【番外編4】恋とはどんなものだろう 8
ひなさんから借りた本を黙々と読んでいく。ぼく読むのは速いほうだから次から次へと読破していく。
ひなさんが自信を持ってオススメしてくれるだけあってどれも面白い。異世界もの、現実世界の学生もの、社会人もの、歴史もの。いろんなジャンルのいろんな主人公。タイプも違う。恋のカタチも違う。けれどどれも主人公とお相手がココロを通い合わせ想いを寄せ合い結ばれてしあわせになった。
一冊読み終わったタイミングでアキさんが飲み物とおやつをを出してくれて、水分と糖分を補給しながらどんどん読み進めていった。
夕ごはんで来た竹さんがひなさんにオーケーもらって読み終わった本を何冊か持って行った。間違いなくトモも読むだろう。本の内容をネタにイチャイチャするに違いない。
そう考えて、ふと、思った。
ぼく、誰かとイチャイチャしたいかなあ。
うーん……………してみたいっちゃあ、してみたいかなあ。
ウチは父さん母さんも、オミさんアキさんも、呆れるくらいラブラブ。しょっちゅうイチャイチャしてる。ちいさいころはそれが当たり前だと思ってて、だから小学校に入ってよそのおうちの話を聞いてびっくりしたもんだ。
ああ。そうだ。思い出した。『ぼくもいつかタカさんやオミさんみたいに、大事にしたいだれかができるのかなあ』って思ったことが、あった。
けどぼくはその頃『十四歳までに死ぬ』って言われてたから『無理だな』って思って、そういう気持ちにフタをしたんだ。
ああ。だからぼく、恋愛関係に反応しないんだ。
あのときフタをしたから。
昨日から言われてるあれこれは、そのフタをもう『開けてもいいよ』っていうことだ。
だけど、昔すぎて、どこにあるのかわかんなくなっちゃってるんだよねえ。
ここまで読んだ本みたいに、父さん母さんみたいに、ただひとりのひとと寄り添うのは『とても素敵』だと思う。『うらやましい』って思う。
でも『そう想える相手』が誰なのか、そもそもそんなひとがいるのかもわかんない。
多分、ぼく『自己』が薄いんだな。
竹さんを見てると思う。あんなにすごい能力持ってて、すごい術もたくさん使えて、『黒の姫様』っていうエラい立場なのに、なんであんなに自信がないんだろうって。
いつも遠慮がちで、控えめで、謙虚で、それは竹さんのいいところでもあるんだけど、もう少し「ああしたい」「こうしたい」って言ってもいいのにって思ってた。
でも、ぼくも同じ。
あんまり「ああしたい」「こうしたい」って言うことない。どっちかっていうと周りが「ああしたい」って言うのを叶えるために「じゃあどうしようか」って動くことのほうが多い。
きっとぼくらは『そういう性格』なんだろう。生まれ持った性質なんだろう。
けど『好き』『嫌い』くらいはもちろんあるわけで。
色々読んだ結果、好きなタイプや嫌なタイプが少し見えてきた。気がする。
自分勝手なひとはやっぱり嫌だなあ。それで他人に迷惑かけるとかだともう問題外。
でもおんなじ『自分勝手』でも『好きなことにまい進する』とか『一生懸命がんばる』って行動した結果そうなっちゃうのは『仕方ないなあ』って思う。むしろそんながんばってるひとは応援したくなっちゃう。
真面目なひと、コツコツがんばるひと、前向きなひとは好感もてるな。応援したくなる。支えたいって思う。
だけど突拍子もない行動したり、ぼくにない思考回路で突っ走るひとも魅力的だよね。ハルの言ってた『振り回されるのがうれしい』っていうのもわかる。あ。ハルじゃなくてひなさんが言ったんだった。
そんなことを合間に考えながら、次から次へと読破していった。
◇ ◇ ◇
ふとひとの気配に顔を上げる。
「なに読んでるの?」
にっこり笑って本をのぞき込んでくる女性――ええと、誰だっけ――?
と、次の瞬間、唐突に理解した。ここは学校。教室。休憩時間。ぼくはごく普通の学生。目の前の女の子はクラスメイト。
あれ? なんでこんな基本的な事わからなくなってたんだろ?
疑問に思いながらもいつもの日常を送る。勉強して、部活して。他愛もない話をして、ごはん食べて。
ある日の帰り道、あの娘が言った。
「ヒロは、私のこと、どう思ってるの?」
どう? うーん………。
「………友達?」
正直に答えたらあの娘は顔を赤くして怒った。
「バカ!」
走り去っていくあの娘に『意味わかんないなあ』と思った。
帰りに本屋に寄って新刊をゲット。帰宅するなり早速読み進めていった―――
◇ ◇ ◇
ふとひとの気配に顔を上げる。
「なに読んでるの?」
にっこり笑って本をのぞき込んでくる女性――ええと、誰だっけ――?
と、次の瞬間、唐突に理解した。ここは自宅。ぼくはごく普通の学生で、目の前の女の子は同い年の幼なじみ。いつも一緒に夕ごはん食べる仲。
あれ? なんでこんな基本的な事わからなくなってたんだろ?
疑問に思いながらもいつもの日常を送る。勉強して、部活して。他愛もない話をして、ごはん食べて。
ある日の帰り道、あの娘が言った。
「ヒロは、私のこと、どう思ってるの?」
どう? うーん………。
「………幼なじみ?」
正直に答えたらあの娘は顔を赤くして黙った。
「………そっかあ………そうだよねえ………」
「じゃあね」と去っていくあの娘に『意味わかんないなあ』と思った。
帰りに本屋に寄って新刊をゲット。帰宅するなり早速読み進めていった―――
◇ ◇ ◇
ふとひとの気配に顔を上げる。
「なに読んでるの?」
にっこり笑って本をのぞき込んでくる女性――ええと、誰だっけ――?
と、次の瞬間、唐突に理解した。ここは会社。今は休憩時間。ぼくはごく普通の会社員。目の前の女の子は同じ職場の先輩。
あれ? なんでこんな基本的な事わからなくなってたんだろ?
疑問に思いながらもいつもの日常を送る。仕事して、テレビ見て。他愛もない話をして、ごはん食べて。
ある日の帰り道、先輩が言った。
「ヒロは、私のこと、どう思ってるの?」
どう? うーん………。
「………先輩?」
正直に答えたら先輩は顔を赤くして言った。
「私は、ヒロのこと、好きだよ」
「……ありがとうございます?」
とりあえずそう返したら「……それだけ?」って聞かれた。「ほかになにか?」って聞いたら「なんでもない。忘れて」って言われた。
走り去っていく先輩に『意味わかんないなあ』と思った。
帰りに本屋に寄って新刊をゲット。帰宅するなり早速読み進めていった―――
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
ふとひとの気配に顔を上げる。
「なに読んでるの?」
にっこり笑って本をのぞき込んでくる女性――ええと、誰だっけ――?
と、次の瞬間、唐突に理解した。ここは庭園。ぼくは主のおとも。目の前の女の子は名家のお嬢様。
あれ? なんでこんな基本的な事わからなくなってたんだろ?
疑問に思いながらも本を閉じポケットに収める。「お茶」と命じられお出しする。
今日もお嬢様は絶好調だ。えらそうな態度も可愛らしい。でもぼくは知っている。このかたがどれほど苦労されているのか。
ぼくがお支えできたらいいんだけど。ぼくの前でだけ素を出されるこのお嬢様が少しでも心休まればいいんだけど。
いつもの日常を送る。勉強して、仕事して。他愛もない話をして、ごはん食べて。
ある日あのお嬢様が婿を探しているという話が聞こえてきた。なんと「身分は問わない」という。「有能で、お嬢様と相性がよければ平民でも構わない」とあって、あちこちから名乗りが上がっているという。
「お前も名乗りを上げたらどうだ」主がおっしゃる。「推薦するぞ」と。
あの方をお支えできる。おそばにいける。それは、なんて―――
なんだろう。ドキドキする。
おそばにいくなんて不遜なのに。考えることすら罪だというのに。
「平民でもいい」それならぼくでもいい? それなら、それなら。
気品があって。淑女の鑑で。でも実は奔放で。外面がよくて。そんな『本当の姿』を誰にも見せることなくがんばっている方。
『強い』方。立派な方。
そんな方のおそばに、もしも立てるならば――
◇ ◇ ◇
ふとひとの気配に顔を上げる。
「なに読んでるの?」
にっこり笑って本をのぞき込んでくる女性――ええと、誰だっけ――?
と、次の瞬間、唐突に理解した。ここは庭園。ぼくは主のおとも。目の前の女の子は名家のお嬢様。
あれ? なんでこんな基本的な事わからなくなってたんだろ?
疑問に思いながらも本を閉じポケットに収める。「お茶」と命じられお出しする。
今日もお嬢様は絶好調だ。えらそうな態度も可愛らしい。でもぼくは知っている。このかたがどれほど苦労されているのか。
ぼくがお支えできたらいいんだけど。ぼくの前でだけ素を出されるこのお嬢様が少しでも心休まればいいんだけど。
いつもの日常を送る。勉強して、仕事して。他愛もない話をして、ごはん食べて。
ある日あのお嬢様の家の当主が婿を探しているという話が聞こえてきた。なんと「身分は問わない」という。「有能で、お嬢様と相性がよければ平民でも構わない」とあって、あちこちから名乗りが上がっているという。
「お前を推薦しておいた」主がおっしゃる。「近日中にご挨拶にうかがうぞ」と。
あの方をお支えできる。おそばにいける。それは、なんて―――
なんだろう。ドキドキする。
おそばにいくなんて不遜なのに。考えることすら罪だというのに。
「平民でもいい」それならぼくでもいい? それなら、それなら。
気品があって。淑女の鑑で。でも実は奔放で。外面がよくて。そんな『本当の姿』を誰にも見せることなくがんばっている方。
『強い』方。立派な方。
そんな方のおそばに、もしも立てるならば――
けれど、紹介された女性はお嬢様ではなかった。
お嬢様の妹様だった。
妹様も確かに『名家のお嬢様』だ。間違いない。間違ってない。間違ってたのは、ぼくだ。 悪いのは細部まで確認しなかったぼくだ。
「互いの家に利がある婚姻」「妹姫もお主のことを憎からず想っている」そう言われても、ぼくが心惹かれたのは姉姫様のほうで―――
―――追い詰められて、ようやく理解した。
ぼくは、心惹かれていた。
あの方に。
お姿を拝見できるだけでうれしかった。ぼくにだけだらけた姿を見せてくださるのがうれしかった。公の場では凛とした貴婦人で、大人しそうなたおやかな女性なのに、実は奔放な思考回路なところが魅力的で、気がついたらいつも目で追ってた。
でもぼくはあの方に自分から声をかけることが許される立場じゃない。あの方は『高嶺の花』。決して手の届かない、触れてはならない高貴な花。
わかってた。だから、フタをした。
この気持ちは『存在してはいけない』と。『なにもなかった』と。
だけど、手を伸ばすことを許された。
まさかと思った。夢でもみているのだと。
そんなフワフワした気持ちであの方の屋敷に出向けば―――
「いい縁組だ」「主家のために婿入りするように」「妹姫様がおまえを見初めた」「姫様を大切にするように」
命じられたら「はい」と答えるしかない。受け入れるしかない。ぼくはそうしなければならない立場。だけど。
ココロにトゲが刺さっている。『ちがう』と叫び血を流している。
ぼくが望んでいたのは。ぼくが願っていたのは。
ひとり凛と立つあの方を支えたかった。笑っていてほしかった。
『守りたい』『支えたい』『そばにいたい』そう思ったのはあの方だ。他の方ではないんだ。
たとえ言葉をかわせなくても。たとえ触れられなくても。
あの方の『しあわせ』のために生きたかった。
あの方の近くでお支えしたかった。
「妹姫様と婚姻を結ぶことは姉姫様のためになる」主がおっしゃる。ああ。この方はどこまでぼくのことを見透しておられるのか。
「姉姫様のため、我が家のため、私のため。妹姫様に婿入りしろ」
命じられればぼくには「はい」以外の答えはなくて―――
◇ ◇ ◇
ピピピピピ。ピピピピピ。ピピピピピ。
音に気付いたけど動けない。―――夢? なにが? どこが? どこからが? ぼくは誰? 今はいつ?
のろりと腕を動かしてどうにか音源に触れる。たまたま通話ボタンに当たったらしい。
『ヒロ?』
あ。トモだ。―――そうだ。ぼくはヒロ。目黒弘明。昔安倍晴明と呼ばれていた主座様のハルのはとこで、陰陽師で、『水』の霊玉守護者で―――。
ボンヤリと思い出しているうちにだんだんと輪郭がはっきりしてきた。ええと、今はいつだっけ? ぼく、なにしないといけないんだっけ??
『どうした? メッセージにも返事がないし、体調でも崩したか?』
心配そうなトモの声にどうにかスマホを手に取り画面をのぞく。―――いつもの修行開始時間、とっくに過ぎてる。
「―――ごめん。寝てた」
正直に明かせば『疲れてんだろ』ってトモが言う。怒ってないみたい。逆に心配かけてる。
『今日は修行サボろう』『もう少し寝ときな』『なにもないならいいんだ。起こして悪かったな』『じゃな』
一方的に言って通話は切れた。
◇ ◇ ◇
どうにか起き上がって朝のルーティーンにとりかかる。なんか、だるい。なんだろう。風邪でもひいたのかな。
基本的に高霊力保持者は滅多に体調を崩さない。霊力を循環させることで身体のリズムが整うから。それでも大なり小なり好不調はある。霊力暴走したりすることもあるし、そうなったらしばらく寝込むこともある。
けど別に霊力暴走したわけでもないし、ここ最近は激務ではあったけれど戦闘したわけじゃないし、ごはんもちゃんと食べてた。なのになんでこんなにだるいんだろう。寝すぎかな?
アキさんもハルもそんなぼくにすぐ気が付いてくれて「神宮寺さん家のお手伝い、休んだら?」って言ってくれたけど「身体動かしたらよくなるかもしれないから」って支度して出かけた。念の為『竹さんの水』を飲んで。
神宮寺家に黒陽様が展開している結界をくぐると、その清浄さにホッとした。
「おはようございます!」いつもより意識して明るい声を出して仕事にかかる。無心で収穫してるうちにどうにか体調も落ち着いてきた。
「目黒くん、明日までだって?」一緒に働いている皆さんから声をかけられた。
「残念だなあ」「またいつでも復帰してね」「遊びに来てね」口々に声をかけられうれしくなった。
祥太朗さんと由紀子さんに離れに送ってもらうときも「残念だなあ」と言ってもらえた。自分がお役に立てたと思えて誇らしい。
「そういえば目黒くん。結納の話、聞いた?」
「え?」
突然祥太朗さんに言われてキョトンとしたら「珍しい」と驚かれた。
「明子さん達はいつも報告連絡徹底してるのに」
「あ……。ぼく、昨日あれからずっと本読んでて……」
「気がついたら朝でした」と言うと「徹夜!?」と驚かれた。
「イエイエ! 寝落ちしてたみたいです」
「いつの間にかベッドに入ってたみたいで、気がついたら朝でベッドの中でした」
そう伝えたら「ちゃんと寝なよー」と苦笑された。
「竹も昔何回もそんなことあったわよねー」
「そうだったなー」
「今はどうなのかしらねー。本、読んでるのかしら」由紀子さんの言葉に「ぼくの本、色々貸してます」「最近は体調良くなってきたみたいで、時々読んでるみたいですよ」と伝えたらおふたりともとても喜んだ。
「そうか……。本が読めるくらい元気になったのか……」
スン、と鼻をすする祥太朗さん。由紀子さんも後部座席でホッとしていた。
「夜更かししないように言っておかないとね」
「なぁに。トモがさせないだろ」
「確かに!」
「アハハハ!」と笑うおふたりはすっかりトモを信頼してる。よかった。
「あれ? なんの話だったっけ?」
「もう! 結納の話でしょ!?」
由紀子さんに叱られ「そうだったそうだった」と祥太朗さんが話を戻した。
「来週の水曜日に自宅で竹とトモの結納することになって」
「えええ!!!」
初耳だよ!? なんで誰も教えてくれないの!?
いや『結納しよう』って話は聞いてたけど。なんでそんな来週なんて!!
「トモのご両親の都合」
「ああ。なるほど」
昨日の午前中、トモと竹さん、黒陽様はトモのご両親に会いに行った。そこで今後のスケジュールの打ち合わせがされたらしい。
ぼくが聞かされていないのは『主座様命令』で強制休暇になったから? 本読んでたから?
「明子さんが『やることリスト』作ってくれたんだけど、とにかく日にちがないから忙しくって」
「でしょうねえ」
「けど、結納飾りの準備とか食事会場の予約とか竹の支度とか、半分以上明子さんがやってくれることになってるんだ」
それはアキさん、張り切ってるだろうなあ。あ。それで「今日呉服屋さんが来る」って言ってたのか。
「おれ達も顔を合わせたらお礼言ってるけど、目黒くん『祥太朗が感謝してた』って伝えておいてよ」
そう言われ「了解です」と答えた。
「けど絶対アキさんノリノリですよ。率先して準備に取り組んでますよ」
「ウチの母さんもアキさんも、竹さんを着飾らせるのが楽しくて仕方ないらしいです」
暴露したら「ありがたい」って感謝してた。いいひとだなあ。「ウチの娘なのに」「余計なことを」って言うひとだっていると思うのに、神宮寺さんご夫婦は「良くしてもらってありがたい」と言う。どこまでも善良なご夫婦に、さすが竹さんのご両親だと感じた。
「目黒くんは竹の結納についてこないの?」
由紀子さんによると、オミさんアキさんが仲人として同行、ひなさんと晃がお手伝いとして神宮寺家に向かうことは決定しているらしい。
「今のところ特に聞いてないので……帰ったら確認しておきますね」
「よろしくね」「来れたらいいね」と言う神宮寺さんご夫婦は結納を本当に喜んでいるみたい。これなら竹さんも安心だ。
「まさかこんなに早く娘を手放すことになるとはなあ……」
「なに言ってんの。生きてるんだから会えるじゃない」
さみしそうな声音に由紀子さんがすぐにツッコミを入れる。
「『本当に手放す』ところだったんだから。感謝しないと」
「そうだなあ」
ホントそうだよね。
この前ひなさんに聞いたけど、なにかひとつでも違っていたら竹さんは死んでいた。それどころかぼくもみんなも京都にいたひとみんな死んで、今ごろ京都は『死の都』に成ってた。
しみじみと『生きてる』ことを味わっていたら祥太朗さんがさらに言った。
「今竹が十五歳で、十八になったら結婚。あと三年かあ。どんな式にするかなあ」
「それはふたりが決めることよ。余計なこと言わないのよ?」
「わかってるよ。でも、アレ、憧れるよなあ。バージンロードを花嫁と父親が歩くヤツ」
祥太朗さんはすっかりやる気だ。顔がデレッとしてる。
「だから竹とトモくんが決めることだってば」
「わかってるよ。わかってるけど、ちょっと想像するくらい、いいだろ?」
「もう」と言いながら由紀子さんは笑っている。
「トモのあの調子だとすぐに子供もできるかもなあ。最初は男の子かなあ。女の子かなあ」
「早い早い早い早い」
由紀子さんが止めるけど祥太朗さんは止まらない。
「『じいじ』がいいかなあ。『じいちゃん』がいいかなあ」
「だから早いって。結納もまだなのに」
「セリフ覚えたの?」と言われ、ようやく祥太朗さんが現実に戻ってきた。
「そうだ。まずは来週を乗り切らなければ」
「そうよ。しっかりしてよ」
由紀子さんは見事に祥太朗さんを操縦しておられる。素晴らしい。
こうして見ると、いろんな夫婦のカタチがあるんだなって思う。ウチの両親は活躍する妻を夫が支えてる夫婦。オミさんアキさんは夫を立てる妻。に見せかけて甘える夫と甘やかす妻。トモと竹さんは素直な妻にベタ惚れの夫。
そういえば昨日ひなさんから借りた本にもいろんなパターンがあった。同級生カップル、幼なじみ、職場の先輩後輩、強気なひと、気弱なひと、なにかに熱中しているひと、自立しているひと。色々、いろいろ。
思い出していて、ふと、胸が痛んだ。
この痛みは―――
『言えばよかった』
なにを?
『「守りたい」「支えたい」「そばにいたい」そう思ったのはあの方だ』『他の方ではないんだ』
それは誰?
『追い詰められて、ようやく理解した』『追い詰められないと理解できないなんて』
なにを?
『ぼくは、心惹かれていた――あの方に』
それは誰?
断片的な記憶が胸をえぐる。『絶対記憶』が徐々に記憶を修復する。同時に誰かの声がする。
『ヒロの気持ちが最優先だから』『もしもヒロちゃんが―――を望むのならば、それは「許されないこと」ではなくなっている』『ヒロは「いい子」すぎる』『「恋愛のカタチ」はひとつじゃない』
『ヒロは「ヒロの恋」をしたらいい』
『休める場所になりたかった』
支えたかった―――誰を?
支えたかった―――それは、なんで?
霧散していた夢が修復される。夢で感じたことが現実味を帯びてくる。
ぼくは。
ぼくは。
ぼくは。
「―――目黒くん?」
声をかけられてハッとした。
「大丈夫? やっぱり今日調子悪いんじゃない?」
由紀子さんが後部座席から心配そうに顔をのぞき込もうとしていた。
「―――いえ、ちょっと、考え事してました」
そう微笑んでも心配そうなご夫婦に、わざと難しい顔を作って言った。
「結納が済んだら堂々と『婚約者』と名乗れるでしょう? そうなったトモが一体どうなるのかと考えたら、ちょっと―――気が遠くなりました」
「ああー」「たしかにー」神宮寺ご夫婦も脱力した。
「絶対あちこちで言いふらしまくるぞあいつ」
「今以上に竹のこと構い倒すんじゃない?」
「今でも目の毒なのに、さらにイチャイチャするってことか!? それは………」
「うう〜ん」とうなるご夫婦にぼくも苦笑が浮かんだ。