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【番外編5】神代仙蔵の誤算 3

引き続きヒロ視点の【番外編4】恋とはどんなものだろう 10 にてサラッと触れた、ヒロと菊の婚約のおはなしを菊の祖父視点でお送りしています

 火曜日。当家で両家の顔合わせを行うこととなった。

 

 こちらは振袖姿の菊を中心に、私と妻、息子夫婦が並ぶ。息子の妻のご両親にも同席願った。そして菊の弟妹、菊の側仕えの娘と菊の専属護衛の娘、私と息子の側近と護衛も同室させた。とにかく数で勝負。なにが起こるかわからないからこそ人数を並べて対応しようとの思惑だ。


 対する安倍家は現当主夫妻、その息子夫婦、目黒の両親と祖父母、双子の弟妹、そして主座様と目黒の息子。さらに護衛らしき黒髪に黒スーツの女がふたりついていた。「菊の専属護衛をつける」と言っていたからそれだろう。素人の私が見ても只者ではないとわかる。


 一同が着座し挨拶を交わした。

 改めて安倍の当主から主座様を紹介された。息子の嫁のご両親にはザックリ説明してはいたが、やはり衝撃を受けておられた。目黒の息子と保護者達が『主座様直属の側近』であることを説明されると、前回同席していなかった者も含め動揺が走った。

 

 この情報は安倍家内部を皮切りに、社寺関係者、能力者関係と続き、土曜日の名家の集まりで公表されることも説明される。それより早く神代家(こちら)で明かすと。


 さらに驚くべきことに『黒の姫様』のご挨拶が土曜日の当主クラスだけの場で行われると言う。まさか『黒の姫様』にお目もじ叶うとは! この情報だけでも当家は他家よりも一歩先んじることができる。心構えができるだけ落ち着いて振る舞える。それは余裕につながる。その態度は見るものが見れば『先んじて情報を手に入れていた』と理解できる。そうすれば我が家の『格』もまた上がるに違いない。

 敢えてこの情報を与えてきたことに、悔しいと思えばいいのかありがたいと思えばいいのか。


 そうして改めて目黒の息子の紹介があり、「菊様を当家に頂戴したく存じます」と続いた。

 目黒の息子も自己紹介をし、菊に向け「幼い頃よりお慕いしておりました」「ぼくは主座様の補佐役となる身の上です。どうかぼくと共に安倍家に入ってください」と、プロポーズだかなんだかわからないことを告げた。

 それに対して菊は目を伏せ「承知致しました」とちいさく答えた。


 これで両者同意となり、ふたりが婚約を結ぶことが決まってしまった。安倍家の面々がうれしそうに拍手をするものだから仕方なく拍手をする。


「では改めまして確認させていただきます」

 安倍の息子が先に説明していた『結婚後は安倍家に入っていただきたい』こと、『結婚後は北山に住むことになる』こと、『外部とはほぼ没交渉になる』ことを説明した。うなだれ聞いていたら「そんな!」と叫び声が上がった。


 顔を上げると菊の側仕えの娘が立ち上がっていた。

「菊様をそんな田舎に閉じ込めるなんて!」


「控えなさい!」息子の妻の側近がたしなめたが小娘は聞こえていないらしい。激昂してさらに叫んだ。


「それなら私が代わりに嫁ぎます!」


「「「……………は?」」」


 当家からも、安倍家からも間の抜けた声がもれた。が、小娘はそれに気付かずさらに叫んだ。

「菊様は素晴らしいお方です! その菊様を田舎に閉じ込め、私達から引き離すなど、言語道断!」

「菊様を家の犠牲になどできません! 誰か必要ならば、私が代わりとなります!」


「杉浦さん」


 興奮する小娘に向け、目黒の息子は穏やかな微笑みを向けた。


「大変申し訳ないのですが、ぼくが望むのは菊様です。貴女ではありません」


「―――!」


「菊様は素晴らしい方です。ぼくも、当家の者も十分それを承知しております。だからこそ当家にと望んだのです」

「それに」

「ぼくも『菊様だから』『お相手に』と名乗りを挙げたのです」

「不遜ではないか、身の程知らずではないかと何度も自問しました。それでも『菊様にお願いしたい』と、『並び立つのは自分でありたい』と、思ってしまったんです」

「貴女方が菊様を大切に思っておられるのは承知しております。ですが、どうか、貴女方の大切なお姫様を、ぼくにお預けいただけませんでしょうか」

「微力ではありますが、生涯かけてお守りすると、快適にお過ごしいただけるよう努力すると誓います」


 誠実な眼差しと言葉に、当家の女達は感動したように好意的な目を目黒の息子に向けている。だが騒ぎを起こした小娘は「ですが!」と反論しようとした。


「これは両家の当主が決めた婚約です」


 冷たい声が場を凍らせる。

 安倍の息子が、冷たい笑顔を小娘に向けていた。

 じっと見つめられた小娘は顔色を悪くさせ、ついにはガタガタと震えだした。護衛達の警戒が上がる。それほどの威圧を安倍の息子は(はな)っていた。


「当主の決定に口を挟むなど―――どのようなお立場でいらっしゃるのでしょうか?」


 にっこりと微笑む安倍の息子。『黒狐』の異名に納得するしかない威圧を振りまき、こちらに顔を向けた。

「当家でこのような無作法をする者は表には出しませんが……。こちらは随分と寛容でいらっしゃるようですね」

「さすが名家はおおらかでいらっしゃる」


 微笑み毒を吐き、安倍の息子はさらに言った。


「しかし―――。彼女の教育を担当された方には一度お話をうかがいたいものですね。どのような指導をされたのか、と」


「申し訳ございません!」息子と息子の妻の側近が床に土下座し叫ぶ。あの小娘の両親か。

 親の態度にも気付かない小娘はただガタガタ震えるだけ。構わず安倍の息子は続ける。


「当家でも各人(かくじん)に様々な教育がされております。が、菊様におかれましては『当主の妻』ではなく『当主補佐の妻』となられますので、表立ってなにかしていただく必要はございません。ゆえに当家からの教育は必要ないと我々は判断しております」

「もちろん菊様御本人からのご希望がありましたら、どんなことでもお教え致しますよ」

「主座様の婚約者である九条家の莉華(りか)様については『当主の妻』となりますので、それなりの教育を現在進行系で受けていただいております」

「そうそう。当主夫人教育の一環として『降りかかる悪意や害意にどう対応するか実践させる』というものがございまして――そのために敢えて悪意を防がず、本人に経験を積ませているのですが――その節は教育にご協力いただきありがとうございました」


 バレている。小娘が九条の娘をイジメたことが。

「ひっ」とちいさな悲鳴をあげ小娘は後ろによろめいた。


「莉華様には護衛として当家から式神を付けております。菊様におかれましても婚約が成立しましたので本日よりお付け致します。

 莉華様の場合は教育のためもあり余程の危険以外は本人に対処させるよう指示しておりますが、菊様にはそのような必要はございませんので、悪意も害意も菊様がお気付きになる前に対処するような護衛をおつけ致します」


「ですので、今後『御学友』は必ずしも必要ではないかと」


 にっこりと微笑み最後通告を突きつける安倍の息子。

 九条の娘のときは見逃したと。二度目となる今回は許さないと。


「申し訳ございません」菊が頭を下げた。あわてて私も頭を下げる。他の者も。

 護衛に目をやればすぐさま小娘を連れ出した。アレの処理はあとだ。今はこの場をおさめなければ。


 どうにか体裁を整え、菊と目黒の息子との婚約を取り決めた。両家の弁護士立ち会いの元書面を交わし、今後の日程の打ち合わせをする。


 そうして土曜日の名家の集まりの前に当主である私だけが『黒の姫様』のご挨拶に立ち合うこと、その席で安倍家主座の当主就任と側近の紹介があること、その後の通常の集まりにおいて菊と目黒の息子との婚約を大々的に発表することを了承し、ようやくおひらきになった。



   ◇ ◇ ◇



 安倍家の面々が去ったあと、家族と側近達で話し合いとなった。

 安倍家と縁付くことで予想される問題について話し合う。全員のスケジュール確認、護衛態勢の見直し、不審な電話やメール、事前のアポのない訪問者についての対応協議……。前日も話し合いを行っていたが、本日の会談を受け一部のみに許可されていた情報開示が全体にされたことで話し合わなければならないことがさらに増えた。確認すること、決めることは多岐に渡った。


 当事者である菊の身辺をどう守るかについて話し合おうとしたら、当の菊から「安倍家からの連絡を待ちましょう」と提案された。

「『護衛をつける』とおっしゃってましたでしょう? そちらを確認してからでもよろしいのではないかしら?」

 そう言われたらそのとおりだと思え、菊については保留とした。


「ただ………咲良(さくら)は側仕えからはずしてください」


 一年前の九条の娘へのイジメの主犯であり、先程安倍家に対して無礼な振る舞いをした小娘。

 安倍家に縁付く菊の側に置いておくわけにはいかないことは誰もが納得した。

 息子の側近と息子の妻の側近が小娘の両親だった。ふたりは深く謝罪し「責任を取って職を辞す」と言ってきたが、このふたりが抜けると業務に支障が出るらしい。菊の意向もあり、娘のみを他県の全寮制の学校に転校させることで手打ちとした。



  ◇ ◇ ◇



 夕方には安倍家から連絡が入った。「菊様に護衛の式神四体をつけました」「登下校やお稽古などの外出時には別の護衛を向かわせます」

「明日の朝、皆様に特別なお守りをお渡ししたい」「時間はあるか」との問い合わせに了承し、指定の時間を空けて待っていた。


 翌朝早い時間に来たのは昨日同行していた背の高い女だった。

「改めまして。白露と申します。能力者ゆえ、本名はご勘弁を」

 三十代半ばに見える美しい女は、護衛とは思えないたおやかな微笑みでその場の空気をつかんだ。


 黒いパンツスーツ。癖のある豊かな黒髪を上品に結い上げ、スラリと立つ姿はまるでモデルのよう。かかとの低い靴だけが護衛であると示していた。


 美しい護衛は『菊につけた』という『式神』を見えるようにしてくれた。絵巻物で見たままの鬼の姿に腰を抜かしかけた。すぐに見えなくなったが「今の四体を今後常に菊様におつけしておきます」「なにか問題があればすぐに対処致します」と説明してくれた。


 次に護衛はテーブルの上に指輪や小袋を広げた。

「『黒の姫様』手ずからお作りくださった、特別なお守りです」「通常ですとそれなりの対価を頂戴するのですが、安倍家からの結納品としてお納めくださいませ」


 まさか『黒の姫様』のお守りを頂戴できるとは思ってもなかった! 歓喜のあまり血圧が上がった気がする。護衛がひとりずつ手渡してくれた。私と妻、息子夫婦には指輪と小袋。小袋には長い紐がついていて「首から下げてください」「中に『黒の姫様』の霊力で作った守護石が入っています」と説明された。「できれば常に身につけていてください」と。

 銀色の、内側に細かな文様が刻まれた指輪は結婚指輪に重ねてつけることになった。その指輪は勝手にサイズピッタリになった。こんなことがあるのかと目を見張った。

 家族だけでなく側近や護衛にも小袋タイプの『黒の姫様のお守り』が配られた。当家の人数を知られていることに気付き、安倍家の情報収集能力に冷や汗が流れた。

 

 菊本人には指輪と小袋に加え、髪飾り、ヘアピン、ブローチ、帯留めなど、様々な場面を想定した装身具(アクセサリー)が渡された。

「どれも『黒の姫様』の守護がかけてあります。身につけるだけで霊的にも物理的にも御身をお守りします」「『運気上昇』もかけてございますので、滅多なことはまず起こらないかと」


 菊の守りは万全になったらしい。これならば学友など連れ歩かなくても大丈夫そうだ。


 なにか起こった場合の連絡先として安倍の息子の連絡先を教えられた。合わせてこの美しい護衛の連絡先も。

「まずないとは思いますが、緊急事態の場合にはこちらを。主座様直通の連絡札です」

「あなたなら使えると思います」と渡された護衛が使い方を教わる。なにやらした瞬間、紙切れが白い小鳥に変わった。手品のようなそれに、伝説は本当だったのかとまた汗がつたった。


 美しい護衛はその後、菊と現在の菊の専属護衛と話をし、そのまま三人で出かけた。今日は茶道の稽古だ。

 帰ってきた護衛から報告を聞く。「あの方にならばなにもかもお任せできます!」「必ずや、どんなものからも菊様をお守りくださいます!」現役の護衛がそこまで言うならば大丈夫だろう。

 菊本人も「とても良い方を付けてくださいました」「安倍家によくよく御礼を申し上げなければ」と気に入った様子。それならばと引き続き護衛をお願いすることと決めた。



   ◇ ◇ ◇



 土曜日。

 安倍家からの指定の時間に間に合うように会場入りし、同席する他家の当主と挨拶を交わす。

 室内には側近も護衛も入室できない。当主本人のみ。こんなことはほぼない。各家の側近と護衛は別室に控えており、この部屋の出入り口は安倍家の護衛が固めている。

「一体何が起こるのでしょう」「なにかご存知ですか?」あちこちで会話がやりとりされている。

「『能力者』の家でなにかあったらしい」「社寺関係者の間で特別な話があったとか」

 噂がささやかれる中泰然としていたら声をかけられた。「神代さん。なにかご存知で?」

 ただ黙って微笑む。相手も察してくれ、笑顔で引いた。

「神代はなにかつかんでいるようだ」あちこちでヒソヒソとやりとりしているのが聞こえる。さざなみのようにそれは広がり、あちこちから視線が飛んでくる。


 そうこうしているうちに時間となった。

 安倍家の面々が入室してくるのを平伏で迎える。現当主とその妻、主座様、そして側近とされた保護者達と目黒の息子。


「本日はお時間を頂戴致しましてありがとうございます」

 現当主のそんな言葉から会は始まった。


 そうして我が家でされたのと同じ話を聞かされる。「まさか」「そんな」声には出さないそんな声があちこちから感じられる。聞いていた私が平然としているのも周囲には驚愕のようだ。


 我が家の再現のように主座様が態度を改められた途端に全員が平伏した。もちろん私も。

 嫌でも納得しないわけにはいかない圧倒的な『圧』に周囲は押し潰されそうになっている。が、私は以前ほどの『圧』は感じない。おそらくだが『黒の姫様』のお守りが守ってくださっている。そんな気がする。


 そうして主座様が『直属の側近』のお話をされる。同時に『当主補佐』となる目黒の息子と当家の菊との婚約も発表された。

 あちこちから物言いたげな空気を感じたが、主座様も安倍家の他の者も皆一様に無視しておられる。『異論も文句も受け付けない』態度でそう示している。そして質問も反論も、(いだ)いていても誰一人として口にできなかった。『格』の違いを見せつけられ、口を開くこともできないようだった。


 シンとする部屋を一瞥(いちべつ)された主座様はニンマリと笑みを作られた。


「当家からの話は以上だ」

 これで終了かとホッとする空気になった。が、私は思わず主座様に問いかけの視線を向けていた。


 事前の話では『黒の姫様』がお出ましになると言っていたのに! どういうことですか!

 ずっとお目にかかりたいと思っていた方にお会いできる千載一遇のチャンスに無礼を忘れて口を開いた。が、声になるより早く主座様が続けられた。


「引き続き、重大な話がある」


「本日集まってもらった家は、はるか昔にとある方と関わりがあったと伝わっている家である」


 その内容に気付きハッとする者、意味がわからず表面上は表情を作っている者、様々な反応がある。もちろん私は前のめりだ。早くお会いしたい!


「『黒の姫』『北の姫』『黒い亀を連れた姫』―――聞いたことがあるだろう?」


『まさか』という雰囲気。誰一人口を開いていないのに空気がざわめく。


「かの姫は私にとっても恩人なのだ」

「私は『姫宮』とお呼びしている」

「姫宮ははるか昔に『ここではない世界』から『落ちて』こられた『落人(おちびと)』」

「姫宮が元いた『世界』からこの『世界』に逃げてきた『とある者』を滅するべく追ってこられた」

「私は千年前に姫宮と出会い救われた」

「その恩義に報いるため、何度も転生し、姫宮をご支援してきた」

「このたび姫宮がずっと追っておられた『とある者』を滅することができた」

「姫宮は、我が家だけでなく他にも多くの家に助けられたと(おお)せだ」

「長い長い時間、多くの者に助けられたと。そのおかげで姫宮は『使命を果たせた』と」

「姫宮は大変感謝しておられる」

「その感謝を、子孫である皆々に伝えたいとご希望された」

「そのために本日皆に集まってもらったというわけだ」


 話が理解されるにつれ周囲の興奮が高まっていく。事前に聞かされていた私も興奮を表に出さないように必死だ。期待のまなざしを一身に受けた主座様はニヤリと口の端を上げ、表情を改められた。


「では、姫宮をお迎えする。一同、伏してお出迎えするように」


 主座様の厳しいお声に、私を含めたその場の全員が両手をつき軽く頭を下げた。

 少し目を動かせば様子がうかがえる程度の礼でも問題はないようで、主座様はくるりと反対を向かれた。


 安倍家の関係者は両端に寄り、我らと同じように正座で頭を下げる。その中で当主の息子と目黒の息子が奥の襖を両側から開けた。


 続きの間には誰もいなかった。てっきり『黒の姫様』がお控えあそばされていると思っていたが、どういうことだろうか。


 そんな疑問に気付いていないのか、主座様は深々と一礼された。

「安倍晴明が申し上げたてまつります。姫宮。どうぞお出ましくださいませ」


 次の瞬間。


 ドッ!

 空室だったはずの続きの間から言いしれない『圧』が噴き出した!!

 反射的に顔を上げ―――息を、飲んだ。


 神が、ご降臨、された。

 否。

 顕現された。


 無人だったはずの部屋には五人の姿があった。

 手前に男がふたり立っている。どちらも背が高く黒い鎧を身に着けている。鎧の上にひとりは陣羽織のような衣、ひとりはマントのようなものをまとい、さながら四天王像などの仏像が生命を宿し現れたかの様相。ともに額当てをつけている。向かって右手は黒髪黒目の壮年の男。左手の男は黒髪で前髪の一房が白、そして金色の目をした青年だった。


 どちらの男もただ者ではない(たたず)まい。この年齢(とし)までに多くの要人や権力者と対面してきたが、そんな人物と肩を並べても遜色ないと感じるほどの迫力と威厳。ただの護衛ではあり得ない。それこそ四天王のうちのふたりだと言われたら納得する。

 そのふたりがこちらに威圧を向けている。それがわかる。奥の女性を守ろうと警戒しているのもわかる。ビリビリと感じるプレッシャーに押し潰されそうになりながら奥に目を向けた。


 一番奥に女性がふたり。黒髪黒目で、二十歳前後と思われる美しい女性。そっくりな外見から双子か姉妹と思われる。

 巫女のような装束。白い着物の上に美しい千早をまとい、両方のこめかみ近くに銀色の髪飾りをつけている。正座をしているのではっきりと見えないが、濃い緑色の袴をはいている。

 このふたりもただ者とは思えない。気品が違う。名のある姫だろう。もしかしたら天女かもしれない。手前の男達が四天王だとしたら十分ありえることだ。


 そして、鎧の男達と巫女装束の女達の間に立っている人物。


 誰に説明されなくともわかる。

 この方が『黒の姫様』。


 金目の男の差し出す手に右手を乗せ、スッと立つ若い娘。

 ふっくらした頬。形のいい唇。艷やかな黒髪は真っ直ぐ長く、後ろでひとつに束ねている。

 その額を飾るのは見事な天冠。一目で名のある名工の作とわかる、美しく細かな細工がほどこしてある。その天冠につけてあるビラ飾りがシャラリと音を立てる。

 白い着物の襟と袖口には美しい(かさね)。その上にまとう千早は薄い若竹色。金糸銀糸で細かな刺繍がほどこしてある。

 若竹色の袴は美しい地紋が織られ、千早が重なることで全体的にグラデーションを作っている。

 まるで若い竹が人間(ひと)の形を取ったような、人間離れした雰囲気。

 薄くやわらかな領巾(ひれ)も明るい若竹色。なにがどうなっているのか、重力に逆らって女性の周囲を縁取っている。まるで仏像の光背か、アール・ヌーヴォー絵画のよう。

 千早の下、裾の長い袴の上に()が長く広がる。透明感のある白い()には竹の葉柄や吉祥柄が刺繍してあるのがかろうじて見えた。


 あまりの衝撃に平伏することも忘れ、呆然とお姿を見つめてしまった。衣装の細かい部分が気になるのは染みついた家業の習い。意識せずともつい目に焼き付けてしまう。


 金目の男に目で合図を出された姫様が男から手を離された。

 スッと立つそのお姿はまさにしなやかに伸びる若竹。清廉とした空気をまとい、姫様はこちらにむけて微笑みを浮かべられた。

 たったそれだけで、身体中に衝撃が走った!

 胸が苦しい。身体がしびれる。感動が、敬愛が、身体中を熱くする!

 思わず両手を合わせていた。いつの間にか涙が頬を濡らしていた。神々しいとはこのことか。まさに神。ありがたい。ありがたい。


「本日皆に集まってもらったこと、まずは礼を申す」

 黒髪の壮年の男が口火を切られた。


「我が名は黒陽。異世界高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)という国の王族である『黒の一族』がひとり」


 なるほど。それゆえに『黒の姫様』であり『北の姫様』なのか。

 感動しながら納得していると話は続いた。


「『黒の王』の姫君であらせられる、こちらの姫の守り役だ」

「皆の家にはこちらの姿のほうが伝わっているか?」


 言うが早いか、壮年の男の姿がゆらりとゆらいだ。え? と思った次の瞬間、そこにいたのは黒い亀だった。

 ゾウガメよりも大きな黒い亀に唖然としていたら、亀はみるみる小さくなっていった!

 両手で持てるくらいのサイズになった亀はピョンと跳び、金目の青年の手に納まった。青年が我らに見やすいようにか亀を持ち上げる。


「このように、こちらの世界では仮の姿を取っていた。守り役とはいえ、若い姫に男がついていてはあらぬ誤解を与えるからな」

 つややかな黒い甲羅はあの鎧そのもの。しゃべる声も口調も先程の壮年の男のもの。嫌でもこの亀があの壮年の男だと理解した。


 こんなことがあるなんて。人間が亀になるなんて。

 驚きのあまり声も出せないでいる我々の前で、黒い亀はあっさりと鎧をまとった壮年の男に戻った。


「さて。先程晴明(せいめい)からざっと説明があったと思うが。

 我らは『とある者』を滅する責務を持ち、異世界高間原(たかまがはら)からこの『世界』に来た」

「約五千年の長きにわたり責務に邁進(まいしん)してきた」

「その折にお前達の祖先がなにかと支援してくれた」

「改めて感謝申す」

「ここ最近、能力者や警察などに動きがあったことを知っている者もいると思う」

「先日、ついに我らの悲願である『とある者』を滅することができた」

「我らが責務を果たせたのは安倍家のおかげだ。特に晴明と、晴明の側近である保護者とヒロには感謝してもしきれない」


「ありがとう」と微笑みを向けられ、安倍家の面々が頭を下げる。そのやりとりに相当親しいことがうかがえる。


「安倍家や社寺関係者、能力者関係にはすでに礼を述べたのだが、これまで支援してくれた家々にも直接感謝を述べたいと我が姫がお望みだ」

「心して拝聴するように」


 鋭い声に思わず平伏する。他の者も一様に平伏していた。他人を従わせることに慣れた声に、格の違いを突きつけられる。


「―――どうぞお顔をお上げください」

 若い女の高い声。やさしい語り口にそろりと顔を上げる。

 神々しい笑顔の女神が立っておられた。


「改めまして。異世界高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり。『黒の王』の娘です。事情があり『名』を名乗ることはご容赦ください。名乗らぬ無礼をお許しください」


 やわらかなお言葉。思いやりにあふれた微笑み。『慈愛に満ちた』とはこの方のためにある言葉だと知った。御仏が顕現されていると震えた。


「まずは、このたび、私共の長きにわたる悲願が叶いましたことをご報告いたします」

「こうして私共の責務が果たせたのは、皆様方の(ゆかり)の方々にご尽力いただいたおかげと感謝しております」

「改めて、これまでのご支援ご尽力に感謝申し上げます。ありがとうございました」


「「「―――!!!!!」」」


 声にならない歓喜の叫びが部屋中に広がった。誰もが胸や口を押さえたり滂沱の涙を流したりと感激にむせいでいる。もちろん私も。感激がすぎると声は出ないと知った。ただ涙を流し手を合わせ拝むしかできない。この感動を、この感激をお伝えしたいのに。胸に広がる感謝を少しでもお返ししたいのに。


「私共はこれまで、皆様方の縁の方々をはじめとしてたくさんの方々にご支援いただいておりました。それでも責務は果たせておりませんでした」

「ですがこのたび、かねてよりご支援くださっていた晴明さんから直属の側近の皆様をお貸しいただき、私共の悲願である『とある者』を滅することができました」

「情報収集、後方支援、実際の戦闘など、語り尽くせないほどのご協力をいただきました」

「それだけでなく、父のように、母のように、兄のように支えていただきました」

「感謝してもしきれません」


 やわらかな微笑みを浮かべ、安倍家の面々に目礼を送られる女神。なんと神々しい。

 と、その微笑みに陰りが差した。


「ですが、そんな大恩ある皆様が『正当に評価されていない』と耳にしました」

「ひとによっては皆様のことをさげすんでいると聞き――とても心が痛く感じております」


 目を伏せた、悲しみが浮かぶ表情に『申し訳ございません!』と喉元まで出かかる。あわあわと震えていると女神がつい、と視線を上げ、ゆっくりと我々を見回された。


「本当でしょうか?」

「こちらにおられる皆様方は、そのようなこと、ございませんよね?」


「「「……………」」」


 困ったような女神の表情に、誰一人口を開かない。開けない。なぜなら事実だから。自分達こそがこれまで『正当に評価』せず『さげすんでいた』当事者だから!

 罪悪感に冷や汗が流れる。なにか言わなくてはと思うのに言葉が出ない。誰かなにか言わないかと隣をうかがうが同じような視線にぶつかるだけ。どうする。どうすれば。


「私は、私を助けてくださった、大好きな皆様が、正当に評価されることを望みます」

「そのために、皆様にも今一度ご尽力いただければと、お願い申し上げる次第でございます」


 真摯な女神のお言葉に誰もが無言を貫いていた。


「いかがでしょうか」


 小首をかしげ、女神が困ったように問いかけられた。そう言われても。

 どうすればいいのかと戸惑っていたら、ふと主座様と視線が合った。

 ニンマリと狐のような笑みを浮かべられた主座様は、無言でうなずかれた。


『お前がお答えしろ』そう求められている。何故か理解した。

 ああ。このために私に先に情報を開示したのか――。


 震える身体を叱咤し、どうにか両手を畳についた。

 平伏し、カラカラになった口で、それでもどうにか言葉をつむぐ。


「―――姫様のお望みどおりに」


 私の言葉と態度に、隣の者が、後ろの者が追従して平伏する。波のように部屋中に広がり、全員が同意を示した。


「ありがとうございます」

 女神のお声にどうにか顔を上げると、やさしい微笑みが浮かんでいた。そのことにホッと胸をなでおろす。


「私共は今しばらくこの『世界』にとどまります」

「引き続き安倍家にお世話になります」

「皆様とこの『世界』の平穏を祈らせていただきます」

「本日はお時間を頂戴し、ありがとうございました」

「皆様に幸多からんことを」


 やわらかなお声でそう告げ、姫様ご一行は一瞬で姿を消された。

竹、王族モード全開です

ひなを始めあちこちから指導された『御挨拶』

安倍家内部・社寺関係・能力者関係と回を重ね、完璧なパフォーマンスへと進化した状態です

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