【番外編4】恋とはどんなものだろう 7
「先に好意を向けてきたのはリカのほうだよ」
そう説明され「やっぱりね」と思わず声が出た。
「どうやって出逢ったの!?」
「妖魔にからまれてたのを助けたんだ。いわゆる『吊り橋効果』だな」
「「「へえ〜!」」」
ひなさんもワクワクした表情で話を聞いている。
「で? で!?」と先をうながしたらハルは組んでいた腕をといて肘をつき、その手に顎を乗せた。
「半ば強引に見合いをセッティングされて『結婚してくれ』と迫られた」
ああ。リカさんならやりそう。
「だが私はそのとき『半妖』だったから。人間とは添えないと思っていた」
今は人間のオミさんとアキさんから生まれてるから人間のハルだけど、昔むかしは人間のお父さんと妖狐のお母さんとの間に生まれた『半妖』だった。
で、なんか竹さんに救われて人間世界で生きることを決めて今に至ると。
「それがどうしてリカちゃんと一緒にいることにしたの?」
アキさんの質問にハルは口をへの字にしてそっぽを向いた。
「………救われたから」
ポツリと落とされた言葉に、なにも言えなかった。
ハルは背もたれに身体をあずけ、腕を組んでため息をついた。
「―――なんというか、あのひとは人間の器が大きくてな。まあそれは今でもそうなんだが、出逢ったあの頃はとんでもなく大きかった。
『吊り橋効果』で一目惚れした男が恐ろしい獣になっても平気な顔。瘴気を振りまいても幻術の妖魔で囲んでもケロリと受け入れた。『あなただから』と」
なんというか、さすがリカさん。目に見えるようだよ。
「まさか黒狐モードを見せても平気な人間がいるとは思わなかった」
「え。アレ見せたの!?」
ハルが威圧訓練のときにたまになる大きな大きな黒い狐の姿。ものすごい威圧と瘴気をまとってて、初めて見たときには涙とオシッコでビショビショになった。それを、なんの訓練もしてない若い娘さんに見せた!? で、平気だった!? すごくない!?
「そのうえ、私がずっと欲していた言葉をくれた」
「もう、降参だったよ」
照れくさそうに、それでもうれしそうに語るハル。その『ずっと欲していた言葉』がなにかは教えてくれなかったけど、きっとそれはハルの宝物なんだろうなってわかった。
「『包容力に堕ちた』というわけですね」
ひなさんのまとめに「まあ、そうなりますか」とハルは認めた。
「じゃあ相思相愛のラブラブだったのね!」
アキさんが茶化すようにそう言えばハルは眉をひそめた。
「………アレを『ラブラブ』と言っていいものか……」
「どういうこと?」とたずねたら。
「とにかくリカは突拍子がなくて」
「物語を作ること、書くことがリカの人生のすべてなんだ。それはいいんだが、書くために『取材だ!』ととんでもないことをやらかすんだ」
「『とんでもないこと』?」
「たとえば?」
「式神達をまるめこんで妖魔の群れに突っ込んだり」
「「「は?」」」
「話を聞きたいからと、『主』を家に招いて酒盛りをしたこともあった」
「「「はあ??」」」
「『瘴気の表現がわからないから体験しに行きたい』と言われたときは却下した」
「「「……………」」」
……………リカさん……………。ちょっとパワフルだけど普通のお嬢さんだと思ってたけど……………。
あ。でもそれは『前世の話』だから今は違うよね?
「今のリカも昔とそう大して変わらない」
そんな。まさか。……でもそういえばこの前「どうやったらハル様にみつからずにおそばにはべれるか」みたいな相談をしたってリカちゃん付の式神達が言ってた。『リカさんストーカー疑惑』を抱いてたら「主座様の活躍を作品にしたいとおっしゃってます!」って式神が報告して、ソッコー却下されてた。
「ホントにな。リカを見ていると毎度毎度『人間何度死んだところで本質は変わらないんだな』と思わされるよ……」
遠い目ヤメテ。こわくなるじゃないか。
「いつの時代もリカは『リカ』で。毎度毎度振り回されてるんだ」
「以上。終わり」ってハルが話を終わらせた。
「参考にならなかっただろ」って言われたけど、うーん、どうかなあ。
「つまり主座様とリカさんは『奔放な彼女と、そんな彼女に振り回されるのがうれしい彼』ですね」
ひなさんのまとめにハルは「別にうれしくはないです」って文句を言った。けどひなさんはニヤニヤしてる。きっと間違いないんだろうな。
でも、そうか。『振り回されるのがうれしい』か。
そのワードに、ポン。と菊様が浮かんだ。
異界を展開した途端にだらりと姿勢をくずす菊様。「お茶」「お菓子」偉そうに命じてこられ、傍若無人に振る舞っておられた。そんな菊様のお世話をするのはイヤじゃなくて、「次にお会いするときにはなにをお出ししようか」とか「これおいしいから今度菊様にさしあげよう」とかフツーに考えてた。
……………?
あれ?
あれれ?
ぼくがお出ししたお菓子を口にされた菊様が、その大きな目をわずかに細める。口角がほんのり上がる。そんなわずかな表情の変化で『喜んでくださった』ってうれしくなった。直接のお褒めの言葉はなかったけど、そんなふうになにも気にせず口にして、喜んでもらえるのがうれしかった。
それって。
もしかして。
いやでもそんな。ちがうよ。
自問自答を繰り返してたら「ではアキさん。二番手お願いします!」ってひなさんがアキさんに話を振った。
◇ ◇ ◇
「ええ〜。私の話が参考になるかしら〜」
「聞かなきゃわからないじゃないですか〜」
ひなさんとじゃれていたアキさんだけど「では」と背筋を伸ばして話をしてくれた。
「いつか話したかしら。私とオミさんの出逢いは、ちーちゃんとオミさんのお見合いの席なの」
「ああ。母さんとオミさんのお見合いに、父さんとアキさんも同席してたんだよね」
母さんはそれが『お見合い』だと知らず、綺麗な着物着ての食事会だと思っていた。アキさんは母さんを席につかせるために巻き込まれただけ。
父さんは頼りないオミさんのお守り――ゲフン。後見をご当主夫妻から直々に頼まれて同行していた。
そこで父さんが母さんに一目惚れした。
「その席でタカさんが暴走して。オミさんは初めて会った年下の小娘相手に『すみませんでした』って謝ってくれたの。そのときに『誠実なひとだな』って好感を抱いたのが最初」
「それから何度も会ううちに、だんだんと惹かれていったの」
「最初は背が高くてイケメンな外見に惹かれてたけど、接するうちに内面が見えてきて、そうしたら『ここがいいな』『ここが素敵』って少しずつ『好き』が積み重なっていったの」
「誠実なところとか。案外不器用なところとか。真面目すぎるくらい真面目なところとか。意外と要領悪いところとか。
情けないところも含めて『かわいい』って思うようになっちゃったの」
「ああ……。堕ちましたね」ひなさんのつぶやきに「そうなのー」とアキさんはうれしそうに笑った。
「そのうちに安倍家のあれこれを耳にするようになって。タカさんは絶対に口を割らなかったけど、気を付けて情報収集するようにしたら色々見えてくるし聞こえてくるから。
オミさんが『霊力なしの役立たず』って一族からないがしろにされてることは、わりと早い段階で知ったの」
「それを知って、母さん――宮野のおばあちゃんが言ったの。『晴臣くんと付き合うということは、安倍家からの悪意がアキにも及ぶということだ』って。『晴臣くんに巻き込まれて悪口言われたりさげすまれたりするよ』って」
わずかに眉を寄せるハルにアキさんは困ったように笑い「心配してくれてそう言ってくれたんだけどね」と理解を示した。
「父も母も、あの頃の小娘では気が回らないことに気が付いてて『やめたほうがいい』って遠回しに言ってたの。何度も、何度も。
今なら『宮野の家にも家族にも影響が出る』って理解できるんだけど、いかんせんあの頃の私は高校生の小娘だったから。そんなことまで気が回らなかったのよね」
ウンウンとうなずくアキさん。そして、ふ。と遠い目をした。
「あの頃の私にはまだ『世間の悪意』や『しいたげられるつらさ』なんて、言葉づらでしかわからなかった」
―――きっと、なにかあったんだ。
ぼくらの知らないつらいことが。
心無い言葉に傷つけられ、悪意にさらされてきたんだ。
ハルがアキさんのおなかにはいったときに式神達に命じて京都の状態とか安倍家の現状とかを調べた。そうして両親となる夫婦が不遇の立場にあると知って「ガツンとやった」らしい。
だからぼくが知っている安倍家周辺ではオミさんもアキさんも悪口言われるとかないがしろにされるとかはなかった。少なくとも表向きは。
けど、それまではどういう状態だったのかは誰もなにも言わない。身近でみていたはずの父さん母さんも。
昔、晃のお父さんを救うときに、ちょっとだけオミさんの話を聞いた。
オミさんはちいさいときから『霊力なし』なことで苦しんでいた。
けれど、きっとあのとき語ったことの奥に、もっともっとたいへんなことがあったんだろう。そうに違いない。
そう思わせる、アキさんの目だった。
「―――でも」
伏せた目を閉じ、アキさんは顔を上げた。
ぼくに向けたその目には、確固とした強い意志が宿っていた。
「あきらめられなかったの」
にっこりと微笑む表情は『淑女の鑑』と讃えられる、おだやかできれいな微笑み。それなのに『強さ』と『覚悟』が感じられた。
「実際にどれだけ害意をむけられても。どれだけさげすまれても。実害があっても」
そんなことあったの!? あ。ハルの目が一瞬細くなった。あとで確認する気だな。
「『このひとのそばにいたい』って、思っちゃったの」
そう微笑むアキさんは綺麗だった。
自信に満ち溢れていた。
「オミさんの人となりを知れば知るほど。立場や環境を知れば知るほど」
「『このひとのことを守りたい』『支えたい』って、思ったの」
「オミさんにはタカさんがいるってわかってたけど。
私みたいな小娘じゃ役不足だってこともわかってたけど。
それでも」
両手をそっと自分の胸に当て、アキさんは言った。
「私が、オミさんの『支え』になりたかった」
「オミさんの『休める場所』になりたかった」
厳かな宣誓のようだと思った。
「常に視線にさらされて、プレッシャーかけられて。見えない悪意と始終戦ってるあのひとが、隙を見せることが許されないあのひとが、素をさらけ出せる場所になりたかった。
なんの不安も心配もなくゆっくりと休める場所になりたかった」
「あのひとが『あのひと』のままで、羽根を伸ばせる場所になりたかった」
―――それは―――。
ドクン。
心臓が鼓動を刻む。
『絶対記憶』が『そのとき』の気持ちを思い出させる。
ドクン。
『完璧なお嬢様』として微笑んでいたひとが、ハルが結界を展開するなりダランと表情を変える。そのギャップが毎回おかしくて―――かわいかった。
いつもは上品でおだやかな笑顔のもの静かな女性なのに、ハルの結界のなかでは言いたいことバンバン言って、悪の親玉みたいな雰囲気でニヤリって笑う。あの笑顔が―――素敵だなって、思った。
お行儀悪く椅子の背もたれに身体をあずけて足を組んでお菓子をムシャムシャ食べるのを見て―――ああ、このひとが羽根を伸ばせるのはここだけなんだなってわかって―――大変だなぁって―――少しでも助けになりたいなぁって―――。
五千年、記憶を持ち続け、責務と女王としての責任を背負い続けてきたひと。
ひとりで凛と立ち、まっすぐに前を向いているひと。
その立ち姿はまさに大輪の大菊のようで、かっこいいと思った。―――すごく、まぶしかった。
かわいくて、綺麗で、我儘で、自信に満ち溢れてて。強くて、カッコよくて、だらしなくて―――
『支えたい』って、思った。
たくさんの重いものを背負っているあのひとの支えになりたいと。
ぼくらの前でだけは力が抜けてるあのひとの支えになりたいと。
『ヒロ、ちいさいときから菊様のこと好きだったじゃない』
『知らないうちに気持ちにフタしてたんじゃない?』
『ヒロは「ヒロの恋」をしたらいい』
昨日からもらったいろんな言葉が胸に響く。
『ぼくの恋』。『恋』。
それって、どんなもの?
『恋』。『好き』という気持ち。
それって、どんなもの?
『恋バナ』は大好き。ドキドキしてキュンキュンして、しあわせな気持ちになる。うれしくて楽しくて、いろんな話を聞きたくなる。
漫画や映画の恋愛シーンも大好き。登場人物に感情移入してドキドキしたりトキメいたり興奮したり、いろんな感情を追体験できる。
でも、そうだ。
『追体験』や『聞いた話』はあっても『ぼく自身』が『恋』を感じたこと、ない。
これまでに何度か告白された。ずっと男子校だから『同級生の女子』はいない。けど、どこで見られてるのか、知らない女の子から手紙もらったり「姉妹から」「知り合いから」と同じ学校の男から手紙もらったりした。けど全然知らない女の子に「好き」とか「付き合って」とか言われても「はあ?」しか感想がなくて、修行や仕事で忙しかったのもあってお断りしてきた。
一時期仕事で舞妓さん芸妓さんのストーカー対策でお付き合いしてるフリをした。うまく犯人を釣り出して解決したあとは皆さん「『フリ』じゃなくて本気でお付き合いして」って言ってくださった。
「好きになった」「本気になった」そう言われてもぼくは『仕事』以外に感想がなくて、どなたも素敵な方ではあったけど『恋愛対象』として見ることはできなかった。
「ぼくでは貴女にふさわしくありません」「お幸せに」ってお断りしてきた。
「『恋』に『恋』してる」いつだか母さんに言われた。「高望みすぎる」とも。
そんなこと言われても、どの女性に対してもぼくはドキドキもキュンキュンも感じなかった。父さんの言っていた「目に入れた途端に『わかった』」感じもないし、トモが言ってた『とらわれた』感じも感じたことない。『そのひとのことばかり考えてしまう』ことも『そのひとを目で追ってしまう』こともこれまでなかった。
女のひとを見て『かわいい』とは思う。『綺麗だな』とか『素敵だな』と思う。でもそれはホントにどの女性に対しても同じように感じるもので、それこそおばあちゃんでも二歳児でも高校生でも同じ。みんな等しく『かわいい』し『綺麗』で『素敵』。その内容に変化はあるけど、若ければ若いなりの、年を重ねていれば重ねただけの『かわいさ』や『魅力』がある。
―――こうして検証してみると、ぼくは自分が考えているよりも淡白なのかもしれない。
だって若い男にありがちな性的興奮感じてどうこういうことないし。なにかに執着するとかないし。
「ヒロさんは『淡白』というよりは『真面目』でしょうね」
思考を読んだらしいひなさんの声がかかる。
「これまでは忙しくて『恋愛』に割くだけの時間もパワーも余裕もなかったのでしょう」
「そういうひとは多いですよ」
「竹さんも『そう』だったでしょう?」と言われたら「確かに」って納得した。
「ヒロさんはこれまで忙しすぎましたね」目を細め、ひなさんがやさしい声で語る。
「『余命宣告』をくつがえすために必死に修行して。それがくつがえせたら今度は仕事仕事。
急いで大人になったから、子供時代に経験すべきことをスキップしちゃったんでしょうね」
ひなさんの指摘に「それはそうかも」「まさに」ってアキさんとハルがうなずく。そう? ぼく、そんな??
「生来の気質が真面目だから『サボる』とか『楽する』なんて考えなくて、ただただ『周囲の期待に応えよう』って、がんばっちゃうんですよね」
『そんな』って思ったけど、アキさんもハルも、晃までも「ウンウン」「そうだね」なんて肯定する。
「ヒロさんに必要なのは『ココロの余裕』です」
ひなさんがキッパリと宣言する。
「主座様。ヒロさん今日の午後はどんな予定ですか?」
「あちこちの状況確認を頼もうと思っていました。が……。オミでも別の者でも大丈夫です」
そうしてハルはぼくに顔を向けた。
「ヒロ。主座命令だ」
「今日はヒロは終日休みとする」
「は!?」
話についていけないぼくを無視してハルとひなさんはさらに会話を重ねる。
「ひなさんのオススメの本はどのくらいありますか?」
「そうですねえ……上はキリがないですが、最低でも十冊……」
「バリエーションは?」
「おまかせください。王道ラブラブからジレジレ、ケンカップルまで各種取り揃えてオススメします」
「そのうえでストレートなハッピーエンドをチョイスします」
「素晴らしい」
「え」「え」とうろたえてる間にハルがひなさんと晃を連れて消えた。『転移した』とようやく理解できたけど、なんで転移したのかとかは理解できてなくて、アキさんに助けを求めたらクスクス笑われてデザートを出された。
大人しくデザート食べてたら三人が戻ってきた。これでもかと本を持って。
「さあヒロさん! お勉強の時間ですよ!」
ドン! と本の山をテーブルに積み上げるひなさん。キラキラ笑顔がまぶしい。
「頭カラッポにして読破してください! 全部読み終わった頃には『恋愛脳』になってます!」
そうしてぼくは半強制的に読書にいそしんだ。