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【番外編4】恋とはどんなものだろう 3

 話題を変えようとしたらしい蘭さんが竹さんに声をかけた。


「そういえば竹はこれからどうするんだ?」

「『どう』?」


 キョトンとして首をかしげる竹さんに蘭さんが重ねて問う。


「結納して、十八になったら入籍すんだろ?」

「はい」

「それまでどうすんだ? 高校行くのか?」


 梅さんにも蘭さんにも竹さんが『高校に行っていない』話はしている。そのことが引っかかってるみたいで、蘭さんなりに竹さんを心配してくれてるみたいだ。


 竹さんは「え、えと」とうろたえ、チラリとすがるような目をトモに向けた

 その視線に誘導されるように全員がトモに注目した。

 一同の視線を浴びてもトモは平気な顔で、サラッと答えた。


「竹さんは高校には行かせません。体調が不安定ですので」


「そう言われたらそっか」と蘭さんも納得した。


「今後は体調をみながら安倍家の能力者として霊玉や封印石やら作ることになってます。要請があれば結界張ったり封印に(おもむ)いたりもする予定です」


 その説明にもどなたもが納得された。

「少しでもご恩返しになればいいんですけど」なんてはにかむ竹さん。自分がどれだけの実力があるか未だにわかってないんだよねこのひと。


「あと、俺達が出会うきっかけになった教授への恩返しを兼ねて、大学の古文書研究室に積み上がってる古文書の解読をすることになってます」


 トモのこの説明に姫様達や守り役様が「え?」「なにそれ」って驚いておられる。


 ………やば。


 そういえば古文書解読()の話した直後にトモが前世の記憶思い出して、そのうえ竹さんまで記憶の封印解けて『半身』のこと思い出して、それでふたりが本当に結ばれたってお祭り騒ぎになって、一連の報告はしたんだけど報告事項がありまくりだった。

 ぼくの特殊能力『絶対記憶』であのときの報告を思い出してみる。……………やっばい。報告してないや。背筋に冷や汗がたれる。


「言ってなかったか?」

「聞いてないわね」


 キョトンとして首をかしげる黒陽様。ごめんなさい黒陽様。ぼくの報告漏れです。

 菊様にドスの効いた笑みを向けられ、黒陽様はあわてたように白露様と緋炎様に声をかけた。


「白露と緋炎は一緒にいただろう。あの船岡山で今生のふたりは初めて出逢ったんだ」

「うんうん」「そうね」と同意するおふたり。


「その船岡山に通りかかったそもそものきっかけが教授に呼び出されたからなんです。

 そうでなかったら俺、竹さんに逢えなかったかもしれない」


 ハルが「ふたりを会わせるかあわせないほうがいいか迷っていた」ことも説明したら姫様達はますます驚いた。


「おまけに鬼に遭遇して死にかけたのも教授に呼び出された帰り道だったんです。

 あれがきっかけで宗主様のところで修行できることになって、竹さんのそばにいられるようになった。

 だから教授は俺達にとっての恩人なんです。

 その恩返しになればと、竹さんと黒陽が教授の集めた古文書を読み解きに行くことになってます」


 サラッと説明したトモに対し、姫様達と守り役様達はわかりやすく動揺されていた。ワナワナと震えたり、目をまんまるにされたり。


「大恩人じゃないの!!」

 爆発したみたいに梅さんが叫んだ。


「なんで黙ってたのよ!!」

「今まで一度も聞かれてませんよね?」

「口答えすんじゃないわよ!」


 理不尽に怒る梅さんにトモは『やれやれ』って感じにちいさく息をついた。


「あ、あの、梅様。私、がんばります。

災禍(さいか)』を滅するという責務が果たせたのも、私達の『呪い』が解けたのも、ぜんぶトモさんのおかげで、そのトモさんに逢うきっかけをくださった教授さんが大恩人ということは、私、わかってます。

 だから、一冊でもたくさん解読して、教授さんのお役に立てるようにがんばります!」


 生真面目に言う竹さんに「竹はそれでいいけど!」と言った梅さんがトモをにらみつける。


「そんな、竹一人が古文書読む程度で返せる恩じゃないでしょう!?

 そのひと、なんか持病ないの!? 私の薬提供するわ!」


「オレもなんかできることあったら手伝うぞ。

 古文書ずーっと読むのは勘弁だけど、ちょっとなら手伝うぞ」


 梅さん蘭さんに続き守り役様達までトモにやいやい言い出した。言われてるトモよりも竹さんのほうがオロオロしている。


「教授には昨日会いに行って、竹さんのお守りを渡しました。運気上昇と霊的守護、物理守護、健康維持の四重付与です。

 それに加えて竹さんが教授自身と教授の周囲に守護結界を自動展開しています。

 さらに黒陽が式神二体を教授の護衛につけました。

 俺も竹さんが仕事しやすいようにデータベースとシステム作る約束をしています」


 つらつらと説明されて、梅さんも蘭さんも守り役様達も納得された。

 そもそも一般人に四重付与のお守りってだけでも過剰だもんね。それが『竹さんの』ってなるとますます貴重。

 梅さん達も『竹さんのお守り』がどれほど効果があるかご存知らしい。「それなら…?」って引き下がられた。


 それでも「必要だと思ったらいつでも言いなさい」って厳命しておられた。梅さん、いいひとだなぁ。



 場が落ち着いたところでふと気がついた。

 ひなさんと晃の様子がおかしい。


 ひなさんはニコニコ穏やかにしているけど、その笑顔がなんだか作り物っぽい。まるで『なにか言いたいことがあるけど空気読んで黙ってる』みたいな。

 そして晃はわかりやすくなんか言いたそうなビミョーな顔をしている。


「―――ひなさん? どうかした?」


 話を振るぼくにひなさんは「イエ。別に。なにも」と微笑んだ。隣の晃もビミョーな作り笑顔を浮かべている。


 そんなふたりを菊様がジロリとにらみつけられた。


「ひな」

「……………」

「言いなさい」

「……………」


 菊様に命令されて、ひなさんはしぶしぶというように口を開いた。


「…………『恩人』というなら……、その………トモさんのホワイトハッカーのお友達も、そうですよね?」


 言われたトモは「ん?」と首をかしげた。

 父さんだけが「ああ。確かに」と納得している。


「ほらトモ。『ツヅキ』くんと『フジ』くん。

 トモが竹ちゃんに『お別れ』言われて竹ちゃんのこと諦めようとしてたのを励ましてくれたんだろ?」


 父さんの説明にトモは息を飲んだ。


「なんで知ってんの!?」

「ハルから聞いた」

「じゃなくて! なんで『ツヅキ』と『フジ』の名前を知ってるのかって言ってんの!」


 ぼくらからしたら『キョトン』だったけど、普通はその『名』を知らないらしい。

 ホワイトハッカーで活動しているときは違う名前で活動してる。父さんが告げた『名』は三人だけの呼び名で、社内のひとも知らないとトモが言う。


「あ。オレ、会いに行ったから」

「は!?」


 ペロッと暴露する父さんにトモは今にも爆発しそう。


「トモが『白楽様のところ』に行ってた間に会いに行って、色々話聞いて、協力要請した。

 今回のバージョンアップでも色々協力してもらったぞ」


「聞いてないよ!?」

「そりゃ言ってないからな」


 怒るトモに父さんは平気な顔。


「お前『白楽様のところ』に行く前に挨拶してからふたりに連絡取ってないだろ。心配してたぞ?」


 その指摘にトモは口をパクパクと開けたり閉めたりしてたけど、最終的には頭を抱えて机に額を打ち付けた。「ぐわあぁぁぁぁ」なんてうなってる。

 そんなトモに竹さんがあわてて駆け寄り、そっと肩や頭を撫でてやる。それでようやくトモも復活した。


 その間に父さんが皆様にその『ホワイトハッカーの友達』について説明した。

 トモが竹さんに出逢ったその日から相談を受けていたこと。折に触れて話を聞きトモを応援してきたこと。トモが竹さんを諦めようとしていたときに励ましてくれ、トモが再奮起したこと。そのおかげで『宗主様の高間原(ところ)』に迷い込み、ぼくら全員修行をつけてもらえることになったこと。


「大恩人じゃないの!!」

 またしても梅さんに怒鳴られ、トモは疲れ果てたように「ホントですね」とこぼした。


「トモさん、気がついてなかったの?」

「うん。まったく頭になかった」


 竹さんの問いかけに答えたトモは「ゴメンね?」とやさしい声で竹さんに謝罪した。

 それに対し竹さんはぷるぷると首を振る。


「………なんでひなさんがふたりのこと知ってたの?」

 ジロリとひなさんをにらむトモに晃がサッとひなさんを自分の身体で隠す。

 その晃を気にすることなくひなさんは答えた。


「報告書に書いてありました」

「なんの」

「竹さんとトモさんの動向に関する報告書です」

「そんなもんがあったの!?」


 あったんだよ。


 あの頃は、今もだけど、どんな細かいことでも菊様に報告する必要があった。そんな中で『鍵』と言われていた竹さんと、その『半身』で竹さんへの影響が大きいトモの動向は報告対象だった。それこそ竹さんのごはんの量とか内容とかまで報告してた。


 で、当時のひなさんは晃を助けたい一心でありとあらゆる報告書を熟読してた。めっちゃ細かいところまでツッコんで話聞きだして新たな報告書ができたこともある。

 この『トモのホワイトハッカーの友達』に『協力要請できないか』って案も実はひなさんの案。


『バーチャルキョート』への侵入がうまくいってなかったときだったから、実力あるエンジニアがひとりでも欲しかった。でもハッキングにあたる犯罪行為を大っぴらに「手伝って」なんて言えないから、エンジニア募集することも、父さんの昔の友達に依頼することもできなくて、困ったなあって言ってたときにひなさんが提案した。

「『トモさんのため』ってお願いしたら協力してもらえませんかね?」


 で、父さんが調べて本人に会いに行って交渉して、こっそり協力してもらってた。


 初めて知らされた事実にトモはまた頭抱えてしまった。竹さんが一生懸命にそんなトモの背中を撫でているのが微笑ましい。


「とりあえずオレからふたりにお礼は言ってるし報酬もたんまり渡してます」


 父さんの報告に「そんなもんじゃ足りないでしょ」と梅さんがぷりぷりする。


「トモが竹を諦めてたらなんもかんもアウトだったでしょ。竹、今生きてないでしょ」


 梅さんの指摘を「ご明察です」とハルが肯定する。


「そのふたりにも『竹のお守り』渡しなさい」

 梅さんの指示に竹さんが生真面目に「はい」と答える。


「さっきの恩人と同じ四重付与よ」

「はい」


 素直に答える竹さんに、ようやく頭を上げたトモが「ゴメンね」と申し訳なさそうに言う。

 けど竹さんはぷるぷると首を振り、うれしそうに微笑んだ。


「貴方をずっと応援してくれて助けてくださった方なら、お礼したい。私の作ったものがお役に立つかはわからないけど、お守り、作らせて」


 その笑顔にトモが胸を押さえて固まった。

「? トモさん?」なんてかわいい顔で顔をのぞき込まれてますます胸を押さえるトモ。

 なんで普段から『妻』とか『愛しいひと』とか言ってるのにそんなになるのかなぁ。『半身』だから?


 そんなトモに馬鹿を見る目を向けていた菊様がひとつため息をつかれた。


「………とにかく。アンタはそのふたりに連絡を取りなさい。で、なにか恩返しになりそうなことがあれば報告。いつでも、どんなことでも言いなさい。私達の全力で応えるわ」


 菊様の命令にようやく復活したトモ。

 生真面目な表情(かお)を作って「はい」と頭を下げた。



   ◇ ◇ ◇



「じゃあ次は菊だな」

 空気を変えるように蘭さんが明るい声で言った。


「菊はなんもないのか? 色々大丈夫か?」

「実はウチの姫も「白露」


 ペロッとこぼした言葉を強い声で制した菊様。

 そんな(あるじ)に白露様は「アラ姫」なんてニコニコしてる。


「ちょうどいいじゃないですか。みんなに愚痴聞いてもらいましょうよ」

「余計なお世話よ」

「いいじゃないですか。実はねぇ」

「は・く・ろ」


 主従のやりとりに梅さんが「なによ。言いなさいよ」とけしかける。

 菊様はムッとされたけど、白露様がペロッとバラした。


「今生の姫の祖父が『そろそろ菊の相手を』って言い出したの」


「相手?」

「って、なんの相手?」


 梅さんと蘭さんの質問に白露様がまたしてもペロッと答える。


「結婚相手よ」


 その答えに梅さんは「あー」と納得したようにうなずき、蘭さんは「そうなのか?」と首をかしげた。


「まだ十五じゃないか」

 蘭さんはそう言うけど。


「今生の菊様のおうちは、それなりの名家です。それこそ幼い頃から婚約者がいるのが当たり前なくらいです」

「菊様の今生の弟さんも妹さんも婚約者いますしね」


 ハルとぼくの説明に納得するみんなに、当の菊様は「はあぁぁぁ……」と大きくため息を吐き出された。


「―――もー。ホント、めんどくさい」


 だらしなく(ひじ)をつき頭を抱え、菊様は諦めたようにこぼした。


「どうせ二十歳まで生きられないって思ってたから婚約者だのなんだのはこれまで断ってきたのよ。

 今回も断ったのよ?

 なのに今回はジジイがしぶとくて。

『見合いだけでも!』とか言って、引かないのよ」


「どなたとお見合いされるんですか?」

 アキさんの質問に「知らないわよ」と投げやりに答える菊様。


「今選定中」

 守り役様がペロッと答える。

「何度も断ってるのに、聞かないのよ」

 ふてくされたように菊様がぼやく。


「まあ菊様狙いで婚約者決めてない男子が何人もいましたもんね。きっとすぐに決まりますね」

 オミさんのつぶやきに「それがね」と白露様が乗る。


「『神代(かみしろ)の当主が秘蔵の孫娘の結婚相手を探してる』とか噂が広まりつつあって。

 姫と結婚したい男の子や息子を結婚させたい親が何人もいて、婚約者が決まってないコだけじゃなくて、婚約者のいるコも婚約破棄しようと目論んでるらしいのよ」


「うわぁ」

「そんなことできるのか?」

「できなくはないでしょうけど」


 梅さんは顔をしかめ、蘭さんは単に疑問をこぼした。

 オミさんが苦笑とともに答える。


「婚約を結んでいた家とはもめるでしょうね」


 まあそうだよね。若い時からの婚約なんて家同士の都合がほとんどだもんね。

 ただ、菊様の今生のおうちは婚約破棄してでも繋がりを持ちたいと思う家もあると思う。

 

「ていうか、そんな婚約者乗り換えるような男なんて不誠実じゃない。

 そんなクズと結婚したって、ロクなことにならないわよ」


 プンプン怒る梅さん。

 お金持ちの名家の美人が婚約者探してるからってそれまでの婚約解消して名乗りを上げる男が誠実か不誠実かと問われれば、まあ不誠実だろうけど、家と家の都合を考えて、てなったら、ない話じゃない。


「相手はまあ誰でもいいんだけど」

 菊様のぼやきに「いいわけないでしょう」と叱る梅さん。いいひとだなぁ。


「相手云々(うんぬん)よりも、『私』が出せなくなってるのがしんどいのよねぇ…」


 菊様が今生生まれ落ちたとき、守り役である白露様は晃を育てている真っ最中だった。

 胎児のときから意思疎通はできてた菊様だったから、相談の上、白露様は数年菊様のおそばを離れることになった。

 これ幸いと菊様は猫をかぶりまくって生活された。


 これまでは長年付き従ってくれた気心のしれた守り役様がそばにいてくれたことで、つい素が出てしまっていた。うっかり『先見』をしてしまったり、余計なことを言ってしまうこともあった。女王の威厳を出してしまうこともあった。

 そんなもろもろをひた隠しに隠してみようと思い立った。

『ひとり耐久レース』みたいなノリで、どこまで周囲にバレずに『理想のお嬢様』でイケるか挑戦していたのだとおっしゃる。


「アンタ時々そういう阿呆なことするわよね」

「面白いでしょ?」


 面白くはないですよ菊様。


 とはいえ、そんな『遊び』も『二十歳までに死ぬ』という時間制限があるから楽しめたこと。

『呪い』が解けてこの先何十年も『お嬢様の猫をかぶる』と考えた途端「イヤになった」とおっしゃる。


「このまんま『理想のお嬢様』し続けて『理想の奥さん』するのかって思ったら、イヤになっちゃったのよ」


「猫なんかかぶるから」

 呆れた様子で苦笑される守り役様に菊様もため息をつかれた。


「どこまで周りをだませるか、試してみたいって思いついちゃったのよ」


 そして見事に現在までだましきれていると。


「……まあ、菊様ほどの高霊力保持者となると、下手な相手と一緒になられるのも困りますよねぇ……」


 ハルの意見に「そうなのよ」と菊様もうなずかれる。


「ずーっと霊力抑えて、安倍家や梅達とのやりとりにも気を遣って、本音抑えて、なんて、考えたたけでうんざりよ」


 心底うんざりした表情でため息を()かれる菊様。両肘をつき、頬を包むように両手にあごを乗せられた。


「もういっそ死んだことにしようかしら」

「はああ」とため息まじりにぼやかれる。


「死んだことにして、白楽のところに行こうかしら」

「悪くない考えですけどね」

 ハルが苦笑で答える。


「白楽様のところでは『白の女王』として過ごさねばならないのではないですか?」


 ハルの指摘に菊様は「ああ……」とうめき、がっくり首を落としそのまま頭をかかえてしまわれた。


「それこそ『先見』するとか神仏におうかがい立てるとかしたら?『この先どうすればいいですか?』って」

 梅さんがそう提案したけど。


「自分のことは問えないのよ」

「あー。なんかそんなこと言ってたわねー」


 なんか色々制限があるらしい。

 その菊様はここまで話が明らかになって吹っ切れたのか、ぐちぐちと文句を吐き出しはじめられた。

「もー、ホントめんどくさい」「いっそジジイの記憶消してやろうかしら」「ボケたことにしたらワンチャンいけるんじゃないかしら」


 発言がどんどん過激になっていってますよ菊様。


「今回はそれでしのげても、年頃になったらそうも言ってられなくなりますよきっと」

「問題先送りするだけね」

「一生独身てわけにはいかないでしょ?」


 口々にツッコミを入れられ、「あ゛ー」と菊様がうめく。『心底うんざり!』と態度で示される菊様に『仕方のない方だなあ』『かわいらしい方だなあ』とほのぼのと見守っていた、そのとき。


「じゃあヒロは?」


 突然、母さんが言った。


「「は?」」


 顔を上げた菊様とぼくが同時に声を上げた。

 ぼくらを含めた全員の視線を浴びても平気な顔で、母さんは菊様に向けケロリと繰り返した。


「ウチのヒロはどうですか?」


「―――は、はあぁぁぁあ!?」


 発言の内容が頭に届き、理解するまでに時間がかかった。ようやく理解したときには思わず絶叫していた!


「突然ナニ言い出すの!?」

 あわてて母さんに詰め寄ったけど本人は平気な顔。なんでぼくがあわててるのかわからないみたいにキョトンとして首をかしげた。


「だってヒロ、ちいさいときから菊様のこと好きだったじゃない」

「『好き』って……」


『好き』!? そりゃ、だって、ずっと子供の頃から顔を合わせてきてたし、言ってみれば幼馴染みたいなもんだし、でもぼくは『ハルのおまけ』で。『好き』って。『好き』って! え!? 母さん言ってるの、そういう『好き』!? いやいや、違うよ! 違うよ! うん!


「そりゃ、好きだけど、そういう『好き』じゃないよ!?」

「そう?」


 心底不思議そうに母さんは言う。


「自分が十四歳まで生きられないから気持ちにフタしてただけじゃない?」


「菊様との身分差があるから『好きになっちゃいけない』って知らないうちに気持ちにフタしてたんじゃない?」


 母さんの言葉はまるでなにかの呪文のようにぼくのココロに入ってくる。まっすぐに見つめてくるそのまなざしが静かなのになんでか見ていられなくて、居心地悪く感じて、つい、目をそらした。

「それ、は」「その」

 なにを言っていいかわからなくて、でも黙ってるのも違う気がして、なにか言おうとするけど全然言葉にならなくて、あせればあせるほど母さんの言葉が頭の中で繰り返される。


『好き』? ぼくが? 菊様を?

『お相手』? ぼくが? 菊様の?


 ぐるぐるしてドキドキして、恥ずかしくなってきた。ぼく実年齢はもう二十歳過ぎてるのに。でもそうだ。ぼく、女性を恋愛的な意味で『好き』になったことない。当然『お付き合い』もしたことない。『仕事』でデートしたりエスコートしたりしたことはあるけど、その女性(ひと)達にも恋愛感情持つことなかった。だって『仕事』だったし。


 十四歳までは毎日『生きるか死ぬか』だったから恋愛なんて考える余裕なかった。『(まが)』の件が片付いてからは生き長らえられる安心感と解放感でいっぱいで、そのうちみんなと遊ぶのが楽しくて遊びまくって、そうしてたら晃のお父さんの件で忙しくなって、それが片付いたら安倍家の仕事の一部を本格的に引継ぎしてまた忙しくなって、昨年末からは『姫』様方の件でまた忙しくなって、って、とにかく女性関係――恋愛関係に対して興味を抱く余裕がなかった。

『宗主様の高間原(ところ)』にいた三年半も毎日ギッタギタにされて女性どころじゃなかった。師範達はいわゆる猥談を聞かせてきたり女性を紹介してくれるひともいたけど、ぼくはいつかいなくなる『異邦人』だということはぼく自身もみんなもわかっていたからそんな気になれなかった。

「遊び」「経験」って言ってくれたひともいたけど、ぼくはそういう不誠実なのは嫌だった。たとえ「堅物」とか「つまらないヤツ」とか言われても、そんなこと実際言うようなひとは『宗主様の高間原(あそこ)』にはいなかったけど、そこで妥協したり流されたりしたらぼくが『ぼく』じゃなくなる気がして受けられなかった。


 そう考えていたら、ハッと気がついた。

 そうだ。ぼくもそろそろ恋愛関係(そういうの)考えてもおかしくない年齢(とし)なんだ。戸籍上の年齢は十七歳。高校二年生。実年齢は多分二十三、四歳。彼女がいてもおかしくない。


 彼女―――お付き合い―――。

 無意識に菊様に目を向けた。

 その大きな目と視線が合った。


 この方と―――。


 ずっとちいさな頃から定期的に顔を合わせてきた。菊様はどんどん綺麗になっていった。表では理想的なお嬢様をして、ぼくらだけになった途端だらりとだらけ不遜になる、そのギャップがかわいかった。

 ほっそりしてお人形みたいに綺麗でおうちもお金持ちで困ることなんかなんにもないみたいな人なのに、五千年も前から『責務』に立ち向かっていた。

 他の姫の苦しみをふさいで、それなのに自分は目をそらすことなく立ち向かっていた。

 きっと菊様にもつらいことがあっただろうに。苦しいことがあっただろうに。


『強い』ひと。

 立派なひと。


 凛と咲く大輪の花。

 支えたい可憐な花。


 彼女は『女王』。『二十歳まで生きられない』『責務』のために生きているひと。

 ほくもそれどころじゃなかったけど、菊様も恋とか愛とかにうつつを抜かせる状況じゃなかった。はず。

 けど『呪い』はなくなった。『責務』は果たせた。菊様は――菊様も――恋を、してもいい―――?



「―――いいかもしれない」


 ポツリとこぼれたハルの声にハッとした。いけない。ボーッとしてた。あわててハルに目を向けると、ハルは顎に指を当てて独り言のように言った。


「ヒロは私の右腕となることは決まっています。

 その結婚相手となると、家柄も霊力量も個人の資質も求められる。

 菊様なら文句はない。いかがですか?」


 言いながらハルは考えをまとめ、決めたらしい。

 顔を向けられた菊様は眉をひそめ黙っておられた。

 そんな菊様にハルがたたみかける。


「子供のときから付き合いのあるヒロならば、菊様も『素』でいられますよ」


 確かに。


「ヒロと結婚となると、自動的に安倍家に入ってもらうことになりますから、霊力とかこれまでのこととか隠すことなく過ごせますよ」


 確かに。


「結婚後はこの北山に住んでもらうことになるでしょう。

 今生のご家族やご親戚、お友達と会えなくなりますが、猫をかぶる必要もなくなりますよ」


 確かに。


「安倍家での専属護衛は白露様にお願いしましょう。

 そうすれば、これまでどおりの生活ができますよ」


 確かに。


 こうやって並べると、ぼくと結婚することは菊様にとって利点しかない。さっき挙げられた問題点は全部クリアされる。白露様もひとの姿で堂々とお側にいられる。以前言っておられた『責務もなにも関係なく好きなことしてぐうたらする』という望みも叶う。

 ご本人もそう感じられたのだろう。先程よりも真剣な表情で検討しておられる。

 

「………魅力的すぎるんだけど……」


 ボソリとつぶやかれた言葉はきっと本心。

 チラリと向けられた目と視線が合う。期待のこもった眼差しに、なんでか背筋が伸びた。


 どうしよう。どうしたらいいんだろう。なにを言えばいいんだろう。


 ドキドキして、どうしたらいいのかわからなくて、身動きひとつできなくなった。

 こういうときどうしたらいいもの? なにが正解? 頭の中で必死になにか参考資料はないかと考えるんだけど肝心なときに『絶対記憶』が仕事してくれない。ああ違う『絶対記憶』は完璧に記憶するし思い出せるけどその検索をするのはまた別だ。検索検索……ダメだ! 空回りしてなんにも考えられない!!


 あわあわオタオタしていたら、菊様が「ぷっ」とちいさく吹き出された。

 そうして諦めのような、面白いものを見たような表情でにっこりと微笑み、ハルに顔を向けられた。


「………私の都合でヒロの人生を犠牲にするわけにはいかない。

 面白い案ではあったわ。ありがとね」


 女王の笑みを浮かべる菊様に「そうですか?」とハルはそれ以上なにも言わなかった。

 ぼくはといえば情けなく「あの」「その」とうろたえることしかできなかった。

この時点で桐仁の件は菊にだけ報告しています。

ついでに全員に報告する前にひながフジとツヅキのことに思い当たり報告漏れとなりました

この三日後の土曜日、土曜夜の定期報告会で報告します


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