【番外編4】恋とはどんなものだろう 4
母さんの問題発言から端を発した話し合いが一段落した。
「で? 他はなんかある?」と投げかけられた菊様に、今後のスケジュールなんかを報告して解散になった。
梅さんは「せっかく来たから」とお菓子作りに励まれることになり、蒼真様もそんな主にくっついてお手伝いをするという。蘭さんは佑輝と武道場へ向かった。ナツが「昼ごはん作るよ」と言ってくれて、梅さんとキッチンで作業。
トモと竹さんは午後からお祖母さんのご実家である神野家へ訪問予定で、ついていく黒陽様と三人で神宮寺家に向かった。お昼ごはんは「三人でどこかで食べる」って。ぼくとオミさんも同行することになってるけど、神宮寺家で合流するトモ達と違ってぼくらは現地集合。だからまだ時間はある。自宅でごはん食べてから向かうことになってるから「またあとでね」と別れた。
菊様も「昼食には戻らないといけない」と転移された。白露様も一緒。
ひなさんと晃、緋炎様はハルともう少し打ち合わせをしようとリビングのテーブルについた。
双子が疲れただろうからとぼく達は一足先に御池に移動した。家族だけになって「おつかれさま」って言いあって、みんなでサチとユキを褒めまくった。
「最後までいい子でおはなしを聞けてえらかったね」「よくがんばったね」「菊様に褒めていただいたね。よかったね」口々に褒め、抱きしめ、頭を撫で、よってたかってふたりを構い倒した。
「少し早いけどごはんにしましょうか」って昼食にすることに。姫様方や佑輝達のごはんはナツにまかせて、ぼくらはぼくらでごはんにすることにした。
アキさんと父さんが手分けして料理をしている間に双子を着替えさせぼくも着替え、手洗いうがいをさせてリビングへ戻った。
「絵本でも読もうか」とふたりを左右に座らせたら。
「ヒロにいちゃ」
サチが真剣な顔でぼくを見上げてきた。
「ん? なあに?」
「きくさまとけっこんしゅるの?」
「けっ!」
唐突な質問に思わずのけぞる。と、サチだけじゃなくユキまでもぼくに迫ってきた!
「ねえねえ。けっこんしゅるの?」
「けっこんしゅるの?」
「けっこんちたらヒロにいちゃ、いなくなっちゃうの?」
「やだ! ヒロにいちゃ、いなくならないで!」
ひしっ! としがみついてくる双子がかわいくてしかたない。「いなくならないよ」と言いながら両方の手でひとりずつ抱きしめる。
「ぼくはずっとサチとユキのおにいちゃんだから。いなくなったりしないよ」
「けっこんちても?」
「それは―――」
ためらったのを勘違いしたらしいかわいい双子が悲壮な顔つきになった!
「ち、違う違う!『結婚したらいなくなる』話じゃなくて! そもそも結婚がどうとかいう話が出るのがおかしいんだよ!」
慌てていたら「あらそう?」と声がかかった。
楽な服に着替えてノートパソコンで仕事をしていた母さんが頬杖をついてこっちを見ていた。
「私は『悪くない』って思うけど?」
「そんなまた無責任に」
母さんは『野生のカンが鋭い』と周知されている。「多分『神託』ですね」とひなさんが言っていた。実際これまでに母さんの言葉や選択で良い結果になった例は枚挙にいとまがない。その母さんの意見でもこれは簡単には聞けない。なんたって菊様に関係することだ。
ぼくひとりのことならある程度は聞くけど、菊様にはご迷惑になる。そのへんわかってんのかな? わかってないだろうな。
「だってヒロ、菊様のこと好きじゃない」
「だからなんでそう思うのさ」
「母親のカン」
「また根拠のないものを」
呆れてため息をつくぼくを無視し、母さんは双子に話を向けた。
「もしヒロと結婚してくれたら、菊様がサチとユキの『おねえさん』になるのよ」
「「おねえしゃん!?」」
ピョッと跳ねるふたりに『ヤバい』と察した。
「い、いや。そんな、『姫』様に無礼な「そうよー。『おにいちゃんのお嫁さん』は『おねえさん』よー。ねーアキ」
同意を求められたアキさんが「そうねえ」とあっさり答えてしまい、双子のテンションが上がった!
「おねえしゃん!」
「たけちゃんみたいな!?」
「そうよー。竹ちゃんはトモくんのお嫁さんだから厳密には『おねえさん』じゃないけど、ヒロと結婚してくれるひとはふたりの『ほんとうのおねえさん』になるのよー」
「「ほんとうのおねえしゃん!!!」」
キラキラキラー!! と目を輝かせる双子。「ちょっと! いい加減なこと言わないでよ!」と怒鳴ったけど母さんは聞きやしない。
「ふたりから見て菊様はどう?『おねえさん』になってほしい?」
「ちょ「ほちい!」「きくさまきれい!」「おねえしゃんになってほちい!」「ちょっとー!!!」
あっという間に双子はぼくの手から逃れて母親のそばにひっついた。
「おねえしゃんになったらきくさまもいっしょにすむの?」
「そうねえ。それはまたそのときに決めたらいいんじゃないかしら」
「ヒロにいちゃ、いなくならない?」
「今すぐにはいなくならないわよ。最低でも、そうねえ……大学は出てからのほうがいいだろうから、五年は先ね。少なくとも五年はサチとユキと一緒よ」
「ちょっと!!」
「もし別の家に住むとしても安倍家の仕事があるから離れのすぐ近くに家を構えることになるだろうね。それなら会いたいときにいつでも会えると思うよ」
「オミさんまで!!!」
お皿を出していたオミさんまで余計なことを言う! なんだよ! ぼくの味方はいないの!?
「だってヒロ。考えてもみなよ」
プンプン怒るぼくにオミさんはクスクス笑う。
「ハルも言ってただろ? ヒロはハルの右腕として安倍家の中枢を担うわけで、そうなると結婚相手もそれなりの人物でないといけないんだよ」
「わかるだろ?」と言われたら………確かに、そのとおりで。うなずく以外、できない。
「安倍家の役割について理解できる女性。できれば高霊力保持者。秘密も機密も守れる人物。実家も友人関係も問題のない人物。それだけでもかなり厳しい条件だってことはわかるだろ?」
「……………」
………そりゃ、わかるけど………。
「その点、菊様は理想的だ。安倍家については充分すぎるくらい理解がある。超がつく高霊力保持者。家柄も学歴も文句なし。おかしな紐がついてる心配もない。ご実家からの干渉は菊様ならこちらが言わなくても断ち切ってくださる。
強いて言うなら、そうだなあ……。タカと千明さんが主座様よりも立場が上の女性を『嫁』として受け入れられるか、だけかな?」
最後は茶化すように言うオミさんに父さんが笑う。
「オレは平気!『目黒家の嫁』じゃなくて『ヒロの妻』になってもらうんだろ?」
「『目黒』の後継者についてはまだ決めなくても大丈夫だ。ヒロはハルの右腕になりたいんだろ? ならヒロは目黒じゃなくて安倍家のことを考えて動けばいい」
やさしい表情でそう言われて、はじめてそのことに思い当たった。
そうだ。そういわれたらぼく、長男だ。普通に考えたら家を継いだり相続したりする立場だ。
これまで余命宣告やら仕事やらあって安倍家にどっぷり浸かってたから目黒の家のことは考えたことなかった。『目黒』の山には何度か行ったことあるけど、目黒のおじいちゃんの家には行ったことないし。一乗寺に両親の家はあるけどぼくは行ったことないし。ずっとこの御池の家と北山の離れでハルと一緒に育ってきたし。
そもそもこれまでにそんな話出たことない。以前「将来どうしたい?」って聞かれたことがあったけど「ハルの右腕になって支えたい」って言ったら「ふーん」って言われた。具体的にはどうしたいかツッコまれたけど、そのときも目黒家の話は一切出なかった。
そのことにようやく気が付いた。
申し訳ない気持ちで黙っていたら、父さんが「二ヒヒッ」て笑った。
「ま、難しく考えんなよ。難しく考えすぎるところ、ヒロの悪いクセだぞ?」
「……………それ、昔トモにも同じようなこと言ってなかった?」
なんだか照れ臭くて居心地悪くてそう言ったら「よく覚えてるな」って笑われた。
「まあなんにしても。ヒロの気持ちが最優先だから。
安倍家の都合とか目黒家のこととか全部とっぱらって、自分の気持ちと向き合ってみな」
軽ーく言う父親に文句を言おうとしたら、それより早くアキさんから声がかかった。
「菊様だってこれまでとはお立場が違うわ。『呪い』がなくなったことで二十歳より先の人生を考える必要性が生まれた。『責務』がなくなったことでこれからどう生きるか考える必要が生まれた」
「ヒロちゃんが菊様を『押し付けられる』のは『違う』と思うし私達も反対するけれど、もしもヒロちゃんが菊様を望むのならば、それは『許されないこと』ではなくなっているということだけは理解しておいてほしいの」
………アキさんの言いたいことは、わかる。
わかる、けど。
黙っていたら母さんが困ったみたいに笑った。
「ヒロは『いい子』すぎるのよ」
「いつも『自分の気持ち』が後回しになっちゃってる」
「確かに」「それはそうだね」なんて保護者達が同意する。けど、ぼく、そんな?
「そうかな?」
「「「「そうだよ」」」」
そんな断言しなくても。
「まあゆっくり考えな」「無理はしなくていいよ」「イヤならイヤでいいんだから」「考えるだけはしっかり考えたほうがいいよ」
口々にくれるアドバイスを受け止めている間に昼食が出来上がった。
双子が食べるのを手伝っているときも「きくさま、いつおねえしゃんになるの?」と聞かれて返答に困った。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ひなさんはじめあちこちと話し合い情報収集をしさらに話し合った結果、『菊様婚約者選定騒動』はかなりメンドクサイことに発展しそうだと意見が一致した。
「やっぱりジジイの記憶を……」と座った目でつぶやく菊様に「それは最終手段でお願いします」とハルが止めた。
「『災禍』の影響で、まだあちこち浮足立ってます。竹さんの体調が良くなってきましたから近々ご挨拶周りを始めてもらいましょう」
ひなさんが言う。
「竹さんと黒陽様が出向くことで色々落ち着くのではないかと愚考します」
「過去にご縁のあった家にも出向いてもらう予定です」
「菊様の神代家もその対象に入っていますから。面会してしまえばしばらくは『黒の姫様』ブームで大人しくなると思うんですが……どうでしょう??」
「その面会までどうにか騒動が大きくならないように調整かけたら、なんとかおさまるんじゃないかと……」
ひなさんは『看破分析』という特殊能力持ち。だからか、情報を集めて分析して予測を立てるのが上手い。これまでもその分析力と予測ですごく助けられてきた。
「フム」ハルも腕を組んで思案する。
「……近々神代の当主と私が面談しましょう。オミ。調整を」
「かしこまりました」
早々に決めたハルに「面倒かけるわね」と菊様が珍しく申し訳なさそうにされた。けどハルはにっこり微笑み「いえいえ。このくらい、お安いご用です」と返した。
「婚約破棄をしそうなところには『不誠実な者のもとに不幸が降り掛かる』という『先見』が『安倍家主座から出た』と噂を流せばどうですかね?」
「アラ。いいじゃない」
父さんの提案に白露様も緋炎様もノリノリ。「婚約破棄する寸前の家にイタズラしかけたらどうかしら」「いいわね! 信憑性増すわ!」と悪だくみ……ゲフン。より効果的な策略を検討された。
「なんにしても、ちょっとバタバタしそうですね」
「ですね」
ひなさんのつぶやきにハルもうなずく。
「……ヒロさん」
突然ひなさんに声をかけられ「はい」と答える。
「神宮寺家の状況はどうですか?」
「祥太朗さんも由紀子さんもかなり落ち着いたように感じるんですけど」
「そうですね……」神宮寺家の皆さんの様子。農場の状況。仕事の進捗。うん。一時の危うい感じは今はもうない。
「かなり落ち着いてます」
そう答えたら「じゃあヒロさんが手を引いても大丈夫ですね」と言われた。
「いきなり『今日限り』と言うと先方にもご迷惑でしょう。土曜日まででどうですか?」
そう提案され、了承した。
そもそもぼくが神宮寺家にお手伝いを申し出たのは、竹さんのご両親である祥太朗さんと由紀子さんが今にも死にそうだったから。穏やかに眠っていると思ってた竹さんが発熱して苦しんでるのを目の当たりにして苦しんで、なにも出来ないことに苦しんで、『死ぬんじゃないか』って心配して苦しんで、それでも仕事に手を抜くことができなくて、苦しくてつらいっていうのが伝わってきて、つい「ぼくにお手伝いできるなら」って声をかけた。
今は竹さんも元気になってきてるし、トモとの仲も認めて安心したこともあって落ち着いている。少し前と顔つきが全然違う。夜もしっかり眠れてるようで、仕事に取り組む様子ももう不安なところはない。
神宮寺家の皆さんはもう大丈夫。
ということで、ぼくのお手伝いは土曜日までとなった。
そのぶん土曜午後以降は『菊様婚約者選定騒動』の対処と竹さんのご挨拶行脚のための調整にかかることになった。