【番外編4】恋とはどんなものだろう 1
ヒロ視点です
時間をぐっと戻して、『災禍』滅亡直後からおはなしをスタートします
真夏の青い空に桜の花びらが舞い踊る。
幻想的な景色のなかを山鉾が巡行する。
なんて綺麗な光景。いっそCGのよう。
式神を通して京都各地の様子を確認していた。
誰もが時ならぬ桜吹雪に興奮していた。両手を挙げつかまえようとする子供。笑顔を浮かべる高齢者。戸惑いながらもスマホを向ける若者。驚きながらも巡行を続ける山鉾関係者。山鉾と桜吹雪というあり得ない光景にシャッターを押す観光客。
京都にいるひと、すべてが桜吹雪に目を奪われた。
苦しんでいるひとも、絶望のどん底にいるひとも、みんなが上を向いた。
その目に、その手に、その苦しみに。桜の花びらが等しく降り注いだ。
こんな綺麗な景色、生涯忘れられないだろう。
そう思った。
◇ ◇ ◇
ぼくの名は目黒弘明。
この京都に暮らす高校二年生。
実年齢はずいぶん上になっちゃったけど、それはナイショ。
二歳のときに余命宣告されて、それから必死で修行を重ねてきた。
はとこのハルは前世の記憶を持って生まれた『転生者』。大昔の大陰陽師・安倍晴明そのひと。今は十回目の人生だという。
そのハルに指導を受け、陰陽師として、『霊玉守護者』として戦うチカラを得たぼくは、十四歳のときに封印が解けた『禍』を浄化し、余命宣告をくつがえした。
ぼくが生命を長らえることができたのは、これまで守ってくれて修行をつけてくれたハルと、仲間の晃のおかげ。
だから生き長らえたぼくは思った。ハルにも晃にも『恩返し』しようと。
それまでも安倍家次期当主であり『主座様』でもあるハルのお手伝いをしてきたけど、『お手伝い』でなくて『ハルの右腕になるため』にがんばろうって。
そうして与えられた仕事をがんばってきた。
◇ ◇ ◇
そのハルに連れられて、ひとりの幼い少女に出逢ったのは三歳のとき。
真っ白な肌に健康的な紅い頬。
垂れ目がちな大きな目をまつげが縁取り、唇もちいさく赤い。
絹糸のように艶のある真っ黒なストレートヘアを肩の下でまっすぐに切りそろえていた。
日本人形が動いてる。
そう、思った。
あまりにも綺麗すぎて人間だと思えなかった。
ハルといると時たま『視える』式神とか妖魔とか神使とか精霊とか、そういうモノだと思った。
そうじゃなかったら、絵本に出てきた妖精だと思った。でも日本人形だったら妖精じゃなくて違うモノかな。妖精って外国っぽいもんね。じゃあなんだろう。なんにしても、きっと神様に近い存在だろうな。綺麗で清浄で気品があって、とても近寄れない。
子供心にそう思った。
「お久しぶりでございます」
大人みたいな挨拶をしたハルに、妖精は途端に表情を変えた。
「ホント久しぶりね。遅いのよアンタ。もっと早く会えるように手筈整えなさいよ。こっちは白露がいないのよ? わかってんでしょうが」
「申し訳ありません」と苦笑で答えるハルの後ろで唖然とした。妖精が。あんなに清らだった妖精が。
姿形は変わらないのに表情が全然違う。まとう雰囲気も違う。自信に満ちあふれて、とってもえらそう。
傍若無人な態度でどっかりと椅子に座り、短い足を組んだ女の子は肘掛けに肘をつき、頬杖をついた。
ニヤリと笑うその姿は、テレビで見た悪の女王そのままだった。
幼い少女の姿でありながら威厳のある態度に、さっきまでの清らかな妖精とのギャップに、理解がついていかなくてパニック状態になった。
「で? そのちびちゃいのはなによ」
自分よりちいさな女の子に『ちびちゃい』と言われたぼくは、怒るなんて考えもつかないくらい唖然としていた。
それがぼくと菊様との初めての出逢い。
◇ ◇ ◇
初めてお会いしたときから菊様はぼくらの前でだけ楽な態度で接してくださる。それは自分達の事情を知っている、長年顎で使ってきたハルが相手だから。
ぼくはそのハルにくっついてる『おまけ』。
それでも『おまけ』なりに菊様と親しくさせていただいていた。
そうして中学二年の春休みに『禍』を浄化しぼくの余命宣告をくつがえしたあと。竹さんの覚醒が始まったと言われ、ハルは姫様方のために動き出した。
ハルにくっついているぼくもなんだかんだとそのお手伝いをした。定期報告には同席した。菊様は歳を重ねるごとにどんどん綺麗になっていった。
中学生になった菊様はどこから見ても『良家のお嬢様』だった。家柄も、立ち居振る舞いも、学校や習い事の成績も、文句のつけようがない、理想的なお嬢様だった。
そんな菊様に心酔してるひとはたくさんいた。「嫁に」というひともたくさんいた。菊様はいつも信奉者に囲まれて微笑みを浮かべておられた。
なのに時間停止をかけた『異界』を展開してハルとぼくの三人だけになった途端、ドッと表情が崩れる。
「『お嬢様』も疲れるわ」なんてボヤきながらだらしない姿勢でお菓子をもしゃもしゃ召し上がる。
油断しまくったそんな態度が嬉しく感じるようになったのはいつからだったろうか。
不敬だと理解していたけれど、ぼくはそんな菊様を『かわいらしい方だなあ』と思うようになっていた。
◇ ◇ ◇
高校一年生の冬に竹さんを拾った。
そこから事態は目まぐるしく動き、高校二年生の夏、ついに姫様方の本懐である『災禍』滅亡を成し得た。
ニュースで、ワイドショーで、ネットで。あちこちで季節外れの桜吹雪と『バーチャルキョート』のシステム崩壊について報じられた。科学的根拠に基づいた見解から荒唐無稽な妄想まで、様々な意見が様々に挙げられる。それらをまとめたものに目を通し、警察をはじめとした省庁とやりとりをし、保志叶多の死亡に関するあれこれをし、他家や『守護者』達への連絡をし………。
あっちへこっちへと走り回り、話をしては話を聞き、報告をしては報告を聞き、どうにかこうにか動き回っていた。ひなさんが分かりやすく指示を出してくれたから大きな混乱もなく対処できた。ほんと、ひなさんがいてくれて助かった。
竹さんだけでなく他の姫様方も昼食のあと発熱されたため、姫様四人は戦線離脱。そのぶん守り役様達ががんばってくださった。おかげで神様方や『主』様方にも筋を通すことができたし、あの桜吹雪のせいで暴走したあれやこれやも事件になる前に対処できた。
バタバタしていたぼくたちだから、翌日も学校を休んだ。その次の日も。そうしてそのまま夏休みに突入。変わらず忙しく事態収拾に駆け回っていた。
そんな中、早々に顔を出されたのは梅様。
十七日の昼に発熱された梅様はすぐに自前の薬を服用。しっかりと寝て、翌日の朝には熱が下がった。
十八日には周囲に心配されながらも普通に学校に行って授業を受け、その翌日も大人しく学校に行った。それで「すっかり良くなった」とのことで、学校が休みの土曜日に「なんかやることある?」と気軽に来てくださった。
菊様にハルが連絡を取ったところ「梅は表に出すな」と返ってきた。そりゃそうだよね。どんな病気でも怪我でも治せる梅様の存在が明らかになったら、とんでもない騒動が起きると簡単に予想できるもんね。
「現段階では『姫』は『竹さんひとり』だと思われています。『新たな姫』がいることは黙っていたほうが賢明でしょう」
ひなさんもそう分析する。
京都の神社仏閣や旧家で『姫』のことは伝わっていた。『黒の姫』である竹さんにまつわる伝承が多かったけど、『先見姫』や『薬師姫』の話もあった。
けど、ここ数百年は『災禍』が封印されていたから菊様も梅様もそんなに目立って動くことはなかったから、結果ふたりの『姫』は過去の話に埋もれていた。
戦国期にはあちこちで女性が活躍していて、『〇〇姫伝説』みたいなのがわんさか生まれた。菊様と梅様の話もその中に埋もれて、現代では『転生を繰り返す姫』は『黒の姫』ひとりだと認識されている。
蘭様に関しては、どうも『姫』だと思われていないらしい。鬼退治伝説の武将達と同列の扱いでの話がいくつか伝わっていた。
で、今生。
竹さんは今年に入ってからあちこちにご挨拶に行ったり結界の確認に行ったりでウロウロしていた。そのときに神使様達を通して「あれが『黒の姫』だ」と知ったひとがかなりいて、『伝説の姫が現代の京都にいらっしゃる』という話は広がっていた。
安倍家が「特別なお守り」や「特別なアイテム」をバンバン出していることもその証明になった。
だから『姫』が安倍家にいることは知ってるひとは知ってる話。
でも、その『姫』がじつは『複数いる』という話は安倍家以外には知られていない。
だから梅様に表立ってなにかしていただくことはできない。そうお伝えして「またなにかお願いしたいことがありましたら連絡させてください」ってハルが言ったんだけど「自分達の責務のためにこれまで散々世話になったんだから」「今回だって調査から後始末まで全部やってもらったんだから」と梅様が引かなかった。
「じゃあ場所貸して」と言われ、離れのキッチンで梅様と蒼真様が調薬に励まれた。
そうして回復薬や傷薬や、普段使えそうな薬をたくさん作ってくれた。それだけでなく、浄化石やらなんやらの霊玉もくれた。
「今回世話になった対価よ。全部晴明にあげる。好きに使いなさい」
さっぱりとした態度に、ハルも「では遠慮なく」と受け取った。
◇ ◇ ◇
梅様もすぐに夏休みに入った。けど夏休みを利用した実習や研修がいくつも入っているとのことで、実家には帰らずに寮でそのまま寝起きするとのことだった。
それでも学校があるときに比べると時間はある。そんなときに「キッチン使わせて」と離れに来られるようになった。
「寮だとできないのよ」と梅様が嬉々として行ったのは、お菓子作り。幼い時からの梅様の趣味だとおっしゃる。
最初は材料を自分で持ち込んでクッキーを焼かれた。アキさんに負けず劣らずのおいしさに驚いた。
「調薬みたいなもんだからね」
記憶は封じられていても『病人や怪我人を救うこと』『薬を作ること』は梅様の魂にしっかりと根付いていて、幼い頃から「医療従事者になる」と決め、趣味としてお菓子作りを楽しんでいたと話してくれた。
「それなら」とぼくが『宗主様の高間原』に持って行った製菓関係の道具を全部出した。
修行をつけてもらう対価として洋菓子の知識を学んだことを話し「好きに使ってください」と提供すると梅様はすごく喜んでくださった。
話を聞いたアキさんが材料もたっぷり用意してくれた。
四月に入寮してからお菓子作りができなかったという梅様は大喜び。時間をみつけては離れに来てお菓子を作っておられる。おかげで離れのリビングダイニングは甘いにおいが染みついた。
そして梅様が勢いのままに作りまくるお菓子は守り役様達やぼくらだけでなく、安倍家のひとたちにも行きわたった。
美味しいお菓子――それも毎回種類が違う――に元気づけられて、事後処理は順調に進んでいった。
ほぼ毎晩やってきてはお菓子を作る梅様に、すぐにぼくらも親しくなった。
アキさんは一緒にお菓子を作り、母さんはそんなお菓子を「美味しい!」「美味しい!」とニコニコで口に運ぶ。
蒼真様は少年の姿になっても相変わらず美味しいものが大好きで、やっぱり「美味しい美味しい」と喜んで食べている。
そんな蒼真様が「良くしてもらった」と聞いた梅様はぼくたち家族に最初から好感度マックスだった。
「晴明の配下」でなく「蒼真がお世話になったご家族」として接してくださり、あっという間に仲良しになった。
「『梅』でいいわよ。私も呼び捨てで呼ばせてもらうから」そう言われ、保護者達は「梅ちゃん」と呼ぶようになった。ぼくはさすがに『ちゃん』は抵抗があったので「梅さん」と呼ばせてもらっている。
ちなみにハルは頑なに「梅様」呼びのまま。「千年そうしていたものを今更変えられない」と言う。梅さんもそこは納得できるようで、強制はしなかった。
梅さんがお菓子を作りまくっている話を聞きつけ、やっぱり毎晩来るようになったのが蘭様。
「梅はなに作らせてもうまいな!」と、焼きあがる端からもしゃもしゃと口に運んでいる。
「竹も早く目を覚ませばいいのにな」「枕元に置いといたら起きないか?」なんてお菓子を持って竹さんの部屋に突撃したりする。
蘭様も夏休みに入ったけど、剣道部の練習も試合もあるので変わらず寮で寝起きしておられる。とはいっても一日休みの日もあるわけで、そんな休日にはこの離れに来て身体を動かしておられる。
「昔の記憶取り戻したら、部活の練習だけじゃ物足りなくて……」とぼやく蘭様。『禍』の封印のために修行をした直後の佑輝と同じことを言う蘭様がおかしくてあの頃の佑輝の話をした。
竹刀を持ったときは半分の実力しか出せないよう『制限』をかけられているという話に「いいなそれ!」と乗り気になった蘭様。ハルに「かけて!」と頼んだけど、蘭様のほうがハルより強いからと「ムリです」って断られてた。
「姫宮がお目覚めになられるのをお待ちください」って言われて竹さんのところに突撃していった蘭様。
黒陽様に怒られた。
「じゃあ黒陽が相手してくれよ!」
「私は今、我が姫から離れるわけにはまいりません」
「じゃあ緋炎!」
「今忙しいの、見てわかりませんか?」
「白露!」
「ごめんなさいね蘭様。私今、姫から離れられないんです」
「蒼真!!」
「ヤだよ! 蘭様の相手は疲れるんだよ!!」
守り役様全員からフラレた蘭様。「いいよ! じゃあどっかの神か『主』にケンカ売ってくる!」と出ていこうとするからあわてて止めた。
ハルが佑輝を呼び出してくれた。
「蘭様のお相手をしろ」
佑輝は喜んで対戦した。
蘭様には敵わなかった佑輝だけど「負けても楽しい!」と何度も何度も向かって行った。
そんな佑輝に蘭様は大喜び。武道場に結界張ってふたりでじゃれていた。
佑輝ひとりでお相手するのは大変だからとナツも呼び出された。仕事終わって疲れてるだろうに。
ナツは『完全模倣』の特殊能力持ち。だから蘭様と佑輝が戦うのを見るのは「勉強になる」と付き合ってくれた。
時間がゆるせばぼくと晃も参加した。『宗主様の高間原』で修行してきたぼくらよりも蘭様は強かった。一対一では毎回負けた。数人がかりでようやく互角。ここまで実力差があると『悔しい』なんて思わない。修行をつけてもらうつもりで、胸を借りるつもりで毎回食らいついていった。
そうやって遠慮もなにもなくぶつかり合っているうちに蘭様とも仲良くなった。「『蘭』でいいよ」とご本人はおっしゃって、佑輝とナツは「蘭」て呼ぶようになった。ぼくと晃は「蘭さん」呼びで落ち着いた。
蘭さんの相手をするぼくらが疲労困憊怪我だらけになるのは「想定内」だそうで、毎回梅さんが丁度いい頃合を見計らって顔を出してくれた。
式神を飛ばして蘭さんの結界に入ってきて「お菓子できたわよー」と声がかかるのが終了の合図。
蘭さんが結界を解いたところに梅さんと蒼真様がやってきて、ぼくらの治療をしてくれる。そうしてみんなでお菓子をもりもりいただく。
最初はクッキーとかパウンドケーキとかババロアとか簡単なお菓子を作っていた梅さんだけど、時間があること、ふるまいがいのある食べ盛りが何人もいることでやる気が刺激されたらしい。手の込んだもの、食べ応えのあるものが出るようになった。
このまえは肉まんを大量に作ってもらった。何種類も具があって、どれも美味しかった。
その次は大量のカップケーキを作ってくれた。チョコやバナナの入った甘いのだけじゃなくて、ナッツの入ったのやベーコンの入ったおかず系まであって、あんなにあったのに気がついたらなくなってた。
「ホントあんた達の食べっぷり見てたら気持ちいいわ!」と梅さんが喜んでくれる。
そして「次なに食べたい?」って聞いてくれる。
「肉巻きおにぎり!」「サンドイッチ!」「ホットドッグ!」「あんた達それもうお菓子じゃないじゃない」
そんなふうにぼくらはワイワイと楽しく日々を重ねていた。
◇ ◇ ◇
「蘭がしゃしゃり出てきたら邪魔だから。いい子守がついてよかったわ」
「ホントですね。ウチの姫、仕事させればできるんですけど、飽きっぽいのと大雑把なのが……」
「覚醒直後で事情がわからない大雑把に暴れまわられて引っ掻き回されたらたまったもんじゃないわ。
晴明。しばらく蘭を頼むわよ」
「かしこまりました」
「梅はお菓子作りに夢中になってるし。あそこはあのまま放置で」
「はっ」
そんな菊様の『思いやりあるご配慮(?)』により、梅さんと蘭さんは後始末に関わることなくのびのびと過ごしていた。