【番外編4】恋とはどんなものだろう 10
そこからの保護者達の行動は早かった。
翌日の朝一番にハルの祖父でありオミさんの父親であるご当主のところへ。ぼくとハル、保護者四人そろって「菊様と結婚を前提としてお付き合いをしたい」と申し出た。
寝耳に水のご当主と奥様はびっくり仰天。「どういうことだ」と説明を求められて、神代のご当主の話から菊様とぼくが結婚することによって得られる利点、ぼくの気持ちなんかを説明。
ご当主も奥様も『姫様と守り役様』のことはご存知だったから「姫様が望んでくださるならば、願ってもない」と賛成してくれた。
もともと神代のご当主と面談するつもりでスケジュール調整していた。それは「『不誠実な者のもとに不幸が降り掛かる』という『先見』が安倍家主座から出た」と話をし、菊様に来る見合い話を少しでも減らす目的だった。けど「丁度いいから」とその面談で『菊様への結婚の打診』をすることになった。
奇しくも神代のご当主の流した噂が本当になったカタチ。こういう『相手を利用して』っていうのは菊様も大好きだろう。
で。安倍のご当主と保護者達四人とハルとで神代のご当主のところへ。
『お相手』がぼくということに最初神代のご当主は怒り心頭だった。そりゃそうだよね。『安倍家次期当主のただの従者』だと思ってた、格下の田舎者の息子が、大事な大事な孫娘の婿に名乗りをあげるなんて考えることすらなかったみたいだもんね。
けど安倍のご当主がハルのことを改めて紹介して、ハルが『主座様モード』全開で威圧しまくって、そのうえでぼくのことを「主座様直属」「最も近い側近」「無二の右腕」ってヨイショしまくってくれたおかげで、どうにか納得してくれた。
菊様に「安倍家に入っていただきたい」ことをお伝えして、結婚後は北山に住むことになること、外部とはほぼ没交渉になることを説明した。
「一旦持ち帰らせてくれ」って言われて返事を待ってた。
お話に伺ったのは月曜日だったんだけど、菊様に話があったのは水曜日だった。どうもその間、ぼくのことを調べてたみたい。まあ当然っちゃ当然だよね。
で、なんとか及第点がもらえたらしく、菊様に話がいった。他の婚約者候補の見合い写真も一緒に。
もちろんぼくもお話を持って行った時点で見合い写真と釣書を持参している。他の候補者もバンバン持ち込んでた。で、山となった見合い写真のなかからご当主と菊様のお父様が厳選した十名分が菊様の手元に渡った。
「この中から誰を選んでもいい。誰も選ばなくてもいい」そう言われた菊様が「こちらを」ってすぐにぼくを選んでくださったので、神代のご当主も菊様のお父様も「なんで」ってなったらしい。隠形で覗――ゲフン。見守っていた白露様が楽しそうに教えてくれた。
「身分が低い」「田舎に嫁ぐことになる」「外部と没交渉になる」「家族にも友達にも会えなくなる」口々にぼくと結婚することによっておこる不利点を並べられたけど、菊様にとってそれは『不利点』でなく『利点』でしかない。
けど『理想のお嬢様ひとり耐久レース』にチャレンジ中の菊様がそんなことを言えるわけもなく、ただそっと顔を伏せて「こちらがいいです」と繰り返された。
「もうね。おなかがよじれるかと思ったわ」とは長年の守り役様の談。
「『はかなげなお嬢様』を体現してるんだもん。さすが姫。演技派だわ。見事な猫かぶり」
守り役様大絶賛の『はかなげ美少女』にご当主もお父様もそれ以上なにも言えなかった。そもそも「菊に婿を!」と言い出したのはご当主ご本人なので「やっぱやめよう」なんて言えるはずもなく。安倍家とつながりができるのは間違いないから神代家としては利点しかないことは誰がどう見てもわかり切ったことで。ご当主としては『狙った以上の大物が釣れちゃったよ』『ここまで大物釣るつもりはなかったんだよ』と言いたいところだろうけど、当主としてのメンツとか建前とかいろんなしがらみがあって自分が広げた大風呂敷を畳むことは不可能で、菊様にぼく以外を選ばせようと色々上げたり下げたり怒ったり泣き落としを仕掛けたりとがんばったらしい。そんな祖父の一喜一憂を完全無視し、菊様はただ「こちらがいいです」と繰り返された。
「ジジイざまあ。自業自得よ」
「ぷぷー!」と嗤う菊様はとっても生き生きしていて、とっても楽しそう。よかったよかった。
あれだけ頑なに見合いを拒否しておられた菊様が見合い写真のなかにぼくを見つけるなり了承されたことから「菊様は元々あの男がお好きだったのでは」「身分違いで結ばれないと理解され、恋心を秘めておられたのでは」なんて話もまことしやかに語られているらしい。ホントにそうならうれしいんだけどね。
で、あちこちから責められたり褒められたりなだめられたりして観念したご当主が菊様のお相手としてぼくを「了承した」と回答してこられたのがなんと日曜日の夜。月曜日の午前中に話を持って行って、回答までに約一週間。これを早いと見るか遅いと見るかは判断が分かれた。
当事者であらせられる菊様は「遅い!」とご立腹。
「私水曜に話持って来られたときすぐに返事したのよ!?」「なにモタモタしてんのって話よ」「自分が『菊に婿を』って言いだしたくせに」「私がどれだけ嫌がっても話を撤回しなかったのはジジイでしょうに」
「姫を手元に置いておくつもりでしたからねえ」と守り役様。
そう。神代のご当主の狙いとしては、同じ鉾町の跡取りに嫁がせ結婚後も神代に出入りさせる、もしくは家を出てもいい次男三男を婿に迎え同居もしくは近くに住まわせる算段だった。配下の子息や系列会社の高学歴高収入の役職者もターゲットに含まれていて、とにかく菊様を「自分の手の届くところに置いておきたい」というのがミエミエだった。
そこに安倍家から面談の申し入れがあった。
最初は『ただの面談』だったのに、自分が狙った婿候補達を焚きつけるために「安倍家からも求められた」「安倍家に嫁にやるのもアリかも」なんて言いふらしたもんだから、ホントに縁談を申し込まれたときに断れなくなった。それに関して菊様は「自業自得ざまあ!!」と大変お喜びになられた。
「一週間で回答してきたのは早いほうじゃないですか?」フォローを入れたのはオミさん。
「神代家ほどの家ならば、一件一件慎重に調査し裏付けも何重に取るはずです。それが、いくら菊様ご本人のご希望とはいえ、この短期間で決断されるというのは、やはり安倍家の恩恵を狙っておられるのではないでしょうか」
「それはあるでしょうね」と菊様。
「安倍家と縁付いたら『運気が上がる』とか『特別なお守りがもらえる』とか『困ったときに助けてもらえる』とか思ってるみたいよ」
ああ。よく聞きますよねそれ。実際はそんなことないと思うんだけど。
「伝説と妄想がひとり歩きしてるんだよ」
ハルの言葉に「なるほど」と深く納得してしまった。
「そのへんの誤解も解かないとだね」
「ハルの婚約者の九条家の話を聞かせないとだな」
そんな話をし、他にも色々話し合い、説明を兼ねた顔合わせを「火曜日にできないか提案してみる」ところまで決めてその日の話し合いは終わった。
◇ ◇ ◇
翌日の朝一番での提案に、神代家は了承の返事を返してきた。
ていうのも、今週の土曜日には恒例の名家の集まりがある。そこで菊様とぼくが「結婚を前提としてお付き合いすることを発表したい」という安倍家の提案を神代家が飲んだ形。
「どなたかが話を大きく広められましたでしょう?『我こそは!』と菊様に迫る男性が後を絶たないであろうことは自明であると愚考いたしますが……」なんてオミさんにニッコリされたら『いきなり明日!?』って思ってても断れなかったみたい。
神代のご当主、かなりヘコんでおられるらしい。
自分の蒔いた種が悪い方悪い方へと向かうもんだから「こんなはずじゃあ……」って頭抱えてるって。そりゃあもう菊様は大喜び。笑いが止まらなくなっておられる。そのご様子からぼくのことも安倍家のことも忌避感なく受け入れてくださっていると伝わってくる。「さっさと嫁に来たいわ!」なんて言われてうれしいけど『なんかちがう』感もいなめない。でも楽しそうな菊様を拝見してたら『まあいいか』って思った。
◇ ◇ ◇
そうして迎えた火曜日の顔合わせ。
こちらは安倍家のご当主夫妻、オミさんアキさん、父さん母さんと目黒の祖父母、双子、ハルとぼく。そして黒髪に黒スーツの白露様と緋炎様。「安倍家にお嫁に来られたときの菊様専属護衛」と紹介するためにちゃんと姿が見える状態で同行してもらった。
対する神代家は菊様と菊様の祖父母にあたるご当主夫妻、ご両親、弟さん妹さん、母方の祖父母、そして御学友でもあり側仕えの杉浦さんと専属護衛の立花さん。他にもご当主と菊様のお父様それぞれの側近と護衛の方も同室しておられる。
場所は神代家。広いマンションの広いお座敷で対面。菊様は綺麗な振袖姿。ついこの前の竹さんの結納を思い出して、ただの顔合わせなのになんだかドキドキする。
改めて安倍のご当主から主座様を紹介し、ぼくと保護者達がが主座様直属の側近であることを明かす。
このことは安倍家内部ではこれまで公然の秘密としてきたけど、ハルが十八歳になって成人となったら当主となることを踏まえ「明らかにしておきたい」とハルが決めた。どうもこの前アキさんの話を聞いてから色々考えてたみたい。
これまでは保護者達が気にしていなかったこと、ぼくの余命宣告からハルもずっと忙しかったことから放置されてたけど、改めて「立ち位置をはっきりさせたい」とハルが保護者達を説得した。
「どこの世界にも一定数馬鹿がいる」「そういう馬鹿に限って不愉快なことをする」「リカが嫁に来る前に馬鹿を始末する」そんなことを並べて、保護者達を『主座様直属』の『側近』だと明かすことになった。
ついでだから同じ席で竹さんの『黒の姫』としてのご挨拶もしてもらおうって。まあ皆さん忙しいひとばかりだからね。用事は一度で済むほうがいいよね。
てことで、『安倍家主座様と直属の側近のご挨拶』と『黒の姫様のご挨拶』の席が設けられることになった。
まずは安倍家内部で。ちょうどお盆の集まりがあったから、そこで『ガツン!』とやった。
いやあ。おもしろかった。わかりやすく恐怖に震えてるひとが何人もいた。そういうひとをわざとハルが名指しして威圧するもんだから失神者が続出。ポーカーフェイス作ってたひとも簡単にハルに内心あばかれて必死で土下座してた。
これで安倍家内部は改革が進めやすくなるだろう。仕事が楽になりそう。よかったよかった。
社寺や『守護者』などの『能力者』関係は数回に分けて召集をかけている。今夜からのフォーデイズ。
で、それ以外の名家は土曜日の集まりの前に当主クラスだけ集まってもらうようにしてる。
それより早く神代家で明かすことも恩着せがましくお伝えしておく。『黒の姫』のご挨拶が土曜日の当主クラスだけの場で行われることも。これだけでも神代家は他家よりも一歩先んじることができる。情報を持っているということはそれだけ立場が上だと示すことにもなる。文句はないだろう。ていうか、菊様が言わせないだろう。
で、先に説明していた『結婚後は菊様には安倍家に入っていただきたい』こと、『結婚後は北山に住むことになる』こと、『外部とはほぼ没交渉になる』ことを改めてご説明。ご当主がちゃんと皆様にお話しされていない可能性があるからね。
案の定菊様の同級生であり側仕えの杉浦さんが「菊様をそんな田舎に閉じ込めるなんて!」って怒った。それだけならまだいいんだけど、なにをとち狂ったのか「それなら自分が代わりに嫁ぐ」って言い出した。
けど、それじゃあ菊様のご希望に添えなくなる。
それにぼくも『菊様だから』支えたいと思ったし『お相手に』と名乗りをあげたわけで。杉浦さんに不満があるわけじゃないけど、こればっかりは承知するわけにはいかない。
そんなことを説明し、オミさんもちょっとキツめにお説教してくれて、どうにか杉浦さんはあきらめてくれた。
まあね。杉浦さんも他の皆様も、菊様のこと大好きだからね。むしろ信奉者だから。
そんな『皆様の姫様』であらせられる菊様が『田舎で監禁生活を送らされる』と聞いたら、そりゃ反対するよね。実際は違うんだけど、それこそ信奉者の皆様にバラすわけにはいかないんだろうし。
なにはともあれ、ぼくが菊様の婚約者となることは両家の当主立ち合いのもと認められた。ご当主と菊様のお父様それぞれの側近の中には弁護士の方もおられる。こちらもオミさんが弁護士。だから一応『弁護士立ち合いのもと』ってことで書面も交わし、後日キチンと結納をすることも取り決めた。日程も段取りも「ついでに」って打ち合わせた。関係者みんな忙しいからね。それこそ何年先までスケジュール組まれてるから。
そうして土曜日の集まりの前にご当主だけが『黒の姫』のご挨拶に立ち合うこと、その席で安倍家主座の当主就任と側近の紹介があること、その後の名家の集まりでぼくと菊様の婚約を大々的に発表することを決めておひらきになった。
◇ ◇ ◇
土曜日に恒例の『名家の集まり』がある。そのときに「竹に挨拶させましょう」とおっしゃったのは菊様。
菊様はじめ姫様方は前々から「京都の古い家には挨拶をしないといけない」って言っておられた。なんか「お世話になったから」って。
そうやって『お世話になった』家には『姫様と守り役様』の伝説が残っていて、生まれ変わったときなんかに助けてもらったこともあると。
社寺や『守護者』などの『能力者』関係も「ご挨拶しないといけない」ってなって日程調整してるときだったから、その流れで名家の集まりの前に当主のみ集めて竹さんにご挨拶してもらうことになった。
竹さんはここ最近、目に見えて元気になっている。そりゃそうだよね。トモがべったりくっついてイチャイチャしまくってるから。
おまけに正式にトモと『婚約者』と呼び合えることになった。ご両親とも良い関係を築けた。今後の進路も決まった。生活も安定してて、竹さんの心配事は全部解決されている。
そんな環境がココロの余裕になったのか、竹さんはみるみる元気になった。それだけじゃなくて、なんか身体の内側から輝いてるみたい。笑顔がまぶしい。おっとりほんわりの笑顔のなかに生命力とか気力とかが輝きとしてにじみ出てる。ちょっと前とはまるで別人。「この子こんな子だったんだ」って毎度毎度改めて感じる。
そんな竹さんだからこそ「『黒の姫』として名家の前に出しても大丈夫」と菊様もひなさんも判断した。
「霊力抑えちゃダメですよ。ああいう手合いはちょっとでも下手に出たらすぐに舐めてかかりますから」
ひなさんのその説明は竹さんにも納得できるものだった。生真面目にうなずく竹さんにひなさんはさらに注文をつける。
「しょっぱなから『王族モード』全開でお願いします。配下の方々に王族の威厳を見せつけるんです」
その説明は竹さんにとってとてもわかりやすかった。
そうして生真面目なお姫様が生真面目にご挨拶に取り組んだ。
まずはぼくらの前で予行演習。ひなさん保護者達だけでなく姫様方にもチェックしてもらい、細かい演出や仕草の指導を入れた。
外見は『人化の術』を応用して高間原のときの姿をとってもらった。トモも菊様白露様の記憶を『視て』高間原の『智白』というひとの姿をとることに。これで『神宮寺竹』と『西村智』を『黒の姫とその伴侶』と同一視することはなくなるだろうとのひなさんの策略。
さらには「ちょうど霊力過多症で眠り続けていた娘を安倍家で保護していたから、人間社会を出歩くときはその娘の姿を借りた」「姫の伴侶はその娘の恋人の姿を借りた」と説明する。これで完全に別人扱いとなるだろう。さすがひなさん。細かいところまでよく気が付く。
「もうちょっと重厚感が欲しい」となって、白露様と緋炎様が女性付き人として後ろに控えることになった。式神でもいいかと思ったんだけど、それだとかもし出す霊力とか威厳とかが「足りない」となり、おふたりにお出ましいただくことになった。
白露様と緋炎様の人間バージョンの鎧着用姿、巫女さんみたいな正装姿、そして白虎と鳳凰の獣バージョンといろいろ試したけど、最終的に「『黒の一族』で統一したら?」の母さんの一声で、白露様と緋炎様は黒陽様の双子の娘さんの姿をとった。黒陽様とトモは『黒』の鎧着用、白露様と緋炎様は巫女服風略礼装。その真ん中に竹さん。うん。仏教絵画。むしろ立体曼荼羅。
満場一致の合格に、竹さんもホッとしていた。
そうして『黒の姫様ご一行』のご挨拶が行われた。
まずは安倍家で。続いて社寺や『守護者』などの『能力者』関係のフォーデイズ。そうして最後が土曜日の名家の集まり。
回を重ねるごとに竹さん達のパフォーマンスが上がっていく。そしてそのどこでも「責務が果たせたのは安倍家のおかげ。特に晴明と、晴明の側近である保護者達とヒロには感謝してもしきれない」とヨイショしまくってくれた。おかげでぼくと保護者達の株は上がりまくり。仕事がしやすいったらない。ありがとう!
そして名家の集まりの前の、各家の当主のみ参加を認めた席でもその威厳と気品を見せつけた『黒の姫様ご一行』。
もうね。すごい。
手を合わせて拝むひと。涙ながしてるひと。ひたすらお経だか祝詞だかとなえてるひと。全員が心酔してる。
社寺や『守護者』などの『能力者』関係の集まりでも同じ状況になったけど、あっちは霊力感知できるひとばっかりだし伝承が伝わってる家ばっかりだったし信仰心の強いひとや実際『ヒトならざるモノ』を知ってるひとばっかりだったから『黒の姫様ご一行』の威信を目の当たりにしたら心酔するのは当然だった。
反対にこっちは、言っちゃあ悪いけどお腹に一物抱えてたり真っ黒だったりするひとばかり。そんな信心ありそうにないひと達がここまで心酔するとは思わなかった。
で、そうやって一同のココロをつかんだところで諸々の説明をし、ぼくと保護者達への感謝を伝えてくれたもんだから、まあそのあとの名家の集まりでの皆さんの様子の違うこと! 手のひら返しもここまでくるかってくらい媚売ってこられて気持ち悪いくらい。
そんな状況でぼくと菊様の婚約が神代のご当主から発表された。若いひと達からは不満が聞こえたけど、各家当主が一斉に承認祝福したもんだから文句を言うことはできなかったみたい。そのぶんあとで陰でイチャモンつけられたけど、まあ戦闘経験のないお坊ちゃん達にからまれたところでたいしたことはないよね。まとめて返り討ちにしておいてあげたらそれ以降は特になにもなかった。もしかしたらあとでそれぞれのご実家に「チクリ」とヤッたのが効いたのかも? ぼく田舎者だからわかんな~い!
◇ ◇ ◇
とにもかくにもぼくと菊様は『婚約者』となり公に交流できることになった。
これにより菊様は行動範囲が広がった。それまではおでかけには必ず立花さんと杉浦さんを伴わないといけなかったけど、護衛ができるぼくが同行することでおふたりを伴わなくてよくなった。
「羽が伸ばせる!」と菊様は大喜び。「念の為に」と『人化の術』の応用で外見を変えておでかけを楽しまれた。
カラオケも行った。ジャンボパフェも食べた。焼きたての焼餅をベンチに座って食べた。白露様とぼくをともなって菊様はのびのびと過ごされた。
時にはハルの婚約者のリカちゃんやひなさん、竹さん、梅さん、蘭さんとも遊んだ。大きなお口で大きな笑い声を立てる菊様は年相応に見えた。
九月の『目黒』での大作業には菊様も参加された。もちろん山仕事なんてさせられない。会社に残って双子と一緒に素材の仕分けと下処理をお願いした。もちろん白露様が一緒。「ほんとうのおねえさん!」と双子は菊様にすぐなつき、菊様もそんな双子に「きくおねえさん」呼びを許された。
五千年ずっと『姫様』として生きてこられ、今生も街育ち『姫様』育ちだった菊様には当然こんなむき出しの素材に触れた経験はない。お花生けるのは厳選された下処理済の花卉ばかりだし、そもそも虫に刺されるような山に入られることはないし。
だからこそ菊様にとっては「はじめて」の連続だったらしい。ささいなことに驚き、興味を示し、とても有意義な時間をすごされた。
ちなみに竹さんはひなさんと調理班に行っていた。そっちはそっちで楽しく有意義だったらしい。
先約があったため、三日にわたる大作業のうちの一日しか参加できなかった菊様。ご自宅にお送りする車の中でものすごく残念そうにしておられた。
「来年は絶対三日ぜんぶ参加するわ!」とやる気をみせてくださり、みんなで笑った。
その『目黒』で菊様がお気に召されたのが、なんと陶芸。
素材の下処理に『採取してきた土を適度な固さにこねる』というのがあって、双子と泥だらけになってこねこねされた。
これまでの五千年でそんな泥だらけになったことなんてなかった菊様にとって新鮮な経験で、子供らしい笑顔で楽しまれた。そんな菊様の姿に守り役様が「いい経験をさせてくれてありがとう」と母さんにお礼を言ってきたって。涙を浮かべておられたとあとで聞いた。
できあがった土を使って『目黒』のスタッフが希望者に陶芸体験をさせてくれた。手びねりで花器に挑戦した菊様。もちろんこれも五千年で初めて。
「思うようにいかない!」と菊様は何故か大喜び。
なんでもこれまでの五千年ずっと高霊力を持って生まれ『視通す』ことに長け『先見姫』と呼ばれてきた菊様にとって「『視通せ』ないことなんてない」と思っておられた。そんな存在はあの『災禍』だけだった。
いつ生まれてもその国もしくは地域の有力者の娘として生まれ、権力も財力も知恵も能力も霊力もあった。そんな菊様だからあらゆることが思い通りになった。
なのに土は言う事をきかない。「もっと、こう……」とやってみても思うようにならない。それが「おもしろい!」とおっしゃる。
おまけに焼きあがってきた花器は思っていたのと全然ちがう仕上がりになった。
「こんなに思いどおりにならない存在があったなんて!」と何故か菊様は大喜び。スケジュールを調整され、週に一度は『目黒』に通うようになられた。
神代家のご家族や側近の方々はあまりいい顔をされなかったみたい。『毎週婚約者の実家に行っている』のがイヤなんじゃなくて、菊様が泥だらけになっておられるのが「イヤ」だって。
けど菊様が出来上がった作品をうれしそうにプレゼントしてくれるから、陶芸のことを話すときは本当に楽しそうだから、最終的には「菊がそんなにやりたいなら」って認められた。
名士が芸術を嗜むことは当然のことで、実際名家の当主のなかにも書道や絵画の制作にのめり込んでいらっしゃる方もおられる。それもあって菊様の陶芸も認められたのももちろんある。けどやっぱり一番は菊様の表情。
陶芸のことを語る菊様は普段のお嬢様然とした表情と全然ちがう。子供らしい、明るい素直な表情をしておられる。「予測がつかないのが楽しい」「思い通りにならないのが楽しい」そう言う菊様は生き生きして輝いてみえる。
そんな菊様に「もしかして菊はこれまで家のためにずっと我慢してきたんじゃないか」ってご両親祖父母親戚が思われた。
そうして菊様は堂々と毎週『目黒』に通い、その送迎はオミさんか父さんが行った。もちろんぼくと白露様は同行。
『目黒』で陶芸を楽しみ、アキさんのごはんを食べ、梅さんの作ったお菓子を食べ、双子と遊び、菊様は『理想のお嬢様』の皮を脱ぎ捨てのびのびと過ごされた。
なんと進学も陶芸科のある芸術系の短大を希望された。
筆記はともかく実技がまったくできていないので、毎日デッサンに励まれた。
高校二年生から始めて、毎日努力を重ねた菊様。素人スタートだったのに、なんと推薦で合格を勝ち取った。
短大で本格的に陶芸を学んだ菊様。ぼくが大学卒業してから結婚することになっていたから、短大卒業したら結婚までの一年は嫁入り修行期間として神代家にいるだろうと思っていたご家族の予想を裏切り、なんと四年制大学に編入を決められた。
「短大を選んだのは『念の為』よ。万が一『呪い』が解けてなかったら二十歳までしか生きられないから」
「けどこうして二十歳を迎えたなら、もっと勉強したいのよ!」
そうして菊様は陶芸に打ち込まれた。大学院まで行きたがっておられたけれど、北山の離れの近くに自宅兼工房を建て「そちらで陶芸三昧の生活をするのはいかがですか?」と提案したら大学院進学は撤回してくださった。
菊様の大学卒業を待ってぼく達は結婚。
ぼくはこれまでどおりハルのそばについて秘書のようなことをすることに。
菊様は「安倍家には口出さないから。好きにしなさい」と陶芸三昧の日々を送られた。大作を作ったり日常使いのものを作ったり、気の向くままに土とたわむれておられる。
そんな菊様のおそばには白露様。陶芸のアシスタントから身の回りのお世話まで、これまで以上に世話を焼いてくださっている。
そうしているうちに子供を授かり、ぼくは父親になった。育児経験者の白露様に頼りながら子育てにも奮闘した。
霊玉守護者の仲間達もハルも子宝に恵まれ、ぼく達のまわりは年々賑やかになった。
◇ ◇ ◇
恋とはどんなものだろう。
ぼくにはいまだにわからない。
それでも、この方がのびのびと楽しそうにしておられるのを目にするだけでぼくもうれしくなる。
それは『恋』ではないのかもしれない。
『愛』ではないのかもしれない。
それでも。
この方が好き勝手して好き放題するのが楽しいと思う。奔放なこの方に振り回されるのは楽しいと思う。
それが『ぼくの恋』なのかもと、最近は思っている。
毅然とした女王の姿も、土にまみれる姿も、だらしなく寝そべる姿も、そのどれもが心惹かれるのだから。
『十四歳まで生きられない』
そう宣告されていたぼくは、あの頃には思ってもみなかったしあわせな生活を送っている。
『ハルの右腕』として。
かわいい子供達の父親として。
そして。
愛しい女王の夫として。
ヒロ視点はここまでです
ヒロも菊もしあわせに暮らしています
本人は周囲のせいで「当然の行動」と思っていますが、はたからみたらしっかり溺愛です
嬉々として尽くしまくっています
「なんであれで『恋がわからない』とか『愛じゃないかも』なんて言うんだろ」「十分ラブラブだよな」とナツや佑輝は首をひねっています
次回からは菊のまわりのひと視点でお送りする予定です
が、申し訳ありません(TдT)
制作が間に合わずキリのいいところまでいけませんでした
菊関係まで片付けてからおやすみしようとがんばっていたのですが、間に合いません(泣)
誠に勝手ではありますが、しばらくおやすみさせていただきますm(_ _;)m
再開予定は来年ゴールデンウイーク前後を考えています
その頃にまたのぞいていただけるとうれしいです