【番外編4】恋とはどんなものだろう 2
「それじゃあ改めて」
ぐるりと全員を見回した菊様に背筋が伸びる。他の参加者もみんな姿勢を正して菊様のお言葉を待った。
そんなぼくらに菊様は美しい微笑みを浮かべた。
「晴明。並びに安倍家の皆々。
これまでの千年という長きに渡る支援に深く感謝します」
頭を下げられる菊様に合わせて、他の姫様達も守り役様達も一斉に頭を下げられる。
ハルと、その後ろに並ぶ保護者達が深く礼を返した。二歳の双子もわけもわからずお辞儀をしている。かわいい。
「今回の『災禍』のたくらみ、あなた達がいなければ明らかにすることはできなかった。
その後もあなた達の支えがあったからこそここまでの結果と成った。本当にありがとう」
にっこりと微笑む菊様に「とんでもございません」とハルが返す後ろで保護者達はニコニコしている。
「幸千。幸隆」
思いもかけず呼ばれた双子は驚きながらも「はい!」と元気よくお返事をした。
「あなた達はまだ幼い。親や兄達に甘えたいときもたくさんあったでしょう。
なのに『忙しいから』『大変そうだから』とよく我慢してくれましたね」
綺麗なお姫様からこれまでのがんばりを認められ、双子が息を飲んだ。頬が赤く染まる。
「さらに具合の悪い竹を気遣い、励ましてくれ支えてくれたこと。感謝しかありません」
「あなた達のおかげでみんなが生きて戻れました。本当にありがとう」
菊様ににっこりと微笑まれ、竹さんからも「ありがとう」と声をかけられ、他の守り役様達からもうなずきや笑顔を向けられた双子は、パアァァァッ! と満面の笑顔になった。
ガバっと立ち上がり、ふたり揃って「ありがとうございます!!」と叫んでお辞儀をした。
誇らしげな双子に保護者達もハルもうれしそうに笑顔を浮かべている。
そんな安倍家の面々に満足そうに笑みを深めた菊様は、ついと視線を動かされた。
「ひな」
呼ばれたひなさんがピッと背筋を伸ばす。
「ここまでの幸運を授かったのも、ここまでの対策がとれたのも、アンタの働きのおかげ。
よくやってくれたわね。ありがとう」
「もったいないお言葉に存じます」
ソツなく返すひなさん。その横で晃がめっちゃ自慢げにニコニコしてる。
その晃に菊様はにっこりと微笑んだ。
「霊玉守護者の皆々」
呼ばれ、ピッと姿勢を正す。
真正面から姫様達と守り役様達の視線を受ける。どなたもその目に感謝をたたえておられた。
「あなた達のおかげで『災禍』を滅することができました。私達にかけられていた『呪い』を解くことができました。感謝してもしきれません。よくやってくれました。ありがとう」
「―――!!」
おそらくは最大級の賛辞。
深々と頭を下げられる菊様に合わせて皆様も深々と頭を下げられる。
どなたもが深い深い感謝を向けてくださっている。
よかった。
ホントによかった。
なんか涙出てきた。ダメダメ。こらえなきゃ。
ふと視線を感じて目を向けると、トモと視線が合った。
『なんか言え』『言うならお前だろ』と指摘されてるのがわかった。
そうだね。この場で発言するとしたらぼくだよね。いけないいけない。ありがとトモ。
「―――我らは我らにできることをしたまでです。
少しでも皆様のお力になれたならば幸いです」
手を付き、菊様の大きな瞳にまっすぐに目を向け、申し上げた。
「このたびは満願成就並びに『呪い』の解呪、おめでとうございます」
ぼくの言葉に「おめでとうございます」とトモが続き、あわてたように年少組も「おめでとうございます」と重ねる。
五人そろってお辞儀をした。
顔を上げたら皆様それぞれに笑顔を浮かべておられた。涙ぐんでおられる方もおられた。
◇ ◇ ◇
今日は八月初旬のとある平日。
先週竹さんが『半身』の記憶を取り戻した。
その影響でまた熱を出してた竹さんがようやく落ち着いたとき、お父さんに余計なこと言われてブチ切れた。
竹さんのご両親の説得のためにと晃とひなさんが特殊能力を使って作ったのが竹さんのこれまでの五千年を恋愛映画仕立てにした『紹介ムービー』。
ほくも『視せ』てもらったけど、もう涙ボロボロになった。ふたりがようやく結ばれて「ホントよかったねぇぇ!」って叫んだもんね。
そんな『紹介ムービー』を『視た』ご両親もトモに好意的になってふたりの仲を認めた。一昨日の話し合いで竹さんとご両親は和解。近々トモと竹さんの結納をすることが決まった。
早速トモと竹さんの話を菊様にご報告したところ、すぐに式神が飛んできた。
「ちょうどいいわ」
「後始末もだいぶ目処が立ってきたでしょ?」
「竹と智白が結納して婚約することが決まったなら、その報告も兼ねて一度全員集まれない?」
「と、申しますと??」
ハルの問に白い小鳥がかわいらしい声でさえずった。
「一度晴明の腹心である保護者達と霊玉守護者達に私達全員でキチンと挨拶したいの」
「梅達には私から話をするから。晴明。日程調整して」
そうして鶴の一声で全員集まることが決まった。
「お盆前とお盆明けとどっちがいいですか?」とおうかがいしたら「さっさと済ませたいから盆前で」と言われた。お盆前って残り数日しかないんですけど。
「夜でもいいですか?」と確認したら「アンタんとこのちびっこは夜でも大丈夫なの?」と逆に聞かれた。
「え。サチとユキもですか?」
「当然でしょ? 功労者じゃない」
「あの子達がいたから『神降ろし』ができて『異界』に行けたんでしょうが」と言われたらその通りで。
「しっかり褒めるから。まかせなさい」なんてよくわからないけど得意気に言われたら「………わかりました」以外の答えはなかった。
そうして全員の予定を確認し、現在取り組んでいるあれこれの状況を確認し、どうにか水曜日の午前中の二時間を確保。
確かにあの騒動の後処理も一段落して、ようやく落ち着いてきたところですしね。
「改めてぼくらみんなにお礼を言いたい」と梅さん蘭さんも言ってくれてましたから。いい機会ではありますね。
場所は、人数が多いから離れの武道場。
竹さんが「『異界』展開しますよ?」と軽ーく提案してくれたけど、「もう『異界』を多用しないほうがいい」ってハルが言って武道場になった。
そうだよね。『異界』や『時間停止の結界』はめちゃめちゃ便利だし、今回の件では修行に打ち合わせにって多用したけど、使えば使うほど周囲の時間と体内時間はズレが出てくる。
ぼくなんかは元々ナツの件で二年先取りしてたのに加えて宗主様のところに三年半くらいいて、帰ってきてからは毎晩守り役様達から修行受けてたから、実年齢は戸籍上の年齢よりも六歳くらい上だと思う。
トモと竹さんもしょっちゅう神域に行ったり時間停止使ったりしてるからかなり時間先取りしてると思う。
だからハルが「今後非常事態以外での時間停止及び『異界』の展開は禁止」って厳命した。
守り役様達がブーブー文句言ってたけど「姫達より先に死んで守れなくなりますよ」っておどし……ゲフン。説明したら納得されてた。
そんなわけで武道場に畳を敷き詰めて全員集合した。
机と椅子を用意しようか、座布団がいいか、いろんな案が出たんだけど、当の菊様が「畳だけでいいわよ。座布団もいらないわ」っておっしゃるから、それなら……ってこうなった。
姫様達は皆様高間原の礼装という巫女さんみたいな装い。天冠と領巾をつけて、まるで天女のよう。今までよく拝見してた装いは『略礼装』だったということで、袴の長さは足首まで、襟の襲もひとつだけだったけど、今日の装いは『正装』。袴の裾は長く、襟の襲はいくつも重ねられて美しい色彩を作り出していた。袖口も同じ襲。艷やかな白の着物には見事な地紋が広がり、その上に重ねられた極薄の千早には金糸銀糸を用いた優美な刺繍。天冠もいつものものよりも装飾過多でシャラシャラしてるし、イヤリングに首飾りに腕輪にと装飾品もあちこちについてる。
めっちゃ華やか。めっちゃ綺麗。
守り役様達は全員鎧姿だけど、こちらも『正装』とのことで、この前見たときよりも豪華さが増した鎧になってる。儀式用らしく鎧の上から羽織やマントをまとっておられる。鎧のない部分の服も地紋が織られた見事なもの。額当てや髪飾りやらイヤリングやらそれぞれにつけておられてキラキラしてる。
なんかもう、仏教絵画みたいだよね。観音様と天部みたいな。あとで写真撮らせてもらえないかな。
対するぼくらは、ハルは正装の白の束帯。保護者達は黒の礼服。双子もちゃんとおそろいのスーツを着ている。
ぼくら霊玉守護者も黒のスーツ。五人おそろい。ポイントポイントにそれぞれの属性色を差し色に使ってる。
今後こんなふうに戦闘以外の場に出ることもあるかもしれないからって作ってもらった。
ひなさんもぼくらとおそろいのスーツ。スカートにしようとしたら晃が猛反対してパンツスーツになった。
◇ ◇ ◇
菊様のご挨拶のあとは竹さん、梅さん蘭さん、守り役様達と続き、全部のご挨拶が終わった。
式神達を呼んで座卓を出してもらった。皆様には足を崩して楽な姿勢になってもらい、アイテムボックスからお茶とお菓子を取り出して並べて一息ついた。
落ち着いたところで報告会が始まった。
まずはハルから。
あのバージョンアップのあとの京都の状況。警察や消防なんかの各省庁の動き。転移させられたプレイヤー達について。注連縄切りのあとの京都の状況。『バーチャルキョート』の状況。
折に触れて報告してたことだけど、皆様そろっておられるときにご説明はしてなかったから改めてご説明した。
菊様や緋炎様が時々質問されながら、ひとまず安倍家からのご報告は終わった。
続いては緋炎様があちこちの神様や『主』様から聞いた話を報告してくださった。
『災禍』がためこんでたエネルギーは無事皆様に行き渡ったみたい。これまでのお礼を申し上げてきたことも報告してくださった。
今回の件でお世話になった神様や『主』様はもちろん、これまでの何百年何千年の間にお世話になった人間――安倍家をはじめとする家や神社仏閣――のところにも「改めてお礼に行かなければならないだろう」となった。
『姫』様と『守り役』様の話はあちこちに伝わっていて、そのおかげでこれまで助けてもらえていたという。
そういうところに「責務を果たすことができました」「『呪い』も解けました」「ありがとう」って言いに行かないといけないって。
とはいえ、蘭さんと梅さんは覚醒したことが知られていない。『異界』でのことだったから『ヒトならざるモノ』でも感知してるヒトと知らないままのヒトがいる。
菊様は『ヒトならざるモノ』には転生していることが知られているけど、人間社会ではずっと表に出ないようにしておられた。
そもそも『姫』様と『守り役』様として現代に伝わっているおはしのほとんどは竹さんと黒陽様のことで、『姫』様が複数いることを知っているのは安倍家くらい。
だから今回あちこちにお礼にあがるにあたって、神様や『主』様のところへは皆様そろって行ってもいいけど、一般の家や社寺なんかは竹さんと黒陽様とトモでご挨拶回りをするようにと改めて菊様がお命じになった。
そのトモが竹さんと結納する話を報告。「彼女が十八歳になったら入籍します」と宣言。みんなから祝福や激励をもらっていた。
報告報告で退屈だろうに、ウチのかわいい双子は興味深そうに目をキラキラさせて話を聞いている。きっと絵本とかおはなしとかと同じ感覚で聞いてるんだろうなぁ。
そんな一連の報告が終わったあとは皆様の最近の様子についての話になった。
といっても一連の騒動の後処理や報告なんかでしょっちゅう顔合わせたり話したりしてるぼくは知ってることばかり。久しぶりに会ったナツと佑輝に向けての意味合いが大きい。あ。晃とひなさんも「へー」って驚いてる。言ってなかったっけ? なかった? ゴメン。
そんな話の中で、皆様の『困り事』の話になった。
緋炎様蒼真様は人間の姿になっても「つい飛ぼうとしてしまう」らしい。白露様黒陽様もおふたり同様「まだ人間の姿に慣れてない」とおっしゃる。そりゃまあそうたろうね。五千年獣の姿だったんだもんね。皆様も「まあそのうち慣れるだろう」って軽くおっしゃってる。
梅さんは看護師を目指して専科のある高校に通ってる。今は夏休みだけど、夏休みだからこそ研修や実習がある。そのときに昔の知識が出てきて「困る」とボヤいておられた。
「現代医学で『霊力が』とか『器が』とか、出せないでしょうよ!」
そのストレスもあって毎夜離れに来てはお菓子作りに励んでいるんだけど、他にも蒼真様が管理しておられる薬草園巡りをしたり、一緒に薬を作ったりしていると話してくれた。
「梅は看護師目指すのか?」
蘭さんが聞いた。
「薬剤師とか、薬の開発者とかになったらいいじゃないか。今からでも遅くないだろ?」
それは確かに。
これまでは『呪い』があったから梅さんは二十歳まで生きられなかった。記憶がない状態でも「焦りのようなものは常にあった」そうで、だから六年以上学校に行かないといけない医師や薬剤師ではなく、比較的早く資格が取れる看護師を目指していたとこのまえ教えてくれた。
でももう『呪い』はなくなった。二十歳すぎても生きていられるなら、看護師にこだわらなくても別の道に進んでもいいんじゃないかな?
そう思ったけど、梅さんはあっさりキッパリ言った。
「製薬関係は進まない」
「なんで」
「さっきも言ったでしょ? 昔の知識が邪魔すんのよ」
これまで五千年ずっと『霊力ありき』の薬作りをしてきたから、現代の製薬方法は「ムリ」と言う。
「機械で大量生産が前提の薬作りで、どうやって霊力込めんのよ」
そういわれたら確かにそうだ。
「薬作りは今までどおり蒼真とやる。あんた達、買い取ってくれる?」
言われた竹さんとハルが「もちろんです!」「ぜひともお願いします」とニコニコしている。
そんなふたりに梅さんも満足そうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
蘭さんも剣道で「実力が上がりすぎて困ってるんだ」と明かした。
佑輝の例を聞いて、竹さんが目覚めてすぐに『竹刀を持っているときは実力の四分の一しか出ないようになる術』をかけてもらったけど、それでもやっぱり「相手の隙が見える」らしく「勝負にならない」と困ってた。
そんなストレスを解消するためにも蘭さんはほぼ毎晩離れに来てぼくらや守り役様達と修行してる。おかげで仲良くなったしぼくらも全力出せる相手が増えてうれしい。
でもそんなのを学校で出すわけにいかなくて「剣道やめようかなぁ」ってポツリとこぼした。
「オレは佑輝と違って『特錬員になりたい』とかないし。家の道場は兄ちゃんたちがいるし。
覚醒前は『強くなりたい!』ってのと『楽しい!』ってだけでやってたけど、覚醒して、そのうえ責務まで果たせたなら………」
ふう、とため息をつき、蘭さんはポツリとこぼした。
「………別に剣道続ける意味、ないんだよなぁ……」
どこかさみしそうにつぶやく蘭さんに声をかけたのはナツだった。
「じゃあ、やめたら?」
「な、ナツ!?」
あんまりにも簡単に、あっさりと言うからギョッとした。
「でもオレ、剣道やめたらなんにもなくなっちゃう。今生はこれまで剣道しかしてこなかったから」
そう言う蘭さんにナツはやっぱり「いいじゃないか」って言う。
「剣道やめて『なんにもない』状態になって、新しい『ナニカ』をみつけたらいいじゃないか」
ニッコリ笑ってあっけらかんと言うナツに、蘭さんはキョトンとしている。
そんな蘭さんにナツはやさしい表情で語りかけた。
「『今「なんにもない」ってことは、これから「なんにでもなれる」ってことだ』って、おれ、教えてもらった」
「『好きなことを見つける楽しみがあるなんて、素敵』って」
「蘭は、これから『なんにでもなれる』んだよ」
「そのために『好きなことを見つける楽しみ』が待ってるんだよ」
なるほど。すごいねナツ。
感心してたらトモがコソッと「ばーさんが」と耳打ちしてくれた。
ああ。トモのおばあさんのサトさんから言われたの。さすがサトさん。
「剣道やめて『なんにもない』蘭になったらいい」
「『なんにもない』なんて、素敵じゃないか」
ニコニコと、でもどこか得意げに言うナツに蘭さんはポカンとしてた。
呆然とナツを見つめてたけど、その目が見る見る大きくなっていった。ほっぺも赤く染まっていく。
そんな自分に気付いたのか、蘭さんはハッとして顔を伏せた。
「……………そっか」
「そうだよ」
ニコニコしてるナツに、顔を上げた蘭さんはニパッと笑った。
なにか吹っ切れたような、爽やかな笑顔。
「そうだな! ありがと!」
「ちょっと考えてみる!」
なんか前向きになったみたいな蘭さんに、よくわかんないけど『がんばれ』って思った。