【番外編4】恋とはどんなものだろう 6
トモと別れてからなんだか落ち着かない。モヤモヤぐるぐるしてる。
恋の形? いろんなパターン?
「ぼくの周囲は特例」と指摘されてあちこちのご夫婦やカップルを思い出して検証してみた。父さん母さん、オミさんアキさん夫婦は参考にならないらしいから除外。となると……。ハルの祖父母であるご当主夫妻。目黒のおじいちゃんおばあちゃん。宮野のおじいちゃんおばあちゃん。他にも色々検証してみたけど、イマイチよくわからない。
考えながら朝ごはんを食べていたら「ヒロちゃん。時間、大丈夫?」と声がかかった。ハッとして時計を見たらいつもよりかなり遅い時間!
「わあ! マズい!」
あわててごはんをおなかにつめこんで大急ぎで支度。「行ってきます!」と飛び出して縮地で駆けた。
神宮寺家で「土曜日まで」と話をした。皆さんこころよく了承してくださって逆に申し訳なかった。
仕事をしながらチラチラと祥太朗さんを観察した。おじいさんも観察した。それぞれの奥さんとどう接しているか。顔つきは。言葉は。確かにウチの保護者達とは違う。いや、ウチの保護者達はフツーじゃないってのは知ってたけど。
仕事が終わって北山の離れに向かう車の中で「そういえばおふたりはどこで知り合って結ばれたんですか?」と、竹さんのご両親の馴れ初めを聞いた。学生生活とかデートとか結婚式とか色々聞いた。微笑ましいエピソードにほっこりした。
「目黒くんは彼女いるの?」と聞かれ「いませんよー」と答えた。
「好きな娘も?」と聞かれ「いませんねー」と苦笑で答えたら「こんなにイケメンでいい子なのに」と驚かれた。
「まだ出逢ってないだけだろ」運転席の祥太朗さんが笑う。
「目黒くんほどの男なら誰だって欲しがる」
「おれだって欲しかった!」と悔しそうに言われ笑いが起こる。
「トモよりも?」わざと茶化して問えば「もうひとり娘がいたら絶対目黒くんに押し付けたのに」と言われた。
「竹にはトモしかいないから。目黒くんはあきらめた」
心底残念そうに言われ、また笑った。
「ホント、ウチのお父さんは目黒くん大好きなんだから」後部座席から由紀子さんも笑う。
「でも、そうね。目黒くんならきっと誰でも好きになるわ」
「でも、できれば目黒くん『が』好きな娘と出逢えるといいわね」
そう言われ―――ドキリとした。
『それではお前は「本当の自分の気持ち」に一生気付けない』
『ヒロは「ヒロの恋」をしたらいい』
今朝トモに言われた言葉がリフレインする。
つい口を閉じたぼくに後部座席の由紀子さんがちいさく笑った。
「ホント目黒くんはウチの竹に似てるわね」
「……………え?」
「竹もそうなの」と前置きして由紀子さんが続けた。
「自分のことより周りを優先させる。やさしいから少しくらいイヤなことも不満も我慢してしまう。押し付けられたら断れない」
「……………そ……………」
『そんなことないです』と言おうとして―――言葉にならなかった。
思わず黙り込んだぼくに「気に触ったらゴメンね」と由紀子さんがあわてて謝罪してくれる。
「けど、だから、目黒くんが『自分で選んだひと』と結ばれたらいいなって思うの」
「相手に好きに『なられる』んじゃなくて。誰かから『オススメされた』んじゃなくて。
目黒くんが『自分で好きになったひと』と結ばれたらいいなって、思うの」
「そんな女性に逢えたらいいなって、思うの」
のろりと振り返れば、由紀子さんはやさしい笑顔を浮かべていた。まるで息子に向けるような微笑みに、なんだか照れくさく、同時にほんわかとあたたかいものが胸に広がった。
「あの優柔不断でボンヤリしてた竹だって『好きなひと』と巡り逢えたんだもん。目黒くんだってきっと『好きになれる』ステキな女性と出逢えるわ!」
力説する由紀子さんに祥太朗さんが笑う。
「イヤイヤ。竹の場合はトモの執念だろう」
「それは確かに」
「アハハハ!」と笑う神宮寺夫妻。ステキなご夫婦だなあとぼくも一緒に笑った。
「もしかしたらもう出逢ってるのかもよ」
突然由紀子さんが言った。
「目黒くんが気がついてないだけで、目黒くんはもう『出逢ってる誰か』を好きになってるのかもしれない」
その言葉に、ふと浮かんだのは艷やかな黒髪。長いまつげに縁取られた大きな目。
「確かになぁ」祥太朗さんも笑いを含んだ声でつぶやく。
「目黒くん、自分の気持ちにニブそうだもんなぁ」
「竹もそうなんだよ」と笑う。
「目の前のことに一生懸命で、他のことに目を向けられないんだよね」
ドキリ。
「目黒くんも『そう』とは言わないけどさ。
真面目でやさしいひとは自分をあとまわしにしがちだから。
時々でいいから自分を優先する時間を取ったらいいよ」
「……………はい」と答えたけど、ぼくはうまく笑えているだろうか。このやさしいひと達に心配させていないだろうか。
そんなことが気になっていたら「そういうとこだぞ」と祥太朗さんによくわからないツッコミを入れられた。
◇ ◇ ◇
離れの玄関で神宮寺さんご夫婦と別れた。今日はトモと竹さんはトモのご両親に会いに行った。もう帰ってるハズ。ご両親は野菜を持っていそいそと玄関をくぐった。
ぼくは残りの野菜を持って本家へ。昨日の分はアキさんがもらったから今日の分は「本家へ持って行って」と言われていた。
昨日は忙しかったなあ。朝トモと修行して、時間早めてもらった神宮寺家でバイトして、姫様方と話して。午後からもあっちこっち確認したりお手伝いしたり。仕方ないよね。あれだけの騒動だったんだもん。後始末もきっちりしとかないとどこでなにが起こるかわかったもんじゃない。
そんなことを考えながら歩いてたらすぐ本家に着いた。
本家には後方支援のひとがいて家事を受け持っている。料理担当のひとに野菜を渡し、ハルの執務室へ。今日ぼくが本家に顔を出すと言ったから「それなら」と本家で仕事をしていた。
「ただいま」と挨拶すればすぐに仕事を回される。書類を確認して必要なところに連絡を入れて、問い合わせをして書類を作って。
そんなことをしてたらあっという間にお昼を回った。おなかへった。
本家で食べていってもいいんだけど「主座様が召し上がる」となると大騒ぎになるから御池に帰ることにする。ご当主に挨拶して離れに戻り、転移陣をくぐって御池へ。お昼ごはんの時間は過ぎてたけどアキさんがごはんを用意してくれた。
「ヒロちゃん。本、届いてるわよ」
言われてローテーブルを見ると、定期購読してる本が届いていた。
ちいさいときから「術のイメージ固め」「戦術の勉強」としていろんな漫画や小説を読んでいる。そんな作品の中には続巻になるものも多くて、新刊が出たら届くように手配してある。
届いた本の山から一冊手に取り、ふと思った。
そういえば漫画や小説にも夫婦やカップルがいるよね。ぼくが読むのはアクションものや冒険譚やスローライフものがほとんどだけど、そんな中にも恋愛のあれこれがある。
頭の中で検索。うん。いろんなパターンがある。その中には確かにトモの言うとおり、穏やかな愛をはぐくんだり、なんとなくくっつくパターンもあった。
………ちょっと、色々読んでみようかな。恋愛関係に注目して読んだことないから、読み直してみたらなんかわかるかも。
そう考えていたら「どうぞー」とアキさんに呼ばれた。
ハルとふたりごはんを食べていたらひなさんと晃が顔を出した。
「お食事中でしたか。すみません」
「ああひなさん。お呼び立てしたのはこちらなのにすみません」
あ。ハルが呼んでたの。戻るの遅くなっちゃったもんね。
食事を中断しようとするハルにひなさんが「先に召し上がってください」「ごゆっくりどうぞ」と勧めてくれた。
「ゴメンねひなちゃん。お茶出すから、ちょっとそっちで待ってて」アキさんに勧められひなさんと晃はソファに座った。
ローテーブルに山と積まれた本にひなさんは目を輝かせた。
「あ! 新刊!」「忘れてた! 書いに行かなきゃ」「書店特典チェックしなきゃ」
あわててスマホを操作するひなさんに晃は苦笑している。いつも報告するときは『凛々しい大人の女性』に見えるのに、スマホをいじるその表情は年相応に見えて『かわいいなあ』と思った。
途端。
ユラ、と晃の気配が揺らいだ。じっとぼくを見つめてくる。
え。なに?
「コラ」
「ごめんなさい」
スパン! とひなさんに頭を叩かれ素直に謝罪する晃。なに? なんかあったの??
ため息をつくハルはなんか呆れてる。「なに?」って聞いたけど「別に」としか言ってくれない。
「すみませんヒロさん。ウチの駄犬がご迷惑をおかけしました」
「駄犬て」
『駄犬』と言われた晃は大人しく頭を下げている。
……これは、ぼくにもわかる。『まったく反省してないけど飼い主に言われたから謝罪のポーズをしているだけ』だと。
「……今、ひなさんのことを『かわいい』と思っただろう?」
心底どうでもよさそうにハルが言う。うなずいたら「それだよ」と言われた。
「ひなさんのことを『かわいい』と思う『男』に対して、晃が反応した」「要は嫉妬だ」
「はあ」思わず漏らせば「すみません」とひなさんが謝罪してくる。
「最近また思念を察知する能力が上がったらしくて。些細な思念にまで反応するようになりやがりました」
「能力の無駄遣いだな」ハルもため息をつく。
「誰にでも噛みつくんじゃないわよ」
「誰にでもなんて噛みついたりしないよ。ひなへの好意にしか反応しない」
「いばんな」
またスパンと殴られる晃。けどすぐにひなさんが晃の耳に口を寄せた。
「私にはアンタしかいないって、わかってるでしょうが」
ちいさなちいさなささやき。読唇術でようやく読めたその言葉に、晃が一気に機嫌を直した。
すごいねひなさん。アメとムチの使い分けがお見事。
そう考えていたらまた晃がぼくに目を向けた。ヤバ。
「ヒロさんは私を『恋愛対象』として見てないってわかってんでしょ? ピリピリしすぎ」
またスパンと殴られる晃。容赦ないねひなさん。
「ひながかわいすぎるのが悪いんだ」
「阿呆」
照れるなんて一切無く、バッサリと斬り捨てるひなさん。強い。
ふたりがじゃれている間にアキさんがお茶とクッキーを出した。ぼくらは食事を終えた。
じゃれてるふたりを見ていて、ふと思いついた。そうだ。恋愛関係に注目して読むなら、最初から恋愛メインの作品読めばいいんだ。
そういうのって、やっぱ少女マンガとかかな? ひなさん読書家らしいからオススメ教えてもらおうかな。
そう考えていたら。
「恋愛系のオススメですか?」
パッとひなさんに言われてびっくりした。え。ぼく、顔に出てた?
あわてて頬に手をやるぼくにひなさんが苦笑する。
「すみません。思念が読めました」
「ヒロさんはわりといつも思念読みやすいですけど、今日は特にダダ漏れになってます」
「ダダ漏れ」
思わず復唱すればハルが向かいでため息をついた。
そんなぼくらに構わずひなさんはテキパキと計画を立てた。
「ヒロさんの研究用だったら、ノーマルな純愛系がいいですね。あとで白露様にお願いして自宅に取りに行ってきます」
「え。そんな、急がないよ。ていうか、タイトル教えてもらったらぼく買いにいくし。なんならネット小説でも」
「いえいえ。布教したい作品があるんですよ。布教のためならば手間は惜しみませんよ!」
「ネットもいいけどやっぱり挿絵やおまけのついてる紙媒体で読んでもらいたいんですよ!」と力説され、あきらめた。大人しく布教されることにする。
「でもなんでまた急に恋愛系なんて――」そう言ってぼくを見つめたひなさん。すぐに「ああ」と納得の声をあげた。そんなダダ漏れになってんのぼく。情けなさに顔がゆがんじゃう。
「真面目すぎますよヒロさん。そんな難しく考えなくても」
………それ、昨日父さんにも言われました。
余計に情けなく感じていたらひなさんは困ったみたいに笑みを浮かべた。
「菊様とのお付き合いをオススメされて、真面目に考えて考えて、『恋とはどんなものだろう』って問題に行き着いたから、資料として恋愛系の作品を読もうと思いついたわけでしょ?」
そのとおりだから「………まあ」と首肯すると「そう考える思考回路がもう真面目です」と笑われた。
「『まわりの勝手なたわごとだ』って放っとけばいいのに」
「……そう言われても……」
そう。そう言われても、そんなことぼくにはできない。今回の件で色々考えて自分自身を客観的に検証して気が付いたけど、ぼくは周りに求められるように動くクセがついてる。それは『主座様』であるハルにくっついていた影響かもしれない。ぼく自身が生まれ持った性質かもしれない。そう自覚しても、だからって自分本位に動けるかと言われたら「無理」って思う。ぼくは『そういうタイプ』だ。自分でそう思う。「俺が俺が」って強引に我が道を行くのも、先頭に立ってみんなを引っ張るのもぼくには無理。
ぼくは『サポートタイプ』。主役を引き立てる影。『縁の下の力持ち』で、リーダーに指示されて動くのが向いてる。
だからこそ『今ぼくに求められているのはなにか』って考えちゃう。求められているタスクを叶えようとしちゃう。今回も周りがぼくに『菊様のお相手』を求めているのなら、そう在るべきだと思う。
けど、やっぱり思っちゃう。「不敬」「ぼくでは菊様にふさわしくない」「菊様にはもっとほかにいいひとがいるはず」
でも、なんでか知らないけど、母さんの言葉がひっかかってる。
『ヒロ、ちいさいときから菊様のこと好きだったじゃない』
『知らないうちに気持ちにフタしてたんじゃない?』
その言葉を無視することができなくて、本来なら「ぼくでは立場が違います」ってはっきり辞退しないといけないってわかってたのに、「周りが勧めるから」「菊様に利点しかないから」「ぼくもそういう年齢だから」って言い訳して『恋愛』について考えようと思った。
「まあ、それがヒロだよね」
軽ーい調子の晃の声に、いつの間にか下がっていた顔を向けた。
「ヒロはそのまんまでいいよ」
「真面目なとこも、周りに気遣いができるとこも、ヒロのいいところだ」
「そんなヒロにおれも、みんなも助けられてるから」
「自信持って」
やさしい笑顔でそんなこと言ってくれるから、なんか胸がぽわぽわして肩が落ちた。
「ありがと」ってどうにか返したけど、うれしくてなんか涙出そう。
晃はいつもぼくのココロを救ってくれる。
助けられてるのはぼくのほうだ。
じぃん。と感謝にひたっていたら「それはそれとして」とひなさんが話を向けてきた。
「資料を読み込んで判断材料増やすのもいいですけど、こういうのはやっぱり先達に教えを請うのがいいんじゃないですか?」
「『先達』?」
復唱すれば「身近にたくさんいるじゃないですか。『恋愛の先達』が」と言われた。
「ひなさんとか?」
「私とコウは『半身』なので、あまりお役に立てないでしょうねえ」
そう笑ったひなさんは「主座様、いかがですか?」とハルに話を振った。ああ。精神系能力者じゃないぼくにもわかる。ハルから恋バナ聞き出そうとしてるねひなさん。楽しそうだね。でもぼくも聞きたい!
ウキウキワクワクしてハルを見つめれば、ハルは苦笑を浮かべて困ったように腕を組んだ。
「もう千年は前の話だぞ?」
「関係ないよ! 聞きたい聞きたい!」
「私も聞きたいわハルちゃん! いっちばん最初にリカちゃんと出逢ったときのおはなしでしょ!? どっちが最初に好きになったの!?」
そそくさと椅子に座って身を乗り出すアキさんにハルは苦笑を向け、「……まあ、他ならるはとこ殿のためなら」と話をしてくれた。