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閑話 とある保護者によるあの娘の現在

『災禍』滅亡から三か月後

ひなと晃と四人で神宮寺家に出入りしていたときのお話です

ひな・晃・トモ高校二年生、竹十五歳(高校一年生相当)です

 私は鈴木成美。ごくごく普通のパート社員。

 会社員の夫との間に三人の子供の五人家族。子供は高三男子、高一女子、中三男子。みんなすっかり大きくなった。「誰が最初に恋人を連れてくるかしら」なんて旦那と話している今日このごろ。きっとそう遠くないと思っている。



   ◇ ◇ ◇



 今日は高校一年生の娘が初めて大会に出場した。がんばったごほうびに夕ご飯を娘の希望メニューにすることにして、帰宅途中にいつものスーパーへ足を運んだ。

 ちょっといいお肉にしようか、それともお寿司にしようかなんて話しながらゆっくりと店内を進んでいたら、少し前を歩くふたりに目がいった。


 仲良く寄り添う若い男女。新婚さんかしら。

 ニコニコ微笑み合い「おいしそう」「そうだね」なんて楽しそうにしている。


 背が高めの若い奥さんと、奥さんよりさらに背の高い旦那さん。旦那さんめちゃめちゃハンサム。最近の若い子は腕も足も長くてスタイル良くていいわねえ。ウチの息子も十年後にはあんなふうにカッコよくなってるかしら。なってるとうれしいけど、ムリかしら。


 奥さんはかわいらしいタイプね。ふっくらほっぺにタレ目で、やさしそうな雰囲気。あら。旦那さんてば奥さんにベタ惚れね。奥さんに話しかけられたら途端に表情がデレッとなるわ。この夫婦の力関係、わかりやすいわー。


 きっと穏やかなな奥さんにベタ惚れの旦那さんが尽くしてるのね。で、そんな旦那さんに奥さんは甘える、と。

 いやん。溺愛系の小説みたいじゃない。私そういうの大好き!!


 ウチはごく普通の夫婦だからね。仲良しではあるけど、そんなベタベタ甘々ではない。現実でそんなんされたらウザいし重いわ。

 だからこそ甘々フィクションが楽しいの。キュンキュンが欲しいの。小説や映画を通してトキメキとシアワセが欲しいの。


 そんな私の目の前に、フィクションから抜け出てきたような夫婦が、それも新婚さんと思われる若々しい夫婦がいる。観察したい! いや、すべきでしょう!


 ウキウキと若夫婦を見つめていたら、娘も若夫婦に気が付いた。

「わ。すごいラブラブカップル」

「カップル? 夫婦じゃない? ほら、指輪してる」

「ほんとだ」

「いいわねぇ仲良しで」

「男の人、すごいかっこいい。いいなああの奥さん。あんなにかっこいいひとにあんなに愛されて。うらやましい」

「ほんとねえ。えまちゃんの旦那さんになるひともあんなふうに愛してくれるひとがいいわねえ」

「ホントそれ。どっかにそんなひといないかなー」


 カートを押す旦那さんにぴったり寄り添い歩く奥さん。時々気になるものを見つけては旦那さん話しかけ、そんな奥さんにニコニコデレデレしている旦那さん。もうあの周辺だけ空気がピンク。ウチだけじゃなくて周りの買物客みんなあの夫婦に注目してる。なのに当の若夫婦は全然気にしていない。『ふたりの世界』が出来上がってる。


「え? なんかのドラマの撮影とかじゃないよね? カメラないよね??」

 ハッと気付きキョロキョロする娘。そう言われたらそうかもと思って私もキョロキョロしたけど、テレビスタッフらしきひとも隠しカメラも見つからない。

 と、こちらに向かってカートを押すひとに気が付いた。


 あ。

 神宮寺さんだ。



   ◇ ◇ ◇



 神宮寺さん。

 娘の同級生のお母さんで、小学校のときに一緒にクラス委員をした。

 下の息子が神宮寺さんの上の息子の二学年上で、同じ少年野球チームに入ってて中学校でも野球部で一緒だったから、そっちでも親しくしていた。


 神宮寺さんは家族で農業に携わってるから土日の朝とかの練習のお世話や対外試合の応援への参加は難しい。その分平日夕方の練習のお世話は毎回やってくれたし、バーベキューするときの野菜を差し入れてくれたりクリスマス会のお世話をしてくれたり監督コーチと保護者の連絡係を受け持ってくれたり、私達土日しか動けない保護者よりもたくさんお世話してくれてた。


 それなのに全然恩着せがましいことなくて、逆に「応援に行けなくてごめんなさい」「お任せしてばかりで申し訳ない」って頭を下げて「お願いします」って言うひとで、私達土日しか動けない保護者は「神宮寺さんのぶんまでがんばろう」って一致団結したものだ。


 秋の今は中学三年生の息子が野球部を引退したから私が関わることはなくなったけど、夏までは野球部の応援に行っていた。

 そこで他の保護者さんから聞いたのは、神宮寺さんがかなりまいっているという話。


 娘と同級生の竹ちゃんが中学に入ってすぐの野外活動から体調を崩しているのは知っていた。同じクラスだった娘も心配してよく話をしていたし、参観日で見かけたときも表情が暗かった。


 ウチの実家の母と叔母が神宮寺さんの農場で働いているから、時々ご家族の様子を聞くこともあった。

 竹ちゃんのお父さんやおじいさんが農場の片隅でこっそり涙をぬぐっているとか。「なんでウチの竹が」って野菜に向かってつぶやいてたとか。

「もう、見ていて痛々しくてねえ」そういう母も叔母も「かける言葉も見つからない」と涙ぐんでいた。


 だから周囲の保護者や子供達の同級生達が竹ちゃんのことを「サボリ」「ズル」と言っているのも、神宮寺さん夫婦に対して「甘やかしすぎ」「過保護」「むしろモンペ」という声も「違う」とわかっていた。

 表立って異論を唱えたりかばったりすることはできなかったけど、娘は周囲に対して怒っていたし、私も「どうにか誤解が解けたらいいのに」と願っていた。


 一学年下の息子は、竹ちゃんの弟の槇範くんが「姉ちゃんズルしててムカつく」と言ってたのを真に受けて噂のほうを信じていた。


 少年らしい正義感を振りかざして野球チームの少年達は憤慨していた。

 けど、神宮寺さん夫婦も竹ちゃん自身も槇範くんに心配かけないようにしている状況に槇範くんが気付いていないだけだということは母や叔母から聞いて知っていた。


 まあね。ウチの息子も含めて、少年ってのはそういうもんよね。

 視野が狭くて、自分の正義が一番で、他人の話を聞いてない。


 あまりにも『男子あるある』を体現している槇範くんもウチの息子も他の少年達も、見事にひとの話を聞かない。これだから体育会系男子は。

『将来痛い目見るぞ』と思いながら忠告するけれど、当然のように聞きやしない。それでも忠告するのが親の務めであり大人の務めだろう。そう思って暴言を耳にする都度苦言を呈してきた。毎度聞きやしなかったけど。


 その竹ちゃんは今年に入ってすぐ「どこかに療養に行った」と学校に来なくなった。卒業式も欠席。あれからどうしているだろうと心配していたけれど、わざわざ連絡するのも迷惑になるし、娘の高校入学でバタバタしていたのもあってなかなか神宮寺さんと連絡が取れなかった。

 中学校の野球部でも土日しか出られない私と土日は出られない神宮寺さんが会うことはなくて、他の保護者さんから話を聞くくらいしかできなかった。


 母も叔母も神宮寺さん家族のことを心配していた。特に父親の祥太朗さんの憔悴(しょうすい)がひどいと。

「がむしゃらに仕事しているのがわかる」「少しでも早く仕事を済ませようとがんばっている」

 母や叔母にとって息子同然の祥太朗さんが悲しんでいる様子は、本人がいくら隠そうとしても簡単に見抜けるもので、そんな隠そうとする様子もまた涙を誘うもの。

 そんな(いきどお)りやらなんやらを腹のうちに納めておける母達ではない。顔を合わせるたびに「聞いてよ!」と聞かされた。



 その母が夏休みに入ってすぐ電話をかけてきた。

「聞いてよ!」の叫びに、また神宮寺さんになにか可哀想なことがあったのかと身構えたら。

「竹ちゃん、目を覚ましたんだって!」

「え!?」


 予想外の吉報に、一瞬なにを言われたのかわからなかった。目が覚めた。竹ちゃんが。―――竹ちゃんが目覚めた!?


「ホント!?」

 思わず叫べば「ホントだって!」と返ってきた。「目黒くんも言ってたから間違いないわ!」


『目黒くん』が誰かは知らないけど間違いないらしい。

「よかったね!」

 テンション上がって喜んだけど「それだけじゃないのよ!」と私以上のテンションが返ってきた。


「なんか、療養先で男の子に惚れられたらしくって」

「は?」

「近々婚約するんだって!」

「こんやく?」


 突然出てきた単語に意味がわからなかった。

『こんやく』? って………。!『婚約』!?


「え!?『お付き合い』飛ばして『婚約』??」

「そうなのよ! びっくりでしょ!?」

「え? だって、祥太朗さんは??」

「それが祥太朗くんも乗り気なのよ!」

「えええええ!?」


 祥太朗さんといえば、竹ちゃんを溺愛してて、それこそ目の中に入れても痛くないむしろご褒美とか言いそうなくらい竹ちゃんラブなお父さんなのに。


「あの祥太朗さんが!?」

 驚く私に「そうなのよ!」と母はどこか得意気にお相手の情報をくれた。


「なんかすごく優秀な子らしいわ」

「竹ちゃんが目を覚ましたけど、その子が囲い込んで離さないから帰れないらしいの」


 ………『囲い込み』?『帰れない』?

 それって、私がよく読んでる溺愛系小説にある『溺愛監禁』てやつじゃないの?? 竹ちゃんピンチなんじゃないの??


「……それ、大丈夫なの?」

 つい声が低くなった。なのに母は「なにが?」とケロッとしている。


「相手の男の子、目黒くんの親友なんだって」

「目黒くんが『いいヤツ』って言うし、竹ちゃんのこと『すごく大事にしてる』って言うから」


 よくわからないけど母はその『目黒くん』とやらをえらく信用しているらしい。


「近々自宅で結納するんですって!」

「絶対見に行くわ!」

 そう宣言し、電話は切れた。



 残念ながら平日仕事の私は見に行けなかった。けれどその日の夜に母がわざわざ電話をかけてきて「竹ちゃんがお姫様になった!」と興奮して詳細を語ってくれた。

 母によると、竹ちゃんは元気になりしあわせそうだったらしい。

 一緒に話を聞いていた娘と「よかったね」と喜びあった。




 その竹ちゃんとお相手の男の子は結納後も何度か神宮寺家やその周辺に現れた。そのたびにあちこちから噂を聞いた。

 ウチの息子も夏休みの部活中、竹ちゃんとお相手が中学校に来たと聞きつけ、野球部みんなで見に行った。「別人になってた」と驚いていた。


「マキの姉ちゃん、めちゃくちゃ綺麗になってて」「相手の男が背が高くてカッコよくて」「階段上がるのにいちいちお姫様抱っこで移動してて」


「『お姫様抱っこ』!?」

 え。現実(リアル)でそんなことするひといるの!?

 驚いていたら「なんかマキの姉ちゃん、まだ具合悪いんだって」と息子が答えた。

「気を付けないとすぐ熱が出るって」「マキの姉ちゃん、ホントに具合悪かったんだな」


 ようやく理解したらしい息子だけど、自分がこれまで散々悪しざまに言っていたことはすっかり忘れてしまっているみたい。

「お姫様みたいだった」「お話したいなあ」なんてとぼけたことを口にする息子に『こいつ阿呆だ』と頭を痛めた。



   ◇ ◇ ◇



 神宮寺さんはカートを押しながらタタタッと店内を進む。目的の商品をパッパッと取りながら進む様子から急いでるのがわかる。

 これは声をかけられないかしらと思っていたら、パッと笑顔になり手を振った。

 その先には、あの若夫婦。若夫婦も嬉しそうに手を振っている。


 え。あの若夫婦、神宮寺さんの知り合い!?


 少し先を歩く若夫婦に神宮寺さんが追いついた。

「ごめんねー。お待たせ」と挨拶し、そのまま若夫婦と並んでゆっくりと歩き出した。

 商品を手に取り指差し、なにかを説明している。奥さんのほうは一生懸命にメモを取り、旦那さんのほうはうなずきながら神宮寺さんの話を聞いている。あー。新婚さんにレシピ教えてあげてるのね。面倒見のいい神宮寺さんらしいわ。


 声かけたら迷惑かしら。でもお急ぎでないなら竹ちゃんがどうしてるか聞きたいな。


 娘に「竹ちゃんのお母さん」と教えると「ほんとだ」と娘も話を聞きたがった。

 ふたりで神宮寺さんの視界に入るようチョロチョロ動いていたら、神宮寺さんが気が付いてくれて手を振ってくれた!


 すぐにそばに寄って「神宮寺さんお久しぶり!」と挨拶すれば「鈴木さん!」「お久しぶり!」「お母さんとおばさんにはいつもお世話になってます」といつもの挨拶が返ってきた。


 間近で見た神宮寺さんは血色もよくて元気そう。一時(いちじ)は目の下にクマ作って悲壮感漂わせてて、いつか死んじゃうんじゃないかと思って心配してた。でも今はニコニコ明るい表情。きっと竹ちゃんが元気になって心配事がなくなったからね。


「元気そうでよかった」とつい言えば「ご心配をおかけしました」と頭を下げられた。

 あわてて「竹ちゃんは元気?」と聞けば「ええ」と嬉しそうに微笑み、神宮寺さんは後ろの若夫婦に手を向けた。


「このとおり。すっかり元気になりました!」


 ……………え?


 意味がわからなくてポカンとしたら、ラブラブ新婚夫婦の奥さんのほうがにっこり微笑み「こんにちは」とお辞儀をした。


 ……………え??


「あの、もしかして………えまちゃん?」

「「え???」」


 私の隣に立っていた娘に話しかける奥さん。え? 娘のこと知ってるの?? え? ホントに誰??


「え、は、はい。恵茉(えま)です」

 動揺しながらも娘が答える。と、神宮寺さんが「えまちゃん!?」と驚いた。


「ええー! 少し見ない間にすごく大人っぽくなりましたね!」

「そ、そんな」

「もう高校生だもんね。どこの高校?」

「え、えと」


 神宮寺さんの質問にしどろもどろしながら答える娘。そんな娘の話を新婚夫婦の奥さんはうれしそうに聞いている。

「知り合い?」そっと旦那さんに質問され、奥さんは答えた。


「うん。同級生。幼稚園からずっと同じ学校だったの」


 ……………は???


「じゃあ俺も挨拶しなきゃだね」

 やさしい笑顔を奥さんに向けた旦那さんが、私達に向けキチンと立った。わ。背、高い。


「はじめまして。竹の夫の西村と申します」

「「は??」」


 おっと? 竹の? て、え? まさか。


 え。

 まさか。


 ニコニコしている奥さんを改めて凝視。一重のタレ目。ちょこんとついた鼻。ふっくらした血色のいいほっぺ。茶色に近いストレートヘア。


 え。待って待って待って。

 もしかして。

 まさか。


「……………竹ちゃん?」


 まさかと思いながら声を絞り出した。


「はい」


 ニコーッ!

 満面の笑顔で答える奥さん。――奥さん? 竹ちゃん?? ―――竹ちゃん!?


「「竹ちゃん!?!?」」

 同時に悲鳴じみた叫びをあげる私達に竹ちゃん(推定)は「はい!」と元気よく返してくれる。けど、待って待って待って。え。イメージが全然違う!


「え? え? え? 竹ちゃん? ホントに?」

 うろたえながらしつこく聞けば「はい」「竹です」と返ってくる。


「この年頃の子はちょっと会わなかったらすごく大人びちゃいますよねー。えまちゃんもすっかりいい娘さんになってて、わからなかったわー」

 神宮寺さん。それはそうかもだけど、絶対それだけじゃないでしょう!


「ほ、ホントに竹ちゃん? 神宮寺竹ちゃん?」

 娘も信じられないらしい。しつこく食いついている。


「うん。竹だよー」

 のんきな返事とほにゃりとした笑顔は幼稚園の頃の竹ちゃんのイメージそのままで、それでようやく『竹ちゃんだ』と思えた。


「えまちゃん元気そう。よかったー」と言われ、ハッと気付いた。


「竹ちゃんは? もういいの?」

 体調は大丈夫かと聞けば「はい。もう元気です」と答える。確かに顔色もいいし元気そう。よかった。

「よかったね」と言う娘に「ありがとう」とほにゃりと笑うその顔は幼稚園のときと変わらなく見えて、ああやっぱり竹ちゃんだと改めて思った。


「竹ちゃんは今どうしてるの?」


 娘の質問に『確かに』と竹ちゃんの答えを待った。

 母の話では『療養先でそのまま療養している』とのことだったけど、あれから何か月も経ってるし、今ここにいるということは、神宮寺家に戻ったのかしら。


「今? 今は――古文書読んでるの」

「「は?」」


 コモンジョ? て、あの古文書??

 なんで? いや、聞きたかったのはそうじゃなくて、でも、そっちもなんで??

 

 私達は疑問が顔中に出ていたんだろう。旦那さん――彼氏? が苦笑を浮かべて口を開いた。


「妻は元気になったとはいえ、まだいつ体調を崩すかわからない状態です。ですので実家に帰さず、これまで通り療養先で過ごしています」

「高校に通うのは体調的に無理なので、なにか負担のないことでできることをと考えて、俺の知り合いが募集していた古文書解読ボランティアに参加しています。

 特に締切もなく、都合のいいときに解読して、できた分を送ればいいので」


 なるほど。そういうこと。


「竹ちゃん、古文書なんて読めたの。すごいねえ」

 娘が言えば「療養中に俺が教えました」と彼氏がどこか得意気に答えた。


「すごいのね」と彼氏を褒めたら神宮寺さんがうれしそうに笑った。


「もうホントね。なにもかもトモくんのおかげ」

 そう言う神宮寺さんの目尻が光っていた。


「トモくんが薬を探してきてくれて、娘にずっと寄り添ってくれて、励ましてくれて。

 トモくんのおかげで娘がこうして元気で生きてるの。ホントに感謝しかないわ」


「ありがとう」と言う神宮寺さんに竹ちゃんも彼氏に感謝を伝えている。そんな母娘に彼氏は「当然のことです」と飄々としている。


「俺がしたくてしたことだから。貴女も、お袋さんも、気にすることないよ」


 そう言う彼氏はすごくやさしい顔をしている。本当に竹ちゃんのことが大好きで大切なんだってわかる笑顔に、このひとならと納得した。


 納得すると同時に中学校の保健の先生が言っていたという話を思い出した。


「そういえば、今年度から中学校に来た保健の西丸先生が言ってたってね。竹ちゃんみたいな子は『たまにいる』って」


「そうなの?」と言う神宮寺さんはこの話を知らなかったらしい。私も息子と同学年の保護者から聞いた話だし。槇範くんはそんな話家でしないだろうし。知らなくても不思議じゃないか。


「なんか『専門家じゃないとわからない』って。竹ちゃんも『死んでたかもしれない』って言ってたらしいよ」


 そう教えたら神宮寺さんは真顔になってうなずいた。その顔で、竹ちゃんはホントに死にかけていたんだと察した。


 と、彼氏がポツリとつぶやいた。

「……なるほど。そのルートもあったか」


「? なあに?」

 竹ちゃんにかわいく問いかけられて彼氏はデレッと表情を変えた。


「その保健医、俺のばーさんの養い子のひとり」

「「「え?」」」


 なんのことかと驚いている私達に構わず「世間はせまいね」なんて彼氏は軽くつぶやいている。


「そのひとの言う『専門家』は間違いなくウチのばーさんだ。

 今はばーさん死んで居ないから、話持って行ったとしたらおばさんになるか」


 彼氏が軽く説明してくれたところによると、彼氏のおばあさんは『その道』で有名なひとで、昔から竹ちゃんと同じ症状の子供を預かって育てていたと。で、そのうちのひとりが恩を感じて保健医になり、思春期の子供を近くで見守っていると。


「もしもあのひとが赴任したのが貴女が中学校にいた時だったら、間違いなくじーさんかおばさんに連絡してきた」

「そしたら俺と顔を合わせただろうね」


 彼氏の説明に竹ちゃんは「そうなんだ」と驚いていた。


「貴女と出逢うルートは色々用意されてたんだな」

 心底うれしそうな彼氏に竹ちゃんもしあわせそうに微笑んだ。


神宮寺(うち)のおじいちゃんとおばあちゃんもこのまえ言ってた。『もっと早くサト先生のことを思い出してたら竹を視てもらったのに』って」


 神宮寺さんのつぶやきに「そっちのルートもあったか」と彼氏はつぶやき、竹ちゃんをやさしい目で見つめた。

 そっと手を握って。


「俺と貴女は、絶対に出逢えるようになってたんだね」


 ―――キャー!!!!!

 ラ ブ ラ ブ !!

 なにこれドラマみたい! すごい! バックに花が見える! 溺愛!? これが溺愛ね!


 手をつないで見つめ合い微笑み合うふたりはまさに『お似合いカップル』で、アツアツラブラブで、しあわせオーラが出まくっている。


 そこで理解した。竹ちゃんが別人に見えたのはこの彼氏のおかげだと。

 彼氏と恋をして、竹ちゃんはこんなに綺麗になったんだと。大人になったんだと。


「きっと貴女と出逢うきっかけがたくさん用意されてた。

 その中で最善の出逢いをして、今こうして貴女の手を握っていられるんだろうね」


「ありがたいね」と言う彼氏に「ホントね」と竹ちゃんもしあわせそう。


「でも、貴方のお祖父様にもお祖母様にもお会いしたかったな」

「そうだね。俺もじーさんばーさんに貴女を紹介したかった。きっと喜んでくれたと思う」


 ほのぼのと話すふたりは『ふたりの世界』に入ってしまって他が目に入っていないみたい。神宮寺さんが「ホントふたりは仲が良くて」「竹のことは全部お婿さんにお任せしてるの」と教えてくれる。


「『お婿さん』?」

 思わず復唱すれば「あ」と神宮寺さんは口を押さえた。

 そしてどこかきまずそうに、けどうれしそうに教えてくれた。


「入籍はしてないけど、結納は済ませて婚約者だし。間違いなく結婚するし。

 よそのひとに『トモくん』とか『彼氏』って言うよりも『お婿さん』のほうがしっくりくるから、つい」


 それだけ彼氏を受け入れているってことだろう。そういえばさっき彼氏も神宮寺さんのこと『お袋さん』って呼んでた。もうすっかり家族の一員なのね。


「まだ竹ちゃん十五歳でしょ?『早い』って旦那さん怒らなかった?」

 そう言えば「旦那のほうがお婿さん気に入ってるから」と言う。

「娘よりお婿さんとのほうがスマホのやり取り多いの」と笑う神宮寺さん。仲良さそうでよかった。


 話のキリが良かったこと、ラブラブなふたりが『ふたりの世界』から帰ってこないことから「じゃあそろそろ」と別れることにした。

「竹ちゃん、またね」と娘が手を振る。


 と、彼氏がなにかに気付き、竹ちゃんに耳打ちした。

 ハッとした竹ちゃんが「ちょっと待って」とカバンをごそごそとあさる。


「えまちゃん。えまちゃんお母さん。これ、よかったらどうぞ」

 差し出されたのは御守りだった。


「俺のじーさんが住職を勤めていた寺の御守りです。お世話になったひとに渡してるんです」


「結構霊験あらたかなんですよ」と彼氏が言う。ごく普通の、どこにでも売ってるような御守り。お言葉に甘えてひとつずつ手に取った。『厄除御守』と刺繍された御守り袋をひっくり返すと『鳴滝青眼寺』と刺繍されていた。


 と、竹ちゃんが御守りを持ったままの手を両手でぎゅっと握ってきた。

「守ってくれますように」


 娘にも同じことをした竹ちゃん。なんかのおまじないかな? 渡すときの作法とかかな??

 よくわからないけど「ありがとう」といただくことにした。



   ◇ ◇ ◇



 その後も竹ちゃんと彼氏のラブラブっぷりを噂で聞くことがあった。ふたりは変わらず仲良しらしい。

 そうしているうちにあっという間に月日が経ち、竹ちゃんは十八歳になった。

 誕生日のその日に入籍したふたり。農場スタッフもまじえて神宮寺家で『入籍おめでとうパーティー』がひらかれた。

 夜に母からパーティーがいかに素晴らしかったか電話があった。写真も送られてきた。噂にたがわぬ『お姫様』と『王子様』に「よかったね」と娘と喜び合った。



 竹ちゃんがあのときくれた御守りのおかげと思われることが何度かあった。

 娘が自転車で帰宅途中、ふらついたので止まったら目の前を車が突っ込んだ。そのまま走っていたら間違いなく死んでいた。

 私は仕事中に靴紐がとけているのに気が付いて結びなおすのにしゃがんだら、目の前に脚立が倒れてきた。止まらなかったら大怪我をしていた。

 夫と行った予防接種でがん検診のポスターを見て、なんとなく申し込んだら夫にがんが見つかった。初期の初期だったこともあって手術で切除するだけで済んだ。


「守ってくれますように」

 あのとき竹ちゃんが祈ってくれたとおり、御守りが私達を守ってくれているのだと思う。だから私も娘もあの御守りを手放すことなくいつも持つカバンに入れている。

 きっとあの御守りには竹ちゃんの『しあわせラブラブパワー』が込められている。そのお裾分けをもらったんだろう。


 だから私は御守りに祈りを込める。

「竹ちゃんもしあわせでありますように」

 助けてもらったぶんのお返しに。

 竹ちゃんが『しあわせ』になったら、その分私達にもお裾分けがくるんじゃないかという下心も込めて。



   ◇ ◇ ◇



 あの日帰宅してから娘が叫んだ。

「竹ちゃんと連絡先交換すればよかった!」


「ホントだ」「うっかりしてたね」と言いながら「次に会ったら忘れず交換すればいいよ」と気楽に考えていた。

 ところがあれから何年も経ったのに竹ちゃんに一度も会えていない。

 残念に思いつつ、彼女が元気でしあわせならそれでいいと思うのだった。

竹の同級生の母親視点でした

トモと竹はあっちでもこっちでもナチュラルにイチャイチャしております


次回からは【番外編4】をお送りします

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