほうがいい。もう少し横になれ」


 黒陽の言葉が耳を通り過ぎていく。

 理解できずただ固まっていると、ハルに肩を押された。

 抵抗することなくボスリと枕に沈む俺に、ハルが顔をしかめた。


「――少し、寝な。

 それで、目が覚めたら家に帰りな。

 そのあとのことは、また晴明と話し合えばいい」


 蒼真様もなにか言っているがやっぱり理解できない。


 ハルが足を持って身体をベッドに横たえてくれた。

 布団をかぶせられ、瞼をそっと閉じさせられた。


 ハルの冷たい手に押さえられ、目の前が真っ黒になった。


「――目が覚めたら、姫宮に礼を言え。

 で、家に帰れ。

 今は、眠るといい」


 ハルがなにか術をかけた。

 抵抗(レジスト)する気にもなれずそれを受け入れた。


 すう、と眠りに落ちる感覚。

 奈落の底に落ちるというのはこんな感じかと、ぼんやりと思った。

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