表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/571

第四十三話 治療

 熱い。苦しい。痛い。

 でも前よりはまだマシだ。


 前? 前ってなんだ?

 なんだっけ? ああ、思考がまとまらない。それどころじゃない。痛い。苦しい。


 熱い。苦しい。痛い。

 でも、まだ耐えられる。

 それに、竹さんがいる。


 竹さんが、いる。


 わかる。

 手をつないでくれている。

 霊力を流してくれている。

 俺の中に彼女のチカラが注がれている。


 竹さん。

 竹さん。


 会いたかった。

 ずっと会いたかった。


 そばにいて。離さないで。

 強くなるから。

 俺、強くなるから。


 まだまだ弱っちいけど。

 いつか必ず、強くなるから。

 貴女のとなりにいられるくらい、強くなるから。


 待ってて。


 待ってて。




 ふ、と意識が浮上した。

 なにか夢を見ていた気がする。

 なんだっけ、とボーッとするアタマで思い出そうとしたけれど、(もや)でもかかっているかのようにはっきりとしない。


 なんだっけ。大事なこと。大事な――。


 ズキリと痛む頭に「ぐっ」とうめき声がもれた。

 ハァハァと息が荒い。これは、俺の息か?


 いつも目覚めてすぐにやるように全身に霊力を巡らせてみる。と、俺のものでない霊力を感じた。


 これは。

 この、あたたかい霊力は。


 なんとか身体を起こそうとするけれど、全然身体が動かない。

 なんで。こんな。


 ボーッとするアタマで考えて、思い出した。

 そうだ。俺、鬼と戦って死にかけたんだ。


 絶対死んだと思った。

 せめて腕の一本も落としてから死のうと思って迎え討とうとしたら、鬼が消えて――で、竹さんがいて――。


 竹さん。

 竹さん。


 竹さんは、どうなった?


 竹さんの無事を確認しようと願ったら、少しだけ指が動いた。

 左手の中にナニカある。

 あたたかくて、やわらかで。


 ――ああ。竹さんだ。


 なんとかがんばって首を動かすと、見慣れた明るい髪が見えた。

 俺が寝させられているベッドにうつ伏せて竹さんが眠っているようだった。


 俺の手を握って。

 俺に霊力を注ぎながら。


「―――」

 竹さん、と呼びかけたつもりだったけど、声が出なかった。

 ハァハァという熱い息を吐くだけで声になってくれない。

 少し動くようになった左手に力を入れると、彼女の手がはっきりと感じられた。


 竹さん。

 竹さんがいる。


 ――よかった。無事だ。


 竹さんの無事を確認したら、途端に身体が沈み込んだ。

 ホーッと息を吐くだけでズブズブと沈んでいく気がした。



 とりあえず、彼女が無事ならそれでいい。

 で、ここはどこだ?

 俺はどうなってる?


 目を開けていられなくて瞼を閉じる。

 風……出せるかな……。

 やってみようと思ったけど、意識が朦朧(もうろう)としているからかうまく風にならなかった。



「気がついた?」

 聞き慣れない声になんとか瞼を開くと、目の前に見慣れない存在がいた。


 ……龍?


 寺や神社に飾ってあるような、あちこちに描かれているような、ニョロリと長い身体をした龍が目の前にいた。


 青い鱗。長い(ひげ)。たてがみだか髪だかわからないが、青に金色の混じったような毛が頭から背中にかけて生えている。


 そんな龍が俺の目の前でプカプカと浮かんでいた。


「自分の名前、言える?」

 唐突な質問に意味がわからないながらもなんとか答える。


「……し、む、……も……」


 かろうじて声が出たが、言葉にならない。

 それでも龍はそれで満足したようだ。

 ひとつうなずいてその手を俺の額に当てた。

 霊力を探られているのがわかったが、診察だとも理解できたので大人しくしておく。


「ん。薬も効いてるね。竹様の霊力もうまく馴染んでる。

 ちょっと待ってな。今薬持ってくるから」


 そう言って出て行った龍は、黒陽とハルを連れて戻ってきた。



「トモ」

 ハルの肩の黒陽が心配なのを隠しもしない様子で俺をのぞき込んでくる。

 なんだかおかしくてちいさく笑った。つもり。


 ハルが首の下に腕を差し入れて身体を少し起こしてくれた。

 そうしてなにか液体を飲まされた。

 霊力回復薬? と、なにか錠剤が入っていた気がする。


 ボスリと枕に沈む俺に、ハルが龍を紹介してくれた。


「こちら、蒼真(そうま)様。東の姫の守り役。優秀な治癒師だ。

 今回お前の治療をしてくださった。

 だから、もう大丈夫。安心しろ」


 まるで自分に言い聞かせるようなハルに、ああ、俺、相当ヤバかったんだなと察した。


 ちいさくうなずくことで答える俺にハルもうなずきを返してくる。


「晴明」と蒼真様に声をかけられたハルが俺の脇になにか差し込んだ。体温計だろう。額からなにかを剥がされた感覚のあと、ヒヤリとしたものを貼り付けられる。冷却シートか。

 冷たいと思ったのは一瞬で、すぐに熱に飲み込まれた。


 ハルが俺の脇から抜き取った体温計を蒼真様に見せている。蒼真様は何も言わずうなずいた。何度あるんだよコレ。絶対四十度はあるだろう。


 くそう。全身痛い。痛すぎてどこが痛いのかわからないくらい痛い。


「今飲んだ解熱鎮痛剤がもーちょっとしたら効いてくるから。それまで我慢しな」


 声に出したつもりはなかったけど、蒼真様にはお見通しのようだ。大人しくうなずく。

 そんな俺に蒼真様はニッと笑った。


「前よりは全然マシだよ! 身体全部くっついてるし、焦げてないしね!

 ぼくでも治せる状態だったし!

 まあ、もう二、三日大人しくしときな!」


 アハハハー! とわざと明るく軽く言う様子に、相当危険だったことが察せられた。


「……り、……ま……」

『ありがとうございます』と言いたかったのに、やっぱり声が出なかった。


「ここは北山の離れだ。

 もう大丈夫だ。だから、今は休め」


 ハルにそう言われ、安心して眠りに落ちた。




 熱い。痛い。苦しい。

 それでも目覚めるたびに良くなっているとわかる。



 竹さんに泣かれた。

「ごめんなさい」と泣く彼女。

「私の作った守護石がもっと強かったら」「もっと早く気がつけば」そう言って泣く。


「泣かないで」となんとか腕を伸ばして涙をぬぐったら、その手を取られ彼女の額に押し付けられた。


 祈るように、懺悔(ざんげ)をするように俺の手を両手で包み額に押し当て「ごめんなさい」「ごめんなさい」と泣く彼女に胸が痛んだ。



 俺が弱いから。

 だから彼女が余計な罪を勝手に背負う。

 俺のせいで。

 俺が弱いせいで。



 苦しい。痛い。

 彼女を守りたいのに。

 彼女に何も背負わせたくないのに。


 俺は、俺が許せない。




 蒼真様の治療のおかげか薬のおかげか、数日眠るとすっと熱と痛みが引いた。

 目が覚めて自分の状態に自分が一番驚いた。


「竹様が霊力流しながらずっと治癒かけてたからな」

 蒼真様がこっそりと教えてくれた。


 その竹さんは目覚めた俺の状態に安心したのか、気を失って倒れてしまった。

 あわてて支えたヒロが彼女の部屋に連れて行った。



「もう大丈夫。家に帰ってもいいよ」

「ありがとうございました」

 蒼真様の太鼓判にハルが深々と頭を下げる。

 あわてて俺も礼を述べる。


 北山のいつもの安倍家の離れ。

 俺にあてがわれた個室で診察してもらった。


 ベッドに腰掛けたまま「対価を」と言ったら「竹様と黒陽さんからたんまりもらったから。お前からはいらないよ」と言われた。


 あわててハルの肩の黒陽に顔を向けると「フン」とえらそうに鼻をならした。


「大したことはしていない。聖水と霊玉を作って渡しただけだ。気にするな」


「それよりお前が無事でよかった」

 心底安心したというようにやさしく笑う黒陽に、なんだか涙がこみ上げてきた。が、うつむいてまばたきでごまかしておく。


「ありがとう」

「気にするな」


 お互いにそっぽを向いて言葉を交わす俺と黒陽にハルがちいさく笑った。




 俺の容態が落ち着いたからと、なにがあったのかハルから聞かれた。

 信号待ちをしていたら突然鬼が現れたこと。

 救援依頼を何度も出したこと。

 俺に引きつけて下鴨神社まで連れて行き、糺の森で戦ったこと。鬼の状態。強さ。


 ハルはハルで色々教えてくれた。

 俺の救援依頼はすぐに届かなかったこと。

 何らかの妨害があった可能性があること。

 霊力のゆらぎを感じてすぐさま竹さんが転移したこと。

 俺の状態。鬼が出現した場所から糺の森までと糺の森の状態。


「なんで『境界』が開いたのかはまだ不明だ。

 偶然なのか、人為的なものなのか」


 あの鬼は明らかに『異世界の存在』だとハルが断じる。

「この『世界』の存在では有り得ない霊力量だった」と。


「あの場にお前が居合わせたのは、不幸中の幸いだった」

 ハア、とため息をついてハルが言う。


「たまたまお前がいたから『境界』が開いたことにすぐに気づけた。

 たまたまお前がいたから一般人に被害を出すことなく移動させられた。

 たまたまお前がいたからあの鬼と戦うことができた。姫宮が行くまでもたせることができた。

 ――姫宮はご自身の作った霊玉が『力不足だった』と落ち込んでおられるけど。

 姫宮の運気上昇があったから被害が最小限で済んだんだ。

 それは間違いない」


 うなずく俺に、ハルはさらに言う。


「あの石に付与されていた、物理守護と霊的守護と毒耐性と運気上昇。

 それだけあったから、お前は無事だった」


 あれを無事と言っていいのかは(はなは)だ疑問だがな。

 苦笑を浮かべる俺にハルも俺の言いたいことがわかったらしい。同じように苦笑を浮かべる。


「蒼真様もすぐ来てくださったしな」

 うなずき、ちらりと机の上に座る蒼真様に顔を向ける。

 目礼すると蒼真様はにっこりと微笑んだ。


「とにかく、あとで姫宮によくよく礼を言っておけ。

 それで褒めまくれ。

 あのひと『お前を守れなかった』って、ずっと落ち込んでるから」


 困ったように言うハルに、竹さんの苦しみが伝わってきた。

 頑固にひとの話を聞くことなく罪を背負い込んでいる竹さんに眉が寄る。

 そうさせているのが俺だという事実が、自分を殴りたくなるくらい苦しい。


「……わかった」

 かろうじて、それだけ言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ